マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/14 17:39



■オープニング本文


 空が青かった。
 青くて青くて。あんまりにも、そう。他の色なんて知らぬげに、青ばかり広がるから。
 思わず腕を伸ばした。逆光で黒く見える指。あかぎれて節くれて、しわしわになって。とても。とてもきれいとは、もとより言えなかったけれど。
 ぽた、と雫が滴った。頬にそれがかかる。指先から、まだかすかにぬくもりを残して頬へ。
 その色が赤いのだと、逆光で見えなくても、知っていた。
 空は青かった。
 今日も、青かった。きっと明日も、青いのだろう。
 霞む視界でもわかる。明日空を見なくても、わかる。
 だんだん自分の呼吸が、ゆるゆると失われるのがわかる。
 脈打つ鼓動が、不規則に時々止まる。そうして止まる間隔が、たしかに狭まっているのも。
 ひゅう、と喉から空気が漏れた。空は青い。空は、青い。
 見えなくなる、けれどわかる。わかる、けれども。
 ――ねがわくば、どうか。
 その青色を持つあの子の生が、さいわいに満ち溢れますように。空のように果てしない幸福が続きますように。

 まだすこし、青い色が見える。けれどそれをさえぎる黒い影。
 ――鬱陶しい、のう。
 鈍い思考がその影を疎んだ。知っている。知っている。それはきっと、自分を。

 ――あとすこし、ひたすらな青を見ていたかったのじゃが……。
 鈍い音。腹部の痛み。途絶える視界。そして。
 思考と意識が、ぶつりと途切れた。


「アヤカシ退治の依頼です」
 集った開拓者に、ギルドの制服を羽織った女は口を開いた。
「山間の村が襲撃を受け、半壊しました。かなうかぎり早急に向かってください。生存者は近隣の村に避難していますが、そちらもいつ襲われてもおかしくありません。ただ」
 女は言葉を区切り、ほんのすこし、ほんのすこしだけ、眉をひそめた。
「生存者の言葉では、逃げる段階で……何名か見捨ててきたそうです。動けないものや、老いたものなど。ですので、アヤカシはまず手元に残った……彼らを優先して襲うでしょう。
 残された人々の生存は絶望的です。殲滅に力を注ぐほうがよいでしょう」
 それから、女はしばし沈黙し、――ためらうように、もう一度口を開く。
「これは、依頼ではないのですが……。依頼の連絡をくださった男性には、同居していた祖母がいたそうです」
 話の流れからして、どう考えてもいい話ではなさそうだ。
「志体をお持ちのため、みずから残ったと。
 ……村の安全を確保したら、埋めてしまう前に……彼を連れて行ってあげてくれませんか。あるいは、守りきる自信がおありでしたら最初から連れていってもいいかもしれません。そのあたりは彼と話していただくとよいでしょう。もしかして、他にも見たい、と言う人がいるかもしれませんし……現場判断にお任せしますが。
 彼は村の代表だと言っていましたし、村では珍しい、青い目をしているそうですから、声はかけやすいと思います」
 これは依頼ではありません、と、女は繰り返した。


 風信術を使っての連絡は、顔が見えない。だから応対する際にはよく気をつけることにしていた。依頼人が言葉にしないものまで読み取れるように。少しでも開拓者が有利な状況で働けるように。
『依頼を、受けてください』
 かすれるような声の、まだ若い男の声。ひどく張り詰めた、呼吸。
『アヤカシが出ました。一体も残さず、全部、倒してください』
 きわめて慎重に、丁寧に。ともすればあふれ出す激情を、理性でくるんだ声なのだと。わかった。
『絶対に、すべて倒してください。報告は私に。空身、と言います。青い目をしています。ここでは珍しいから、すぐわかると思います。報告を、お話を、聞きたいのです。お待ちしています』
 言葉で彼のあやうさを指摘するのは簡単だった。……けれど、彼がけっして受け入れないだろうと推測するのも……また、簡単だった。
 人の上に立つということはそういうことなのだろう。今、揺らぐわけにはゆかないのだろうから。


■参加者一覧
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲
木葉 咲姫(ib9675
16歳・女・巫
弥十花緑(ib9750
18歳・男・武
ジョハル(ib9784
25歳・男・砂
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎


■リプレイ本文

●手、
 ひらり、ひら。敷き詰められた道の向こうに上がる黒煙。
 ――胸が痛い。
 先を急ぎながら、木葉 咲姫(ib9675)は目を伏せた。一点のしみもない透き通らんばかりに澄み切った、色づく葉の中で。
 その異臭はあまりに、生々しい。
 並んで歩く弥十花緑(ib9750)も紗の向こうでわずかに顔を曇らせた。しかしそれには触れず、咲姫を見下ろす。長い睫が頬に影を落としている。
 なにか様子が、違って見えた。
「咲姫さん?」
「……っ?!」
 何気なく肩に置いた手。反射的に弾く白い指。詰まる息ははたしてどちらの。

『高慢にも』小さな手を掴んだ。
 ――大嫌いだ
 まだやわらかい爪が傷に食い込む。手が緩んだ。
 瓦礫が落ちていく。底へと吸い込まれるように。
 大きい瓦礫も細かな塵もそして、
 そしてその子供も。

「あ、その……す、すいま、せん……っ」
 咲姫の声。その言葉をみなまで聞かずに微笑んだ。
 すべてを丁寧に、取りこぼしもほつれもなくなめらかに覆い隠す。揺り戻しのように蘇った記憶と付随する感情をすべて。
「……すみません。女性に突然触った俺があかんのですから、謝らんといて下さい」
 誰も彼も。咲姫も、危うい。
 背負わせることはない。見せることもない。苦しませる必要なんてもっと、ない。
「行きましょか。頼りにしてます、咲姫さん。
 俺の心配は、いりません」
「精一杯援護させていただきます」
 言い訳もなく、謝罪も繰り返さず。咲姫はできることだけを告げた。

 一歩先に出て進む花緑を追いかける。
 冷たい、手だった。
 冷たくて、でもやさしい手だった。何気ない心遣い。ほんとうなら振り払う理由なんてひとつもないのに。
 その中にあるかすかなぬくもりが記憶を呼び起こすのだ。人間、男性、だから触れられない。思い出したくない。その暖かさを。
 それは自分の都合で、花緑に非はない。
(ですが何故でしょう……あの方と違う。
 どうして私はあの方に触れられた時、反射的に拒否しなかったのでしょうか)
 揺れる紗を追いかけて、惑う。
 ひらり、ひら。
 色づいた葉が二人の通ったあとに落ちた。

●目、
 刃を下す冷徹な瞳、叫ぶ声、落ちた涙。
 絶望に見開かれた目、眼前を染め上げる赤。
 今も脳裏に焼きついて離れない、悲劇の連鎖。山を降りてきた鬼を食い止められなかった――あれは一年前の、依頼だ。
(今日で全てを終わらせる。
 あんな思いはもう沢山だ)
 玖雀(ib6816)は紅葉の中を駆け抜ける。その後悔に終止符を打つために。

 仲間たちがわき目も振らずに、あるいは一言二言言葉を交わすのみで通り過ぎるその場所でジョハル(ib9784)は立ち止まっていた。
 黒い髪に青い目。どことなくゼス=M=ヘロージオ(ib8732)と似ているのは、色彩や髪型ゆえだろうか。手短に用件を告げる。
「来たいなら連れて行く事は出来る。
 但し君だけだ。同行者は一切許さない」
 その口調は論議を許さない、断定的なものだった。
「そして村に続く道の途中から俺達が鬼退治している姿を見るだけだ。
 一歩でも動いたなら容赦はしない」
 胸に銃口をつきつける。小さく息を呑む音。
 ひらり、葉が舞う。澄んだ黄葉。
 命を張っている。だから、理性的な態度を求める。できないのなら連れては、ゆけないと。
 空色が揺れる。空気を和らげるように、くすりとジョハルは微笑んだ。
「あまり長く悩まないでね?
 今回の相方が暴走してしまう前に到着しなくてはね」
 後悔のない道を選ぶといい。その言葉にしばし迷い、それから空身は村人たちに頭を下げた。
 ――行かせてください。

●想、
 置きざりにしたと思っているのならそれは違う、とゼスは思った。その判断は最善で、そして、見捨てたわけではないと。
(だから俺達が来ている)
 自分とは違う、と。
(……俺は自分の身勝手な理由で置き去りにして見殺しにした)
 ゼスとよく似た青い目の青年は、ジョハルと話し込んでいた。
 ――正確には、ゼスのしたことも見殺し、ではないのかもしれない。
(しかし殺したも同然だ)
 手短に周囲の山や村の注意事項だけ耳に入れ、エリアスのあとを追う。
(女だから道具。女だから禁止。女だから……)
 胸に渦巻く感情をひとつも表に出しはしない。それでも。
(くそ……。結局俺は昔から何一つ……。
 何の為に家を飛び出したんだ。俺が俺である為じゃなかったのか)
 その葛藤は消えはしない。

 道を駆け抜けるエリアス・スヴァルド(ib9891)が蹴り上げた落ち葉は、彼の後ろに続くように舞い、また落ちる。
(麗しい自己犠牲の精神。
 ジルベリアの騎士たる者、見習わなくてはな)
 かすかに自嘲が唇をかすめた。
(守るべき者も護れない、不様な騎士だが)
 たどり着いたそこは異臭と煙と死ばかり。一拍遅れて到着したゼスが生存者を探し始める。
「まだ生きている者がいれば良いが……」
 武器を握ったまま事切れている老婆。命がけて守るべきものを守っただろう人。
(それは、使命を果たした充足感に満ちた最期なのだろうか)
 遺された者の気持ちを知らぬままに。あるいは知ってもなお?
 胸に去来するかすかな苛立ち、そして憧憬。
 死、死、死。
 ここにはそれしか、ない。

●炎、
 その鬼を見つけるのは簡単だった。もっとも村の外へ続く道が近い場所で火の手が激しいところへ見当をつけ、咲姫が瘴索結界を張る。簡潔に捕らえた相手の位置を伝えた。
「どうか、無茶だけは……傷は私が癒します故」
 ぶすぶすと黒く炭化した家屋の柱の影で頷き、花緑は功徳衣を翻す。縫い取られた金糸がきらりと灰舞う中で煌き、あっというまに咲姫の指示した炎の中へと飛び込んでいく。さっと印を結び精霊の影をまとった。
 炎鬼が火炎を練り上げ猛然と放つ。
「花緑さんっ」
 飲みつくすような炎を真正面から受け止めた花緑に、咲姫が息を呑む。彼を覆う精霊力は淡く纏いついたまま消えない。花緑もまた足を止めずに錫杖を振りかぶる。その杖に注がれる精霊力。咲姫は最後の一指しを舞って神楽舞「攻」を完成させた。
 ごっ。
 重い音。よろめく鬼。間髪入れず風の精霊に願い、癒しの術を編み上げた。
 花緑の火傷が和らぐ。炎鬼はぎろりと咲姫に目を向け、火を放った。花緑が割り込む一瞬前にその炎は咲姫の腕を焼いた。
「私のことは気にせず、鬼に集中してくださいまし……っ」
 扇を翻して舞を続ける。精霊力が花緑の錫杖に宿った。立て続けに攻撃しようとする炎鬼へ錫杖を掲げ、殴り。ふわりと精霊が現れたように見え、消える。
 花緑は笑む
「集中しや、鬼」
 懐に入り込み、石突でその足の甲へ全体重と共に叩き込んだ。

●氷、
 玖雀が相対するのは氷鬼。
「さて、我慢比べを始めようか」
 叩きつけられた冷気を気をしっかりと持って抵抗する。凍てつく風をやり過ごして掌に気を集め、大地の力が満ちた「明山の拳石」を投げた。鋭く回転するそれはむき出しの青い二の腕を切り裂く。
 かすかに鬼は顔をしかめた。大剣を担いで距離を詰める鬼の動きを読んで玖雀も接敵する。大振りに振り上げたその大剣の軌道を読んでわずかに走る軌道をずらす。振り下ろされた刀身が逃れそびれた髪を幾筋か、さらっていった。
 がら空きの胴へ下から突き出すように礫を放つ。意外にも機敏な動きで横っ飛びに避けられた。間近で凍てつく風を叩きつけられ、体がかじかみ動きが鈍る。横合いから思い切り大剣が薙ぎ払われた。咄嗟に青い胸板を蹴り上げて上空に逃れる。着地と同時に印を結んで不知火を鬼めがけて放った。
「がっ……!」
 かっと燃え盛る炎。その足元めがけて苦無を、
「おぁああああっ!」
 投げる前に猛烈な勢いで瘴気が渦巻く。それは玖雀の周囲に凝固し冷気となって皮膚を裂いた。
 ――意地でも持ちこたえる、他へも行かせない。
 突撃する氷鬼の斬撃を横へ受身をとってかわす。木切れが多く散乱している一角で足場が不安定なところだった。迎撃するために朱苦無を懐から抜き、――一本が零れ落ちた。
 手の中に残った二本を放つ。大剣がそれを弾き飛ばして上段から叩き付けた。足場の不安定さに避けきれず、左の肩に食い込んだ。
「っつ……」
 痛む腕を無視して印を組む。再び炎が足下を覆った。

「……あれが君の村だ」
 ジョハルの言葉に、ようやく足を止めることが許された空身は乱れた息を繰り返す。
「いいかい? ここから動くんじゃない。決して」
 足でがり、と土に線を引くと、なんとか頷く空身。その手に呼子笛を握らせた。
「万一危険が迫ったらこれで俺を呼ぶといい」
「お気を……つけてっ……」
 呼吸のせいばかりではない詰まった声と強すぎる眼差しを受けて、ジョハルは玖雀のもとへ急いだ。

●雷、
 ところどころ、建物の残骸や遺体がぴりぴりと帯電している場所だった。
 生存者を探すゼスの声。わざと物音を立てるエリアス。それに気づいて忍び寄った雷鬼が唐突に電撃を放つ。不意打ちをまともに受けたものの、ゼスは即応して攻撃元に銃弾を打ち込む。言葉より雄弁に敵所在地を示した行動にエリアスが斬りかかった。応戦のため姿を見せた鬼の懐に飛び込み十字剣で切り裂く。浅い。
 攻撃の効果で帯電したまま、ゼスは手早く弾を込める。蹄鉄を起こし距離を取りつつ槌を持つ腕を狙撃した。腕をかすめる弾丸、振り下ろす槌。十字剣で受け流したエリアスは、そのまま刀身を槌の柄の下で滑らせ喉へ迫る。
 繰り返す剣戟、多くの銃弾。そして瘴気を練り上げる気配。
「後ろへ」
 飛び退くエリアスと入れ替わるように練力を込めた弾を飛ばす。炸裂する閃光、すかさず弾を装填してそれにも別の形で練力を込め、撃つ。
 よろめいた雷鬼を、エリアスが駆け抜けざまに斬りつけた。

●結、
 投じた礫のあとを追って一筋の影が駆け抜けた。直前に増したいくつかの力に、確認せずともジョハルだとわかった。氷鬼は礫を顔の動きだけで避け、曲刀を受け流す。猛然と冷気がジョハルに襲い掛かった。玖雀が援護に礫を放つ。それを氷鬼が避けるために飛び退いて。
 受け流されて空いた距離を一瞬で詰め、切り裂く。
「上だ!」
 玖雀の警告で大剣を避け、牽制で放った礫の直後にアルデバランを叩き込んだ。玖雀はあの取り落とした苦無を燃えさしの中から拾い上げる。
 じゅ、と掌を焼く朱苦無。その痛みを無視して駆けた。ジョハルが飛び退き激しく冷気が叩き込まれ、そしてその胸に穿つ。
「俺の命は我が君のもんだ」
 断末魔が天を劈いた。

●葬。
 遺体は癒すことができない。
 効果を現さぬ神風恩寵に、咲姫は目を伏せた。遺体はどれもひどく無残で、近親者を亡くした者の心をさらに深く抉ることが容易に想像できる。少しでもその傷を和らげるため、花緑は惜しげもなく包帯や水を使い遺体を清め、覆っていく。
「何もかも間に合わんくて、すみません」
 普段ならそこで言葉を切る、はずだった。
「……いつも」
 ぽろりと弱音は口をついて出る。はっと顔を上げた咲姫に、咄嗟にいつものように微笑んだ。

 ジョハルは村人たちをひとりひとり案内する花緑のあとに続き、なんとなしにそれを眺めながら村人たちに声をかける。
「……俺は亡骸に縋る事も、仇が処刑される瞬間も何も見れず、傍観者にもなれなかった」
 独白にも似た言葉。
「泣くなり怒るなり……感情は昇華させた方がいい。
 その方がきっと治りは早くなるだろうさ」
 そうして最後尾にいた空身を振り返る。
「空身もね。
 いつまでもその拳握りしめてると切れるよ?」
 微かにその拳が震えた。前を向いて、それを見ないふりをした。それでも。
「奥歯もね。噛みしめてると削れる」
 そら、そこだ。行ってくるといい。
 ひとつの家屋を指し示して、ジョハルはそこを離れた。

「……想い、汲んできてあげて下さい。
 貴方達が生き残ってくれて、俺は救われてる。
 だから……俺は、否定しません。……何も」
 花緑の心配りは行き届いていた。人目を避けるための屋根と壁、かなうかぎりの遺体の修正。村人たちを案内するためにどこにどんな遺体があったのか、記憶して。仲間たちの協力もあり、こうして希望者を案内できている。
 最後の一人はやはり空身だった。ジョハルに示されてひとつの半壊した家へ入っていく。それを見送り、顔を上げて景色を眺めた。
 青い青い空。
 黄、橙、朱、緋、輝く紅葉が取り巻く場所。茫洋と眺め、つい眉をしかめた。
 瞼を閉じて沈黙の中祈る。どこからかすすり泣きが聞こえていた。

 どうしても見送りたい、と願う者がいる一方、見られない、と顔を伏せた者がいたのもまた事実だった。
 エリアスはそんな遺体や、あるいはもう身内がいないようなひとびとを引き受けて黙々と埋葬の用意を整える。
 生き延びた人々に何か言葉をかけようとは思わなかった。今後会うこともなく、面倒を見てやれるわけでもない。そんな立場であれこれと言うのはどうしても、無責任に感じて。
 ――彼らはただ身内を失ったかわいそうな人々でも、惨劇の中生き延びた幸運な人々でもない。
(生きるために、弱者を見棄てた罪。
 それを直視し、現実を受け入れ、十字架を生涯背負って生きていく……。
 そんな強靭な精神を持つものは一握りだ)
 人は弱く、脆い。脆いのだ。罪びとだと自覚して生きていくにはあまりにも。
 これから言い訳が生まれるだろう。自分への嘘が。「しかたがなかった」「最善だった」「そうせざるをえなかった」と。
 嘘で塗り固めて傷を塞いでそれでもなお生まれる自己嫌悪と罪悪感に苛まれながら。
(残酷な真実は、知らないままでも……誰も怒りはしない。
 辛いことから逃げたって構わない)
 たとえば、
(忘れられるものなら、忘れた方がいい)
 忘却が慰めになるのなら、そのほうが。

 弔いまでを引き受けた彼らに、深く深く、祈るように頭が下げられた。言葉はなかった。
 静かな別れの言葉が交わされ、枯葉を踏む音だけ残してまばらに帰路へつく。ゼスは仲間たちが離れていく気配を感じながら空身を見返した。
 どこかが奇妙に似ている二人だった。顔立ちも性別も違ったけれど。内面をうかつに出さない、という意味ではどこかが似ていて、そして同時にまったく違う。
 ゼスはこうして導く集団を持たない。ゼスはもっと上手く感情を覆う。
 それでもやっぱり、少し似ていた。
「未だに出来ていない俺が言う事でもないが。憎んだり責めたりする事は簡単で楽だ。辛い状況である今ならば心を守るためにそうなる事は仕方がない。
 しかし……いつか気持ちに整理がついた時にはどうか自分を許してやって欲しい。そして亡くなった者達に笑顔で別れを告げて欲しい。亡くなった者はきっと……懺悔よりも今を精一杯生きる事を望むだろうからな」
 それでは。踵を返すゼスの背中をずっと、ずっと青い目が見送り続けた。