さまよう栄香
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/07 15:31



■オープニング本文

 縁側で、空に切っ先を向ける。下から見上げるようにして浮かんだ刃紋を見た。
 まっすぐな直刃。それが、刃のぎりぎりに浮いている。
 丁寧に鞘へとおさめ、咥えた懐紙をとった。部屋へ戻り、座布団に膝をついて座る。向かいの持ち主に刀を返してから、白髪の研師はひとこと告げた。
「……寿命、だと思うわ」
 背筋の美しい老婦人が、そっと鞘を撫ぜた。
「もう刃が研ぎ減ってなくなりかけている。刃金がなくても斬ることはできるけれど、切れ味も威力も強度も、なにもかも落ちるでしょうね。実際もう、ずいぶん落ているはずよ」
「そう……やっぱり、そうなんだね」
 覚悟していたことを受け入れる、静かな声。手に馴染んですっかり形を覚えているかのように撫でる指。言葉を取り繕わない物言いすらも静かに受け入れて。
「最後の最後まで使い続けるのも、いいと思うわ。でも、もうあなたの力にはなれない。もしかしてあなたの足を引っ張るかもしれないわ。保存を望むのなら、もっといい休め鞘を作れる鞘師を紹介できるけれど」
「どっちがこの子のためだろうねぇ……」
 老婦人の呟きは、決して途方に暮れたような頼りなさはなかった。
 ただただ、寂しげなだけだった。

 若いころ、刀一本を頼りに傭兵家業をこなしたものだ。
 どんなところでも行って、敵だと指定されたものを切り捨てる。そんな生活の中で、生涯でただ一振りと思える刀と出会った。栄香と銘の切られた一振りに。決して華美でもなければ伝説だといわれるような名刀ではなかったが、不思議と手に馴染む、よい一振りだった。まさに刀が手の延長であるかのように、よく馴染んだ。ほんとうに、よく。
 このごろは身体も節々が痛んで、荒事の世界からは身を引いたけれど。近場で事件があれば昔の癖で、つい首を突っ込んでしまう。なにかがおかしいとは、感じていた。自分が衰えただけならよかったと、思っていた。
「あんたはどっちを望むんだろうねぇ」
 独り言に一振りは当然無言を貫いたし、一人は聞こえなかったふりをした。たぶん、どっちでもいいのだ。この一振りと一人にとっては。どっちでも。
 ただ彼女の心が決まるのを黙って待って、結果を黙って受け入れるだろう。
 戦いの中で散らせてやりたいとは、思う。けれど十全の力も出せずに散るのは、それはあんまりにも、哀しい。
 いつまでも存在させて、遺してやりたいとも思う。けれど使われもせずただ象徴のように、まるで剥製のように遺される栄香を不憫に思う。
「あんたなら……どうするんだい? 暮谷。あんたなら」
「わたしの意見が必要なわけ」
 娘どころか孫でもおかしくないほど歳下の研師は、心のこもらない声で淡々と切って捨てた。やさしくない子だこと。胸の裡で思って、小さく微笑む。やさしくはないけれど、老婦人はこの研師が好きだった。刀にだけはおそろしく誠実で、そして、そんなときは使用者にも誠実だと感じるから。
 それは間違いではないにせよだいぶ好意的な解釈だったが、なんにせよ老婦人は満足だった。刀に関しては強引で、持論があるからこそ時に押し付けがましさがあるこの研師が、全面的に老婦人の選択を支持すると言っているのと同じだったから。
「そうだね。じゃあ……。
 私が死んだら、私と一緒に葬ってちょうだいな」
 そんなのは家族に言いなさい。研師はやっぱり、そっけなく答えた。

 顧客のひとりが死んだと、研師の下に報せが舞い込んだ。
 遺族から、彼女の所有物だった刀の鑑定と研磨の依頼と共に。
 研師はひとつ鼻を鳴らすとその手紙で鶴を折り、ぽいっと川に投げ捨てた。

 研師のあずかり知らぬところで、刀は売られてゆく。刃紋を無視して刃取りし、正しい刃紋の見方を知らぬ者へと。何年もかけて。
 人の手を渡り、転々と土地を移り、それは一人の男の手におさまる。
 奇しくも男は流れの研師に研磨をゆだねた。他者の研磨によって形を変えていた刀を、研師もそうと気づかなかった。もはや帽子が損なわれ、肉置きも変わって磨上により寸も詰められ脇差というにはだいぶ短くなっていて、面影が残っていなかったのだ。研師はただ、見たまま――つまり既に焼き刃は失われていることと、姿勢からしておそらく磨上されているだろうことを伝えた。そして依頼主は怒り狂った。
「騙しやがったな、あの商人!」
 そうして刀を叩きつけ、足音も荒く出て行ってしまう。この刀はわたしがもらっていいのかしら、と呟くと、それは抜き身のまま、ふわりと浮き上がった。
 思わず沈黙する研師。刀はすーっと虚空を移動して、さっきの依頼主を追いかけていった。

『依頼ではないけど、情報提供してあげる』
 やたらと上から目線な言葉とともに、風信術で開拓者ギルドに連絡が入った。
『刀がアヤカシ化したみたい。付喪怪かそのあたりだと思うけど、持ち主の男を追いかけて行っちゃったわ。もう刃紋すらない子だから、切れ味はたいしたことないでしょうね。前の研師も腕が悪かったようだし。そのうち依頼が入るかもしれないから、準備しておくといいかもしれないわよ』
 さも親切めかした言い回しだったが、本人は赤の他人のために依頼をしてくれる気はまったくないらしい。
『これはあくまでもただの感でしかないけど。わたし、あの子を研いだことあるような気がするの。もう原型をとどめていないようだし、あのぶんじゃ茎に昔の銘が残っているかどうも怪しいから、身元が判明するかはわからないけど。でも、だから今の持ち主を殺したら前の持ち主のところに行くかもしれないわ。頭の片隅に入れておくことね』
 そして宿場町の名前と男の容貌だけ告げると、じゃあね、とあっさり通信を切る。
 風信術の応対係が訝っていると、事情を聞いた受付のひとりがすかさず開拓者を集めにかかった。あの研師がめずらしく親切心を起こしてくれた――つまり、ある程度緊急事態だ。
「アヤカシ発生の報せがありました。情報提供者は暮谷匂霞様、研師です。誤報である可能性は低いでしょう。町中での発生だということです。行ってくださいますか」
 程なくして、正式に町からの依頼が入る。
 死者十八名。刀の目撃証言は町に住まう研師を殺したあと、ぷつりと途切れた。


■参加者一覧
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
真名(ib1222
17歳・女・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武
三葉(ib9937
14歳・女・サ


■リプレイ本文


「刀のアヤカシに匂霞……縁があるわね」
 真名(ib1222)はマルカ・アルフォレスタ(ib4596)を振り向いた。小さな頷きが返る。
「夕霧の事を思い出しますわね。彼のアヤカシもまた人の思いの産物なのでしょうか?」
「どうなのかしら。刀関係の被害者が多いけど……自分の変遷を逆に辿っているようにも見えるのよね」
「人を操る可能性もありますわね」
「そうね。斬った人間、或いは手に取った人間の記憶を入手しているかも、とも考えたのよ。普通の刀に擬態していたら、なにげなく手に取る人もいるでしょうし」
 少女たちがそんなふうに話し合ううしろについて、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)もまた自らの思考のうちに沈んだ。その刀は、生きたがっているのだろうか。主を、姿を、切れ味を失っても。……それとも。
「久しぶり。縁があるわね匂霞」
 私に、じゃなくて空飛ぶ刀に。小さく付け加えて挨拶する真名の声に、思考の海から引き戻される。宿の中のようだった。白髪の研師。彼女が匂霞だろう。真名は単刀直入に質問を始める。
「まず、刀の銘は?」
「不明よ」
「姿形が変わってたって事だけど元の形はわからないかしら」
「想像するくらいはできるわね」
 矢立から筆を引き抜き、さらさらと描いて見せてくれた。
「刃紋がすっかり見えないということは、身幅がずいぶん狭くなっているということよ。今の倍ぐらい身幅があったとしても不思議ではないわね。寸を詰めたって、元の形はどこかには残るわ。だから、反りのゆるい種類だと思うの。切っ先はわからないけれど、あまり反っていないのは確かね。少し緩やか過ぎるから刃渡りの長い子だったように見えるけれど、これは確証がないの。そういう子もいるから。参考程度にとどめて」
 ヘスティアは鮮やかな両眼を眇めてその紙面を確認した。茎は描かれていない。確認のために問いかけた。
「聞きたいことは二つ、研ぐときに、なかごを見たか、見たならどのようになっていたか。
 銘が削られていたのか、新たに作られていたのか」
「見てないわ。まだ研いでいないの。だから分解もしていない」
 ならば聞くべきことは、あとひとつしかない。
「……あんたはどう見る? あの刀は、生きたがっているか、眠りたがっているか」
「さあね」
 匂霞は回答を避けた。続けて竜哉(ia8037)が口を開く。
「その刀を最初に目撃した場所はどこだ?」
「男がここに依頼しに来たときがはじめてよ」
「刀の癖は?」
「切っ先三寸ではなくて、切っ先から五寸以下の場所で叩き切る癖があるのは見て取れたわ。切れ味が鈍っているのだから力任せになるのは当然ね。でも、少なくともあの形に研がれたあとの癖だけど」
「鞘はどこにある?」
「そこ」
 部屋の一角に置いてある黒塗りの鞘を指し示した。抜き放って刀身を見たあとだったからだろう。祖父江 葛籠(ib9769)は何か考え事をしていたようだった。それから、案じるように話しかける。
「もしかしたら匂霞さんも狙われるかも……? 早く見つけないと……」
「ここには来ないわ」
 確信的な物言いだった。
「刀にとっての研師は、人にとっての医者のようなものよ。わたしはわたしのすべてを刀に捧げるけど、あの子達が自分を捧げるのはただ、持ち主にだけ。
 だから、来ないわ」
「……匂霞もありえるんじゃないか?」
 問いを返したのは、竜哉だった。
「恨みが砥師自体に向かっても不思議じゃない」
「それならわたしは真っ先に斬られているはずよ。せめて宿場町にいる間に戻ってきて、わたしを斬ってから南へ行くはずだわ」
 ここに来る。ヘスティアはそう思っていた。情報を手繰り、失った自分の輪郭線を求めて。
(俺は、帰りたがってるンじゃねぇかと、消えた銘、消えた持ち主、消えた己。
 己に触れたモノを辿ることで、昔に戻ろうとしてるような……)
 しかしそれなら、本当に匂霞が放置されている理由がつけられない。
「第一あの程度なら逃げるくらいできるし、わたしはわたしの安全のために情報を売る気はないの」
「そっか。わかった。でも気をつけてね」
「ええ」
 マルカは考えるように指で唇に触れ、暫しそうしていた。ややあって、頭を小さく振る。なんらかの言葉を発するか迷い、やめたようだった。真名はもらった紙面に目を落としていた。迷いない筆運び。
 しばしその紙面を見つめ、ややあって真名は匂霞を見据えた。確信を込めた、強い目で。
「前みたいに残っていたら持って来ましょうか?
 研ぎの用でも無いのに訪ねて来るのが煩わしいって言うのなら……その刀を眠らせておける場所を教えて」
 上手い聞き方なのだろう。顧客情報に大きく触れず、土地に限定した質問。
「西の村」
 それっきり彼女は口を噤む。
(何を求めて彷徨う、か……)
 かの一振りは。
 ヘスティアは鮮やかなふた色の眼差しを少しだけ、落とした。


(新たな犠牲者が増える前にアヤカシ刀に追い付かないとです)
 ペケ(ia5365)は匂霞からの情報をざっくり無視した。敵の目的がわかったところで、アヤカシが目的地にたどり着くまでにどれだけ犠牲が出るかわかったものではない。
(とにかく、追うのです)
 既に犠牲者は十八名。匂霞は「今の持ち主を殺したら前の持ち主のところに行くかもしれない」と言った。それは、所有した順を逆に辿っている、ということだろうか。現時点で最後の被害者は南の町の研師だ。
(この研師がどこでアヤカシ刀を手に入れたのかが重要ですね。
 もう一つ前の持ち主、刀の次のターゲットです)
 しかし、手がかりといえば研師の工房くらいであろうか。どこを探せば前の持ち主がわかるだろう。
「うー、せめて銘がわかればです……」
 探すにしたって取っ掛かりらしきものがないのだ。まったくもってわからない。うんうん唸っていると、懐でころんと小さな感触。
「あ、賽子」
 それは水晶でできている賽子だった。もともと手がかりらしきものなんてないのである。一が出たらご近所さんへ聞き込み、二が出たらもう少し工房を探す、三が出たら、と番号に行動を割り振って、えいやと転がした。
 ころころ、ころん。
「よし、聞き込みいってみるです!」
 とりあえず行動、決定!

「さて、地道に探すとしましょうか」
 三葉(ib9937)も同じく情報収集をすっ飛ばした口だった。こちらはさっさと南の町に見切りをつけ、西の村へ移動している。
(刀は姿を消した。そして、まだ被害が出ていないのがこの近辺だと西の村)
 完全に消去法だが、宿場町も南の町も終わったのならそれは確かに次の場所を目指しているのだろう。
「一尺八寸くらいの刀を知らない?」
 村の者に聞いて回るだけでなく、隠せそうな場所や物陰も見てまわる。しかし、村ひとつとはいえたった一振りの刀を探すには骨が折れた。なにせ目撃情報は聞かないし、隠れ場所などいくらでもある。
(それらしき人物もいないし……、困ったね)

 決して無差別でない殺人。辻斬り、とも聞かないそれは人間の――人の姿をしたものが介在していない、ということと同義ではないだろうか。
「随分とまあ……『偏った』被害だな」
 聞き込みをして回り、目撃情報をもとに竜哉は被害の順番を割り出していた。最初が宿場町。持ち主の男と行商人はほぼ同時に死亡。男が行商人を訪ねて行ったようで、同じ場所で死んでいた。次に目撃者のうち、現場からすぐ逃げ出さなかった二名が死亡。ここで目撃情報は一度途切れる。
 次に南の町、北側の路地で浮遊する刀の目撃情報が出た。武器商人と古物商は店が近く、ほぼ同時。店と店との間で通行人が一名死亡。次に家族八人が殺害されるが、このとき嫁が幼い長男を連れて外に出たようだ。このためなのか、近くを歩いていた通行人二名が巻き込まれて死んでいる。最後に研師だ。町の外周に程近い自分の工房で死亡が確認されている。
(目的は「復讐」なんじゃないか?)
 自らを歪め、本来の名すら奪った可能性のある砥師。ただ無能と投げ捨てた男。
 判明していることから追えば、被害者は見るからに刀剣関係の人間ばかり。明らかに八人家族が浮くが、そちらは葛籠とヘスティアが情報を集めているらしい。そちらは任せ、死因を見た。切り傷、刺し傷。殺し方にこだわりはないらしい。惨殺しているわけではなく、一太刀で命を奪っている。いたぶるつもりはないようだ。
(目的があって、その障害だけを排除している、か?)
 その意図を探して、竜哉は新たな情報を集めるために動いた。


 葛籠とヘスティアは民家の八人に焦点を当てて探した。ヘスティアは子供などが何か拾い物をしなかったか、と聞き込みをしたが、こちらはめぼしい情報が得られない。葛籠は住人についての情報を探した。
「ああ……越してきたんだよ。いつだったかな、数年前に。あそこのばあさんが志体でさ、お屋敷に住んでたんだけどな。その人が死んで、村は不便だからって」
「村……それ、って」
「どこだったっけ。忘れたけど。でもばあさんのことはよく覚えてる。サムライだって言ってたっけな。けっこう長い刀振り回す、豪快なばあさんだったよ」
 当たりだ。「長い刀だったかもしれない」「南の町で目撃情報が途絶えた」……竜哉はなんと言っていただろう。そうだ、「研師の工房は町の外周」――外周。
「ありがとう! すごく――助かったよ!」
 礼を述べて駆け出す。途中、小鳥が葛籠に平行して飛ぶ。真名だ。口早に伝える。
「たぶん西の村、お屋敷に八人家族が住んでた!」
 森に近づくとペケが民家のひとつから出てくるのが見えた。
「西の村のお屋敷に来て! 研師の人の工房、そこだよね?」
「すぐ隣です」
「やっぱり」
 そこの森を抜ければ村だ。手早くペケに事情を話す。
「先行くから――」
「すぐ追いつくですよ。だから間に合ってください」
 頷いて再び地を蹴った。精霊力をまとめ上げ、両足に纏わせる。天狗駆を持たぬペケでは森を走破するのに難儀するだろう。けれどきっと、枝葉で傷を負うのも構わずに来てくれるに違いない。マルカは匂霞から情報を得るなり西に向かってくれた。真名なら仲間を集めて駆けつけてくれるだろう。だから。
 だからあたしは、なんとしてでも間に合わなくちゃいけない。迷子の一振りがたどり着く前に。


 無限にも思えた森は、思ったよりも時間をかけず抜けられた。屋敷というだけあり、風格のある家構えは目立つ。駆けつけると悲鳴が聞こえた。玄関先で一振りの刀が、血に濡れて浮いている。一人の男が赤く染まった腕を抑えて刀を凝視していた。
 ――間に合えっ!
 飛び込んだと同時に灼熱感。血が飛び散る。刀を弾いて男を背に庇った。振り上げられた刀身を棍で受け止める。
「どうし――!」
 騒ぎを聞きつけて三葉が飛び込んでくる。迷わず小太刀を抜き放ち、刀が次の行動を起こす前に振り抜く。薄い刀身がなめらかに敵を弾いた。
「悪いけど、もう斬らせないよ」
 苛立つような斬撃。葛籠が受け流し、三葉が下からすくい上げるように弾き飛ばす。刀はまるで使い手がそこにいるかのように、切っ先を空に向けた。誰かの構え。意図は攻撃。
「囮になる。攻撃お願い!」
「わかった!」
 三葉は小太刀「霞」を下段に構えた。隼人は自身の防御力を下げる。回避力を高めるものでもない。このスキルの真髄は反応速度を上げること。つまり、先手を取りやすくする。ただその一点に特化した技だ。
 刀が動くより一瞬早く、三葉は地を蹴る。全身のばねを使って飛び込み、脆そうな付け根を斬りつけた。

 互いの刀身を絡ませ、幾度打ち合っただろうか。綱渡りに近い緊張感。少なくない血が流れる。
「他の人、来るんでしょ?」
「うん。……すぐ、来てくれるよ」
 二人だけではじりじりと削られる一方だった。背に庇った人がいる。負けられない。だが決定打になる攻撃手段がない。
 早く。
 早く早く早く。限界が来る前に。膝をつく前に。
「刀が折れるのが先か、あたしが死ぬのが先か。……どっちも変わらないかもね」
 だが、少なくとも。
 今ここで、こんなところで折れるつもりなんて、ない。
 息を整えて小太刀を構える。そのときだった。
 鋭く高い呼子笛の音。かすかに聞こえる誓いのことば。
「来た――!」
 絡んだ刃を受け流し、三葉は大きく距離を取る。刀が執拗に三葉を狙った、刹那。
「はっ」
 漲る精霊力を纏った槍が、刀身を弾き飛ばした。かすかに漏れていた瘴気が塩のように飛び散り消える。ダメージは大きい。
 どこか緊張したような面持ちだったマルカが、確かな手応えに表情を和らげた。余裕が生まれ、二人を振り返る。
「お待たせしましたわ」
「私も着きましたですよー!」
 弾き飛ばされた刀の背後から殴りつけるペケ。細かな傷をあちこちにたくさんつけて、葉っぱが髪に絡まったまま。刀は奇襲にたまらず地面へ打ち付けられる。それでもふらりと浮き上がり、切っ先を三葉に向けて。
 避けきれない。悟ったのに、衝撃はなかった。かわりに眼前に広がる、鮮やかな赤毛。
「止まった的なら距離があっても余裕だろ?」
 腕に食い込んだ切っ先が抜けないよう、ヘスティアは筋肉に力を込めた。抜けようとあがく刀身が傷口を開く。
「せっかくの好機だ、もらっていく」
 庭を駆け抜けながら懐からナイフを放ち、続けて竜哉は手首から刃を現す。ヘスティアの腕から刀が抜けた。精霊力を注ぎ込まれた刃を突き立てる。
 硬い音を立てて地面に転がった。それでも微かに身じろぎして。
「眠らせてあげる」
 炎がぐるりと輪になって、それは刀を取り囲む。真名は門のところで、小さな式を召喚していた。
 その炎は弱りきった刀を取り囲むと、包み込むように輪を狭めて。
 からん、音を立てる。
 今度こそもう、その刀は動かなかった。

 屋敷にいた男の怪我は幸い浅く、すぐに治るだろうと医者は太鼓判を押した。
 村人は栄香を、そして老婦人を覚えている者が多かった。彼らは懐かしそうに語る。長くてきれいな栄香を生涯振るった人だったよ、と。晩年には白髪の研師を呼んで、それはそれは大事に研がせていたと。
「暮谷様にお渡しせずともよいでしょうか」
「いいのよ。あの人は研師だもの」
 眠らせておける場所、と真名は聞いた。匂霞は答えた。それを聞いた以上、この件はもう匂霞の手を離れている。すべての刀は研師の手を離れて、然るべき人物の手に渡るように。一切を開拓者の手に委ねられたのだ。この刀の――栄香の扱いさえも。
「……そうですわね。あの方が答えたのですから……これでいいのですよね」
「これがその墓……か。栄香がどうやってこの村までたどり着いたのか、結局わからずじまいだったな」
 墓に栄香を埋め、竜哉は呟く。少なくとも、復讐は果たしたのだろう。
「もう、迷子じゃないよね」
 葛籠はそっと声をかけ、供養すると墓地をあとにした。