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■オープニング本文 ● 晩夏に植える野菜のための畑を共に耕しながら、師匠は言った。 「卒業じゃの」 その言葉に流和は隣の畝に鍬をおろす師匠を見た。彼はこちらを見ない。 「……そっか。いきなりだね」 自分も鍬をおろす。腕がというより、腰に来る作業だ。農業とはたいてい、そんなものだけど。 さく。ざく。畝を作っていく。 「驚かんのぉ……」 「そろそろだろうなぁって、思ってたし。 師匠は村、出るんだ?」 「稲刈りまではやっていくがの。……ワシはあまり一般人に関わりとうない」 「……」 返事はできなかった。なんでー? と無邪気に問い返せた昔がなつかしい。 今ならわかる。適度な距離感を保ったままの師匠が、情がうつるのを怖れていたこと。開拓者達が戦いの厳しさを必死に説いてわからせようとしてくれた心遣い。人を殺すことも殺されることも、そして誰かを守れなかった事実も受け入れるための心の準備。 まったくわからなかったわけではないが、実感するのはまた違うな、としみじみ思う。流和がこの村を守りきれずに死傷者を出してから、――開拓者の慰めと励ましを受けてから。人との距離を無邪気に詰めることができなくなった。かわりに、いろいろなことに気づくことができるようにも、なった。 たとえば兄の余裕のなさ。たとえば、村人の誰かがくれる心配と不安のまなざし。そして開拓者達の意図と心遣い。大事に面倒見てもらってたんだな、という実感。 そういうものが見えるようになった。あのとき大泣きして心の中をすっかり空っぽにしてしまえば、きっと流和は元の流和に戻れた。無邪気なままの。けれどそうはならなかった。 幸か不幸かはわからない。どちらが正しいのかも。ただ、いろいろな感情を飲み込むことで他人の心の内側を推し量るだけの想像力がうまれ、無邪気に距離を詰められないことで生まれた距離感は視野の広さを流和に与えた。 村の雰囲気も、元の能天気な懐の広さは少しなりをひそめ、静かで相手の動向を伺うような雰囲気になっている。それでも、随分開拓者達が緩和してくれたらしいが。 「……自警団設立に師匠どうですかって、言われてたけど。やっぱやだ?」 「そうじゃのぉ……。見ていて不安なんじゃよ。一般人はすぐ死んでしまうからの」 「まー……そりゃあ、ね」 「後生大事に箱庭に入れてかくまいたくなる。お前さんも放り出すのは心配でならんがのぉ。そろそろ潮時じゃ。お前さんのそばは、たいそう美味いものが多くて楽しかったぞ」 「それ、みんなの貢物じゃん。主に」 「うむ。はじめはこんな甘味処のひとつもない村なんぞ発狂してしまうと思ったが。美味い仕事じゃった」 満腹じゃ、と笑う師匠に流和も笑った。結局最後まで名乗らなかったなこの人。そう思うと同時に、それも師匠なりの「距離の取り方」なのだろうと察する。 「最後に、師匠らしいことをしてやらねばの」 「えー? 師匠でもそんなこと考えるんだ」 「なんじゃ! こーの馬鹿弟子! ワシはいつでも師匠らしいではないか!」 「……甘味食べて、甘味催促して、甘味食べるくらいじゃない?」 「名づけて! おいしい門出の祝祭じゃ!」 「……いやまあ。おいしいのは歓迎だけど」 そのへんで流されるあたり、やっぱり流和は流和だった。 ● 「無理だな」 祝祭の計画を、義和はあっさり却下した。書類仕事をしていたらしく、部屋には墨のにおいがこもっている。流和にはこの「書類仕事」の価値がさっぱりわからない。食べ物が作れるわけでもないのに何を小難しいことをやってるんだろう、といった程度だ。ただ、いつも難しい顔をしているから大事なのだろう。たいていの村人は似たような感想を抱いているに違いない。たとえ、書面に自警団設立の草案やら年貢云々やらなんやらと、重要なことが書いてあると知っても。 立場が違う者には、ほんとうの意味での苦労や責務は理解できない。地主に小作人の苦労がわからないように。小作人にも地主の苦労はわからない。 「えええー。なんで?」 「こないだの蛭事件で出た犠牲者への見舞金。葬式代。警鐘や物見櫓の建造費。各種人件費。あとお前の食費」 「うぐっ」 「その他もろもろ。お前、さっさと開拓者になって出稼ぎしてこい」 「出稼ぎ……。あれ? あたし出稼ぎするために開拓者になるんだっけ?」 「ただ稲刈りだけはやっていけよ」 「そりゃ。……でもあんまり食べないようにする」 「不気味だからやめろ」 「ぶきみ……」 義和は唇を吊り上げる。表情がないので笑顔とは呼べないが、一応笑ったらしい。大丈夫だろうか。 「何よりあんなことがあったばっかでそういうのは、ちょっとな。遺族や被害者が平気でも、それを案じる連中の神経逆なでする」 自分が傷ついて苦しんだ人間と、それを見ているしかない人間。それぞれの感情と苦悩がある。温度差は生まれやすい。 「そだね……。気にする人は気にするよね。ぱーっとやっちゃったほうがあたし的に楽なんだけど」 「そういうこと。ただ、追悼みたいな色出すなら考えるぞ。準備に時間は割けないから、用意片付け込みで一日。もともとうちはカルい連中多いから、緊張状態続いたのはこたえただろ」 俺の脳みそには祭事につきあう余力ねーから、お前が責任持ってやれ。 ● 追悼祭にするなら、故人を偲ぶだけでなく今後についても必要だろう。開拓者達が言ったように。 というわけで、流和と師匠がたどり着いたのは「鬼ごっこ」の改良だった。 染否流のままだと、この村ではいつまで緊張感を保てるか怪しい。死者が出ようが、記憶は風化し悲しみは薄れゆく。消えてしまうことはなくても。 故に。 村人、開拓者全員が皿に何らかのお菓子を載せて所持。 村のあっちこっちで志体持ち参加者が戦闘。乱戦でも個人戦でも団体戦でも可。 村人は戦闘に巻き込まれないよう逃走すること。 地主は小作人が上手く逃げられるよう、指揮・誘導すること。 志体持ち同士は戦闘。怪我をしない程度に一般人へちょっかいかけても可。 お菓子が落ちたら負け。 「……うん、みんな必死になるね」 砂糖は高い。農村でほいほい使えるものじゃないのだ。白米だって開拓者なんかの大事なお客様が来たときや、祭事のときにしか出さない。その上農民。食品をだめにするなど言語道断。ありえない。 志体同士が戦うのは、戦闘現場からの離脱を想定するためだ。戦闘発生、じゃあどこにどんなふうに逃げようか、ということを瞬時に判断できるように。 「細かいところは開拓者の意見も取り入れつつやればよかろう。おいしい上に避難訓練にもなり、村も引き締まる上に騒げる。お前さんの修行にもなるじゃろ」 「食べ物を粗末にするなんて、って怒られないかな」 「落とすほうが悪い。せっかくの甘味じゃぞ。どんな手を使ってでも守り抜くのじゃ」 「……うん、師匠も食い意地張ってるもんね」 ごつんと拳を落とされた。 |
■参加者一覧
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
カチェ・ロール(ib6605)
11歳・女・砂
影雪 冬史朗(ib7739)
19歳・男・志
雪邑 レイ(ib9856)
18歳・男・陰 |
■リプレイ本文 カチェ・ロール(ib6605)はまだ、上手く自分の中で決着をつけきれずにいた。 「流和さんが大変な時に力になれなくて……カチェはやっぱり半人前です……」 (色々勉強して、少しは強くなって、ひょっとしたらそろそろ一人前と認めて貰えるかもと思ってましたけど。 全然そんな事はなかったです。カチェはちっとも成長なんてしてませんでした) ひたむきだからこその泥沼だった。当の流和はもう平気な顔して村人を集めている。カチェだけ抜け出せない。たったひとり。 「どうしたら良いかわからなくて、結局何も出来なくて」 ぐるぐると悩みは同じところに行き着く。ぐるぐる、戻ってくる。抜け出せない。もうとっくに過ぎてしまった過去に戻ってしまう。それでも気持ちをむりやり切り替えて、手伝いに走った。 追加ルールは、時間制限つきで開拓者は畑に入らない、畑に隠れてやり過ごし可、一般人が志持ちのお菓子を奪ってよし、但し避難・指揮・誘導が疎かになると判定負け有り。きちんと練られた罠には引っかかってあげる、訓練後、反省会を兼ねた御茶会にて甘味を食べる、奪われた人は甘味なし、志体は奪ったお菓子も皿に載せ、これを落としたら負け。また、落とした場合は返却。志体の皿は縁なし、一般人は茶碗類も可、安全地帯の扱いは前回の訓練と同じ。以上だ。スローガンは「皆様が抱えるお菓子は、皆様の命や財産」。 明王院 未楡(ib0349)発案だというその言葉を要約して、秋霜夜(ia0979)は旗を村の中心に立てた。でかでかと、「お菓子は命♪」と書いた旗を。 「そ、霜夜さん……」 「ってあれ? これはどこぞの師匠のモットーですね」 いい感じに気の抜ける、しかしこの追悼際の真理である。 礼野 真夢紀(ia1144)や未楡の持ち寄った材料をあわせてチョコケーキを釜で蒸し、あちこちから持ち寄られる。 ひとつの節目。追悼も、卒業も。長谷部 円秀(ib4529)は改めて村の土地を把握しながら準備を進める。 (では気持ちよく卒業でいるようにお膳立てするとしましょう) そして、この手の事前準備に精力的なのはやはり真夢紀だ。二十一個も呼子笛を寄贈して義和を驚かせ、鳴らし方も定義づける。 「異常があれば長く一回、安全地帯を知らせるのに短く二回でどうでしょ?」 「いいね」 流和が頷く。さらに真夢紀は日詰を呼び、ロングボウ「流星墜」と火縄銃「玄武」を渡した。 「まゆ使わないし知り合いに遠距離攻撃得意な人いませんし。良かったら使って下さい」 その性能のすさまじさに日詰がぎょっとした。そのへんに転がってない、こんなの。 「もし有効そうな罠があったら、追悼祭の際皆さんに教えてあげて下さい」 「……あんたたち相手にか。少し、準備時間が足らない」 せめて丸一日準備に割けるならともかく、このどこから誰がどう来るのかさっぱりわからない状況下では無理があるようだ。 「すまん。せめて、森ならどうにかなるが」 「じゃあしょうがないですよね」 相槌を打ちながら、次の一手。その名も「本日のお供え物」。どこの祠に持っていく……わけではなく。 「卒業試験参加してくれないんですか。じゃこれは村人の希望者に」 「ワシまだなんも言っとらんぞ!?」 師匠である。真夢紀はジャムセット、泰国産「めろぉん」、オータムクッキーという豪華なお供え物を抱えたまま首をかしげた。 「いつも嫌だの知らんだのなんだのと言うじゃないですか」 「甘味があるなら引き受ける。世の心理じゃろうが!」 食欲に始終した台詞だった。参加する、のひとことと引き換えに師匠にお供え物を供える真夢紀。これで無事、師匠も釣れた。準備完了である。 (毎年この時期に恒例になれば良いよね。 亡くなった人達が「自分の死は無駄にはなってない」って安心出来るように) 静かに想う。あの雨の日にいなくなった五人と。 これからの、村のことを。 北側から進入したマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は途中で出会った村人からお菓子を奪いつつあっさり中央部に進入を果たした。さて、目的の人物は……と。 「点呼終わった? 傷病者の確認と対応は? ……もー、だからそういうのまでちゃんとやるの!」 報告に来ていた男を追い返す。流和が振り向いた。 ふとマルカはほほ笑む。 「流和様、どれ程成長されたか、見せていただきますわ」 すらりと右手で闇照の剣を抜き放つ。今日は流和も剣を抜いた。 「いくよっ」 流和から肉薄してくる。大振りでない、感覚の短い斬撃。半身で身を翻しかわした。流和の視線を、身体の向きを。次の手を読む。 身体の影に隠した剣を、鋭く突き放った。ぎりぎり避けられる速度で。 「――っ」 剣で受け流しつつ、その噛み合った刃を支点に身体を弾いて逃れた。能力が回避に偏っているだけある。 (やりますわね) 嬉しかった。まだまだ甘い。まだまだ拙い。それでも。 スタッキングで肉薄する。落ち着いていれば間合いを外せる速度に意識して落としながら、大きく踏み込んで。 ふっと流和は身体を沈めて、かわすと同時に足払いをかける。たん、と踏み越えるようにそれを避けた。流和はそのまま、下から伸び上がるようにマルカに追撃をかける。かん、と軽く切っ先を弾いて。 どんっ。 鈍い衝撃。スケイルメイルの上から、大したことはないが蹴りが入ったのだ。にっと流和が笑う。剣はフェイントだったらしい。泰拳士らしく足も使うことを覚えたようだ。 「では流和様。次は本気ですわ」 騎士として。マルカは名誉と誇りを誓う。漆黒のオーラがうっすらと立ち上る。 ひきり、と流和が引きつった。 逃れようとするのを間合いを詰めて逃さず、剣を叩き落す。すぐに流和はナイフを引き抜いた。その刀身に刃を絡め、弾き飛ばす。剣をかいくぐり、マルカの皿に伸ばした手を柄頭で跳ねた。くるりと身体を捻って流和の懐に飛び込み、お菓子を掻っ攫う。 「あああ! もー、いい線いったと思ったのに!」 やられたー! と地団太踏む。ちょっと可哀想ではあるが、ルールだ。それに。 (叶うなら今はまだ流和様の越えるべき壁でありたい) そして、いつか越えてくれる事を願って。 「思ったより、ずっとよかったですわ」 「前のルールならあたし勝ちだったのになー。ほら、一撃入れたらって」 泰拳士の道を選ぶ直前のことだろう。恨めしげにマルカの皿に載ったケーキを睨みつける。 「これはわたくしが頂きました。奪えるくらいになってくださいまし」 「亀さんの道のりが遠い……」 少し、笑った。 未楡の進入を、カチェが受けた。棍をシャムシールで受け流し、切り返す。 「お菓子を取られたくなかったら、今の内に逃げてください」 そばにいる少女がありがとう、と言って駆け出した。数度切り結び、未楡が隙を見てこん、とカチェの持つ皿を棍で弾いた。放物線を描く月餅。 「あっ」 未楡が自分の皿の端で受け止めた。 「それじゃあ、通していただきますね。大きな怪我はないと思いますが」 「大丈夫です」 互いに小さく礼をして、別れた。 呼子笛を吹いて、真夢紀は逃げだす村人のそば、小石を狙って力の歪みを撃った。流れ弾のつもりである。ぎょっとした反応は返るが、大慌てした様子はない。 少しずつ、でも確実に。「平和ボケ」も抜け始めているのだろう。きっと。 「きゃあああああ!」 悲鳴に霜夜と雪邑 レイ(ib9856)が駆けつけると、少女からケーキを取り上げて大皿に積む師匠がいた。確かに師匠は防衛側に振り分けられているが、防衛側が村人を襲ってはいけない、というルールはない。 「お皿抱えてますので、包拳礼の省略はご寛恕ですよ。いざ、ご指南お願いしますっ」 「うむ。ワシに供物を捧げるために来るとは結構! 受けて立とうぞ!」 レイも符を右手に練力を練り上げた。 「レイさーん、霜夜さーん、やっちゃってー!」 「がんばってくださーい!」 なんだかすごい応援されている。師匠の人望のなさが半端ない。甘味が絡んだ瞬間、奴は敵になるからだろう。気づいた円秀が顔を出して、脱落者たちを安全圏まで下げて観戦準備を整えた。 ひらりと霜夜が駆けてゆく。気を伝えて死角を消した。背後さえ手に取るように鋭敏に感じられる。同時にぱっとすぐ横を何かが通り抜けた。霊魂砲だろう。それは師匠にぶち当たる。 「ぬ、ぬう!」 避けようのない一撃に、衝撃を上手くやりすごして皿を守る師匠。間髪入れず、破軍で力を満たした霜夜が飛び込む。間近に着地した片足を軸にくるりと身体を回し、勢いを乗せて蹴りを叩き込む。一拍遅れて鮮やかな翠色の旗袍の裾がついてきた。 「ふん!」 「わわっ」 叩き込んだ足の勢いを殺さずに、そのまま外側に弾いて脇腹に肘を打ち込む師匠。わずかに背中側に攻撃の軌道をずらし、霜夜は直撃を免れた。けれど体勢を崩されたところに足払いをかけられ、月餅を遠心力で上手く皿の中にとどめるのが精一杯。やられる! と焦った瞬間、ふわりと小さな気配が師匠に向かっていった。 「立て直せる」 レイの声。小さな白い狐が、長い尾を師匠に絡みつかせていた。 脱落者は逃げる必要がない。ゆえに、あっちこっちできゃーきゃーわーわーと観客になっていた。 「そこから先は行かないでくださいね。怪我しますよ」 「大丈夫だって! いけ、いけーっ! お師匠様をぶちのめせっ!」 「あたしの仇とってー!」 見回り一式を引き受けた円秀は、白熱する応援に苦笑した。さっきから観客が増えている。押し合いして怪我だのをしないように、なども注意しながら、安全係は淡々と役目を勤めた。 「なんの、これしきっ」 呪縛符は邪魔だが、動けないわけではない。ただその隙が霜夜が立て直す時間を生む。拳を皿に突き出した。しかし、それをまたしても跳ね返される。 「動きが……。あっ」 なんのことはない、師匠はほとんど装備を身に着けていないのだ。攻撃も防御も捨ててかかっている。ただ回避力が半端ない。となればそのあたりはスキルで補っているのだろう。反撃には転反攻を使っているように見える。なら、下手に霜夜が攻撃するよりも。 背後から放出された霊魂が、再び師匠を貫いた。 狙ったら外さない。レイが攻撃を担当して霜夜が足止めしたほうが効果は高い。しかし。 「ちーっといろいろ足らんのぅ」 ひょいひょい、と霜夜を抜くと高速でレイに迫る。瞬脚だ。符を狐の式を絡みつかせるが、霜夜が追いつくより早く。 「もらいじゃ」 鈍い音を立てて膝をレイの腹に叩き込んだ。咄嗟に飛び退ってダメージを抑えるが、小さく咳き込んだ隙に皿のケーキが取り上げられる。追いすがった霜夜が拳を叩き込む。避けた先を旋風脚で追撃するが、転反攻で返された。更に蹴り技で追い詰められ、月餅を奪われる。 「悪くはなかったが、詰めが甘かったのぅ。いただきじゃあ!」 「や、やられました……!」 「もう少し密な連携をすべきだったか。悪かったな、好物だったんだろう」 「あたしこそ、スキル構成なんかを対師匠用に特化させるべきでした」 いい線は行っていたので、あとは連携と適切な対策があれば勝てるだろう。 未楡が見つけたとき、流和は既に皿の中が空だった。 「あら、流和ちゃん。もう脱落ですか?」 「あ……。未楡さん。あはは……やられました」 笑いつつもしょぼくれている。未楡はカチェの月餅を残し、自分の紅白大福を流和の皿に移した。 「もう少し、がんばってみましょうか」 「……はいっ」 剣を構える流和に、未楡も棍を薙刀に見立て、くるりと回した。手始めに剣気を叩きつける。 「っ」 もともと攻撃力が低めな流和は、やはり未だ未楡に対抗し得ない。剣先がわずかに鈍りつつも打ち込んでくる。それを十字組受で受け止め、流しながら先で弾く。 何度かつけた訓練と同じ形。同じように応対する。 (「未楡さんの訓練」だ) 意図してわかりやすくされた形。優しくて、易しくない。どこから打ち込んでもなめらかに流される。その動きを意識する。守りに徹されるおかげで突破はできない。ただ動きを身体に刻み込んでいく。どの瞬間に未楡がどう反応して動くのか。全部。 最後には軽く払われて大福を取り返されてしまったけれど。 レイは円秀に連れられて、ひとつの安全地帯を訪れる。 「ここで最後です。かすり傷ですが、一応女性でしたので」 「わかった」 手持ちの薬草と包帯で、レイはてきぱき手当てする。真夢紀を呼ぶような怪我でもないし、こんなものだろう。 「ありがとうございます、こんな怪我でお呼びだてしてすみません」 「かまわない、あとが残ったら大変だし」 丁寧に頭を下げる女性に手を振って、日の傾きを見る。まだまだ明るいが、そろそろあちこちで決着がつくのではないだろうか。 「次は追悼の準備ですね」 「はい、カチェちゃん」 「あ……」 未楡が差し出したのは、カチェから奪った月餅。 「五つ持ってきていたようでしたから、もしかしてと」 「あの、ありがとうございます」 ぺこりとお辞儀して受け取る。それを花と共に墓前に供えた。 墓地を回り、黙祷することで追悼とした。はしゃいだ感情も落ちついた後、川端で集まり反省会を開く。 「やっぱ東部は迅速」 「前よりはましになった」 「お師匠様の裏切りはない、あれはひどい」 「人型のアヤカシもいるからアリじゃないか?」 「時間稼ぎの手段が要る」 だいたい主な意見はそんなところだろうか。人数が人数なので小分けされて車座になっているが、円秀が見回る限り真面目に意見交換しているようだ。お茶が回されている。お菓子がない人はとても切なそうだが。 「……うちの連中でも考えるときは考えるんだな」 義和がしみじみ呟いた。それから開拓者たちに向き直る。 「助かりました。こんなのん気な催しにお付き合いいただいて感謝します。大したけが人も出ませんでしたし。 ありがとうございます」 丁寧に頭が下げられた。 片付けもさくっと終わらせた後。マルカは用意した料紙を師匠に渡す。 「流和様に卒業証書を書いてくださいませんか?」 心から、感情を込めて願った。いなくなっても、流和が師匠を感じられるようにと。 師匠は皺を寄せて目を細め、それから筆を取った。 帰り際。悩んだ末、流和がカチェを引き止めた。 「えっと、その……。あたしはカチェちゃんのこと、友達だと思ってる。だから……こないだ、ごめん。気にしてくれてありがとう」 それでね、と流和は言った。 ずっと助けてもらうばっかりだったから、と。 「あたしも何か、カチェちゃんにできること探してみる。依頼する側じゃなくて、みんなの仲間になってあたしも一緒にがんばりたいから」 だから、それまでは。 ちょっとだけ、ばいばい。 |