【混夢】過去夢
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/29 17:02



■開拓者活動絵巻
1

伊砂






1

■オープニング本文

※このシナリオは【混夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

 扉があった。
 観音開きの、重たげな、大きな石の扉。なんだろう。
「夢の扉よ」
 横から声をかけられた。振り向くと、白い髪の女が佇んでいる。
「それは過去への扉。あまり近づくと、」
 言葉の途中で。
 すっと石の扉が消え、中からすさまじい引力を感じた。踏ん張るが、耐え切れずに身体が吸い込まれていく。
「……吸い込まれるわよ、と言っても。遅いみたいね」
 女は踵を返す。
 今吸い込まれた人のように、あの中へ入るなんてごめんだ。否応なく過去の記憶のままに身体が動く、記憶を追体験するだけの。そんな世界なんて。
 わたしには必要ない。

 脳裏に蘇る過去はいつだって同じだ。
 いつだって、過去だけは変わらない。
 変えられない。
 記憶は風化しかすれていっても、それでもなお。

 目を開くと、覚えのある景色が広がっていることだろう。
 それは、あなたの――過去だ。


■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
ノクターン(ib2770
16歳・男・吟
宮鷺 カヅキ(ib4230
21歳・女・シ
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ
二式丸(ib9801
16歳・男・武


■リプレイ本文

●二式丸(ib9801
 風が揺らす木々の葉音。日当たりのいい部屋。家の広間。神棚の下に、錦の織物が飾ってある。部屋にいるのは子供ひとり。七つか八つの年頃。肩までの髪。小さな身体は、痩せているせいでなお小さく見えた。
 ここ――任侠一家に引き取られたばかりで、何もかもがものめずらしかった。中でも錦の織物が意識を引き寄せる。恐る恐る伸ばした手に巻かれた包帯。手だけではない。身体のあちこちに巻きつけられ、傷口を押さえている。
「よ。こんな所にいたのか」
 ぴたりと伸ばした手が止まった。見上げた先に赤毛のがっしりした男がいる。四十ほどだろうか。見事な双角に仕立てのいい着物を着た修羅。二式丸を引き取った人。今も昔も、それしか知らない。
「とうりょう。これ、なに」
 たどたどしい言葉が喉から出る。
「お前の名前さ。『錦』そのままよりは、隠した方が粋かねえ」
 錦。にしき。二式。二式丸。
 なまえ。
 無意識に折れた角を引っ掻く。頭領の手がひょいとその手をどけた。
「こら、引っ掻くんじゃねーよ。あー、こりゃ根元から折れてんのか。
 育ち盛りでも元に戻るか微妙だな……鉢金で代わりにすっか」
「はちがね?」
「鉢金の金属部分を角の形にして巻けば、その片角も補えるだろ」
(……この数年後、頭領も、みんなも、いなくなってしまう。
 分かってる、のに)
 彼らはいなくなる。みんな。
(でもこの時、俺は生まれて初めて『嬉しい』がどういうことなのか、分かったんだと思う)
 持っていなかったもの。なくしたもの。それをもう一度、くれようとする。
(……この過去。忘れない。絶対に)
 あの明るく心地いい部屋も、目を引く錦の織物も、もらった名前も鉢金も、共に過ごした人々も。
 すべてをくれた頭領も。
 忘れない。

●喪越(ia1670
 ひらり。ひら。桜の花。
 音もなく落ちて、ほんの小さな波紋を広げる。
 緋い緋い、波紋。

 ――緋い。嗚呼、燃えるような緋だ。

 鼻につく鉄錆びたにおい。真っ赤な視界。流れる命の本流と共に、記憶は止め処もなく流れ出た。

 十数年前の、五行の都。
「さすがあの家の跡取りだ」「優秀な陰陽師になるだろう」「聡明な子でしたから」――。
 賞賛と期待。約束された輝かしい未来。それは男の心にひとかけらの温もりも与えなかった。冷め切ったまま、けれど反抗せず。
 演じ続けた「優等生」。そんな自分こそ、何よりも。

 ひとりの女と出会った。桜舞い散る森の中。
 風に靡く長い髪。頬を彩る笑顔は、するりと男の胸の裡に入り込んでいた。
 重ねた時間。
 絡めた視線。
 贈った簪。
 巡る季節。
 もう一度桜がほころんで。

 女はほほ笑んだ。いつも通りに。桜がほころぶように。出会ったころと、なにひとつ変わらずに。
 男は絶望を浮かべた。

 彼女に言われたから。彼女が願ったから。彼女の望みだったから。彼女の言葉だったから。
 一族の秘法。要たるもの。それを持ち出した。
「あなたの役目はこれまでよ」
 女の腕はずるりと形を変える。灼熱感。せりあがった血潮とともに吐き出した、呪いの言葉。
 いつも笑みを浮かべていた頬に、ひと筋の輝き。
 桜が舞う。
 男は手を伸ばした。

 ひらり。ひら。
 緋い緋い、波紋。
 緋の上に落ちようとも、浮かび続けて沈まぬ花弁。

 龍がいた。
 老いていた。
 見下ろしていた。
 目覚めたことに気づいた。

 視線を落とす。
 左手をそっと開く。
 真っ二つに折れた簪。
 必死に伸ばした手が、唯一掴んだもの。
 握り締めて、折れた簪。

 ひら。
 ひらり。

 掴み取れたのは、自分が贈った簪ひとつ。

「……ハハ」

 乾いた笑いが零れ落ちる。
 綺麗な森で。桜舞う季節に。自ら踏み込んだ、血と裏切りと呪いの中で。
 彼は「喪越」となった。

●宮鷺 カヅキ(ib4230
 梨の木。高嶺の隠れ里。彼岸花が真っ赤な花だけ咲かせている。あちこちで。どこもかしこも赤くして。
 四つばかりの女の子。髪の長い、小さな子。自分がなにを探しているかもわからずに、大叔母の元を訪れる。
 齢八十ほどだろうか。陰陽師であり一族の当主である大叔母は、ひとこと告げた。
「片翼」
 それが占いの結果だった。
「凶と一切の喪失。そして、」
(たった一度の邂逅)
 それは囁きだったのか、あるいは大叔母が心の裡にとどめた言葉を推測したのか。
「もしなくした翼を見つけたら、飛ばずにはいられない。空へ飛び、墜ち、死ぬのみ」
 子供はこれといった感情を示さなかった。
 耐えているわけではない。取り繕った、わけでもない。
 なんの感慨もわかないのだ。死ぬことに。彼岸花を一瞥する。赤い有毒の花。
「やっぱり……春、主家に行きます。無意味でも。
 冬あけたら、誰かさんの所為でここを滅ぼしにアヤカシも攻め込んでくるし……笑います?」
「いぃや? 行っておいで、『 』」
 皺の刻まれた手が頭を撫でる。「何か」を見つけるため、ひとりきりで山を降りる決意をした。
 蝉が鳴いていた。夏だった。

 梨の花が咲く。真っ白な花吹雪。
 主家での収穫はない。滅べ、と言われただけだ。抜け切ることない毒を飲み、アヤカシを利用して。
「一切の喪失と知りながら山を降りて……見つけたのだな」
 大叔母の独り言。カヅキは微笑を浮かべる。
「さっさと殺さないと、手遅れになりますよ?
 主家にも、君にも……嫌いな奴に命くれてやるほど良い性格じゃないから」
「何、奴等には命も何もくれてやらんさ」
 一族は全滅し大叔母も死んだ。自ら毒杯を仰いで。残ったのは上級アヤカシと対峙した彼女だけ。
 霧雨と花吹雪。湿って冷たい風。花に似た色の髪が湿って肌に張り付く。
 開拓者に助けられ、彼女はひとり一命を取り留めた。

●小伝良 虎太郎(ia0375
 里のような場所。森のそばか、中。
 若い男女。青年期と言っていいとしごろ。男のほうは銀髪で、女のほうは真っ白な髪をしている。
 知らないところ。
 知らない人たち。
(なのに、凄く安心出来る。何でだろ?)
 大好きで、離れたくない。根拠のない感情に突き動かされて虎太郎は必死で追いかけた。少し前で待っていた女のひとが、長い髪をふわりと揺らして膝をかがめる。虎太郎を受け止めるように広げられた腕。
「『 』」
 ぎゅっと抱きついた。いいにおい。名前を呼ぶ声。広がる安堵感と、染み入る愛情。
 ぽん、ぽん。背中をあやす手の感触。
 しがみついた腕が、ずいぶんと短く感じた。身体がどこもかしこも小さい気がする。こんなふうに、女性の胸におさまるほどに?
(まぁいっか)
「まだまだ『 』は甘えただなぁ」
 大きな手が虎太郎の髪をかき混ぜた。頭の輪郭を感じ取るような、親しい撫で方。
 虎太郎のと似た刺青。笑っている気配。でも顔ばかり判然としない。二人ともだった。刺青も顔立ちも。呼びかけてくる名前だろうところだけ、どうしてか聞き取れないのも。
 でもひとかけらだって不安はなかった。

 そばの森でめいいっぱい遊び、女のひとがお弁当を広げた。食後に顔を拭ってくれる手。
(忘れたくない)
 胸に刻むように。心に残すように。強く強く、一つ一つをすべて。時間の許す限り楽しんで。
「そろそろ帰るよ、『 』」
 男のひとがひょいと肩車して、茜色に染まりだした帰路につく。
 ずっとこうしていたい。
 けれどそれは出来ないと、心のどこかでわかっていた。
 寂しい。ふっとぐらついた身体を、咄嗟に支える大きな手と細い手。
「眠たい?」
 いっぱい遊んだものねと、慈しむ声。言葉。込められた愛情。
 離された女のひとの手が、あやすように背中をぽん、ぽんと叩いた。
 ぽん、ぽん。

●フィーナ・ウェンカー(ib0389
 日暮れ時。棚引く雲はラベンダー色に染まり、一日の終わりを告げようとしていた。
 部屋の中もゆっくりと、光の気配が音も立てずに失われてゆく。
 淡いピンク色を基調にした部屋。細々とした可愛らしい小物が並んでいる。備え付けの本棚には行儀良くたくさんの本が並んでいた。
 女の子らしい、優しく可愛らしい部屋。
 その部屋の中で、少女特有のあどけない声が言葉を紡いだ。
 不安を見ないふりして、紛らわせてしまおうと。
「きょうは、パパとママ、かえってくるのおそいねー、チロちゃん」
 部屋の片隅、ベッドの上。青と白のエプロンドレスをまとったまま、青みがかった銀髪を散らけて横たわる少女。十ばかりだろうか。
「ん、だいじょうぶだよ。さびしくないよ。ふぃーな、えらいこだから」
 瞳に浮かぶ不安も寂しさも、少女は言葉にしない。
「それにね、チロちゃんもいっしょだし」
 いつも一緒のチロル。
 内気な少女の心許せるたったひとりのお友達。女の子で、三歳で、茶色い毛並みに赤い目の。
 少女は病弱なせいで外界と切り離されていた。そんな生活を続けたせいだろうか。人見知りが激しくて、友達はチロルだけで納得していた。
 寂しいのも上手く納得して、この家の中ですべて完結させてしまう。
 それは家から出してもらえないことを素直に受け入れてしまう、純真な少女が身につけた「折り合い」だったのかもしれない。
「チロちゃん……ふぃーな、そろそろねむくなってきちゃった……」
 細い手がぎゅっとチロルの身体を抱きしめた。
 世界はゆっくり闇が満ちていく。
「おきたら……パパとママ、かえってきてるかな……」
 怖いとも寂しいとも言わずに、待っていれば叶うささやかな願いだけを口にした。

●犬神・彼方(ia0218
 それは小さな我侭だった。
 ――父上と母上と一緒に、星を見たい。
 歳相応に淑やかな少女の、誕生日に願うにはあまりにも無欲すぎた、我侭。
 葉月の末日。煌く星々に見守られた家路。
 娘にとても甘い母と、妻には少し甘い、父と。

 一緒に。

 夏の風が彼方の長い黒髪を撫ぜる。犬面をつけた父。彼方には厳しい。いつだって。
 星明り。暗い道。父と母がいる。幸せな一時。

 はじめに、母がいなくなった。

 地面に何かが落ちる音。動かない身体。
 動けない自分。

 次は父だった。
 呆然と立ち尽くす彼方を庇って。

「逃げろ」
 呟きに似た声。大きな手が犬面を渡す。
 嫌だ。
 嫌だ。これは父がつけていてほしい。いつも通りに聞き分けよく頷けない。嫌だ。
「父上を置いていけない」
 見慣れた顔が、見慣れない笑みを浮かべた。
「家長になれ、子供達を頼んだ」
 言葉はそれだけだった。アヤカシに向き直った父が囮として、彼方の逃げ道を作った。
 彼方のための、彼方のためだけの、逃げ道。
 ――ほんとうは私を気にかけてくれていた。
 厳しいのも。冷たいのも。
 手にした犬面を託すためだった。家長の証を。
 理解と共に走る。犬面だけ持って。母の遺体もまだ生きている父も置き去りに。

 ひとりきりで。

 母を守れなかった。
 父を置き去りにした。
 ぼろぼろと涙はこぼれて、喉からは叫びばかりがあふれた。

 父の作った道を走り続ける。
 きっと。
 絶対。
 家長として新たに大切な人達を守る。
 必ず。

●ノクターン(ib2770
 そこにいたは、長くて青い髪のひとだった。
 青い口紅。その青さがよく似合う美貌。泰ふうの装いも柔らかな仕草も女性的な。
(これは……夢……なのか?)
「おや……戻ってきたようだね、ノクターン。初めての任務はちゃんとやれたのかい?」
 誰にも語りたくない過去のひとつ。売られてきて、そして人形(暗殺者)としての初任務のあと。
「はい、レクイエム様」
「そうか、それは良かったよ」
 胡散臭いことこの上ない彼が忌々しかった。なのに。
「……他の皆のように、私にはご褒美を頂けないのですか?」
 すいと青い美貌が間近に迫る。長いまつげに縁取られた瞳に、自分の姿が映り込んだ。緩いウェーブのかかったロングヘア。ほとんど変わらない背丈。細い身体を覆う女物のゴシックロリータ。
「おやおや……君は随分と欲深いようだね?」
 青い唇が笑う。吐息がかかる。さらさらと青い髪が、近くて。
(いや、待て!
 何でそんな口付けしそうなほど近いんだ!?)
「だけど、まだ君にご褒美をあげるにはいかないね」
 くすくすと笑う声。するりと彼が離れる。良かった。
(俺はからかうって事は合ってもノーマルだ……そういうのは勘弁だぜ、全く……)
 けれどノクターンの唇は、彼の意図を無視した。
「……残念です」
「そう残念がる事も無いさ」
 レクイエムは言う。誘うように。そそのかすように。甘言を弄するように。青い唇で。
「今後の働き次第ではいくらでも……」
 その言葉は過去の自分を導き出す。
(……俺の曖昧な記憶が確かなら)
 レクイエム。美貌の青い男。人形達の管理者。彼の下で、ノクターンは人形達のリーダーになった。
 つまり。
(覚えていないだけでそう言う事なのか……?)
 理性は結論を導き出した。感情はそれを嫌悪した。
 目覚めを切に、願った。

●月雲 左京(ib8108
(わたくしは、どうして此処に……?)
 大きな屋敷。太陽の沈むとき。左京によく似た、とてもよく似た六つばかりの少年。何もかも同じで、でも鏡あわせのように左右をそっくり入れ違えている。白い角は右、緋色のまなざしも右。左京の衣の赤色の部分を、彼は青色に入れ替えた着物をまとって。
「左京、もうすぐ日が沈むよ?」
 小さな手が差し出された。おずおずと手を取る。左京の手もまた、同じだけ小さかった。
「う、きょ……?」
 夢か現か。不審はあたたかな手の感触にとけて消えた。右京。左京の片割れ。もう半分。心は昔に立ち返った。繋いだ手を引いて走り出す。昔のように。
「今日はなにする? 散歩がしたい……!」
「気持ちいいしね、それもいいかもしれない」
 ほわ、と柔らかな右京の笑み。家から出るところで、三人の兄へ手を振った。
「「にに様、いってきます……!」」
 そろった声。そろった手。そしてそろって駆け抜ける。森の中へ。
(にに様と、喋りたい……でもそれ以上にもっと右京と、居たい)
 もう半分。お互いがお互いの、もう半分。この手を離して別のところに行くなんて、ありえない。
 星の下。森の中。湖を越えて祠までの散歩道。
「とうりゃんせ♪」
「とうりゃんせ――♪」
 闇の中でうすぼんやりと白い、たんぽぽの綿毛を見つけた。
「どこまで飛ばせる?」
「せーので、ふーってやろう!」
「「せーの!」」
 吹かれた綿毛はふわりと闇の向こうに飛んでいく。きっと来年、花が咲く。
 星を草木を花を愛でて遊び、朝まだきを迎えた。羽織を被り、帰って湯浴みして。一緒の布団に潜り込む。
 手を取り合い、頬を撫でてその暖かさに安堵して。
「ふふ、楽しかった、右京……大好きだよ? いい夢を」
「僕も……大好きだよ、左京……いい夢を」
 心満たされたまま瞳を閉じた。