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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 ※このシナリオは【混夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 扉があった。 観音開きの、重たげな、大きな石の扉。なんだろう。 「夢の扉よ」 横から声をかけられた。振り向くと、白い髪の女が佇んでいる。 「それは過去への扉。あまり近づくと、」 言葉の途中で。 すっと石の扉が消え、中からすさまじい引力を感じた。踏ん張るが、耐え切れずに身体が吸い込まれていく。 「……吸い込まれるわよ、と言っても。遅いみたいね」 女は踵を返す。 今吸い込まれた人のように、あの中へ入るなんてごめんだ。否応なく過去の記憶のままに身体が動く、記憶を追体験するだけの。そんな世界なんて。 わたしには必要ない。 脳裏に蘇る過去はいつだって同じだ。 いつだって、過去だけは変わらない。 変えられない。 記憶は風化しかすれていっても、それでもなお。 目を開くと、覚えのある景色が広がっていることだろう。 それは、あなたの――過去だ。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
ノクターン(ib2770)
16歳・男・吟
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
二式丸(ib9801)
16歳・男・武 |
■リプレイ本文 ●二式丸(ib9801) 風が揺らす木々の葉音。日当たりのいい部屋。家の広間。神棚の下に、錦の織物が飾ってある。部屋にいるのは子供ひとり。七つか八つの年頃。肩までの髪。小さな身体は、痩せているせいでなお小さく見えた。 ここ――任侠一家に引き取られたばかりで、何もかもがものめずらしかった。中でも錦の織物が意識を引き寄せる。恐る恐る伸ばした手に巻かれた包帯。手だけではない。身体のあちこちに巻きつけられ、傷口を押さえている。 「よ。こんな所にいたのか」 ぴたりと伸ばした手が止まった。見上げた先に赤毛のがっしりした男がいる。四十ほどだろうか。見事な双角に仕立てのいい着物を着た修羅。二式丸を引き取った人。今も昔も、それしか知らない。 「とうりょう。これ、なに」 たどたどしい言葉が喉から出る。 「お前の名前さ。『錦』そのままよりは、隠した方が粋かねえ」 錦。にしき。二式。二式丸。 なまえ。 無意識に折れた角を引っ掻く。頭領の手がひょいとその手をどけた。 「こら、引っ掻くんじゃねーよ。あー、こりゃ根元から折れてんのか。 育ち盛りでも元に戻るか微妙だな……鉢金で代わりにすっか」 「はちがね?」 「鉢金の金属部分を角の形にして巻けば、その片角も補えるだろ」 (……この数年後、頭領も、みんなも、いなくなってしまう。 分かってる、のに) 彼らはいなくなる。みんな。 (でもこの時、俺は生まれて初めて『嬉しい』がどういうことなのか、分かったんだと思う) 持っていなかったもの。なくしたもの。それをもう一度、くれようとする。 (……この過去。忘れない。絶対に) あの明るく心地いい部屋も、目を引く錦の織物も、もらった名前も鉢金も、共に過ごした人々も。 すべてをくれた頭領も。 忘れない。 ●喪越(ia1670) ひらり。ひら。桜の花。 音もなく落ちて、ほんの小さな波紋を広げる。 緋い緋い、波紋。 ――緋い。嗚呼、燃えるような緋だ。 鼻につく鉄錆びたにおい。真っ赤な視界。流れる命の本流と共に、記憶は止め処もなく流れ出た。 十数年前の、五行の都。 「さすがあの家の跡取りだ」「優秀な陰陽師になるだろう」「聡明な子でしたから」――。 賞賛と期待。約束された輝かしい未来。それは男の心にひとかけらの温もりも与えなかった。冷め切ったまま、けれど反抗せず。 演じ続けた「優等生」。そんな自分こそ、何よりも。 ひとりの女と出会った。桜舞い散る森の中。 風に靡く長い髪。頬を彩る笑顔は、するりと男の胸の裡に入り込んでいた。 重ねた時間。 絡めた視線。 贈った簪。 巡る季節。 もう一度桜がほころんで。 女はほほ笑んだ。いつも通りに。桜がほころぶように。出会ったころと、なにひとつ変わらずに。 男は絶望を浮かべた。 彼女に言われたから。彼女が願ったから。彼女の望みだったから。彼女の言葉だったから。 一族の秘法。要たるもの。それを持ち出した。 「あなたの役目はこれまでよ」 女の腕はずるりと形を変える。灼熱感。せりあがった血潮とともに吐き出した、呪いの言葉。 いつも笑みを浮かべていた頬に、ひと筋の輝き。 桜が舞う。 男は手を伸ばした。 ひらり。ひら。 緋い緋い、波紋。 緋の上に落ちようとも、浮かび続けて沈まぬ花弁。 龍がいた。 老いていた。 見下ろしていた。 目覚めたことに気づいた。 視線を落とす。 左手をそっと開く。 真っ二つに折れた簪。 必死に伸ばした手が、唯一掴んだもの。 握り締めて、折れた簪。 ひら。 ひらり。 掴み取れたのは、自分が贈った簪ひとつ。 「……ハハ」 乾いた笑いが零れ落ちる。 綺麗な森で。桜舞う季節に。自ら踏み込んだ、血と裏切りと呪いの中で。 彼は「喪越」となった。 ●宮鷺 カヅキ(ib4230) 梨の木。高嶺の隠れ里。彼岸花が真っ赤な花だけ咲かせている。あちこちで。どこもかしこも赤くして。 四つばかりの女の子。髪の長い、小さな子。自分がなにを探しているかもわからずに、大叔母の元を訪れる。 齢八十ほどだろうか。陰陽師であり一族の当主である大叔母は、ひとこと告げた。 「片翼」 それが占いの結果だった。 「凶と一切の喪失。そして、」 (たった一度の邂逅) それは囁きだったのか、あるいは大叔母が心の裡にとどめた言葉を推測したのか。 「もしなくした翼を見つけたら、飛ばずにはいられない。空へ飛び、墜ち、死ぬのみ」 子供はこれといった感情を示さなかった。 耐えているわけではない。取り繕った、わけでもない。 なんの感慨もわかないのだ。死ぬことに。彼岸花を一瞥する。赤い有毒の花。 「やっぱり……春、主家に行きます。無意味でも。 冬あけたら、誰かさんの所為でここを滅ぼしにアヤカシも攻め込んでくるし……笑います?」 「いぃや? 行っておいで、『 』」 皺の刻まれた手が頭を撫でる。「何か」を見つけるため、ひとりきりで山を降りる決意をした。 蝉が鳴いていた。夏だった。 梨の花が咲く。真っ白な花吹雪。 主家での収穫はない。滅べ、と言われただけだ。抜け切ることない毒を飲み、アヤカシを利用して。 「一切の喪失と知りながら山を降りて……見つけたのだな」 大叔母の独り言。カヅキは微笑を浮かべる。 「さっさと殺さないと、手遅れになりますよ? 主家にも、君にも……嫌いな奴に命くれてやるほど良い性格じゃないから」 「何、奴等には命も何もくれてやらんさ」 一族は全滅し大叔母も死んだ。自ら毒杯を仰いで。残ったのは上級アヤカシと対峙した彼女だけ。 霧雨と花吹雪。湿って冷たい風。花に似た色の髪が湿って肌に張り付く。 開拓者に助けられ、彼女はひとり一命を取り留めた。 ●小伝良 虎太郎(ia0375) 里のような場所。森のそばか、中。 若い男女。青年期と言っていいとしごろ。男のほうは銀髪で、女のほうは真っ白な髪をしている。 知らないところ。 知らない人たち。 (なのに、凄く安心出来る。何でだろ?) 大好きで、離れたくない。根拠のない感情に突き動かされて虎太郎は必死で追いかけた。少し前で待っていた女のひとが、長い髪をふわりと揺らして膝をかがめる。虎太郎を受け止めるように広げられた腕。 「『 』」 ぎゅっと抱きついた。いいにおい。名前を呼ぶ声。広がる安堵感と、染み入る愛情。 ぽん、ぽん。背中をあやす手の感触。 しがみついた腕が、ずいぶんと短く感じた。身体がどこもかしこも小さい気がする。こんなふうに、女性の胸におさまるほどに? (まぁいっか) 「まだまだ『 』は甘えただなぁ」 大きな手が虎太郎の髪をかき混ぜた。頭の輪郭を感じ取るような、親しい撫で方。 虎太郎のと似た刺青。笑っている気配。でも顔ばかり判然としない。二人ともだった。刺青も顔立ちも。呼びかけてくる名前だろうところだけ、どうしてか聞き取れないのも。 でもひとかけらだって不安はなかった。 そばの森でめいいっぱい遊び、女のひとがお弁当を広げた。食後に顔を拭ってくれる手。 (忘れたくない) 胸に刻むように。心に残すように。強く強く、一つ一つをすべて。時間の許す限り楽しんで。 「そろそろ帰るよ、『 』」 男のひとがひょいと肩車して、茜色に染まりだした帰路につく。 ずっとこうしていたい。 けれどそれは出来ないと、心のどこかでわかっていた。 寂しい。ふっとぐらついた身体を、咄嗟に支える大きな手と細い手。 「眠たい?」 いっぱい遊んだものねと、慈しむ声。言葉。込められた愛情。 離された女のひとの手が、あやすように背中をぽん、ぽんと叩いた。 ぽん、ぽん。 ●フィーナ・ウェンカー(ib0389) 日暮れ時。棚引く雲はラベンダー色に染まり、一日の終わりを告げようとしていた。 部屋の中もゆっくりと、光の気配が音も立てずに失われてゆく。 淡いピンク色を基調にした部屋。細々とした可愛らしい小物が並んでいる。備え付けの本棚には行儀良くたくさんの本が並んでいた。 女の子らしい、優しく可愛らしい部屋。 その部屋の中で、少女特有のあどけない声が言葉を紡いだ。 不安を見ないふりして、紛らわせてしまおうと。 「きょうは、パパとママ、かえってくるのおそいねー、チロちゃん」 部屋の片隅、ベッドの上。青と白のエプロンドレスをまとったまま、青みがかった銀髪を散らけて横たわる少女。十ばかりだろうか。 「ん、だいじょうぶだよ。さびしくないよ。ふぃーな、えらいこだから」 瞳に浮かぶ不安も寂しさも、少女は言葉にしない。 「それにね、チロちゃんもいっしょだし」 いつも一緒のチロル。 内気な少女の心許せるたったひとりのお友達。女の子で、三歳で、茶色い毛並みに赤い目の。 少女は病弱なせいで外界と切り離されていた。そんな生活を続けたせいだろうか。人見知りが激しくて、友達はチロルだけで納得していた。 寂しいのも上手く納得して、この家の中ですべて完結させてしまう。 それは家から出してもらえないことを素直に受け入れてしまう、純真な少女が身につけた「折り合い」だったのかもしれない。 「チロちゃん……ふぃーな、そろそろねむくなってきちゃった……」 細い手がぎゅっとチロルの身体を抱きしめた。 世界はゆっくり闇が満ちていく。 「おきたら……パパとママ、かえってきてるかな……」 怖いとも寂しいとも言わずに、待っていれば叶うささやかな願いだけを口にした。 ●犬神・彼方(ia0218) それは小さな我侭だった。 ――父上と母上と一緒に、星を見たい。 歳相応に淑やかな少女の、誕生日に願うにはあまりにも無欲すぎた、我侭。 葉月の末日。煌く星々に見守られた家路。 娘にとても甘い母と、妻には少し甘い、父と。 一緒に。 夏の風が彼方の長い黒髪を撫ぜる。犬面をつけた父。彼方には厳しい。いつだって。 星明り。暗い道。父と母がいる。幸せな一時。 はじめに、母がいなくなった。 地面に何かが落ちる音。動かない身体。 動けない自分。 次は父だった。 呆然と立ち尽くす彼方を庇って。 「逃げろ」 呟きに似た声。大きな手が犬面を渡す。 嫌だ。 嫌だ。これは父がつけていてほしい。いつも通りに聞き分けよく頷けない。嫌だ。 「父上を置いていけない」 見慣れた顔が、見慣れない笑みを浮かべた。 「家長になれ、子供達を頼んだ」 言葉はそれだけだった。アヤカシに向き直った父が囮として、彼方の逃げ道を作った。 彼方のための、彼方のためだけの、逃げ道。 ――ほんとうは私を気にかけてくれていた。 厳しいのも。冷たいのも。 手にした犬面を託すためだった。家長の証を。 理解と共に走る。犬面だけ持って。母の遺体もまだ生きている父も置き去りに。 ひとりきりで。 母を守れなかった。 父を置き去りにした。 ぼろぼろと涙はこぼれて、喉からは叫びばかりがあふれた。 父の作った道を走り続ける。 きっと。 絶対。 家長として新たに大切な人達を守る。 必ず。 ●ノクターン(ib2770) そこにいたは、長くて青い髪のひとだった。 青い口紅。その青さがよく似合う美貌。泰ふうの装いも柔らかな仕草も女性的な。 (これは……夢……なのか?) 「おや……戻ってきたようだね、ノクターン。初めての任務はちゃんとやれたのかい?」 誰にも語りたくない過去のひとつ。売られてきて、そして人形(暗殺者)としての初任務のあと。 「はい、レクイエム様」 「そうか、それは良かったよ」 胡散臭いことこの上ない彼が忌々しかった。なのに。 「……他の皆のように、私にはご褒美を頂けないのですか?」 すいと青い美貌が間近に迫る。長いまつげに縁取られた瞳に、自分の姿が映り込んだ。緩いウェーブのかかったロングヘア。ほとんど変わらない背丈。細い身体を覆う女物のゴシックロリータ。 「おやおや……君は随分と欲深いようだね?」 青い唇が笑う。吐息がかかる。さらさらと青い髪が、近くて。 (いや、待て! 何でそんな口付けしそうなほど近いんだ!?) 「だけど、まだ君にご褒美をあげるにはいかないね」 くすくすと笑う声。するりと彼が離れる。良かった。 (俺はからかうって事は合ってもノーマルだ……そういうのは勘弁だぜ、全く……) けれどノクターンの唇は、彼の意図を無視した。 「……残念です」 「そう残念がる事も無いさ」 レクイエムは言う。誘うように。そそのかすように。甘言を弄するように。青い唇で。 「今後の働き次第ではいくらでも……」 その言葉は過去の自分を導き出す。 (……俺の曖昧な記憶が確かなら) レクイエム。美貌の青い男。人形達の管理者。彼の下で、ノクターンは人形達のリーダーになった。 つまり。 (覚えていないだけでそう言う事なのか……?) 理性は結論を導き出した。感情はそれを嫌悪した。 目覚めを切に、願った。 ●月雲 左京(ib8108) (わたくしは、どうして此処に……?) 大きな屋敷。太陽の沈むとき。左京によく似た、とてもよく似た六つばかりの少年。何もかも同じで、でも鏡あわせのように左右をそっくり入れ違えている。白い角は右、緋色のまなざしも右。左京の衣の赤色の部分を、彼は青色に入れ替えた着物をまとって。 「左京、もうすぐ日が沈むよ?」 小さな手が差し出された。おずおずと手を取る。左京の手もまた、同じだけ小さかった。 「う、きょ……?」 夢か現か。不審はあたたかな手の感触にとけて消えた。右京。左京の片割れ。もう半分。心は昔に立ち返った。繋いだ手を引いて走り出す。昔のように。 「今日はなにする? 散歩がしたい……!」 「気持ちいいしね、それもいいかもしれない」 ほわ、と柔らかな右京の笑み。家から出るところで、三人の兄へ手を振った。 「「にに様、いってきます……!」」 そろった声。そろった手。そしてそろって駆け抜ける。森の中へ。 (にに様と、喋りたい……でもそれ以上にもっと右京と、居たい) もう半分。お互いがお互いの、もう半分。この手を離して別のところに行くなんて、ありえない。 星の下。森の中。湖を越えて祠までの散歩道。 「とうりゃんせ♪」 「とうりゃんせ――♪」 闇の中でうすぼんやりと白い、たんぽぽの綿毛を見つけた。 「どこまで飛ばせる?」 「せーので、ふーってやろう!」 「「せーの!」」 吹かれた綿毛はふわりと闇の向こうに飛んでいく。きっと来年、花が咲く。 星を草木を花を愛でて遊び、朝まだきを迎えた。羽織を被り、帰って湯浴みして。一緒の布団に潜り込む。 手を取り合い、頬を撫でてその暖かさに安堵して。 「ふふ、楽しかった、右京……大好きだよ? いい夢を」 「僕も……大好きだよ、左京……いい夢を」 心満たされたまま瞳を閉じた。 |