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■オープニング本文 何度も何度も地図を見直す。 繰り返し繰り返し、考える。 でも。 何度考えても、どんな訓練を村人に施しても、どれだけ強くなっても。 いつでもどんなときでも全部を守りきれる方法なんて、見つからなかった。 だから、守る優先順位をつけなきゃいけない。 悲壮な顔をして訪れた親友は、あっというまに団子を食べつくすとそんなことを零した。佐羽は茶をすすり、口の中のものを飲み込んでから喋る。 「……まあ……しょうがないと思うけど。あたしは。 流和ちゃんひとりしかいないし。うちみたいな小作人だと農具もたいしたの持ってないけど、流和ちゃん家とかは違うでしょ? 優先すべきは地主さんたちの財産と人材。そういうのがないと、田んぼも効率落ちちゃって、結局飢え死にしたりするもん。 うちがなくなっても、家族がみんな死んでも……。あたしは流和ちゃんを恨めないよ」 「そんなことやりたくない。嫌だよ。なんで。 なんで、いい方法ないんだろう。全部守れる方法」 「……誰かになんか話、聞いたの?」 妙に切羽詰った様子に、佐羽は近況から探り出してみることにした。 「日詰さん……、最近、故郷を滅ぼされてうちの村に来た人なんだけど」 ああ、と納得して確保していた団子を口に運ぶ。 生々しい体験談を聞いて、心が落ち着かなくなっているのだろう。らしくもない。いつもなら、そっかー、大変だったね、で終わらせるだろうに。 いや。 (村を守る責任ってものをしょっちゃったから、神経質になっちゃってるんだろうな。 滅びたら滅びたでしょうがないと思うけど。このご時勢だし。……なんてのは、責任ない上に村を飛び出したあたしだから言えることなんだろうなぁ) 流和がいようが腕利きの開拓者がウン十人いようが、滅ぶときは滅ぶのだ。どんな腕のいい農民でも畑をだめにすることがあるように。 だから考えるべきは今ある手札でどの程度のことなら無理なく効率よく効果的にできるかってことであって、完璧主義になってがっちがちに凝り固まることではない。 できないことを諦めて物分りのいいふりして飲み込むことでもないから、そのさじ加減が難しいけれど。 (……うーん、慰めても解決しないんだよね……。あ) 「よし、忌矢さんに会いにいこう!」 「……へ?」 「ちょっと待って、お団子食べちゃうから。 だいたい、そもそも頭なんて使い慣れてない流和ちゃんが下手に考え込んだってろくなことないよー。あたしが刀習うくらい無謀」 「ちょ……え、ひ、ひどっ!? ひど、ひどいっ!」 「修行にも慣れて、ちょっと余裕ができて暇にでもなったの? そんな馬鹿なこと考えるなんて」 「ば……馬鹿……!?」 「あたしはちょっとやそっとのアヤカシにもあっさり食べられちゃうけど、流和ちゃんだって強ーいアヤカシが出てきたらぱっくんちょだよ、ぱっくんちょ。そのへん忘れちゃだめだよね」 「さ、佐羽ちゃん……? どうしたの、毒舌だよ……?」 「大体さ!」 びしり、と団子の刺さった串を流和に突きつけた。 「師匠もいて脳みそ担当のお兄さんもいて責任取ってくれるおじいさんもいて、夢まっしぐらな流和ちゃんが! 師匠ひとりも見つけられないで燻ってるあたしに相談とか、あてつけ? 嫌がらせ!? そんな高等技術いつ身につけたのさっ!」 ぽかん、と流和が佐羽を見る。 さっきまでの悲壮感が消えたことに満足して、最後の団子を口に入れた。 場所は変わってある屯所。 「というわけで、忌矢さんよろしくお願いしまーっす!」 「うぜえ。来んな。邪魔だ。帰れ」 波打つ赤毛を襟足で束ねた青年。 目つきがとってもよろしくないが、これでも一応自警団。 「あのですね、こっち、あたしの親友の流和ちゃんです! 志体持ちで、最近物騒になってきた故郷を守りたいんですけど――」 「聞けよ。俺の話。そもそも俺がここにいるってなんで知ってる。屯所ってひとつじゃねぇだろ」 「綴さんに聞きました! でですね、ちょっと流和ちゃんにいろいろ教えてほしいなって」 「はぁ? んなの勝手にやりやがれ。俺を巻き込むなクソガキ」 「さ、佐羽ちゃん、なんかすごく迷惑そうだしやめとこう? どうしたの? こんなにずうずうしくなっちゃって。暴走するあたしを止めるのが佐羽ちゃんじゃない」 「まあまあ。他の人にやるのはアウトだけど、忌矢さんだし」 「俺でもアウトだよ! 何考えてンだてめぇ!」 ひゃ、と流和が首をすくめる。佐羽はにこにこと不機嫌そうな忌矢を見上げた。 この青年が不機嫌なのはいつものことで、本気で怒る一線だけ間違えないようにすればいい。なんだかんだで、面倒見がよくて寛容なのを佐羽は知っている。コツは、忌矢の許容範囲内でずうずうしくなること。本気でキレると明確に怒気がこもるから、対応を間違えればすぐに気づける親切設計だ。そのことに気づくまではとても怖い人物だと思ったものだが。 見詰め合うことしばし。毒気を抜かれたのか根負けしたのか、忌矢は視線を外して諦めのため息をついた。 勝った。 「……で、なんの用だ」 「ちょっといろいろノウハウ足りてないし、全体的に平和ボケした村だし、どうやって村のみんなに危機感植え付けて染否みたいな迅速かつ適切な避難ができるかってご相談です」 「あ? んなの簡単だろ。 慣れだよ、慣れ」 「へ……?」 流和が声を上げる。忌矢は無視して続けた。 「警鐘鳴ったら脱兎。ちびとじじばば傷病者抱えて脱兎。ひたすら脱兎。あとは運。ヘマやらかした奴は自己責任。余裕があれば俺らが助ける。開拓者が間に合えば開拓者が助ける。無理ならお陀仏。 それだけだ」 「日ごろの訓練とかは?」 「俺らはやるが、町民にゃあやらせてねぇな。訓練必要になる前にアヤカシ来るし。 ちなみに、俺らは弓は訓練するが刀だの槍だのは個人の趣味に応じて勝手にやってる。あとはひたすら鬼ごっこ」 「おにごっこ……」 流和が遠い目をした。 「投擲あり、罠あり、屋根も塀も使って鬼複数で鬼ごっこ。 あとは普通に、そのへんの仕事手伝って足腰鍛える。そんぐらいだ。 おら、帰った帰った。ったく、トロい上に図太くなりやがって」 「お世話になりましたー!」 呆然とした親友の手を引き、二度と来ンな、という見送りの言葉を背中で聞きながら屯所をあとにした。 というわけで。 「あの、鬼ごっこの協力者をお願いできませんか」 鬼面片手にやってきた流和に、ギルドの受付嬢は天井を仰いだ。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
カチェ・ロール(ib6605)
11歳・女・砂 |
■リプレイ本文 この季節は、おおむね草刈に始終する。 村は今日ものどかだった。あちこちでどんどんずんずん雑草が刈り取られていく。 (先頃の剣狼襲撃の際の対応を考えれば、危機感に乏しい状況は村の存亡に関わる重大な問題ですし……) 風になびく黒髪を手でおさえ、明王院 未楡(ib0349)は田の中にぽつり、ぽつりと点在する人影をながめた。 日詰の経験を、流和の行動を、受け止めてあげるためにも。 安寧の中で穏やかな暮らしを保てる以上の幸せはないと承知の上だった。この平和すぎる光景が続けばどれだけいいだろう。けれど。 (心を鬼にしてでも一度村の方々に己が身は自ら守ると意味を身を持って知り、自覚して頂かなければなりませんね) 生き延びてもらうために。 (穏やかな営みをする人々を脅かしたい訳ではないけど) リンカ・ティニーブルー(ib0345)も、陽光に煌く銀髪を風に遊ばせたまま同じ景色を見やった。 (その生活を脅かす輩がいる事もまた否めないしね) あってはならない事態を想定し、対策を取ってこその有事の備えだ。友人の故郷を思う。人命のため、生活のために村ごと疎開した。そんな決断が、迫られることになるかもしれない。 秋霜夜(ia0979)が村長に頼むと、昼休みも終わるころに村人たちが集まってきた。 (忌矢さんの巻込み、成功してるといいな……) ひとり染否に赴いたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、首尾よくやってくれているだろうか。案じながら集まってきた村人たちの前に立つ。こほん、喉の調子を整えて説明を始めた。 開拓者から見ても流和が成長してること。村を守りたいという自覚が出てること。それでも、何時現れるか知れないアヤカシは脅威なこと。などなど。 「染否みたいに逃げられる様になれば、ちょっとは安心できるかもしれません」 カチェ・ロール(ib6605)は、以前受けた依頼でのことを話す。 「前に染否でアヤカシ退治をしましたけど、すごかったです。 本当に皆さんあっという間に避難して、運悪く逃げ遅れた人も屋根に上ったり路地を走り回ったりして、襲われない様にしてました。 何かあったら直ぐ逃げる。これが一番大事だと思います」 一拍置く。見上げる大人たちの顔は、感心したようにカチェを見下ろしていた。 「流和さん一人じゃ、全部なんて無理です。カチェや他の人たちでも無理です」 礼野 真夢紀(ia1144)も問いかける。 「以前の提案……緊急時の避難計画どうなってます?」 「一応近隣の蔵を予定しているが、分散しても流和が守りにくい。利もあるが不利のほうが多すぎる。かといって緊急時に避難場所を選べるほど手馴れていないから」 決めかねているらしい。とりあえず真夢紀は最寄の蔵に避難するよう提案しておいた。 村の防衛をこなしてきた三笠 三四郎(ia0163)としては、言いたいことはたくさんある。 (平穏のうちに意識を高め、対策を取るのはいいのですが……アヤカシは一筋縄ではいきませんからね) とはいえ対策の具体的な話はまとめてこなかったから、大雑把で漠然とした説明になってしまう。 「これを使ってください。村長さんのお宅には流和ちゃんのが二つあるはずですから、地主さんたちなどの村の外周部に配備していただければ」 未楡が五つの呼子笛を寄贈する。 「警鐘がより多くの人の命を救う手立てとなります。 ただ闇雲に逃げるだけの訓練では効果が低ので、異常事態発生時は蔵に避難する前に必ず鳴らしてください。 音の響いた方角に異常あり、即座に避難と伝達の為にまた鳴らして……と言った伝達訓練もしてくださいね」 「かたじけない。地主にはひとつずつ渡します。あとで小さい竹笛でも作って、村人全員が常時携帯すればいいかもな。……警笛むやみに吹いて混乱しないよう訓練も必要か」 流和兄はさくさく発展させた。 「もっと大きい音もあったらどう?」 リンカが取り出したのはブブゼラ。好奇心で流和が吹き鳴らし、その音に村人みんなでぎょっとする。 「音色は単調だけど、音の大きさは折り紙つきだからね。作業中でも聞き漏らす事は少ないと思うよ」 「助かります。これは川向こう、東側だな。林で音が遮断されやすいんです」 「有事の際は周囲に異常を伝え、避難場所に逃げる事」 一人の男がブブゼラをしっかりと受け取り、必ず、と応える。ぽやーんとしておらず、この人物なら任せられそうだ。東の地主なのだろう。 「では、ルールの説明をします」 三四郎がてきぱきと話題を移す。ざっと説明すると、カチェは不参加者は同色の鉢巻などを巻き、手出し無用を伝える。 リンカも朱墨を使うことを伝え、それからもう一つ。 「朱墨は不祥事の流血の一部として、訓練終了までの間、何が悪かったのか自分なりにしっかり考え、訓練後、各々が自分が捕まった時の様子と何が悪かったと思うか皆の前で発言を。 審判や鬼役等も交え、意見を交せるようにする。 畑の中も鬼の立入こそないが、飛び道具などの攻撃はあり」 乾いたお手玉をぽん、と放ってぱしりと受け止めるリンカ。三四郎は村人たちに向き直った。 「私が審判役として村に滞在します。村人サイドからも審判の補助をお願いすることがありますが、そのときはご協力をお願いいたします」 「あ、不参加の村長さんと師匠に判定役お願いです。 村の皆にも危機感持ってもらう為です」 真夢紀の言葉に、迷わず村長は頷いた。師匠はえー、みたいな顔をしている。すかさず『本日のお供え物』を取り出す真夢紀。 栄堂の小豆桜餅、もふら飴。白餡と、白餡に抹茶を混ぜた物と、濾し小豆餡を丸めて寒天で包んだ餡子玉。よく冷やされていて喉越しよさげ。紅茶の寒天、樹糖がけ。 おっ、と身を乗り出した師匠をさぱっとスルーして、真夢紀は流和に向き直った。 「流和さん、三江さんも甘味好きかな? 今回四種類持ってきたの。師匠様が納得してくれないみたいだし、皆で食べる?」 「あ、いいね――」 「ワシをさしおいて甘味を食おうなんぞよい度胸じゃ!」 釣れた。 「真夢紀ちゃん……、どんどん猛獣使いに。いや、祟り神を鎮めるって意味じゃ巫女として妥当?」 それから未楡が日詰に頼むと、彼は相変わらずがらがらに干からびた声で、途切れ途切れにせめて逃げる算段だけでも立てておけばいくらかは助かるかもしれない、と言った。いくらかは。 「万一の時、開拓者は一人でも多く助けます」 霜夜は言う。 一人でも二人でも、危険の中でも生きているか死んでいるかわからなくたって、開拓者は飛び込んでいく。 「でも、あたしたちが異変を知るのは『事が起こった後』です。 開拓者が駆けつけるまで、村を亡くさない為には皆さんの頑張りが必要なんです」 流和の家で、カチェは準備したものを確認した。 持った棒は、小柄な彼女にはすこし扱い辛い長さ。流和のかわりに、人間側につく。それがカチェが考えた自分の役割だ。 「カチェは流和さんの代わりですから、どういう風に動くかは流和さんが決めて下さい」 流和は唇を戦慄かせた。長い沈黙。カチェはじっと待つ。 「……うちの近くの畑にいて。鬼役出たらそっちに。複数出たら、」 声が震えていた。 「南側は捨てて、一番村の中心にはいってきたのを、迎撃」 「南、ですか」 「本番なら東を捨てる。捨てざるをえない。でも今からそれを……公示したくはないの」 「いいんですね」 こくりと流和は頷いた。 ぴしぴし竹刀で反応のにぶっちい村人を叩きつけている。叩かれてびっくりして固まっている奴を蹴飛ばす。殴る。転ばせる。 忌矢の指導はバイオレンスだ。 「な、な、な」 「死ね! 死にたいなら死ね!!」 青あざをいくつかこさえてから、ようやく逃げることを思い出してひいこら逃げていく村人の背中に泥団子を飛ばした。マルカはここに来るまでを思い出す。 綴はマルカの頼みなら、と忌矢をあっさり引き込んだ。けれど忌矢は綴と別れてから、マルカにこんなことを言った。 『あんたさ、今後は綴を連れて来ンの、やめてもらえるか。俺は自警団だからあんま町の外に関わるのもよかねぇ。開拓者といい関係作るに越したことはねぇのも確かだが。 だから真正面から来い。堂々と、明確な論理と妥当な対価を持って』 思った以上に、理性的な奴かもしれない。 「いっぺん滅びて思い知れ!!」 容赦ないけど。 「忌矢さん説得、お疲れ様でした。日詰さんはああいうことできないでしょうし、あたしたちも力が違いすぎるからどうしても手加減しすぎちゃいますしね」 霜夜がマルカをねぎらう。一般人相手の微妙な手加減は考えてこなかったから今の計画は変えないけど、もうちょっと過激にやってもよかったかもしれない。 忌矢は半日しかいなかったけれど、流和の兄があとを引き継いでいた。 三四郎は村の下見と人材の発掘をしていた。信頼できそうな責任ある村人、というとやはり地主たちになるだろうか。村長宅で雇われた開拓者たちは、ある程度丁寧に対応される。実際の性格までは、当たり障りない会話からはよくわからない。 真夢紀は霧雨を感じながら空を見上げて目を閉じる。脳裏に見えた、綺麗な青空。 皆が畑仕事する晴れた日の午前中。その日に、しよう。 そこで流和の処遇が問題になる。流和がいなくなれば始まるのがわかってしまうが、この季節は雑草は伸びるしカタツムリ退治が忙しい。 「では、当日は何か口実を設けて村外で合流していただけませんでしょうか?」 「ああ、うん。それならいいよ。口実なんていくらでもあるし」 マルカの提案で話が片付く。準備は着々と整っていった。 各自綿と布を武器に巻いて朱墨を含ませたり、お手玉だの竹筒の水鉄砲だの用意して。 「わーるい子はいねーかー!」 闇目玉の面に獣耳と尻尾を装備して、小アヤカシ『霜夜』は六尺棍をひと振り。にや、と面の下で笑う。アヤカシは鬼だけじゃない。そして、闇目玉の面をつけたからには、だ。 「きゃああ!?」 「え、なんでこっち来るの!?」 やっぱり、獲物はおねーさん。 (侵略者が野盗とかの場合も、売り飛ばせる婦女子は狙われます。 敵が何を狙ってるかを考え対応するのも大事だと思うのです) 足元の結ばれた草をひょいと飛び越え、飛んでくる泥団子をささっとかわして。 「はい、ひとりー♪」 ばし、と袈裟懸けに朱墨を振りまいた。 霜夜と共に林から飛び出してきたリンカ。獣耳はつけつつも、鎧も武器も持ってこなかった彼女は超・軽装。霜夜を追い抜き畑でカタツムリを駆除していた子供へ、べったりと手まで朱に染めているお手玉をすぱーん。 「あでっ」 頭直撃。命中精度はハンパない。 「わーっ、ヒロがやられた!?」 「頭だろもう死んでるぞ! ほっといて逃げろっ!」 足元を気にしながら逃げている奴らなんて、リンカにとっちゃあ止まっている的と大差ない。べしばしお手玉ぶつけて撃沈していく。 「警告くらいしなさい、警告くらい」 ちょっとやそっと騒いだくらいじゃ向こうの田んぼまで声が届くか怪しい。面積の小さな棚田とはわけが違う。 見回りに来た三四郎が、あっさり出た数人の『死者』にため息を落とした。 南側は真夢紀だ。手桶にたっぷり朱墨を満たし、まずは水鉄砲に充填。草むしり中の農夫の背中にぷしゃー。 「ひとり。次は、と」 精霊のお玉で朱墨を掬い上げた。 真夢紀が南側から攻め込むと、街道側である南西から未楡が朱墨つきの竹刀で村人を追い回す。手加減しつつ斬り付けて。 「その朱墨の跡を実際に切られて自らが流した血と思い、その被害を想像してください」 きっちり話し、次の獲物へ。 流和が西から、マルカが北から攻め込む。川沿いに南下して獲物を見つけるなり全力で追い立てた。やはり綿と朱墨の竹刀で、手加減しつつ追い立てる。が。 「ひい!?」 妙にゴッツイ殺気と立ち上る漆黒のオーラ。気づいた村人が喉の奥から悲鳴を搾り出し、大慌てで逃げてゆく。もちろん逃がすマルカではない。 「て、て、て、敵襲ーっ!!」 叫んだ村人に追いつき背中から(朱墨で)斬り捨てる。一帯の獲物を殲滅すると北側の橋を陣取った。遠くで太鼓の音が聞こえる。 村の中は騒然とし、混乱の極みに陥った。 ぐるりと村を一周して三四郎が戻るころには、真夢紀のくれた薔薇の石鹸が小さくなるほど大活躍したあとだった。真夢紀と未楡が汚れの激しい人物から優先して衣類を提供する。汚れたくらいで服を捨てる土地ではないが、やはり衣類は喜ばれた。 「反省会をやりましょうー」 「殆どお説教になりそうですが……」 三四郎はざっと足りないところを上げた。 反応が鈍い、警鐘にたどり着くのが遅い、びっくりしてその場で立ちすくむ。どっちの蔵が近いか瞬時に判断できない。 「改善とは別に、個々に関しても全ての人間が素早く動ける訳でもないですし、行動に難がある人たちは優先的に狙われるのでそのサポートの方法等も考えてください」 逃げ方を考えるのも大事だ、とカチェは言った。敵が遅ければ走る。飛べない敵なら高所をとる。 「場合によっては、息を殺して隠れているのも、有効な事もあります」 「本当にアヤカシ襲撃なら田畑滅茶苦茶になります 日頃村では作ってないけど短期で収穫出来る蕎麦等の種、蔵に備えておいた方が良いのでは?」 師匠にプリャニキを渡しつつ、真夢紀も提案する。いい案だろう。 また、カチェは自分で動いてみて駄目だと思った事を流和に伝えた。 「そうか……、未楡さんみたいに咆哮があれば敵を集められるのにね。あたしは地道に攻撃して、敵対心を煽るしかないか」 それに、戦場にできる場所をいくつか確保しておく必要もある。足場を気にして戦うのは、つらい。 「あと、やっぱりあっちこっちで敵が出るので大変です」 「せめて柵とか作んないとかな……。敵の進路を制限できたら楽だよね、川みたく。でもみんなの退路を遮っちゃったら困るし」 珍しくいろいろと思考を発展させていた。どうやら、カチェが代理で動いたおかげで自分の行動を客観視することができたらしい。依頼の趣旨とは外れるが、これは大きな進歩だろう。まだ常にそれができるわけではないが、振り返って自分のことを客観的に見つめなおすことができるはずだ。 村人たちもリンカや未楡の提案したようにディスカッションを始めている。一番真剣なのは、北側でマルカと対峙した面々だ。足がもつれた、畦道につまづく。声が裏返るし声では届く範囲が狭すぎて伝わらない、やはり呼子笛のようなものが各自必要だ、せめて一撃くらい防ぐか少しでも足止めのできる手段がないものか、など。 「本物は容赦などしませんわ。これからも気を抜かずに訓練をしてくださいまし」 真摯に伝えた台詞に北側の連中(特に子供)が怯えて、マルカの心がぺこりとへこんだ。 子供、好きなのに。 |