おいしいものは薔薇
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 39人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/13 01:14



■オープニング本文

 ほろり、花開く。
 みずみずしい花弁が、艶やかにゆっくりと。
 萌えだした緑の中で、薔薇の花は洪水のようにあふれていた。
「ふわ……」
 今年もやってきたこの季節に、少女は感嘆のため息をついた。栗色の瞳をとろんととろけさせ、陽光を受けて輝く薔薇を見つめる。花弁の淵だけ筆で刷いたように薄桃色に染まった、白に限りなく近い薔薇。綺麗だ。
「佐羽ちゃん、もう品定めですか?」
 にこにことつばの広い帽子を被って、ミルクティー色の髪を揺らした女性は微笑んだ。この庭園の主、綴。
「えへへ……。でも、どれもこれもおいしそうで」
「春一番の薔薇は、すごく香りがいいしやわらかいし、料理に使うにはぴったりですものね。薔薇酒も仕込むんですよ」
「薔薇酒も……早く誕生日来ないかなぁ。あたしも飲みたいです」
「十四になるまでは、これで我慢してくださいね」
 ちょんと唇に、白く覆われた薄っぺらいものを押し付けられた。ぱくりと口に入れて、歯で噛み砕く。ぱり、と軽い歯ごたえ。そして口の中いっぱいに広がる、砂糖の甘さと薔薇の香り。
「ふわぁ……。すごいです、相変わらずすごいですっ」
 薔薇の花びらの砂糖漬け。なんて幸せな食べ物だろうか。

 一枚一枚洗った薔薇に、卵白を刷毛で薄く塗って。
 砂糖をまぶして、乾燥させる。
 それだけでできる砂糖漬け。
「ただ、とっても面倒くさいんですよね……」
 薔薇の庭園の主、綴は少し困ったようにほほ笑んだ。
 洗ったら優しく優しく丁寧に水気をぬぐう。
 水に花弁をつけっぱなしにしていると、色素が抜けていってふやふやになるので一度に全部洗おう、なんてことはできない。
 たとえ一度に洗っても、さっさと卵白を塗って砂糖をまぶさないとあっというまにしなびてしまう。
 そもそも、ものが花弁。ちょっとやそっとで傷がつく。
 卵白の塗り残しがあると変色し、食べられなくなるので作業は丁寧に。
 卵白を塗った花弁は破れやすいから、砂糖をまぶすのも慎重に。
 当然、庭の薔薇は使うより散る量のほうが多い。

 というわけで。

「今年もお願いします!」
 開拓者ギルド受付に、佐羽はおつかいに来ていた。何気に顔なじみになっている受付嬢が、営業スマイルを少しだけ綻ばせる。
「お久しぶりです、佐羽さん。薔薇の花びらの砂糖漬け作りですね。あの、よろしければ……」
「はいっ、受付さんの分も綴さんと作ってきますね!」
 にこりと受付嬢が微笑む。
「去年はありがとうございました。お手伝いしてくださった開拓者の方や薔薇園の方にもくれぐれもよろしくお願いいたします」
「お会いしたら伝えておきます。でも、開拓者さんならお姉さんのほうが会う機会多いと思いますけど」
「ゆっくりと話すお時間がとれませんからね……。どうしても業務の合間の会話になりますし。
 それでは受理いたしますね。……あら? 今年は少し違うのですね、参加費」
「はい。えーと、薔薇酒の仕込を手伝ってほしいんだって言っていました。今のうちに全部やっちゃわないと、一番薔薇酒にあう薔薇は散っちゃうって」
 洗った薔薇の水気をこれまた丁寧にふき取って、蒸留酒に漬ける。ついでにレモンの輪切りも投入。
 それだけといえばそれだけだ。一週間したら中の薔薇とレモンを取り出して、好きなだけ成熟させて完成。目安はひと月から三ヶ月程度だが、このあたりは個人の趣味によりけりだろう。
「そうですか……。薔薇酒もお持ち帰りできるみたいだけれど?」
「一定数は馴染みの商人さんに卸すようにしてるみたいです。それ以外はいいんですって」
 一応あれでも綴は一人暮らしなのだ。そこそこ裕福とはいえ大富豪ではないし、多少の稼ぎは必要なのだろう。ほとんど趣味の延長線上でしかないため、好きなことを好きなだけやっているようなものだが。
「仕事じゃなくて道楽だからって笑ってました」
「もったいないですねぇ。薔薇に関してはノウハウもすごいでしょうに」
「あくせく働く綴さんとか、あんまり想像できないですよ。
 お茶飲みに来るとか、仕事をちょっと休んで気晴らしに来るとか……、開拓者の皆さんも楽しんでご参加いただければ、って綴さんから言付かってきましたので。
 よろしくお願いしますね」
「わかりました。近頃はいろいろとあって忙しいですし、どのくらいお集まり頂けるかはわかりませんが……承ります」
 こうして、ギルドにひとつののどかな依頼が張り出された。
 おいしい薔薇、作りませんか。と。


■参加者一覧
/ 音羽 翡翠(ia0227) / 柚乃(ia0638) / 鳳・陽媛(ia0920) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / からす(ia6525) / 霧咲 水奏(ia9145) / 紅咬 幽矢(ia9197) / 紺屋雪花(ia9930) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / 明王院 未楡(ib0349) / 明王院 千覚(ib0351) / 明王院 玄牙(ib0357) / ファリルローゼ(ib0401) / 无(ib1198) / ケロリーナ(ib2037) / 西光寺 百合(ib2997) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / ウルシュテッド(ib5445) / カチェ・ロール(ib6605) / アルウィグィ(ib6646) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / ナタリー・フェア(ib7194) / 和亜伊(ib7459) / 霧咲 ネム(ib7870) / 華魄 熾火(ib7959) / 澤口 凪(ib8083) / 月雲 左京(ib8108) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 闇野 ジュン(ib9248) / ギイ・ジャンメール(ib9537) / 春日原 千歳(ib9612


■リプレイ本文


「今回は故郷の友人共々お世話になります」
 礼野 真夢紀(ia1144)の挨拶に、友人こと音羽 翡翠(ia0227)も頷いた。
「以前姫が贈った薔薇の花びらの砂糖漬け、巫女姫様がとてもお気に召してましたの。私も作れるようになりたいと思いまして。
 そしたらこの前の姫の手紙で『又作りに行きます』ってありましたから」
 姫こと真夢紀もはじめは砂糖漬けを作ろうと思ったのだが、薔薇酒のほうへ移った。
「以前ちぃ姉様が綺麗な赤色の薔薇のお酒と言うのを目にした事があるけど、当時はお酒が飲めない年だったから飲めなかった、ってお話聞いた事がありましたの。作って贈ろうと思いまして」
 がっつり作成手順を学ぶなら、手伝いまでこなしたほうがいいだろう、というわけだ。
「果実酒のようにして作るのでしょうか?」
「ええ。砂糖水で割ると甘くておいしいんですよ」
 そんなことを話していると、都合のついた娘と息子を連れて、明王院 未楡(ib0349)は真夢紀へ挨拶した。
「まゆちゃんはお酒ですか?」
「未楡おばさま。お二人も」
「綴さんの素敵な薔薇園を子供達にも見せてあげたくて」
 ただいま若女将として修行中、明王院 千覚(ib0351)は庭を見回し、にこっと笑顔を綴に向けた。
「こんな素敵な薔薇薗の中で住まわれているなんて……とっても素敵ですね」
「ありがとうございます。ごゆっくりされてください。
 さっそくですが未楡さん、今日は?」
「子供達も綴さんのレシピは初めてだし……。他にも不慣れな方はいらっしゃるでしょうから、いつも通り皆さんのお手伝いに」
「助かります。何かあればお呼びください。
 ごめんなさい、慌しくて」
「忙しそうですね」
 息子である明王院 玄牙(ib0357)が感想をこぼした。
「そうですね、こんなに人が集まったのは初めてだと思いますし……、でも、どこに何があるのかくらいは把握していますから、困ったら言ってくださいね」
 にっこり言いながら、未楡は材料を確認する。必要なものはすっかりテーブルに揃っていて、問題ない。
 わざわざ予定を空けて来た千覚は、いつも母から伝え聞く薔薇園を見て回った。砂糖漬けと、お酒の分の薔薇。どれがいいだろう。玄牙はお世話になっているお師匠様へのお土産作りだ。
 選んできた薔薇を持って、翡翠と同じテーブルにつく。綴が金髪の少女と談笑しながら、途中で薔薇を摘んでこちらへやってきた。ケロリーナ(ib2037)である。
「けろりーな薔薇のお料理ははじめてですの」
 んとんと、とあどけない声が言葉を繋いだ。
「とぉってもたのしみですの〜♪」
 緑色の目をキラキラさせて、楽しみにしている様子が見て取れた。無邪気な少女に綴もにこにこして、そして玄牙たちに少女を紹介する。
「こちら、ケロリーナちゃんです。お料理はできるそうなので、相席をお願いできるでしょうか」
 白いレースで縁取られた、黒のワンピースドレス。その裾を摘み、少女は軽く膝を曲げた。にこっと千覚が笑い、翡翠と玄牙も挨拶を交わす。作業開始だ。
 砂糖漬けは簡単だし、そう迷うこともあるまい。細やかな気配りと作業を、手早く継続して進める必要のある砂糖漬け。てきぱきと千覚が取り掛かり、手慣れた様子でケロリーナも卵白を扱い、黙々と翡翠が作業する。
 泡立てずに解きほぐした卵白を、洗った花弁に薄く塗りつける。それからそっと砂糖をまぶして、と。
「ふわわぁ。
 薔薇さんがお砂糖でキラキラするですの〜♪」
 煌く糖衣を纏った薔薇は綺麗で、ケロリーナは嬉しそうに次々と砂糖漬けを生産した。玄牙も、はじめは師匠のお土産用である砂糖漬けに勤しんでいたのだが。
「薔薇の色をお酒に移すため必要なのが……」
 薔薇のお酒。聞こえてきた説明に、珍しいな、と作業を一通り終えてお酒作りのテーブルに紛れ込んだ。
「花の香りや色を移したお酒なんか作れるんですね」
「玄牙さん。こっち来たんですか」
 真夢紀が同じテーブルにいた。説明を聞き終わって、早速薔薇集め。一輪二輪の話ではないから、砂糖漬けと違って籠片手にだ。
「いい香りですね」
 无(ib1198)は花を摘みながら、けれど、ただの蒸留酒で作るというのももったいないと思っていた。
(この香りだったら、あのお酒も、あの天儀酒も合わせられるなぁ。蜂蜜も混ぜてもいいかも)
 作り方の手順を反芻しながら、脳裏でヴァリエーションを展開させる。
(このヴォトカ使いたいな……)
 持ってきたやつは使えないだろうか。綴に尋ねてみると、度数が高いぶんには問題ないはずだ、とのこと。
 飲用ではなく、紅茶に数滴垂らしてアクセントにしたいのでこれで作ることにした。
 瓶に入れた薔薇の花に、とぷとぷ、ヴォトカを注ぐ。花弁がゆらゆらと、まだ無色透明の液体の中をたゆたう。
 あとからやってきた玄牙は、まだ地道に薔薇の花を洗っていた。未楡が見回ってくると、玄牙はやや緊張してドキドキする。問題のないテーブルゆえに長居はしないのだけど。
 ようやっと最後の薔薇を拭いて、酒を注いだ。
「これを応用したら、色々な花のお酒なんかも出来るかもしれませんね」
 興味深げに器を覗き込む玄牙。毒がなく、色や香りのよい花であればいけそうだった。

 片づけが始まると、翡翠は綴に声をかけた。
「あの、薔薇の花弁幾らか戴けますか?
 お仕えしてる人が薔薇の香り袋作っているんですけど、地元にある薔薇は庭に植えてる株しかなくて、希望する数作れそうにないと気落ちしてましたから」
「まあ。いくらでもお持ちになって。どの薔薇がいいかしら」
 嬉々として香りのいい薔薇を次々に摘み取っていく綴。どっさりと大振りの籠いっぱいにした。


 あいらいくめるへん&きゅーと。
 ラグナ・グラウシード(ib8459)薔薇に囲まれて薔薇を愛でつつ嬉しそうにしていた。
「ふふふ、うふふふ……」
 ……背が高く筋肉質で鎧姿、でも頭に雪うさぎの帽子と腕にうさぎのぬいぐるみ。さらに薔薇。
 なにかとっても、浮いている。浮いているけど、好きなのだ。薔薇を使ったお菓子と酒という、ロマンティック炸裂のものを逃すはずもないくらいには。
 そんなラグナを、この友人はいちいち反応が面白い、と見上げる(見た目)美少女、紺屋雪花(ia9930)。
「ま、いい経験かなぁ? おいしそうだし」
 澤口 凪(ib8083)もやってきたようだ。雪花とは初対面だが、面白あにぃさんことラグナとは同じ依頼で協力した仲。作業着に着替えたラグナと薔薇を摘み、席に着く。
「へえ、なかなか風雅なもんもあるんだぁねぇ」
 手間はかかる分面白そうだと思って作業を始める凪。手先は器用だし、作業は丁寧。一方。
「……む、なかなか取れん」
「散る間際の薔薇じゃなければ、花弁もしっかりついてるに決まってる。……ゆっくり、傷つけないように取れよ」
 ラグナの手元が不安で仕方がない雪花。一生懸命なのは、わかるのだが。
(失敗したらどんな顔をするだろう)
 S心を擽られつつも、ちゃんと教えた。凪も時折様子を見て、教える。多少砂糖がダマになったりもしたが、おかげでできた砂糖漬けが乾くと、その中から一枚、食べてみる。
「ふふ……夢の欠片を食べているような感じだな。うふふ」
 キモい。が、同行者はへっちゃらだった。よかったねと言いつつ、凪は自分のを見て。
「そうだ、こうしてみるかね?」
 砂糖漬けを数枚使って薔薇を再構成しようと挑戦する。が、難しかった。薔薇の花びらは平たくない。幾枚も花弁を持つ性質上、一枚一枚が膨らみを帯びているのだ。おかげで花弁のふちではなく芯側が空を向いてしまう。
「花弁を支えるなりなんなりしないと無理じゃないか? ラグナ、ちょっと来い」
「なんだ?」
「水すくうみたいに両手合わせて。もっと小さく。……この中にやったらどうだ?」
 一枚ずつ手の中に花弁を置いて、手を調節しながら作っていく。
「お、おお……! すごい、すごいぞ凪! 薔薇だ!」
「あねぇさんのおかげだね。ありがと」
 砂糖が溶けてしまうから短時間しかできないけれど、きらきらしていて綺麗だ。
 自分で作った一枚を、舌に乗せて口に含む。
(薔薇の香りで今日は気分がいい。
 薔薇酒で暫くいい夢が見れそうだ)
 雪花はほほ笑んだ。


 紅咬 幽矢(ia9197)は、それなりに諦めていた。
「何、陽媛。薔薇園に行くの?
 へえ……楽しそうだね。頑張って」
(陽媛のお菓子作りかぁ……ボクも誰か誘って……いや、そんなストーカーみたいな……)
 追いかけるのもどうだろうと。しかし、鳳・陽媛(ia0920)は何気なく誘った。ユウ君も一緒に、と。
「え? ボクも? う、うん……役には立てないけど雑用くらいは……」
(「幽君」!? こないだまで「幽矢君」だったよな……!?)

 ネム(ib7870)を中心に集まった人間は多かった。ひめママこと陽媛は、ネムのお誘いで来たという。
「鳳・陽媛と言います。よろしくお願いしますね」
 みかママこと霧咲 水奏(ia9145)と揃って、ネムからママと呼ばれる二人である。ネムの交友範囲について特に面識のなかった水奏は、陽媛をはじめとする参加者がおおむね和やかであることに笑みを零した。
「おや……ふふっ、ネムには家族が沢山居るのですなぁ。
 皆様、仲良く、そして暖かな心をお持ちの方ばかりのようで安心致しました」
 当たり障りなく挨拶を交し合って、二つ丸テーブルをくっつけて作業、開始。

「薔薇ねぇ。
 難しいけど、これぐらいだったら苦じゃないか……」
 綺麗に砂糖をまぶしていく闇野 ハヤテ(ib6970)。隣で春風 たんぽぽ(ib6888)が、砂糖の重みでふにゃふにゃする花弁を四苦八苦して並べていた。
「な、なかなか難しいですね……!
 料理は慣れてますけど、こちらは繊細な作業なので難しいです……!」
「ぽぽ姉ぇ〜、これって〜、次どうするの〜?」
「あ、ネムちゃん。次の作業はこうやるんですよー♪
 一緒に綺麗な砂糖漬けを作りましょうね!」
 苦労はするけど、できないわけじゃない。たんぽぽは面倒見よくネムのぶんも手伝ってあげる。余計な卵白は落としてあげて、砂糖をネムがぱらぱらとまぶした。ひとつ、ふたつと花弁を並べて乾かしていく。

 料理もするし、興味もある。砂糖漬けも薔薇酒も楽しみで、陽媛はしっかり覚えようと材料の確認も余念がない。幽矢はそんな陽媛の使う道具を揃えたり、細々と手伝って歩いた。
「さて」
 ざっと見回す。一番危なっかしそうなネムにはたんぽぽがついているし、問題なさそうだ、と水奏は思った。少し心配ではあるけれど、意識を少し割いておくくらいで構わないだろう。材料を揃えていると、ネムが顔を上げた。
「みかママは〜、旦那さんに〜、お土産持ってかないの〜?
 手作りは〜、大喜びなのだぞ〜」
 にぱぁ、と笑うネム。
「ああ……勿論、夫に内緒で来ておりまする故、驚かせる為に作って帰りまするよ。
 ネムの手作りも、きっと貰った相手は喜ぶでしょうなぁ」
 じゃあ、とネムは月雲 左京(ib8108)を見る。華魄 熾火(ib7959)に見守られながらいたって真剣に花びらをつまみあげたところで、さきょう、と呼びかけると黒い右目がネムの赤い姿を映した。
「パパの結婚式には〜、バラのお酒〜、持って行こうね〜」
「結婚式、で御座いましょうか……!」
 少し楽しそうに、尚更にいい品を作ろうと頑張る左京。ネムは自分が作った(並べて乾かすのはたんぽぽがせっせとやっている)砂糖漬けに視線を落とす。
「バラって〜、どんな味するのかなぁ〜?」
 待ちきれず、摘み食いに手を出した。
「こら、ネムちゃん……。
 摘み食いはちゃんと完成してからだよ」
 ハヤテが少し微笑んで頭を撫でる。嬉しそうに笑みを零して、ネムは乾きかけた一枚を差し出した。
「ハヤ兄ぃも〜、食べてみる〜?」
 共犯の呼びかけは、無邪気な笑顔と甘い薔薇。

「ひめママ〜、ネムね〜、お菓子作れたよ〜。
 上手〜?」
 にこにこと成果を見せてくれたネムの頭を、陽媛は撫でた。
「凄いです」
「ジュン兄ぃにも〜、食べさせてあげよっと〜」
 木陰の長椅子で寛ぐ闇野 ジュン(ib9248)のところへ、手の中の薔薇を届けに。

 薔薇薫る暖かな日差しの下で、眠りに誘われ夢を見た。
 どこか可笑しいぐらい幸せな夢。
(でも相変わらず俺だけはつまんなそうにしているね)
 その中から、ひとりの少女がジュンに駆け寄ってきた。
 少女がほほ笑む。そしたら夢の中のジュンもふにゃりとほほ笑んだ。
 ――あぁ、そうか。退屈させないでくれるんだねー
 ね、そうでしょー――……
 名前を呼んだ。少女の、名前。
 唇が音を紡いだのを自分の耳では聞かないままに、ふ、と意識が浮上した。
 色とりどりの鮮やかな世界。むせ返るような、甘い甘い花の香。空を見上げた。茨がその身いっぱいに咲き誇らせた花の花弁を、ひらり、ジュンの上に落とす。顔に落ちてきた一枚を、ぼーっとしたままつまんで放り投げた。
「ジュン兄ぃ〜」
 ネムの声。意識が覚醒していく。
「ネムおはよー」
 へらへらと出迎えた。
「これ、ジュン兄ぃの〜」
「おう、ありがと! 大事に食べるからなー!」
 懐っこい笑みを浮かべて、でもすぐに他の仲間が呼んでネムは振り返る。てこてこ、赤い髪の揺れる背中を見送った。
「あの夢ー……ま、いっか。難しい事はメンドイし嫌ーい! 遊びいこーっと!」
 へらへらとした態度を崩さずに、ふらり、寝椅子からいなくなった。

「ひ、陽媛……これ……」
 幽矢は作った砂糖漬けをひとつ、渡した。
「月夜と二人で食べてよ。
 今日はその……ありがとう」
 片思い、それを認めてもらっている。陽媛がどう思っているかはわからない、でも。
(少しは気持ち……近づいたのかな……)
「ありがとう」
 陽媛がほほ笑む。内心は推し量れないけれど、でも、陽媛は喜んでくれたようだった。

 こんなふうにできました。結果を二人で見せ合って、たんぽぽの持つ薔薇の花弁を見下ろしハヤテはぽつりと零した。
「駄目だな」
「だ、駄目ですかっ……!?
 そ……そうですよね……ハヤテさんのに比べたら下手ですよね……」
 へにゃりとしょげ返ったたんぽぽに、ハヤテは焦る。
「あ、いや……! たんぽぽさんの作った薔薇が下手とかではなくて……」
 上手いとか下手とか、そういうんじゃなくて。ただ華美すぎる薔薇が彼女の手にあるものだから。
「たんぽぽさんにはやっぱり、蒲公英でないとって思いまして……」
「……ふふっ、ありがとうございます」
 にぱっと、しょげた少女が瞬く間に笑った。しょげた蒲公英が、でも水さえあればすぐに頭を上げるように。
「お礼を言うのは……こちらの方ですよ……」
 にこりと笑ったハヤテの頬がほのかに赤みを帯びているのは、きっと夕日やら周りの薔薇やらの所為、だ。

 衣擦れの音が聞こえるくらい、二人の間は静かだった。
(……言い出せぬまま此処まで、私のなんと、臆病者な事か……)
 片付けに談話にと、テーブルが閑散としはじめた夕暮れ時。
 ふと、白く小さな頭を撫でた。隠れていない黒い右目が熾火を見上げる。髪留めに触れ、口を開いた。
「そなたには、赤が良く似会う……この言葉、覚えておるか?」
 いつも、左京は熾火の記憶がないように振舞って見えた。
 もしかしたら。
 もしかしたら、と言葉を零す。
「左京の家族も、片割れも、誰も救えぬであった……」
 ほろ。
 黒い右の目から雫が落ちた。嗚咽を喉の奥でかみ殺した少女は、兄の婚約者だった人を見上げる。
 死んだ兄の。
「貴方様は……にに様、の……」
(幼き頃にかけられた言葉、さりとて赤を身に付けるは確かに熾火様の言葉あっての行動で御座いました)
(にに様がおらぬ今、それでもわたくしがねね様のように慕うは辛く思われるか、煩わしいがられますでしょうか……。
 独りは、もう嫌なのでございます……)
 震える少女の心の裡を、正確に推し量ったわけでは、ないのだろう。
 ただ熾火にとって左京は……今でも、今までそうだったように。
 妹のように、可愛い少女なのだ。
「されど左京は、護りたい。傍に居てくれるかの?」
 独りを怖れた少女は、小さく頷いた。


 いつも気遣い支えてくれる三人へ。
 フェンリエッタ(ib0018)はお茶会の茶菓子作り、だった。砂糖漬けは早々と切り上げて、台所に立った。そばでは姉のファリルローゼ(ib0401)が、薔薇酒に入れる花弁を一枚一枚拭っている。
「お姉様ったらご機嫌ね。
 そのお酒、「誰か」に差し上げるおつもりかしら?」
 ふふ、と笑うフェンリエッタ。ファリルローゼの頬にかっと熱が集まる。
「ち、違っ」
 しどろもどろに否定しながら、ひらりと布巾からこぼれる花弁を見た。桃色に染まったその淵と、心を染めてゆく恋心が重なる。その花弁にぷくりと浮いている水滴をそっと布巾に含ませた。
 瓶詰めして酒を注いで蓋をして、ファリルローゼは薔薇ジャム作りの手伝いに移る。タルト生地をオーブンへ入れ、フェンリエッタは軽く焼き上げた塩味のビスケットにジャムなどを載せていく。
「ふう……料理って緊張するけど楽しいわ」
 ファリルローゼが言う。火にかけた鍋から溢れる、薔薇と砂糖の甘い香り。混ぜるたびにふわり、と空気を甘く染めて。
「これもフェンと一緒だからね。
 あなたの笑顔が見られてとっても幸せよ」
「お姉様……」
 自分達の負傷を気に病みながら、謝罪を飲み込む最愛の妹へ。
 優しすぎる彼女へ。これからも共にあるとの誓いを。

 張り切って卓上の彩りも準備して、ポットに紅茶も準備して。作ってきたドライフルーツのパウンドケーキに、クッキーも並べて。
 お土産作りに精を出していたジルベール(ia9952)とウルシュテッド(ib5445)もちょうど作業が終わったところで、タイミングよく休憩できた。
「花って食べれるんやなあ。俺今度から腹減ったら花食うてまうかも」
「ははっ、確かに花を食べるという発想はすごいよな」
 男性二人はそんな軽口を叩き合う。フェンリエッタがタルトにナイフを入れて取り分けた。一口齧ったジルベールが声を上げる。
「薔薇ジャムうまっ」
「ジャムはお姉様が手伝ってくれたの」
「これは」
 黙々、先端からウルシュテッドの口の中へどんどんずんずんタルトが消えていく。フェンリエッタの顔に笑みが浮かんだ。
(お気に召して頂けたようで良かった)
「美味い。
 フェン、タルトもう一切れいいかい?」
「ええ、お好きなだけどうぞ♪」
 二切れ目に手を伸ばすウルシュテッド。ジルベールは店で待つ妻の顔を思い浮かべた。
(薔薇使ったメニュー考えついたら奥さん喜ぶやろな)
「けど花びら散らしたサラダくらいしか思いつかへんな……」
「カフェかぁ……素敵ね。
 ジルベールさんみたいにご夫婦でカフェって憧れちゃう」
「ジャムが作れるなら……薔薇シロップと花びらのゼリーはどうだい?
 彩も綺麗だし涼しげで」
「テッドさん……うちでバイトせーへん?」
「お、いいのか? 俺は高いぜ?」
 真顔の友人にニッと笑う叔父。ファリルローゼはパウンドケーキの欠片をフォークで口に運ぶ。
(ジルベールと叔父様って仲が良いわよね……。
 叔父様をとられてしまった気がして面白くないけど、男性同士の友情って素敵だわ)
 口の中でじゅわり、ドライフルーツが甘く潰れる。
 おいしい。

 すっかりお菓子もなくなって、ティーカップも空っぽで。
「……よし。この酒が熟成される頃に、またこうしてお茶会をしようか」
 再会の約束をウルシュテッドは示した。また全員、無事で。こうして怪我をしても、また一緒に。
「そうやな、酒が出来た頃にまた集まろ。夏の薔薇酒で乾杯や」
 ジルベールも乗った。友人が難局を乗り越えて、もう一度、と。
 ごめんなさいを飲込んで、フェンリエッタはこくりと頷く。
「うん、必ずまた……ありがとう……」
 微笑むつもりでこぼれたのは、涙だった。


 光に透けて浮かび上がる薔薇模様のヴェールの奥で、ユリア・ヴァル(ia9996)は故郷に想いを馳せた。
「薔薇の花は実家でも育ててたのよね」
 華やかで美しい、一面の薔薇の絨毯。もう戻らないから、今年は見られない。
 カチェ・ロール(ib6605)も、庭を巡って花を探す。
「薔薇って、綺麗なだけでなくて、食べられるんですね」
 いつも綺麗だなと思って見ていた薔薇。どんな味がするのだろうか。
 ふわりと優美で甘い香り。
「良い香りもしますし、楽しみです」
 ぱちん、と一輪、選んだ薔薇を摘み取った。
 優しく丁寧に花を摘んでいく泉宮 紫乃(ia9951)。満開になる前の綺麗なものを、色取り取りに摘み集める。時々蜘蛛がいたり、蜂が飛んでいたりした。木切れでぱぱっと蜘蛛を払う。あんまり好きじゃないけど、覚悟しているから今は平気だ。
 
 挨拶を交わして、席に着く。相席は紫乃とシーラ・シャトールノー(ib5285)、カチェだ。
「何時もながら見事なお庭ですわ」
 穏やかに笑みを浮かべ、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が取り出したのは手帳。
(何時か目的を果たして家に戻ったら、母の残した薔薇園でわたくしも作ってみたい)
 何もかも終わって、いつか帰る日には、きっと。
 あふれる香りも差し込む日差しもよく似ている、けれどまったく違う我が家で。
 カチェは砂糖漬けから取り掛かった。まずは自分用に持ち帰るもの。
「傷付けない様に洗うのって、結構難しいです」
 瑞々しく弾力のある花弁だけれど、やっぱり花弁は花弁だ。脆い。上手にできたらもう一つ作ろうと決めて、練習。
 濡れた小さなカチェの手に、わっさと花弁が張り付いた。
 紫乃も丁寧に一つづつ作業していく。マルカも念入りに作業手順を復唱し、材料もひとつひとつ確認してようやっと取り掛かった。慎重に、慎重に。
(料理は克服したのですもの、大丈夫ですわ!)

 すぐ隣のテーブルは、フラウ・ノート(ib0009)と倉城 紬(ia5229)、ユリアに佐羽が混じっている。
 丁寧に花を摘み取って、準備を整える紬。始める前によく説明を聞いて、質疑応答も把握して、疑問点も合間を縫って解消。準備万端だ。
 まだ、恥ずかしくて夫とは言えない人がいる。
 でも、一緒に飲めると幸せだな、と思ったのだ。
「私はとても弱いですが、これならいただけそうなので♪」
 砂糖水で割れば甘くもなるだろうし、口当たりがいいから飲みやすそうだ。ユリアも薔薇を洗いにかかる。
「お酒好きとしては抜かせないところよね♪
 本当は作るよりも飲む方が好きなのだけど、たまには手作りも良いわ」
 フラウが幼馴染の手つきをそっと確認して、問題ないなと安心した。

 薔薇酒を作ってから、シーラは席を立った。
「折角だからバラを使ったお茶菓子を用意したいわね」
 作業で出た半端な花弁を集めて軽く塩漬け。台所に移動して、これを混ぜてガレットを焼く心積もりだ。
「名付けてガレット・デ・ロゼ?」
 ちゃちゃっと生地を作る。一晩置いたほうがいいけど、少し寝かせれば大丈夫だろう。寝かせている間にトゥルグルを作って、オーブンへ。
 ガレットはなるべく薔薇の香りが活きる様、混ぜる比率を替えたものを三種類用意。
「どれが一番お口に合うかしらね」
 熱した鉄板に生地を薄く広げ、焼き上げた。

「薔薇酒は黒に近いほどに深い赤の薔薇。香りの強いがおすすめです」
 贈り物だから、できるだけ綺麗な花を。カチェは綴の助言を受けながら、綺麗な薔薇を選んでいく。
「綺麗なの好きな人なので、きっと喜ぶと思います」
 紫乃はそろそろ完成だ。砂糖漬けも綺麗に瓶詰めして、リボンをかける。少しでも綺麗に美味しくなりますように。
(喜んでくれると良いのですけれど)
 上出来……だと思う。
 嬉しそうに微笑みながら瓶を撫でる紫乃。幼馴染へのお土産、だ。
 時間はかかったけれど、マルカもしっかり瓶に封をした。
「できたんですか?」
「父の日というのがあるそうですわね。わたくしの父はもうおりませんが、これはじいやにプレゼントするつもりですわ」
 カチェの問いに少し恥ずかしそうにほほ笑んだ。
 
「私にとって何より欠かせないのが薔薇の香水ね」
 薔薇酒を仕込み終えたユリアは、香水用の薔薇を探した。水分を含んだ、蕾。香水用になるほどの高い香りを持ち、なおかつ己にもっともよく似た、よく似合う香りのものを選ぶ。
 容器に入れてアルコールを満たし、蓋をして。
 ちゃぷり、小さく揺らす。蕾がたゆたう。
「華やかで美しく誇り高く、そして甘い香りよ。
 私みたいにね」
 艶やかな唇を笑みの形に作って、くすりと笑った。

 火照る頬を掻きながら、フラウはおずおずと口を開いた。
「えっと。今回も、紅茶飲んでもいいですか?」
「前の、お気に召していただけたのかしら」
「う! あ、あの、ここのお茶が美味しいから……」
「え!? あ、あの。私もできれば飲んでみたいな、と。興味がありまして」
 視線を彷徨わせながら小声でぼそぼそと答えるフラウと、申し訳なさげな紬も片手を上げる。
「じゃあ、春だしこれでどうかしら」
 出された容器の蓋をあけると、特有の甘く強い香り。ダージリンのファーストフラッシュだ。
「こ、こりは……難しいかも。少しだけ温度下げればいける……? いや、でもそれだと渋みがっ」
 綴がまず、抽出時間を短くして香りと渋みを調節した一杯を出す。
「フラウさんにも淹れて頂きたいわ。これはとても個性が出るの」

 紅茶というのは必ず、今、沸騰した湯を使う。
 だが。
 ファーストフラッシュは……独特なのだ。いろいろ。
「……よし!」
 ポットを暖めず、茶葉を少し多めに投入。熱湯を注ぐ。香りを飛ばさず必要なだけの渋みも残した。
「あ、飲みやすいです」
「いいバランスだわ」
「あら、ちょうどいいわね。お菓子持ってきたわよ」
 シーラが茶菓子を運んでくる。紫乃も花弁に熱湯を注いでローズティーを淹れると、数枚の砂糖漬けを添えて佐羽と出す。
「まあ……、ありがとう。素敵だわ」
「わ! えへへ、嬉しいです。いただきます」
 お茶の予定がなさそうなテーブルにも持っていって、作業後のひとときを楽しんだ。


「今年もやるなりねっ! じゃあ、手袋とか用意しないとなりねっ!」
 そんなわけで、平野 譲治(ia5226)は元気よく手袋なんかを用意してきた。薔薇を摘むときには便利かもしれない。
「おおっ! 今回はお酒なりねっ!じゃあ、お土産と、お手伝いなりっ!
 何でもお申し付け下さいましっ!」
 ぺこり、頭を下げる。
「助かるわ。ええと……、それじゃあ、何をお願いしたらいいかしら」
「力仕事も任せるなりっ!」
 小さいけれど、重たいものくらいなんてことはない。
「それならお水の替えを汲んできてもらってもいいかしら。裏に井戸があるの」
「うしっ! 全力投球っ! ……あれ、投げないなり?」
 さすがに、投げないかも。
「前回は砂糖漬けに挑戦したのですよね」
 飲んだ事のない薔薇酒にどきどきする柚乃(ia0638)。意外にもお酒に強い体質だったりする。
「今回は薔薇酒なのです。飲酒が許される年になりましたし、楽しみですっ」
 声も弾んで、お酒に入れる薔薇の採取。
 西光寺 百合(ib2997)も薔薇を摘みながら、考え事。
(去年は友達に教えてもらいながら作った砂糖漬けだけど今年は一人で作れるかしら)
 不器用ではないけれど、やっぱり料理というのはあまり馴染みがない。薬膳なら作るのだが、嗜好品とはまた違うのだ。
 去年を思い出す。喜んでくれるのか心配だったけれど、「彼」はとても喜んでいた。
 だから、今年も贈りたくて。
「このくらいでいいのかしら……」
「もうすこし取るといい。色の濃いもののほうがはっきりと深い色になって美しいが、あえて薄い色を使うのもありだ。
 それから、香りの深いのをもう少し入れたほうがいいだろう」
 かけられた声に振り向くと、からす(ia6525)が籠いっぱいに薔薇を入れていた。
「……ありがとう。いろいろ教えてもらえたら助かるわ」
「構わないよ。といっても、あまり難しいことはないがね」
 連れ立って薔薇を摘んで席に戻った。二人と同席するのは柚乃と譲治の二人。譲治はせっせと水を汲んで運んでくれていた。
「これくらいで充分なりかっ!?」
「大丈夫だろう。布巾はもっとあったほうがいい」
「あの、じゃあ持ってきますね」
 細々としたことを引き受けて、春日原 千歳(ib9612)が布巾を捜しに行った。とはいえ勝手がわからない。布巾はどこだろう?
「どうかしましたか?」
 きょろきょろしていると未楡が声をかけてくれて、布巾のある棚を教えてくれた。一緒に持って戻り、薔薇酒作りに集中する人のところへ追加で出しておく。
「何かお手伝いできることはありますか?」
 戻ってくると、千歳はからすに声をかけた。
「そうだな、すぐ濡れた布巾が山積みになるだろう。その回収をしてもらえると助かる」
「わかりました。じゃあ、洗濯籠を探してきます」
「ああ、ごめんなさい、千歳さん。とても助かるわ。洗濯籠は一階の廊下の突き当たり左の部屋にあるの」
 綴の言葉に頷いて、突き当たり左、と口の中で復唱した。

「カチェがいつもお世話になっています。これからも、あの子の事をよろしくお願いします」
 少女に見つからないように、アルウィグィ(ib6646)が綴と佐羽の元へ顔を出した。
「その節はお世話になりました」
「こちらこそいつもお世話になってます!」
「内緒で来ましたので、あの子には言わないで下さいね」
 そう言って、ふい、と姿を消す。どこに行ったんだろう、と佐羽が見回すと、花を摘んだカチェが向こうに見えた。
「実家の庭にも薔薇が咲いていたわ、懐かしいわね」
 咲き誇る薔薇を見渡してため息をこぼした。ジルベリアの、田舎とはいえ貴族の出であるナタリー・フェア(ib7194)にとっては懐かしく馴染み深い景色なのだろう。
「あなた一人でここまで見事に咲かせたの? 素晴らしい緑の指をお持ちなのね」
 率直な賛辞に、綴は照れたように顔をほころばせた。
「ありがとうございます。お好きなところから薔薇を摘んでくださいね」
 馴染み深い人間がいれば、ものめずらしく思う人間もいるもので。
 花を飲食物に加工するのが珍しくて、社会科見学のような感覚でいるのはギイ・ジャンメール(ib9537)。
「花のお菓子とお酒、興味あるなぁ」
 とりあえず、砂糖漬けだ。手元に顔を近づけて、丁寧に作っていく。出来栄えを優先してひとつ、ふたつ。
「あっ」
「おっとっとっ、大丈夫か?」
 同席していた和亜伊(ib7459)が、切れた花弁が落ちる前に拾い上げる。
「やっぱダメかなぁ? ……だめかぁ」
 ショボン、としょぼくれるギイ。やや鋭い爪が花弁を傷つけてしまうのだ。
「鋭くなくても花弁を爪で摘んだりしたら傷つくからな。指の腹を使うんだよ。
 んでこうして……この辺は丁寧に、な」
 流れるように説明し、よどみなく手を動かす亜伊。この手のことなら普段からやっているし、得意なのだ。
「大雑把と不器用は違いますから、丁寧にやればちゃんと作れますよ」
 アルウィグィの励ましも受けて、ギイは再び作業に戻った。
「ここはどうするのかしら。ふにゃんふにゃんで持ち上げようがないのだけど」
「ああ、これはな……」
 薔薇をまぶしたあとに砂糖の中からすくい出すのが大変なのだ。器用にフォークを使ってひょいと移動させる亜伊。しげしげとそれを見て、ナタリーもまねてみる。
「薔薇の花びらは枕に詰めて香りを楽しんだことはあったけれど、食べ物にしたことはなかったわ。ふふ、まさか天儀で教えてもらうとはね」
「枕か。そういう使い方もあるんだな。
 この香りは……ケーキとかでも使えそうだな」
 そんなことを話しているうちに、ギイもだんだんコツを掴んできたようだ。高品質なままどれだけ多く作れるかに挑戦している。今はアルウィグィだけが薔薇酒作りで、残りの三人は砂糖漬けを作っていた。
「今何枚目?」
「十八だな」
「九枚目です」
「え、もうそんなに? 負けないぞー」
 追い上げるギイ。マイペースに着実に数を増やすナタリー。
「〜♪」
 亜伊は口笛吹きつつ遠慮なくギイとの差を広げていった。

 とくとくと一瓶目に酒を注ぎながら、百合は出来上がりを想像する。
「薔薇ってお酒にもなるのね。
 香りが良さそう。
 色もやっぱり薔薇色なのかしら?」
「そう。赤い薔薇を多く入れれば赤くなるし、黄色で作れば黄色くもできる」
 からすが答えた。手は止めずに作業を進めていく。
「菓子も酒も、色々と使えるのだよ」
 本当ならもっと作りたいところだけれど、あいにくとこの、水気を拭き取る作業だとか、卵白をつけて砂糖をまぶしてという行動だとかが、とにかく、この上なく、とてつもなく手間がかかる。簡単ではあるけれど。
 自分で楽しむもよし、屋敷の朋友達への土産によし、菓子折によし。使い道はいくらでもあるのに。
 とはいえ、料理はゆっくり楽しくリラックスしてやるものだ。焦る必要もないだろう、と落ち着いて作る。

 作り終えて、百合は薔薇園をゆっくりと見て回った。アーチ、生垣、壁を登る蔓薔薇。
「これはちょっと灰汁が強いから、あんまりお料理には向かない品種なんです。これは見た目は華やかではないけど、香りがいいんですよ」
「とっても綺麗ね。
 こんな良い香りに包まれて仕事が出来るなんて素敵ね」
「ええ」
「薔薇の花びらからは美容オイルも作れるのよ。
 ただ一滴抽出するのに50本の薔薇が必要だから……。
 砂糖漬けを作るより手間かしら」
 くす、と笑った。

「一つ一つが、世界でただ一つのモノなのですね……」
 酒瓶を優しく抱え、柚乃は出来上がった自分のものに満足した。
 ――同じように作っても、同じにはならなくて
 お酒に思いを込めた作り手の数だけ、それは存在する――

「よろしいの?」
「ええ。お礼ということで」
 なんだか申し訳ないわ、と言いながら、綴は差し出した手を引っ込めた。薔薇酒作りの手伝い分の代金はいらない、と断られてしまったのである。アルウィグィに。
「いつでもいらしてください。カチェちゃんもアルウィグィさんも、いつでも歓迎します」
「ありがとうございます。では」

「ありがとなりよっ! また、よろしくなりっ!」
 譲治は薔薇に礼を述べ、感謝をしてから庭を出た。


「ううん……誰か、買い忘れた人はいないかしら」
 びっくりするぐらい来てくれたので、フォローが回っていないかもしれない。ついうっかり忘れてしまった人もいるかも。
「それっぽいやつは商品とは別にしておきます?」
「そうですね、取りにお見えであればお渡しできるようにしておきましょう」

 約束のため、マルカはその村まで足を伸ばした。
「どうぞ、流和様」
「優しさがしみる。佐羽ちゃん絶対最近あたしのこと忘れてるもん」
 ありがとう。嬉しい。半泣きで流和はひたすらマルカに礼を述べた。