|
■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ごとごと箱馬車が街道を進む。御者席に座りひとり手綱をとるのは、白髪の女だった。春のうららかな日差しすら嫌ったのか、よい天気だというのに外套についたフードを目深にかぶり、両手は手袋で固めている。 「研師よ、まだか」 「出てこないでくれない」 催促の言葉に、女は平坦な文句を返した。箱馬車、とはいえ人が乗車するようなつくりではない。長方形で窓はなく、最後尾に荷物の出し入れのための戸がついている。鍵がかかっているはずなのだが、おどるような炎の、豪奢な緋色の着物をまとった女がひとり、屋根の上でくつろいでいた。 「鍵はしめているのでしょうね。あなたは大事な預かり物だし、他の子も大事な商品なのよ。自分たちに傷ひとすじでもつけてごらんなさい、徹底的に研ぎなおしてあげる」 振り返りもしない研師に、緋色の女はやれやれと肩をすくめる。 「元主殿もそうだが、そなたもたいそう難儀な性格だのぅ。素直に心配だと言えぬのか」 ふん、と白髪の研師は鼻で笑った。表情は笑顔とは程遠いが。 「それで、鍵は」 「かけておいた。しかし、旅暮らしもよいものよ。もうすこうし居心地のよい馬車ならばな」 「刀研ぎにどれくらい道具が必要だと思っているわけ」 「まあ、研がれる身ゆえに知ってはいるが。それで、まだかのぅ、わらわの「預け先」とやらは」 「まだよ。これからあそこに見える山を越えるわ。一泊もすれば通り抜けられるけれど」 「……けれど?」 「ちょっとアヤカシがよく出るから、気をつけたほうがいいわね」 緋色の女は深々とため息をついた。切りそろえた黒髪が、春の空になびいて映える。よく手入れされた爪が、つつ、と箱馬車の天井をなぞった。不満を示すようにうろうろと意味もなくあっちこっちをなぞり、結局口を開く。 「なんだってそう、危ない道を堂々と。戦えもしないくせに……」 「危険なら護衛くらい雇うわ」 「わらわたちも戦えぬわけではないが、やはり本領発揮できるのは武の心得のある人間に装備されてこそ。それとも多少は嗜むのか?」 「無理ね」 きっぱり言い切る研師に、ぶちぶちと緋色の女は文句を言い募った。しかし色のうすい目は彼女を一瞥しただけで、考えを改める気は起きないらしい。 「荒っぽい運転になるわ。戻りなさい、緋切。あなたを戦わせるつもりはないの」 伸ばされた手に、仕方がなしに手を重ねる。緋切と呼ばれた女はたやすくその姿を霞ませ、変じた。残るのは一振りの刀。白鞘のままで、刀身にはおどるような炎にも似た刃紋が浮かび上がっている。 研師は一旦馬車をとめ、鍵をあけて緋切の鞘を見つけ、鞘へおさめてから馬車の中へ丁重に仕舞った。改めて施錠してから御者席に戻り、手綱を振るって走らせる。 アヤカシが出るとはいえ、しょせん下級の、しかもたいした能力もないものしか出ない。せいぜいが力ばかり強いものくらいか。 まれにやや強いものがいたりもするが、本当に命の安全を考えるのなら旅などせずにいればよいのだ。もっともどこに居ようがこのご時勢、アヤカシと会わずに済む保証などないが。 そんな理屈を捏ね回し、研師は結局一人で山へと踏み入った。 その山は、特別何があるというわけではない。 たいした規模でもないし、それなりに危険といえば危険だが、どうにかならないわけでもなし。 ゆえに、駆け出しの開拓者にとっては連戦に慣れるためのていのいい修行場所。そこそこ慣れた開拓者にとっては、ちょっと鬱陶しいハエの出る通り道。 この山を越えると向こうとこちらの町の行き来が楽になる、そんなわけで護衛依頼も少なくない。 修行で、あるいは単に通り道として、依頼で、何かの事情で。 よくアヤカシの沸く山とはいえ、人の行き来は絶えない。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
観那(ib3188)
15歳・女・泰
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂 |
■リプレイ本文 すでに打ち解けているサバイバルナイフ・匠は兎も角、北条手裏剣・霞ともっと仲良く過ごしたい。が、霞は恥ずかしがりやで中々人の姿をとってはくれなかった。美人好きの玄間 北斗(ib0342)には残念極まりない。 「そろそろ出てくるのだぁ〜」 たしたし、と手乗りサイズのたれたような愛嬌ある化狸が、北条手裏剣を軽く叩く。北斗の口調を真似っこした匠である。 「無理強いして良い事はないのだ。 ゆっくりのんびり、お互いを理解しあって行けたらいいのだぁ」 そこへ、藪の中から蛇が数匹飛び掛ってきた。懐の霞がすっと現れる。漆黒の薄絹装束を纏い、口元を隠していた。胸が大きくメリハリのある体躯に、鋭い眼差しと凛々しい顔立ち。美人だ。 北斗の前に立ち、掌に出現した手裏剣を鋭く投げる。「無刃」、無尽蔵に現れる手裏剣と苦無。瞬く間に蛇を細切れにしていく彼女に背を預け、北斗も迎撃した。肩に匠がへばりつき、激しい動きにあわせて丸っこい尻尾がなびいている。 視界の端、その尻尾の向こうの藪の中。機をうかがって飛び掛った毒蛇に、霞は一瞬気づくのが遅れた。迷わず北斗が割って入る。がぶり、牙が腕に食い込む。 はっとした霞が苦無で両断した。全部片付けてから、沈黙が落ちる。高く結い上げた黒髪が、しょげて見えた。 「申し訳……ありません。このような、失態を」 「霞もおいらの大切な仲間なのだ」 いつのまにか匠が薬草を集めてきた。器用にあるものだけで薬にする。霞も献身的に手伝い、北斗の手当てをした。 ぱたぱたと、シーラ・シャトールノー(ib5285)の横を飛んでいるものがあった。 碧の鱗のナーガ。翼を持ち、女性の上半身と龍の下半身を持っている。年頃は二十五ほどに見えた。名はイフィジェニィと呼ばれる、勇猛果敢・剛毅木訥な騎士剣ロッセだ。 「武者修行と言うより、各地の料理技法を集めて回っているの。全く知らない調理技法があったりと、奥深いし、時には新しいお菓子や料理の発想も生まれるのよね」 シーラはイフィジェニィに旅の説明をしていた。 「ふむ、おぬしの師匠に伴われて広く旅して回ったが、同じ事を言っておったさな。 それはそうと、どこかの隊商が難儀しているようだな。弱いアヤカシとは言え、ちと数が多いさね」 「あら、助太刀が必要そうね。あなたの力、借りるわよ」 戦い方は、いつものように。シーラの言葉にひとつ、羽ばたきが返る。 「承知」 草地の坂を踵で滑り降り、シーラは隊商と猪の間に、盾を構えて割って入った。盾に突撃したのを押し返したところで、薔薇の嵐が猪たちへと襲い掛かる。花弁が分厚い皮脂を無視して切り裂いた。視界が薔薇色に、次いで鮮血で染まりゆく。伸ばしたシーラの手に、空をすべってきたイフィジェニィがおさまった。薔薇の意匠があしらわれた剣の切っ先を地面に向けて。 瘴気に戻って消えていく猪。一体だけ頑丈なのか、残っていた。ばっさりと切り伏せ、そのまま隊商に同行する。 道中を各地の料理の話を聞いたりして、シーラは次の町へ向かった。 お店のお手伝いで、お使い途中の二人連れが居た。まるで仲のよい姉妹のように手に繋いだ二人。 その片方、大人びた少女、柚乃(ia0638)にはいつも大切にしている楽器がある。琵琶「丈宏」・柚羅だ。今は人型をとっている。緩めのお団子を頭の両側にした、大きな紫色の瞳が愛らしい女の子。年のころは十ばかりだろうか。主を一人には出来ぬ。柚羅はそう思って張り切って、聞く者を夢心地のまま眠りへと誘う曲を奏でていた。一心に、一生懸命に。ボトボトと蛇型のアヤカシが眠りつき、木から落っこちてしまうまで。 それから敵影の有無を確認し、帰り道を辿る。仙女のような服の裾を風に遊ばせて。 「柚乃様、柚乃様。用事が早く済んでよかったですね。日没前には都に戻れそうですよ」 言葉とは裏腹に、繋いだ手が少し後ろへ流れたのに気づいて柚乃は足を止める。 「わぁ、綺麗です」 道端に咲くオオイヌノフグリが、向こうまで延々と続いていた。柚羅の小指の爪ほどもない青い花びらは、柚乃の髪みたいな青い色をしている。そんな小道を仲良く歩いていくと、藪の中にりすの親子を見つけた。 好奇心旺盛な柚羅らしい。繋いだ小さな掌をむやみに引いたりせず、柚乃は気の済むまで付き合った。やがてこちらに気づいたりすが、慌てて逃げていってしまうまで。 瑠璃唐綿の描かれた和服をまとう少女。無銘業物「千一」・瑠璃だ。ジェーン・ドゥ(ib7955)は、彼女が勝手に請け負った依頼をこなしていた。 瑠璃を軽く窘めつつ探すことしばし。人と物の繋がりを身を以って知る瑠璃は、草の根を掻き分けるほどに丁寧に探して回っていた。程なくして、依頼の物を見つけ出す。 ――アヤカシから逃げるとき、落としてしまった物。 瑠璃は大事そうに両の手で包み、楽しげに落とし物に話し掛ける。 「この子も、大切な人と離れ離れになったら寂しいと思いますから。それに、捨てられたんじゃないって伝えてあげたいんです」 黒い目は真摯で。人化せずとも、道具には魂が宿るのだと……ジェーンは思えた。 和やかな空気に、けれど水を差したのは敵の気配。 「姉様!」 「ええ」 伸ばしたジェーンの手に、瑠璃唐綿の鍔の刀。大好きな姉のような人と戦うことは、血気盛んでない瑠璃でも楽しいことで。構えたジェーンが一閃させる。瑠璃の放つ剣気が瘴気を吹き飛ばし、諸共に吹き飛ばされた蛇も消えた。 からす(ia6525)は、のんびりしつつ警戒しつつ、ちびっこズの護送中である。 「空気が美味しいですわ〜」 「ハメ外し過ぎないようにね、清流」 呪弓「流逆」、仮名を清流。子供とのお喋りにスキンシップと、陽気な弓へ釘をさす。それから、不安がる大人へフォローを回した。 「大丈夫です。あれでも手練の武器ですから」 信頼なければ連れてこない、と言外に込めて。ぱっと清流が振り向いた。 「愛を感じますわ〜ハグしていいですか?」 「断る」 苦笑して、からすは不意に気づいた。殺気。 「『流逆』」 「はい」 笑顔は変わらない。だが見えない力が集まっていく。 「前方の障害に対し排除を命ず」 「かしこまりました。お子様方の安全をお願いしますねからすさん」 とん、と一歩出て。清流の手に、黒い霧のようなものが集まってくる。その間にスキルを発動させた。 「『貴方の足は動かない』」 金縛りの呪が熊を捉えた。からすは周辺警戒しつつ、それを見つめる。 「言葉には力が宿るという」 言霊。流逆は呪弓だ。その呪言は凶事を呼びこむという。 「そろそろ終いにしましょうか」 黒い霧は弓を成す。同じ色の矢を、引いた。 「闇に還りなさい」 熊型のソレが失せ、集めた力も消えて。 「出てこなければよかったのに、哀れですわ」 小さくこぼし、清流はすぐに子供たちへ向き直った。 「ささ、もう大丈夫ですよ。怖かったですね〜」 一通り子供をハグし、それから。 「からすさん、褒美にハグしていいですか?」 「断る」 「つれないわ〜」 そんな彼女に、からすはフッと笑った。 修行のために来ていたのは、観那(ib3188)と六尺棍・翁だ。名はない。翁は杖を手にした和服姿の老人で、白くて長い眉毛で目が見えない。観那の家である杖術道場に代々伝わる棍で、観那の相棒兼師匠。そして、無自覚スパルタだった。 「今日は多対一の修行じゃ。儂&あれで攻撃するから、あれとワシに一撃当ててみい」 指差すのはなんか、そこらのとは雰囲気の違う強そうな熊型アヤカシ。ほい、と拾った木の棒を観那に渡した。 「こんな棒じゃ倒せませんよ!?」 翁は石ころをえいやと投げて熊挑発。幻燈籠で観那と熊の虚に回り込み、知覚されづらくなる。つまり熊、観那を狙う。 棒切れで熊の爪を受け流す。表面がでこぼこしていて受け流しにくい。翁の杖を避け損ねて打ち払われた。スキルで回避を上げているが、それでも執拗な攻撃はすべて捌き切れない。杖術は達人なだけある。 姿勢を低くし、観那は一気に翁へ踏み込んだ。打ち払った棒が翁の口ひげごと懐を掠め、ネズミの耳の上を通過した熊の爪を横っ飛びに避けて振り向きざまに一撃。なんだかんだで、観那はしっかり修行をこなしている。 「まあこんなもんかの」 翁が杖で熊を屠った。 (千鳥がどうしてもというから訓練に付き合うために来たけれど) 熾弦(ib7860)は、十五、六の少女と向かい合っていた。黒い髪をポニーテールにして、陰陽師風の服を着ている。千羽鶴の飾り簪・千鳥だ。 (私が言うのもなんだけど、戦うばかりが人の力になる方法ではないんだけどね……それでも、一度気のすむまでやらせてみるのもよし、か) 加護法をいつでも使えるようにしつつ、千鳥の動きに合わせ捌き続けた。 (強くなるのを焦ってるようだから、少し焦らせばすぐに大技に頼る筈……) 無数の鳥が群れて飛び掛るように。大気を鮮やかに切り裂く稲光。その光が幾条も、まっすぐ熾弦へ集中した。「雷切」。 「これでっ……!」 立ちこめる土埃。風が吹き散らしたあとに、小さな火傷を頬に残しただけの熾弦が立っていた。全力の大技だったのに、治療なしでも痕も残さず消えるような傷、それが限度で。 「……気持ちはわかるし、そういう気持ちを持つことは大事だけれど、焦るとこういう風に失敗するわよ。 大丈夫、じっくりできることを探しなさい。半分、私にも言えることね」 (熾弦は、いつも頑張っている、から。 私だってそうなりたいと思う。だから、少しでも早くと思ったのに) 見せ付けられた実力差に、身体の力を抜いた。 「……まだまだ敵わないな」 それでも。自分が強くない自覚があってなお、人のための無茶をしてしまうのだろう。根は優しいが、勝気で。乱暴ではないが強気な子だから、きっと。 羅喉丸(ia0347)と神布「武林」・武当老師もちょうど、山篭り中だった。 「形意拳では、『半歩崩拳、遍く天下を打つ』といったかの、真の武はその礎にこそ宿るのじゃよ」 語るは武当老師、武術の師匠、老師といった風情の飄々とした老人だ。修行に入る直前、乱暴な手綱捌きで馬車を繰り回す人物と、背後に追いすがる猪の群れを一本向こうの通りに見る。 「義を見てせざるは勇無きなり、助太刀しよう」 「理由などそれだけで十分だ」 木々を突っ切り、二人は肩を並べて掃討にかかった。武当老師が一頭を片足で踏み台がてらに蹴飛ばし、着地地点のもう一頭の脳天を踏みつける。命中と回避の高い彼は、小柄な体躯も生かして動き回った。 「気の流れに無駄が多すぎる」 羅喉丸が戦うのを見て、彼はそう評した。敵もいくぶん減ったことだし、馬車も間合いを取って停止している。ころあいだろう。 「見ておれんわい。わしを使え、羅喉丸」 羅喉丸の両手に、神布「武林」へ姿を変えた武当老師が巻きついた。常時発動型スキル森羅内頸。天地に満ちる気が体内へと取り込まれ、スキル使用時の練力消費を抑える。驚異的な練力効率は遺憾なく発揮された。 八極天陣で回避を上げ、瞬脚で間合いを詰める。さらに普段なら乱発できようはずもない、泰練気法・弐を惜しみなく叩き込んだ。身軽さと回避の高さ、そして手数の多さ。泰拳士の持ち味を大いに引き上げた動きで、堅実に隙なく立ち回る。 一方雪刃(ib5814)は、十ばかりの、おそらくは女の子を連れていた。背丈はやや低め、雪白の髪に抜けるような白い肌と金の瞳。太刀「殲滅夜叉」・紗雪だ。 「うーん、このあたり、だと思うんだけど……紗雪、1人でも大丈夫だよね? 手分けして探そうか。 いっつも一緒に戦ってくれるし、たまにはしっかり手入れしてくれる人に見てもらわないと」 紗雪はこくりと無表情に頷いて、道の先へ行く。雪刃は肩にちんまり乗っかる銀狐、雪華の耳飾り・六花だけ連れて別の道を探しに行った。 (研いでもらうのは、好き……また雪刃と全力で戦えるし) 研師を探す。そう言った主人の戦闘スタイルが好きで懐いている紗雪は、この探し人に乗り気だ。雪刃と揃いの意匠が凝らされた、黒い着物の袖を翻して探す。 程なくして騒乱の音が聞こえ、猪の群れを相手取った羅喉丸を見つけた。離れたところに馬車と人影。そして、藪の中から人影に襲い掛かる熊。 紗雪は純白の狼に変じると、一陣の風の如く高速で突っ込んだ。すり抜けざまに牙を突き立て、爪で引き裂く。「ホロケゥ」。 「邪魔。その人に用があるの」 熊の反撃を避ける。藪から雪刃が現れた。 「見つけたんだね。お疲れ様。 さあ、じゃあ最後は一緒に行くよ!」 紗雪が再び狼に身を変え、雪刃は集中させた練力を解き放つ。雪刃の身動きに六花が落っこちかけ、慌てて服にしがみつき、肩まで駆け上った。 静寂の戻った山道、研師へ歩み寄りながら、羅喉丸は武当老師に形式的な問いを投げる。 「我が拳は何のために」 「武をもって侠を為すためじゃ。修行は途中だが、しょうがないのお」 護衛する、その申し出に匂霞は林檎を一つ、投げてよこした。 「依頼料」 そこへ、騒ぎを聞きつけたジェーンが姿を見せる。 「暮谷様――」 以前の礼と共に、乗車の対価に護衛を申し出るジェーン。屋根の上なら、と承諾が返る。 「暮谷様の御用が終われば、また瑠璃のことをお願いしても構いませんか? この子も喜びます」 「紗雪も頼みたいの」 予約表に、二人の名前が書き込まれた。 護衛依頼の帰り道、礼野 真夢紀(ia1144)は山姥包丁・彩と精霊の小刀を手に、目の前の少女の横をすり抜けてくる猪型のアヤカシを相手していた。彩を振るうと清浄なる炎が敵を取り囲み、浄化するように飲み込む。 その前で大方の敵を引き受けるのは、神刀「青蛇丸」・蒼月。白い服に青い袴をまとい、膝までの髪を紅い組紐で束ねている。一見して男にも見えるが、見た目も中身も真夢紀のところの次女に似ているらしい。年頃は十四かそこらだ。 両腕を振るうと衝撃波が飛び、瞬く間に猪は瘴気に還っていく。背中には主人も、本分が包丁である彩もいるのだ。 「あらよ……っと。これで終いだな」 「お疲れ様です。野営場所探しましょう」 最後の一体を屠って、木々の間に入り込む。手ごろな開けた場所には、先客が居た。匂霞、羅喉丸、雪刃にジェーン。同席を願い出れば開拓者のよしみ、嫌な顔はされない。蒼月を戻し、彩が代って人の姿をとった。齢十六ほど、髪は膝までの漆黒、目も同じ色。肌は白木の白さ、格子縞の小袖の美少女だ。 「では、お夕食を作らせていただきますね」 火の回りに輪になって、道連れになった一行は彩の料理に舌鼓を打った。 他方、観那と翁は天幕を張って、焚き火を起こして茶をすする。 「平和な良い夜じゃの〜」 「そうですね〜」 縁側ならなおいいが、星空もなかなか乙なもの。ふわりと緑茶の香りを楽しみ、満天の星空を眺めた。 |