愛の危機!蚊を滅せよ!
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/12 22:55



■オープニング本文

 うぃ〜ん、ぷしっ。
 うぃ〜ん、ぷしっ。

 べちっ!!

 自分の腕を、思いっきり叩く女。

 うぃ〜ん、ぷしっ。

 ぶちっ。

 脳内でなにかが音を立てた。
 どげしっ! と休憩場所を提供していた、大樹の幹を蹴り飛ばす。
「ごめんねぇ、木さん‥‥、わかっちゃいる‥‥わかっちゃいるわ‥‥あなたはなぁんにも悪くない‥‥」
 うふふ、と不気味な笑み。背筋の凍る猫なで声。
 隣で休憩していた、旦那が恐れおののこうとも‥‥女は笑う。
「与作さん!!」
「はぃぃぃぃっ!」
 呼ばれて滲む涙、裏返る声、悲鳴一歩手前。
「実家に帰らせて頂きます!」
「のえええええええっ! そ、そんな!」
「もうだめ、もう我慢できない‥‥! そうよ、実家でも刺されまくるのに、こおんなド田舎で刺されないわけがない! ってわけで! さよなら与作さん、元気でね!」
 虫刺されで真っ赤に腫れまくた腕を振り、女は畑仕事を放棄し駆け出した。
 取り残される与作。夏の風がねっとりと吹きすぎる。ふっ、と意識が遠くなったとき、特大の音が聞こえた。
 『妻の』大嫌いな、『妻を』大好きな、奴らの。

 うぃ〜ん‥‥。

 ぎぎ、と振り返る。そこに。
 堂々と――。
 そう、いっそ威風堂々と。薄暗い林の木立の中に、特大の蚊、三匹――。
「んぎゃああああああああっ!!」
 一目散に与作が逃げ帰ったのは、言うまでもない。

 開拓者ギルドに依頼が張り出された。
 やたらと田舎な農村の、更に外れ。段々畑のてっぺんの林。
 蚊のアヤカシが発生。討伐願う。
 ついでに。
 妻が実家に帰ってしまった。連れ戻してください、と、涙の嘆願が。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
和奏(ia8807
17歳・男・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
東雲 海鷹(ib3012
20歳・男・志
久木 満(ib3486
26歳・男・騎


■リプレイ本文

「よ、よろしくお願いします‥‥!」
 えっぐえぐと泣きながら、男は開拓者に頭を下げた。何名かの心のうちを、(――説得できるかな、奥さん)うっすら不安の影が過ぎる。しかし、そんな不安を持ち合わせないポジティブな面子も中にいはた。
「与作さん、奥さんにばれないように、さっさと退治しちゃいますから、泥船に乗った気でいてください」
「ど、泥舟!?」
「大丈夫です、暗殺はニンジャの十八番なんだからっ」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は、笑みを浮かべた。つられてへらりと笑い返す与作。しかしセリフを吟味して、ワンテンポ遅れて驚く。
「あ、暗殺!? か、蚊を暗殺‥‥!? ま、間違ってはいないのかな‥‥」
(違うだろ、それ)
 東雲 海鷹(ib3012)は苦笑する。まあ、多少ぶっ飛んでるくらいのほうが、与作の心理は上向きそうだ――。ので、突っ込むのは差し控えた。が。
「それに、奥さんいない時に巨大蚊が見つかったのは、ある意味幸運です!」
「ぐふっ」
 ルンルンの駄目押しに、与作は打ち伏せる。
「身奈あああああっ!」
「‥‥あれ?」
 与作は泣き崩れた。
「都合の悪いところだけ拾ってしまったようです。まあ、ともあれ退治するのが先ですよね」
 和奏(ia8807)がさくりと切り替えた。

 緑あふれる段々畑のてっぺんから、白い煙がたなびく。村長は落ち着きなく煙を振り返り振り返り、草むしり。そんな村長の姿が見える、鄙びた縁側。先の戦いで負った傷もまだ癒えぬ、皇 りょう(ia1673)は眩暈を覚えた。間違っても傷のせいだとか、血が足りないとか、そういう眩暈ではなかった。手ぬぐい五枚をぐしょぐしょに濡らし、いい年こいた大の大人の男のこの有様――。
「身奈ぁぁぁぁぁっ! みーなぁぁぁぁぁぁぁっ! おれの身奈ぁぁぁぁぁ‥‥!」
 まず嘆き、次に泣き、そして嘆く。説得材料ないかなという、期待が砕かれるのは早かった。
「失礼を承知で言わせて頂く。天儀の男子たるもの、もっとしゃんとされよ!」
 びっくん!
 痩せた与作の肩が震える。
「そんな有様だから、奥方も実家に帰ってしまったのではないか!? 「蚊なんてどうした。俺が守ってやる!」と胸を張るくらいの男気を――」
 畳み掛けるような説教に、一瞬ぽかんとした与作。しかしすぐさま新たに手ぬぐいをわしづかみ、りょうの前でうずくまる。
「身奈ぁぁぁぁぁっ! 帰ってきてくれぇぇぇぇぇっ! 怖い姉さんからおれを守ってぇぇぇぇっ!」
「な、なに!?」
 いろいろ衝撃だった。
「そ、そんなことでどうされる!」
「怖いよぉぉぉぉぉっ!!」
「身奈殿をお守りする気概ぐらいは見せられよ‥‥!」
 遠くの村長が、そっとその騒ぎから目を背けた。

 ところ変わって段々畑のてっぺん。
 たなびく煙の発生源に、天津疾也(ia0019)と橘 天花(ia1196)の二人がいた。
「そろそろいいでしょうか?」
 そこらのよもぎをぽいぽい焚き火にくべていた天花は、白い煙が林に蔓延するのを見、ついでに己の纏う衣類にもその煙をたきこんだ。アヤカシはともかく、普通の蚊除けにはなるだろう。疾也も薄暗い林の中、白い煙が立ち込めるさまを見渡して頷く。奥まで煙が入り込んだとは思えないが、待ち続けたところで結果は変わらないだろう。
 早々に見切りをつけ、あらかじめ目をつけていた戦場予定地に赴くと――。
 片手に酒瓶引っ提げた、水鏡 絵梨乃(ia0191)の後姿。あちこちに包帯の巻かれた痛々しい格好で、躊躇いなく林へ足を踏み入れる。
「水鏡、ちと待て!」
「だ、だめですよっ!」
 慌てて止めに入る疾也と天花。当の絵梨乃はきょとんと振り返った。
「虫はあんまり好きじゃないが、敵を探すくらい‥‥」
「‥‥頼む。せめて二人以上で」
 無理するつもりはないんだが、との絵梨乃。大丈夫かもしれないが、危ないかもしれない。無理を押すほど差し迫った状況でもないので、のんびり複数で行動したほうがいいだろう。
「じゃあ、蚊も出てこないしみんなで中に‥‥」
 海鷹が、心眼を使って林を探りつつ、提案しかけて口を噤む。
 引っかかったのだ。心眼に気配が。
「来る! たぶん――アヤカシだ」
「間違いありません、三体です!」
 海鷹の反応にすかさず瘴索結界を張った、天花が肯定する。すぐさま全員迎撃体制を整えた。

 林の中から飛び出す三つの影。それは開拓者たちが反応するより速く、襲い掛かってきた。久木 満(ib3486)はがしっ、とランスを構える。
「さぁ、いくぜいくぜっ、覚悟しなっ! 夏の蚊蜻蛉がぁぁあぁっ!!!」
 羽音と共にぶすっと刺された。浅くてすぐに飛び退く海鷹、逆に一太刀浴びせかけた疾也はきわめて軽傷。が。
「ふぐはぁぁっ」
「久木!」
 満は思いっきり吸われていた。
「だ、だが、しかし! 俺の血は何色だぁぁあぁあぁぁっ!!」
 元気である。心配したまわりが、あ、問題ないかも、と思うほどに元気だった。
 もちろん血は赤かった。蚊の吸い口からぽたり、と一滴紅色が滴る。海鷹が長巻へ紅い炎を纏わせ、蚊をなぎ払った。浅い。
 天花が閃癒を放つ。満の傷は治りきらなかった。たまたま深かっただけかもしれないが――初っ端から不安である。
「早めに倒しましょう!」
 呼応するように、ルンルンが印を結びワンドを振る。
「ジュゲームジュゲームパムポップン‥‥ルンルン忍法フラワーフレイム。お肌の天敵は、消毒なんだからっ!」
 満を襲った蚊を、不知火が包み炎上。消毒できたかはさて置いて、確かにダメージは入った!
「――あ、やっちゃった」
 ぽつり、呟き蚊を切りつける和奏。
 使おうとしたスキルが発動しなかったのだ。まあ大丈夫かな、と返す刀でもう一太刀。畳み掛けるように、背後の絵梨乃が無造作に蹴りを放ち――かわされる直前、ぎりぎりで入った。
 青くかがやく閃光が竜のように走り、雷鳴に似た轟きが響き渡る。ぼたり、と蚊は落ち――その身体は霧散した。
 その絵梨乃へ横から別の蚊が襲い掛かる。かわせない――、普段なら絶対に取らない程度の遅れだ。腹をくくった刹那、割って入った疾也が秋水を蚊へと浴びせかける!
 惜しくも秋水は胴をかすめただけ。蚊は怯まず、ぶすりと疾也へ管を突き刺す。ぢゅう、と思い切り吸われたところを、ばしっと横から円月が決まった。いい塩梅に切れた――のだが、まだ倒すには至らない。
 天花は一度回復に見切りをつけて、素早く舞う。天花を狙うアヤカシを、海鷹がなぎ払った。長巻の纏う炎がごう、となびく。
「っらあっ!」
 ずん、と満のランスがその胴を貫き――逆に管が満にも突き刺さる!
「下がって、――」
「攻撃! 突く! 貫く! 突撃! 突貫! とっつぁん! あるのみ!」
 むしろ奥深くランスを沈める満。とっつぁんへの突っ込みはさて置いて、ぐ、と長巻を握りなおす。横から秋水が飛び来て蚊の翅を裂き、直後、炎の閃きと共に――アヤカシは断ち切られた。
 二体目のそれも霧散する。
「くっ、はぁはぁ‥‥」
 ずり、と座り込む満。血を思い切り抜かれたのだ、しかたがない。
「お、恐ろしいハエだったぜ‥‥」
「ハエでもないような‥‥動けなくしてくれたから狙いやすかったけど、危ないって」
 言いつつてきぱきと包帯やらで手当てする。残る一体も、間もなく討たれるだろう。簡単に処置を済ませて顔を上げる。
 円月で切り裂かれた蚊は上空へと逃げ、秋水がその脚を切り裂く。空へと逃れた蚊を、木の幹を蹴りつけてルンルンが追いすがり――
「ルンルン忍法影技、私の一撃は無敵なんだからっ!」
 その懐へと飛び込んで、刀を突き刺し捻り裂く!
 形が残ったのは一瞬だった。
 刹那の後に瘴気へ還り、あとかたもなく消え去った。

「あー、ここは出るわなぁ‥‥」
 疾也は家周囲を見渡して呟く。雑草郡にじめじめしたぬかるみ。水溜りはないが、ちょっと雨が降れば一発で蚊の御殿が立ち並びそうだ。もう少し水はけのいい土壌に改善したほうがいいだろう。和奏も周囲をチェックして、蚊の潜みそうなところや出そうなところをリストアップ。
(草刈りをしっかりやれば、かなり減ると思うなぁ、これ)
 それから家中を燻そうと思ったが、適当な道具がない。
「なにかお探しですか?」
 通りかかった天花が、和奏に気付いて声をかける。
「家を燻したらいいと思ってたんだけど‥‥」
「あ、よもぎとか松葉とか、蜜柑の皮がいいですよ。わたくしはあとから行きますから、よもぎ、集めておきますね! 帰ってきたら燻るといいと思います」
「じゃあ、お願いしますー」
「はい、お気をつけて!」
 和奏を笑顔で見送って、天花はよもぎ集めにとりかかった。

 段々畑のふもとでは、不毛な会話の終止符が打たれるところだった。
 ――ぜぇ、ぜぇ。
 不毛な会話に息を切らせるりょう。息切れしたところで、はっと我に返る。
「と、とにかく、奥方をお迎えする準備くらいはしておいて下され」
「ど、どんな? ひぃぃっ!」
 この上そこまで世話されなければいけないのかこやつ――!
 言う前に顔が引きつるりょうを見て、与作はちゃぶ台の下に潜り込んだ。ひーい、ふーう、みーい。胸のうちで数を数え、深呼吸してワンクッション。ふぅ、と息をつく。心の鍛錬が足りない、と思いつつも。
(あれが結婚の現実だとは思いたくないのだ‥‥!)
「ごめんくださーい」
 そこへ天花の明るい声が響き、ひょっこり顔を覗かせる。
「あれ? 与作さんはどちらに?」
「ああ、そこに」
 ちゃぶ台を指差すりょう。天花はひょいと顔を畳すれすれに近づけ――。
「‥‥かくれんぼですか?」
「た、た‥‥助けてぇぇぇぇぇっ!」
 だくだくと涙を流す与作に、思わず引いた。

 りょうと合流した一行は、身奈を迎えに町へ行く。そこに身奈はいた。顔やら腕やら、赤みがいくぶん引いてはいるものの――
(そら逃げたくもなるわな)
 疾也の内心は、そのまま全員の納得となった。しかしまあ、説得も仕事のうち。
「今まで我慢して耐えて来られたのですし‥‥おつかれさまでした。お元気で‥‥」
「たんま。それ、違うって」
 ボケた和奏に突っ込む海鷹。はっと和奏も我に返る。しかし、この姿を見ると帰れと言うのも忍びない――
「おふたりで蚊の出ないところに移り住むという選択肢はないのです?」
「‥‥考えたの。考えたのよ! でも、仕事とかお金とかいろいろ」
 現実的ではなかったのだろう。ふぅ、と息をつき、疾也は身奈を見据える。思わず背筋を伸ばす身奈。
「お前の愛は蚊に負けるような愛なのか」
「うっ」
「あんなぷちっとつぶれるようなもののように潰れる愛なのか」
「ううっ、ああ、与作さん、愛しているわ! でも‥‥でもっ! あたしの愛はまだまだだった‥‥!」
 よよよっ、と泣き崩れる身奈。ルンルンが泣き崩れた身奈にそっと寄り添う。
「蚊を憎んで人を憎まずって言う諺もあります、蚊のせいで与作さんと別れちゃうなんて勿体ないですよ」
 いやないよ。突っ込みかけた言葉を、飲み込む一同。濡れた瞳でルンルンを見つめる身奈。あー、この隙に、か? うん、たぶんいいタイミング。たぶん。海鷹も口を開く。
「帰ってあげないと、畑仕事も手につかないままで、与作はずっと泣き喚いている。このままでは、与作は村長の家も追い出され住む家もなくなり路頭に迷うことになるかもしれない。」
「そ、そんな! そんな、与作さん‥‥! あたしのせいで!」
「適度に体の古い血が抜かれてると、肌の美容に良いらしいぜ」
「ほ、本当!?」
 怪しげな満の大嘘に、飛びつく身奈。しかし、一瞬後に肩を落とす。
「でも駄目だわ、あたし、刺されすぎて逆に肌荒れが」
 引っかき傷も生々しい腕は、妙な説得力があった。
「とりあえず、ゆっくりと話しましょう」
 絵梨乃がさりげなく身奈の手を引き、外に連れ出す。今でもじゅうぶん揺れているが、決定打が要るだろう。
「帰ってあげた方がいいんじゃないですか」
「‥‥、そう、ね‥‥そのほうが、いいんだと思うわ。毎日毎日‥‥寂しいの」
 絵梨乃は更に、出会いやら今までのことやらを聞き出した。
「出会いは‥‥ああ、懐かしいわ。川で溺れてる与作さんを助けたの――。守りたいって思ったわ」
 身構えて聞いていたりょうがずっこけた。違う。いろいろ違う。
「今まで――そうね、幸せだったわ。ああ、あのころに戻れたら!」
「そんなに愛している人を一人にしてしまっていいんですか?」
「そ、そうなのよね‥‥」
 駄目押しが要るな、と言葉を続ける。
「もうすぐ夏も終わるから、蚊も出なくなりますよ」
 はっと顔を上げる身奈。しばし絵梨乃を見つめ、やがてわしっ! とその手を握り締める。
「そ、そうよね――、あたしったらすっかり忘れてたわ!」
「忘れるくらい痒かったんですね‥‥」
 しみじみ和奏が同情した。
「こうしちゃいられない! あなたたちの話、聞くだに与作さんをほうっておけないわ! ああっ、そうだわ、そんな怪我で来てくれてありが――」
 言葉の途中で。
 身奈は目を見開く。開拓者たちの背後を見つめて。
 そこには。
「奥様を呼び戻すのは御自分の役目です! ほら、しっかりなさってください!」
「ううう、身奈ぁぁぁぁぁぁっ!」
 半べそかきつつ天花に引っ立てられる――与作。
「――っ、与作さんっ!」
「身奈っ!! みなぁぁぁぁっ!」
 かたく抱き合うふたり。ぐすぐすと泣き崩れる与作の顔を、手ぬぐいで拭く身奈。
「ああ、こんなに目を真っ赤にして。ごめんなさい、与作さん」
「こ、怖かったよぉぉぉぉ!」
 でれっと幸せそうな身奈。べとっと身奈に引っ付く与作。思わず目を逸らすりょう。
「ま、元鞘ってやつだ、めでたしめでたし?」
 緩んだ包帯を身奈の視界の外で直しつつ、満が笑う。煙管の吸い口から唇を離し、海鷹は長く吐息を吐いた。白い煙を風が散らす。
「蚊で別れるなんて切な過ぎるよな‥‥」
 そんな馬鹿な話にならずに済んでよかったのだろう、ひとまず一件落着だ。
 その後風の便りで、段々畑のてっぺんから、いつでもよもぎの香りが漂うとか。