夕焼け空の子守唄
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/03 22:47



■オープニング本文

●夕暮れ時
 日が暮れる。歌が聞こえる。
 空は茜に染まりゆき、緩やかに青を受け入れて紫紺へその身を塗り替える。

 日が暮れる。泣き声がやまない。
 夜のおとないを受けて、世界に闇が滲み始める。

 ねむれねむれ。幼子よ。
 なにがほしい、おむつかお乳か揺れる背か。
 ねむったお前はかわいいが、ねむらぬお前はにくらしい。

 どんなに歌っても、この坊ちゃんはねむってくれない。
 奥様がお屋敷から出てきて、あたしを叱る。謝るしかない。それしか、ない。
 さっさと寝かしつけておくれ、そのためにあんたを雇ってあげてるんだよ。わかっています。知っています。でも坊ちゃんは眠ってくれなくて……、言い訳なんてできるわけもない。
 奥様の帰っていく背中を見送りながら、まるで効果のない子守唄の続きを歌った。

 ねむれねむれ。幼子よ。
 身売りのような奉公の、わたしを哀れみねむっておくれ。
 おまえはいずれ良い着物、良い食べ物にかこまれる。

 赤子にまで哀れみを請うあたし。
 前の子守役も同じだったのかな。毎日毎日繰り返す現実がつらくてたまらないと、前の人も思ったのかな。だからこんな歌が残ったのかな。
 村に帰りたい。母さんのところに帰りたい。奉公なんてつらいばっかり。
 わかってる、弟たちのために稼がなきゃって。お嫁に行くまではこの奉公を投げ出せないって。帰ったって食うに困るんだから、ここでがんばらなきゃいけないの、知ってる。

 ねむれねむれ。幼子よ。
 星も月もほらうたう、お前のための子守唄。
 木々もそよいで誘ってる、夢の世界においでと言うよ。

 あたしの声に、もうひとつ別の声が重なった。どこか他のお屋敷の子かな。その子も坊ちゃんか嬢ちゃん、ぐずって困ってるのかな。

 ねむれねむれ。幼子よ。
 夢の中なら幸せだろう、夢の中で遊んでおいで。
 豊かな愛と豊かな食べ物、なにもかもを得られる場所へ。

 あれ、坊ちゃん眠ったのかな。珍しい……。なんだかあたしもねむく、なっ、て……。

 ねむれねむれ。お前も眠れ。
 世界をのろって世界をうらんで、この世界から消えてしまえ。
 求めた愛も願ったものも、なにもかもを失う場所から。

 こんな、かし……。あった、っけ……?

●開拓者ギルド
「こちらは討伐と護衛の依頼です。標的と接触し確実な討伐を行い、護衛対象を守り抜いてください」
 受付嬢は、その依頼について結論から入った。
「狙われるのは主に赤子、また、傍にいた人物もついでとばかりに殺害されます。外傷はなく、表情は引きつったように歪んでいるとのこと。
 目撃情報を刷り合わせると、敵は人型。吟遊詩人の夜の子守唄のようなものを使うようです。効果範囲内の敵を眠らせる能力ですね。この能力に殺傷能力があるのか、あるいはまた別の攻撃手段があるのかは判然としません。しかし犠牲者が倒れた後に身体に触れ、その後立ち去るという行動経過から考えて、眠らせる能力のみと考えてよいでしょう」
 いくつかの資料を見ながら、さくさくと説明は続く。
「敵の外見は十にならないくらいの少女型。眠らせる際には歌を紡ぐそうです。歌の聞こえた範囲であっても、ある程度離れていれば効果はなさそうですね。あくまでも歌を媒介にした術であって、特定範囲外のみの効果かと。
 攻撃手段は今のところ不明、交戦時は気をつけてください」
 そしてもうひとつ、と付け加える。
「生き残っている赤子の護衛も、同時にお願いいたします。貴賎を問わずに殺されていて、もう赤子だけで十八名が死亡。あと二十名の赤子が残っているとのこと。
 赤子が狙われる理由はわかりませんが、大人や子供は赤子のそばにさえいなければ殺されることはないそうです。
 お願いできる場合は、かなうかぎり早急に向かってください。次の犠牲がいつ出るか、という状況ですので……」
 敵戦力が詳細にわからないゆえの申し訳なさを滲ませつつ、受付嬢はそう締めくくった。


■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ソラ・アルテシア(ib6822
25歳・女・ジ
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
桧(ib9177
15歳・女・サ
胡麻原 丙(ib9203
20歳・男・シ


■リプレイ本文

 ねむれぬねむれぬ。傷が疼いて。
 怨みの声が木霊する。休まるなかれと胸を抉る。
 なにもかもをも失って、それでも浮世は残るのだから。

(眠らせた隙に命を奪うなど、アヤカシにしては随分と親切な事だ。あるいは単に、純粋な殺戮の能力が低いだけかもしれんが)
 そう思いながら、朝の村を訪れる喪越(ia1670)。念には念をと朝から警戒に動いているのだ。既に漉かれた紙が村のあちこちで干してあり、朝仕事もひと段落といった様子か。
 そんな喪越ほど早くはなかったが、日の高いうちにほかのメンバーも村へとやってくる。琉宇(ib1119)は近頃あった戦いに思いをはせていた。
(合戦で弓弦童子と楽師同士での戦いをしたかったけれども、活躍できなかったのがちょっと悔しいんだよね……。
 今度の被害者は僕と同い年ぐらい。だったら今度こそ僕にできることがあると思うんだ)
 できること。楽器を奏でること、歌うこと、その二つを武器とすること。
 そのできることを、実際にやること。
(録に自由も楽しみも無く、与えられた役割はこなせて当然。
 俺も少し前まで子守娘達と似た状況に居たから、辛さが分かるよ)
 胡麻原 丙(ib9203)にとって、故郷から穏便に抜け出すための手段が開拓者としての立場だった。
(ただ俺とは違って、彼女達には逃げる道も場所も無いのだよね……。
 せめて、彼女達の怨念の具現の様な敵を消してやりたい。
 そして、その辛抱を讃えて労ってあげたいな。
 俺にそんな資格はないのかもしれないけれど、ね)
 耳を澄ませば、あどけない声が淡々と唄う声が聞こえた。
「子守唄というのは、こんなに悲しいものなのでしょうか」
 桧(ib9177)は奉公の辛さに同情を寄せながら、これ以上の犠牲者を出さないよう、全力で護衛に臨もうと心に決める。
「子守唄でやすかい」
 あれは良くありやせん。子守娘の恨みが大抵籠ってるんですぜい。雨傘 伝質郎(ib7543)は言った。
「怪異を招き寄せてるなァ娘達」
 無意識に睨む。ぎょろりとした三角目、そして口元も相まってしゃれこうべを思わせる第一印象。それで睨むものだから、子守娘たちは後ずさった。
 伝質郎はその表情を見る。一番暗い顔をしたのが次の犠牲者だとあたりをつけたものの……。
「全員暗いときてやがりますかい」
 まあ無理もありァせん、そう納得する。
「大丈夫です。私達が必ず、敵を倒しますからね」
 気休めでも、安心してくれればいい。子守娘の顔を一人一人覚えるように意識しながら、桧は誠実に言葉をかけた。それから子守娘を含め村の子供たちにも、怪しい子守唄が聞こえたら大声で知らせてくれるように頼みに行く。喪越もやや離れて、子守娘たちの顔を記憶していった。見た目が恐怖を与えるだろうと慮ってのことだった。
「子守りのお嬢ちゃん達、こっちにおいでなせ〜」
「たくさんの赤ちゃんが亡くなったのね……かわいそうに」
 そう口にしたソラ・アルテシア(ib6822)だが、言葉にするほど、思うほど、かわいそうだとは感じていないようだった。どこか淡々としたふうに言う。そんなソラを、友人・アルバルク(ib6635)は褒める。
「今日も美人だねぇ」
 嘘ではないだろうが、飄々と言うのでソラもにこりと微笑みさらりと受け流す。アルバルクは集まってきた護衛対象たちを見た。
「眠らせるだけなら便利なもんだが、その後が余計だよなぁ」
 痛切さはなく、こんな世の中じゃ弱い奴が犠牲になる、そんな多少の割り切りがうかがえる言葉だった。そのまま村の中を調査するために出て行く。田のあぜ道には赤子と子守娘たちと、そして護衛の開拓者たちだけが残った。
 一応周囲に警戒は払っているソラだが、ほとんど仲間任せで赤子の顔を覗き込んだ。ぐずりだす顔にいないないばぁ、と両手の隙間から顔を出してあやしてみる。
「こんなに身近で赤ちゃん見るのは初めてなの」
 どこもかしこも柔らかそうで、未熟な姿。耳の先っぽが丸いのがソラとの大きな相違点だろうか。人懐っこく微笑むソラはいかにもとっつきやすそうだったが、抑圧された環境下で萎縮している子守娘たちは小さく挨拶を交わすだけにとどまっていた。
(こいつァ色々吐き出せなきゃなりゃあせん)
 内に貯めてるモノがアヤカシを寄せてるに違いないだろうとあたりをつけた伝質郎は、集めた子守娘たちをぐるりと見回した。ぎくりとその容貌に気弱な何人かが怯える。
「へへへ、鬼瓦と同じ事情ですぜい」
 しかし芳しくない反応に、伝質郎はよく整えられたあぜ道から、豪快に田の中へ転がり落ちた。
 ぎょっとする観衆の中でひょこりと身を起こし、ぱたぱた身体についた雪を払う。
「いやぁ刈り株が凶悪だとは知りやせんでしたァ。面頬がなけりゃ顔面串刺しですぜい」
 おどけた伝質郎に、ほんの小さな笑い声が起こる。和んだ空気を逃すまいと、伝質郎はさも偉そうに説教した。
「赤子の気持ちになって接しねえとなりゃあせん。嬢ちゃん達はきっとそこが良くねェ」
「……しらないわよそんなの」
 小さかったが、吐き捨てるような声。ひとりの不満に呼応して、ざわ、ざわと小さな、けれど確実な内心の吐露。
 つらい、苦しい、理不尽だ、耐えなければ、耐えられない、行き場はない、生活が、故郷の家族が――。
「すまねェ参りやしたァ。嬢ちゃん達は立派だァ」
 引き出したかった言葉を存分に引き出した後、伝質郎は這い蹲る。
 そんな子守娘たちや、大人の事情なぞまったくお構いなしに泣いたりぐずったりする赤子を見て、琉宇は少し困っていた。次に狙われる子がわかればと思ったのだが、さっぱりである。仕方なしにぐずる子供におもちゃ代わりのブレスレット・ベルを手首に結わえてやった。

 調査へ行ったアルバルクも次に狙われる子供などはまったくわからなかったが、一度だけ村の端と端の家でほぼ同時に事件があったことを聞きつける。
(敵は複数いる可能性が濃厚、だな)
 警戒すべきだろう。一通りあちこちで聞き込みを終えて、田にいた琉宇や護衛の仲間たちと合流した。アルバルクの瞳孔が開く。田の中なので接近される前には最低でも誰かは気づけるだろうが、高所を取れればもっと色々見えただろう。桧も神経を尖らせ、耳を澄ませて周囲をさぐる。
 後ろでは伝質郎が子守娘に助言していた。揺らしてやること、心臓の音を聞かせてやること。笑わせて疲れさせること、赤子の体調などを毎朝親に確認すること、返すときにはお世辞と気づいた点の報告。
 育児の主導権を握ってしまえば叱られ難いこと。
 ――時間はかかるだろう。すぐには良くはなるまい。
 けれど、失敗と間違いを繰り返してノウハウを積み上げれば、いつかは。
 そうするうちに日が傾き、ゆっくりと茜色に照り映える空。
「さって。ガキを撃つのは趣味じゃねえが、お仕事お仕事っと……」
 最初に気づいたのは、やはりアルバルクだった。こちらに向かってくる小柄な人影。似た背格好で三人並んだ子供のようだ。三つ子というには似すぎている。
「いた。琉宇、頼む」
「うん、了解」
 距離を測ってゆっくりと弓を引き、ヴァイオリンの弦を鳴らす。そのはずだが、誰の耳もその音を捉えなかった。
 怪の遠吠え。
 人間には聞こえないはずの音に、小柄な三人はその視線を琉宇に固定する。アルバルクは銃口を三人へ向け、放った。まだ距離はあって届かないとはいえ、合図となる。伝質郎が子守娘たちを逃がそうとしたが、安全な逃走先が確保できていない。むしろ下手に移動させないほうがいいだろうという結論に達した。丙は素早く護衛対象を確認する。すぐに巻き込まれるようなところへはいない。それを確認してから早駆で距離を詰め、眠りの効果範囲外だという距離を保持して打剣で手裏剣を投げつける。そのままじりじりと敵が前進するのにあわせて後退し、仲間の前線が揃うのを待った。
 ソラが敵へ向かって駆けていく。その援護に、サリックで弾を装填したアルバルクが引き金を引いた。直撃し、膝をつくその子は傷口に手を当てた。徐々に銃創が癒えていく。
 ショートスピアの柄を握り締め、手近なほうへと距離を詰める桧。丙は確実な術の範囲外を維持し、唄を紡ごうとした口へ向けて手裏剣を放つ。
 手裏剣がわずかに逸れて、白い頬を切り裂いた。続けて琉宇も重力の爆音を奏で、標的含む左右二対へまとめて重低音を叩きつける。効果はあった。――しかし、もとから術への抵抗力は高いようだ。被害軽微、と言えよう。一拍遅れてその口から子守唄が奏でられた。
「くっ……」
 意思を強く持っていた桧だったが、抗いがたい睡魔は容赦なく少女を襲った。くずおれる桧に続き、ソラの黒髪がばさりと地面に広がる。プレセンティ・トラシャンテは――眠ってしまえば、使うことはできない。
 もう一体がソラを見つめた。眠ったままの肩が一瞬跳ねるが、何があったのか外側からは窺い知れない。ともあれ眠らせたままではまずいだろう。味方への攻撃に心苦しさを感じながらも、丙は二人へ手裏剣を投げた。しかし、目覚めない。
 琉宇がヴァイオリンの弓を引く。重力の爆音が再び敵を襲い、アルバルクが射撃を繰り返した。とはいえその物理的な攻撃は「それら」へはよく効くようで、重力の爆音の攻撃で蓄積したダメージもあってか一瞬で消え飛ぶ。
「アルバルクさんの攻撃が有効なら……丙さん! どうにか二人、起こせないかな」
 だめもとは承知でブブゼラをスフォルツァンドで吹き鳴らす。それとほぼ同時に丙も手裏剣を味方二人へ投げた。
 何度目かのことで、まずソラが目を覚ました。カッティングを発動させてはたと気づく。敵の回避を下げるならともかく、こちらの回避を上げても――、命中するか否かではなく、抵抗できるかどうかが鍵である敵の攻撃にはあまり意味がない。
「厄介ね。起きて」
 桧の頬に平手打ちを食らわせて、飛び起きた少女を視界の端で確認すると鞭を素早く振るう。追撃するようなアルバルクの射撃が相俟って、二体目もあえなく倒れ、消えた。
 一方飛び起きた桧は、目の前の敵をよそにまず子守娘たちのほうを見た。全員いるのか。余計な顔は混ざっていないか。
 おんぶ紐を結わえた子守娘たちの中に、ひとりだけ誰も背負っていない子供がいた。赤子をあやさずそこにいる子供。今倒れた子供とよく似た顔の子供。
「っ……!」
 間に合え。願いを込めて力の限り走った。子供が口を開く。あどけない声が唄う子守唄の二重奏。くずおれる子守娘たちと、伝質郎。
 最後に立つのは、二人、二人いた。片方は誰かの背後にでも隠れていたらしい。同じ顔をした子供が二人。琉宇の重力の爆音は味方も巻き込む。仕方なく残り一体になった、さっきから戦っていたほうへ放った。丙が手裏剣で二体いるほうを牽制する。
 敵が伝質郎を見つめ、そして、それからアルバルクを見つめた。耳ではない。脳裏に響く呪いの声。
「――呪声か。射程距離、あるな」
「僕の重力の爆音と同じくらいは確実だね」
 子守娘たちの真ん中に立つ二体が攻撃しているうち、一体しかいないほうが回復する。――きりがない。
 今から走るには、ソラの位置では距離が子守娘たちと開きすぎていた。手首をしならせて、深く濃い緑色の鞭が空気を切り裂く。蛇のようにうねり、今しがた回復した一体へ正確に叩きつけられた。琉宇が追撃をかける。
 桧が子守唄の効果範囲と思しき場所へ突入する。早駆でそのあとを追い、丙は手裏剣を構えて待った。子守娘たちを全員救出している時間はない。数秒、数秒の時間稼ぎで。
 口を開いた子供のその口へ、狙いを定めて投擲する。距離を詰めた分だけ狙いも正確に。打剣はその精度をさらに上げて。
 その口の端が裂ける。唄い出しがそのぶん、遅れた。
 その遅れた時間で、十分だった。
 ブーツの靴底が雪を蹴り上げる。後ろにいた一体が桧を見た。呪いの声が頭に響き、生命力を根こそぎ奪われる。
「邪な唄を二度と紡げぬよう、刺し貫かせて頂きます」
 鋭い呼気とともに、身体ごとぶつかるかのようにしてショートスピアを突き出した。
 アルバルクは全体の様子を見渡して、気づく。小動物がこちらへ向かっている。その向こうの術者を確認し、銃口をソラが対峙する一体へ向ける。
 練力だけで弾丸を射出した。

 人魂で探索していた喪越は、銃声を聞いてそちら側に人魂を差し向けた。戦っている仲間を確認する。
(力の弱いアヤカシならば、その「歌」にも抵抗できるかもしれないが……わざわざ試す必要も無いな)
 距離を十分に確保できるよう気をつけながら駆けつける。桧がショートスピアを一体に叩きつけると、それは姿を保てずに瘴気へ戻り、そして、消えた。残る片方の背中へ問いかける。
「何故赤子連ればかりを狙うのか」
 色々と推察できるが、その子は唄わずに口を開くということがないようだった。
 喪越の呼び出した姿ない式が、その子供に呪いを放つ。身体をくの字に折り曲げ、口から唄ではなく、血反吐に似た何かを吐く。吐いて、細い拳で地面を打ち、身もだえのたうち、そうしてゆっくりと消えていった。

 ねむれねむれ。全てを忘れて。
 怨みも辛みも今日に置いて。まだ見ぬ夢を胸に抱いて。
 新たな明日を生きる為に。生命(いのち)の歌を紡ぐ為に。

「念頃に弔わねェと祟りやすぜい」
 目覚めた伝質郎はそんなことを村人に言った。粛々と埋葬が進められる。
 ソラは何もしなかった。ただじっと埋葬をする墓のそばを離れず、空を見上げ続ける。
(空に昇るのは、どんな気分かしら。
 ……だけど、そこに家族はいないんでしょうね。かわいそうに)
 憐れみや哀しみはなく、微笑みもなく、ただ空を仰ぐ。
 心は家族を失ったとき、その場に、その時間に、置き去りにしたまま。空だけが強く、置き去りの心に反応する。
 作られた墓へ、丙はお手玉を供えた。それから子守娘たちへと鞠をひとつ渡す。子守唄だけでなく、自分の楽しみの為に、手毬唄や手玉唄も歌って欲しいと思ったためだった。
「君達は、もっと君達自身の為に生きて良いんだよ」
 娘たちは顔を見合わせ、それから。
「順番に使わせていただきます。ありがとうございます」
 その小さな手でも、豊かなものは必ず掴める。そう信じる希望を与えられたのだろうか。
(村にもお寺はあると思うし、お墓とかは村の人が決めることだと思うんだ)
 琉宇は犠牲者や、残された人々のために口を開いた。滑らかに精霊語が紡がれる。
(呪歌が魂にも通じるのかはわからないけれども、重いレクイエムよりもこっちのほうが良いような気がするんだよね)

 おやすみ おやすみ
 こわいものは いなくなったよ
 みんなが君を 見守っている

 やくそく やくそく
 ゆめのなかでも あえるといいね
 君もみんなを 見守って