|
■オープニング本文 ――その男が死んだという報せを受けたのは、薄暗く雪の降る朝のことだった。 手紙は簡素で、そして遺書が同封されていた。 やはり簡素な遺書には、財産の一部を彼女に預けると記してあった。 預ける。――そう、財産の引き取り手はわたしではない。彼女は正しく理解した。 その男は――その老人は、皮肉げに笑う男だった、と記憶している。 人に倦み人を嫌い、しかし贅沢を愛して質素な生活を嫌ったせいで、結局死ぬまで人に煩わされた。 どちらかを手放してしまえばよかったのだろうが、男は結局、そうして生きて死ぬことを選んだ。 幸だったのか不幸だったのかは知らないが、自分の選んだ人生を生きたことだけは確かだ、と彼女は思った。 その女は、白い髪をしていた。白い髪に白い着物を着ていて、それだけなら繊細な印象があるだろうにその手はあかぎれ節くれて、お世辞にも繊細さとは程遠かった。歩いてくる姿勢も婦人らしいやわらかさや優雅さとは程遠く、無駄をそぎ落としたような動作をしている。暮谷匂霞、研師だ。 「依頼があるの」 端的に用件を切り出す声は平坦で、感情らしい感情は見当たらない。 「具体的に、何をしてどんな結果を出すことをお望みですか?」 「ある山奥の家を襲撃して、その家財を回収することね。おそらく隠されているでしょうから、探索も含まれるわ」 受付嬢は思わず沈黙した。なにか問題でもあるの、とでも言いたげに、女は無感動な眼差しを投げかけてくる。 さも当たり前のような態度をとられると、なんとなく正しいような気がしてくるが――。間違えてはいけない。常識はときに疑うべきものだが、非常識ならいいというものでもないのだ。根拠があるのか、その人の主張が正しいのか、相手の言動に惑わされずに調べなければ嘘に踊らされる羽目になる。 その白い女がくだらぬ嘘をつく人間とは思えないが、事実ははっきりさせなければいけない。 「あなたにその権利があるのですか、暮谷様」 「ええ」 女はその荒れ果てた手で、手紙を差し出した。手紙と、遺書だった。 「……どういう……?」 「親戚連中が信用ならないのね。死者の願いを聞くのは趣味ではないけれど」 押し付けられたわ。そう言う。 「……預ける?」 「七つになる孫が正式な受取人ね」 そのままくれてやってもまわりの大人がぶんどってしまうんじゃないか、そういった懸念があったのだろう。預ける物品の目録は簡素で、「緋切」という銘の刀一振り、珊瑚の髪飾りひとつ、錦の反物ひとつだけ。 「……これを、暮谷様が預かるのですか? 流れ者のあなたが?」 「人に預けるわ。金に興味のない職人ならいくらでもいるもの」 そこまでを聞き取って、受付嬢は彼女の言い分をようやく認めた。すなわち彼女の権利と責任を、だ。 「わかりました。では、もうひとつ。なぜ力ずくでの奪還が必要なのですか? 見る限りこの遺書は正式なものですし、遺族が引渡しを拒んだとしてもご自分でなんとかできるのでは?」 「人間社会の規則を理解して従ってくれる相手ならね」 「……アヤカシ……?」 「死体がお目覚めなの。さすがにわたしも、死人と論じる気はないわ」 無感動な色の薄い目を見て、受付嬢はもうひとつのことに気づいた。 「……遺書を書かれたその方も……」 「むしろ、彼が真っ先にアヤカシ化したんじゃないの。財産を荒らしに来た――失礼、葬式に来た近所の親族と、一般参列者が被害者ね。もちろん、もう既に加害者側に回っているでしょうけれど」 「その、受取人のお孫様は」 「安心なさい、遠方の人間よ。葬儀に来られるほど近隣ではないわ」 「押し付けられたにせよ、よくそのようなお話をお受けになる気になりましたね? 私、暮谷様はお金でなければ動かないと思っておりました」 「動かないわよ。お金だけでも、動かないけど」 女は言った。 「遺書にもあるでしょう。孫への引渡し条件」 慌てて目を遺書へと滑らせる。たしかに。引渡し条件、小さい字で書き連ねてあった。 孫本人であること。十四を数えていること。預かっている間に発生した、財産の維持管理費を引き渡し時に支払うこと。 「これ……」 なぜわざわざ孫が払うのか。裕福な老人であれば、あらかじめ費用を匂霞に渡しておけばいいではないか。 「まさか、書き加えてはいませんね?」 「そんな馬鹿なことをする気はないわ」 女はほんのわずか、唇緩めるようにして笑った。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
国広 光拿(ia0738)
18歳・男・志
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
アルセリオン(ib6163)
29歳・男・巫
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂 |
■リプレイ本文 竜哉(ia8037)についてきたのは、目付けの少女だった。 「緋切を見たいって? お前の目的にゃ合致しないと思うがな、鶴祇」 人妖の少女、鶴祇は刀を扱うためか、それとも別の理由でもあったのか。遺産の刀に興味を示したようだった。結局鶴祇はその問いかけに答えなかったが、竜哉も気にしたふうもなく自分の思考に浸る。 (老人にとってはその孫の純粋さが一番の「救い」だったのかもしれんね。 欲塗れの世界の中で、唯一自分を「唯の老人」としてみてくれたのかもしれないのだから) 賞賛、金銭、宝石。権力、ありとあらゆる輝かしいもの。 (どんな金銭も権勢も、心の飢えは癒せない) 実感を込めた呟きは、胸のうちだけにとどめられた。 朝比奈 空(ia0086)は、ほう、と息を吐き出した。 (遺産の回収……か。 こういう事は厄介な事が多い物ですが、集まった者達は屍人になった……と。 それはまた何と言ってよい物なのでしょうね) 言葉は見つからない。 集まった面々に向かって、シリーン=サマン(ib8529)は折り目正しく挨拶をする。 「私、サマン……と申します。皆様どうぞ良しなに……」 アルセリオン(ib6163)は、黙って佇む依頼主に直接声をかけた。 「刀の珍しい依頼と思えば、やはり君か。お互い役目を果たすとしよう。 依頼は果たすが、僕個人として山の風が穢れたままなのも放ってはおけないのでね」 ひらり、手を振って小さな挨拶らしきものをアルセリオンに返す匂霞。竜哉は屋敷の間取りと、もうひとつ気になっていたことを問いかける。 「後は確認なんだが……屋敷そのものに被害は出て良いのか? 一応ゾンビとやらかす以上、損傷は出かねないのだが」 「いいんじゃないの」 たいへん投げやりな――あるいは無責任な返事だ。 (……本当にいいのか?) とはいえ家屋の保全は特別策を練っていないから、だめ、と言われても困るところだが。匂霞はがりがりと木切れで地面に見取り図を描いた。とてつもなく大雑把だったが。 「あまり詳しくはないの」 「老人の刀の扱いはどのような物だったかを聞きたい」 返答によって探索範囲が限定できることを期待して問うのはアルセリオンだ。 「丁寧だったわ。収集家だったから」 (他の私財を明け渡してまで譲りたかったモノ、か。 自由に動けたなら、本当は自分の手で渡してやりたかったのかもしれないな……) そう思った国広 光拿(ia0738)だったが、小さく頭を振って感傷を振り払った。 (今は死人たちを眠らせて遺品を回収してやらねば) そのための準備は怠らない。不香を呼んで、彼女が目立つように緋色の服を着せてやる。 「吹けるか?」 「えっと……」 小さな手が抱えるようにして呼子笛を受け取った。思い切り息を吹き込むが、ひょう、と頼りない空気の抜けるような音がするだけ。 「ぬしさま、できませんでしたぁ〜」 「大声で叫んでくれれば、それでいい。 屋敷の周りの死人たちの中に、黒地に真紅の牡丹柄の服を着ているお爺さんが居ないか探してくれ。見つけたら合図と、お爺さんの上で待機を」 「はいです」 一番高い高度で飛べば大丈夫だろうが、傷を負うことがあれば帰って来いとも指示しておくのを忘れない。 「なんか、嫌な感じがする―……」 ぽつり、こぼすのは金髪の羽妖精。熾弦(ib7860)のパートナー、風花だ。あんまり歓迎できた依頼ではない、のだが。 (でも、たくさんアヤカシいるみたいだし、熾弦も大変そうだから、手伝わないと) なんといっても風花の主は巫女だから、ちゃんと守らなければ、と小さな手で武器を握り締めた。 (押し入り強盗紛いに遺品を「保護」か。本当のところはどうなのかねぇ? くわばらくわばら) 喪越(ia1670)は己のだいぶ奇怪なグライダー、俺様の超カッコイ(ry……から地上を見下ろした。 そんな喪越の視界には、険しく切り立ったような山が映る。冬枯れの山肌に生えた木々が、一様に地面に影を伸ばしているのが見て取れた。落葉樹の生える地帯らしく、葉のないこの季節は比較的見通しがいい。 屋敷は中腹のあたりに、小ぢんまりと建っていた。観察のため、ゆっくりと上空を旋回する。人影が屋敷の周囲をまばらにうろうろとしているのが見て取れた。少し遠くを見ると、ぽつ、ぽつと動くものも見える。それらをざっと確認し、次に着陸地点を探した。 切り立った山は急激な斜面が多く、離着陸に向いた広い場所はそう多くはない。が、逆に言えば多少の面積があればすぐに空に飛び出せるだけの斜面ならば見つけられる。これで深い山であれば草木が離着陸の邪魔になるのだが、深くない上に真冬。斜面の特に険しいところへ少しの空白地帯を見つけた喪越は、そこへグライダーをつけた。機体の端がわずかに枝に引っかかったが、問題というほどでもない。脳裏に焼き付けた山の様子をしるべにして、張り出した木の根を足場に歩き出した。 一方、同じ空の別の場所で鹿角 結(ib3119)も駿龍、刀我を駆っていた。 (人嫌いであればこそ、煩わしいことを嫌う匂霞さんとは波長があった、ということなのでしょうか。 今となっては伺う訳にもいきませんが……とはいえ、最後に託した願いなのであれば叶えるために尽力するのは吝かではありません) 老龍である刀我の首筋を撫でた。ゆったりと安定して滑空し、時折ゆったりと羽ばたいては主に空の旅を提供するこの老龍は、ただ黙って静かな時間も結へと与えた。 (匂霞さんも、やや淡白な方ではありますが、死人に口なしをいいことに勝手をするような方でないのは信じておりますし、ね) 結はそんな結論を出す。刀我がひときわ大きく羽ばたいた。 そんな結と並べて甲龍を駆るのはシリーンだ。季節柄、上空からの見通しは悪くない。 「他の皆様と足並みはそろえましょう」 「わかりました。僕自身は射程が長めですから……。シリーンさんは大丈夫ですか?」 「前庭を使えればワーディウも戦えますから」 移動のみに駿龍、刀我を駆る結とは異なり、シリーンは甲龍のワーディウも攻撃要員に加えていた。眼下にひろがる様子ではそう簡単に降下はできないだろうが、遠くに見えるあの屋敷の前なら場所も確保できるだろう。最終的な目的は遺産回収だが、結とシリーンは戦闘に集中して地上のバックアップを主眼にすえている。 「鹿角様っ、あそこに……」 地上から行く仲間から少し離れたところに、シリーンは動く人影を見つけた。結が番えた矢を放つ。 距離があったせいだろうか、矢はかすめただけのようだった。すぐにシリーンがワーディウに合図する。大きな羽音と共に距離を詰め、射程に入ったところでシリーンは短銃を構えた。 発砲音と共に眼下の人影に銃弾を打ち込む。びくんと体が跳ね、顔がこちらを向いた。うつろな眼差しを見下ろして火薬と弾を装填する。改めて銃口を向け、引き金を引いた。 標的は倒れて、あとはもう、動かない。 「鹿角様っ。其方は如何ですか?」 振り向くと、結も別の方向へ向けていた弓をおろしたところだった。 「大丈夫です。屍人相手であれば、一方的に戦えますしね」 そうしてしばらくは、地上の一行が敵と出くわすより先に二人が屍人を片付けることで、道中の安全を確保した。けれどそれも、屋敷が近づくにつれ難しくなる。 敵数が増え、上空からの殲滅が追いつかずに地上を歩いていた一行も接触した。木立の向こうにちらちらと映る敵影に、竜哉が咆哮を上げる。びりびりと大気を揺らした轟きに、いくつかの影が顔を向けた。両手に剣と鞭を携え、竜哉は手近な敵へと肉薄する。 その竜哉を援護するのは、両手に刀を携えた鶴祇だ。呪声を敵の脳内に響かせ弱らせると、竜哉が成敗! で刈り取っていく。 アルセリオンもまた、瘴索結界を広げて集まってくる敵の把握をつとめる。 「僕から離れすぎないように」 「わかったにゃ、アルのそばにいるにゃ」 柘榴がちょこんとアルセリオンの足もとに控えた。囲まれたらすぐに技を使えるよう、虎視眈々と榛色をした瞳で見張る。そして何対かが近づいてきたのを見計らい、たしっ、と前足で地面を叩く。 一瞬屍人の足下の大地が隆起し、そして戻った。浮いた身体がどさりと地に臥し、そして、それは二度と動かなくなる。 遠距離の敵を狙うのは空だ。手をかざして呪文を唱える彼女のそばに、薄い氷の刃が現れた。ついと指先で指し示した対象へ向けると、吸い込まれるように放たれる。胸を貫いた刃が消えると同時に、それはただの遺体へと戻った。 地上は木の幹が邪魔をして射線がとりにくく、飛距離の長いアイシスケイラルの長所を活かしきれずにいた。けれども圧倒的な攻撃力はいささかも衰えることはなく、確実に敵数を減らしていく。ふよりと管狐の青藍が、人魂の解けた姿で戻ってきた。空の衣の影に隠れるようにして報告する。敵の位置、見つけた数を。 熾弦もまた、そんな空とそう離れずに瘴索結界を展開していた。 「風花、その木の陰!」 熾弦の声に、風花は示された木を回り込んだ。素早く装着した獣爪を振るい、斬りつける。 (すぐには倒せなくても、私が狙われたら熾弦は狙われないし) 反撃として振るわれた短刀を、羽をはためかせて避けた。反撃のために姿を現した屍人の姿が歪み、捩れる。遺体だけが地面にどさりと倒れ込んだ。 「怪我はない? 風花」 「大丈夫。次行くね」 熾弦に頷き、すぐに風花は小さな羽音と共に飛んだ。 (それなりの人数が集まっての葬儀だったようだけど、その中に1人も本心からの遺産を託せる人がいなかった、か。寂しい……と思うのは、部外者の感傷でしょうけど) 小さな背中を見送り、七色に光を弾く扇を広げる。動きの鈍い、しかも、だいぶ弱い部類に属するだろう敵。回復よりも攻撃の手数があったほうがいいだろう。再び歪める空間を見定める。 (せめて、あとは安らかに眠らせてあげないと) 凛と顔を上げて、力を放つ。かつては人であった、今も人の形をしている身体が捩れた。 光拿は深く切り込んで、前庭を目指した。敵陣、というほど体系だっているわけでも、敵の密度が濃いわけでもない。数が多いという、それだけの話だ。紅蓮の刃が少女の胸を貫いた。ゆっくりと倒れる身体から剣を抜く。 「災難だったとは思うが、アヤカシとなった者を放ってはおけないのでな」 そうして切り込みながら、屍人の所持品に目を光らせる。中には刀だの槍だの、いかにも値打ち物と思しきもので武装している者も少なくないのだ。見つけた蒐集物を手にしたのだろう。背後から振り下ろされた薙刀を振り向きざまに下から弾き飛ばし、返す刀で胴体を切断した。 シリーンも装填の間にと、ワーディウに降下を頼む。 「お願い。ワーディウ」 甲龍は頷くような仕草をして、前庭の屍人めがけて降り立つ。もちろん足下にいた屍人は潰されたが、しぶとく手にした長巻を振りかざした。 その刀身がワーディウの足に突き刺さるより一瞬早く、装填を終えたシリーンが脳天を撃ち抜く。その背後に迫った屍人を、結が上空から打ち抜いた。シリーンの上を龍の影がかすめていく。とどめに足下の屍人へ爪を食い込ませてから、ワーディウも上空へ舞い戻った。 時間は少しだけ巻き戻る。喪越は物陰を伝い、人魂で周囲をうかがいながら移動していた。 (全ての元凶である爺さんの姿だけは何としても確認しておきてぇ) 何かやり残したことがあるのではないか。たとえば溺愛していた孫娘に関して、などの。 屋敷が眼下に見えたところで、裏庭を鈍い動きでうろうろする死装束の人影を見つけた。それ以上の行動はない。ややあって前庭のほうで物々しい音が聞こえ、竜哉の咆哮が届く。そちらへ向かおうとした老人を、殴り倒して沈めた。 正面から屋敷に向かった面々は、あらかた屍人を片付けたところで探索へと移った。結とシリーンはごくまばらな敵への対応としてその場に残る。少し負傷したワーディウの鱗を、探索前の熾弦が治した。 「ワーディウ、ゴメンナサイ。もう少しお手伝いをお願い……」 構わない、と言うように頬を摺り寄せるワーディウ。熾弦は空と組んで屋敷に入っていく。 「隠すなら老人の部屋などが妥当などでしょうが、もしかしたら意外な場所にあるのかもしれませんね。 灯台下暗しとも言いますし、盲点だったという事は珍しく無いでしょう」 「親戚を信用していなかったということは、やはり隠しているんでしょうね……単純に考えつくのは床下、とか? 仮にそこに何か隠しているんじゃ、と考えつく人がいても、他の親族の前で堂々と床板剥がして探すわけにもいかないでしょうし」 「もしくは仕掛けが施してあるとか、例えば二重底とか錠前が付いているとか。 一箇所にまとめて……というのも考え辛いですし、色々な場所を探す必要がありそうです」 考えを話し合いながら、空は青藍に先の様子を見てくれるよう頼む。空の影に隠れるように現れた青藍は、小動物に変化するとたたたっ、と曲がり角の向こうへ消えていった。 老人の私室へ最初にたどり着いたのはアルセリオンだった。ざっと確認しただけでは見つからなかった旨を後から来た空たちに伝え、自身は隠し部屋やスペースがないか、あるいは仕掛け等を懸念しての探索に切り替える。空は自らの推測に基づいて洗い直しをはじめ、熾弦は床板を引っぺがした。 「暗くて見えないわね」 明かりを探すのが先みたいだ。 竜哉は、探索条件の絞込みから行っていた。 (自分の目の届く場所で、頻繁に確認できそうな場所で、その物品の価値を熟知した隠し場所だろう。価値が落ちる場所ではないことは確かだ) 「それで、具体的にどこを探せばよいのじゃ?」 鶴祇はしおれた花の活けられた花瓶を覗き込みながら尋ねる。その絞り込み条件に合致する場所は……。 「家の中……かな?」 「屋敷としては狭いじゃろうが、探す場所にしたら広いぞ」 「暗い所や狭い所はよろしく」 地道な作業の予感がする。ともあれ、千里の道も一歩から。鶴祇は姿を変えて棚をのぼり埃の積もった天板に顔をしかめ、竜哉は謎の置物をひっくり返してみた。 光拿も、帰ってきた不香と一緒に屋敷内を探索する。 「ごめんなさい、ぬしさま。おじいさん見つけられなかったです」 「いや。怪我はないな」 こくりと頷く不香。 「他人に盗られない為には、ぞんざいに扱って「価値のない物」だと思わせたほうが早そうだが……」 態々遺言書まで残しているから見えない場所に置くとも思えず……かといって、ぱっと見てそうとわかるところにあるわけもない。死者が所持している、ということもなかった。屍人の知能を考えれば、それなりに考え抜いたはずの隠し場所を見つけるのは難儀なのかもしれない。 (とすれば、銘の無い入れ物の中だろうか) 方向性を決めて、探索に取り掛かった。 一方、喪越はひとり佇む匂霞に声をかけた。 「行かないのか」 「行ってもいいの」 「邪魔しなきゃいーんでないの?」 「なら行くわ」 懐から短刀を取り出す匂霞に、護衛につく旨を伝える。いらないわ、とそっけない返事が返った。 「いやいや。大丈夫だとは思うけど、万が一があっちゃいけないからね!? 下心なんてこーーーのくらいしかないYo!」 「わたし、味方からも逃げるのは得意なの」 No! とショックを受けた(フリなのかマジなのかわからない)喪越の隣をするりと抜けて屋敷に入っていく。 開いたふすまから、突如屍人が現れた。すいとその振りかざした腕の下をくぐって室内に入る匂霞。もちろん追いかけた喪越が必然的に屍人とこんにちわ。大振りに振りおろされた斧を、一歩横にずれることでかわす。……逃げ場もないほど狭くないのは幸いか。というか、絶対今囮に使われた。意図的な思惑を感じた! 「もちろん俺様が対応するに決まってるけど、さ! 中は大丈夫なの?」 「その一体だけね」 がさごそ、戸棚等を漁っているらしい。みぞおちに拳を叩き込み、ふらついたところへ左を軸足にして踵から蹴りつける。どさりと倒れ、――動かなくなった。 中はあちこち赤く汚れてはいたが、品のいい調度品が設えてある。匂霞は溜息をついて引き出しを閉じたところだった。 「ないわ」 喪越は人魂を使って棚の裏や細かいところを調べる。 「ないな」 一体どこにあるのやら、だ。しばらくは誰も何も見つけられないでいて、いいかげん次はどこを探したらいいのか、むしろわからなくなってきたころ。 「あったわ! 空君、これじゃないかしら」 床下から帰還した熾弦が抱えた小さな木箱。空も二重底の下にあった呪いの日記(という名の愚痴特集)を丁重に元に戻して覗き込む。 ぱかりと開くと、中には珊瑚の鮮やかな髪飾りが納められていた。 続いて朗報をもたらしたのは、天井裏を駆け回っていた柘榴だった。 「アル、見つけたにゃ〜」 ポツンと梁の上に置かれていた、細長い箱。中からは黒字に滲むような赤い牡丹の反物が出てきた。 しかし、緋切がどうしても見つからない。喪越は人魂の視界を借りながら、先ほどのことを思い出していた。うろうろと裏庭の菜園を……屍人らしく徘徊していた。 「刀は、やっぱり湿気は大敵だよね」 竜哉が問う。研師は頷いた。 「そうね。でも、きちんと刀に合っている鞘ならおおかたの湿気は遮断してくれるものよ」 でなきゃ梅雨どうするの。と。 喪越はがたりとふすまを開けて出て行った。誰も探していなくて、貴重なものがなくて、埋めたり掘り起こしたりしても不信がられない。厳重に箱におさめれば、たぶん。 転がっていた鍬を振り下ろす。硬い感触と共に、綿密に組まれたつづらが現れる。 ずっとずっと、老人はここをうろついていた。……ずっと。 「お疲れ」 光拿は不香の頭を撫でる。アルセリオンも、足もとに擦り寄る柘榴の我侭に付き合うつもりでいた。自分の依頼に付き合わせたのだから、と。この意外としたたかな三毛猫が聞いたなら、律儀でありがたいにゃー、とにんまりとするかもしれない。 「確かに受け取ったわ」 研師は三つの遺産を確認する。依頼の完了だった。喪越は瘴気回収をして回る。埋葬くらいは、と思った仲間たちに先んじて、シリーンがずいぶん進めていてくれた。 「皆様が中に入ってからは、ほとんど戦うこともありませんでしたから……」 片手間に穴を掘るくらいはできたのだろう。 「死する前は如何な者であっても、アヤカシに憑かれれば同じ……」 「死んだら誰だって皆同じだ。血と肉の塊でしかない」 アルセリオンと竜哉が、積極的にその後を引き継いだ。時間はかかったものの、目に付く範囲の遺体はあらかた荼毘に伏す。 「風が瘴気を吹き払うことを……」 瘴気がよどむことのないよう、アルセリオンは祈る。風が吹いて、空気が動くように。瘴気も吹き払われて綺麗に澄んだところとなるように。竜哉の声が鎮魂歌を奏で、鶴祇が声を重ねた。 冬枯れの山に歌がこだまする。 みな等しく安かれと、墓だけ残った山にこだまする。 |