|
■オープニング本文 子供のころの、話だ。 私が森の奥に入り込み、迷って出られなくなったとき。 どこからともなく大きな銀色のケモノが現れて、村まで連れて行ってくれた。 ●異変 それは、田舎の小さな、小さな村でのことだった。 屋根に上って雪を降ろしていた青年が気づいたのが、最初。森の縁を、落ち着きなく歩き回る大きなケモノを目にした。 一瞬警戒するものの、その大きな姿をよく見れば必要がないことを悟る。 (なんだ、ヌシ様か) こんなところまで出てくるなんてめずらしい、そう思いながらも青年は雪降ろしに戻った。 また別の日。その子供は森の傍で、木の実を集めようとしていた。 けれど森に近づくと、のそりと大きな姿が行く手をさえぎる。首をそらして見上げてみると、それは大きな銀色のケモノだった。 「あ、ヌシさまー」 ててて、と近づこうとすると、なぜかそのケモノは牙をむき出しにして顔をゆがめ、低く唸る。 「わっ!」 びっくりして子供はしりもちをついた。そんな子供に、ゆっくりとそのケモノは鼻面を近づける。 子供の顔が恐怖に引きつり、目から涙、鼻から鼻水をたらして。 「お、お、おかぁさーん!」 びーびーと泣いて、集めた木の実もぶちまけて走っていく。 ケモノはそれを追いかけず、じっと子供を見送っていた。 ●調査 いつも深いところにいるはずのヌシ様が、なんでか村の近くに居座っては来る人来る人を追い返す。 そんな噂が村に流れるのに、さしたる時間は必要なかった。 老いも若きも、男も女もいっしょくた。猟師もばっちり追い返される。 ほとほと困った村人たちだが、相手はいつも親切なヌシ様。乱暴な手段はとりたくない。しかし彼らは打つ手なし。 結局開拓者ギルドに話が回ってきた。 特に不審な依頼ではないしそのまま開拓者を派遣してもいいのだが、まるで問題の取っ掛かりがないのでは開拓者も困るだろう、と、念のため調査役がひとり、送り込まれる。 この森です、と調査役が村長に連れられて来ると、なるほど銀色の大きなケモノ、これは狼だろう。それがいた。細い身体だが、衰えたようではない。堂々として風格すら漂っている。大きさは地面から頭のてっぺんまでで人間の大人と同じほど。つまり相当大きい。志体の調査役ですら正面に立つのは尻込みするのに、村の人間は遠巻きに、でも心配げにヌシ様を見ていた。肝が太いのかよっぽど信頼関係が深いのか、おびえるそぶりがない。子供まで母親の影に隠れつつも来ていた。 (なるほど、なんとかしてほしいわけだ。よっぽど大事にされてるんだな、ヌシ様) そう思いつつも、念のため村長含め村人たちを下がらせた。伝わるのかどうか疑問に思いつつも用件、つまり調査したい旨を告げると、ケモノは調査役をじっと見つめ、それからくるりと森の中へ入っていく。ついて来い、ってことでいいのかなと適当に解釈してあとを追う調査役。村長や村人もついて来ようとしたが、なぜかそれはケモノに威嚇されてかなわなかった。しょぼーんとする村人らには悪いが、調査役だけ森に入る。 あたりを注意深く観察する。木々は落葉樹で、空がよく見えた。雪は踝まで積もっているが、それだけ。雪上に残るのはケモノの足跡と自分の足跡くらいだろうか。 時々弓に張った弦を弾いてアヤカシの反応を探る。何度目かに行ったそれに、反応がいくつか返ったときだった。 ぴたりとケモノは足をとめ、調査役が先に進もうとすると低く唸ってゆく手をさえぎる。 「……危ないんですね?」 確認するように問いかけると、ケモノはじっと調査役を見つめてから、道すらない薮の中へ入っていった。引きつりつつもそのあとを追いかける。小さな崖に飛び乗るケモノのあとを、岩に手をかけよじ登ってついていき。小さな川を飛び越えるケモノのあとを、なんとか真似して飛び越えて着地に仕損じ、べしりと雪原に顔面衝突し。 そんな苦労をしつつもたどり着いた崖の上。弦を弾けば眼下から返る反応。 見えづらいな、と思って鷲の目を使う。一瞬の効果ゆえに探し物には不向きだが、ぼやけていた対象の輪郭がくっきりと見えた。 鬼。それは木に吊るした兎を、蔦で鞭打っていた。もはやぐったりと動かないが、まだ息はあるのか小さく痙攣している。どれほどいたぶられたのか、あちこちから血が滲んでいた。 耳障りな、笑い声に似たものが響く。その一瞬の光景ののちに視力は元に戻り、細かなところがわからなくなった。けれどもその鬼と同じものが、同じようにあちこちで動物を甚振っている。あれは鹿だろうか、あれは鳥かもしれない……。 湧き上がった嫌悪感を押さえつけ、そっとその場を離れる。音もなくケモノがついてきた。 下手につつけば事態はかえって悪化する。そう、たとえば村に来てしまう、などの悪化を招く。一人二人でどうにかなる相手ではないし、距離的に弓も届かない。今は引き下がるのが妥当な判断だ。 ぎり、と拳を握り締める。ぐる、と、感情を押し殺したような低い唸り声が重なった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
トィミトイ(ib7096)
18歳・男・砂
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●調査 (銀色の……狼?) フィン・ファルスト(ib0979)は、ヌシと呼ばれるそれの前で一瞬意識を夢の世界へ飛ばした。 (……いや、夢の中の話でしょ、あたし。色少し違うしっ) ぶんぶんと首振って否定する。 開拓者らが手始めに手をつけたのは情報収集であったが、それはあまり思わしくはいかなかった。 「……ちょっと厄介ねー」 フィンは森の中、先を行くヌシの背中を追いかけながらぼやいた。ほとんど道なき道を行くせいで、あらかじめ村で収集した土地情報が役に立たない。既に複雑な森の中で方向感覚も狂いかけている。 フェンリエッタ(ib0018)は苦笑して、もう細かな情報は諦め大雑把に位置関係等を把握するだけにとどめた。 「おー、ここが川か。足跡なかったら迷子決定だな!」 けらけらと笑うのは、猪 雷梅(ib5411)。助走をつけて清冽な流れを飛び越える。それからまたしばらく歩き、崖上に着いた。鼻面に皺を寄せて崖下を見やるヌシ。 トィミトイ(ib7096)も崖縁に立つ。その瞳孔が大きく開き、緑色の虹彩を押しのけるようにひろがった。ぼやけていた遠景がくっきりとその輪郭をあらわす。 ――いた。鬼が目視五、あと一体はいたはずなのに、その姿が見えない。 高峰 玖郎(ib3173)もモノクルの奥で目に精霊力を集め、その景色を確認する。それからヌシを振り返った。 「囮班が崖下へ誘い込む。誘い込んだ敵を挟み撃ちにしたい。崖上から素早い移動は、可能だろうか。 可能なら右、不可能なら左に移動してもらえないだろうか」 ヌシは玖郎の左に移動する。 「うう……ヌシ様のあの毛並み、顔を埋めてみたい……!」 玖郎と会話(?)するヌシの背中に、熱い視線を送るフィン。かたや皇 りょう(ia1673)は、闘志に燃えていた。 「自らの領域を侵される屈辱。それを堪えて村を守って下さっていたヌシ殿の想いには応えねばなるまい。 何より、あのような外道。アヤカシ云々関係無く万死に値するな」 意気込む様子は勇ましかった。 ●囮 後続班とわかれて、刃兼(ib7876)たち囮班の面々はヌシに見送られるようにして鬼のいた場所へと向かった。 (村人達がヌシ様を慕っているのと同じくらい、ヌシ様も村人達のことを大切に想っているような感じがするな。 ……その絆に応えられるよう、鬼退治、気合入れていくか) そう思いながら、雪に足をとられないよう、また、罠などがないか周囲を確認しながら進む。 水鏡 絵梨乃(ia0191)もまた、周囲に気を配りながら歩いていた。奇襲を狙ってのことだが――。 木々の狭間に、動く影を見つけた。しかしこちらから奇襲をかける前に、向こうに発見されてしまう。 耳障りな笑い声を上げて、鬼たちはおのおの武器を掲げて突進してきた。武器と言ってもそれは素朴なもので、木の枝を削り出した棒のような刀のようなものだったり、蔓を編んだ鞭だったりした。 真っ先に反応した絵梨乃が、開いていた距離を一気に詰めて敵の懐へ飛び込んだ。その勢いを殺さずに身体へ気を満たし、型もなにもなく踵からなぎ倒すように一体を蹴りつける。その瞬間青い閃光がほとばしり、雷雲にも似た轟きを響かせた。 振り切った足が雪を踏み抜いて地面におろされると同時に、その一撃を食らった鬼は姿を失いわずかな残滓すらも大気へととけて消える。残り六体、どうやら下に来るあいだに増えたようだ。 続けて動いたのは、味方ではなく鬼たちのほうが先だった。殺到してくるそれらを、ふらふらと揺れる動きで惑わす。そうして絵梨乃へと殺到していた鬼へと、銃声と共に銃弾が撃ち込まれた。二発。ひとつは頭部をかすめ、もうひとつは肩を撃ち抜く。フィンが駆け出した。 肉厚の無骨な太刀を引っさげ、刃兼は咆哮の使いどころを脳裏にめぐらした。今はまだだめだ、ここで使ってしまえば敵がこちらに来る。崖下へ行くには大回りになってしまう……。 鬼たちに気づかれないよう、咆哮の効果範囲に鬼を取り込める位置へと走る。鬼たちから見て一時の方向に回り込むのがベストだ。 絵梨乃の横へと追いついたフィンは、攻撃目標を絵梨乃にあわせる。赤い柄をしっかりと握り、袈裟懸けに切りつけた。すぐに返ってくる反撃を盾で受け止める。一体がやや下がり、指揮でもするかのように何かを仲間へ叫んだ。 別の一体が、腰の皮袋に入れていた小石を取り出した。それをきらりと光を反射する「何か」のある方向へ投げる。 「ちっ」 光の反射する銃身を引き、木陰へ引っ込む雷梅。そう大きな攻撃力があるとは思えないが、当たってもいいことはない。もう少し離れれば石など投げても届かないだろう。弾をこめ、木陰から銃身をつき出し照準をあわせる。鬼がこっちに近寄ってきはじめた。視界の端で次の木を見繕い、引き金を引く。機敏な動きで避けられた。雷梅は冷たい地面を蹴りつけて、見繕った木陰へ飛び込む。小石が靡いた髪の毛先をかすめていった。 (攻撃力は、あたしの半分くらい) 数度目に鬼の攻撃を盾で受けて、フィンはだいたいの見切りをつけていた。命中率についてはもう少し見ないとはっきりしないが、だいたいフィンとどっこいどっこいではないだろうか。回避力はフィンに少し劣る気がする。 弱くはないが、決して強敵ではない。――単体では。 耳障りな声が聞こえる。あの攻撃から外れた一体が、少し離れ戦場を見渡して指揮しているのだろう。一体がフィンを正面から打ち据え、盾を使わせる。もう一体が側面から回り込んできて、下から伸び上がるような一振りをくれた。思い切り盾ごと正面の敵に体当たりをぶちかまして押し倒し、それをかわす。横へと転がって身を起こした。 刃兼は崖下の位置を確認し、それがおのれの背後にあることを見定めてから戦場に視線をうつした。フィンと絵梨乃が二人がかりで二体めの鬼を追いつめているところで、雷梅とそれを追う鬼は石と銃弾の応酬をしている。一体の鬼が、指揮役に命じられて刃兼へと間合いを詰めてきた。合計六体。 (――今だ) 息を吸い込み、声を轟かせる。鬼たちの注意が目の前の敵から、刃兼へと移ったことを感じた。 ただ指揮役だけは抵抗しきったようで、自分の命令が味方に届かないことを悟るなり後方へと叫ぶ。遠くから応えが返ってきた。 スキルを使わずに、絵梨乃とフィンが逃げるようにしてこちらへやってくる。雷梅は際限のない石と銃弾の応酬から解き放たれ、これ幸いと離れたところから狙撃を開始していた。 刃兼も目の前へと迫った鬼の棍棒を、太刀と交差した腕で受け、斜め奥へと逸らすように流した。崩れた体勢のところを反撃せず、追いついた二人と一緒になって走り出す。 目指すは、崖下だ。 ●後続 後続班はヌシのあとに続いて歩きながら、さっそく問題にぶち当たっていた。 「……装備を間違えたな」 ぽつり、呟くりょうは自分の鎧を見下ろした。それは防御力という面では頼もしい存在だったが、隠密活動に向く装備ではない。金属の部品がこすり合わさり、慎重に動いても音を立てる。 フェンリエッタもパーツの組み合わさった自分の鎧に、小さく苦笑した。玖郎の装備は多少の金属がある程度で、トィミトィにいたっては純白のディスターシャで景色に溶け込むため、保護色としてもたいへん優秀である。 玖郎は弓に張った弦を爪弾き、その反響をさぐった。 「……このあたりに、敵はいない。……抵抗されていなければだが」 「かたじけない」 ひらりと片手で応え、崖下への移動を再開する。多少時間はかかったものの、幸いまだ崖下には敵も味方も到着していなかった。挟み撃ちにするのなら、崖からすこし離れたところに潜む必要がある。しかも、囮班の通るルートは避けた上でだ。風下を選び獣道から外れたあたりに入り……そこまででだいぶ足跡をつけてしまったが、こればかりは致し方ない。見つからぬよう祈るほかなかった。 「ここで大丈夫でしょうか」 フェンリエッタの問いに、ヌシは黙って目を眇めた。肯定も否定もしにくいらしい。多少の薮にはなっているが、冬枯れの森は身を隠す場所が少なかった。ヌシとトィミトィはいいとして、フェンリエッタは用意した白い布をひろげる。玖郎とりょうと三人でそれを被り、雪を装った。 しばらく待つと、左手から騒々しい集団がやってきた。深手を負ったものが一体と、健全なものが三。そのさらに後方から五体。うち一体は耳障りな声で――人間には意味不明な――指揮を飛ばしていた。 先頭を走るのは囮班の三人、雷梅は見あたらず、絵梨乃は獲物らしく移動速度を調整しているようだった。彼らは崖下までたどり着くと、さも劣勢であるかのように攻撃を捌いた。紙一重でかわす絵梨乃、退路をふさがれないよう盾を駆使して敵を弾き飛ばしすフィン。彼女は同時に集中砲火を浴びがちな刃兼への接近もかなうだけ防いでいた。 見守るだけの状況は、鬼側の増援らしき五体が到着することで終わりを告げた。指揮役がぎゃいぎゃいと騒いで雷梅のほうへ手勢を向かわせる。 「おーおー……ぞろぞろ来やがった来やがった。 こりゃちっとやべえかなー……なぁんてな」 にやりと笑う口元で、八重歯がのぞいた。鬼との対角線上で、ばさりと白い布が払いのけられる。 「……地獄を見せてくれようぞ。いざ参る!」 鬼がちょうど目の前に来たところで、真っ先にりょうが太刀へと夕陽に似た光を纏わせる。精霊力がその鬼の気脈を乱したと同時、力任せに腹を薙ぎ払った。勢いよく振りぬいた太刀を引き戻し、腰だめに構えて今しがたつけた瑕の上から突き刺す。悲鳴が耳を劈いた。 「蹂躙に耐えるのはここまで……援護します。 ヌシ様、どうぞご存分に!」 フェンリエッタが剣をしっかりと握り締める。獣の足が地を蹴り、りょうが縫いとめた敵の頭蓋に牙を立てた。肉食の動物がするように、そのまま引きずり倒すように着地する。鬼の身体が雪の上へ跡を残し、消えた。 ぱり、と雷がフェンリエッタの剣に宿った。ぱりっ、ばちっ、と音を立てながら、解き放たれる刹那を待つ。 力を宿した剣を、こちらに背を向け囮班へと向かう背中へ向けた。ひときわ大きな音を立て、激しく輝きながら雷の刃が飛んでゆく。それは振り上げた棍棒を持つ肩を切り裂いた。 玖郎は全体を見ながら、木陰に身体を隠し弓を引いた。 (森を己の場とするのはヌシ殿だけではない) 木立のあいだから敵を狙うのも、。標的を見据え、矢を放つ。弓音とともに、矢はヌシへと目標を定めた一体へ吸い込まれていった。 (村人を安心させる為にもヌシ殿には極力無傷で帰っていただきたい。 ……援護に力も入るというものだ) すいと矢筒から次の矢を抜き、周囲を視界に入れながら番える。その片隅に不自然な動きを見咎めた。 そろり、そろりと戦場から離れようとする影。迷わず標的を変えてそれへと放つ。 「逃走するぞ!」 警告を発すると、真っ先に雷梅が引き金を引いた。 「森の主」 ぐと身を低くしたヌシの背に、トィミトイが飛び乗る。その姿勢から地面を蹴り、ぐんと風を切ってヌシは走った。目まぐるしく視界が流れる。慌てて逃げる背中が近づいた。手綱はないが的確に小さな合図で意思を伝え、一本の矢のように走り抜ける。 ――! ヌシの咆哮、雷撃が逃げ行く背中に落ちる。激しい光に目を眇め、狭い視界でわずかに標的を見定めた。 足だけでヌシに乗り、手にした太刀を握り締める。敵を追い抜くほんの一瞬、それが手に取るように理解できた。 横薙ぎに振り払った太刀と、たしかな手ごたえ。 光のおさまった世界で残滓となり消えるそれには目もくれず、再び戦場へと舞い戻った。 突っ込んでくる敵の、その勢いを利用して絵梨乃はその後頭部を蹴り倒す。 「あいにく、甚振るのも甚振られるのも、趣味じゃないんでな。退場願おうか」 ちゃきりと手の中で軽く握り変え、刀身に練力を纏わせる刃兼。蹴り倒されて踏ん張りのきかない鬼へと、体重を乗せて一気に振り払った。 ふらつく鬼の身体を、夕陽色に揺らめく刀身が背中から苛烈に切りつける。蓄積したダメージで鬼の形を維持できずに、りょうが振りぬくころには手ごたえも消えてなくなっていた。 身体中から矢を生やし、銃創を残した鬼はついに、獲物へ棍棒を振り下ろした。 「鬼ごっこで鬼が追いつめられるって展開もアリだと思うぜ?」 笑いを含ませた声で、雷梅は肩で棍棒を受け止めたまま言う。引き金を引き絞った。銃声と、発砲の反動が手にかかる。押し当てた銃口から分厚い胸板が離れ、どさりと倒れて消えた。 血のにおいはしなかった。したのは、火薬のにおいだけ。 ●終幕 「……矢張りこの国の気候は好きになれん」 動いて汗ばんだのを、冷たい空気が一気に体温を下げにかかってくる。寒い。トィミトイはぼそりとぼやいた。他の仲間たちは、動物やら怪我やら新手がいないかに意識を向けている。 「森の掟があるんだったら、ヌシ様に従うよ」 刃兼の言葉に、ヌシが提示したのは放置であった。区別しているのだろう。人間の世界と、野生の世界を。ここまで弱ったなら、生きてはゆけない。そして、死んだら誰かの胃におさまるのが自然なことだ。 「ヌシ様が怪我をしたままでは村の皆も悲しむわ。 だから手当てさせて下さいね?」 ヌシも本来治療等は受けないのだろうが、その言葉をむげにすることはなかった。丁寧に傷を洗い薬草をあてて包帯を巻くフェンリエッタや、それを手伝うフィンの好きなようにさせる。他にも、傷の深い者へと手当てがなされた。 (それにしてもヌシ殿……もふもふだな。是非とも触ってみた――いやいや、歴戦の武士相手に失礼だ。しかし……) じー、と見つめるりょう。 「え、え〜と……ヌシ様、撫でていいです?」 フィンが行動に移した。構わない、とでも言いたげに尻尾がぱたりと揺れる。そろーっと触れ、撫で撫でする。手入れすればふわふわだろうに、ごわついた感触がした。 抱擁の許可をとったフェンリエッタも、気持ちをこめてぎゅっと抱きしめる。 (皆を守ってくれて有難う) や・っ・て・み・た・い。 ぐらりと盛大に誘惑に負け、ぎゅもふ、と毛に埋もれてみたりょうだった。 「これからも村の人達をよろしく」 絵梨乃はヌシに話しかける。 「今日みたいに困った時がきたら、また助けに来るからな」 ぱたり。尻尾が揺れた。 ●それから ぼくたちはまた、森のなかであそべるようになった。 道にまよって暗くなって、帰れなくて泣いていたとき。 包帯をまいた銀色の狼が、ぼくたちを外に連れだしてくれた。 |