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■オープニング本文 星は光を放っている。 月のように夜道を照らすことも、太陽のように熱までもを伴う光を投げかけてくることもない。 ただ夜空に在るだけのもの。 空を見るのが好きだった。こと、冬の夜空が。 その空色をよく漆黒と言うけれど、彼女にとってそれは黒い色ではなかった。 深く深く、透き通った空色。昼間の青い空を突き詰めたような空の色。 周囲の木々が黒くそびえ、その木々に縁取られた空。夜空よりも圧倒的な黒さの木立はまるで切り絵みたいにくっきりと輪郭線をあらわにしている。 星は深い青を突き詰めたような空に散らばり、なんとも言えずそのきらめきが胸を震わせる。 昼の世界にも美しいものはある。けれど、地上のなにもかもを黒く塗りつぶし、透き通るような夜空の広がるこの空が好きだった。 星はまるで螺鈿の細かい粒のようにきらきらとしている。月はない。いい夜だった。 「こんなに綺麗な空なのに、なんでみんなはこれを黒だと言うのかな……」 ぽつり、こぼす。隣の兄が笑った。 「くろ、ってのは、くらい、なんだとさ」 「くらい……?」 「うそかほんとか知らないけどな。あか、はあきら。しろ、はしるし、はっきりしたこと。あお、はあわい、とかはっきりしない色」 「くらい、いろ……。こんなに、透き通ってるのにね」 「まー、どこまでほんとか知らないけどな。いろんな説もあるしさ。いいんじゃないのか。好きな呼び方で呼べば」 「そっか。……じゃあ、透明」 「透明?」 「こんなに透き通ってるんだもん。きっと、透明なんだよ。でなきゃあんなに星が綺麗なはずないよ」 「ははは、そう来たか。俺は夜空は青色だと思うかなー。藍よりもっと突き詰めたような、さ」 「じゃあ、兄さん。あの星は何色にする?」 「アレか? そうだなぁ、アレはやっぱり白だろ。白が相応しい」 「僕は螺鈿色だと思うなー」 「……実はお前、ひねくれてるだろ」 「あはは、いまさらだよ、兄さん」 星は光を放っている。 ただ光り、輝き、夜空で煌く。 空は澄んでいた。透き通るような夜空だった。 木々は黒々とそびえ、木立の中に闇はわだかまる。 吐息は白く、鼻や指先は赤くなって。 それでも空を見続けた、そんな、日。 薬のにおい。浅い呼吸音。陰鬱な家。 「……兄さん」 ゆっくりと熱にうるんだ目が開いた。やせ細った手、小さな苦笑。 「なんだ。元気ないな、お前」 かすれた声、それでもつっかえずに喋ろうとする、この人。 「にい、さん」 「泣くなよ。男だろ」 「だっ、て、だって……こんなの」 「まあ、そうだなぁ。綺麗な嫁さんほしかったし、お前心配だし……、心残りがないってったら、嘘だけどさ」 「そんなのっ……、そんなこと、言うなよ……」 「でもさ、人って必ず死ぬ生き物なんだよ。それだけだ」 「だって……、だって、兄さん、まだ、まだ十六じゃないか」 ふわりとした笑い方。ああ、もうこの人は受け入れてしまったのだと、理解せざるをえない。 「いくつだろうと人は死ぬよ。ただお前の気持ちが、受け入れられないでいるだけだ」 「だっ……、だっ、て、だってもっと、もっと兄さんと……、星、見たかった」 こぼれた言葉は、とどまらない。とどまれない。喉から次々に出てくる。 「そうだな」 「もっと、いろんな話をして。もっと一緒に遊びたかった」 「そうできたら、よかったな」 「そんなこと言ってほしくない……!」 涙があふれた。視界が滲んだ。喉から嗚咽だけがこぼれる。 体温の低い手が、頭を撫でる。ぎこちない手つき、もう、手を動かすのもつらいのだとわかる。 それでもしまいには、すがりついて泣くしか、なかった。 泣いて泣いて泣き疲れて、ぼうっとただ兄の腕に抱きついていたとき。 「星、見に行くか」 そんなことを、兄は言った。 「星……? 庭で?」 「馬鹿、そんな狭いところで見てどうする。つまんないだろ、それじゃあ。 いつものとこでさ」 「いつもの……って、無理、無理だよ! あんな森の奥、兄さんもたないよ……!」 くく、と兄は笑った。死にそうな顔色をしてるってのに、強い人だった。まるであきらめたようなことを言うのに、心は折れていなかった。なにひとつ悲観しないで、ただいつものように笑った。 「一秒でも長く生きる人生、ってのもありだろうさ。 でも俺は、そういうのは趣味じゃない」 行くぞ、と、今度は断定的に言った。 唇が勝手に笑みの形を作る。あんまりにも、兄らしい。 頬が持ち上がるから、溜まった涙がつい、こぼれた。 「……行こう、か」 「この依頼ですか? ええ、護衛……といえば、護衛なのですが」 歯切れ悪く説明するのは、ギルドの受付嬢。しかし、要点はおさえて言葉を続ける。 「依頼人は星の好きな兄弟。ただし、お兄様のほうが……いつお亡くなりになるか、という状態です。 それで、最後にお二人のお気に入りの場所で星見されたいとのご希望。これを叶えるための障害はふたつ。 ひとつめはお兄様の体力面の問題。立てなくもない、という状態ですから、なんらかの手段で運ばなければなりません。ふたつめは、最近アヤカシが森の奥に住み着いたそうですので、これの討伐が必要なこと。 アヤカシについては樹木型のアヤカシで、自力移動はしません。確認できたのは五本です。いずれも今回の目的地に生息。 気の重い依頼にはなりますが……、最期の願いです。かなえてあげて、いただけませんか」 |
■参加者一覧
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
繊月 朔(ib3416)
15歳・女・巫
フィロ=ソフィ(ib6892)
24歳・男・吟
闇野 ハヤテ(ib6970)
20歳・男・砲
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
炎海(ib8284)
45歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●出 高峰 玖郎(ib3173)は、己の生まれた氏族でもそんな考え方をしていたように覚えていた。 自然に近い場所で、自然に生きることをよしとする。 生あるものはいつか死ぬ、……と。 だから、その兄の考え方はよく、馴染みのあるものだった。 (しかし) 近しい者と長く共にいたい。そんな弟の感情も、願いも。 (至極正しい感情だ) 玖郎はそう考える。炎を照り返す金色の瞳を闇に向け、取り残される少年のことを考える。その感情に従うなら、今回の星見は受け入れられるものではないだろう、と。 (だが、弟はこうして星見を決めた) 兄が望むから。兄が願うから。それだから受け入れたのだろう。だから、この星見が立ち止まる理由になるのではなく。 (前に進む糧となることを願ってやまない) 玖郎の表情は、ひとつも変わらなかったけれど。気の毒だと思い、今後を願い、ただ静かに準備を整える。 玖郎が胴衣やウシャンカ、オーバーコートを兄に渡すと、西光寺 百合(ib2997)も持っていたマントやマフラーを渡していた。 彼がそれを着ている間に、繊月 朔(ib3416)は担架の仕上げをしてしまう。二本の角材に布を縫い付けて、ぷちりと余計な糸を噛み切った。 「……大丈夫そうですね」 ジェーン・ドゥ(ib7955)ができあがった担架の強度を確認し、さらに毛布を敷くことで防寒とする。 「被せただけでは強度は期待できませんね」 「しつけ縫い程度でよければやっておきますよ。それなら簡単に糸も外せますし」 「では、頼みます」 朔はくるりと新しい糸の先に玉結びを作り、大雑把に担架の上から毛布をしつけ縫いにしていく。 防寒具をすべて身につけ終わると、炎海(ib8284)は骨と皮ばかりの目立つ兄の手をとった。 「大したものではないが受け取っておくれ。少しは君の助けになるだろう」 そう言って毛布を被せる。 「ありがとうございます。至れり尽くせりで、まるで王様か殿様にでもなったようですよ。……いや、蓑虫かな」 にこにことそんな冗談を言う彼は、たしかに蓑虫のようだった。ただし枕詞に、顔色の悪い、とつける必要はありそうだが。 「寒くはないですか……? 辛い時はすぐに言ってくださいね」 朔の気遣いにも微笑み、問題ない旨を告げてゆっくりと担架に横になる。途中でふらついたのを、御凪 祥(ia5285)が支えて寝かせた。思った以上に軽い体重が腕にかかる。 (幼い弟を残し、既に定められた死を待つのみとはな……。 心残りは如何ばかりだろう) 百合が朔に薬を渡していた。かかりつけ医の許可ももらったからと、処方を教えてあとを託す。そうして皆が準備するのをなんとなしに眺めながら、祥は考える。 (五体満足に健康で有る事、当たり前と思いがちだが、こうして恙無く暮らせる事がどれ程有難い事か) 「弟さんは大丈夫ですか……?」 「今夜はあったかいし、ぜんぜん平気です」 寒ければ言ってください、そう言う朔に頷く。準備の済んだところで、フィロ=ソフィ(ib6892)と闇野 ハヤテ(ib6970)がまず担架の棒を持ち上げた。 ジェーンが松明を掲げる。彼女とフィロ、ハヤテ、それから朔と兄弟が後発だ。 残される弟の事を考えればどうにかしてやりたい、祥はそう思う。しかしどうにかする術を、この状況を覆す手段を持ってはいないことも、よく、わかっていた。 (ならばせめて兄弟の望みを万全に叶えてやるまで) 先行する四人に声をかけ、先に真っ暗い森の中へと足を踏み入れる。 どうか。 どうか最後の想い出となる星見が、兄弟にとって最高なものになるように。 (その露払い、努めさせてもらおう) 緋色の槍が、まるで応えるかのように紅く紅く照り映えた。 ●道 先に進んだ四人が、道を整えておいてくれたのだろう。張り出した枝は切り払われ、通りやすくされていた。道を塞いでいたはずの倒木も、真っ二つに切り分けられてぽっかりと道をあけている。 揺れるつり橋を慎重に渡ったところで、透き通るように響いていた口笛が不意に、やんだ。 「少し、休憩にしようか」 フィロの言葉に、ゆっくり朔と弟は平らな場所へと担架をおろした。朔の身体が一瞬輝き、その光がすぅと周囲へ拡散する。兄の身体にも吸い込まれていった。 意識して統制をとっているのだろうが、乱れた呼吸音が聞こえる。額に浮いた冷や汗を、弟がぬぐった。 「飲めますか」 ジェーンが保温した水筒から湯を差し出し、朔が懐から百合の薬を出す。しばしの間兄は眼を閉じてじっと言葉も返さなかったが、ややあって礼と共にそれを飲み干した。そのおかげで調子が戻ったかは定かではないが、少なくとも表情を取り繕えないほどの波はおさまったのだろう。 「おかげさまですっかりいいですよ」 そう嘯く。ゆっくりとフィロが口を開いた。 (重く暗い雰囲気になっては、せっかくの兄君の願いに影が差してしまうよ) 口笛は静まり返った森に響く。 質問していいかな。誰にも聞きとがめられることのないよう、声をひそめてハヤテは声をかけた。目は獣道の先に向けたまま、言葉を続ける。 「なんでそんなにお兄ちゃんと仲良くできるの……?」 その横顔からは、読み取れるような感情はなかった。質問の意図を掴めずに答えあぐねると、ハヤテは小さく謝る。ごめんね……、馬鹿にしてるわけじゃないんだ、と。 「俺も五つ離れた天才部類に入る兄貴が居て……きみ達とは真逆だからさ、関係が……。 眩しいって言うのかな……」 兄弟はよく似ていても、結局は別個の存在だ。お互いに許し合って認め合って譲歩し合って、話し合ってぶつかり合って分かり合う。 ハヤテは家族の中に、そんな確固とした基盤を築けずに。ただどうしようもなく苦しんだ彼だけがひとり、家族の輪の中から取り残されてしまったのだろう。兄妹との齟齬を埋められず、乗り越えるために必要な安心感――自分は自分でいいのだという、確かな足場も持たないままに。 「お互いに自分を押し付けないで、相手を尊重するかどうかじゃないのかな……」 結局少年が答えたのは、単純な事実。 「お兄ちゃんよかったね……最高の弟くんじゃん」 込められたのは憧憬か、羨望か。あるいは諦観の類なのか。 松明を持つ炎海と、案内のために玖郎が先頭に立って進む。分かれ道にたどり着き、足をとめた。百合が地図を広げる。炎海はその地図が読みやすいよう、わずかに松明を傾けた。髪が橙色に浮かび上がる。 「ここを……左、ね」 「……そろそろ吊橋だな」 道を確認し、再び歩き出す。炎海は松明を掲げ、道を照らした。 (美しい兄弟愛だな) ゆらゆらと揺れる。松明の火が燃える。 それは炎海の彫りの深い顔を照らし出し、ゆらゆら陰影を移ろわせる。照らし出されたかと思えば闇に沈み、闇へ消えたかと思えば輪郭を赤く照らし出す。その皮膚の鱗が刹那、光を弾いててらりと輝く。 炎は揺れる。ゆらゆらと。 炎だけは、ゆらゆら揺れる。 (家族を捨てた身としては彼らを見て後悔でもするべきなんだろうが、有難い事に何の情も浮かばん) 姿勢よく、あくまでも自然にけれどよく伸ばされた背筋も。 (私にもこんな家族がいれば……止そう。考えるだけ不毛だ。 それに私の愛の全ては……人間に注がれるべきものだ) その心も信念も、揺らぎはしない。 炎は揺れる。ゆらゆらと。 炎だけが、ゆらゆら揺れる。 ●戦 唐突に目の前が開けた。そこは広々としていて、ぽっかりと開けている。不自然に緑色の葉が生い茂った木が、それぞれ離れて五本植わっていた。 ふいと炎海が松明の火を消す。訪れた闇の中で、黒々と木々は輪郭線をあらわにしていた。きり、と矢を番えた弓がしなる。 ほんの刹那、玖郎の目は遠い木を視界いっぱいに捉えた。くっきりと目に映る敵影、引き絞った矢を放つ。風を切る音、幹に鏃がのめり込む。祥はその軌跡を追うように駆け抜けた。炎海もあとを追う。 百合が攻撃射程を確保するため、玖郎よりも前へ出た。闇の中へ光を生み、それを鋭く矢へと変える。先行した二人の間を縫うように放った。 直撃。しかしソレも枝を震わせ、生い茂った葉を彼らへと飛ばした。炎海を庇うように槍で振り払う祥。何枚かが払いきれずに皮膚を浅く裂く。百合も身をかわしたが、逃げ遅れた黒髪を一筋、持って行かれた。 (射程は、ホーリーアローと同じ……ね) 駆け抜けた祥を枝が襲う。それを彼が振り払う前に、カマイタチに似た式が切り裂いた。 「……君たちは要らないものだよ。早々に消えてくれたまえ」 掌から武器へと精霊力を集め、そのまま力任せに木の幹へと突き立てた。かたい感触、めり込む穂先。一瞬その木は震え、直後に霧散する。抵抗のなくなった槍を振り払い、握りなおした。 ●星 「今宵も良い夜だ。しかし今日はまた一段と美しいと感じるな。 君たちのために、星がより一層輝いているのだろうね」 満天の星空の下で後発組を出迎えたのは、炎海。演説のように仰々しい言葉に、兄は小さく笑った。 「星空の御殿ですね」 ジェーンが七輪を用意して、フィロが桜の花湯を淹れた。ふわりと花の香りが漂い、弟が顔をほころばせる。その頭にぽす、ともふらぼうしを被せた。 「風邪引いたらお兄ちゃんも嫌がるよ」 「ハヤテさん……」 半ば有無を言わせず毛布も巻きつけて、暖かくしてやる。 「折角の星空の下なんだから、寒さに気をとられたら勿体無いでしょ……?」 「……ありがとうございます」 照れたようにはにかんで礼をのべ、少年は兄へと見せに行った。それを見て兄が、ハヤテに会釈を送る。 「星か……大切にしたい」 小さく挨拶を返して、ハヤテはぽつりと呟いた。 計りにくい、弱い脈。そっとその手を毛布の下へと百合は戻した。異常はない。出かける前より心なしか弱まった気は、するけれど。 「皆も冷えるだろうから」 沈みかけた心を浮き上げるような、優しい香りの花湯が渡された。朔と二人で、余分なコートや毛布を丸めて背にあて、兄が起きていられるようにしてやる。その上で花湯を渡した。 「……よい香りです。桜の中で星を見上げるのもまた、よい夜なんですよ」 (夜は……嫌い) 百合にとって、空というのは小さく四角に切り取られたものだった。 それはさらに細長いいくつもの棒で分割され、細切れにされていた。 ――小さな窓と、鉄格子。その場所を出てからも、恐れが彼女を縛っていてろくに見てもいなかった。 夜は嫌い。 夜が、怖い。 日が沈むとじわじわと闇が押し寄せ、ものの色も形も失わせて黒く塗りつぶす。 それでも、そんな漆黒の世界に生きる人間もいる。 夜が好き、と言った人がいた。 暗い方が落ち着くと。 (彼の生きる世界を少しでも理解して好きになりたい) そう思って、兄弟に声をかける。こっそりと、少し控えめに。 「夜の森は怖いですよ。狼やアヤカシが出たら、なんにもできませんしね。 でも、綺麗でしょう?」 兄の答えは単純だった。そして、それからね、と付け加える。 「その大切な人と、一緒に見ればいい。最初は怖いから一緒にいてとか、それでいいんじゃないかな」 一日の半分は夜だから、そしたら少しは楽しいでしょうと。 木立は漆黒で、寝転がって見上げた空をぐるりと縁取るように一周していた。 空は黒と言うには程遠く、真夜中の空の色は青く透き通っている。星々はその中で煌き、ただそこに在る。 「星空はいいですね……私も好きです」 ぼそっと独り言を口にしたのは、煌く星のように銀色の目をした少女だった。 「色々なことを忘れて楽しめます……」 四角く切り取られた小さな空。恐れていた闇のわだかまる世界。 (……本当の夜空は、こんなにも明るくて美しいのね) 星一粒に想いを寄せて。 (きっと貴方達兄弟の事も思い出すわ) 星は煌く。時はうつろう。 その瞬きから歌を聞き取るように、フィロは少し離れたところでゆったりとその星々を見上げた。 不規則に、揺らぐように。あるいは、リズムを刻むかのような瞬き。ゆっくりと吐き出した吐息は白く、コートの襟に沈ませるようにして。幾億もの星の歌を、目で読み取るように。 玖郎も黙々とただ星を見上げていた。故郷でも、そうしていたように。 少し離れた場所で、酒を手に兄たちのそばを離れたジェーンは同じくそっと離れた祥と目が合った。ヴォトカのボトルを小さく掲げたジェーンに、祥も極辛純米酒を少し持ち上げて見せる。黙って草原に腰をおろし、静かに酒を味わった。 祥は昔のことを、考える。自分の、兄のこと。ひとり残された日の、こと。――兄の仇討ちを果たした日のこと。手に取るように、痛いほどよくわかる。残された者の、心。 それらを酒と一緒に飲み下す。 (最期の願いを叶えるというのはどんな気分なのでしょう) こくり、とジェーンの白い喉が鳴る。 喉を焼くアルコールの熱さ。夜気の冷たさを内側から払う熱。 (嬉しいわけでも、暗澹たる想いを持つわけでもないのでしょうが。 ……どんな結果だとしても、残された者がその言葉、想いを胸に自分の道を歩むしかありませんか) 吸い込んだ空気を吐き出した。アルコールを含んだ熱い吐息が、白く闇にとけていく。 ●眠 紫色の目をした吟遊詩人は、帰り際にひとつ、言い残して行った。 残される者の哀切も嘆きも見越した上で。 「しかし、もしその時が来たとしても――。 決して泣き顔で看取ってはならないよ」 空が白み始め、色あせるように星が消えていく中で。 「兄君が最期に見つめる君という存在が、悲しみに嘆く表情であってはならない。 例え涙が零れようとも。 一瞬でも長く、兄君への感謝と愛しさをもって、笑顔で見送っておやりなさい」 彼は、そう言った。だから、できるだけ少年は笑うように心がけた。 「兄さん、今夜も晴れそうだよ。 ……兄さん?」 薬のにおい。 畳の上に敷いた布団。 横たわるその人の開いた目を、震える指で閉じさせた。 簡素な葬儀が終わる。参列していた人々が途切れることを見計らって、金髪の少女が顔を出した。 「朔さん」 髪の間からのぞく狐の耳が、小さく動いて周囲を確認する。落ち着いて話せそうだ、と確認してから口を開いた。 「これから、頑張ってください。一人で星空見るのもいいですが……誰か一緒に見たい時は遠慮なく私に声かけてください」 日の光の下で見ても、彼女の瞳は星のような銀色に煌いていた。 「お兄さんの代わりにはなれませんが、一緒に星空は見れますので」 「……ありがとうございます。機会があれば、ぜひ」 きっと、その約束が守られることはないのだろう。控えめな微笑を見て、朔は漠然とそう思った。 今宵も星は瞬く。 明日も夜は訪れる。 冬の夜空はよく透き通っていて、まるで。 まるで闇などひとかけらも知らないかのような、透明さで。 |