宝物を探せ!
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/27 22:14



■オープニング本文

 そっと手を伸ばし、その艶やかな根元を掴む。慎重に力を込め、ぽきりと折った。
 光にかざすときらきらと輝く透明な氷。中に気泡を含んでいて、その気泡が横縞を成したり縦に一本まっすぐ通っていたりと、同じ氷柱でもまるで違う。
「……ぃやったーっ! お宝、ゲットだぜ!!」
 真樹は拳を振り上げた。腕の長さほどの氷柱、今冬一番の収穫である。これほどのものはそうそう見つかるまい、なぜか最近どこの氷柱も大きいものは軒並み折られていたし。足取りも軽く集合場所へと向かった。
 いつもの裏路地には既に、マフラーを巻いた湯花がいた。その手にはまったく鳥にも虫にも食われていない、真っ赤な南天の枝。
「どうよ。すごいでしょ、鳥にぜんぜん見つかってない穴場あったの」
「俺のだってすごいだろ! 折れも欠けもない、しかもこの長さ!」
「うわー、長い! どこにあったの、こんなの」
「へっへー」
 そうして収穫物を自慢しあっていると、息せき切らせて鋼天が戻ってきた。
「鋼天、どうだった?」
「さ、寒い……! ええとね、僕のは作品なんだけど」
 ちょっと来て、と先導され、湯花と真樹はくっついていく。路地裏を抜けてひんやりと涼しい植木の陰。
 そこに鎮座していたものに、二人は度肝を抜かれた。
 言葉もない。声も出ない。そう、あえて言うなら――。
 はっちゃけすぎていた。
 わなわなと真樹は震える。湯花は最初の驚愕をやり過ごし、ため息で心情をあらわした。
「どう? すごいでしょ! もー大変だったんだよ、手は冷たくなるし氷柱はたくさん探さなきゃいけないし……へくしっ」
 それをなんとかそれらしきものにたとえるのなら、そう、雪だるま。
 胴があって頭があって、目鼻や手は作者の好み次第とはいえ、だいたい誰が作っても似たような形になる雪だるま。
 顔立ちは平凡だ。目に石を使い、鼻に人参をさし、口に笹をつけ、手に枝。平凡である。
 しかし、その頭。
 本来なら帽子でもかぶせる程度のはずなのに、なぜか、そう、トゲトゲ。
 トゲトゲである。
 トゲトゲ。
 つまり、トゲに該当するものが突き刺してある。
 それは陽光を反射してきらきらと輝いていた。色は無色透明、透き通っている。
 トゲの中には、成形途中に気泡が入ったのだろう、ぷつぷつと空気の泡が無数に閉じ込められていた。
 つまるところ――。
 それは氷柱が雪だるまの頭から、無数に生えていたのだ。
「鋼天お前か、犯人は――!!」
 真樹が怒鳴った。

「つーワケで! 第一回! 宝探しゲームを開催するッ!」
 気がつけばあなたは、なぜか変なノリの少年に巻き込まれていた。
 頭に鉢巻、腕まくり。トンカチ担いで目がすごいギラギラした真樹に。
「場所はこの森! 時々野生の狼やらちょっとしたアヤカシやらが出るらしいから退治しつつ! これはというようなお宝をゲットするのがルールッ!」
 やたらと息巻いた説明に、しかしいつもヤル気なさげに相槌打つ少女や、好き勝手な文句をつける少年は見当たらない。
「チームを組むのも他人を妨害するのも自由! フリィダムッ!!
 日が暮れてもここに帰ってこなかった奴は失格っ! 特に景品や戦利品はないっ! 勝ち取る栄光の前に付加価値なんぞ要らねぇ!!」
 つまるところ、遊びに全力を傾けろと。ついでに森のアヤカシ掃除もしちまえと。さらに味方の妨害も考慮しろと……。遊びにしちゃそこはかとなくハイレベルだ。
「朋友の単独参加も認めるっ! ただし俺はかわいいからって容赦しねぇ、弱肉強食の世界を戦い抜け、野郎ども!
 それじゃあスタートッ!」
 かくて。
 何かよくわからないまま、宝探しがスタートした。

 同じころ、神楽の都。
 とある長屋の片隅で、顔を真っ赤にして布団にくるまる赤毛ひとり。ぎゅ、と絞った手ぬぐいを、そのおでこに貼り付けて湯花はため息をついた。
「まったく。らしくないわねー、真樹とのゲームにそんなにむきになるなんて」
 浅い息を繰り返して、だって、とふてくされたような鋼天が反論する。
「きっと、おどろくだろうなって……、たまには、まきのこと……おどろかせたいし」
「バカね、倒れてまですること? ま、たしかに驚いたけど」
 そういや真樹はどこかしらね。湯花は顔の見えないもう一人の幼馴染を気にかけた。
 まさか開拓者たちが真樹の宝探しゲームに巻き込まれたなんて、知る由もなく。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
十 水魚(ib5406
16歳・女・砲
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
スレダ(ib6629
14歳・女・魔
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●はじまり
(こんな怪我人捕まえて宝探しとか、無茶言うなぁ)
 神座真紀(ib6579)は、それでもアヤカシがいるならと参加していた。開会の辞という名の俺様ルールを一通り聞き終えると、さっそく森に飛び込みそうな真樹を引き止める。
「後の二人はどうしたん?」
「鋼天が風邪引いて、湯花が看病だ!」
 くけけけけ、と謎の笑い方をする真樹。十 水魚(ib5406)も、念のためと牽制しておく。
「アヤカシやケモノも居るみたいですし。急に飛び出して来たりしたら、間違って撃ってしまうかもしれませんわね」
「ふはは、かかってきやがれ水魚さん! 受けて立つぜっ!」
 うれしそうに闘志を燃やす真樹。逆効果らしい。
「じゃー森でな! とびっきりのお宝見つけろよっ」
「危なければ呼子笛を吹いてくださいね。真樹さんも皆さんも」
「持ってねーや! そンときゃ大声出すわー!」
 菊池 志郎(ia5584)の呼びかけに手を振って、ドップラー効果と共に銀世界に消えていった。
「森の中での宝探し……!
 何が見つかるかな、楽しみ。それに、この森は初めてだもの。熾弦、早く」
 待ちきれないとばかりに熾弦(ib7860)の袖を引っ張るのは、羽妖精の風花。その風花に都の案内をしていたはずが……なぜか巻き込まれた。気づけばなし崩しに冬の森。神楽の都なんて影も形もない。
(森の中で見つける宝物、ね。子供の目線であれば沢山ありそうだけれど、私には難しいかしら)
 氷柱や木の実、変わった形の石。まっすぐで握りのいい木の枝。子供たちは宝探しの達人と言ってもいいだろう。風花を見下ろす。目をきらきらさせていた。そんな姿は、まさしく子供で。
(……うん、そもそも今日は風花の為の時間と割り切っていたし)
 予定はガラッと変わってしまったけれど、たまの息抜きにもいいだろう。
「じゃ、行きましょうか」
「うん、早く」
 そうして二人は冬の森に足を踏み入れた。
「……別に暇してた訳じゃねーですが、しゃーねーです。
 付きやってやるですかね」
 連れたスレダ(ib6629)はしぶしぶ、羅喉丸(ia0347)は面白そうだと乗り気で、真紀とその相棒、羽妖精の春音も含めた五人と、まだ召喚していないファドの一羽でチーム参戦になる。
「迷惑かけてごめんなぁ」
 真紀が怪我した身を詫びつつ、揃って森へと向かった。

●冬の森
 吐く息が白い。からす(ia6525)は、晴れ渡った青空に眦を和らげる。
「良い天気だね、白銀」
「クゥ」
 忍犬の白銀が応えるように鳴く。分厚い雪の上のため、少し跳ねるような動きでからすの隣を歩いていた。水筒のお茶を飲んだり、白銀に話しかけたり。そんな行動はからすの歩調をゆるめて、結果的に白銀もついてきやすい。もともと雪が好きだから、苦とは思わないけれど。
 しばらく進むと、突然白銀は雪原を蹴りからすに飛び掛った。膝を折るからすの真上で爪を振るう。その爪は白く丸いモノを引き裂いた。上から落ちてきたのだろう、か。
 とん、と雪の中へ着地した白銀の横へ、黒ずんだ瘴気の残りかすがふわりと落ち、消える。それには構わず周囲を警戒するが、もうどこにもソレはいなかった。
 一匹いたならまだいるかもしれない。白い世界は白い敵を隠していた。

 肺まで染み渡る冷気と、水に似た雪のにおい。
「……なんで私こんなことしてるのかしらねぇ」
 巻き込まれた理不尽を呟くリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)とは逆に、羽妖精のアーホルンは割合乗り気であった。
「まーいいじゃないですか。綺麗な景色探しに行きましょーよ」
 ほらほら、とせかすアーホルンに、小さく肩をすくめてついていく。森の中はどこもかしこもまっさらな雪にまみれていて、ずぼずぼと雪の中を歩くはめになった。飛んでいるアーホルンに視線をやるが、人間の苦労なぞどこ吹く風できょろきょろしている。
 忍眼を使う。アーホルンの羽音も、いつもより心なしかはっきり聞こえた。耳がよくなったわけではなく、普段拾わない情報を拾っているせいなのだろう。罠らしい罠は見当たらない。真樹が仕掛けていたらと思ったが、雪の上を歩き回れば足跡がつく。ならばどうやって仕掛けてくるつもりだろうか。
 そんなことをつらつら考えていると、ぱたくた小さな羽音に混じって、ばさっ、ばさっと大きな羽音を拾った。
「避けなさい、ホルン」
「え? わぁ!」
 ずだん、と上空から降ってきた何かが、アーホルンの鼻先をかすめて地面に突き刺さる。それは落下の衝撃で砕けていたが、氷だった。見上げれば龍の背から、氷柱を投下する悪ガキ一人。脳天に当たったら開拓者や朋友でも、多少の怪我はするシロモノだ。あぶない。
「食らえトゲトゲアターック!」
 ネーミングセンスのないこと叫びつつ落とされる氷柱を、獣剣で砕くアーホルン。
「うっとおしいですねあのこぞー。邪魔すんなこんにゃろー!」
 獣剣ぶんぶか振り回し、いちいち迎撃する元気さにリーゼロッテはため息ついた。
「はぁ……ちょっと落ち着きなさいなアホルン」
「誰がアホですか誰が!」
 むきになったアーホルンの抗議を右から左に聞き流し、真樹の動向を見守るリーゼロッテ。龍の積載量など高が知れている。ちょっと避け続けただけで攻撃はやんだ。
「おろ?」
「えいっ」
 砕けた欠片を拾ってぶん投げるアーホルン。それはキラリと輝き放物線を描くと、がつん、と音を立てて真樹にぶち当たった。
「いってー! 覚えてろよこんにゃろー!」
「すぱっと忘れてやりますよ!」
 とりあえず投げるものがなくなった少年は引き返していく。次があったら誘惑の唇を龍にかけてやります! 息巻いて見送った。

「雪の中で遊ぶなんて、随分と久方振りですわね」
 炎龍の花鳥を連れた水魚は、晴れてはいても明らかに寒そうな空を選択肢から外し、のんびり歩いて回っていた。森の中を少し窮屈そうに、そして大儀そうに花鳥はついてゆく。
「あら……、すみません、花鳥。水辺は広いと思いますから、そうしたら羽も伸ばせますわ」
 ぐるる、と小さく鳴いて肯定を示す花鳥。しばらく歩き、川を見つけた。端のほう、なんらかの理由でほんの小さな水溜りになったようなところもある。そういったものは流れないから凍るのだ。
 めいいっぱいに翼を伸ばす花鳥のかたわらで、水魚はそんな氷の中に木の葉や木の実が入ったものがないか、探して回った。
「やっぱり氷はきらきらしてますし。綺麗な物が見つかると良いですわね」
 言いながら、足跡がないかもよく見ておく。そうして探し回っていると、警戒していた意識の端に気配を感じた。
 じゃっ、と銃口を向ける。チチチ、と小鳥の鳴く声。鳥だろうか。――本当に?
 警戒する水魚の頬すれすれを、ひゅっ、と横切る何か。迷わずその飛来した咆哮に銃を向け、引き金を引く。緑色の宝珠が輝き、銃声、そして火薬のにおい。弾は狙いたがわず目的の木に命中し、どどっ、と重い音を立てて枝の雪を落下させた。
「ぶふっ。ぺっぺっ。な、なんだこれ。雪か?」
 雪を払い落としているのだろう、腕だの足だのが木陰からはみ出している。その手に握った雪玉が、先ほどの攻撃を意味していた。
「あらあら、そんな所に居たら危ないですわよ?」
 親切めかしたような言葉は、手にした銃が全部裏切っている。が、それでめげる真樹でもなく。
「うし来た歯ァ食いしばれっ!」
 明らかに水魚のが強いのに、嬉々として突っ込んでいった。

 遠目に、雪にしたら大きすぎる白を見つけた。瞬時に弓を引き絞る。まだこちらに気づいていないそれへ、一直線に矢を放った。
 ど真ん中に的中。まともに貫通したソレは瘴気に戻って消える。けれど白銀は駆け出した。他のソレが気づいてざわつく真っ只中に突っ込み、ぶちかましをかけて一匹を消し去ると少し引き返し、からすの前衛として立ちふさがる。その背後から次々と矢を射掛けた。
「己が不運を呪うのだ」
 ほとんど一方的な殲滅のあと、白銀とからすはフッと笑みを浮かべて次を探す。そのとき。
「白銀、『じゃれろ』」
 気づいた気配に白銀をけしかけるからす。木陰から現れた真樹は、三角跳で木の枝に登り白銀をかわすと、手裏剣をからすの上に向かって投げる。即座に武器を持ち替え、大鉄扇を頭上に広げるからす。
 どさっ、と手裏剣が木から落とした雪の重みが手首にかかる。
「ふむ。白銀」
「ワン!」
「どわ!?」
 どごっ、と木へアタックし、瞬時に距離をとる。雪と一緒に真樹も落ちてきて、その上に白銀が圧し掛かった。

「宝物〜何かな、うたの宝物〜」
 そんな歌を歌いながら、天詩は大はしゃぎだった。やはり天詩も女の子、宝物はきっと綺麗な氷の欠片や花にするのだろう……、志郎はそう思っていた。しかし。
「しーちゃん、冬眠してても蛇さんは抱っこし辛いねえ」
「今すぐ元の場所に戻してきなさい」
 だれーん、と伸びた蛇を抱えた天詩に、志郎はきわめて適切な指示を出した。
 元の穴に蛇を詰めなおし、入り口を土で塞いでやる。全部が終わるころには、天詩は泥だらけ。
「終わったー! しーちゃん、終わったよー、蛇さんちゃんとおうちに帰したよ」
「はいはい……、帰ったら真っ先にお風呂ですかね」
 とりあえずせめて顔だけは……。ごしごし小さな顔をぬぐっていると、不意に日が陰る。
「はーっはっはっは! 真樹様参上っ!」
 龍に乗った真樹が、逆光の中から飛び降りてきた。
「てめぇらのお宝、奪いに来たぜ!」
 お宝の有無すら確認せず問答無用で襲い掛かる真樹。大喜びで回避する天詩。しかし。
 べし、とトンカチに当たった天詩は、ぽーんと空に飛ばされた。
「い、いたたたたー」
 咄嗟にガードしたものの、ちょっと腕が赤くなっている。が、はたと視界に入った龍を見た。
「あ、龍さんー!」
 わーいと駿龍に抱きつく天詩、べたっと鱗に泥がつく。
「ぬおおおお! 空なんてずりーぞ! 降りてこいちびー!」
 誰も突っ込まない。誰も気にしない。子供たちにとって、泥なんて気にするに値しないらしい。
 ただ一人、大人な志郎だけが苦笑した。

 きょろきょろと来たことのない森の中で宝物を探す風花。熾弦はその少しうしろをついていくようにして歩いていく。
 一人で動きまわらせるには、この森は少し危ない。
 ふわふわの雪が木の枝に乗っかっている。常緑樹の深い緑とのコントラスト。真っ赤な木の実。
 そんなものを見ながら、風花は自分の宝物を探す。その傍らで熾弦は瘴索結界を張っていた。進んでいると、結界の端に引っかかる反応。
「風花、少し待って。敵がいるから」
 一歩踏み出して風花を追い抜く。近づいたら、まだいくつかの気配を感じた。
「邪魔するのは、私も戦えるよ?」
 小首をかしげる風花に、振り向いて小さく微笑む。手にした獣爪は伊達ではないけれど、熾弦にしたらまだまだ心配なのだ。
「今日のところは、私が引き受けるわ」
 群れがおそろしいのだから、群れにさせなければいい。力の歪みを放った。
 瘴索結界で感じていた気配がひとつ、消える。同じ要領でいくつか放つと、さすがに向こうも気づいたようだ。ふわり、と白いソレは飛んでくる。
 熾弦より先に、と冷気を纏った爪がソレを切り裂いた。金色の髪が舞う。
「風花……」
「梅雨払いくらい、できるよ」
「……そうね。じゃあ、それだけお願いしようかしら」
 気をつけてね、とう言う熾弦に、こくりと風花は頷いた。

 全部を片付けた後、アヤカシがいた奥へと進んでみる。その木の枝に、風花は目をとめた。
「……あれ、宝物だと思う。春には咲く、命の芽」
 熾弦はふわりと微笑んだ。
「そうね。折ったりせずに、あとで皆を呼びましょうか」
 少し待てば芽吹くだろう、枝を見せに。

(雪もアル=カマルじゃ降らねーですからね)
 なんだかんだ言いつつも、企画事態は満更でもないスレダ。実際に目にしたことのない、凍れる世界に息づく自然。お菓子に軽食に、ファドの餌も準備して……もはや半分以上ピクニックだった。
 いい景色を探す羅喉丸と蓮華、真紀はあちこち歩き回って西の方角を眺めている。
「妖精使いが荒いですぅ」
「次はその木の上から見てくれへん?」
 眠りたい春音は文句を言うが、真紀は構わずコキ使っていた。スレダは地面のほうを注視していて、ふと足裏に奇妙な感触を感じる。自分の足跡をかたどった雪をのければ、そこから小さな固い蕾が芽吹いていた。福寿草。
 あたりの雪を掘ってみると、いくつかが一塊に芽を出している。これに決めた。
 手帳を開き、羽ペンを走らせる。あたりを取って輪郭を描き、細かい部分を描き込んでいった。

 それに気づいたのは、真樹を警戒していた春音だった。
「狼さんがいますぅ」
 警告に顔を上げれば、木立の向こうにちらつく影。羅喉丸が真紀とスレダを守るように前衛に出て、スレダはファドを召喚した。目立ちづらい砂色の翼の迅鷹。
「ファド、連携するです。まず風斬波で出鼻を挫いてやるですよ!」
 スレダの指示で、ファドは羽ばたきで風を生んだ。それは鋭い風を巻き起こし、狼めがけて飛んでいく。
「ギャン!」
 真紀は剣気を叩きつけて威嚇し、その隙に春音が狼の一体へと肉薄する。唇にそっと指を当て、ちゅっとリップ音を響かせて投げるような仕草をした。
 魅了し抵抗する気を奪い、光に包まれた獣剣を突き立てる。一撃だ。
 羅喉丸は後衛を狙うものから優先的に迎撃する。羅喉丸が取りこぼしたような相手をファドが引き受け、たいした手間もなく、あっさりとその群れは制圧できた。
「お疲れ様ですよ、ファド。よくできたです」
 ファドの餌を出して、スレダは相棒をねぎらった。手ずから餌をもらい、砂色の翼をふわりと畳んで食べるファド。
「怪我とかねーですか?」
「ないよー、ありがとうな」
「俺もないな」
 スレダの問いに答えて、またそれぞれ宝探しに戻っていく。

 力いっぱい振りぬいたトンカチ。激しい衝撃音を立てて、右手の旋棍で受け止める羅喉丸。
「来たな」
「てりゃっ!」
 嬉々として迎撃した羅喉丸に真樹は顔いっぱいに笑みを浮かべた。噛み合ったトンカチの柄部分をくるりと旋棍へ絡め、羅喉丸の懐に飛び込んで旋棍を外へとはじき出す。
 はじかれた旋棍の持ち手部分を手の中で回して迎撃体勢を整える傍ら、手加減しつつも左手の旋棍で懐から真樹をふっ飛ばすようになぎ払った。
「おわっ」
 トンカチの先端部分を旋棍に引っ掛けるようにして受け止め、自身も飛びのくことでダメージを緩和。距離をとった真樹に、ぱぱっと握った雪玉を振りかぶる!
「それ」
「のうあ!?」
 ひとつ避けたのに、避けた先を読んで投げた二投目、三投目を顔面で受け止める真樹。
「ぶっ、べふっ。
 やったなー!」
 雪玉握って反撃開始。距離をとり、遠打で飛距離を伸ばして投げる。羅喉丸は気の流れを制御すると、ぎしりと雪原を踏みしめた。
「どうした、どうした、その程度か」
 構えは重たいのに、ひょいひょいと雪玉をかわす羅喉丸。羅喉丸が投げても真樹には当たらない距離だが、逆に回避能力を大人げなく底上げしまくった羅喉丸には真樹の雪玉も当たりにくい。ぐぬぬと唸って、真樹は雪玉を抱えると、飛距離の長さを捨てて間合いを詰めにかかった。やけにでもなったのか。そう思いつつも雪玉を握り、思い切り投げる。
 その雪玉を脳天でタックルかますようにぶち壊し、気合一閃、打剣で精度も上げて雪玉を投擲する真樹。
 ひょいと避けたつもりが、それは羅喉丸の膝にべしりと当たった。
「やってくれたな」
「いけ、羅喉丸、目にものを見せてやるがよい」
 まるで高みの見物で、蓮華は酒の入った瓢箪片手に激を飛ばすだけ。羅喉丸は次の雪玉を投げる。もはや当たるのなどお構いなしに、手元の雪玉を投げまくる真樹。つまり制御が甘くなる。甘くなると、明後日の方向に飛んでいく。
 そしてそれは、雪見酒の場所を探していた蓮華と、雪景色をスケッチしていたスレダにぶち当たった。
「弱肉強食と言っておったな。そっくり、そのまま返してやろう」
「人が大人しくしていれば調子に乗りやがって……黙らせてやるです」
 藪をつついてなんとやら、けれど怖いもの知らずはにっかー、と笑った。しかし。
「アムルリープ」
 スレダの魔法で、ぱたり、と雪原に沈没する。あっけない幕引きだった。

●神楽の都
 とっぷり日も暮れたころ。
「ただいま帰ったぜー!」
「どこ行って……え?」
 泥だらけの天詩が抱える柚子、にこやかな志郎。包帯巻いた真紀と、舟こいでる春音。そしてびしょ濡れぼろぼろの真樹。
「いやーみんなを襲うの楽しーわ! 見ろよ水魚さんに撃たれちゃったぜー」
「何迷惑かけてんのよ、うれしそうに言わないでよ!!」
「お前らも来れればよかったのになー」
「むしろ止めたかったわ!」
「おおきに、湯花ちゃん。鋼天君大丈夫かいな」
「あ、はい。今ちょっと落ち着いて……」
「お日さまの贈り物! うたお日さまとってきたんだよ」
「わー、いい香り。ありがと、鋼天も喜ぶわ。……でもちょっと、うたちゃんお風呂入っていったら? うたちゃんならタライで済むし。真紀さんも包帯変えてったらどう?」
「それもええけど、お粥の作り方教えたるわー」
 そう言いながら、家に入っていく。話題は今日のこと。
 タライに湯を張り衝立を立てて、天詩はお風呂に、湯花は天詩の服の洗濯をする。
「これ、どこに生ってたの?」
「ええとねー」

「しーちゃん、うたはお日さまを見つけたよ! いい匂いのお日さま!」
「お日さまですか?」
 森の奥、雪を被った柚子の実。丸い金色の実は確かに少し太陽を思わせる、志郎は頷きながら幾つかもいだ。
(蜂蜜漬けにしましょうか、柚子湯もいいな……)
 腕いっぱいのお日さまは、雪の中でふわりと甘い香りを漂わせていら。

「へー、そりゃいい森ね」
「あとはね、他の宝物も見たよ。もう木の芽が出てたの! それから……」
「ああ、うちの宝物も一緒に見たかな。ええ夕日がね、見れる場所があったんよ」
 かちゃかちゃと食器や道具を準備しつつ真紀も言った。鮮やかな色のグラデーションが雪を染め上げて、その透き通った空と川の水と、雪に写る色が綺麗で。
 景色を宝物にしたのは、もう一人いたと真紀は続ける。

「自然の芸術ってやつかしらね。
 ま、この綺麗な景色が宝物……ってことでいいんじゃないかしら」
「ですねー」
 真っ白な冬の森を前にして、リーゼロッテとアーホルンは同じ結論に帰着した。
 また白銀が興味を示したのは、からすと白銀、二つ分の足跡だった。持っては帰れない、でも。
「モノより、思い出」
 からすの宝物は、それだった。
 水魚は綺麗な紅葉の閉じ込められた氷を拾い上げたし、スレダも福寿草や動物の足跡、木に巻きつく蔦などを写生した。

 そんな話を聞いてわいわいやって、そして。
「早く風邪を治して、三人揃った元気な姿を見せてくださいね」
 志郎はそう言って、鋼天の人形の服を借りた天詩と長屋をあとにした。真紀も飴玉抱えて眠った春音と帰っていく。

 真樹も思い出していた。帰りがけに羅喉丸に声をかけられたこと。
「今日は楽しかったかな」
「おう!」
 真樹が拳を上げた。それに気づいて、羅喉丸も拳を上げる。こん、と軽く打ち合わせた。
「それはよかった」
 やろうと思えば、羅喉丸はあっさりと真樹を倒すこともできた。それだけの実力差があった。それでも。
「その楽しかった時間と言うのが俺が得た宝物だ」
 たぶん彼は、その記憶、その思い出を最上としたのだろう。空っぽになった瓢箪を持った蓮華を連れて、帰って行く羅喉丸に手を振った。

 後日。
「自業自得よ!」
 言いつつ湯花はお粥を出した。真樹に。雪まみれで寝たのだ、風邪引くのは当然である。
「おー……、お、ちょっとはマシな味になったか?」
「ちょ、ちょっと?」
「まあなんだ、ドンマイ!」
「真樹のバカーっ!!」
「二人してうるさいよ……」