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■オープニング本文 ※注意 このシナリオはIF世界を舞台とした初夢シナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 「主、主。目覚められよ」 かすむ意識の向こうから、声が聞こえる。 「今日、非番……」 困ったような気配。それから、肩が揺すられた。 「主……、暮谷様がおいでだが」 その名前に、孝也はがばりと跳ね起きた。やばい、今日は夕霧の研ぎ直しを頼んでいたはず。基本忙しいあの研師は、時間にうるさいところがある。 慌てて寝巻きをかなぐり捨て、着物を着た。袴は別にいらないか。寝癖も後回し。夕霧のくれた濡らした手ぬぐいで顔を拭き、客間へ向かった。 案の定、研師は既に到着済み。いつもの温度のないまなざしが、冷ややかに感じられる。自業自得だった。 「わたし、約束の時間を間違えた覚えはないけれど」 カチンと来るが、悪意はないのはわかっている。善意も好意も思いやりもないけれど。 「すみませんでした」 「次にやったら、待った時間の分を代金に乗せるわ」 「……わかりました」 「じゃあ、夕霧弐式。おいでなさい」 呼ぶ声に応えて、夕霧は孝也の後ろから出てきた。白くも見える薄紫色の髪を高く結い上げた青年だ。飾り気のないいでたち。 夕霧が匂霞の伸ばした手をとると、その姿は人ではなく刀となる。 「……大事に使っているのね」 「わかるのですか」 「研師を馬鹿にしないでくれる。刀の状態くらいわかるわ。 しばらく預かるわよ。あなたの使い方だと、もう少し切れ味を優先してもよさそうね。かわりに少しもろくなるから、よりいっそう大事になさい」 緩慢とも言える口ぶりに苦笑して、頷く。研師が背を向けると、人の姿をとった夕霧が、ひとつ孝也に礼をしてあとに続いた。 「……言い忘れたけど」 家の敷居を跨いだところで、研師が振り向いた。珍しい、いつもは歩き出したら振り向かない女なのに。 「夕霧、っていうのは銘なのだけど。いつまでこの子を名無しのままにさせる気?」 「ふさわしい名前が思いつかなくて。もともとは、夕霧はこの世界でたった一振りになるはずでしたし」 「銘は名字のようなものよ。それだけでも悪くはないでしょうけれど」 そう言うなり、研師はふいと去っていく。少しだけ困ったような顔をした夕霧は、 「……失礼いたします、主」 結局それだけを言い置いて、研師の背中を追いかけた。 「……名前、かぁ」 道行く人々。武器を連れ歩いている人は多い。まるで友人か家族のように親しげなもの、誇らしげに主人のあとに付き従うもの。さまざまだ。 どうせ今日は非番。暇なのだから、そんな人々を観察しながら町を歩くのも一興だろう。 出かけようとした孝也の背中に、しかし呼び止める声。 「幸也さん、だめですよ。ちゃんと髪をとかして身だしなみ整えてから出かけてください。それに、今日の朝餉の当番は幸也さんですよ。僕お腹すきました」 少し前に引き取った少年に文句をつけられる。 かつてのしおらしさが懐かしくなるくらい、だいぶ自己主張をするようになったのをほほえましく思えばいいのだろうか。とりあえず一言謝罪して、急いで台所へ向かった。 |
■参加者一覧 / 小伝良 虎太郎(ia0375) / 葛城 深墨(ia0422) / 柚乃(ia0638) / 氏池 鳩子(ia0641) / 佐上 久野都(ia0826) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 皇 りょう(ia1673) / 水月(ia2566) / からす(ia6525) / 趙 彩虹(ia8292) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / 明王院 未楡(ib0349) / 美郷 祐(ib0707) / 无(ib1198) / 鹿角 結(ib3119) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / ベルナデット東條(ib5223) / 郭 雪華(ib5506) / ジェーン・ドゥ(ib7955) / 青山 小雪(ib8199) / ラグナ・グラウシード(ib8459) |
■リプレイ本文 ●探し人 金色の髪に、整った顔立ち。黄金の甲冑を纏った十代の青年、魔槍・フラウスは焦っていた。主が強化してくれない。その矛先は同輩へ向く。 「おっさん、そろそろ引退したら。姫も使いにくいんじゃないの? スキルだって限られるんだし」 おっさん呼ばわりされたのは、推定年齢四十代。板金鎧の偉丈夫、ただちょっと禿頭の長柄槌・アイゼだ。 「主の為に己が全力を尽くすが我らが本分」 アイゼはその一点張りで揺らがない。そんな中へ、ばたん、とドア開けて割り込んだのは。 「主」 「姫!?」 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)の帰宅に、慌てて居住まいを正すフラウス。 「よい研師が来ておるのじゃ。フラウスを研いでもらいに行くぞ」 「本当ですか、姫!」 ころっと態度と口調が変わったフラウスは、けれど子供のように喜ぶ。そんな同輩に、アイゼは温かな微笑を浮かべた。 大事な臣下を従えて、リンスガルトは町を出る。 「ここが母上の故郷、そして御爺様が愛した刀の発祥の地、天儀ですか」 ぽつり、感慨深げにジェーン・ドゥ(ib7955)は呟いた。その手には一振りの刀、無銘業物「千一」。瑠璃唐綿の描かれた鍔がはめられている。 「研師の方を見つけて、瑠璃の手入れをお願いできればいいのですが……」 どう言われようと大切な刀に変わりはない。そのときするりと手から刀が離れ、ジェーンによく似た面差しの少女が現れる。ショートカットの金髪、黒い眼差し。瑠璃だ。 「姉様、探してきますよ!」 「道場も見つけられたらいいのですが」 「聞いてみますね。あの、すみませーんっ」 ぱたぱたと通行人を捕まえ、声をかける瑠璃。にこやかに話を振り、話題を引き出し、驚いたり笑ったりしながら情報を集め、笑顔で別れを告げて戻ってくる。 「研師さんはあっちで、道場は小さいけれどこっちにあるそうです」 「では、行って見ましょうか」 「はいっ」 足取りの軽い瑠璃を連れて、歩き出した。 にぎやかな通りを歩く、細身の青年と中世的な面持ちの……女性、だろうか。肩より長い髪をした人物。そんな二人連れが歩いていた。伝承調査の帰り道、无(ib1198)と龍花・樹である。 「无、寄道多くないですか、最近」 「青龍寮は休講だから別にいいじゃないですか」 樹に答える无。ふらふらとあちこち行けるのは、暇な今くらいのことかもしれない。 それから二人の男性を従えたリンスガルトに声をかける。研師を知らないか、と。 「丁度妾も向かうところじゃ。一緒に行くかの?」 「では、ご一緒させていただきます」 そう言って樹を呼ぶが、彼女は少し呆れを滲ませていた。 「何が楽しいのやら」 しかし、无は楽しげな様子を崩さすに返す。 「一緒にいつも聞いてるじゃありませんか」 「まぁ休講ですから構わないでしょう?」 无と同じ言い訳を使って返す。どうやら、実のところ樹も満更ではないようだった。 ●食べ物、食べ物、食べ物。 「風邪うつすといけないから一人で遊び行って来い」 それが所有者・氏池 鳩子(ia0641)から、【武炎】荒鷹陣の舞い・利久衛門に言い渡されたことだった。 「わかったでござる」 利久衛門は素直に頷き、てててー、と駆け出した。目指すは姉のいる家。迷子になることもなくたどり着き、姉の所有者・小伝良 虎太郎(ia0375)が気さくに出迎える。 「よっ。どうした、一人で」 かくかくしかじか。鳩子が風邪だと伝えると。 「鬼の霍乱だ……!」 男勝りで姉御肌、おもしろいか否かが行動原理。そんな鳩子が風邪。とるものもとりあえず、慌てて出て行く虎太郎。結果ぽつねん、と取り残される利久衛門と、その姉・鷹瀬。 「OK、財布ゲットじゃ。町へ行くぞ利久衛門」 「流石だな姉者」 寂しいとか考える間もなく、しっかりばっちり軍資金(所有者:虎太郎)も調達し、ちびっこ二人は町へ繰り出した。 町は賑わいに満ちていた。その雑踏の中をすいすい潜り抜けていく七、八歳の女の子、鷹瀬。鷹瀬にくっついていく利久衛門。 「団子屋発見じゃ」 「流石だな姉者」 口癖のように褒め言葉を繰り返し、団子屋に入る。 「女将、品書きの端から端までふたとおり頼むのじゃ!」 「あらあら、かわいいお客さんだねぇ」 にこにこ笑って出された串団子の山。 「うむ、なかなか美味いのぅ。もうひととおり頼むのじゃ」 「姉者、もうふたとおりでござる」 ぺろっ、とたいらげた鷹瀬と利久衛門。団子屋の女将が目を丸くした。 それからも、あちらで羊羹、こちらでかりんとう、そちらでおでん……を食べたときには利久衛門の食べっぷりに陰りがさしたが、次に饅頭を食べたときは復活した。次々と飲食店を制覇するちびっこ二人連れ。どんどんずんずん財布は軽くなっていった。 大通りの店先に並ぶ食材。その前で悩む礼野 真夢紀(ia1144)に付き添うのは、漆黒の髪を長く伸ばした十六ごろの少女だった。白木のように白い肌に、一見黒にも見える小袖を纏っていた。しかしよく見れば、銀と黒の細かい格子柄。そんないでたちの美少女は、山姥包丁の彩だ。そんな二人に声がかかる。 「まゆちゃん、彩ちゃん」 大根から目を離し、声の主に目を向ける。おっとりした微笑を浮かべる明王院 未楡(ib0349)と、未楡によく似た五、六歳ごろの女の子。清楚で儚げな容貌で、小さく微笑んで真夢紀に目礼を送る。まるで親子のようによく似た子供だが、未楡の祈りの紐輪、それが灯の本体だ。 「この後、匂霞さんの所に彩連れて行くんです」 「では、お買い物を済ませましょうね」 「未楡おばさまのところは何にするんですか?」 「そうですね……」 雑談しつつメニューを決めて、値切りにかかる未楡。 「これだけまとめて頂くつもりなのですけど、もう少し勉強して頂けませんか? 品物も後で取りに来ますから配達の手間もいりませんし……」 目当てのものを買い込むと、無口がちな灯が小さく笑った。まっすぐに切りそろえた髪が、さらりと揺れる。 「よかったですね」 「ええ、帰ってお夕飯の準備をしましょうね」 「じゃあ、まゆたちはこっちなので」 そう言う真夢紀に、彩は端麗な顔に少しの迷いを浮かべた。 「本当にあたしで宜しいのですか? 戦闘に使う紅や蒼月の方が……」 「でも実際、一番依頼に連れて行っているのも使うのも彩だもん。どんな依頼でもご飯は基本だし」 行きますよ。そう言う真夢紀に彩は肉厚の包丁へと姿を変える。真夢紀の小さな手には少し不似合いにも思えるが、手馴れた様子で鞘へと収めた。 まるで刀身のように美しい、長い紫色の髪をした美女。ベルナデット東條(ib5223)の殲刀「秋水清光」・紫苑は、主人以上の甘味好きを発揮してぼた餅をムグムグ頬張っていた。その隣で重厚なため息つくのは、酒々井 統真(ia0893)の龍袍「江湖」である、龍の霧生だ。細長い肢体をびっしりと覆う金の鱗。それは開拓者が相棒とする龍とは大きく違っていた。 「全くお主は、仮にも殺人剣を標榜する刀だろうに。 流血を是としろとは言わぬが、もう少し緊張感が無ければ好敵手を自負する我の立場が……」 「そんなにかたくるしいと、いつか自慢の翼まで禿げちゃうわよ霧生」 笑いながら茶々を入れる紫苑。霧生はかまわずくどくど続ける。 そんな一人と一匹(?)に呆れながら、ベルナデットは茶屋で団子を口に運ぶ。一緒になって眺めていた統真も少々呆れ気味だ。 「霧生も紫苑も、飽きもせずよくやるな……あれがあいつらなりのじゃれ合いなんだろうけど」 団子を食べつつ、時折自分の皿からベルナデットの皿へ団子を移動させる統真。 「いいのか?」 「好きだろ、ベル。足りないだろうし」 主二人はほのぼのと。ある意味紫苑と霧生もほのぼのじゃれていた。 「そのような低落で役目が務まるのだろうな」 のらくらとかわしていた紫苑は、霧生の一言にぴんと張り詰めた空気を纏った。真剣な眼差しで金色龍を見つめ返す。 「もちろん、――必ず、戦い抜いて本分を果たすわ」 主に関する話題は別物。片手にぼた餅を握っていようが、普段は出自に似合わず温厚そうでその実いいかげんだろうが――。紫苑はベルナデットの刀、なのだから。 「そうか」 生真面目に頷き、矛先をおさめかけ――。 「まだ食うか」 「甘味は正義っ」 ぼた餅頬張る紫苑に、律儀に突っ込む霧生だった。 ●武器、強し 某月某日、大通りで落ちてる財布を見つけた。 ……どうしよう? 足を止めた天河 ふしぎ(ia1037)の両脇に、ふわりと変化するふた振りの武器。 霊剣「御雷」・黒右衛門は高く括った、艶やかな黒髪の女性だった。凛とした佇まいで、天儀風の剣士である。 「まさかお主、くすねるつもりではあるまいな……正義をなし民を導く我が主がそれとは嘆かわしい」 きっぱり告げる黒右衛門だが、しかしその反対側には銀髪紅眼のお嬢様が具現していた。妖刀「血刀」・紅左近である。 「あなた様はいずれこの世界の空賊王となるお方、この程度のことで悩んでいてはいけません、汝欲望に忠実であれですわ」 ゆったり穏やかに微笑んで、自分の主をけしかける。 「……なんだと?」 「なんですの?」 「えっと、僕……」 「だいたいお主がきっぱりと態度を決めぬから」 「いい子ぶってこの女の言いなりなんて、空賊王に相応しくありませんわ」 両手の花……武器に振り回される、ふしぎだった。 ラグナ・グラウシード(ib8459)に並ぶ長身、長い黒髪の美女。彼女は形よい唇で、堂々とその言葉を言い放った。 「だからお前は女にモテぬのだ、阿呆が」 「うっ」 辛く厳しい鍛錬の時も、敵と戦い打ち勝った時も、共に在った大剣グレートソードのキルア。つまらぬ口喧嘩の果ての一言。 「何もそこまで言わずとも……」 なぜかモテない、なぜか独り身。心底気にしているところにその台詞。泣きたい。そんなラグナにキルアはまるで容赦しない。 「我以外の女人にはろくに触れられもせぬくせに」 ずばっと素敵な切れ味で追い討ち。 「大体貴様は我の扱いも手荒なのだ、だから女にモテぬのだ」 返す刀で一刀両断、むしろ起死回生がかなわぬほどにオーバーキル。 こんなところでも武器の性質は遺憾なく発揮されて、新年早々涙目になるラグナだった。 ●あの家 佐上 久野都(ia0826)は懐かしい道を歩いていた。付き従う少年、知徳の髪紐・紫苑も懐かしさに足早になる。 「久野都様、私も彼等を覚えています。 嬉しいですねぇ♪」 狩衣を纏った黒髪の少年。瞳は紫色。歳は十二、三ほどか。 「ほら紫苑そんなに急かすものではないよ」 また、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)も銀髪で背の高い青年とともに、住宅街を歩いていた。程なくして目当ての人物を見つけ、声をかける。 「お久し振りですわ」 髪を切り少し大人びた少女は、背後に控えた青年を執事のグランだと紹介する。 「お久しぶりです。髪、切ったんですね」 屈託なく笑いかける京助と、一瞬目を瞬き、慌てて挨拶を返す孝也。そのうち鹿角 結(ib3119)と久野都も合流し、立ち話もなんだからと一度十河家に戻ることに。 コトリ、紫苑がお茶を置いた。 「お久し振りですね」 ありがとう、そう紫苑に声をかけてのんびり啜る久野都。京助も一言礼をのべてお茶に手をつける。 「京助殿の調子も良さげですね」 「おかげさまで。先週は雪が降って、雪合戦してきました」 「無理したらだめですよ、京助君」 そんな様子を観察して、マルカは安堵する。 (よかったですわ) 無事に家族としてやっているらしい。その間に話題はここにはいないもう一人に向かっていく。結は苦笑した。 「匂霞さんは、相変わらず手厳しいようですね……とはいえ、夕霧弐式に名もつけていないのは確かに問題ですか」 孝也も苦笑する。しばし結は頭をひねり、提案した。 「経緯は少し複雑なれど、孝也さんのお父上の紫藤さんの形見にも近いのですし、藤の字を入れてみるとか。藤のように、きれいな薄紫の髪だとお聞きしましたし。 僕の自慢の2人も、色の名授けましたから」 全員の目がその二人へ向く。一人は落ち着いた長身の女性。青い髪を長く伸ばした、弓「蒼月」の化身。余裕のある大人の女性、といったところだろうか。 「碧星といいます」 「橙花だ! 貫通力なら絶対負けない」 張り合うかのように声を上げたのは、赤い短髪の少女だ。戦弓「夏侯妙才」が本体で、子供らしく元気。 ふむ。久野都はひとつ、質問を投げかける。 「弐式殿には希望は無いのですか」 「まるで主張してくれなくて」 「例えば二人から一文字ずつ取り京也とでも? 若しくは錦。 嫌なら絞り出せば……さあ」 にこ、と笑顔で圧力かける久野都。 「……久野都さん?」 孝也の頬が引きつった。紫苑も主の援護をする。 「この機会に名を、是非。 名付けて頂くと絆を得た様でとても、嬉しくなるのです」 飴と鞭。なんてコンビネーションの主従だ。隙がない。そうして時間は過ぎていく。 「姫、そろそろ参りませんと」 グランは幾度目かの催促をする。 「じいやみたいに口うるさいのね。槍に戻りなさい!」 マルカは彼をグラーシーザに戻すと、一冊の本を京助に渡した。 「次会うための口実ですわ」 そう言って笑って別れを告げる。また、いつか。 ●森 ――名は力である。 からす(ia6525)は茶の用意をするとともに、弓に手入れをしていた。 「弓には弓の癖があるからね」 張り直したり、調整を施す。 「さて、どうかな」 からすが声をかけると、呪弓「流逆」は姿を変えた。黒の振袖、白い首筋に刻まれた呪いの刻印。 「いい感じですよ〜ありがとうございます〜」 陽気な返答に目を細める。清流と名づけたが、それは仮名だ。 「真名は隠してこそ力を発揮できるですよ〜」 女も武器も謎が多いほど強い。そんな付け方もアリだ、と。 流逆、その名は。 「時紺斎様が仕掛けた呪いの名、この名こそ我等の力」 意図はわからない、しかしそのように創られた彼女たちは戦い続ける。故に。 「息抜きは必要なのですよ〜」 「ではお茶をどうぞ」 差し出されたお茶を受け取り、清流はおいしそうに飲む。 ――名は愛である。 ――愛は力となる。 ちょこちょこ、白い女の子、水月(ia2566)が歩く。とことこ、小柄で細身な少女がついていく。白金の髪、儚げで庇護欲をそそる雰囲気。年のころは十三、四だろうか。ローレライの髪飾り・エステルだ。 雪のない冬枯れの森の中、二人は景色の中で浮き立つよう。やがて少し開けた場所に出た。温かな陽だまり。すいと水月がその場を指差すと、藍玉の瞳が頷く。柔らかな日差しの中で、どちらともなく口を開いた。 ――。 声が伸びる。細い喉が大気を震わせ、異なる、けれどどこかよく似た二つの音が絡み合う。 鳥のさえずり。草木のさざめき。繰り返すフレーズ、重なる声。少しずつ異なるその音は、重なることでふわりと豊かな厚みをもたらして。 一通りの練習を終えると、どこからか拍手が聞こえた。振り向くと色の薄い水月たちとは対照的に、黒を基調にした二人。 「どうかね」 湯飲みを持ち上げるからすに、エステルは控えめに、水月は目をきらきらさせて応えた。 ●街道 お遣い事の帰り道。人々の行きかう街道の中を、和奏(ia8807)は歩いていた。 特に何も考えず粛々と帰途につく和奏に、神妙に付き従う人影ふたつ。 盛り上がった筋肉、逞しい体躯。錆色の髪に赫い目、鬼のような凶暴性を秘めた大男。刀「鬼神丸」が刀身、濠禍。 それから、身なりはよくても秋霜烈日の峻厳を纏う、長身痩躯の男。同じく刀「鬼神丸」が鞘、凌濫。 そんな近寄りがたいことこの上ない二人がいるせいで、整ってはいるが女顔と言うほどでもないはずの和奏すら、一瞬女性に見まがいかねない。さらにそんな二人がいるせいで、和奏の前は人通りがまったくなかった。 積極性はないが、抜けば躊躇わない――深く考えないだけ、とも言う――和奏。 二人にとって、それは物足りない。しかし同時に畏怖し信頼してもいる。故に彼らは、今はただ和奏に付き従っていた。 ●もふもふは正義 趙 彩虹(ia8292)は、大切な大切なまるごととらさんの大きな身体にブラシをかけていた。 「んー、今日も可愛いよとらさん!」 綺麗な雌の白虎。細い毛がもふもふもこもこで、温厚な目がたまらなく愛らしい。腕をいっぱいに広げて抱きつくと、すりすりと大きな顔を摺り寄せてくる。なんて素敵過ぎる子だろう。愛着ありすぎて名前なんて考えられない。とらさんはとらさんであって、とらさんでしかないのである。 もふもふして幸せに浸っていると、飛びついてくる一人の女性。 「あ〜ん、何この子、可愛いじゃないっ!」 人目もはばからずにとらさんに抱きついたのは、通行人・郭 雪華(ib5506)の連れていた、鳥銃「遠雷」の雷華だった。スリットの深いチャイナドレスの、妖艶な美女……なのだが。 すりすりすりすり、もふもふもふもふ……、幸せそうである。 「あ……雷華……。ごめん……悪気は無いと思うんだけど……」 雪華が独特の淡々とした、けれど明瞭に聞こえる声で話しかけた。彩虹は明るく笑う。 「あは、気にしないで下さいね? 楽しんでもらえたらあの子も嬉しいと思います♪」 そのまま井戸端会議に流れていく。自己紹介から互いに同郷だと判明、そういえば名前も格好も泰国風。 「あの子の改造、鍛冶屋さんに凄くお世話になったんですよー」 鍛えて、鍛えて、鍛えまくった日々。 「すごく強そう……」 そうして主人たちが話している間。 「や〜ん、もふもふしてて気持ちいいわっ! お持ち帰りしちゃいたいくらいよっ!」 もふもふもふ……、ブラッシングしたての毛が気持ちいい。やたら楽しげな雷華。下手に気位が高かったり神経質だったりすればここで牙のひとつも剥くのだろうが、とらさんはまったくそんな気配を見せない。もとより温厚で人懐こい彼女は、むしろ雷華に軽くじゃれたりしていた。 ●研師 「久し振りね、りょう」 ふわりと現れたのは、十台半ばの少女だった。珠刀「阿見」。零、それが彼女の名前だと、皇 りょう(ia1673)は知っていた。 「私があなたの傍に在るという事は、道にでも迷ったのかしら?」 どこか淡々とした口調で問いかけられ、りょうは素直に己の現状をかんがみた。今の自分、かつての自分……。強くは、なった。確かに強くはなった。けれど。 「そうだな……そうかもしれん。武の頂を目指してきたが、力だけでは勝てぬ相手もいる。自らの非力を思い知り、この道が本当に正しいのか疑っているところだ」 「出番が来たのは嬉しいけど、これはこれで複雑な気分ね」 零はそう言うと、衣擦れの音を立てて踵を返した。 「――いいわ、行きましょう」 「何処へ?」 歩き出す零の背中を追いかける。彼女は歩調を緩めずに告げた。 「人は刀なり。あなたの家の言葉よ。磨かなければ曇り、錆びついてしまう。丁度今、研師が来ているの。思い出すのよ、真っ白だった頃の心を」 何を目指したのか、迷わず答えられた頃を。 研師の臨時工房で。主人が愛用していた翼の剣、それを携えてきたはずだがとうの剣がなくなっていた。青山 小雪(ib8199)は慌てる。 「あれ? ご主人様の剣が……!?」 その背後に、佇む隻眼の青年。姿は執事のようで、隙がなく背筋が伸びていた。 「その子は?」 「えっ!?」 匂霞の指摘に振り向き、驚いて身構えた小雪。青年は口を開いた。 「リヴェルテ……主様は私をそう呼びました」 「……? それじゃあ」 肩の力が抜け、小雪の警戒がとけたのがわかる。 「道場でのご主人様は……」 昔話を尋ねる小雪、リヴェルテは静かに答えた。 无達やジェーン達も来て、それから洗いたての綺麗な布で包んだ刀を胸に抱いて訪れたのは、美郷 祐(ib0707)だった。 「人の道を誤る危うさを持つ刃について……。伺えたら、と」 「道を誤るのは人であって、刃物ではないわ」 匂霞は素っ気ない。 (私自身がそも……狭い世間しか知りませんから) お叱りを受けますか。寂しく微笑む祐。それを見咎めて匂霞は目を細める。 「刀工は打つだけ、研師は研ぐだけ。刀は在るだけで、所有者は使うか否かを決めるだけ。それだけのことよ」 それから小雪に水を向ける。昔話もひと段落したらしい。 「この子。使うの」 「え?」 「これからも実戦で使い続けるなら、相応に研ぐわ。でも、そうでないのなら保全を目的にするけど」 「そうですね……」 よく使い込まれてそれなりに損傷があるから、研ぎ方ひとつでだいぶ変わる。少し悩んで、小雪は希望を告げた。 武器の状態を観察する研師。それをながめて葛城 深墨(ia0422)はぽつりと呟いた。 「覚えもないのに使ってるから、無理させてるかもな……」 「……だいたい、お前。陰陽師のくせに何で武器なんか……」 どこか少年めいた、飾り気のない少女がその呟きを拾う。黒い髪は肩までのショートカット、そして黒い目。華はなくそれを本人も気にしてはいるが、シンプルで癖のない姿とも言えた。 「いざって時に自分じゃ戦えないのも困るからなぁ」 なんだかんだいって一番頼りになるのは彼女、符の黛だけれど。 「……目釘、新しくしておくわ」 「ほれ、不安がられた。なぁ、それで強度上がるのか?」 「ええ。強度優先に研ぐし。 手入れは欠かさず、でも全力で使っておあげなさい。覚えがないからと変な遠慮は要らないわ」 そう言うと、預かった武器を連れて作業場へ引っ込む。どこかやさぐれたような黒髪の少年、秀清がつまらなそうに隅に立った。 「祐は俺を使わない。家でずっと飾り物にされている」 「そう」 「俺は乞食清光だ。だが、祐は……」 「祐が好きなのね。 ただじっと持ち主が変わるのを待つことだって、できるでしょうに」 「……だが、使おうとはしない」 「そうね」 研師はただ、頷くだけ。 一度すべて分解し、他の誰かの研ぎ目をすべて消して。化粧がかけられていればそれも落とす。その刀の在るべき姿と使用者の癖を考慮して、最適化して研いで行く。 幾つもの工程を経てそれぞれを研ぎ上げて組みなおし。 すべてが終わると、刃物たちは主の元へと帰っていった。 ●お買い物 秀清が戻されると、祐は彼を連れて町へ出た。構ってほしい。望む秀清と、扱いに惑う祐。 「あ……」 「どうしました、秀清」 「……あれが良い」 安っぽい飾り紐。いいですよ。きつい目尻を和らげて、祐はそれを買い求めた。 浄炎の首飾り・永寧は、狩衣を纏った二十代半ばの女性だった。 「あちらに主様にお似合いの服飾品店がございましてね」 「永寧、主は研師殿を訪ねて……」 指摘する騎士風の男、光輝の剣・ツァイス。しかし永寧はくすりと微笑む。主フェンリエッタ(ib0018)は今日も武装していた。 「休日ですのに鎧も御召しになって……ツァイスなど後回しに致しませんか」 そんな永寧を一瞥し、ツァイスも頷く。 「確かに。主は充分にお綺麗でいらっしゃるが、我ら武具よりも貴方に似合うものがあります故」 「ええ、着飾れば俯く心も華やぎましょう」 武器より笑顔の似合う主だから、そう、無理でなければ笑ってほしい。 「会えぬ間にも己を磨き続け、いつか好いた殿方を驚かせて差し上げなさいませ」 「む……」 悪戯な笑みで言う永寧と、嫉妬を滲ませたツァイス。 「ありがとう」 礼を述べて好意に甘える。こちらです、嬉しげに永寧が先導した。 大通りで柚乃(ia0638)と琵琶「丈宏」・柚羅は、買い物を楽しんでいた。 「柚乃様、柚乃様。あれはなんていうのですか?」 珍しい品を見つけては立ち止り、紫の大きな瞳をキラキラさせる十ほどの女の子。仙女めいたいでたちに、頭の両側に緩めのお団子。 「どれ?」 「あれです、そこの……」 ぱたぱた店頭に走る柚羅、が。 こけっ。 「柚羅っ」 何もないのに。ひっくり返った柚羅に手を貸して起こしてあげる。 「すみません、柚乃様……、あっ、これです、これ」 ぱっとまた柚羅の注意が反れる。旺盛な好奇心を発揮して先ほどからこんな調子だが、見ている柚乃としては気が気でない。ようやく一通りの好奇心を満たした柚羅はあちこちに擦り傷を作ってしまったが、休憩がてらの通りでの演奏は恙なく。 「楽しかったです、由良様」 そんな柚羅に、柚乃は小さく微笑んだ。 「お前らーっ! 何やってんだ!」 虎太郎がそれに気づいて財布を取り上げたときには、もう既にほとんどすっからかん。ほっぺに食べかすつけた姉弟は、さんざん叱られることとなる。 ●―― 夢うつつ。見たのは願いか幻か。 夢の漣の中、記憶は揉まれするりと指先をすり抜けて。 目覚めるころにはまともな形は残らずに。 そして「それ」は、声も鼓動もないけれど―― いまもここに在る。 |