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■オープニング本文 雪が降る。白くなる。 遠くない記憶が蘇る。 誰かの嘆く声が聞こえる……。 「……少し、沈みがちですね。十瀬さん」 かけられた声に、彼女ははっとして顔を上げた。久しぶりに顔を出した青年が、苦笑を滲ませている。 「あ……、九夜さん。すみません……」 「気にしないでください。冬が……来ますからね」 「……ええ」 冬。 雪が降る。白くなる。 長い長い、冬が来る。 「ここの冬はすこし、長すぎますね」 「ええ……。 春になれば、一気ににぎやかになるものですし……、秋まではとにかく忙しいのですけれど」 雪国の冬は長く、そうでない季節は短い。 積もってしまえば出歩くのもままならない季節は、家にこもるほかなくて。思考ばかりがぐるぐるとめぐるのだ。今はまだよくても、これが本当に深く積もったなら……。 知らずため息がこぼれる。 辛いのも苦しいのも、別に自分ばかりではない。けれど、やはり少し憂鬱だった。 山間の小さな山村があった。 山のふもとにひとつ、谷を通り越した先にひとつ。 一本道の通った谷を突っ切った先は、今は無人の廃村。鬼の姿をしたアヤカシによって壊滅したのは、去年の正月のころだった。 それは雪深いころのことで、崖の中腹を通る危険な一本道を行ってアヤカシを掃討したのは、八人の開拓者。彼らは雪の中、かなうかぎりの遺体を見つけ出して埋葬してくれたが……、瘴気が溜まっていたのか、それとも死者の無念が呼び寄せたのか。真実は定かではないが、雪解けの頃、廃村の人間は残らず屍人と化した。隣村である、麓のこの村をも巻き込んで。 ここは雪深いところであるから、村人たちはよく耐えることを知っていた。いや、耐える方法しか知らなかった、のだろうか。どちらにしても、訪れた春の忙しさの中に立ち返っていった。――幾人もの開拓者が心を砕いた、その結果だった。 けれど、収穫も終わり雪が舞い始めて。 家の中で織物や繕い物などをこなす、静かで長い冬の訪れを前に――、やはり、村は少し沈みがちだった。両親を二度目の事件で亡くした、十瀬のように。 墓参りがてら訪れた村から戻ってきた九夜は、ため息をこぼした。何か力になりたいと思っても、遠く町に住む九夜では時折顔を出すくらいが関の山であった。 なぜ出身地でもない村に彼が出入りするのかというと、元同僚であり、好意を寄せた人がいたのだ。その、壊滅した村に。――彼女も一度目の事件で亡くなってしまったけれど。 冬が来る。彼女の命日が近くなる。 あの村でしんしんと降る雪は、言葉さえも飲み込むようだ。 なにを言ってもなにを叫んでも、なにひとつ解決しはしない。 そんな現実を悟るから、誰も彼も、つい言葉を飲み込んでしまう。 長い長い冬の訪れ。 長く冷たい、沈黙の季節。 「どーしたんですかー? 辛気臭いため息なんてついちゃって。客商売でそれはヤバいんじゃないですかー?」 浸った気分をぶち壊す、能天気な声。振り向くと派手ないでたちの、常連客がいた。この寒さにも負けない、太ももを晒す短い着物。開拓者にはよくいるが、風邪を引かないのか心配になる。……彼らは自分たちより、よほど頑丈だと知ってはいるが……。寒いのは同じだろうに。 「……すみません、いらっしゃいませ」 表面を取り繕いながら、彼女の好む反物や帯を引っ張り出して並べ出す。 「あれ? 今日も七尽さんはお休みですか? ずいぶん長いこと会ってないんですけどー」 何気ない言葉にぎくりと肩が跳ねた。それから、ややあってぽつぽつと事情を伝える。さすがに能天気すぎるその客も、わずかに眉をひそめて悔やみを述べた。 「まあでも、そりゃしかたないですよねー。あたしも既に被害の出たトコ行ったりしますが、あの後味の悪さはこたえちゃいます。聞く感じ、あんまりノリのいい村ってわけでもなさそうですしー、テキトーに派手なことやれば浮上してくれる感じじゃなさそうですよねぇ」 「……とりあえず、あなたのようなお気楽さはないかと」 「やっぱりですかー?」 あたし的には派手にやっちゃえばそれでいいと思うんですけど。そんなことを言いながら、ふと彼女はぽむ、と手を叩いた。 「いいこと思い出しました! 最近、神楽の都で流行ってる噂を教えちゃいましょー☆」 「いえ、結構です」 「あのですねー、おとぎ話な感じなんですけどー」 そのテンションに不安を抱きつつ断ったのに、一方的に語られた内容を要約すると、こういうことだった。 いわく、雪だか冬だか白だか氷だか知らないが、何か妖精がいるらしい。 見つけると幸せになる。神楽の都ではその妖精探しが流行中。 以上。 ……まとめてしまうとそんな単純な話だった。 「……あなたから聞いたわりには、一考の余地がありそうです。すごく意外ですが」 「あたしえらい!」 ぐ、と親指立てる客に、ため息つく九夜。このテンションに馴染めたことはないが、村人たちと足して二で割るとちょうどいい塩梅になるかもしれない。彼女のほうが強烈だから、彼女ひとりと村ひとつで釣り合いがとれるだろう。……そんなしょうもないことを考えられる程度には、九夜も浮上していた。 「どーせ村人だけじゃ辛気臭いまんまですよー。慰霊祭とか鎮魂祭とかテキトーな名目で、いっちょ派手に外部の人間使うと吉です☆」 「……はぁ」 「だいたいにして、都よりガンガン雪降る村でやったほうが見つかりそうじゃないですかー? 冬の妖精だとか、たしかそんな感じでしたしー。とりあえずヒマしてそーな開拓者に声かけてみますね!」 「決定なんですね、もう。 ……まあ、そのほうがいいか。お花見のときも、なんだかんだであの方たちが来てくださったから安心してできたわけだし」 「そー来なくっちゃ!」 かくてなし崩しのうちに、何かけっこう重大なことが決定した。 「妖精探しをするんだって」 「見つけると幸せになれるって……」 このところの沈みがちだった村の中が、浮き足立っていた。そのきっかけとなった九夜の手紙を、十瀬はそっと胸に抱く。 手を差し伸べようとしてくれる人がいるのは、幸せなことなのだと。あの事件からずいぶん時間がたった今、しみじみと実感する。 当時はわからなかった。つらい気持ちばかりが先走って、明るさを取り戻すのに手一杯で、人の思いやりにこたえるだけの余力が……あまり、なかったのだ。 雪が舞う。 白くなる。 言葉を奪うような沈黙の季節。 再び向き合う機会が与えられたのは、むしろ良かったのだろうと……思いたい。 |
■参加者一覧 / 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 拾(ia3527) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / ティア・ユスティース(ib0353) / 无(ib1198) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東鬼 護刃(ib3264) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 丈 平次郎(ib5866) / ヴァレリー・クルーゼ(ib6023) / カチェ・ロール(ib6605) / 雨瑠(ib8336) / 波風 集(ib8369) / 琉々(ib8374) / 都瞬(ib8378) / 江流(ib8385) / 神咲隼人(ib8401) |
■リプレイ本文 ●都 神楽の都では、このところかわいらしい噂が交わされていた。多くの住人が、開拓者が耳にしたことだろう。――妖精。 「沈みがちだった村の方々が浮足立つ程の明るい兆し。 冬の寒い中での暖かな兆しを育み育てるお手伝いが出来たら素敵ですね」 ティア・ユスティース(ib0353)は此度ののどかな依頼に、そう思う。 「ティアさんも行くんですか。 ご飯なら手伝えますよ♪」 手持ちでは足りない食材を買い足しながら、行き先が同じだと礼野 真夢紀(ia1144)も楽しげに告げた。主に食材を買い求める彼女たちとは、まるで違う店を覗く人影もある。瀬崎 静乃(ia4468)は大量の紙と糸、そしてたくさんの鈴を抱えて店を出た。りんりん、――そんな控えめな鳴りかたではなく、しゃらんしゃらんと豪勢な音を響かせて道をゆく。 神咲隼人(ib8401)は元来、ほいほいその手の噂を鵜呑みにする人間ではない。けれどもそのときは違った。 彼の故郷では、妖精とは幸福を司るという。 最強を目指して村を出てきたサムライの青年は、その目的のためにと望んだのだ。 (その妖精は、雪や氷、白などといった象徴があると聞く。 ならば……) 「雪山に向かうとするか」 (あの周辺には、鬼によって壊滅した村があった筈だ。あのあたりなら、妖精がいるかもしれない) そう思って、彼は自宅をあとにした。 ●麓の村 隼人が訪れた村は、屋台や提灯があれば祭りかと思うような人出でにぎわっていた。どうも出先とイベント会場がダブったらしい。あちこちの雪には通行人の足跡がてんでばらばらについていた。 「これからが本格的な冬なんですね」 カチェ・ロール(ib6605)の言葉とともに、吐き出された息も白い。 「……此処に来るのも久しいな」 (……悲しみは未だ消えぬか……) 丈 平次郎(ib5866)も、覚えのある景色を前に呟いた。 「時の流れが少しずつ、傷を癒しつつあるか……」 答えるかのように、ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)も言葉をこぼす。拾(ia3527)はしかし。 「いつまでも元気がないのはよくありません! ここは妖精さんを見つけて村の人達を幸せにするのですっ!」 元気よく意気込む。その前向きな姿勢に、ヴァレリーはそうかと頷いて頭を撫でた。 「腰は大丈夫ですか?」 思わぬ方向から声をかけられて、ヴァレリーは小さな顔見知りを見下ろした。カチェだった。 「寒いと痛くなるって聞きました」 「いや……、平気だ。そんなに年寄りでは」 「よかったな、労られて。大事にしろよ」 「お前にだけは言われたくないぞ!」 なぐさめを装って混ぜっ返した平次郎に、怒鳴った。 人ごみの中、都竹と平野 譲治(ia5226)は頭をつきあわせていた。妖精ともし会えたなら。七尽に会わせてあげたい。 「事情は知らないなりが、そういうことなりよねっ!?」 問う譲治に頷く都竹。 「何も言えずじまいだったみたいですからねー。できるかどうか謎ですがー、レッツチャレンジです☆」 真っ白いコートを着込んだ柚乃(ia0638)は、ひらひらと舞い積もる白に幼少期の記憶がかすめ、くすりと小さく笑った。 「雪に埋もれた精霊……もふら様を探すのと、どっちが大変かな」 もふっと埋もれた、そんなことがあったのだろう。素敵な出会い、そんな未来も気になる。 「柚乃にとっての幸せってなんだろう……」 幸せ。その題目と向き合っていたのは、他にもいる。 「幸せを齎す妖精……昔読んだお話の青い鳥、みたいなもの、なのかな?」 「幸せになれる、という妖精か……。 幸せとはごく近いところにあるが、そのことにはなかなか気づかないものだというが……。 見えづらいところにあるものなのだろうな、幸せというものは」 首をかしげる櫻庭 貴臣(ia0077)に、神凪 蒼司(ia0122)も思うところを述べる。 「僕にとっての幸せは、父様が居て母様が居て……蒼ちゃんと蒼ちゃんの家族が居て……。 皆仲良く幸せに、っていうのが僕の幸せ、かなぁ」 貴臣は微笑んだ。 蒼ちゃん呼びに微妙な顔をする蒼司だが、既にもはや諦めの境地。そのことには言及せず、ほら、と手を差し伸べる。ちょっと拗ねたような貴臣の顔に、 「……お前が怪我をしたら、伯母上のお怒りが飛んできそうでな。 恥ずかしいかもしれんが、少し我慢しろ」 「確かに転ぶよりはマシ、だけど」 いつまでたっても子供扱い。それでも伸ばされた手に手を重ね、妖精探しに繰り出した。 慎重な動きを見せる二人とは逆に、転げるのも構わず走り回るのは子供たちだ。久しぶりに会った春の日の友達。一花(いちか)というのが、あの日カチェに折り紙を教えた子供の名前だった。一花の兄弟や友人たちも、もちろん一緒。 そんな彼女たちはカチェと一緒になって、麓の村中をあちこちひっくり返しては探し回る。茂みの中、家の裏、伏せたたらいの下、井戸の中。まるで探検だ。 「あ、今あそこに何か居ました!」 何か動いた! カチェが指差すほうへ、妖精か! と殺到する。わりと全力の捜索ゆえに、なりふり構っちゃいられない。 「カチェ、足速いよね!? 回りこんで!」 「わかりました!」 一花の言葉にぐんと村の子達から飛び出して、茂みに消えた白い影を追う。結局カチェが抱き上げたのは白い野うさぎで、思わず全員顔を見合わせて笑いあった。 「落ち着いて考えれば虫ではないのですよね……」 和奏(ia8807)がぽつりとひとりごちる。どうやら虫取りとダブったらしい。が、何はなくとも妖精探し。さてどこを探したものか。 「ひらひら舞う風花は見ようによってはそれっぽく見えそうですが、雪女はアヤカシっぽい……」 ふらふらと外を歩き回る和奏だった。 そんな様々の目的で集った人々を相手に、ティアと真夢紀は休憩所を設営していた。住宅の部屋を借り受け、各種飲食物を取り揃える。妖精が好みそう。そう思ってティアが用意したハーブティーや、腹持ちの良い餅入りの汁粉。暖をとるための七輪など。 妖精探しの人々の励みと休憩の場を提供したい。ティアの願いだ。一方真夢紀は、より飲食に注力していた。 「大人に各種お酒ありますよ。但し一人一杯です!」 楽しむのは良いが、泥酔者は嫌われそう。主に妖精に。そんな理由での制限だ。 甘酒お茶、お酒を基本に、桜の花湯やゆず茶、生姜湯などの飲料。 囲炉裏で味噌味鳥鍋を煮つつ、周囲に串刺しの牡蠣や貝柱、餅や五平餅、干芋などを刺して焼く。 さらに、甘味もあった。七輪の上の、餅や栗の入った汁粉。芋のタルトや芋ケーキ、芋羊羹や芋栗羊羹。蒸かし芋など。さらに毛布も用意して休めるように。 ものめずらしさや甘味目当てに人々が集まってくる。おうちのお手伝いかい? えらいねぇ。そんなふうに地元民に間違われたりもしつつ。 「お菓子講習や栗の甘露煮作ったの事前で良かった」 ほっとする真夢紀のそば、庭先で小雪が遊んでいた。 ●それぞれの 深い事情を知らない、通りすがりの人々の中。フェンリエッタ(ib0018)はほっと安堵の息をついた。 かつての依頼でおのれの在り方を否定された彼女は、生きる気力を失っていた。 ――人が恐い。 ――でも独りは寂しい。 足場を失った不安定感。笑顔を作るのも難しく、元気なふりは身近な人々をかえって心配させる。 ……それがまた、申し訳ないのだ。 だから見知らぬ他人の中に紛れ込むことが、かりそめの安息を与えていた。 この季節に少ない花を集めて、廃村を訪れたのは菊池 志郎(ia5584)だった。慰霊碑に供えて手を合わせる。 縁などない。けれど、アヤカシによる死者なのだと聞いて、なんとなく足を向けてしまったのだ。 幾許かの沈黙の後、合わせた手をおろした。 「……人が死ぬことには、いつまでたっても慣れることができませんね」 踵を返す。すぐ、麓の村へと戻った。 「――白に、雪……か。 鎮魂には良いでしょうね」 无(ib1198)は懐で手を暖めながら、幾多の足跡の上におのれの足跡を重ねた。それぞれの家を回り墓を見て、廃村へ向かう。ここまで来ると、足跡は往路のひとつきり。そこへふたつめの足跡を並べる。途中、先客らしき青年とすれ違った。彼はここに縁があるのだろうか、それとも。 (私は事件は直接は知らない、縁もない。 にも関わらず鎮魂とはいささか無礼かも知れない) それでもなお。記録のために慰霊碑の前へ立つ。供えられた花は雪をかむり始めていた。 被害者の名前。この村の人間、麓の犠牲者のこと。簡潔な事件の経緯。 雪で読めない部分を払い落とし、暖めた手に痛いほどの冷気を感じながら、開いた手帳に記録する。 まだこのあたりは静かだ。楽しげではないかもしれない、けれど情景は美しいと思えた。 (――妖精がいるなら……魂たちに安らぎを) はら、ひら。雪が舞う。 どうしようかと考えて、柚乃も廃村を訪れた。ぎゅっと雪玉を丸め、それを転がしてせっせと雪だるまを作りにかかる。なるべくたくさん、あまり大きすぎず小さすぎず。 指先がかじかむのも構わず夢中になって、よせ、と頭を体に乗っけたら次へ。普段とはまた違い、年相応に元気な柚乃だった。 一本道。譲治は砂利を撒いて滑り止めにする。ごう、と下から吹き付けてくる風。 「おおわっ!? 風っ! 風っ! 強いぜよーっ!」 どこか楽しげな譲治に、砂利を背負って手伝っていた都竹がけらけらと笑った。 「素敵な上昇気流ですね☆ あ、ホラ見えましたよー、アレじゃないですかー?」 「おおっ! 山に入れば降りられそうなりねっ!?」 「イケそーですね!」 谷へと続く山間からの獣道。気をつけて見ていれば見つかるものだ。先に谷へ降りた都竹と別れ、譲治は廃村へ入る。 アヤカシが二度と出ないように、と。 ●灯と鶴 「私たちが葬った人々だ、様子を見に行きたい」 そう言って、ヴァレリーは同行者を募った。灯。小さな灯りを廃村内に多数置き、夜の廃村を照らす。その企画のための。 「九夜と十瀬も、どうだろうか」 ウルグ・シュバルツ(ib5700)が誘うと、もちろん、と頷きが返る。さらに、折鶴を用いた案件をウルグも提案した。 「訪れた者に、一つずつ折鶴を供えて貰ってはどうだろう」 「折鶴は糸で繋げれば如何でしょう」 フェンリエッタも地上に飾る際の提案をひとつ。 「素敵。では、よければうちを使ってください」 十瀬は作業場所として、自宅に彼らを案内した。灯にしろ鶴にしろ、どちらも準備は欠かせない。 まず、材料。持ち寄った人もいたが、ほとんどは静乃が買ってきてくれた材料でまかなわれた。 静乃は先に、二本のタコ糸を一本に縒り合わせていく。フラウ・ノート(ib0009)もせっせと同じく糸を縒っていった。 鶴を折るのは、拾。彼女は用意した和紙で折る。また、ウルグが灯と鶴の作業場所を伝えると入れ替わり立ち代り開拓者が訪れてきた。仲良く手を繋いだ二人組みは、貴臣と蒼司。苦手な蒼司にかわって貴臣は二人分を折る。 「昔から蒼ちゃんは何でも出来る人だったけど、折り紙とかは全然ダメだよね。 不器用っていうわけじゃないと思うんだけどな……」 言われた蒼司は遠い目をした。 「甘味を作るのとは勝手が違うようで、どうにもこればかりは……な」 囲炉裏の周りでは開拓者や村人、観光客が好きに陣取っては作業していた。无がやってきて鶴を折る。糸を縒り終えた静乃は、灯にひとつの提案をした。 「……受け皿は、折り紙の『船』を作り、『船』の中央に蝋燭が立つ様にして……。風が強い場所や民家や可燃物の近くには設置しない。というのはどう?」 「いいかもしれん」 さらにそのままだと風に吹き消されてしまうので、ヴァレリーが船の周囲に和紙を巻いた。 丁寧に鶴を折ると、静乃はその背中に穴をあける。手毬かがり用の太い針に糸を通して鶴を綴っていく。鶴と鶴との間に鈴をつけるから、それはしゃらしゃらと音を立てた。 フラウも同じく鶴を綴り、数と色とを統一していた。――途中まで。 だんだん変化を求めた彼女は、同色の中に異色の鶴を通してみたり、祝鶴や折羽鶴といった翼部分にヴァリエーションをつけてみたり。 「ふむ。単純作業もいいけど、ちょっと変化欲し……いや、何でもないです」 九夜が苦笑する。 「いいと思いますよ。華やかなほうが、冬ですから」 それなりの数が折れ、参加希望者の参列が途絶えた頃。さて出るか、と皆がざわめき出す中、あまりの紙を短冊状に切ったフラウはそれを九夜や十瀬に差し出した。 「書いてみる?」 余白に文字を。そして、灯篭の中にしのばせよう、と。 「まあ、気休めかもしんないけど……」 「七夕みたいですね」 やりましょうか。悪戯めいて三人は、さらりと筆を走らせる。 入ってきたときと同じく、一礼した静乃が敷居を跨いだところだった。 ●追憶 見上げた空から舞い降りる雪。覚えのある景色。肺を満たす冷たい空気。 「あの依頼から一年経ったのか。早いものじゃな……」 つき合わせる言ノ葉 薺(ib3225)には悪いが。東鬼 護刃(ib3264)は微苦笑をこぼす。墓参りがてらの雪見。向かう先はあの滅びた村で、帰り道を考えて早めに出かけた。 「……一年ほど前にアヤカシに襲われた村でな。 わしらが辿り着いた時には既に生存者は居らなんだよ」 ぽつ、ぽつと事情を話す。薺は静かに耳を傾けていた。 「アヤカシに襲われた村を見る度に、どうにも里を焼いた光景を思い出し、やるせぬ気持ちになるよ……」 そう告げた、彼女の過去を。 薺は知っていた。 (貴女を苛む痛みは如何ほどのものか) それは護刃が乗り越えなければいけないことなのだと、そう思う。 しかし――。 「私が貴女の過去を背負うことはできません。しかし、貴女に肩を貸すことはできます。護刃、どうか私に貴女を支えさせて下さい」 彼女の守護刀が薺を守るのであれば。 (私はこの存在全てを以って貴女を守ります) 舞い降りたはずの白い薄片は、白い大地ではなく白く曇った空へと舞い上がる。幻想的なものだと思った。 「妖精とやらが、この地に眠る魂に安らぎを与えてくれると良いんじゃがのぅ……」 最愛の人。そして信を預けし盟友。そんな彼女の言葉を耳にして、銀世界に感謝した。 拒まれることのない手を繋いだ上から、薺は褐色の尾を絡める。 想いは同じ。安寧の眠り。けれど、欲張るのならもうひとつ。 「願わくば、貴女の心も澄みわたり笑み宿らんことを」 愛する人には笑顔でいて欲しいですから、と。 ●墓場 ウルグは慰霊碑を綺麗に磨く。 「……七尽の墓石は、九夜がやるだろう?」 「ええ」 掃除に行く九夜を背中で送って、慰霊碑の前に飲み物を供えた。 「……時が経つのは、早いものだな」 (あの日から……俺は、成長できているだろうか) 預かったのは、供え場所の希望がない貴臣や无、村人などの鶴。かがんで地面を少し掘り、慰霊碑前に埋めた。 冬の間、寂しい思いをさせぬよう。 (……せめて、想いだけでも共に) 長く冷たい、冬の間。 拾はお手伝いをしていた。灯の設置と、それから妖精探しも気にかかる。 「あかりを落とさないように……」 「……拾、あまりよそ見を……」 言葉の途中で。 ぐらり、と傾いた拾を片腕で抱え、もう片手で彼女の持っていた灯をさらう平次郎。 「するとこうなるぞ」 「え、えへへっ」 「妖精は、手伝いが済んでから探すといい」 「はい! あ! もし妖精さんを見つけたら、教えてくださいねっ!」 危なっかしい少女をおろして灯を返すと、そんなふうに念押しして灯を置きに行く。 鎮魂。その意味を込めた灯。 「……あいつらしいな」 それを思いついた友人らしい。平次郎は思う。生き残った者は祈ることしかできないが……これで少しでも死んでいった者の供養になればと、そう。 りん。降霊の鈴が鳴る。ひとつ、ふたつ。静乃はそうして灯を置いていく。蒼司やティア、譲治、ウルグや村の衆。フェンリエッタもそれを手伝ってから、村をめぐる。 (アヤカシや瘴気の為に失われた多くのもの。 慰めになるかは判らないけど) 掲げた破邪の剣は、梅の香りと白く澄んだ気をまとった。精霊の鈴を鳴らし、剣を振るう。 もう一人、瘴気回収をして回っていた少年がいた。譲治だ。一か所一か所、居たであろう村人を想いながら。 (安らかに) 今度こそ、永遠の眠りを。 ●妖精 なめらかな演奏のためきちんと暖をとり、麓に戻ったティアは心の旋律を奏でた。アコーディオンの鍵盤を白い指がおどる。空から舞う雪とともに、妖精がふわりと舞いそばに来てくれるのではないか。ふとそんな気さえする、幻想的で優しい旋律を。 志郎は村人の間を回っていた。 「農作業等で体を痛めた方はいませんか?」 病気は無理だけれど、怪我には対処できる。そう言う志郎は、何軒かの家を回った。 腕の腱を痛めたとか、膝や足腰など。少し深い怪我もあった。 「いや、申し訳ない。助かりました」 しきりに述べられる礼から話をそらせる意図があったわけではないが、四方山話を村人たちに語って聞かせる。 「楽しい雰囲気に妖精は惹かれて現れるそうですよ」 そう言いながら、外国の気候や料理、珍しい動物など。気軽な話題を選んだ。 「それで? 兄さん、その続きはどうなったんだい?」 雪深いこんな村では、外国どころか都の話もものめずらしい。せっつかれて続きを話す。興味深深なのは子供にかぎらず、働き盛りの男たちから老人までもが耳を傾けた。 (長い冬の間、思い出して少し楽しくなるような) そんな、話を。 「出逢うと幸せな出会いを約束してくださるのでしたっけ……」 絵本の文句を思い出し、和奏はぽつりとこぼす。言葉とともにもれた吐息は白い。 (……出会いは別離の始まりでもありますので、辛い別れを体験した人を前に気軽にお願いするのもどうかと思いますが……) それでもひとつ、願い事があった。 ふらふら歩くうち、しぜんと足は人気のないほうへ向かう。誰も足跡をつけていない家の裏、かすかに聞こえるざわめきとアコーディオンの音。ひらり、目の前を雪と同じ白が横切る。 開拓者となってから、和奏は様々な人と出会った。だから。 「今、辛い思いをされている方に良い加護がありますよう」 そう、願う。 まるで了承の意でも伝えるかのように、ひらりと円を描き踊るように空へと消えて行く小さな背中を見送った。 ●夕闇の前 村をめぐり終える。雪だるまを作る柚乃や妖精探しに移った拾、そして谷底へ行った譲治。そんな皆の邪魔をしないよう、少し遠巻きにしてフルートを取り出し唄口を唇に寄せる。 ゆるり、音色が空に響く。鎮魂の祈り。死者へも届けたい、そんな気持ちで。 (妖精もどこかで聴いてくれているかしら) 白かった空は徐々に輝きを失っていく。冷え込みは一層厳しさを増す。 灯へ捧げるための松明を、无が灯した。そこから火が移されていく。 (沢山の灯で一晩だけでも死者の無聊と生き残った者の心を慰めたい) かつて人々が暮らしていた頃のように。そんなヴァレリーの願いに似るように、ぽつぽつと火が灯っていった。 折った鶴を供えてきた拾が戻ってくる。 「きっと亡くなった方も村の人達も、この灯りと折鶴を見て元気になってると思いますっ! あ……妖精さん……見つからなかったなあ」 残念そうな拾の頭を、ぽん、とヴァレリーの手が撫でた。 「わたしは先に戻りますね」 父と母の分。そう言って二つ分の灯を抱えた十瀬は、日のあるうちにと廃村をあとにした。深々と彼らに礼をして、大事に灯を抱えて帰って行く。同じように、いくつかの家ではそうして火を灯すのかもしれない。九夜は大慌ての都竹と譲治に引っ張っていかれた。 谷底。不安定な道を引っ張られるまま息も切れ切れについていくと、現れたのはひとりの少女だった。 取り立ててどうというわけではない容姿。微笑むと片方にえくぼができて、愛嬌がにじむ。現身ではない。幽霊、でもないだろう。それはきっと、幻のような。 「七尽さ……!」 駆け寄りかけて、九夜は立ち止まった。背景の透けて見える姿。それすらも掠れがちで。 結局無言で立ち尽くした彼の前で、少女は掻き消えた。 「大丈夫なり……?」 「……言葉って、案外出てこないものですね。 でも、綺麗な七尽さんが見られてよかった」 埋葬前に見たのは、むごたらしい遺体だったから。そんな九夜の肩を都竹が叩き、譲治が空気を切り替える。 「目的達成なりね! 帰るなりっ!」 おー、と拳を振り上げる都竹と、ひかえめに真似する九夜が続いた。 谷底から廃村に戻る。直接麓に出る道はないようだ。すると、ちょこん、と鎮座する雪だるまがいくつも連なっている。最後のひとつに頭を乗せ終えた柚乃が、不思議そうな彼らに説明した。 「雪の精霊がたくさんいるみたいでしょ? これで寂しくないかなって……」 「いいなりねっ!」 「素敵です☆」 そういいながら一本道へ向かう。――夜は近い。 「譲治さん。……ありがとうございました」 九夜に見送られて一本道を戻る。赤くなった指で、柚乃は弦を爪弾いた。 琵琶の音が響く。鎮魂の音が紡がれる。 「……またね」 誰にともなく呟いた。 麓の村でもまた、一日走り回った子供たちが別れを惜しんでいた。たくさん遊んで元気になってほしい。カチェの願いは叶ったのだろう。妖精は、見つからなかったけど。 「カチェ、危ないお仕事なんでしょ? 気をつけてよ。これから寒いし、滑って転んだりとか。……やばいってときは、ちゃんと逃げなよ?」 足速いんだから。一花はそれからいくつもの言葉を重ねてカチェの身を案じる。 「来年の春には、またお花見に来ます」 「……絶対よ。待ってるんだから……」 「カチェも折鶴を練習して、上手に折れる様になったんですよ」 約束を交わして、振る雪を払いのけるかのように手を振った。 ●灯の夜 朽ちた家の中でも、慰霊碑の建つ墓地の前で、比較的まともに壁や屋根のある家。廃村へ残留した面々はそこを一夜の宿に定めた。 「まだあると思うのですが……、あ、やっぱり」 ぐいぐい九夜が引っ張り出したのは、布団。少し埃っぽいが、ただでさえ人の気配がしなくて寒々しい廃村だ。眠らないにしろ敷き詰めておかないと、寒くてかなわない。 面子はヴァレリー、平次郎、拾の三人組。それからフェンリエッタ、九夜と何人かの村の衆、それと……。 「――いりますか?」 ヴォトカの瓶を片手に、无がやってきた。 思わずきょとんとした九夜。言葉よりも雄弁に、驚いた顔が疑問を示す。 くいと眼鏡を直して、无は答えた。 「――ただ静かに過ぎて無かったことに成るのは寂しいですから」 証を記そうと、そう思ったのだと。 「……ぜひ」 微笑んで九夜は歓迎を示した。 「拾も一緒にやります! ちゃんと起きれます! ……くう」 昼間の疲れがたたったのか、もともと寝つきがいいのか。くうくう平和な寝息を立てて拾はダウン。そんな少女を膝に寝かせる平次郎。 死者に鶴と酒を供え、ふとヴァレリーは思いついたことを口に乗せた。 「平次郎、私かお前、どちらかが死んだらこうして墓の前で飲み交わすか」 「……そうだな。今日みたいに飲み交わすとしよう」 とぽぽ、手酌で酒を注ぐ。くいと一気にあおれば、喉に感じる灼熱感。 「ふん、お前は無茶ばかりで長生きしなさそうだしな」 「……お前はそう簡単に死にそうにないがな」 そう言って平次郎は、薄い唇に笑みを乗せた。 夜半に尽きたろうそくを取替え、小さな光が照らす朽ちた銀世界を回る。少し盛り上がった地面。墓標のないたくさんの墓。ひらひらと舞う雪。 空が白みはじめるまでの、静かな長い――雪の夜。 |