榎並のつるぎ
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/22 22:50



■オープニング本文

 すらりと鞘走らせると、鈍く光る刀身が姿をあらわした。その腹には龍と梅が躍動感あふれるように彫り込まれ、目にした子供たちは我知らず息を忘れる。
「これが、榎並のつるぎ……」
 ため息に乗せるような、密やかな呟き。ごくり、誰かの生唾を飲む音。
「これがあれば、俺らも……梅姉ぇも幸せになれるんだ」
「でも……、榎並さま、怒らないかなぁ。勝手につるぎを持ってきちゃって」
 気弱げな少年が不安をこぼす。
「だって、おかしいじゃんか。梅姉だって町の人間だぞ。俺らだって、町のもんだ。きっと他の奴らを幸せにするのに忙しくて、こっちまで見えてねえんだよ」
 町からの、人からの施し。
 大した仕事ができるわけでもないのに、お情で多めにもらう駄賃。
 決して丈夫な人ではないのに働いてばかりで、いい年頃なのにまるで男の影が見えない梅姉。
 施設を出て行った兄や姉たちは、わずかの給金を送ってよこす。
 食っていけないわけではないからやめろと言っても、やめない。
 命がかかっているわけではない。泥水を啜るように生きている人間から見れば、呆れられるかもしれない。
 それでも、納得できないのだ。
 肩身の狭さが、そんな現状が。何よりしかたがないと甘んじなければ生きていけない、自分の無力さが。
 どこかに弟子入りすれば、一人前になるまでは面倒を見てくれる。それが普通だし、そうやって出て行った子供は多い。
 それでも、いつも受け入れてくれるところばかりではない。そうなると、人の情にすがるほかないのだ。
「榎並さま……。見えますか。俺が、俺たちが。今のこの状況が。
 どうやったら、俺たちは幸せになれるんですか……」
 小さな手が、朴の木の柄を握り締めていた。

 白い女が訪ねてきた。
 当然だ。手紙でわざわざ呼びつけたのだから。いつも遅れることなく訪れる女は、約束には律儀と言えよう。今回ばかりは、少し遅れてくれたほうが嬉しかったのだが。
 少しばかり居心地の悪い思いをしながら出迎える。
「やあ、暮谷」
「久しぶり。榎並のつるぎの件よね、すぐに状態を確認したいわ」
 すい、と手が差し出された。あかぎれてぼろぼろで、その上節くれている。よく見れば、指の指紋も大部分が磨り減っていた。お世辞にも綺麗な手とは程遠かったが、職人としては頼もしい。しかし今回ばかりは、やはり罪悪感が生まれた。仕事にはどこまでも一途な女だから、この上もなく。
 重い口を開く。嫌だが、言わなければならない。
「はるばる来てくれたところ、申し訳ないのだが……」
「なに」
「刀が盗まれた」
 白い眉の片方が、跳ね上がった。
「すまない。とりあえず開拓者を手配したから、彼らの成果を待つのが現在打てる手なんだ」
「犯人は志体? それとも凶悪犯かしら。刀は無事なの」
「いやぁ、それがね。どうも孤児がやったみたいで」
 その言葉に、女は大きくため息をついた。
「あなたたちの自治に問題ありだったんじゃない」
「痛いな、たしかにこのところ上手く孤児たちに仕事が回ってなくて……、でも衣食住は最低限、きちんと守ってたつもりだったんだが」
「どうだか」
 冷たく切り捨てられて、苦く笑う。こういうときに上っ面だけの慰めを言わない女だと、わかってはいるのだが……。
「ともあれ、店舗からの盗難をすっ飛ばして御神体持っていかれちゃうとねぇ。町人に知られたら最後、子供たちがつるし上げ食らってしまうよ。だから開拓者。身内に頼むとどこから情報漏れるかわかったもんじゃないが、彼らなら常に町にいるわけでもないし、まず情報も漏れなさそうだから」
 ふん、と匂霞は鼻を鳴らした。
「あの子に特別な力なんてなにもないわ。御神体なんてご大層なものじゃないのよ、ほんとうは」
「そう言わないでくれよ。皆の心の拠りどころなんだから」
 苦笑して言う町長に、白い眉根が寄る。
「あの子、いい刀なのに」
 使ってくれないのね。どこか悔しさを滲ませたような、あるいは拗ねたような。めずらしく感情を汲み取れる声だった。
 つまり、それくらい心から不服なのだろう。使われもしない刀が、とても。
 思わず沈黙した町長に、彼女はさらりと話題を切り替えた。
「……なんにせよ。その間の滞在費は依頼料に上乗せになるわね。早いとこ取り戻してくれないと、あなたにとってもわたしにとっても、いいことなんて何もないわよ。あれは休め鞘に入れていたから、そうすぐに痛んだりはしないでしょうけれど」
 そう言って、ふいと踵を返して去っていく。
 その背中を黙って見送った。ともかく今は、何よりも隠密にことを解決しなければ。しばらくは研ぎに出した、と言って御神体を拝みたがる皆をごまかせるが、あまり長々と通用する言い訳ではない。仕事が速い暮谷は、一週間程度で仕上げるのが常だ。
 さあ、そろそろ開拓者の到着するころだ。よく頭を下げて、改めて頼まなくては……。


■参加者一覧
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
マーリカ・メリ(ib3099
23歳・女・魔
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
御凪 縁(ib7863
27歳・男・巫


■リプレイ本文

 あいかわらずだ。それが鹿角 結(ib3119)にとっての、研師への感想。
「まあ刀を大事に思うからこそ、余計な付加価値ではなく刀自身の良さ、評価を尊重するということなのかもしれませんが」
 初対面が初対面ゆえに価値観はわりと理解できるが、それでもやっぱり「あああいかわらずだな」と思わせる奇人っぷりが匂霞にはある。刀、刀、そして刀。そういう人間だ。かたやリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は、町の信仰について考察した。
(まあ拠り所が欲しいのは理解できるわ。
 そもそも御神体なんて大半がそういうものでしょうし)
 口は災いの元、うかつなことは言えないが……。
「境遇に不満があるからすぐ行動に移せるのも子供故でしょうねぇ……。
 まぁ、短絡的なのも子供故だけど」
「親がいないから可哀想じゃないと思う。
 ひどい家族ならいないほうがマシだと思うもの」
 潔く言い切った孤児院育ちのマーリカ・メリ(ib3099)は、はたともうひとつ自分にないものに思い至った。
「彼氏がいなくて可哀想? 余計なお世話っ」
「それにしてもこの町長、決断力なくてこの先大丈夫なのかしら。
 現場見たら止めなさいよ……」
 ごもっともである……。
「匂霞さんとしても刀の手入れが出来るなら問題はないでしょうし、早く事態を解決しましょう」
 もうすぐ町。結が会話を締めくくった。

 ある意味正面からの攻略を狙った開拓者たちは、まず町長の家へ来ていた。依頼期間中の宿泊と口裏あわせもこころよく許可がおりる。
「いやぁ、慰問団ですか。願ってもないですよ。この季節ですからね、子供たちも喜ぶでしょう。
 町人たちも招くのなら、長屋は不適切でしょうな。広い部屋を用意しましょう」
 具体的にどこでやるのか、詰めていなかった開拓者側でも異存はない。
「町長さんは盗んだ子の後姿を見た、ということですが……どの子かっていう見当まではつきませんか?」
 葛城 深墨(ia0422)の質問に、すぐに町長は頷いた。
「背格好もそんなふうだったし、性格からしてもたぶんその子に間違いないとは思いますよ」
 名前はユタ。字を覚える前に親を失ったせいで、どんな字をあてるのかはわからない。結も質問を投げる。
「盗んだものを安心して隠せる場所というのはそう多くない筈です。梅さん、でしたか、職員の方も知らないようならばなおのこと」
 施設内を除外すると、自由に出入りできる場所も限られるだろう。
「施設近辺に隠れ家のようなものを作ってはいませんか?」
「ありえるかもしれません。空き家などもありますから……」
 町長と候補を絞る結。マーリカも絞り込むための条件をたずねる。
「子供たちの風体、性格、よく行く場所、よく通る場所、ここ数日の仕事先、お遣い先とかもわかります?」
 一方、基本的な説明が終わったのでリーゼロッテは町に繰り出していた。慰問団の宣伝と下見を兼ねての調査である。
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は長屋を訪れ、梅に話を通す。それから子供たちにも。
「ぜひ来てくださいね」
「うん!」
「普段はどんな所で遊んでいらっしゃるのですか?」
 遊び場に隠したかもしれない。ええとね、と答える子供たちからの情報は、この後仲間たちと共有された。
 また、鈴木 透子(ia5664)も別行動をしていた。子供からの返却を促すため、接触して圧力をかけるのだ。
 まず長屋の付近をうろつく。通りすがるならともかく、そうすると非常によく目立つ。
「……何してんの? あんた」
 案の定、透子よりいくつか年下の男の子が声をかけてきた。意思の強そうな目がうさんくさそうに透子へ向けられている。空が茜色で、時間帯的に仕事帰りだろうか。遠巻きに、何人かの子供が見守っていた。
「失せ物探しです」
 言うなり踵を返す透子。曲がり角を曲がったところで、人魂をつくり差し向ける。
「なんだって?」
「探し物だとよ」
「こんなとこで?」
「どっかで銭でも落としたんじゃねーの?」
 どうやら、透子とつるぎを関連付ける要素が足りなかったらしい。まさかよそ者、しかも子供が榎並のつるぎを探しているなどと思わなかったのだろう。帰ろう、と去る背中を見たところで、人魂の効果が切れて視界が切り替わった。

 慰問、その当日。
「俺ぁつい最近まで朱藩の山奥いたからな」
 ちとよく知らねぇ、そう言う御凪 縁(ib7863)にハリセン片手のマーリカは軽く説明する。
「サンタクロースが子供に贈り物を持ってくる日、かな」
「一応、何ぞ贈るってぇ話はちらっと聞いたからガキが喜びそうなもんは持ったぜ?」
 荷物袋のかわりに天幕も。旅の慰問団を名乗るのなら、旅装は正しいだろう。必要なら刀も隠せる。それから、赤い服。
「誰か着るか……?」
 縁が仲間を見回すと、深墨が受け取った。赤い衣装に身を包み、贈り物を抱える。マルカからもぬいぐるみや正飴を預かった。町人たちが集まってきたので、まずは音楽がいいだろうか。
 フルートを奏でるマルカにあわせ、リーゼロッテも愛用のヴァイオリンを顎でおさえた。
「こんな形で役立つなんて思っても見なかったわねぇ……」
 クリスマス関連で。マルカにリクエストすると、彼女は自然な繋ぎで奏でる楽曲を切り替える。リーゼロッテも弦をおさえて弓を引いた。深墨がブレスレット・ベルをあわせて鳴らすと、子供たちも真似をしだす。歌詞を知らないかわりにハミングが、足踏みと手拍子も加わった。
 ひとしきり音楽で心をほぐすと、ぬいぐるみやベル、球「友だち」で遊んだりしながら、深墨は子供たちのことを聞いてみる。いつもの遊び場、子供たちの性格……。
「しっかりとやんちゃ? ユタにーだよ」
「どっちも?」
「うん。ユタにーが一番!」
 一方縁は、深墨たちが相手にする子供よりも年少の子供たちと遊んでいた。舞だの楽器だの、そういうのは得意じゃない……、そんな事情もあるし、他にも。
(刀盗った奴らは年長で大人に無邪気にじゃれつかねぇだろうし。
 ガキ共が適度に散らばれば他の仲間が話聞きやすいだろ)
 役割分担、である。なまじ縁はでっかいものだから、ちっこいのは大喜びで縁によじ登っていた。ちっこいのが乗っかる分には縁は気にしないし、ちっこいのはちっこいので、縁の角もさして気にならないらしい。角だー、などと喜ぶ始末である。
「ぶらーんってやってー!」
「ほーれ」
 僕もあたしも、とたかられる。もともと一時接触の不足している子供たちだ、多少年かさの子も寄り付いてくる。
 一番の人気スポットは、縁のところだったようである。

 たくさんの贈り物は、子供たちの歓声をさそった。
 銀の手鏡、獣耳カチューシャ。球「友だち」、とら、うさぎ、もふらのぬいぐるみ。蝶の首飾り、ピンクサファイアの首飾り。甘刀「正飴」。
「……全員分は無いから、みんなで仲良く使うようにね。
 首飾りなんかは、気に入るようだったら、梅お姉ちゃんにも貸してあげな」
 はーい、と元気な声。
「梅姉ー、見て、キレー!」
「よかったわ……え、ええっ?」
 首飾り。その高価そうなしろものにぎょっとする梅。そんな中、透子は子供たちに混じって深墨サンタに近づいて。
「榎並さまのつるぎが欲しい」
 ユタに聞こえるよう、そう言った。弾かれるようにユタの目が透子に向く。視線が合った。
「っ……!」
 ぱっと身を翻し、出て行くユタと何人かの子供。梅は気づかない。
 人魂を飛ばしてあとをつけさせた。

「ジルベリア風年末行事で、町の皆さんに今年の慰労と来年の祝福を届けにきました」
 あらかじめリーゼロッテが宣伝していたおかげもあるだろう、ハリセン「笑神」片手の魔法使い、マーリカは町の人々の前に立つ。
「くりすますじゃないのー?」
 この季節だと、やっぱりクリスマスを連想するのだろう。ええー、と不満げな声を上げた子供を、大人がぺしりと叩く。
「はじめて聞く行事ですねぇ、ジルベリアの方ですか?」
 つるぎへの信仰が厚いだけあるのか、大人は祝福の単語にころっと騙された。頷くマーリカの前に行列。芝居がかったそぶりでハリセンをやたら重々しく振り、肩に軽く当てる。はじめは神妙に受けていた人々だが、中にはハリセンの用途を知っている者もいて。もっと激しく……! そのほうが祝福も大きそう、という希望にこたえて。
「いきます」
 バシーン!!
 派手な音が響き渡った。
 町人の気を引くマーリカの行動で、一番助かったのは結だろう。祝福という言葉に釣られて出かけた人間が多いため、特に住宅地は人の気配がいちだんと薄い。最初におはぎを配ってすぐ、結は皆の集まった部屋を抜け出していた。
 同じくマーリカが入手しておいた地図を広げ、目星をつけた場所をひとつひとつ確認していく。ほったらかしの空き家、使われていない倉庫など。
「ここもなし、ですか……」
 そのとき、曲がり角を少女が飛び出してきた。ぶつかる寸前でお互い足を止める。透子だった。
「どうしました?」
「人魂の効果時間が切れて、見失いました。でもあっちに行ったのだけはわかります」
 指差す方向と地図の物件を照らし合わせる。候補は、ひとつ。

「どうするの、ユタ……。あの子、つるぎを」
 子供たちは、休め鞘におさめたつるぎを囲んで話していた。その背後から、小柄な影が近づく。
「聞いちゃった」
「っ、てめ!」
 ばっと振り向くと、透子と結が立っていた。
「な、なんだよっ。こんなとこに!」
「どうするの? バレたらお姉さんも叱られるよ」
 ことの大きさを教えるように、透子は詰る。
「梅姉は関係ねーだろ!」
 結も町長から頼まれたことと、刀の返却を願う。
「町長さんが僕達に頼み、こうして慰問という形で動くことになったこと……榎並さんも、きっと貴方達の願いを聞き届けてくれたのだと思います」
「あたしたちがこっそり返してあげます」
 その言葉に、ユタはおずおずとつるぎを差し出した。

 集合場所は、施設になった。綺麗な袋に包んでカムフラージュしたつるぎを片手に結、気まずげな顔をしたユタたちを率いた透子。他の仲間たちも慰問団としての仕事を終えて長屋にそろっていた。若いとはいえ保護者は梅だから、梅も知らなければいけないだろう。町長はそう言ったため、ちびっこを寝かしつけた梅が戻ってくると、縁が口火を切る。
「刀盗んだのは何か理由あるんだろ?
 怒りゃしねぇから。
 理由、言ってみな」
 あまり追い詰めることはしたくない。静かに促すと、ぽつ、ぽつとユタが中心になってわけを話した。それを黙って聞き終えたマルカは、口を開く。
「あなた方が梅様の、自分達の幸せを求める気持ちを否定は出来ません。ですがあなた方は不正を行って得た幸福で梅様が喜んでくださると本当に思っているのですか?」
 うつむいて、ぎゅっと唇を引き結ぶユタ。
「それに、一度罪を犯してしまえば、あと少し、あと少しといずれ歯止めが利かなくなってしまいます。あなた達にそうなって欲しくないのですわ」
「悪いことしたらちゃんと謝らなきゃね。
 一人前に扱ってもらう為には大事なこと。
 対等に扱ってもらうって厳しいことよ?」
 マーリカが謝罪を促す。しばしの沈黙の後、こく、とユタが頷いた。
「……わかった。謝りに行く」
「気付いてあげられなくてごめんなさい。……わたしのこと、そんなに気にしていてくれたのね」
 一緒に謝りましょう。梅がユタの手をとる。
「榎並のつるぎの正体は……研ぎ師さんが知っているのよ」
 マーリカは子供たちにそう伝えて、梅にも声をかけた。
「無理せずいてくれることで子供達は安心するのです。
 家族の柱は大事だもん」
「そう、ですよね……」
 忙しすぎる彼女は、これから日々の生活を見直すことになる。

 そのすぐあと、マルカは匂霞を尋ねた。
「弟子をとってもいいと思っておられる砥師の知り合いはおられませんか? 放っておけばまたこの様な事が起こるかもしれません」
「いいわ」
 何を思ったかは知らないが、了承の言葉だけを返し宿を出る。
「もう町長様のお宅に向かわれたと思いますわ」
「そう。器用な子供ばかりではないでしょうし、研師に限らず職人、商人も含めるけれど」
「そうしていただけると助かりますわ」
 こんな性格ではあるが、匂霞は顔が広い。その人脈を利用できるとなれば、多少人数がいても対応可能だろう。マルカの読みはよかった。
 ちょうど子供たちが謝罪し、つるぎを返したところへ到着する。匂霞は端的に用件を切り出した。
「希望者には弟子入り先を紹介するわ。修行は厳しいでしょうけれど」
「……行きたい」
 進み出たのは、ユタだった。
「仕事をしたい。させてくれ。辛くてもいい。榎並さまのくれた機会なんだろ、これ」
「……僕も」
「あたし行く」
 少しだけ切なげな顔をした梅が、それでも微笑みを浮かべた。

 せっかくだからと、深墨は懐紙を咥えてつるぎを鞘走らせてみる。深い鋼の色。刻まれた彫刻。少し離れて、ユタが匂霞にたずねた。
「なあ、あの紙は?」
「観賞用の刀を見るときの礼儀」
「じゃあつるぎの正体って?」
「ただの鋼」
「嘘だ!」
 そんな声を聞きつつ刀身をながめ、それから鞘へおさめた。懐紙をとって深墨は町長に言う。
「使われないって言うなら……年に一度くらい、それで演武をする祭りでも開くとか?
 うまくすれば、御神体以上に町のためになるかもよ」
 けれど息をのんだのは、匂霞のほうだった。
「その手があった……!
 演武もいいけどいっそ多少の実戦くらい。いえ、振るわれるだけでもいいわ。今はまだお飾りでも。
 振るわれることがあれば、いつか誰かがこの子を連れ出してくれるかもしれない。ただ社の中で研ぎ減るのを待つだけでなく」
「……皆に提案しておきます」
 町長は苦笑とともに了承すると、つるぎを持ってきたのと同じように包装し、匂霞に渡す。
「この子に機会をくれて、ありがとう」
 匂霞はにこりともせず、明確な感謝だけを深墨に告げて帰って行く。
「……本当にこんな使い方でいいのかな」
 けれどマーリカが示したように、いつか人の信仰も薄れる日が来るかもしれない。大事に伝えれば、刀は新たな使い手を待つことができる。何百年かの時間を。
 刀がその時間を待てるから、匂霞も待つのだろう。無事に研師も納得したところで、町長はほっと息をついた。
「やれやれ……。お世話になりました」
「食べさせてるだけだから良くないんだと思います」
 透子は一言で今回の事件を言い表した。将来に向けた勉強とかをさせるべきです。そう続ける。リーゼロッテも一言。
「町の運営も大変なのはわかるけど、もっとしっかりしなさいな」
「ぜ、善処します……?」
 やっぱりちょっと、頼りない。

 後日、希望した子供たちは散り散りに引き取られていった。施設の家族とは簡単には会えなくなる。下積み期間は苦しいだろう。それでも彼らは、梅のもとから旅立っていった。