きみがのぞむから
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/03 22:15



■オープニング本文

 ざわ、ざわわ。
 風が通る。草木が揺れる。こすれ合って音を立てる。
 葉を落とした木々。枯れ草色の色あせた世界で、すっくと伸びる薄紫色の花。
 紫苑。
 その茎に小刀の刃をあてがい、すっと滑らせる。滑らかな切り口を見せたそれを、籠の中に入れていく。
 ざわ、ざわわ。
 風が通る。乱れた髪を、そっと手で押えた。

 もうすぐ、秋の花は命を終える。
 冬が来る。
 そうしたら、墓前に何を添えようか。
 椿、だろうか。南天の実が鮮やかで、もうしばらくは成っていそうだから‥‥、花ではないけれど、それもいい。
 籠いっぱいに紫苑を集め、古びた井戸から水を汲む。摘んだ紫苑のいらない葉を切り落とし、水の中で茎を切る。これをしないと、花というのは水に挿してもすぐ萎れるから。
 青い草のにおいがする。手早く残りの紫苑も水切りしてしまい、しばらくそのまま桶の中につけておいた。
 それから、軽く墓前を掃除する。一口にそう言っても、先祖代々の墓であるからなかなかに広い。全部が終わるころには、紫苑はたっぷりと水を吸い上げていた。
 桶から花器に移し、墓前に添えた。
「おかぁさーん!」
 まだ未発達の声帯から発せられたのだと、すぐにわかるあどけない声。振り向けば、よたよたと歩く弟を引き連れた娘の姿があった。年のころは、六つばかり。
「籐鳴‥‥、もう起きてしまったの?」
 娘は、へたくそで不自然な仕草でやれやれ、と手を上げた。おそらく近所の人々の真似をしたのだろうが、まだ自然とそういった仕草をするには上手く身体が動かないのだろう。わざとらしさが漂う。もっとも、子供のやるそういったアンバランスでつたない仕草は愛らしいものだけれども。
「もう八つ時! おなかへったー」
 ことさらに不満を強調する。それに和みながら、彼女は桶の水を捨てた。
「あら‥‥、ごめんなさいね、籐鳴、光大。
 あなた、それじゃあ。また、来ますね」
 墓にひとこと声をかけ、まだ小さな息子を抱き上げる。
「おとーさん、またね」
 籐鳴も軽く挨拶だけして、母の手を握り帰路へついた。

 それは、一年ほど前のことだった。
 帰らない夫の捜索願を、妻である氷鳴はギルドに願い出た。
 森の中で見つかった夫は、けれど、既に帰らぬ人で。
 その遺体のそばにいた、アヤカシを討伐し‥‥開拓者たちは、遺体を運んで帰ってきた。
 そんなことが、あった。
 娘の好きな栗を蒸す。そう、夫は懐に、大事に栗を入れていた。アヤカシは甘い甘い、林檎の香りを放つ木のような姿だったと聞く。どれもこれも娘のためにと集め、そして、そのために死んだ。
 そのことを、氷鳴はどうしても娘に伝えられなかった。死んだことは伝えた。栗のことも伝えた。
 けれどわんわんと泣く娘に、お前のために林檎を取りに行って死んだのだろう、とは――とてもではないが、言えなかった。
「おかーさん、栗?」
「そう。でも、もうこれで今年は最後ですよ」
「うん」
 やはり思い出したのだろう、懐かしげに、そして少し寂しげに籐鳴は笑った。大人びた表情をするようになったと、思う。はじめのころは随分と泣きじゃくった。けれど、冬が終わるより先に笑うようになった。
 強い子だ。そう、思う。

 それから、幾日も経たないうちのことだった。
「アヤカシ‥‥ですか?」
 問い返す氷鳴に、近所の人が頷きを返す。
「氷鳴さんとこのお墓、雑木林になってるでしょう。そこでね、三つ目の鴉を見たんですって。はじめは酔っ払いの戯言だろうって言ってたんだけど、面白半分に近寄った若い衆が火傷して――あ、大したことはないから安心して」
 青くなった氷鳴に一言付け加えて不安を和らげてくれる。
「そう‥‥でしたか。わかりました。
 我が家の墓ですから‥‥、こちらから、ギルドにお願いにあがろうと思います」
「町の問題でもあるからね、一言町長に声をかけてから行くといいよ。補助くらいは出してくれると思う」
「ありがとうございます」
 頭を下げて、それからつん、と袖を引っ張られた。
 見下ろすと、娘が難しそうな顔をして見上げている。
「お墓‥‥、こわれたりしない?」
「大丈夫ですよ。できるだけ壊れないようにお願いしますし、それに、お墓は壊れても建て直せますから」
「ん‥‥」
 さらりと髪を撫でると、小さな頷きが返ってきた。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
慄罹(ia3634
31歳・男・志
ノルティア(ib0983
10歳・女・騎
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰
十 水魚(ib5406
16歳・女・砲
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
春風 たんぽぽ(ib6888
16歳・女・魔


■リプレイ本文

 見覚えのある道。知っている町並み。
「氷鳴さんからの依頼。これも、何かの縁なのかも知れないですわね」
 十 水魚(ib5406)は過ぎ去った時間を思いながら、迷いなく歩みを進める。一年前の依頼。開拓者になって、はじめての。あれから、水魚もいくつもの依頼をこなした。
(籐鳴ちゃんも光大君も、きっとあの時よりも大きくなっていますわね)
 赤ん坊に小さな子供だから、あっというまだろう。
「今度こそ、取り返しのつかない事になる前に、終わらせますわ」
 心に決めた意志を、確認するように唇で紡いだ。
 そんな水魚は、自然と先頭を歩いていた。続けて歩いてくるのは、他の仲間たち。
 罰当たりな。そう思いながら、慄罹(ia3634)が思い浮かべたのは育ててくれたあるひとのことだった。
「あの人の墓も荒されてなきゃいいが‥‥」
 ぽつり、口の端に言葉を乗せて、けれどすぐに微苦笑をにじませる。
「いや、荒される程立派じゃねぇけど‥‥」
 幼かった慄罹にできたのは、簡易な墓が限度だった。そんな過去の余韻に浸る慄罹を現実に引き戻したのは、ここまでの道のりを先頭に立って歩いた水魚の声だった。
「ここですわ」
 酒屋の裏手。連なるように建つ家の戸を叩くと、出てきたのはよたよた歩きの子供の手を引く、小さな少女だった。
「おう、初めまして」
「ふに〜、よろしくなの〜」
 ぺこりん、慄罹に続いてプレシア・ベルティーニ(ib3541)も頭を下げた。
「開拓者のおねーちゃんたちだ。いらっしゃい!」
 挨拶を交わして、慄罹は身を少しかがめた。その拍子に、肩口からこぼれ落ちた三つ編みが揺れる。
「おまえさんの父ちゃん達の墓はちゃんと守ってやるからなっ」
「うん!」
 ぱっと安堵のひろがる藤鳴の頭を撫でる。続けて光大の頭に手を置いたとき。
「いっ?」
 大して痛くはない、のだが。むんず、と幼児のちんまい掌には、慄罹の三つ編みが握られていた。

 そのあと、慌てて出てきた氷鳴が光大の手を離させた。
 細い小指と、ふくふくとした小さな小指が絡み合う。
「大丈夫です‥‥絶対に、お墓を護ってみせます!」
 目線を合わせるためにしゃがみこみ、春風 たんぽぽ(ib6888)は柔らかく微笑んだ。
 ――絶対に不安にさせない。そう心に決めて。
「‥‥大事、な。お墓‥‥必ず、だね」
 ノルティア(ib0983)も、小さく呟く。
「うん。おねーちゃんたちも気をつけてね」
 藤鳴は言った。無邪気で、無条件で絶対的な信頼をためらいなく示して。
「よろしくお願いいたします」
 深々と下げられた氷鳴の頭。そんな家族の見送りを受けて、彼らは墓地へと発った。
「ん〜、美味しい食べ物は大事なんだよ〜♪
 でもでも、それを利用して悪い事をするアヤカシは許せないんだよ!」
 しっぽをぱんぱんに膨らませ、ぷんすか去年のアヤカシに怒るプレシア。
(妖魔が居る限り、こんな事件はなくならん)
 鍛え上げられた長躯。颯爽と先頭を切るのは、巴 渓(ia1334)だ。
(それならば俺は、いや俺だからこそ、この拳で叩き潰す)
 赤い篭手に覆われた利き手。かたく拳を握り締める。
(例え、幸せというゴールのない、血を吐きながら走り続ける悲しいマラソンになろうともと‥‥な)
 そうやって過去、あの家族に関わった者がいたように。
(今、俺が思い同じくしてここに居る。ただ、それだけさ)
 まるで茨の道を踏みつけて走るかのような意思を持つ渓。雑木林に近づくと、上空を見据えて警戒に移る。
 一行の最後尾にノルティア、周辺を全体的に警戒する水魚。水魚は銃に弾を込め、準備を整える。
「話を聞く限り、大したアヤカシでは無い様ですけど、気をつけるに越した事はありませんわね」
 そんな中で、笹倉 靖(ib6125)は煙管片手にぶつぶつ呟きつつ動いていた。
「さみぃなー。
 何だって墓場になんかアヤカシは出やがるんだ」
 飛び火注意、と思いつつ水場の確認。雑木林から程近いところに共用らしき井戸があったのを見つけた。
 真面目に動いている面々のいる一方、プレシアは。
 ぐきゅるる〜、と腹の虫を鳴らせていた。
「あぅ、お腹空いてたら元気に動けないんだよ〜♪」
 いそいそとやたらでかいおにぎりを取り出し、もきゅもきゅ頬張る。あんまりにものどかすぎる光景に、友人・玖雀(ib6816)はがくりと出鼻を挫かれた。
「緊張感がねぇんだよ、お前は‥‥っ!」
 んん〜? と、まるで頓着せずにえらい速さで胃におさめたプレシアは、いつも通りにマイペースだった。
「んで、鴉だっけ?」
「ナリの小さい奴らは群れで来るのが常道、一匹だけだとは限らん」
 靖の独り言に近い言葉に、答える渓。だな、と頷いて靖は瘴索結界を張った。一瞬靖の身体を光が覆う。
「三羽だな」
 大まかな位置もあわせて伝えた。とはいえ瘴索結界「念」は抵抗される可能性もあるので、警戒を維持しつつ雑木林に踏み込む。
 左右に並ぶ墓石。その墓前に立ち、たんぽぽは目を閉じて触れた。冷たい石の感触。
(私も両親が亡くなった時に、毎日毎晩泣いてましたっけ‥‥。
 でも‥‥幼いながら気がつくんですよね、泣いてばかりじゃいられないって)
 触れた手を引き戻し、両手を合わせた。
「私達開拓者、ご家族の分も併せて頑張ります。だから見守ってください」
 言葉尻にかかるように、乾いた銃声が響く。ノルティアが空に銃口を向けていた。
 羽音。黒い影、三つ目の鴉。
 たんぽぽはキッと睨みつけると、二冊の魔術書を開いた。

「隆大さん‥‥だっけ? 少し騒がしくなるかもだが我慢してくれよな」
 そう言いながら、慄罹は手早く墓石を毛布としろくまんとで覆い、縄で固定をする。
 背後では戦端が開かれていた。
「‥‥ん。こっち、おいで‥‥」
 音で自身に注意をひきつけたノルティア。銃をおろし、道の中央で盾を構えて大量のオーラを身にまとう。
「おおっ、アヤカシが来たんだね〜!?」
 向かってくる三つ目の鴉に、プレシアは呪縛符を放つ。
「かんぶ(=患部)にぺた〜って貼り付いて、すぐに効果があるんだよ〜♪」
 小さな式が現れると、一羽の鴉の翼や足にぺたっとへばりつき、動きを阻害する。もがもがと空中で羽ばたく一羽。残りの二羽が口を開き、ぱっと火の粉を降らせた。
 片方をノルティアが耐え、もう片方を掲げた林冲を回転させ、たんぽぽごと守るように慄罹が防いだ。――武器で防げた、ということは、この三つ目の鴉が扱う火の粉は物理攻撃なのだろう。非物理攻撃であれば、こうはいくまい。
 ぎゅ、と最後の結び目を結び、慄罹は立ち上がった。
 見通しは悪くないが、だからといって広々とした場所でもない。引き金に指をかけ、照準をしっかりと定める水魚。水魚の狙う鴉を渓が気功波で牽制し、敵の攻撃射程に入らないよう気を配る。
 その渓の攻撃から逃れようと、上空へ向かう鴉。
「空に逃げても無駄ですわ」
 乾いた銃声。火薬のにおい。翼を打ち抜いた。よろよろとそれでも羽ばたき、火の粉を吐く。それは手前にいたノルティアに降り注いだが、彼女は自身の防御力でしっかりと耐える。
 残る二羽もそれぞれ、仲間が応戦していた。
 墓石の前に立つのは、たんぽぽだ。いざというときは、という決意をかためている。
(お墓は『その人が確かに存在した』と言う証になっている、とても大切な物ですから‥‥)
 魔力を術として編み上げる。風が渦巻き、真空の刃を形成した。標的を定めて術を解き放つ。
 それは三つ目の鴉を切り裂いたが、抵抗力があるのだろう、傷は浅い。逆に攻撃をけしかけたことでたんぽぽを優先排除対象にでもしたのか、嘴を開いて火の粉を注いだ。
 背中には墓石。意地でも全部自分が当たる。
(多少の自己犠牲はどうってことありません!
 約束しましたから‥‥お墓は護りますって‥‥!)
 そんな少女を、やはり気にしていたのだろう。すぐに反応したのはプレシアと玖雀の二人だった。腕を振りぬいて苦無を飛ばす玖雀。ぐぐぐ〜っ、と丸まったプレシアは、溜めをとって。
「んんんん〜っ、でっかいはんぺんっっ!」
 んばっ! と、大の字に飛び上がった。たんぽぽの前に展開する結界呪符「白」に火の粉が当たって弾け飛ぶ。
「これでしばらくは耐えれるんだよ〜♪」
「ありがとうございます!」
 正面は守られた。しばらくは、側面を警戒すれば事足りるだろう。玖雀の放った苦無はひらりと避けられたが、その隙に改めて取り出した拳石。掌に気を集中させ、力の限り打ち放つ。
「ギャッ」
 目のひとつを潰した。怒りに燃えた残る目が、玖雀を見据える。これでもかといわんばかりに降り注ぐ大量の火の粉。それを、木の幹を蹴りつけてその場を離脱。女物の髪紐で結わえた髪が翻る。
「よぉ〜し、ボクもちょっとは活躍しないとね〜」
 プレシアの言葉に、結界呪符「白」から顔を出したたんぽぽが牽制して敵の動きを制限する。
「ひぃっさぁぁつ! せきしきめいかい」
「待て、何かヤバイ!」
 咄嗟に口を塞ぐ玖雀。一応ちゃんと発動した黄泉より這い出る者に、鴉は血反吐っぽい何かを吐いてのたうち、消える。
「ぷはっ‥‥む〜、これちゃんと言えないの〜」
 もう一羽は、主に慄罹と靖で対応していた。白霊弾がぶち当たり、よろよろと高度を下げる鴉。
 敵との距離を測りながら、慄罹は林冲で薙ぎ払うような斬撃を繰り出した。下から叩き落すかのように振り上げる。
 まともに入って吹っ飛んだ鴉は、ひしゃげた翼でそれでも羽ばたいた。火の粉を二度吐き出す。
 枯葉や墓石。花器の花。瞬時に計算した結果、靖はその場を動かなかった。
「せっかく供えてある花がもったいないさね」
 皮膚の焼ける独特の痛み。けれど、閃癒できれいに消えた程度。斜陽で敵の気脈を乱し、慄罹は一気に畳み掛けた。
 それらを視界の端に確認しながら、渓は手ごろな木の枝に飛び乗った。それを踏み台に空中へ身を躍らせた。赤い篭手をはめた拳を握り締める。
 重力と自重を味方につけ、眼下の鴉の胴体に、その拳を叩きつけた。
 声もなく落とされる鴉。墓石を踏まぬように周囲を把握しつつ、膝の関節で衝撃を殺して着地した。
 地面に落ちてなお、痙攣し身を起こそうとする鴉。水魚はそれに歩み寄り、銃口をつきつける。
「この場所は荒らしたくありませんの。大人しく、消えて下さいな」
 乾いた銃声が、戦いの終わりを告げた。

 撃ち漏らしがなういだろうか。気を配る水魚。保護に使った縄などをといてから、慄罹もアヤカシのねぐらがありはしないかと周辺を確認する。
「ただの偶然だと思うが、念の為調べておくか」
 さして広くはない雑木林や周辺を見て回る。天に伸びる木々、張り巡らされた枝。木立に差し込む日の光が、地面に木々の影を生んでコントラストをつくりだす。
 何もない。その最終確認に、爆竹に火をつけた。大きな音。
 近くにいた雀がいっせいに空に飛び立ち、あたりはしんと静まり返る。敵はいない。
 慄罹は殲滅したのだと、確認した。
「‥‥ホント、大事。してある‥‥」
 お墓を見て、ふとノルティアはそんなことを呟いた。落ち葉や埃、多少の煤。そういったものは、やはり少し散らかってしまう。借りてきた掃除用具を小さな身体で運んできて、掃除にかかった。
「お手伝いしますわ」
「俺も手伝うな」
 水魚と靖も、それぞれ箒や雑巾を手に取った。こくり、ノルティアが小さく頷く。
「やっぱり、少しでも。綺麗、したげたいしね‥‥」
 墓石を拭き、ごみを掃き、片付けて。
 プレシアは用意してきた栗ご飯と線香をあげ、氷鳴は静かに手を合わせた。
 戻ってきた慄罹は、葡萄酒を供える。
「あんたの子供さんは元気だぜ。あんたが見守ってるおかげだなっ」

「‥‥終わった、よ」
 ノルティアの報告に、藤鳴は満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとー!」
 あの時のことを強く思い出しちゃうんじゃないか。そう考えていたノルティアは、少しだけ面食らった。そして思い出す。明るい子だったな、と。目線が前より近くなっている。大きくもなっていた。
「こんどはなにであそぶー?」
 覚えては、いるようだ。けれど消化ができているのだろう。取り乱す様子はまるでない。
「何、が好き‥‥?」
「ちゃんばらー!」
 結局、慄罹も交えてちゃんばらが始まった。やー、だのとー、だの言いながらかかってくる藤鳴は、好きだと言い張るだけあって、拙いことこの上ないが筋は悪くない。
「元気すぎてアヤカシに向かっていくようにだけは育つなよー」
 それを眺めながら、靖が言葉を投げた。いつもくわえている煙管は片付けて、縁側で頬杖ついて見守る。ゆっくりと渓がヴァイオリンを奏で、眠った光大を抱きながら氷鳴は麗らかな午後に微笑んだ。
 振りかざす藤鳴の棒切れを軽く弾きながら、慄罹は思った。もし将来その道を選ぶなら、人を守る為の力になって欲しい、と。
 そんな籐鳴を、玖雀は物陰から背中越しに見守る。
 言葉が見つけられないでいた。道すがら祈るように花を手折り、戻った雑木林の墓前に添えた。
 墓をじっと見つめ、無言で苦無を握り締める。かつて守れなかった人のこと。おのれの弱さが招いた、あの日のこと。
(あの日、俺は我が君の命と自分の愚かさを背負ったまま生きてゆくことを選んだ)
 そんな心を抱えて戻った。のだが。
「‥‥あ、おばちゃ〜ん、栗ご飯ってまだあるかな〜? ボクも食べたいんだよ♪」
「はぁ‥‥俺も少しはお前の能天気っぷりを見習うべきなのか‥‥?」
 走ってくプレシアを見て、盛大に気が抜けた。
 能天気というか‥‥フリーダム? たいへん朗らかなプレシアに、とーなも食べるー! と負けじと張り合うお子様がいた。

「春になったら‥‥蒲公英の花を一緒に添えに行きましょうね」
 たんぽぽは微笑んで、小さなふたつの小指と指を絡めた。その、はじめよりも嬉しそうな微笑に、しぜんと藤鳴の笑みも明るくなる。
「ほんとう? おねーちゃんの髪みたいな、きれーなのいっぱい集めるね!」
 子供特有の、柔らかな指。秋も終わりそうな中で、ふわりと蒲公英色の髪が揺れる。
(春風を感じる季節に蒲公英の花を―‥‥)
 両親が付けてくれた名前が、誇らしく感じられた。
「ん‥‥強い‥‥んだね」
 帰り際になんとなく、ぽつり。こぼしたのはノルティアだった。
(藤鳴さんやお母さんは勿論、だけど‥‥死んだお父さんも含めた絆、って‥‥いうのかな。
 見えないし、会えないけどしっかり繋がってる感じがして。なんか‥‥すごく羨ましいな)
 羨望と、これからも大丈夫だろう、そんな安堵を込めて。
「それじゃ。体、気‥‥つけて。また遊ぼう、ね?」
「うん! またあそぼー!」
 籐鳴にまだ早い。そう思いつつ慄罹は桃一輪の耳飾りを贈った。
「わぁ‥‥」
 お守り代わりに、と差し出すと、藤鳴の目がきらきらと輝いた。
「おとーさん、きれいって言ってくれるかな」
 耳にあてて言う藤鳴に、慄罹は迷わず頷いた。