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■オープニング本文 「アヤカシか‥‥」 重苦しく、村長がため息をついた。刀を佩いたうら若い女性が、あはは、と笑う。 「ちょっと困っちゃいますねー」 「ちょっとどころでなく困るのだが」 「わたし一人の手におえる数じゃありませんし!」 「引け目を感じろ。引け目を」 「わたしのせいでアヤカシが生まれたわけでもないですから! この村にお金がないのもわたしのせいじゃありませんしー」 憎らしいほど朗らかな女性であった。ため息をもうひとつ。 「打つ手なしか‥‥」 「あ、一応ありますよ?」 「なんだと?」 「まあ、今武天で慌しいですからー。こんな辺境までいらしてくださるかわかりませんけどー。 名づけて『どきどき☆夏の合宿!』作戦!」 「‥‥お前は昔から本当に飛びぬけて明るいなぁ‥‥」 「故郷のために頑張るわたし、えらい! ともあれですねー、合宿と称して開拓者様ご一行をお招きすればいいかと。 謝礼は支払えませんけどー、そこはほら。好き勝手にアヤカシ倒してきていいよ、って感じで」 「そんな話がまかり通るか、現実を見ろ」 「それでですね、寝床とか食事とか、そういうのはこちら持ち。まあ、山や畑に多少被害が出ても目をつむりましょう。村の防衛はわたしがやればいいですしー。 わたしが見てきた感じだとー、あんまりアヤカシも強くありませんし。戦い慣れない開拓者さんも遠慮なくどうぞ! むしろ修行場所として思う存分使ってね☆ ってなふうに」 「合宿とやらは予定などをいろいろ計画するものではないのか」 「だってー、開拓者をこっちの都合で雁字搦めにしてもいいことないと思いますしー。 細かいことは気にしない! そんな感じでいきましょう!」 やけに明るいノリで、その計画は打ち立てられた。 「なにこれ? 合宿? 変わった依頼ね」 湯花がひとつの依頼を見つける。真樹と鋼天がそれを覗き込んだ。 「僕嫌だよ。『飛べる朋友連れて来てね☆』なんて、空中戦こんにちはじゃない!」 「なんだよ鋼天、おめーいいかげん慣れろよ」 「うるさいなぁ、真樹! 好きじゃないんだもん、しょうがないでしょ?」 「お前の甲龍も空飛びたいだろうし、受けよーぜ!」 「僕の龍はだらりんちょな性格! そっちと一緒にしないでよ!」 「受付さん、俺らこれ受けたい!」 「ちょっと、話聞いてるの真樹!」 そんなこんなで結局三人はその依頼を受け、指定された村に着いた。なんだかんだ言いつつ、鋼天もいた。 「空ヤだなぁ‥‥」 往生際の悪い少年である。湯花が肩をすくめた。 そんな三人や、同じく依頼を受けてやってきた開拓者を出迎えたのは、『おいでませ開拓者様ご一行!』と派手なのぼりをしょった、若いお姉さんだった。黒い髪に山吹の花を飾り、派手な着物の丈をずいぶん短くしている。のぼりさえなければ、わりとまともだろう。センスのズレてる真樹は素直に、 「かっこいいねーちゃんだな!」 なんぞと言っていたが、湯花は引きつった。ちなみに鋼天はのんきに、お花かわいい、と呟く。 そのお姉さんはしょったのぼりに負けず劣らず、やたら明るい笑顔で高い声を張り上げる。 「よーこそいらっしゃいました! わたし、この村の志体、都竹っていーまーす」 瞬間的に湯花は一歩引く。この都竹という女性、真樹と同類だ。頭の中身が。 「都竹さんが依頼主なのか?」 真樹の疑問に都竹はにっこり。 「似たようなモンですねー。提案者なので!」 今更ながら、この依頼を受けたことを後悔する湯花である。こんな人の考えた依頼がまともなわけない、と思ったのだ。逆に鋼天はなぜか身を乗り出している。野郎二人の頭の中身は謎だ。 「では早速、ご説明しますね! ただいまこの村はー、ちょびっと存亡の危機に晒されております☆」 なんでそんな、明るく言うのか。ものすごく不安を煽られる湯花である。 「最近山からなんっか動物がやたらと逃げてくるなーと思って、いくつか山越えて調査に行きましたところですねー。 なんとびっくり、いつのまにやら山の奥の奥の奥のほうで、アヤカシがわんさといたんです☆」 「『いたんです☆』じゃねーだろーが! ねーちゃんそれあぶねーぞ!」 力の限り真樹が突っ込んだ。湯花はちょっと驚いた。真樹にも常識が残っていたらしい。 「あっぶないですよねー、わたしもちょっとびびりました! けどハイそーですかと逃げるにはー、村一個の大移動ですから、ちょっと大変すぎますよね! でも、わたしひとりで退治しきれませんしー。お金もありませんしー。 そんなときの開拓者頼み! ってわけです」 「でもお金ないんでしょ? 受付でも依頼料出ないって聞いてたし」 鋼天が突っ込む。 「ないです! ありませんので、皆様すみません、タダで倒してください☆ かわりに村の防衛はわたしが一手に引き受けますしー、三食の人間と朋友のお食事、寝床の準備、あと、村にあって必要なものはある程度タダで用意させて頂きます。ご相談頂ければ、わたしもフォローできることはしますし。 ちょっとやそっとの被害や破壊は大目に見ますしー、皆様の修行を兼ねてアヤカシ退治はいかがです? っていうお誘いでした! あ、でも一回で掃討できる数じゃありませんから、二、三回に分けて倒しましょう! 掃除は上からっていいますしー、空中をまず制圧しましょう☆ ついでに山地を偵察してくると、あとあと楽だと思いますよー」 むやみやたらと晴れやかな笑顔で、都竹は締めくくった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
イクス・マギワークス(ib3887)
17歳・女・魔
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 青空の下。都竹の説明を聞いた後。 「わざわざ合宿を、朋友まで指定で依頼に出すなんて変だなとは思ってましたけど‥‥」 御調 昴(ib5479)は都竹のやり口に、問題意識を持った。 (アヤカシは放っておけないですから倒すのはやぶさかではないですが、こういうやり方が広まったり常態化してしまうとちょっと問題かもしれませんね) 一応、あきらかにギルドへの依頼内容と実際の任務が異なる場合、開拓者は契約を破棄することもできるが‥‥、こう微妙な内容だと、たしかに厄介かもしれない。 (‥‥まあ、悪意をもって騙されるよりはよっぽどいいですが‥‥) 悪意どころか脳みそをどれくらい使っているか謎な都竹。昴の憂いに気づくそぶりもなく、変わらぬにこにこ笑顔で神座真紀(ib6579)と挨拶を交わしていた。 (幟はともかくなかなか個性的な格好しとるみたいやし、こういう格好もええかも) 真紀は思った。やっぱりあの派手なのぼりは、うら若い女性にあんまり似合わない。ともあれスタイルのいい真紀であるから、こういった格好も似合うことだろう。 それから地図の作成に移っているのは礼野 真夢紀(ia1144)であった。山小屋の位置などを記していく。 飛び方を尋ねる真夢紀に、都竹は簡単ですよ、と言った。 「たしかに空は見晴らし抜群ですがー、山稜だとかー、お天気しだいでは雲が隠してくれますよ☆」 いつもいつも都合のいい濃度の雲があるわけではないが、探せばあるかもしれない。 そんな山の天気を狩人に確認するのは、レティシア(ib4475)であった。びんぼーな村。それは、レティシアの故郷と通ずるものがあったのだろう。 乗ってあげてもよいかな、と駿龍のフィルを伴って歩く。山の天候は変わりやすい、とは言うが、ここしばらくは安定しているようであるし、四日間は飛ぶのに支障はなさそうだった。 そうして皆が集めた情報を纏めてから、真夢紀は鋼天に声をかける。彼の持つ獲物は金属杖だ。 「軽い物なら少しは龍の負担少ないかも」 「え‥‥」 扇子を差し出されて、鋼天はわずかばかり引きつった。ぷっ、と噴き出す真樹を横目で睨め付け、それから眉尻を下げて真夢紀に謝罪する。 「ごめんね。遠慮するよ」 「でも重くないですか?」 「僕、舞とか歌とか、そういうのすっごく苦手だから」 あいかわらず苦手なものの多い少年である。きっと神楽舞もできないに違いない。 武器が扇子だからと舞わなければならない道理はないだろうが、イメージ的に遠慮したいようだ。それならとスキルをたずねると、恋慈手と解毒、瘴索結界を持ってきたという。 「じゃあ、解毒はお任せできますかね」 「うん、いいよ。治療関係は得意だし」 にこにこと巫女二人が話していると、ゆったりした足取りで老齢の龍を伴い、霧咲 水奏(ia9145)がやってきた。 「龍に振り回されぬようにはなりましたかな?」 「水奏さん!」 お久しぶりです、と三人は揃って挨拶した。 「大丈夫じゃねーかな、たぶん!」 楽観的に真樹が答えた。微妙そうな顔をする湯花と鋼天。 「アヤカシから村を守る事が大事ではありまするが、また微力ながらお力添えさせて頂きまするよ」 フォローの申し出に、やはり三人は揃って頭を下げた。 「さあ、参りましょうか」 シルベルヴィントのほほを撫で、クレア・エルスハイマー(ib6652)は空の人となる。銀の鱗が陽光を弾き、青空に煌いた。 「湯花さんについとくな」 迂回して目的の空域に近づく道のり。真紀はほむらを寄せ、湯花に話しかけた。クラスも龍も同じものだから、戦法等の意見を出し合いながら‥‥、そう思って。 「うーん。あたしもよくわかんないです。やっぱりヒットアンドアウェイ? いや、それは駿龍か。真紀さんは?」 「まず上空をとって咆哮、その間ほむらにはヒートアップで攻撃力を上げさせて、向かってくる敵に急降下でカウンター攻撃。相手が態勢を崩した隙にあたしが焔で攻撃、新陰流で止めを刺すという感じで」 そう考えている、と話す。うんうんと湯花は唸った。 「持ってきたの、スマッシュと強打なんですよね。龍の上で刀振り回す‥‥、難儀しそう」 まだまだ湯花は選択の幅が狭い。その狭い中で何ができるかと頭を捻らす。が、もともと頭脳戦には向いていない少女だ。 「真似していいですか?」 急降下は覚えていないので、その点は真似できないにせよ‥‥、それ以外はそれなりに真似できそうだ。 「ただ、炎龍って耐久力が‥‥。鱗がねぇ」 紙装甲のくせに敵陣に突っ込んで戻らない炎龍に、肝が冷えたことのある湯花。防御が弱いのなら、いつまでもぐずぐずと敵の真ん前にいるわけにはゆかない。 「やっぱり急降下、覚えさせたほうがいいのかなぁ」 三半規管に負担のかかる飛行は遠慮したいなと思いつつ、真紀の話を参考にする湯花であった。 一方、後方ではフィルに跨ったレティシアが鋼天と話していた。 「怖くていいんですよ。戦闘も飛行も、本来おっかないものなんですから」 「だよね!」 水を得た魚のように鋼天は頷いた。 「人間なんだから、地べたで平和に暮らしてればいいんだよ! 地面万歳!」 拡大解釈しすぎである。意図したとおりに伝わらない、というか、もしかして伝わっていてわざと拡大解釈したのかもしれないが‥‥、なんであれレティシアはあまり押し付ける気もなく、それ以上言葉を重ねはしなかった。 「大切なのは目を逸らさぬ事。先ずは戦場──空に慣れましょうか」 微笑んで水奏は告げた。ええー、と不満の声が上がる。けれどもはじめに鋼天が飛んだときにくらべれば、だいぶ鈍足とはいえその甲龍は一応自力で飛ぶし、鋼天も初めほど怖がっているようではない。順調に慣れているようである。本人は認めたがらないだろうが。 そうして、山々を迂回しつつ目的の場所へ着く。遠目でもすぐにわかった。いろいろ飛んでいる。 まだ鏡弦の射程範囲外であるが、互いに気づいて距離を縮める。ざっと十数匹であろうか、まだこのあたりは数も多くない。風上を取り、騎射を使ってから水奏は群れの中の火の玉を撃ち落しにかかった。あれが自爆する、と聞いていたためである。同じく真夢紀も、有毒だという巨大な蛾に似たものだとか、水奏と同じく自爆するものなどを狙って精霊砲を撃ち込んだ。海月弥生(ia5351)も弓に矢を番え、敵へと射掛ける。かなうかぎり他の面々との連携を意識して、たとえば死に掛けのものに止めを刺して効率化を計る。 「接近戦はお前に任せる。目の前の敵に集中しろ、死角は私がカバーする」 標的の指示を出し、あとを任せるのはイクス・マギワークス(ib3887)だ。アルブスニクスは大きな翼を羽ばたかせ、示された敵へ向けて鋭く飛び掛るとその爪で引き裂く。大き目の身体をものともしない、研ぎ澄まされた一撃。急旋回してさらに襲い掛かり、不気味な姿の一羽を倒した。もとより空中戦を得手とする鷲獅鳥、任せたほうが良いだろうとの判断である。ただやはり知能が「獣」の鷲獅鳥。その場で最適な行動はあまり取らず、攻撃一辺倒になりがちであった。かわりにイクスは周囲を警戒し、アルブスニクスの死角から襲い掛かってきた一匹をホーリーアローで撃ち抜く。 「あまり出すぎるな」 顔にかかった黒髪をかき上げ、ぐいぐいと前線に出て行くのを窘める。多少不満げな鳴き声を返すが、それでも一応命令に従う。無謀になりがちなところをイクスが抑え、安全を図っていた。 ケイトに乗った昴も、湯花を気に留めつつ着実に敵を落としていく。気位が高い上に主に対してスパルタなケイトだったが、一羽一羽を着実に落としていく昴をおとなしく運んでいた。今もまた、湯花の下から接近していた羽のある蛇を撃ち落す。 気づいて振り返り、ひらりと手を振る湯花。まだ周囲を把握しつつ戦うのは得意ではないようだ。よそ見する暇があるなら周囲への警戒へ裂けばいいだろうに、優先順位をつけ違えている。 「右側にもう一匹」 「え? わ!」 慌てて応戦する湯花。大丈夫かな、と思った瞬間、頬のすぐ傍を何かが通過していった。 ギャッ、と悲鳴を上げる鳥。昴の斜め上から迫っていたものだ。弥生と真樹が攻撃したのだろう。――と、思ったらいきなり真樹が突出する。 「おお!? いやいやいや、お前が遅いから飛び道具使ってるわけじゃねーよ!」 「飛行アヤカシ駆逐した後存分に速度競争しましょ?」 鈴麗の高速飛行で回り込み、真夢紀が窘めた。ふし、と駿龍は鼻を鳴らすが、一応今回は命令に従うようである。戻れ、と真樹に言われて戻ってきた。その真樹の背後に迫る一羽。駿龍に気を取られていて、真樹と真夢紀は気づかない。 腕をまっすぐに伸ばして、照準を定める。一瞬舞い飛ぶ黒い羽。銃声と、腕にかかる軽めの反動。真樹が振り返る。視線の先でアヤカシを銃弾が貫く。 それは瘴気に戻って、消えた。 周囲との連携を意識して、弥生は全域に気を配る。青空にマリンブルーの機体を駆り、風を受けて衣服が翻るのを感じた。 仲間の背後に迫ったものや、弱っている敵を優先して撃破する。なぜか傍に真樹が並んでいた。 「攻撃、届くの?」 「一応遠打もあるしなー」 言いつつ、いーなーグライダー、と白い流星の描かれたBlue Blazeに熱い視線を送る。少しばかり真樹の駿龍が鼻を鳴らした。 「あたしも機械とか、からくりが好きなのよ」 趣味が高じて滑空艇まで入手しているあたり、本当に好きなのだろう。 「マジ? いいよな、浪漫だよな!」 近づいてきた怪鳥を駿龍に任せて、真樹は嬉しそうに頷いた。 敵より高い位置に陣取り、真紀は咆哮を響かせた。それは大気を震わせ、眼下の山々からいっせいに黒いものが飛び立ってくる。梟、否。梟型のアヤカシであろう。夜行性であったのを呼び覚ましてしまったようだ。 それはまっしぐらに真紀へと突き進む。 「クレアさん、レティシアさん!」 弥生が声を張り上げた。意を汲み取って、それぞれ術を組み上げる。 「我解き放つ絶望の息吹!」 凍てつく風が雪を吹き付ける。それは効果範囲内の梟を含めた敵をまとめて襲い、ダメージを与えて動きを鈍らせた。そこへレティシアがヴァイオリンを奏でる。夜の子守唄が静かに響き渡った。 視認できうる範囲のアヤカシを片付けると、その空域はいっときの落ち着きを取り戻す。あらかじめ用意した地図と確認した地理。そして上空からの観察によりまず一つ目の山小屋を見つけ、降り立った。 地上にもアヤカシがいて危ない、やめたほうがいい。そう言って真夢紀は精霊の小刀を取り出し、鈴麗に迎撃を命じて空に残る。他にも警戒して残ったのは、昴と真紀であった。目立たぬよう気を配って降下するレティシアに続き、他の面々も降り立つ。 そこは粗末な山小屋であった。粗末ではあったが、おそらく林業を営むものたちが馬を伴って入るためだろう。馬小屋と呼べるほどしっかりしたものではないが、簡易な小屋も併設されている。 レティシアは山小屋を簡単に掃除し、物資を確認した。数日分の薪と空の水がめ、それから薄い布団が二組。食料はない。保存食として、村で用意してもらった干飯を置く。 あらかた終わるころ、警戒に当たっていた真紀が降りてくる。彼女は調理セットを取り出すと、手早く味噌汁をこしらえた。 「やったー! 寒かったんだよね」 諸手を挙げて喜ぶ鋼天。しっかり着込んでいたレティシアはともかく、薄着の面々は冷えたことだろう。なにせ生身で強い風に当たり続け、その風は地上にくらべてだいぶ冷たいのである。 「ほっとするわ‥‥」 次はちゃんと上着を着よう、と心に誓う湯花である。そんな休憩中、日だまりを選んでレティシアはフィルと日向ぼっこに出かけた。ちょうど良い場所を見つけて腰をおろし、ヴァイオリンを肩に乗せる。張った弦を弓で引き、フィルの好む曲を弾いた。 艶やかなヴァイオリンの音色が響く。輝く太陽と棚引く雲。青く抜ける空の色。 (穏やかな暮らしも悪くないなぁ) 大好きな日向ぼっこに大事な主人、フィルもゆっくりと寛ぐ。 「隠居する時は一緒ですよ、フィル」 日だまりの中で白い鱗が輝いた。 絆値や練力の少なくなった者から離脱し、村へと戻る。行きと同じく迂回してアヤカシを振り切り帰ると、お気楽に都竹が手を振って出迎えた。あとは自由時間である。もちろん、人間も朋友も、だ。 「ああ、人間を襲ったりするなよ。食事はきちんと用意してもらうから心配は要らん」 イクスの言葉に、ほとんど渋々従うアルブスニクス。まだ友好的とは言いがたい関係のようだ。 それぞれ、好物のある朋友へは真夢紀が聴取して手配していた。ちなみに鈴麗の好物は果物のようで、村で採れた枇杷が並べられている。嬉しそうに食べるさまは可愛らしく、愛嬌があった。 「‥‥此度もありがとう御座いまする。明日からも宜しくお願い致しまするよ」 言葉をかけ、薄く残った血を拭い、水奏は崑崙の身体をよく洗ってやる。その鱗は薄く緑がかった灰色をしていて、遠くに霞む山々の色にも似ていた。傷はすっかり治してもらっているので、丁寧に汚れを洗い流す。 真紀は料理の手伝いを買って出て、村の女たちにたいそう恐縮されていた。 「でも、そのぅ‥‥、戦っていらしたんですから、お休みいただいても‥‥」 「これでも一家の母親代わりやから料理は得意やで」 結局気さくな言葉に流されて一緒にあれこれ作ることとなった。豪勢とは言えないが、小さな村の精一杯の食材が集められている。 手際よく材料を切っていく真紀に、ひとりが感心したように呟いた。 「志体の方でも、まな板じゃなくて食材を切れるんですね‥‥」 それは何か。つまり、都竹はまな板を切るのか。確かに手加減の苦手そうな人物ではあるが。 「下手なことせんから、心配せんで」 「ええ。‥‥ごめんなさい、疑ってしまって」 小さな村で志体一人、つまり彼らの中の志体のイメージは都竹がベースになっているようであった。 「気にせんでええよ」 まだ若い大根の皮を剥きながら、真紀は微笑んだ。 二日目。先日とは場所を変えて飛び立って、村の位置情報を伝えてしまわないようにする。さらに山を迂回して昨日と同じように現地へ入った。 同じように戦う、が‥‥。 「湯花さん、撤退せんと」 いくらも敵を倒さぬうちに、真紀に促された。湯花は一瞬きょとんとして、それからもう絆値がほとんど残っていないことに気づく。 「あ‥‥」 あとどれくらい戦えるのか、なんて気にしていなかった湯花。目の前の戦闘に夢中になっていて気づかなかった上‥‥、絆値そのものを回復していなかった。湯花もそうだが、真樹や弥生、イクス、昴もそうである。真紀はまだすこし余裕もあったが、やはり回復させていないために厳しめであった。真夢紀も若干鈴麗との接触が少なくはあったが、それでも元々の絆値が高いためにカバーできている。 「なんで鋼天は平気なんだ?」 真樹が疑問の声を上げた。三人衆はだいたい揃ってへまをするものだが‥‥。 「だって僕、一緒にお昼寝してたし」 のほほんと答える。能天気が幸運を呼んだようだ。ともあれ絆値がなくなれば、朋友は主の命令を無視しかねない。そうなる前に、一度帰ることとなった。 帰還組は村でそれぞれ朋友とふれあいを持つ。滑空艇の弥生のみふれあいではなく点検と整備を行い、Blue Blazeの状態を整えた。山地に残った面々も、あまり無理をせずに帰還する。 シルベルヴィントの背から降り立ったクレアが村で見たのは、無手で炎龍と戦う湯花であった。さらりとシルベルヴィントの鱗を撫でて、一区切りつくのを待つ。 「湯花さん」 「あ、クレアさん」 ぼたぼたと顎から滴る汗を拭う湯花。けふ、と満足げに炎龍が息を吐いた。どうやら拳が湯花たちのコミュニケーションツールらしい。 それから二人して村へと戻る。世間話をしつつ歩いていると、ふと影が差した。 「湯花! クレアさんも」 激しく風を巻き上げて、真樹が駿龍を駆って着陸、‥‥しそびれて駿龍ごと吹っ飛んでコケた。 勢いを殺しきれなかったようである。あまりにも盛大にコケたものだから、シルベルヴィントがクレアを庇って警戒する。 「いやー、悪ぃ悪ぃ。ちょーっとかっ飛ばしすぎたみてー」 まるで悪気なく、ひょこりと起き上がるなり軽く笑う真樹だった。 鋼天の様子を伺いつつ、水奏はふと思う。 (然し、鋼天殿の空への恐れが、より龍を飛んではいけないという思いにさせているのでしょうか‥‥) 機会があれば鋼天と話そうと思ったが、鋼天含む三人衆はだいたい三人でぎゃーすか色々やっており、話題を用意しておかないと話しかけにくかった。それは、湯花との交流を、と考えていたクレアも同じである。些細な話であればまだしも、腰を落ち着けて話すとなると‥‥ちょっと難しい。 この三人はまったく人見知りもせず、声のかけにくい相手ではないのだが‥‥。三人そろっていつでもどこでも何か騒いでいるのである。落ち着きというものがあんまりない。何を話すのか決めてかからないと、うやむやのうちに全部流されてしまいそうだった。 三日目、四日目はこれといって大きな問題もなく、無事に撤退して帰ってこられた。一度大群とぶち当たって真夢紀もイクスも、さらに鋼天も回復に専念しなければならなかったが、どの敵も耐久力が低い。地道に倒せばどうにかなる範囲であった。また、水奏が鏡弦を使ったところ、やけに反応が密集した場所がある、と判明する。それは地上の話であるので、おそらくは飛べないアヤカシたちの反応であろう。その密集地の他はまばらで、せいぜい十匹前後の群れに分かれ、山の中を好き勝手にうろついているようであった。 そうして四日目の午後。各自の回復しきらない絆値により、敵はまだ残るものの、撤退を決める。 クレアがブリザーストームを放ち、真紀が剣気で威圧した。追いすがる敵を、昴が仕留めて撤退する。 足止めに残ったのは、レティシアと真夢紀、弥生の三名だ。 レティシアが前面に出て敵たちを翻弄する。弥生がそれを補佐し、素早そうなのを二、三真夢紀とともに撃墜した。 「今です」 機首を翻してBlue Blazeが飛ぶ。続いて鈴麗と、高速飛行でフィルが。 一息に離脱し、敵を振り切る。鮮やかなマリンブルーの軌跡が空に刻まれた。 |