【武炎】あふれ出でる
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/28 19:21



■オープニング本文

 扉を開けた。その瞬間、大量の何かがあふれ出してきた。
「――!!」
 仲間の声が聞こえる。たぶん、名前を呼ばれたのだろう。聞き取れないけれど、そうあたりをつけた。
 大量の何かは一瞬で自分にぶつかり、覆い、埋め尽くす。
 目は開けられなかった。空気が肺からもれて、逆に粘性の何かが入ってくる。
 息ができない。
 顔が熱くなるのがわかった。空気が、空気を早く。もがく、けれど出られない。
 喉が、胃が、口の中が、皮膚が。
 熱い、痛い。悲鳴はそれでも上がらずに。
「がふっ‥‥」
 最後の空気を吐き出して、そこで、意識は途絶えた。

「――遺跡の再調査に向かっていただけませんか」
 受付嬢は張り詰めた空気をまとい、そう告げた。
「からくりを回収に向かった開拓者五名が、戻らないのです。この調査をお願いしたいと思います。
 そして、彼らが生きているのなら救出を。見つからない場合や、‥‥死亡が確認された場合はその報告を。
 ‥‥そこそこに依頼をこなしていた五人の行方不明です。相応の危険が伴うでしょう。
 遺跡の内部は、入り口付近に犬型のがらくた兵が数体確認されていました。入るとすぐにがらんと広い空間で、そこから一本の通路が奥に延びている‥‥、ここまでがギルドで把握している情報です。
 調査が主な依頼となりますが、高確率で戦闘も発生するでしょう。
 行ってくださる方、いらっしゃいますか」


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
喪越(ia1670
33歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
丈 平次郎(ib5866
48歳・男・サ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂


■リプレイ本文

 その遺跡の入り口は、暗い口をぽっかりと開けて開拓者を待ち受けていた。
 松明に火をつけ、その暗がりにかざす中、まず慎重に足を踏み入れたのは、高遠・竣嶽(ia0295)だ。すぐに風和 律(ib0749)があとに続く。
「しっかり油断せずに行かないといけないね!」
 持ち前の明るさで石動 神音(ib2662)が言った。皆が頷く。
「少なくとも、バランスの悪い構成でもない開拓者の集団が未帰還ともなれば、人数を増やしたから安心といったレベルの障害ではないのだろう。三人増やして済む程度の話なら、先の五人も逃げるぐらいはできた筈だ」
 律は静かに、けれどはっきりそう言った。情報はないにせよ、危険だということはありありとわかる。今回もまた、バランスの取れたメンバーでの挑戦だ。前衛も攻撃手も充分、となれば今回は大人しくすっこんでるのが良さそうだな――、そう判断する喪越(ia1670)。
「皆、か弱い俺を守ってね☆」
 高い身長とガタイのいい身体、――なにかがどうにも間違っている気がしてならないが、見た目はともかく彼は陰陽師である。一応。
 カツリ、律が平らな床を剣先で探った。小さく破片が飛び散る。今のところ、罠の類は見当たらない。
 赤い炎が照らし出すのは、奇妙にのっぺりとした無機質な空間だった。見上げた天井は高くて暗く、松明の炎ではぼんやりとしか見えない。
 見渡すが、ギルドで聞いた犬型のがらくたは見当たらなかった。かわりに床の上に蟠る影がある。
 それは生き物ではなかった。けれど動いてはいた。どろどろと形の定まらぬ姿で、液体というには一塊にまとまっているし、固体というにはまともな形をしていない。それは何かを自分の上に載せるようにして持っていた。人の形のように見える。緊張が走った。
 竣嶽が、律が、丈 平次郎(ib5866)が、神音が前衛に並び、そして敵との距離を縮めた。
「アル=カマルのシュラムにはコアがあるが、天儀のこいつらにはあるのかのっ!」
 故郷の似通った敵と比較するヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)。
 掲げた松明の明かりを頼りに観察する。けれどそれらしきものは見当たらなかった。
 青白い光が竣嶽の刀から立ち上り、その不確かなどろついたものを薙ぎ払う。
「‥‥! からくり、ですか」
 人の形をしたものが、放り出されて床に落ちた。それは人によく似ていたが、球体の間接を持つ、人間ではないものだった。続けて神音や喪越がスキルを叩き込み、平次郎が武器を叩き込む。
「やはりな」
 奇妙に手応えが薄い、物理攻撃に強いのだろう。けれどそれが止めになったようで、敵――おそらくは強酸性粘泥――は瘴気にもどって消える。
 終わった、と思いきや。
「団体様のご来場だ」
 周辺を警戒していた喪越が警戒を促す。
「精霊よ我が声に応えよ‥‥」
 いの一番に朝比奈 空(ia0086)がブリザーストームを放った。
 一度や二度ブリザーストームを食っただけで消えることはなかったが、そこそこダメージは通っている。開拓者側は畳み掛けるように攻勢に出た。
 それにあわせて、ヘルゥが戦陣「砂狼」をかける。が、八人中五人までしかかけられない。対象の選択に戸惑いが生まれた隙に、竣嶽と神音が射程範囲から外れて敵陣に切り込んでいってしまう。
 しかたなく適当に選んでかけるヘルゥ。あらかじめ優先順位を決めておけば、使いやすかったのだろう。
 菊池 志郎(ia5584)は前衛より下がり、前衛を抜けてきた敵に不知火を浴びせていた。練力温存を心がけているのだが――。志郎と平次郎、そしてスキルを使う予定がない律はまだともかく、他の面々は全力である。手の抜きどころがあるような気はするのだが、落ち着いて作戦を練り直す暇などあるわけもなく。
「‥‥? これは」
 ふと志郎は、奇妙な違和感に気づいた。
「なんじゃ?」
 続いてヘルゥが気づく。それはたぶん、松明を持っていた二人だったからだろう。つまり二人はどちらも、一番明るいところにいたわけだから。
「霧‥‥」
 薄く漂う霧。なんだってこんな遺跡の中で‥‥、そう思ってはっとした。
 こんなところで霧が自然発生するとは考えにくい。であれば、遺跡の罠かアヤカシの能力か、だろう。
「注意してください、この霧‥‥何かあります」
「ありますね」
 落ち着いた竣嶽の声が返ってきた。その鎧の金属部分が腐食している。ところどころもっと深く腐食しているのは、霧ではなく直接腐食液が触れた部分だ。
「金属を蝕むようです」
 強酸性粘泥の攻撃はその身体の一部を鋭く突き出してくるなど、身体そのものを武器としてくる。そしてそのとき、金属の腐食を促す液体が自動的にくっついてくるらしい。
「‥‥鎧は、勘弁してほしいな」
 金属部分は腐食が早い。敵を切った部分から、刀身が腐食している。切り結ぶとどんどん腐食していき、終いには折れてしまう。布や木材はあまり影響を受けないようだが‥‥。
 避けようのない霧がある以上、もうどうしようもない。
「毒がある。気をつけろ」
 鎧を蝕み貫いてきた攻撃を受けて、平次郎が皆に注意を促した。とはいえ相手の能力が低いのか、そうほいほい毒を受けたりしないものの‥‥。
 とても、厄介だった。

 戦闘後、松明を持つヘルゥと、その明かりを頼りに広間を調べていた竣嶽が戻ってきた。特殊な罠があればわからないだろうが、とりあえずざっと見て不審なところはなかった。二つほど律が落とし穴を見つけただけである。広い床をすべて調べたわけではないが、通路と出入り口を結ぶ線上の安全は確認できた。
 それから一列になって通路を進む。武器を振るわないのであれば二人並べなくもないのだが、道幅は普通に狭い。広間よりは天井も低いが、喪越がつっかえるほど低くはなかった。
 ぽつぽつと出てくる敵を蹴散らしつつ進むと、十字路に出た。相変わらずどこも同じ細さの通路で、そこここに強酸性粘泥がいる。からくりを持っているのは半数程度、残り半数は何も持っていない。なんだってそんなものを運んでいるのか知らないが、倒さなければいけない相手に変わりはなかった。通路の狭さに苦労しつつ、十字路の三方向から押し寄せる敵に辟易としつつも倒す。
 それから竣嶽が心眼を使い、周囲を把握する。通路にはたいして反応はないが、いくつかの小部屋と思しき場所からは、ギッシリと詰め込まれまくったかのように無数の反応を感じ取った。ともあれ、すぐに扉をぶち破って出てくるわけでもなさそうである。
 扉が開けっ放しになっている空き部屋がいくつかあった。先に調査した部隊が開けたものかは不明だが、なにもないがらんとした四角い部屋だ。
「小部屋が多いようじゃな」
「休憩できそうだねー」
 ひとまずどこかの扉を開ける前に休憩を差し挟む一行。
 退路確保と周辺警戒にあたる律。先ほど周辺の敵を一掃したせいか、見える範囲には特になにもいない。鳴子をつけようとしたヘルゥだったが、奇妙に平らなこの遺跡では結び付けられるような出っ張りはなかった。
「看破能力には長けていないが‥‥、きちんと見ている」
「すまんのじゃ」
 それからヘルゥはうきうきとクッキーを取り出した。同じくチョコレートを出して配る神音。
「疲れたときには甘い物!」
 他にも包帯やら薬やら、それぞれに出して補給や手当てをする。それだけではやはり足りず、空が閃癒をかけた。

 小部屋を出て探索に戻る。マッピングをしながら、あたりを調べた。丁寧に地図を作り、空き部屋に番号を振って記録していく空。芸術は爆発! と、地図書いてるんだか前衛的なナニカを作ってるんだかわからない喪越。報告用に、と整然とした地図を書き出す志郎。約一名ほど趣味に突っ走った人物はいたものの、特に問題は発生しなかった。
 竣嶽は先に入った者たちの跡を探す。とはいえまともな痕跡は多くはなく、時折真新しい傷跡が通路や小部屋、あるいは扉に小さくついているだけだった。武器を振るったときに引っ掛けたとか、たぶんそんなものだろう。注意していなければ気づかなかったレベルだ。
 一方先頭では、またもや律が落とし穴を探り当てていた。数は多くはないが、時々思い出したかのように出てくる。それ以外の罠がないのは幸いだろう。ごくシンプルな遺跡のようだ。
 後方の警戒を担当していたのは平次郎で、だから、ふと気づいたのだ。
「‥‥? アル=マリキ、少しいいか」
「なんじゃ?」
 同じく後方にいた少女を連れて少し戻る。それから、剣‥‥はないので、つま先で慎重に床を探る。
 穴が開いた。
『‥‥』
 思わず無言になる二人。
 どうやら、時間がたつとまた落とし穴が復活するらしい‥‥。うっかり気づかず進んで、帰り道に落ちたらしゃれにならない。後方を見ていなければ気づけなかった。落とし穴を探りながら、各種警戒をしつつ調査も、時々戦闘。などというのんびりした歩みであったのも一因だろう。さくさく進んでいたら、気づく前に落とし穴のあったところから遠く離れてしまう。
「こ、これはまずいのじゃ」
「白墨で目印つければいい、か?」
「ヘルゥちゃん、平次郎おじさん。どうしたのー?」
 二人に気づいて神音や仲間たちが戻ってくる。わけを説明すると、広間まで戻りつつ、落とし穴を洗いなおす作業が始まった。
 そんなこんなで調査をしていく。一本道をもう一度進むと十字路があり、右に進むといくつかの開いた部屋と閉ざされたままの部屋。うち空き部屋のひとつは先ほど休憩に使ったものだ。
 志郎は近隣のいくつかの空き部屋を覗いたあと、閉ざされた扉のひとつに手をかける。引き戸だ。
 飛び出してくる敵を想定し、距離を空けて警戒する空。その空を守れるように控える律。
 かちり、小さな音を立てて。どぱっ、と、まるではち切れんばかりに部屋の中に詰まっていたか、さもなくば扉に大量にへばりついていたのか。ともあれ強酸性粘泥が大量にあふれてきたのが目の前の事実だ。
 それに飲み込まれないよう、すぐに志郎は早駆で後退した。壁に沿うようにして、律が身を捻って後方への道をあけてくれる。すれ違う瞬間、空がブリザーストームを放った。白く視界が染まり、吹雪が粘泥を飲み込む。
 それでもなお押し寄せてくる粘泥を、盾で押し留める律。けれどその盾も崩壊寸前だ。
 あふれる粘泥。足下の一匹に剣を突き立てる、けれどもそれだけが敵ではない。
 盾の横から上から下から、あふれてくる。飛び退く間もなく盾は飲まれ、足や腕が埋もれかけ。
 咄嗟に動いたのは、喪越と志郎の二人だった。
 まず志郎が動く。夜でほんの刹那、時を止める。早駆で動かぬ仲間の間を縫い、律の隣に立った。わずかの時間を置いて再び時間は流れ出し、そして、それと同時に不知火を放って牽制する。
 わずかに生まれた志郎たちと敵との間に、喪越が結界呪符「黒」を生み出した。射程の長さが幸いした。ついでに言うのなら、喪越の身長が低ければ仲間の姿に隠されて、先頭で起こったトラブルを把握し得なかったかもしれない。
 結界呪符「黒」は天井や左右の壁につっかえて、それ以上大きくなるのをやめた。動きにくい狭苦しい通路だが、結界呪符「黒」より幅が狭かったのも幸運のひとつだ。とはいえ結界呪符「黒」の耐久力は低い。
「撤退しましょう」
 竣嶽が言った。これ以上は無理だ、というのが明らかだった。武器を持ち替えて殿につく。喪越も頷き、同じく殿についた。
「アディオス・アミーゴ、とっととトンズラこくのが長生きのコツだと思うぜ!」
 行方不明者の遺品どころか、生死の確認もできていない。しかしそんなことを言っている場合ではなかった。
 結界呪符「黒」が破られる。空が再度ブリザーストームで打撃を与えた隙に、再度同じように結界呪符「黒」を作った、が。
「わり、あと一回で打ち止めだ」
 斬撃符を撃ちまくっていた弊害がここに出た。もとより武器攻撃が主体の竣嶽も、とうに練力は底をついている。
「大丈夫じゃ! あれは足が遅いようだからのぅ」
 走りつつ、戦陣「砂狼」で俊敏を底上げするヘルゥ。ちなみに彼女も戦陣「砂狼」に限ればこれで最後だ。別のスキルはまだ使えるが。
「これで最後」
 閃癒を使って空が言う。攻撃の要を一手に引き受けていたので、豊富な練力もあっというまに尽きてしまっていた。十字路に戻ってくると、そこには二匹の粘泥が。
 剣気で怯ませる平次郎。武器がないので下手に前に出られない。かわりに、敵が怯んだ隙に空が刀を振るって前衛を引き受ける。納刀したまま使ってもいなかったせいか、まださほど大きな腐食の影響は受けていないようだ。余力を残している志郎が不知火をもう一匹に放つ。
 仲間が皆十字路を通過したなら離脱する。駄目押しに結界呪符「黒」が通せんぼしてくれたので、容易にその場を離れられた。
「こっちだよ!」
 方向感覚の狂いそうな無機質な通路。そこに書き込んだ矢印を頼りに、神音が皆を先導する。
 通路を進み、広間を抜けて。
 外は明るかった。光源があったとはいえ薄暗い世界に慣れた目に、光が沁みた。

「‥‥なにはともあれ、誰一人欠けずにお戻りくださって‥‥」
 受付嬢は、まずはそのことを喜んだ。張り詰めた空気が緩み、ほっとした表情が浮かんでいる。
 行方不明者の捜索が満足にできなかった、ひとつめの扉を開けて撤退しなければならなかった‥‥、そのことについて報告を受けると少しばかり顔を曇らせたが、それ以上の感情の変化は、少なくとも見る限りではわからなかった。
「お疲れ様です。限られた情報でよく頑張ってくださいました。装備についてですが、今回はしかたがないことですし‥‥。避けようもありませんでしたから。ギルドで保障しますね。安心してください。
 これから頂いた情報を元に、改めて調査をさせていただきます」
 皆様はどうぞ傷と疲れを癒してください、受付嬢はそう労う。
 後日、改めて派遣された開拓者の報告では――。
 遺跡の内部はどの部屋も空っぽで、アヤカシもがらくたもからくりも、そして遺体も遺品も生存者も、なにひとつないがらんとした場所だった、との話であった。