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■オープニング本文 淀んだ空と叩きつける雨。 閃く雷光、轟く雷鳴。 耳の拾う音は嵐の気配、そればかり。背中には冷たい洞窟の壁。濡れた身体が冷える。薬草の爽やかな香りがすこしだけ心を慰めるが、だからといって現実は変わらない。火種を持ってくればよかった、と、後悔した。 「‥‥おにいちゃん」 「大丈夫。雨がやんだら‥‥帰れるから。きっと、すぐ、虹が出るから」 腕の中で、小さな頭が頷いた。自分の体が震えないように、強く強く、唇をかみ締める。 小さな弟を、安心させるのが一番だ。自分だって怖い、自分だってつらい。不安だ。 だけどそれを耐えられるくらいには、少年は歳を重ねていた。 息を吸って、身体に力を入れて強張らせて。気を抜いて震えてしまわないように。 そうして、少年は弟の頭を撫でた。 「緊急の依頼です」 ギルドの受付嬢が、その場にいる開拓者に声をかけた。 「すぐに動ける方にお願いいたします。 小さな村のそばの、ある山に行ってください。遭難者二名、どちらも子供。彼らの救助が依頼です。 二人は風邪を引いた祖母のために、薬草を採取に登山。‥‥が、もともと不安定だった天気が崩れたようです。雨に雷、どちらも激しく一向にやむ気配はありません。 また、アヤカシはいないそうですが‥‥、山には熊や狼などの野生動物がいます。山奥に生息しており、普段は村に近づいたりもしないとのこと。ですが、雨や雷を避けるのは動物とて同じです。鉢合わせしない可能性は、ゼロではありません。 子供たちの所在は不明、ただ、薬草の分布具合からだいたいのあたりはつけられるそうです。山に入る前に、村長の家に寄ってください。山の、簡単な地図を用意してくださるそうです。 今から急いでも‥‥、村への到着は夕方になってしまいます。夜間の探索となるでしょう。山は深いので‥‥雷の危険はさほどではありませんが、もし落ちてしまえば、志体とて無事ではいられないはずです。状況と行動次第では、命がけとなるでしょう」 手早く状況を伝えると、受付嬢は開拓者たちの顔を見つめた。 「行ってくださる方、いらっしゃいますか」 |
■参加者一覧
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 激しく打ち付ける雨を、むせ返るような湿りきった空気を、落ちた雷の響く音を、強く感じる夕暮れだった。 「雨が酷くなった時間‥‥? そうですね、影の位置がこのくらいだったので‥‥」 天河 ふしぎ(ia1037)の問いに村長が答える。どこにいるのやら、とため息をついて。 「洞窟の何れかでしょう」 ジークリンデ(ib0258)はそう判断した。少年たちの目的は薬草、洞窟の位置によっては多少下山したかもしれないが、それでも山の中腹より上にいる可能性が高い。雷雨を避けるなら、木陰より洞窟のほうが便がいい。 雨の降り始めは昼近く。 「村の子ですからね、ちびでも足腰は強いですよ。朝家を出たら、昼になるよりずいぶん早く、中腹には着いちまいます」 薬草自生地と少年の足で日が暮れるまでに往復できる距離などの条件を絞り込んで‥‥そう思っていたが、これは多少、捜索範囲を拡大せざるをえない。 とはいえ大雑把にでも目星をつけた。少々捜索範囲は広めだが、目安がなければやみくもに探すはめになる。 受け取った地図を複写するのは佐上 久野都(ia0826)。複写済みの一枚と睨めっこするのは、礼野 真夢紀(ia1144)やふしぎ、菊池 志郎(ia5584)だ。地図を見ながら、というのがやりにくい捜索であるから、記憶するのは確かに手っ取り早い。 「発見をしても、雷雨の中を無理に下山するのは危険ですから‥‥」 一晩は待っていてほしい、志郎の言葉に、うむ、と村長は頷いた。 「その子達のお婆さんにも伝えておいて、僕達が絶対に助け出してくるから、安静にって」 にこっと屈託なく笑むふしぎ。 「確かに、承りましょう」 しかと頷く村長。念入りに防水を考えて荷物を見直す。真夢紀が油紙を配ってくれていたので、蓑の下に持てばかなりの防水となるだろう。 雷対策を改めて確認。そして、彼らは出発した。 「さて、迎えに行きましょうか‥‥命の危険が及ぶ前に」 薄暗い空は、今にもかすかな光を失いそうに見えた。 踏み込んだ山は既に暗い。まずは明かりとして生んだ久野都の夜光虫は、けれどすぐに消えてしまった。手で軽く叩いても消えてしまう夜光虫に、この雨は厳しすぎたらしい。松明などはもってのほか、そうなると頼れるのは‥‥。 「一応、こちらは使えることは使えますが‥‥」 消えたりはしないものの、降りしきる水に反射し遮られ、ジークリンデのマシャエライトも若干心もとない。必然的に、探索の要は暗視を持つふしぎと志郎になる。 とはいえ暗視は暗視、あくまで闇の中で目が利くものである。雨の激しさと稲光で、視界はそれなりに悪かった。気をつければ済む範囲なので、意識を周囲に裂くしかないだろう。 「少し先の足場が悪いから、みんな気を付けて」 ずぷり、爪先が土にめり込む。ふしぎの注意が飛んだ。 「しばらくはわき道も洞窟もありません」 真夢紀が言う。真夢紀と志郎、そしてふしぎが三人で分けて記憶した地図の内容。もし手分けしなければ覚えられたか怪しかった。そんな程度には情報が多かった。 時折記憶が怪しくなれば、複写した地図を広げる。見る間に濡れて滲むが、何枚かあるので使い潰すこともできた。 探すのは雨宿りに適した洞窟。洞窟の多いここでは、使わない可能性のほうが低い。主にジークリンデの目星をつけた範囲を中心に探す。ふとふしぎは広がっていた聴覚が途切れ、耳元で聞こえる雨音ばかりを拾うのに気づいた。超越感覚の効果が切れたのだ。 「では、交代します」 志郎が超越感覚、そして暗視の担当を代わる。そうして先を行く志郎についてゆく。 「このあたりに三つ、洞窟があるはずですが‥‥」 ざあざあと降る雨で、近くにいるはずの志郎の声がすこし、遠い。心眼を使い、皇 りょう(ia1673)が確認する。 「反応が二つ、そことそこだ。私はこちらへ」 言うなりりょうはすぐに動く。気ばかり 洞窟に近寄り、中を確認する。遠くに閃く雷光の中、ばったりと鉢合わせた。数匹の狼だ。すぐに心覆で自らの殺気を覆い隠す。そろり、と離れれば、わざわざ追っては来なかった。ちょうど雷が落ちて大気を震わせたのも一因か。 ジークリンデが目星をつけた探索範囲に入ってからも、ずいぶんと時間が過ぎた。ぬかるむ地面。暗闇の中で、マシャエライトの明かりを頼りに合流する。途中、木の枝に手を引っ掛けた。手の甲に痛みが走る。 多少の傷も、水溜りに突っ込んだ足も気にしなかった。 (どうか無事でいてくれ‥‥!) またひとつ、空で雷が閃く。 りょうが一人で洞窟に向かったあと。もう片方には巴 渓(ia1334)が先行した。そのあとを久野都がついていく。洞窟の入り口付近で立ち止まり、久野都が人魂を作り出して放った。人魂の身体が小さいせいか、豪雨の中はどうしても人魂の移動が阻害されるのだ。入り口付近で作り、雨の影響をあまり受けさせずに中へと放つ。共有した視界はただ暗い。追加で夜光虫も放った。雨のない洞窟内部なら、使える。 (少し広い、‥‥あれは) 熊だ、思った瞬間、大きな手に叩き潰された。洞窟から漏れていた夜光虫の光がふっと掻き消える。 「見つかりました。熊に」 久野都が渓に報告、すぐにのそりと大きな姿が現れた。当身を食わせる。それだけで熊は倒れた。スキルを使うべきかと構えていたふしぎと目が合う。 「練力は温存したほうがいい。力仕事は俺が受け持つ」 「じゃあ、時間がかかるときは言って」 「そうしよう」 答えながらも、周囲に気を配る。便利な生活スキルや探索スキルより、戦闘に秀でた能力の多い渓。無理のない役割分担であろう。特に後衛が多い今回は、なおのこと。 (豪雨の中を暗視や超感覚を駆使して進むんだ。 術者の疲労はかなりのもんだからな‥‥) 渓の心遣いの通りに、ふしぎと志郎の練力は既に半分を切っていた。その分、洞窟の探索のほとんどは久野都やりょう、渓が受け持つ。 「次に行こう」 りょうが合流し、促した。 その後もいくつかの洞窟を調べた。足跡などは雨に流されてしまっていたが、時折超越感覚で明らかに動物の寝息が聞こえたところはパスして進む。 木に触れるのを避けたり、身を低くしたり‥‥、足場も悪い。時折枝道が発生し、そちらの探索にも手を裂かれる。 だんだんと、本格的な低木地帯に近づいていた。 よく周囲の見渡せるそこは、安易に進むには危険が過ぎた。最大射程でジークリンデがアイアンウォールを生成する。雷は高いところに落ちる、一般的な知識ではないが、そういった話は開拓者などであれば耳にする機会も多い。 「他の道だったりはしないかしら‥‥」 「中腹なら直帰ってると思うんです。多分上の方まで行っているのかも‥‥」 真夢紀はそうあたりをつけていた。小さな身体を更に縮め、脳裏の地図と地形を照合する。洞窟を覗き込み、ひとつひとつ確認していく。 「身を低くしないと危険だ」 気が急いで先に進もうとしたりょうを、渓が引き止める。慌てて身をかがめた。泥だらけになっても構わないと、それでも先を急ぐ。ずぷずぷと、腕も足も泥を感じた。けれどりょうは、それにいっさい構わなかった。 しばらく進むと、ひどく近い。雷鳴と雷光。同時に振動。 身を伏せた彼女たちが目を上げると、作ったはずのアイアンウォールが消えていた。あとかたもない。 真夢紀が主に探して周り、ジークリンデが少年たちを呼ぶ。雨音に遮られて、遠くまではなかなか響かない。 身を低くする、それでも歩くのは極力避けたい。慎重に周囲を伺い、音を拾う。 「‥‥三つ向こうの洞窟です。呼吸音が聞こえます」 「生き物の気配だ。行こう」 ぱっと真夢紀が動く。すぐにりょうが続いた。 「――! ここにいます!!」 雨音の中で聞こえるのは、子供の声だ。ジークリンデの呼びかけに答えたのだろうと、わかった。 日が落ちてから、ますます冷え込んだ。 真っ暗な中で、弟の体温だけが暖かい。 「――‥‥!」 声が聞こえた、と、そう思った。激しい雨音。閃く稲妻。轟く雷鳴。音はよく、聞こえない。 「――!」 空耳ではない、はっと顔を上げて立ち上がる。名前を、呼ばれた。そうだと思った。 「ここです、ここにいます!!」 声を張り上げる。 「おにいちゃん?」 聞こえなかったのか、弟は不思議そうな顔をした。雷光が輝く。入り口に、二つの人影が逆光で見えた。荒い息遣い、激しい雨音。 「いました。ここです」 それはまだあどけない少女の声だった。 雨具を脱いだその人々の中で、目を惹いたのは波打つ銀髪が豪奢な女性だった。彼女のそばに熱を持たない火球が付き添うようにいるものだから、なおのこと。 「よく頑張ったね、もう安心だから」 そう言って微笑んだのは、眼鏡のようなものを頭上にかけた少女。弟が微笑み返す。 「ありがとう、おねえちゃん」 「‥‥って、僕は男だっ」 顔を真っ赤にして返す少女――改め、少年。 ぽかん、とする。まだ少年は、助かったその実感がなかった。 「二人とも、ちゃんと避難していてえらかったですね。朝になったら一緒に下山しましょう」 ともすれば周囲に紛れてしまいそうな、黒い髪の男の人。自然と入り口付近に陣取るのは、黒い髪と銀の髪の、どちらも女性だ。女性特有の柔らかさがが見当たらない――少なくとも、少年の目では――、動きがいかにも武人のそれだった。きっと強いんだろうな、と、わけなく思う。 あの豪奢な銀髪の女性が、布を持って身体を拭いてくれた。その感触にはっとして我を取り戻す。 「あ、あの‥‥。僕は、できます、ので」 しどろもどろに告げた。そう? と、布を渡される。弟は頭を拭われて、きゃっきゃと嬉しそうにはしゃいだ。 そうしてあらかた水気を拭うと、ふわりと毛布が被せられた。 「二人ともよく我慢しましたね」 ぽん、と頭に手の感触。見上げると、やはりこちらも綺麗な銀髪の男性だった。一様にみな銀か黒の髪の色をしているので、一瞬身内かなにかかと思ったものだが‥‥、どうも受ける印象や顔立ちはずいぶんと異なる。あの同じ年頃の少女が小さな火を灯したところで、ああ開拓者かな、と思った。きっとたまたま、――珍しいこともあるものだが――黒髪と銀髪、という人員が集まったのであろう。開拓者には村では見られないような、珍しい人々も多いと聞くから。 なんとなく現状が把握できて、ほっと肩の力を抜く。黒い艶やかな何かが手渡された。戸惑うと、食べ物ですよ、と教えられる。半分こして弟と分けた。村の食事に慣れた舌には、驚くほど濃い味が広がる。 「なにこれ。あまーい! おいしいね、おにいちゃん」 「う‥‥ん。そっか、甘いんだ‥‥」 濃さにびっくりしたから、次は小さく齧った。舌の上で溶けていく。それを待つ。ゆっくりと味わった。とても甘くて、そして少しの苦味。小さな欠片を薬草の籠に仕舞った。ばあちゃんにもあげたいと思った。 「丁度持ってたから、2人に」 きれいな女の子みたいな少年が、菱餅をくれた。あの豪奢な銀髪の女の人は、それに雛あられをつけてくれる。 「甘いものはたくさんありそうですね」 黒い髪の男の人が干飯をくれた。ありがとうと言っていいのか、すみませんと言えばいいのか戸惑っていたら、弟に先を越された。 「ありがとう、いただきます!」 ああ、この弟が怯えないで済んでよかった。きっと本能的に、目の前の彼らが強いのだと察したのだろう。守ってくれるだろう、とも。自然と頬が緩む。 「ありがとうございます」 いただきます。きれいなお菓子を口に運んだ。 「ちょっと燃やすのは無理ですかね」 「火、つけられる場所もないな」 真夢紀は火種を灯したまま、ぼたぼたと水の滴る蓑を見下ろした。燃やしたが最後、水気を残した蓑では煙くなりそうだ。それに充分な広さもない。少年たちを含めても、六人横になればいっぱいだろう。松明に火を灯し、掲げる。その中でジークリンデがそっと弟を抱き寄せた。 「おかあさんの匂いだ」 弟の言葉に、少年は驚いたようだった。それからすこしだけ、苦笑する。 まだ覚えてたんだ。そんなことを、少年は呟いた。そして、そんなことを呟く少年はきっと、まだ覚えているのだろう。いつどんなふうにいなくなったか、それは開拓者たちの知る話ではなかったが。 「一先ずもう少し‥‥寝ておいで。 寄りかかって構わないから」 少年と弟を、久野都とジークリンデが挟むようにして眠る。弟ではないが、少年も二人が父と母に見えた。彼の両親はけしてこんなきれいな人たちではなかったし、もちろん髪も少年と同じ黒い色をしていた。けれどもここにいるのは全員が黒か銀の髪ばかりで。さして似てもいないその場の人々が。雨で外の世界と遮断されたその場所が。世界はまるでここしかないように感じる不思議さが。 そのときだけはまるで、家族に見えたのだ。 渓は真夢紀や、見張りを申し出たふしぎに休むよう促した。真夢紀は見るからに幼いいでたちであったし、ふしぎや志郎は特に暗視等で消耗が激しい。 「しかし、捜索中は必死で意識する暇も無かったが、凄い雷だな‥‥」 りょうの声。カッと空に閃く雷光。しばしの時間、そして轟音。 「不規則で予測がつかんので、あまり好きではないな」 いつ光るかわからない、いつ鳴るかもわからない、どこに落ちるかもまったく不明。一応落ちやすい条件のようなものもあるようだが、それがどこまでアテになるかも謎。 「‥‥情けない悲鳴を上げぬよう気をつけねば」 りょうはぼそっと呟く。渓がその声を雨音の中で拾ったかどうかは、わからない。 朝の光の中で。振り向けば朝日。向かう先に七色の橋。 水を含みすっかり緩んだ地面。柔らかな大地に足を取られながら。 子供たちが思い切り滑ったのを、ひょいと渓が引っ張り起こす。時間をかけて山を降りる。 虹の下で、村人たちはこぞって出迎えに来ていた。口々に礼が述べられる。 こうして日の下で見ると、本当に開拓者たちは似ていない。銀の髪も黒い髪も、髪ひとつで印象がだいぶ異なる。豪奢なジークリンデはいかにもジルベリア的な雰囲気だし、真夢紀はいかにも天儀風の黒髪。志郎になれば、村に紛れていても一瞬気づかないかもしれない。 「あの。本当にありがとうございました」 「また来てねー!」 小さな手がふたつ、振られる。虹のかかる村に手を振り返して、開拓者たちは帰路についた。 |