おいしいものが咲いた
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/10 20:02



■オープニング本文

「探検、探検っと」
 ふらふら、ひとりで染否の郊外を歩く佐羽。住人はあんまり優しくないが、治安はそれほど悪くない。とはいえ備えあれば憂いなし、緊急事態の避難経路把握と、町の構造を頭に叩き込む必要がある。そのため、屋台のおじさんは暇な時間帯、佐羽を自由に歩かせてくれるのだ。
「わー、すごい!」
 まばらに建つ家々の中で、ひときわ目立つ庭があった。
 濃密な花の香り。深くて甘い。吸い込んだら肺まで甘くなりそうな。
「うわ‥‥、うわぁ」
 原則食欲で生きている佐羽だが、食欲以外が欠けているわけでは決してなかった。びろうどの深紅、雪のような白、透き通るような緋色、やわらかな鴇色。山吹のような色もあれば、菫に似た色もある。ほろほろ、風に吹かれて花弁を散らして。
「これ‥‥、もしかして、薔薇‥‥?」
 幾多の花弁をほころばせ、甘く香りを放つ花。
「こんにちわ、小さなお嬢さん」
「ば、薔薇って喋るんだ」
「いえ‥‥、生垣の奥ですよ」
 やわらかな声音が笑うように声を弾ませる。
「あ、はわ‥‥」
 かーっ、と頬が上気する。植物が喋るわけもないのに、ナチュラルに勘違いした自分。都会の植物はすごいなぁ、とか感心する前に疑おう自分。
「お暇かしら、せっかくですから、こちらでお茶でもいかが?」
「あっ‥‥、はいっ!」
 それでもやっぱり、食べ物のお誘いには肯定以外の返事はなかった。

 庭をぐるっと回りこんで、ジルベリア風のアーチをくぐって中へ入る。きょろきょろ見回すと、青い服の女性が手を振っていた。
「いらっしゃい」
「あっ‥‥、その、突然なのに、お招きいただいてありがとうございます」
「こちらこそ。来てくれてうれしいわ。わたし、綴というの。お嬢さんは?」
 かたり、椅子を引いてくれる。どぎまぎして腰掛けると、女性は慣れたように紅茶を注いだ。
「佐羽です」
「このあたりにお住まい?」
「町のほうで‥‥、あの、このあいだ、来たばっかりなんですけど」
「まあ。しばらくいるのかしら」
「当分、こちらでご厄介になる予定です」
 嬉しいわ。やわらかな微笑みが心をほぐす。どうぞ、と、紅茶をすすめられ、お茶菓子を出される。クッキーと、なんだろう。赤くて平べったいもの。
「お砂糖とミルクはいかが?」
「あ、その‥‥」
「慣れないかしら。そうね、甘い飲み物はお好き?」
「あ、はい」
「わたしの好みになってしまうけど‥‥」
 砂糖とミルクがすこし。
「いかが?」
「あ、おいし‥‥」
「よかった。お菓子もどうぞ。こっちはバタークッキー、あと、これは薔薇の花びらの砂糖漬けよ」
「薔薇の‥‥?」
「たくさんあるでしょう? 薔薇」
 たしかに、庭にはたくさんあった。
「どうぞ、そのまま召し上がって」
「はい。‥‥わ」
 ぱり。食感は、どちらかといえば硬い気がする。甘い砂糖の味。直後に、口いっぱいに広がる薔薇の香り。
「っ‥‥!? すごっ‥‥」
 言葉がなかった。なんだろう、この食べ物。薔薇だ。そのままの、薔薇だ。
 綴はいたずらが成功したかのように、ふわりと笑みを広げる。
「素敵でしょう?」
「はい‥‥! とても」
 他にもあるのよ、と。黄色や鴇色の薔薇を差し出す綴。
「すごい‥‥、お砂糖、だけですか?」
「あとは卵白ね。簡単なのよ。ただ、とても面倒なの。
 よかったら手伝ってくれないかしら。一人だと、ぜんぜん捗らないのよ」
「あ。それだったら‥‥」
 呼べば来てくれそうな人、けっこういるかも。
 佐羽の脳内に、何人かの顔が浮かんだ。

「師匠ー! 染否行きましょー!」
 届いた文を読むなり、流和は声を上げた。
「なんじゃ、いきなり」
「あのね、佐羽ちゃんが手紙をくれて。
 薔薇の花びらの砂糖漬けを作るから、」
「よし、準備せい」
 甘党の師匠、みなまで聞かずに腰を上げた。

 さらさら、依頼の紙に記入する。
「薔薇の花びらの砂糖漬け、作成お手伝い募集、と。
 依頼料はなし、のんびり薔薇を愛でられます。
 なお、300文で作った砂糖漬けのお持ち帰り可能‥‥。うらやましいわ」
 誰か私のかわりに買ってきてくれないかしら。つい、ぼやいた。


■参加者一覧
/ 風雅 哲心(ia0135) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 皇 りょう(ia1673) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / フラウ・ノート(ib0009) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ロック・J・グリフィス(ib0293) / 明王院 未楡(ib0349) / ファリルローゼ(ib0401) / グリムバルド(ib0608) / 西光寺 百合(ib2997) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / ウルシュテッド(ib5445) / 久藤 暮花(ib6612) / 伊達 佐助(ib7099


■リプレイ本文

 綴の家に向かう途中、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は見習い二人に声をかけた。
「修行の方は如何ですか?」
「あたしは基礎。体力ないって言われた」
「最近は卵ばっかり解いてるー。夏の間は卵焼き屋さんなんだよ」
 それぞれ頑張ってはいるようだ。そんな話をしつつ、庭へと入る。
 深い香りと、色とりどりの花弁。光り輝く庭園。ほろり。赤い色をした瞳から、雫がこぼれた。
「ジルベリアの屋敷で、母が手入れをしていた薔薇園を思い出しましたわ‥‥」
 それは記憶の中だけの光景で、それはもう目にできない過去だけのもので。
「みっともない所をお見せしましたわ」
 微笑む少女に、出迎えた綴も同じ表情を返した。
「わかるわ。ここも、私の母が遺したものなの」
 感動してもらえると嬉しい、と。
「見事だ‥‥この景色を見れただけでもここに来たかいがあるというもの。お招き感謝する、綴嬢」
 一礼して、ロック・J・グリフィス(ib0293)はそう言った。手放しの賛辞に、綴は相好を崩す。
「そう言っていただけると‥‥、本当に嬉しいわ。おいでくださってありがとう」
 思い思いに挨拶を交わし、そして薔薇を選びにそれぞれ庭を散策する開拓者たち。何人かはだめもとで青薔薇を探してみたが、伝説級の薔薇はさすがになかった。
「もし青薔薇があるのなら、私も見てみたいものです。皆様はお仕事柄いろいろなところへ行かれるでしょうし‥‥、見つけたら、ぜひ教えてください。きっと、とても綺麗だわ」
 開拓者なら、いつかそんな伝説ともめぐり合うかもしれない。
「綴様はジルベリアにお住まいでしたの?」
 マルカの問いに、苦笑する綴。
「両親が大好きでしたから。ジルベリア趣味で‥‥」
 ぱちん。薔薇を摘みながら、二人でジルベリア談義に花を咲かせた。
 恋人に食べて貰うために、選ぶ薔薇の花。薔薇と向き合う倉城 紬(ia5229)の瞳は、真剣そのものだ。
「此処は普通に、情熱の赤で‥‥いえ、やはり白を‥‥可愛くピンクは‥‥」
 最終的に赤い薔薇を手折り、大事な指輪を懐に仕舞ってから作り始めた。
 自分のイメージ色に近い色を‥‥、と、薔薇を探すのは柚乃(ia0638)だ。
「砂糖漬け作りは初めてで‥‥食べるのも初めてかも?」
 棘に気をつけて手折り、作業にとりかかる。と、平野 譲治(ia5226)が声をかけた。
「ななっ! 誰のために作ってるなりかっ!?」
 その問いかけに、柚乃はとても楽しそうに微笑む。
「‥‥是非食べさせてみたい人がいるんです♪」
 誰かは秘密、柚乃は答えた。その人が果たしてどんな反応するかとか、あれこれ考えて。
「んーっ♪ いいなりねっ♪ おいらも頑張るのだっ!」
「まゆちゃん、佐羽ちゃん」
 明王院 未楡(ib0349)は料理の得意な少女二人に声をかけた。
「何時もなんだかんだと相談に乗ってくれている受付のお姉さんにもお土産に持って行ってあげたいですし、作るのが苦手な人の分まで頑張って作りませんか?」
「もちろん! たくさんがんばります!」
 すぐに返事をした佐羽と、ちょっと考えてから頷く礼野 真夢紀(ia1144)。
 片手間にジャムは作れるだろうか?

 ぱちん。風雅 哲心(ia0135)は桃色の薔薇を一輪、手折る。朱麓(ia8390)の様子を遠目に伺うと、あちらも叔母と二人で花探しのようだ。とりあえず目の前の薔薇を解しにかかる。
 そして、朱麓と暮花はというと‥‥。
「はう〜、とても綺麗な薔薇ですねぇ〜♪」
 うっとりする久藤 暮花(ib6612)。育てるのは難しいのか、と問われ、綴は微笑んだ。
「そんなには‥‥」
「何だか料理に使うのが勿体ないな」
 朱麓は苦笑した。小さめの薔薇を‥‥と探していると、ふと隣から叔母が忽然と消えている。見回すと向こうの生垣で。
「ちよ‥‥じゃなくて朱麓ちゃん! こちらにも可愛い薔薇があ――」
 バタン、いきなり倒れる暮花。薔薇に突っ込まないのは、器用と言うべきか。さすがに驚く綴。
「だ、大丈夫ですか!?」
「‥‥すぴー‥‥」
「ちょっ、叔母さん!? こんな所で寝ると風邪ひくぞ!」
 肩持って揺さぶる朱麓。瞬時に心配した哲心が現れる。
「大丈夫か?」
「叔母さんが‥‥、寝た」
 ぽかぽかの日差しに甘い香り、‥‥眠そうだったものね、と綴は思いつつ‥‥。
「長椅子を置こうかしら」
 昼寝場所を検討し始めた。

「綴っ! 綴っ! こんな感じなりかっ!?」
「ええ、お上手だわ」
「佐羽っ! 流和っ! 上手くいったなりっ!?」
「ん、あたしはバッチリだよ! まだまだがんばれるっ!」
「譲治君よく飽きないねー」
 ぐ、と親指立てる佐羽に、薔薇を一輪ひらひら振ってため息をつく流和。同じく根気のいる作業にイライラしているのは、皇 りょう(ia1673)である。
(‥‥なかなかに面倒な)
 短気は損気、わかっていても、こう‥‥。花弁は繊細だし、作業は単純なわりに地味で集中力が要るし、なんとも神経を削り取られるのである。
「卵白は薄く塗るのがコツだ。砂糖がダマになってしまうからね」
 からす(ia6525)が声をかけてくれた。が、だめな生徒というのはいるもので。
「ギブ‥‥」
 流和、リタイヤ。
「あ、じゃあ丁度いいです。形が悪いのとか小さい花弁とか、集めてもらえません?」
「そういうのは大歓迎!」
「花の色は分けたほうがいいですよ」
 綴が注意をひとつ、飛ばした。
 無心に、ひたすら黙々と作業していたのは和奏(ia8807)。大量にある薔薇の花束の処理方法、ということだが‥‥。
(薔薇風呂にすると、一気に消費できますが‥‥)
 黙々と作業するので、綴は突っ込みあぐねていた。ジャムだとかポプリ、薔薇酒も大量の薔薇が必要だ。そんなことを考えていると、ふと和奏はその匂いに顔を上げる。
「‥‥卵は傷むのも早いですし‥‥これ、何日くらい保つのでしょう?」
「あら、鼻が鋭いのかしら‥‥? 砂糖漬けは保存食ですから、普通一ヶ月くらいは持つものです。それ以上は腕の見せ所、ですね。卵白と砂糖を混ぜてケーキに塗ると、保存が利くぐらいなんですけど‥‥。
 でもブランデーで作る方法もありますから‥‥、使いますか?」
 私には薔薇の香りしかしないのですが‥‥ちょっと戸惑い気味の綴だった。
 それぞれ自分なりに作っているのは、からすと琥龍 蒼羅(ib0214)。
「うん、良い香りだ」
 香りを楽しみ、丁寧かつ手際よく、そして美しく。からすは作っていく。
「菓子作りは芸術に似ている」
 薄くまぶすと、花弁は白い砂糖で柔らかな色合いになる。
「桜の花や葉を塩漬けにするのと似たような物のようだな」
 蒼羅はだいたいのあたりをつけて、ものは試しと作ってみる。面倒くさいだけであり、手順事態はあっけないほど簡単。
(これなら特に問題なく作れるだろう)
 砂糖をごく薄くして自分の分の甘さを調節。それから、お土産用に知り合いの分を。
「ふむ、これは茶にも合いそうだな」
 ぱり、と甘い味に、甘い香り。口の中で溶けていった。

 赤い薔薇を手折り、花弁をほぐす。緊張気味に作業するのは西光寺 百合(ib2997)だった。
(ふふっ♪ どなたか心に想う方がおありですのね♪)
 そんな百合を見守りつつ、教えるのはラヴィ(ia9738)。
 料理はしない、とはいえ百合は不器用ではない。緊張しているのは、初めてなのと‥‥。
「百合さまの可愛らしいお心、その方に届きますように♪」
「いろいろ‥‥お世話になってるし‥‥そのお礼‥‥」
 にこにこ、ラヴィはにこやかである。
「すっ‥‥すきなひととかじゃないわよっ‥‥!」
 動揺する百合が、たいへん初々しかった。
 そんな女性たちのテーブルとは異なり、恋人と作りに来ていた組もあった。隣の恋人に手元が見えるよう、意識するのはアルーシュ・リトナ(ib0119)。とはいえ身長差のせいか、グリムバルド(ib0608)は苦もなく確認できているようだ。
 背の高い彼がそうしているのが微笑ましい、アルーシュは思った。
「花弁を破かない様気をつけて下さいね?」
「了解、ルゥ」
 甘くなりすぎないよう、気をつけながら砂糖をまぶした。
 また別のテーブルにも、可愛らしいカップルが一組。
「花弁そのままのお菓子なんて、素敵。
 お養母さん、喜んでくれると良いな」
 佐伯 柚李葉(ia0859)と恋人の玖堂 羽郁(ia0862)だ。
 羽郁は四輪の薔薇を手折った。赤と薄い橙色の薔薇は砂糖漬け。それから、桃色の二輪はゼリー。台所を借りて作る。
 ファリルローゼ(ib0401)の指先が、そっと白い花弁に触れた。白薔薇、その花言葉のひとつは「約束を守る」。
「何事も挑戦だよ。ちょっとやってみるかい?」
 誘う叔父のウルシュテッド(ib5445)。薔薇を手折り、作りつつ最愛の妹を思い浮かべて微笑む。
「フェンは喜んでくれるでしょうか‥‥」
 そんな姪を見つつ、お土産分を喜びそうな子らがいるからと、ウルシュテッドは自分の分もてきぱきと作った。
 ロックも薔薇を愛でつつ、丁寧に砂糖漬けを作りにかかった。
「手早く、されど手荒に扱っては花弁が‥‥優しく繊細に接する、さすれば更なる魅力が引き出されるという物だ」
 微笑んで、さらりと砂糖をまぶす。
「口の中に拡がる薔薇の香‥‥それもまた美しい」
 そんなロマンチックな感想が出たかと思えば、出来上がったものを見て、手間隙労力を鑑み‥‥。
「‥‥うぅむ。確かに美しいが、人々の盾となるこの身体を満たすにはやはり心許無い。あくまで楽しむ為のものか」
 思わずこぼれるりょうの本音。
「お腹は無理だけど‥‥、ほんの一瞬。心をいっぱいにする食べ物ね」
 綴には、率直な反応が可愛らしく見えた。
 たまにはこういうのもいいな、そう思いながら最後の一枚を仕上げる哲心。
「これで隣にあいつがいればもっと良かったんだが‥‥」
 その「あいつ」は、親友のための砂糖漬け作りでたいへん忙しく、気づいた素振りもない。多く持ち帰る分、他者の事も考えて小さい物を使用するなどの心配りで手一杯のようだ。
「薔薇の砂糖漬けを細かく刻んで白餡に練り込んで求肥で包む‥‥とか天儀風の菓子にも使えそうだね。ちなみに今のは仮名で『薔薇餅』ってとこかね」
「あら‥‥、素敵だわ。おいしそうね」
 綴が顔をほころばせる。暮花はまだ眠たそうった。

 ひと段落付いて、お茶の席。フラウ・ノート(ib0009)は各種類の茶葉を前に。
「こ、こりは高級茶葉の! これなんか、憧れで!!」
「でも‥‥。取り寄せだから、現地で味わうものほどではないと思います」
 ちょっと照れつつ薦める綴。顔を真赤にし、恐縮しながら返事を返すフラウ。
「あたしのは我流だから、折角の茶葉の良さを殺しちゃうかもしれないし‥‥」
「淹れてみなければわかりませんよ」
 紬も呼んで、飲み比べが始まった。
 お菓子を並べるのは、シーラ・シャトールノー(ib5285)。
 あまり他で見掛けない様なものを、と用意されたのは、たしかにだいぶ珍しい。
「こちらがビスキュイ・ロゼ、表面がカリカリでも、薄くてさっくりしているのよ。それとこちらはトゥルグル、要するにお米のプリンだわ」
「まあ‥‥。はじめて食べます」
「わー、お米がおしゃれ! 卵と‥‥あとお砂糖と‥‥?」
 ぱくぱく食べつつ、幸せそうに材料を予測していく佐羽。
「おいしいわ。他のテーブルにも配ってきますね」
 嬉しそうに綴は席を立った。他にも、からすのローズティーに薔薇のクッキーを持って。

「そうそう、その調子」
 手の震えるファリルローゼをフォローし、励ますウルシュテッド。
「コツはお茶のお相手を想いながら淹れる事。例えば‥‥『彼』の事とか、ね」
 その言葉に、見る間に真っ赤になるファリルローゼ。
「わ、私が一番に思い浮かべるのはフェンの事ですっ‥‥!」
 くすりと、姪の反応に笑む。
「お前の心が表れて優しい味わいだ。美味しいよ」
 ティーカップを傾けて、ウルシュテッドはそう言った。
 アルーシュはローズティーを淹れる。味見を兼ねたお茶の席。
「味はどうだね先生。こんぐらいか?」
「‥‥うん、美味しい」
 柔らかに微笑む恋人の姿に、嬉しくなるグリムバルド。恋人は喜んでくれたようだ。
「カップケーキにクリームと一緒に乗せたり、ゼリーに散らしたら素敵ですね。
 家で作りますから、楽しみにしていて下さい」
 小さな約束を交わして、のんびりと楽しんだ。
 冷たい紅茶の淹れ方を聞くのは柚李葉だ。
「そうね‥‥、すぐにというときは熱湯出しかしら」
 いくつか注意事項を聞いてから、早速淹れる。羽郁ができたゼリーと赤い砂糖漬けを出した。
(ふるふると揺れる薔薇の花は水中花みたいに綺麗)
 薔薇のゼリー。きらきらして、桃色をしたそれはどこまでも美しかった。
 ゼリーを一口。広がる甘さと、ひんやりと喉をすべる花の香り。にっこり幸せな笑顔が広がる。
「羽郁、とっても美味しい」
 素直な感想を伝えた。

 砂糖漬け作りには役に立たなかったが、忙しい真夢紀にかわってジャムを作ってきた流和。そんなに難しくないのが幸いしたようだ。
「できたよー、真夢紀ちゃん」
「ありがとうございます。
 本で、薔薇の花びらのジャム紅茶に入れて飲むって読んだ事あるんです、やってみたくて」
 スプーンでひと掬い。とろり、水面へ落としてかき混ぜる。ふわりと甘く薔薇が香った。
「それにしても薔薇がたくさん‥‥」
 ほわ、と顔を綻ばせるラヴィ。故郷の庭や、母との記憶に思いを馳せる。薔薇の香りとその記憶。
 のんびりしていると、数枚をラッピングし終えた百合もほっと一息ついた。
「ありがとうラヴィさん。丁寧だったからすごく助かっちゃった」
 が、ふと。
「‥‥今思ったのだけれど‥‥甘いもの、好きなのかしら‥‥?
 そもそも薔薇ってあんまり男性に贈るもの‥‥?
 ‥‥こ、こういうの初めてだからよく分からなくって‥‥」
 おろおろする百合。普段はしっかり者の百合さまですのに‥‥、ラヴィは微笑ましそうに見守った。

「あいつ、食べるかしら。一緒に」
 少し不安に思いつつ、フラウは砂糖漬けを持ち帰る。隣には、しっかりと指輪を左手の薬指にはめ直した紬がいた。開拓者たちは思い思いに別れを述べ、帰宅していく。余分に作った人は別として、多くを希望されてもあまり渡すことはできなかった。未楡たちが頑張ってくれたが、なにぶん、本当に面倒なしろものなのである。
「あら‥‥?」
 片づけ中、綴はそれに気づいた。
 砂糖漬け‥‥、これは忘れ物ではなかろうか。
「‥‥取りに来てくれるかしら」
 そういえば買っていかなかった人が‥‥、とりあえず、保管する綴だった。

「受領した時、欲しそうな眼で見ていたからね」
 からすがひとつ、受付嬢に渡す。
「そ、それは失礼を。でも、ありがとうございます。‥‥嬉しいです」
「おねーさん!」
「いつもお世話になっていますから‥‥」
 未楡がにこりと微笑んだ。