【料理人!】たぬきーず
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/22 21:20



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


「却下」
 イイ笑顔で、青年はばっさり切り捨てた。シャッ、シャッ、と手元は包丁を研いでいる。
「そこをなんとか!」
 佐羽の暫定師匠なおじさんが頭を下げた。が。
「ウチ一子相伝。無理。あきらめろ。帰れ」
「俺とおめーの仲だろうが!」
「客と店主の仲ではあるな」
 シャッ、シャッ。
 カウンターの向こうの青年は、手を動かしつつにやにやと笑う。真っ白い髪の青年だった。刃物屋店主の翠牙、というのが佐羽の知っている青年の肩書きである。そして、刃物屋の看板に違わぬ店内だった。文字通り刃物だらけ。うっかりコケたら最後である。
「てめーは‥‥!」
「しゃーねーだろ? 伝統なんだから」
 あきらめたほうがいいんじゃ‥‥? 佐羽は不安を抱きつつ大人二人を見上げた。料理人なら包丁くらい研げないとだめだ、と言われて連れてこられたが‥‥。教師役が納得しないのでは話も進まない。そこへ。
「なんの騒ぎ?」
 店内に、ひとりの女が入ってきた。
「よう」
「匂霞じゃねーか」
「なにやってるの」
「包丁研ぐのをさ、佐羽に教えてほしいって頼んでたんだよ。けど翠牙が」
「ウチは一子相伝だろ? あ、でもちょうどいい。俺じゃなくてアンタが教えればいいじゃん」
「わたし、刀専門なんだけど」
「野研ぎもできんじゃん」
「いやよ。儲かりそうもないもの」
「あ、あのっ」
 佐羽は声を上げる。色の薄い女の目が、冷ややかに注がれた。
「儲かるお話だったらいいんですか?」
 女は眉をひそめた。

 佐羽が考えたのは、包丁研ぎの講習会を開催することだった。ビラでも屋台に張り出せば告知になると考えて。包丁は研がねば鈍くなるばかりだが、案外上手に研げない人間はいるもの。刃物のプロから習えるとあれば、人も集まるのではと推察したのだ。
「あなたの案を採用するとして。必要なのは開催場所の確保よ。
 屋根と壁があれば構わないけど、水を使うから。井戸なり川なりが近いといいわ」
 佐羽はおじさんを見上げる。おじいさんは翠牙を見た。
「あるぜ? 該当物件」
「教えてください!」
 意気込む佐羽に、唇を吊り上げる翠牙。性格悪そうだな、というのが佐羽の偽らざる本心だが、目をそらしたら負けになりそうだ。じっと彼を見上げる。
「裏に井戸あって、屋根も壁もある。勝手に使っても怒られない。ちょっと古いけどな。んで、ちょびっと先客がいる」
「先客?」
 翠牙はたいへん楽しそうに、にんまり笑った。
「親子連れだ」

「ここだな」
 おじさんに連れられ、佐羽は町の外れを訪れた。古びた廃屋。あちこち隙間が開いている。
「うわぁ‥‥」
 がら、と中へ入れば埃が舞う。小さく咳き込み、袖で口を塞いだ。
「あっ」
 廊下の奥を横切る影。
「たぬきか。やられたなー。翠牙、わかってて薦めやがったぜ。
 じゃ、ガンバレよ佐羽」
「え」
「これもまあ修行ってヤツ? 匂霞が納得する程度に家整えておけよー」
「手伝ってくれないんですか!?」
「俺、仕事あるしー、アヤカシじゃねーなら心配ねーしー」
 前回開拓者に突っ込まれたのを覚えていたのか、アヤカシかどうかは気にしたようだ。しかし、アヤカシでないとわかるや否や、じゃあなー、とカルく手を振る。唖然と佐羽は立ち尽くした。
(大人なんて‥‥!)
 ややヤサグレた心を抱えて、町の大通りに飛び出す。通行人に、思い切って声をかけた。
「あ、あのっ! おでんとかおにぎりとかしか用意できないんですけど‥‥、ちょっとだけ手伝ってくれませんかっ!」


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
黎阿(ia5303
18歳・女・巫
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰


■リプレイ本文

「包丁研ぎの講習会ね、面白い事を考えたものね」
 それぞれ挨拶を交わしたあと。黎阿(ia5303)の褒め言葉に、佐羽はちょっと照れた。
(さてさて‥‥また面白そうな相手を師匠に選んだみたいねぇ‥‥)
 内心で呟く。ひねくれ具合を鑑みれば、たしかに匂霞はわりと面白い部類だろう。性格は悪くても、有害な人間ではない。付き合って楽しいかどうかはさて置くが。
「狸の親子‥‥春産まれの仔狸‥‥きっと小さくて、ふわふわで、眼がくりくりで‥‥」
 そんな中、ぽわぽわとちびたぬきに思いを馳せる橘 天花(ia1196)。にこやかに佐羽も頷いた。
「うん、皮を剥いで食べようか、共存しようか‥‥」
「‥‥えぇ!? べちゃうんですか!!?」
 天花の目ににじむ涙。虚をつかれたように目を丸くする佐羽。
「え‥‥。ええと‥‥、うん、やめようか」
 食べたいわけではないので、あっさり佐羽は選択肢を狭めた。

 刃物屋の奥では、あいかわらず翠牙がしゃこしゃこ鎌を研いでいた。天花がガラクタの権利を問えば、あっさり返事が返ってくる。
「気にせず使えよ。あそこのモノは所有権がねぇし」
「秘密基地のものは?」
「あー‥‥、微妙だな。
 今あそこを縄張りにしてんのは‥‥、逸見屋んとこのガキじゃねぇかな」
 俺の後をアイツが継いで次がアイツで、と指折り数える。翠牙も昔はあそこを縄張りにしたらしい。詳しいわけである。
「ああ、あと処分先だけどな。
 木は適当に割れよ、薪にしちまえば引き取り手あまた。錆びたのや壊れた金物は、金物屋より鍛冶師んとこがいい。材料にすっから。刃物は錆びててもウチ。間違っても鍛冶師に持ってくなよ。俺の研ぐ分がなくなったら困る」
 絶対だぞ、と念押しする翠牙。研ぐのが生きがいなのだろう、たぶん。
「匂霞には会えるかしら」
 黎阿がたずねると、翠牙は奥から呼びつけた。
「なに」
「講習会に必要なものがあれば用意しようと」
「ああ‥‥、そうね。
 灰をお願い。この近辺なら、灰をもらいに来た、と言えば通じるから」
 お金と壷を黎阿に渡す匂霞。灰は研磨中の錆防止だろう。天花が今後の予定を打診する。
「講習会の日時や内容、必要な用意、料金等ご相談したいです」
「すぐには無理だわ、仕事が詰まっているし」
 簡単に話し合い、予定を決定。礼野 真夢紀(ia1144)がその話を確認する。
「数日は時間がある、ってことですよね」
「でも、一日でさくっとできるくらいでいいよ。何日もかけるほどの作業じゃないし‥‥、悪いし、何日もだと」
 佐羽が苦笑した。

「さて、まずは狸をどうするかよね」
 空き家に戻り、着替えた黎阿が口火を切る。Kyrie(ib5916)はしばし思案して、考えを口にした。
「もし人里の方に生活圏が広がり食害や糞害が出ればいずれ駆除されてしまうので、森の中に引っ越して頂くのが良いのではないか、と」
「‥‥そうですよねぇ‥‥」
「かなり臭い獣なので共存も厳しいのでは」
 判断は任せつつ、判断材料を与えておく。うーん、と悩んで佐羽は他のみんなを見た。食べる、なんて選択肢が出るくらい佐羽はたぬきに容赦ないが、しかしたぬきの巣にこちらが出向いているのである。あまり問答無用な対応も取りづらい。
「このままこっちで生きてってもらうしかあるまい。そのうちいい場所見つけるさ」
 風雅 哲心(ia0135)は野生への返還をすすめる。共存はわりと難しいから、と。
(多くの子供達を養い、育てる母の身としては、狸の親子(母子)相手に無益な殺生は避けたい‥‥出来れば安全に暮らせる場を‥‥)
 母という、共通の立場を持つ明王院 未楡(ib0349)。幸い豊かな森であるし、食べるのに困らないだろう、と考える。そんな中で、天花は二世帯住宅派だった。
「床板を直せば床下に棲んでも大丈夫です、よね‥‥? ねぇポン母さん、ポン太、ポン吉、ハナ、ミミ」
「名前が付いた‥‥」
 たぬきーずから格上げである。
「もし共存なさるなら別個にたぬきさん用の小屋をお作りいたしましょうか」
「えっ、作れるの?」
 はい、と気負いなくマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は微笑んだ。実は工作、得意である。
「じゃあそれにしよう」
「とりあえず佐羽、なんか作ってあげたら?
 私もどんなおでんを作るのか知りたいし。
 それで釣れるなら作業の間はちょっとどいてもらいましょう」
 黎阿に促され、こくりと頷く佐羽。がさがさ屋台から持ち込んだ道具を広げる。
「天かすを頂いてきました」
 たぬきは油気を特に好む、天花が祖母から受けた教えであった。
「油モノ‥‥、油揚げ?」
 とりあえずおでんの具材から、適当にチョイスして置いてみる佐羽。
「これでいいかな。出てくるといいけど‥‥」
 ついでに端っこのほうに七輪を持ち込み、鍋をかける。
「佐羽様のお作りになられるおでん、楽しみですわ。沢山食べられますよう、お腹をすかせておきますわね」
「佐羽さんの作った〜おっにぎり〜とお〜で〜ん〜がごほうび〜♪
 全力で頑張るよ〜☆」
 耳をぴこぴこ、しゅたっと敬礼するプレシア・ベルティーニ(ib3541)。にっこり微笑むマルカ。作業開始、だ。

 作業服に着替えたKyrieは、糞の処理をしていた。
「男手ですしね」
 さらっと言って率先して処理を買って出る。好まれない作業を真っ先に、というのは、意外とできることではない。
「じゃあ‥‥お願いします」
「肥料として使えるなら近くの農家の人に差し上げようと思いますが」
「うーん、難しいと。雑食だし‥‥、種とか混ざってますから」
「では、森の中に穴を掘って埋めてきますね」
「はい」
 そののち材料集めに開拓者たちが出かけていくと、空き家の周りはだいぶ静かになる。
「掃除とか仕分けなら手伝えるかしらね」
「うん。あたしもがんばる」
 黎阿と真夢紀、佐羽とでガラクタの仕分けだ。せっせと分類していると、ふと視界の端に動く塊。
 すかさずKyrieがハープを爪弾いた。ほろん、ほろん、と柔らかな音で、夜の子守歌を奏でる。
 こて、こてこてこて、こて。
 たぬきーずが倒れた。いや、眠った。
 すかさず哲心が抱え上げ、さくさく森の中に持っていく。ただ、家の周りにたぬき対策をしていない以上、ほっといても戻ってくるだろう。
 ガラクタの仕分けも済み、次は作業だ。
「明王院の小母様、小父様日曜大工道具持ってませんでしょうか? 借り物だけでは足りないと思いますの」
「どうぞ、まゆちゃん」
 未楡が用意していた道具を渡す。
「縁側解体‥‥支えの柱部分も割って板にできませんかね?」
「うーん‥‥、屋根、落ちてくると思うよ‥‥」
 さすがに屋根は無理だが、縁側は引っぺがすことができた。分厚く頑丈な板なので、床材には申し分ないだろう。道具を抱えた佐羽から、哲心がひょいと取り上げた。
「こういうのは俺らの仕事だ。専門ではないが、まぁ何とかなるだろ」
「あ、お願いします」
「佐羽さんにも手伝ってもらえないかな?」
 真夢紀が声をかけた。
「うん、何したらいい?」
「ご近所さんから情報収集です。特に逸見屋ってとこですね。
 秘密基地に使う子がいるなら大事な物間違って捨てないようにしないといけないし」
「うん、わかった。逸見屋だね」
 逸見屋の子供に話を通すと、他の子供たちも「宝物」を回収しに来た。
「壊すの?」
「床板を直すだけよ」
「よかった! じゃあまた秘密基地にできるな」
 そんな中、残ったガラクタの使えそうなものを次々と加工していく哲心。頑丈そうな机の天板なんかは床板に回せたし、鉄は集めてまとめておいた。

 所変わって町角。ぺし、と天花は屋台の台に紙を貼り付けた。包丁研ぎ講習会の広告である。さりげに達筆、なかなかどうしてさまになっていた。
「宣伝お願いしますね、ご主人さん☆」
 今回は他意なく笑顔を見せる。もともと天花は引きずらない性質なのだろう。
「お、おう、まかせとけ!」
 なんだか妙にほっとした笑顔を返すおじさんがいた。
 プレシアは人通りの多い通りに陣取った。そして。
「ツバメよ〜高〜い空」
 人魂で鳥を模し、空を飛ばす。大人はあまり関心を示さなかったが、子供たちがやってきた。
 続いて夜光虫。
「ほ、ほ、ほ〜たる来いなの〜♪」
 好奇心に負けて、子供の一人が声をかけてきた。
「何やってんの? それ、志体の使うワザだろ」
「使える木材とか釘とかの材料がもらえるかな〜って〜☆」
「何、家作ンの?」
 簡単に説明すると、子供たちはキラリと目を輝かせた。
「つまり、何? 板とか釘とか持ってくれば、いろいろ見せてくれるんだな?」
「そんなんでいいの? たくさんふんだくってきてやるよ!」
 強かな子供たちのようである。違法なことはやらないだろうが、強引なことはやりそうだ。そうしてちょっと待ってると、
「お待たせ!」
 がらごろ台車を引っ張って、イイ笑顔を見せる少年。山ほど木材やらが乗っかっている。
「わ〜、たくさんだ〜」
「おう、イロイロかき集めた! 代金になるか?」
 そうしてわくわく、キラキラした目でプレシアを見つめる子供たち。
「んんん〜、でっかいはんぺん!」
「お〜!!」
 結界呪符「白」がぬっと出現する。沸き起こる拍手。
 その日はしばらく、町角で鳥が飛んだり何かが光ったり、白い壁が出現したりしたらしい。
 プレシアとは逆に、正攻法で材料を集めるのは未楡だった。
 余剰材や廃材、余剰品の提供、交換の交渉である。事前に佐羽と用意した食べ物を持ち込んで心象をよくし、ついでにちゃっかり助言もしてもらう。
「包丁研ぎならクソ重い道具も使わねぇし、そう神経質に強度を見る必要もねぇだろ。ちゃんと組んで、釘しっかり打っとけよ」
 もしゃもしゃ菓子折りを食いつつ、地面に書いた簡易見取り図で説明する大工。面倒くさそうではあるが、昼食代が浮くのが嬉しげである。
「あとは木材か。薪にしちまおーと思ってたのがあっから、そのあたりから好きなの持ってっていいぞ」
 わりと悪くない攻め方だったようだ。女性らしく食べ物で攻めた未楡とはまた一転、マルカも材料集めに勤しむ。
「おいおい、お嬢ちゃん。大丈夫かぁ?」
「問題ありませんわ、軽いものですもの」
 軽々と丸太を運んで加工する職人に回すマルカ。
 大工仕事の手伝いでの材料確保である。最初は物腰と見た目で危なっかしそうな視線をよこされていたマルカだったが、そこは大雑把な土木現場。
「おーい、嬢ちゃん。次ぁそこの土砂運んどいてくれや!」
「わかりましたわ」
 くるくるとよく動くので、遠慮なくこき使われている。とはいえマルカも普段は前衛を張る開拓者、疲れた様子も見せない。作業の合間に道具の扱いも学んでしまう小器用さを見せ、ついでに来客や取引相手に笑顔の大盤振る舞いで包丁研ぎ講習会を宣伝。
「開拓者やんなったら、うち来な、嬢ちゃん」
 報酬代わりの材料を受け取るついでに、オファーを受けることになった。
 そして、Kyrieの行く先は問屋であった。近隣で問屋の主人の情報収集、それから本人に会いに行く。
 さらに歌劇めいた歌を偶像の歌として歌いおだてて調子に乗せた。
「なんのなんの、わしなんぞ。卑小なものですよ」
 謙遜するおやじの顔がデレていた。あまり麗しい光景ではない。
 Kyrieはそれを完全にスルーして、事情を話す。
「‥‥というわけでして、売り物に成らない様な木材を分けてもらえないでしょうか」
「ふむ、そうですなぁ。事故品がいくつかありましてね、割って薪にするにはもったいないですし、そんなのでよろしければ」
 取引、成立。

 一方、空き家では作業中断。木材が足りないのだ。かわりに黎阿は掃除に、真夢紀と哲心、佐羽は料理にとりかかる。
「え? だめですか?」
 ゆで卵を具にしようとした佐羽を、とりあえず哲心は止めておいた。
「茹で卵はそれのままで食べるように」
「そう? なら、普通の作りますね。真夢紀ちゃんは何作ってたの?」
「なめたけです。入れて炊くだけで美味しい炊き込みご飯になるんですよ」
「へー。作り置きすると便利だね」
「あとはあるもので季節に合ったものを‥‥」
「うーん、卵だったらいっぱいあるんですけど」
 養鶏所に恩売った見返りだろう。わいわいとそれぞれやっていると、材料調達組みが帰還する。
「ほら〜、戦利品なの♪ これでちゃんと床が出来るね〜!」
 にぱっと笑うプレシアを筆頭に、それぞれ収穫を持ち寄るのだった。

 日の傾くころ。みんなで作業して、最後の床板を哲心が張り終える。同じくらいに、マルカも小さな小屋を仕上げていた。たぬきーずが食べ損ねた天かすなんかを置いとけば、住み着くかもしれない。
「こっちもできたよ、マルカさん」
「まあ‥‥」
 廃材にたぬきーずの名前を書いたものを差し出す。こんなところで天花の達筆ぶりが発揮されていた。
「全部終わり〜! 佐羽さぁん、ごほうび〜☆」
 無邪気にプレシアが両手をぴこぴこさせる。
「すぐ食べられるよ。えっと‥‥」
「おもしろそうね」
 ちょうどそこへ匂霞が顔を出した。
「お久しぶりですわ。お体の方はもう大丈夫でございますか?」
「おかげさまで、と言うべきかしら」
 相変わらず素っ気無い女は、マルカと一言交わすなり未楡の連れてきた大工と空き家へ入っていく。
「知り合い?」
 おにぎりをプレシアの前に並べつつ、佐羽が首をかしげた。並べた端から消えるのはご愛嬌である。
「性格の良い方、とは申せませんが、腕は大層よい方、ですわ」
 言葉の途中で、ふと自嘲めいたものがマルカの顔に浮かぶ。
「その切れ味は身を持って経験しておりますから」
「?」
 まさか匂霞の作品でばっさりやられた、だなんて思わない佐羽は、とても不思議そうに首をかしげる。ともあれ。
「御自分の仕事に誇りと責任を持ち、真摯に向き合うその姿勢は佐羽様にも見習って戴きたいですわね。それは砥師も開拓者も、そして料理人も同じだと思いますから」
「うん‥‥、人にやさしく、料理に真摯にがんばるよ!」
 おでんもよそいつつ答える。やっぱり佐羽も、あの性格は見習いたくないようだった。
「この時期におでんか‥‥、ここってそんなに寒いのか?」
「いやその‥‥、おじさんが、『まだ粘れるッ!』とかてきとーなこと言ってて‥‥」
 苦笑する佐羽。隣で真夢紀がトマトに十字の切れ込みを入れ、おでんに投下した。
「え、なにそれ?」
 きょとんとする佐羽。トマトは馴染みがないらしい。
「煮崩れし易いから温める程度で。おでんの具材ですけど冷やして食べても美味しいですよー」
「野菜? わ、ちょっと酸味があるんだね」
 つまみ食いして頬を緩める。さらにメロンを取り出す真夢紀。
「直前に行った依頼で貰ってきたんです」
「ええっ? もう、真夢紀ちゃんってば次から次に食べ物出てくるなぁ。負けてらんない」
 わいわいと食事を囲む。
「おーい。合格ー」
 大工さんが空き家から、手を振って叫んだ。