白の消えた
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/03 21:50



■オープニング本文

 さり、さり。
 草鞋をはいた足が、乾いた土を踏みしめる。衣擦れのかすかな音が同じリズムで音を添えて。
 日のあたらぬほうに、かすかに残る白い雪。先ほど降り始めたそれは、ほとんど積もることはない。地面に触れるなり、だまって解けて消えていく。
 ただ薄暗いところへ残る雪の上にだけ、薄く姿をとどめて積もっていた。
 吐息は白い。もう春だというのに、こごるような日だった。けれどその中を、ただ黙って進みゆく。やがてちらちらと家屋が建ち並ぶようになり、しんと静まりかえった村へと入り込んだ。
「‥‥?」
 生活の気配のしない静けさ。ひらりひらりと、雪が舞う。いつかのように視界を遮るほどではなく、すこしばかり舞い散る雪。寒さも和らぎ、けれどまだ降る白。
(もう、あの道は通れるはず)
 このくらいの雪であれば、苦もなく超えられるだろう谷間の一本道。やけに静かなふもとの村も気にはなるが、男の目的地はこの村から谷を越えた、最奥の村だ。今は住む者もいない、廃村。
 その一本道を、廃村からこちらへとやってくる人影があった。
 だれだろう、目をこらすと、姿形が見て取れる。だらりと力の入らない腕。横に傾いだ頭は、こびりついた血と泥で乱れほつれ、ごわついている。この寒空で、はだけた着物の前。晒された胸板に走る裂傷。
 思考が凍る。あれはなんだ。あれはだれだ。あれは。
 あれは。
 あれは死体だ。
 思考と同時に身体も凍る。ひらひら雪が舞う。まだあの「死体」は男に気づいてはいないようだが。
 動かなければいけない、と思っているのに、動けない矛盾。すくんだ自分の身体に、混乱した瞬間。
 ぐ。手首に感じる熱。びくん、と身体が跳ねる。
「こっちです! 走って」
 細い声。引っ張られると同時に、もつれる足を動かした。

 九夜がそこに戻ってきたのは、埋葬のためだった。
 年明けから間もないころ、同じ職場の娘が死んだ。彼女は年末年始の休暇を利用し、帰郷し、そして帰ってこなかった。アヤカシに殺されたのだ。故郷の村ごと。全滅だった。
 そのときは、雪が深すぎて九夜は行けなかった。
 現場に入ったのは、わずか八人の開拓者。アヤカシを倒してくれた彼らも、すべての遺体を埋葬するのは無理だった。――時期が悪かった。土地が土地だった。深く静かな冬の訪れる土地は、今なお雪が残る。ましてや真冬のさなかでは、なにもかも埋め尽くして閉ざして――。凍える中の捜索にもかかわらず、見つからない遺体は多かった。
 娘とおぼしき遺体は開拓者に見出され、簡易ではあるが丁重に埋葬された。九夜はもちろん立ち会えなかった。だから、今になってようやく。せめてもの墓参りにと、足を伸ばしたのだ。
「そうでしたか‥‥」
 村はずれの家。九夜を連れてきた娘は、ため息に乗せるようにして頷いた。九夜が村をおとずれた、その理由を告げたあとのことだった。
「この‥‥村は」
「見てのとおりです」
 疲れた声。火のない囲炉裏を囲んで、娘は口を開く。
「雪が解け始めたころから、行方不明者が出始めました。奥の村が‥‥滅びましたから。皆で手分けして埋葬しようと、言っていた矢先でした」
 淡々とした声は、ひび割れてかすれていた。いくつかの音が聞き取りづらい。
「いなくなるのは、決まって奥の村へと行った者ばかり。出たきり帰ってこなくて、探しに行った者もそのまま。
 はじめはあの一本道を踏み外したのかと思いましたが、そうではなかった」
 薄暗くてよく見えないが、目元が赤く腫れ、白目は充血している。
「雪が薄くなっていくと、彼らは戻ってきました。
 死体だというのに、自分で歩いてくるんです」
 おかしいでしょう。
 笑いもせずに、声は平坦なまま。ぴくりとも動かない表情で、娘はそう言った。
「‥‥アヤカシ‥‥です、よね」
「ええ。そうなのでしょう。
 村長がもう開拓者に頼んだそうですから、今日明日にも着くことでしょう。そうしたら、ぜんぶ終わります。
 埋葬をしなおせば、お墓参りもできますよ」
 なにげない言葉。ひやりと、冷たすぎる水をそうだと知らずに飲んだような感覚。
「埋葬を‥‥しなおせば‥‥?」
 そこでようやく、娘は疲れきった顔に笑みを浮かべた。場違いなほど慈悲深く見える、微笑みだった。
「みんな‥‥出てきてしまいましたから」
 あなたが探しているのは七尽でしょう、と、娘は続けた。
「七尽さんを知って‥‥?」
「小さなころに」
 同じ年頃だから、遊んだのだろう。
「奥の村の者はもう‥‥見た目では、誰が誰だか‥‥わかりませんけれど。
 このあたりで見かけない、深い緑色の羽織をかけているのがいましたから。あなたのでしょう」
 九夜は拳の中に握り込んだ、地味な色の髪紐を握り締めた。

 雪が舞う。はらはらと。
 その中を、蠢く人影が三つ。それらは、村はずれの家を見つけ――。
 その扉に、手をかけた。


■参加者一覧
尾鷲 アスマ(ia0892
25歳・男・サ
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
シア(ib1085
17歳・女・ジ
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
丈 平次郎(ib5866
48歳・男・サ
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023
48歳・男・志
カチェ・ロール(ib6605
11歳・女・砂


■リプレイ本文

 唇からこぼれた吐息が、白く染まって消えてゆく。申し訳程度に降る雪。白い薄片が、カチェ・ロール(ib6605)の広げた掌で消えた。
「この白いのが雪なんですね。カチェは初めて見ました」
 砂漠から来た彼女には、だいぶものめずらしい類の光景だった。
「雪か」
 尾鷲 アスマ(ia0892)は、積もりもしないその白を見やる。
(‥‥この程度では何も、隠されないだろう。
 斬る姿、変わり果てた姿、その全て)
 かつてはすべてを拒んで隠してなにもかもを埋め尽くしたその白は、もはやその力を発揮しない。なにひとつ隠さず、余さずすべてをさらけ出してしまうだろう、太陽の下に。
 静かな村だ。
「屍人か」
 ここにそれがいる。蓮 蒼馬(ib5707)は、例え死者と解っていても己の愛する者を拒むのは難しいだろう、と考えていた。人ですらなくなっていても、同じ姿、同じ体なのだから。
 けれど同時に、思うところもある。
(人の命、思いを愚弄する存在を許してはおけん)
 許しは請わない、と。
(今生きている者の為、そして死した者の尊厳の為、この拳を揮わせてもらう)
 かたく静かに、心を定めた。

 村に足を踏み入れ、ウルグ・シュバルツ(ib5700)は手にした狼煙銃を空に放った。開拓者が来たことの合図になれば、と思ってのことである。
 また、玲璃(ia1114)はすぐに瘴索結界を展開。
「付近にアヤカシはいません。‥‥いえ、近づいてくるものが三体」
 身構えた一行の前に、飛び出す影二つ。
「おまえは、あの時の‥‥」
 片方の顔に見覚えがある。ウルグは小さく口にした。
「あなたは。お久しぶりです、さっそくですが」
 すこし強張った顔をして、背後を指差す九夜。わずかに遅れて追いかけてくるアヤカシ。ウルグが剣を抜き放つのと、アスマが前線に飛び出すのがほぼ同時。
 峰打ちでアヤカシを打ち伏せるアスマ。骨を砕くように力を込めた。状況しだいではそのまま切り伏せることも視野に入れていたが、二人の保護は難なく済み、遺体の損傷は抑えられそうだ。
 痛みで退いてくれないのは面倒だが、動きも鈍ければ頑丈でもない。峰を返して打ち叩くと、すかさず蒼馬が一撃を入れて落とした。
 ふと。
 蒼馬の意識が一瞬、現実を離れた。
 鈍い手応え。飛び散る鮮血。
 かつて、同じようにして人を殺めていたような――思い。
(俺の、失われた記憶‥‥か?)
 刹那の動揺。崩れる目の前の遺体。それを踏み越えてくる、次の敵。横から頭を殴るように振るわれた棒。咄嗟に打ち払う。
 腕にじん、と広がる痛み。出血はない。骨も痛めてはいない。
(今は)
 今はそんなときじゃない、気を取り直して、意識を目の前の戦いに戻した。

 手早く三体のアヤカシを沈めた開拓者たち。転がる遺体。状況がひと段落したのを見てまず全員に礼を告げ、九夜はウルグに声をかけた。
「その節は‥‥お世話になりました」
 またお世話になりまして、と苦笑を滲ませる。
「すまなかった。
 可能性を考慮していれば‥‥或いは、防げたかも知れん」
「いえ‥‥」
 言葉を選ぶように、九夜は微苦笑をこぼした。
「あの雪、でしたから‥‥」
 いろいろな感情の混ざった声だった。
(‥‥やりきれんな)
 飲み込めない不合理を感じながら、ウルグは胸のうちでつぶやいた。
「もう大丈夫です」
 性別を見まがいそうな玲璃に抱きしめられて、けれど十瀬は戸惑うだけだった。つらいのは自分ばかりではないし、なんでか心が揺らがないのだ。不自然なほどに。
 けれど玲璃は、それを指摘しなかった。腕の中で困惑する娘に、声をかけ、そっと開放する。
「今のお気持ちを無理に変える必要はありません。複雑ならそれでいいんです」
「複雑‥‥、私」
 自分の感情さえ把握しかねて、十瀬は地面を見つめた。
「聞いても構わないかね」
 事情をたずねるヴァレリー・クルーゼ(ib6023)に九夜は簡単に状況を説明し、それから。
「両親‥‥ですか」
 特徴を教えてほしい、そう言うヴァレリーに、十瀬は困った顔をした。
「難しいですね、目立つ人たちではありませんから‥‥。服装も、みな似たり寄ったりですし。
 強いて言えば‥‥そうですね、母は、私に似ています。父は‥‥、ああ。左手の人差し指に、大きな傷跡があります」
 その昔、草刈をしていた鎌で指まで切ったのだと。十瀬は言った。
「愛する者を屠る事になる、それでいいか」
 確認の意味をこめて、蒼馬は二人へとたずねた。十瀬が首をかしげる。
「もう、死んでいるのでしょう?」
 疲れた顔で、かまわない、と告げる。悩むのも苦しむのも怯えることさえ疲れ果てて、なにも考えたくない、とでも言いたげだった。
「可能なら遺品を持ち帰る」
「難しければ、かまいませんから」
 蒼馬の誓いすら受け止められずに、十瀬はやんわりと言葉を返した。

 村の中、ひとり進むのは、シア(ib1085)。青い髪を覆うヴェール。ひらり、雪が舞い降りてはしばしその上に留まる。
「開拓者よ、アヤカシの掃討にはいるから、無事な人達は下がって」
 静まり返る村の中、声を張り上げた。雪が深い真冬のころならずいぶん音が飲み込まれたのだろうが、ささやかな雪ではそれもない。家の中に誰かがいたとしても、出てくることはないだろう。
 しかし逆に、その声に出てきたものもいた。いち、にぃ、さん‥‥、よん。四体。
 言葉を解しはしないだろう。そう踏んで、シアはぞろりと集まったそれらを見る。
「逃げないのなら、アヤカシとみなして攻撃するわ」
 念のための再確認。返事は――ない。
 地面を蹴って間合いを詰めた。
 強くはない、むしろ弱い。一撃一撃がそう重くないシアの攻撃でも、二、三発蹴りを叩き込めば撃破できる。ただ、数が厄介だった。
「この、数は‥‥」
 厄介さと‥‥、なによりも。
(これだけの数になると、だれとも縁のない村人もいない筈。辛い戦いになりそう‥‥)
 きっと今倒したものも、誰かの大事な人だった。年頃は壮年だから、子供か‥‥、孫も、いたかもしれない。
(それでも、アヤカシとの戦いは開拓者の本分だから、やらないと)
 心をたしかに持つ。ジプシーになって最初の戦いだと、改めて気を引き締めた。
 一方、もう一人単独行動に出ている少女がいた。
「一人前の砂迅騎になる為に、カチェは精一杯頑張ります」
 天儀に来たばかり、というカチェである。そもそもアヤカシと戦うこともはじめて、とドキドキ胸を高鳴らせていた。村に屍人が入ってくるのを防止するのが先決と、まっすぐ一本道に向かう。途中、たまたまうろついていた一体と鉢合わせした。
 シャムシールを引き抜く。焦点の定まらない瞳がカチェを見据えた。

 麓のアヤカシは退治できた。そう判断されると、玲璃は避難していた村人たちを見舞った。
 香を焚き、抱きしめ、声をかけ、甘酒を振舞って、負傷者があれば癒す。
 無理強いのないよう気遣い、気持ちが落ち着くよう配慮する。村の気質なのかもとより取り乱す者はいなかったが、表情がいくぶん和らぐ。時間がないのですべての者を見舞うわけにはいかなかったが、当の村人たちは。
「閉じこもるのは、慣れておりますから」
 長い冬篭りを過ごす彼らは、ひたすら耐えることに対しての免疫があった。耐えすぎて限界値を見逃す危険性があるのが難点だろうか。
「無理はなさらずに」
「はい」
 どこまで信じていいのか不安だが、玲璃はその言葉に頷く。改めて避難を継続し、各自防備を固めるよう、仲間たちが触れ回る。
 カリ、奥歯で豆を噛み砕く。わずかに戻る練力。そうして次の戦いに備える。
 そうしながら一本道を行き合流してみると、先行した三人は難なく一本道を踏破していた。
「せいぜい四体だ」
 ヴァレリーが言う。道にわんさか屍人がいたら、麓の村ははもっと前に蹂躙されつくしていただろう。知能が低いのもあり、たまたま一本道を通ってみたアヤカシだけが麓に漏れ出した可能性が高い。
 そんな情報交換をして。
「‥‥ところで、腰は平気か? ヴァレリー」
 アスマは声をかけた。半分戯れが混じっているのがよくわかる。
「年寄り扱いするなっ!」
 むきになって反論するヴァレリー。ある意味とても素直な反応に、しかしアスマはあんまり素直ではない。半分戯れを入れたまま、心配をかすかに滲ませる。
「‥‥庇って見えた。身も冷える‥‥無理はなさるな」
「だから年寄り扱いするなと!」
「‥‥いい年して無茶すんじゃねえよ、お前は」
 ため息混じりに丈 平次郎(ib5866)が突っ込んだ。そのいかにも他人事なせりふに、ヴァレリーは恨みがましく。
「その台詞そっくり返してやる」
 見た目似た年代の二人は、たいへん仲良く――
 互いに墓穴を掘りあった。
 うっかり「いい年」だと認め合ったことに、気づいているのかわざとなのか。降りた沈黙の中、胸のうちは――本人のみぞ知る。

 谷底から吹き上げてくる風は冷たい。メラッファが風をはらんではためいた。
 ひとりだけ、一本道に残ったカチェ。死人がここを出ないように、と。
(出来れば、退治に行く人が頑張ってくれて、道の方には一体も来なければ嬉しいですけど)
 希望的観測が脳裏を過ぎる。自分ですぐに否定した。
「弱気になったらダメですよね。カチェは負けません」
 シャムシールを構え、対峙する。一撃、二撃、と斬りつけた。けれどそれだけで倒すには、すこしばかり攻撃に重さが足りない。一体の敵が二体になり、三体に増え。じり、と戦線が下がっていく。さすがにひとりでは荷が重い。
 そうして完全に一本道に入り込む。すると、被るダメージが減った。
(あ、そうですよね。一本道でなら一対一に持ち込めます)
 いくぶん余裕を取り戻し、目の前の一体を沈める。
 同じころ、廃村の中に入っていった他の仲間たち。
「ヴァレリー、左だ‥‥面倒だから囲まれるなよ」
 前衛を張る平次郎が、同じく隣に立つヴァレリーに忠告した。
「言われずとも」
 流し斬りを二発叩き込んで敵を沈黙させる。練力はもつのか。あとからあとから沸いてくる敵に、ちらりと脳裏にかすめる疑問。けれど特別対策も考えてはいない、いざとなればそのまま、スキルを使わない攻撃にするしかないだろう。中衛の玲璃が浄炎を放つ。ダメージの溜まったところで蒼馬が苦無を放ち、沈めた。
(‥‥物理的な影響の少ない攻撃手段があれば、良かったんだが)
 外套の陰に構えた銃の銃口。それを、棒切れを持つアヤカシの腕に向ける。この持久戦では、あまり悠長なことは言っていられない。あいにくと相手は、痛みも恐怖も感じない屍人である。前衛の負担軽減を当面の目標に、呼吸法を併用して空撃砲を放つ。タイミングもばっちり、狙い定めたアヤカシの腕にヒット。吹っ飛ばされた棒切れが虚空に舞い、別のアヤカシの頭に落ちた。おもしろい偶然ではあったが、のんきに見ているわけにもゆくまい。すぐに次の狙いをつけた。
「全員、アヤカシです」
 新しく増えた敵を瘴索結界で識別、玲璃は告げた。生存者はいない。
 その中に、ヴァレリーは深緑色の羽織をかけた遺体を見つけた。
「大事な者を手にかける前に、全て終わらせてやろう」
 冷たい体に、血糊にまみれた刃を向けた。
(もうこれ以上、死ぬ人が出ないように‥‥)
 組んだ陣から離れ、ひとり遊撃を繰り返すシア。シナグ・カルペーで逃げ回る。もともと身のこなしが軽いのもあり、被るダメージはたいしたものではない。無傷とはいかないが、そのあたりは玲璃がカバー。
 しかし、それでもあとからあとから沸いてくるアヤカシに、囲まれかける。
「‥‥どけ。俺がやる」
 仲間が巻き込まれぬよう声をかけ、平次郎は地断撃を叩き込む。敵の戦列を混乱させれば、と思ったが、元より陣形なぞ考えていないアヤカシは、気にせず押し寄せてくるばかり。
 戦局は完全に、消耗戦へともつれ込んでいた。

 最後の一体を倒し、一息つく。途中、カチェが苦戦しているのに気づいてシアがフォローに回ったものの、大きな損害はなかった。
(もう少し防御か回避の手段を考えるか、相応の戦略がなければ一人で戦うのは厳しいです)
 カチェはそう判断する。シアが来なかったら、ちょっと危なかった。
 それから残存勢力がないことを確認し、村に知らせに行く。どの遺体も消えることはなく、ひどく陰鬱な埋葬作業が始まった。
 だれだかわからない遺体が、多かった。そんな遺体は、廃村の広いところに埋めることになる。春には桜のあふれる場所だからと。
 村人たちも総出で作業にかかったため、案外早くに終わった。遺品らしい遺品は、そう多くはない。着ている服、手ぬぐい、髪を縛る紐。そんな最低限のものばかりだ。状態のいい遺体は村人に渡し、それは個別に墓へとおさめることになるという。
 名前も刻めない墓に、慰霊碑を建ててほしいとウルグは進言した。村長は静かに頷く。
 そんな中で七尽も埋められる。見る影もなくなった七尽の目を、九夜はそっと閉じさせた。土をかぶせ、簡素な墓石をたてる。
「また墓参りに来てやるといい。もう、誰もいなくなったのだから」
 ヴァレリーが、九夜と十瀬に声をかけた。
「‥‥はい」
 ひび割れた声が返事を返す。小さく、九夜も頷く。
「十瀬さん、これからどうするのかね」
「畑は‥‥残して、くれましたから。
 これで、ようやっと‥‥、全部、終わったんですね」
 ほっとしたような十瀬の声。浮かべた笑みと流れた涙。
「おびえることも、憎むこともなくて‥‥、もう、ただ、ただひたすらに悲しんでも、いいんですね‥‥」
 ありがとうございます。気が抜けたような、力のない謝辞。
 蒼馬は瞳を閉じた。髪の青さに反して、黒々とした瞳だった。
 魂の安寧を。ただ、祈った。

(‥‥私の生まれた村は廃村の方が近いか。
 それとも今は、麓か)
 アスマは思う。故郷から、好むと好まざるにかかわらず引き取られた幼少期。
 戻っていないのか、それとも、‥‥戻れないのか。アスマは故郷の「今」を、しらない。無事なのだと、信じるほかはなく。
(実親の訃報を聞いて尚、この俺が彼の地、生きる者の為とは。
 滑稽。それでも、我が身にはそれしかない)
 色の薄い、瞳を伏せた。ため息をつく。白い吐息は、すぐに大気にとけて消えていく。
 埋葬の最中、平次郎は廃村を調べていた。家々を回り、生存者がいないかと確認する。やはり、いなかった。
 目を伏せて黙祷を捧げる。
(ただ安らかに成仏することを願う)
 滅びた村は、今度こそ。
 まるで眠りつくように、静寂が満ちる。
「尊き魂よ、安らかに‥‥」
 黒く濡れた大地。ひら、雪が舞う。玲璃が舞う、鎮魂の舞。衣の裾が翻り、煽られた雪が舞い上がる。
 ふわり、黒髪が揺れる。雪が舞う。伸ばした腕を風が撫で。
 さり、土を踏む音。さら、衣擦れの音。
 楽の音はなく、歌う声もなく、ただ静かな舞だけ。