干し柿の行方
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/29 18:37



■オープニング本文

「なにこの依頼」
 湯花は、ギルドの掲示板で眉根を寄せた。
「どうしたの? 湯花ちゃん」
「なんかおもしれーのあったか?」
 幼馴染二人がそれをのぞき込む。
「んー、おもしろい、っていうか‥‥変な依頼」
「どれどれ、えーと、アヤカシの格好して干し柿を守れ? へぇ、おもしろそーじゃん!」
 またしても、ノリで動く真樹。
「どこがどうおもしろいのよ? 謎すぎるでしょうが!」
「湯花ちゃん、ギルドで怒鳴っちゃだめだよ」
「鋼天、あんたに常識を諭されると果てしなくむかつくのはなんでかしら」
「うわー、ひどい! そう言うのってあり?」
「おねーさん! 干し柿の依頼受けたいんだ。詳しく説明してくれよ」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人をほっといて、受付嬢を呼び止め説明をせがむ真樹。
「詳しく‥‥って、おおむねそのまんまですよ。あえて事情を話すなら」
「話すなら?」
「あるところに老夫婦が住んでいました。冬の楽しみは干し柿です。が、なぜか夜になると縁側に干した干し柿が何本か消えてしまいます。
 庭先に落ちていた髪紐から、近所の金持ちのバカ娘一味の仕業だと判明。わざわざ波風立てて老い先短い人生をぎすぎす過ごしたくありませんが、干し柿も大事です。家の中に干し柿をしまって、バカ娘が家まで上がり込んできたら迷惑すぎます。
 なのでまあ、仮装かなんかして、その子たちをビビらせて追い返してくれ、ってわけです。老夫婦が開拓者を雇った、ってバレたくないんですって」
 なので、老夫婦の家に出入りするのも慎重にやってくださいね、と、受付嬢は締めくくった。
「うし、わかった! やってやろうじゃん!」
 ぐ、と拳を握る真樹。が、珍しく鋼天が。
「‥‥それ、うっかり間違ってアヤカシ討伐ー! とかって事態にならないの?」
『‥‥』
 真樹と湯花が、そろって沈黙する。受付嬢は笑った。
「自警団とは話を合わせていますから、騒ぎになっても適当にもみ消してくれます。ただ、時間帯が夜ですから、近所迷惑にならないよう、なるべく静かにやってくださいね」
 地味に面倒くさそうな依頼かもしれない。


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
汐見橋千里(ia9650
26歳・男・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
西光寺 百合(ib2997
27歳・女・魔


■リプレイ本文

 迫る夕暮れを目前に、開拓者たちは準備を進めていた。
「食い物の恨みは恐ろしいもんだぁねぇ」
 ぱたぱた顔面を白く塗ったくるのは、喪越(ia1670)だ。わりとゴツイ顔に白粉、‥‥何も言うまい。そっと目をそらす仲間の心情などものともせず、しみじみ過去を振り返る。
「俺も飯屋の裏で野良犬や野良猫達と激しい争いを繰り広げた事があるからよく分かる」
 なにかを間違えてる発言だが、もちろんジュリエットはスルーした。
「で、わざわざワタクシを呼び出したからには重要な用事なのでしょうね?」
「そりゃもう。――あ、これ台本な」
「なになに‥‥ワタクシが姉、喪越が妹のスーパーセレブ姉妹?」
「そうですわよん、お姉様☆」
 独特の頭にヘッドドレス。伊達眼鏡はいいとして、花柄の下駄まで装備した徹底ぶり。ちなみに桃色の褌については、もうノーコメントと言うほかはないだろう。ジュリエットはそれを一瞥し、率直な意見を投下した。
「ワタクシの妹役に相応しい、完璧な女装ね。――首から下は」
「今回はそれがキモだし。ジュリエットも合図があるまでは日傘で顔隠しとけよ」
「ですから何の為かと――」
「台本通り進められたら、新しい服買ってやるから」
「ドンと来いですわ!!」
 買収完了、ほくそ笑む喪越だったが――。値段だとか枚数だとか指定していないこの約束のあとに、泣きを見るのは果たしてどちら。

「ええ〜! 和登はそんなの嫌だよ!」
「まあまあ」
 嫌がる和登をなだめすかしてボロ服を着せ、赤い塗料を塗ったくる汐見橋千里(ia9650)。彼のお堅い印象とは裏腹に、和登を丸め込む台詞といえば。
「仕事が上手くいったら帰りに金平糖を買ってやろう」
 ずいぶん可愛いエサをちらつかせる。それでおとなしくなった和登に、西光寺 百合(ib2997)が痛々しい化粧を施した。
「女の子に、こんなメイクさせるなんて汐見橋さんも意地悪ね」
 百合に意地悪と評された千里は、髪を乱し、和登と同じく塗料をかぶり、本人曰く「死神風」の格好だ。どちらかというと死体風に見えるのだが、鎌を持てば多少雰囲気も変わるだろう。ある意味和登とおそろいである。
 おそろいであるからして、蜂蜜色の髪も赤くべたつき、おしゃれ好きの和登としてはたいそう不満の残る格好へ仕上がる。そのできばえに満足して、百合も自分の朋友にとりかかった。ラミアにボロ布を着せてシルエットをごまかし、泥だらけにする。
「‥‥ごめんね。あとで綺麗に洗ってあげるし、大好きな骨付き肉もあげるわ」
 大事に育ててきた――特に子犬の頃から世話をしてきたラミアを泥だらけにするのは抵抗があるのだろう。気後れしつつも手早く仕上げて、あとは自分の格好を崩すだけ。どこから引っ張り出してきたのか、古びた着物を着崩して、さらに履物を脱いで裸足になる。千里と同じく髪を乱し、自分にもおどろおどろしいメイクを施した。まだずいぶんと冷たい地面と空気。裸足で歩くにはすこし厳しい気候に、ふるり、と、一瞬身を震わせる百合だった。
「後で洗ってあげますから我慢してね〜」
 そばでは紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が、もふ龍に灰をぶちまけていた。目立つ毛並みを隠す作戦である。ちなみに当のもふ龍はと言えば、
「少し気持ち悪いもふが大丈夫もふ〜☆」
 たいへん寛大に紗耶香の行動を受け入れ、ついでに灰に寝そべって腹部も汚した。鮮やかな金色の毛並みはまるっと灰色に染まり変わる。歩くたびに灰をまき散らす状態だが‥‥これはこれでありだろう。うっかり今のもふ龍に抱きついたら大惨事になりそうだ。そして紗耶香も自分の姿を変えにかかる。
「血糊は‥‥っと」
「使うか?」
「ありがとうございます〜」
 残りの塗料を千里から受け取り、べたべた顔に塗りつけた。いつも纏めている髪もおろして、すこし紗耶香の雰囲気も変わる。
「残ってるか?」
 塗料の残りを確認した不破 颯(ib0495)に、千里は赤い塗料を回した。
「ワリ」
「‥‥うさぎにか?」
「おう」
 やるからには徹底的に。目を真っ黒な円にして、口をニヤァっと‥‥、まるごとうさぎは化けていた。
「二度と近寄りたくないと思わせられたら勝ちかねぇ」
 へらりと笑って手にした塗料をだらだら垂らす。もちろんまるごとうさぎのその上に。わりと不気味な光景だ。
 買い物を終えた趙 彩虹(ia8292)とメグレズ・ファウンテン(ia9696)も戻ってきて、それぞれに準備をはじめる。こちらの二人は血糊ではなく、正真正銘血であった。しかもメグレズにいたっては、腐敗したモノまで買い取ってきている。もちろん店主は唖然としたが、彼女は気にせず目的のものを買い占めた。
 メグレズの万黎については、まだ待機を命じていない。命じようとしたのだが、召喚している間はえんえんと練力を食い、遠くで待機となれば絆値も減っていく。効率が悪すぎるためだった。

「よしっ、一肌脱ぎますか、観羅行くよっ」
 赤い太陽は沈みこみ、けれど暮れ残りの光が薄く地上に残る時間帯。老夫婦の家の中に、新咲 香澄(ia6036)は身をひそめた。その上で管狐、観羅を召還する。ふわり、三本の尾が揺れた。
「ふんっ、私にこんなことをさせようとはな、でも面白そうじゃないか」
 好戦的な性格が妙な方向に傾いたか、わりと乗り気の観羅。えんえん出しているわけにはいかないが、簡単に打ち合わせして話をまとめておく。香澄の作戦はそのほとんどを観羅にゆだねたものだから、乗り気になってもらえるに超したことはなかった。
 メグレズも万黎を召還し、おのれの隠れ場所に近いところへ待機させる。同じく、近くに墓場のないことを知った颯も自分のそばに待機させることにした。百合のラミアもそうだが、迅鷹や忍犬といった朋友はあまり複雑な命令をこなせない。そばに置いておかないと、行動を切り替えさせるのがすこし難しいのだ。
 そうして準備の整う中、人魂から見えた映像をもとに千里は三人の新米を走らせた。百合と千里とでぼろを纏わせ怪我を描いて送り出した三人。‥‥簡単なリハーサルをしたとはいえ、はらはらしつつ見守った。
「助けてくれ!」
 真樹が声を張り上げた。
「あんたたち‥‥?」
 桐月とおぼしき少女が眉をひそめる。見ない顔だ、と言いたげだ。慌てて鋼天がたたみかける。
「あ、あのいひぇの干し柿をとりょっ‥‥」
 噛んだ。
 一瞬、妙な沈黙が流れる。
「そ、それで化け物っ! 逃げなきゃっ!」
 強引に湯花がまとめ、真樹が駆け出す。
「ちょっ‥‥」
「ま、待ってよーっ!」
 ばたばたいなくなる三人。ぽかんとする桐月。
「‥‥なにあれ?」
「さあ‥‥?」
 うっすら芽生えた不安を見ないふりして、桐月たちは庭へと乗り込む。
 一番手を名乗り出たのは香澄だった。庭に入り込む桐月一味を見つけると、狐をかたどらせ‥‥。いや。狐はちょっと難しかった。人魂で出せるのは小動物レベルである。悩んだ末に、掌サイズのちびっちゃい狐をかたどらせる。とはいえアヤカシ役を任せる狐であるから、ちびっちゃくともばっちり異形。目玉一つに足六本、尻尾も二本。香澄はそれを、桐月たちの通りかかりそうな植木の上へ行かせた。
「干し柿は‥‥っと」
 足音をしのばせ、桐月らしき少女が庭を横切ろうとする。
(今っ)
 タイミングを見計らい、作った人魂を動かした。

 妙な三人組とは出会ったが、桐月にとってはそれだけだった。いつもどおりその家に忍び込み、縁側の干し柿をめざす。抜き足差し足忍び足、なにげなく植木のそばを、いつものとおりに通りかかり。
 ひらり。
 飛び降りた小さな何かに、足をとめた。
「桐月?」
「リスかなにかだと‥‥」
 言いかけて。
 ばっちりソレと目が合った。
 ――一つ目のリスはいないし、どちらかというと狐かな‥‥。
 わりと現実逃避の思考がはたらく。ででんと顔の真ん中に大きな目。ぎょろりと見つめられると一歩引く。
「汝らうまそうじゃな‥‥」
 どこからともなく響く声。はっとしてあたりを見回すが、生き物の影はない。声の聞こえる方向に違和感が残るが、ちび狐モドキが声の主だろうか。実は隠れた観羅の声である。
「私に食べられるがいいか? それとも我らの眷属にでもなるか?」
「‥‥ちっちゃいのに?」
 ちまっ、と鎮座する狐もどき。思わず桐月は突っ込んだ。そのちびっこさでどう人間を食べようというのか。
 実際にはアヤカシは固体に応じて、血を吸うなり生気を吸うなり、ばりばり頭からかじるなり、と摂取方法はヴァリエーションがあるのだが‥‥、ちび狐からはいまいち連想しにくいようだ。
 しかし狐もどきが返事を返す前に、どこからともなく飛来した風刃が一瞬で狐もどきを切り裂いた。
 あっというまに霧散したちび狐もどき。さすがの桐月も身をこわばらせる。次に、別の声が響いた。
「ふん、下級アヤカシごときが‥‥私を出し抜くなど、食ってしまうのは私のほうだ‥‥」
 草むらの暗がりから、消えたちび狐もどきに向かって台詞を吐く。そして、次は桐月らに向けて。
「早々に立ち去るなら見逃してやってもよいがな」
 その言葉を最後に、かさりとも音を立てず声は消えた。結局、最後まで観羅は姿を現さずに。
「‥‥あ、アヤカシ?」
「まさか‥‥? 襲ってこないアヤカシなんて‥‥いるの?」
 互いに視線を交わし合う子分たち。
「い、いるわけないでしょ! アヤカシって言うのは人間を食べるからアヤカシなのよ!」
 虚勢を張る桐月が一歩を踏み出した。とたんに鳴る鳴子。ひぃ! と跳ね上がる彼らの足下を、ころころ転がる黒い物体。
(もふ龍頑張るもふ!)
「ひゃああ!?」
 ころころと‥‥いや、もしかしてごろごろと? 転がる黒い毛玉。それが足に触れて飛び上がる子もいれば、ぺろっと舐められて半泣きになる子。
「もひゅうっ」
「な、なに!?」
 妙な声に桐月も慌てる。
「もそってした! もそって!」
「違う、なまぬるっ‥‥!?」
 言いかけた子供が硬直する。ある一方向を見て。
「どうし‥‥」
 視線を追いかけ、次の子も黙った。だんだん静かになっていく。
 彼らの視線の先。ぼんやりした光の中。赤い髪に縁取られた、紗耶香の白い顔。足下に置いた灯火の明かりを受け、肌の上をてらてらと滴る赤い色。
 笑うでもなく睨むでもなく、ただじぃーっと‥‥。
「‥‥な、なにかな、あれ‥‥?」
「なんだろう、ね‥‥?」
 襲ってこない、イコールアヤカシじゃない? しかし、だとしても桐月たちは近づく気にはなれなかった。仮にただの人だとしても、茂みの中に血まみれで突っ立っている少女。不気味なことこの上ない。
「‥‥や、やめようか今日‥‥」
「さ、賛成‥‥」
 桐月がとめる間もなく、下っ端二人が回れ右。
 振り向いた視界の端に、もこもこした虎耳のナニカがうずくまっていた。べちゃべちゃと生肉を食らっている(ように見える)彩虹である。あらかじめ用意した肉を惜しげもなく使っての演出である。虎の顔を血だらけにしている他、泰練気法で赤く染まった身体がいっそう不気味だ。光源が乏しいので、どうやってもどす黒くしか見えない。振り返ってニタリ。
 その彩虹の前で、仰向けに倒れているのは茉莉花。もちろん、死体役ゆえもれなく血まみれ。見るからに彩虹に食べられた猫の姿だが、むくり、と起き上がってのそのそ一味に近づく。
『え、発光は!?』
『発火になっちゃうけどー?』
『そうだった‥‥。ナシだね、明かりは』
 発火と似たようなのに閃光もあって、微妙にわかりにくい。可燃物の有無も考えると、発火は見送りだ。こそこそと気取られないよう会話しつつ、瞬脚を使って回り込む。
「がお」
 かわいらしい虎さんが、べっとべとに血まみれで背後に立つ。漂う血臭はホンモノで。
「にゃあ」
 追い打ちをかけるように、死体(のふり)をした茉莉花が鳴き声を上げた。

 仲間たちが脅しているとき。メグレズはその様子をうかがい、そして万黎を放った。飛び立った万黎は桐月らの上を旋回する。薄く群雲のかかった空は低く見えるけれど、万黎が自在に飛ぶには不足がない。夜風を翼で切るように飛び、ギャアギャアと鳴いた。
 地上の桐月たちにとってはたまったものではなかった。空を飛んで回るだけの万黎はさして有害ではないのだが、ここまで来てそんな悠長に構えていられるほど、桐月も子分たちも、馬鹿ではない。必死の思いで彩虹と茉莉花から逃げ出し、庭から外へ飛び出す。万黎は、追い立てるように桐月の上空から離れない。
「な、なんなのあれ!」
「まだ追いかけてくる‥‥! どうする、桐月!」
「ど、どうするって! 逃げるしか!」
 その桐月の目前に、ゆらり、と立ちふさがる黒い影。
 ざわり、ざわめく木々。風に含まれる、血臭と――、腐臭。
「うぐっ‥‥!?」
 吐き気を催す臭気に、うめき声が上がる。さらに剣気が叩きつけられた。直前に万黎が消えるが、桐月らは気づく余裕もない。
「っ――!」
 暗がりから浮かび上がる風貌。もこもこした熊――に見えるというのに、顔を鬼面が覆っていた。メグレズである。相手はただ佇んでいるだけだというのに、ひどく威圧的で圧迫感を感じた。
 のそ、と、鬼面の熊が足を踏み出す。じり、と下がる桐月。
 そこへ、メグレズのではない迅鷹が羽音を立て、上空から追い立てた。颯の玻璃である。玻璃は二枚の大きな翼と、その影に隠れて見えにくい小さな二枚の翼を広げて滑空する。
 キィキィと鳴く玻璃。チョウゲンボウに似た鳴き声だが、鳥に詳しくない桐月、しかも現在パニック状態。そんなことはなんの慰めにもならなかった。颯としてはまったく慰めるつもりはないので、それでいっこうにかまわないのだが。さらに、そこへ後ろから。
 ずっ、ずっ‥‥。
 重くなにかを引きずる音。
 ギギギギ‥‥、ぎこちない動作で振り返る、もこもこの首。ふわふわおてても、ちょこんと丸い尻尾も愛らしいのに、頭からどす黒くナニカが流れているのはなんだろう。ギョロっと空洞のような目が、桐月を見た――気がした。
 その目の下に、三日月みたいに嗤う口。薄い群雲で輝度を落とされた月明かりが、ぼんやりとその顔を浮かばせる。
「ひぅ‥‥っ!?」
 ズリ‥‥ズリ‥‥。ゆっくり近寄るうさぎ。もとい、颯。硬直する桐月。
「オナカ、スイタ」
 颯は小さく、つぶやいた。
「オナカ、スイタ」
 次はまた、ひとつ声を大きくして。
「オナカスイタオナカスイタオナカスイタ」
 だんだんと大きな声で。ズリ、ズッ‥‥、金棒を引きずって。近づく颯に、下がる桐月。ゆっくり金棒が振り上げられた。薄くかかった雲が、たまたま偶然風に流され。
 差し込む月明かりが、きらり、と金棒を照らし出す。
「ひぎゃっ‥‥!!」
 振り下ろすと同時、桐月は脱兎の勢いで逃げ出した。目前にいた鬼面の熊、もとい、メグレズは既に撤退したあと。注意が颯にそれているうちに、すばやい対応である。
(無理無理無理無理! これは無理!)
 心の底で叫ぶ桐月。さすがのいたずら娘も、正体不明のナニカとことを構える気はないらしい。その目前に、ひらりと躍り出るラミア。大型の彼は犬歯をむき出しに、喉の奥から唸る。
「な、にっ‥‥!?」
 二の足を踏む桐月。
「き、桐月っ! うしろっ!」
 ギャアギャアと不気味に空から追い立てる怪鳥(玻璃)。まだあまり遠く離れていない、不気味なうさぎ(颯)。進退きわまって立ち往生、そこへラミアが吠えたてる。
「っ」
 きらり、と光るラミアの瞳。色の薄い虹彩が、月明かりを弾いたのだ。彼らが怯えたところで空中にファイアーボールを空に放つ百合。一同が空へ気を取られた隙に、そろりと彼らの前に立った。
 闇の中でも際立つほど黒い髪を乱したまま。
「‥‥ねぇ‥‥私の赤ちゃんが大好きな干し柿‥‥もってるんでしょ‥‥?」
「は‥‥?」
 陰鬱な百合の姿にびびりつつ、けれど言われたことを理解しようとする桐月。が、できなかった。
「頂戴‥‥頂戴よ‥‥」
「も、持ってな‥‥」
「持ってるんでしょぉぉぉおっ!!」
「ぎゃああああああっ!!」
 耐えきれず、桐月一味は壊走した。
「林だ」
 どこに隠れていたのか、メグレズが出てきて小さく呟いた。
「汐見橋さんね」
 少ない言葉で察した百合。ラミアとともに駆け出して、桐月たちの逃走経路に方向性をもたせる。離散しかけた少年少女は一方向に追い立てられ、林のほうへと逃げていく。ふと気づけば、鬼面の熊も、狂乱したような女も、獰猛な獣もいない。空に飛ぶ影もなく、静かなものだった。
「ま、撒いた‥‥の、かな!」
 まだ緊張している胸のうちを悟られないよう、桐月はきわめて明るく振舞った。
「みんないる、よ‥‥」
 ね。
 最後の一音だけ、言葉にできなかった。なぜなら。
 光源の乏しい中。煌々と輝く夜光虫。
 たった数歩の距離だけを、明るく照らし出すモノ。
 その中で。
 背中を向けてしゃがみ込む、小さな背中――。
「ひとぉつ、ふたぁつ‥‥みっつ‥‥やっぱりたりなぁい‥‥」
 ぶつぶつ呟きながら、小さな彼女は振り向いた。ぼろぼろの姿に、痛々しい傷跡(のメイク)。
 和登である。彼女は桐月たちを視界に入れると、語調を一変させ。
「おまえらがあたしの干し柿をとったのかあああ!!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
 追いかける和登。いつのまにか、鎌を持った千里がその隣を並走する。さらに紗耶香、遅れてもふ龍も黒い毛玉と化して追いかけた。きゅっと唇を引き結び、香澄が参戦する。彩虹と茉莉花が加わり、メグレズが熊を真似て背中を丸め、百合は裸足であるのをものともせずに合流。颯がそれまでのもどかしいほどぎこちなく、ゆっくりさせた動きから一変、大地を蹴って追い立てた。
 このまま全員で、と思ったものの、桐月は。
「散れっ!」
 町へ入る瞬間、号令を飛ばした。方々へと悪がきどもは飛び出して、やむを得ず開拓者らも手分けする。
 各自さんざん追い掛け回し、脅しまくって。
「私達はいつでも見ているぞ」
 シチュエーションによっては頼もしく聞こえそうな台詞は、しかし死神風の千里が言うと‥‥。息せき切らして力尽き、震える子供は、こくっ、と喉を鳴らすのが精一杯だった。

「はぁっ‥‥はぁっ‥‥な、なんだったのあれ‥‥」
 息をととのえる桐月に、地面にへばる子分が何人か。
「ほかのやつら‥‥大丈夫だったかな‥‥」
「逃げきれてりゃいいけど‥‥、こっちは、撒けた‥‥わよね‥‥?」
 月の明るい道端だ。通りの奥まで見渡せる。ほっと息をつく、そこへ。
 キャッキャウフフと、夜道なのに日傘をさして歩く二人組み。いくら油断していようが、夜道で日傘は怪しさ抜群である。あんな目にあったあとでもあり、身構える桐月たち。逃げないのはたぶん、もう足がガクガクしているからだろう。全力でないとはいえ、開拓者に追いかけられて肉体的にも精神的にも疲弊していた。アヤカシもどきが追い手では無理もない。
 近づいた二人。ぴか、と、下から照らす夜光虫。
 顔の凹凸にしたがって、たいへんホラーな形相が浮かび上がる。
「みぎゃあああああっ!!」
 べたべたと化粧を塗ったくった喪越の顔。ジュリエットは普段の容貌だが――。
 彼女は普段が普段ゆえに。
「なんだぁ?」
「桐月じゃね?」
「あいつかー」
 激しい悲鳴に近隣の家から人が顔を覗かせたが、あっさりスルーして布団に戻る。
 一方、町から引き上げていく開拓者たち。
「でもこれ、皆の見ちゃうとかなりのトラウマになりそうだよね‥‥」
 お互いのできばえを確認し、血まみれな虎姿とは裏腹に心配げな顔をする彩虹。しかし彼女の相棒は。
「良いんじゃん? バチだよバチ☆ それより、干し柿もらえないかなぁ?」
「茉莉花‥‥」
 ガクリと肩を落とす彩虹。
「‥‥あー面白かった。ラミア、お疲れ様♪」
 たいへんすがすがしく、百合はラミアをなで回した。