目覚めの春まで
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/27 18:15



■オープニング本文

 冬の厳しさが、すこしずつ緩み始めたころだった。
 白く冷たく覆われた大地は雪の厚みが薄れだし、吹きすさぶ風もいくぶん柔らかくなる。そうして幾日かの穏やかな日々のあと。
「地面だ!」
 わらわらと、子供たちは木々に寄る。どこもかしこも白いままではあれど、そびえる樹木の根元だけ。茶色く地面が顔を出していた。
 凍ってもいない柔らかな地面の出現に、我先にと寄ってたかって踏みしめる。
「滑らない!」
「もうちょっとで春だ!」
 きゃいきゃいと木に群がって喜び踊る中、ひとりの少女がふと目を上げた。
 すこし向こうに、何本かの木々が生えている。けれどもその根元は白いまま。
「‥‥あんなとこ、木、はえてたかな‥‥」
 不思議がってふらふらと近づく。まだ白い地面に足跡を残して、そこへ。
 ざわり。
 風もないのに木々は揺らいだ。葉のない枝が大きくしなり、そして。
「‥‥ぁ‥‥」
 少女の胸を、貫いた。
 鮮血が飛び散り、だくだくと白い大地に注がれる。その木の根元に倒れた少女に、遊んでいた子供たちが振り返った。
「‥‥ナオちゃん?」
 一人の少年が、茶色い地面の上で呟く。少女、ナオは振り返らない。立ち上がりも、しない。
 ふらり。近寄った少年を、伸びた鋭い枝が襲う。
「ぅあああああっ!」
「トモ君ッ!」
 腹を貫かれた少年、トモに、迷わず駆け寄る少女。
「マコ!?」
 見ていた二人の少年少女は、一瞬躊躇った。その一瞬で、マコの頭に風穴が開く。
 ひゅ、と、誰かが息を呑んだ。
「トーコ、ちびども逃がせ!」
「コウ君‥‥、わかった!」
 コウは指示を飛ばし、自分はトモに駆け寄る。まだ――息があった。
「トモ!」
 返事はない。迫る枝の一本に打ち据えられ、ざくりと脇腹を薙ぎ払われた。衝撃で後方に弾き飛ばされる。
 枝はゆらゆらと、コウの一歩手前を蠢いた。
(‥‥限界、なんだ、あそこが‥‥、枝の伸びる‥‥)
 霞む意識の端で、その性質を判断する。幾本もの枝が蠢きあい、トモとマコを縛り、引きずっていく。
 三人の体が根元に集まったところで、蠢く枝は――。
 争うように、その体を滅多刺しにした。
「コウ君‥‥! 待ってて、今大人の人呼んでくるから‥‥!」
 トーコの声が遠くて、あまりはっきり、聞こえなかった。

「討伐依頼をお願いします」
 ギルドの受付嬢は、急ぎで行って頂きたいのです、と顔を出した開拓者に告げた。
「ある町の郊外に、樹木の姿をしたアヤカシが発生。近寄った子供、三名が死亡。深手を負った子供が一名。
 依頼内容は二つ。アヤカシの討伐と、子供の治癒です」
 受付嬢は口早に状況を説明した。
「詳細はこの依頼書の通り。町の郊外はまばらに木の生える丘です。アヤカシが目撃されたのは、比較的町に近い丘のふもと付近。丘の中は雪の季節にわざわざ入り込むところではないそうで、子供たちが雪遊びに行く程度。どの程度アヤカシがいるのかは未確認ですので、丘周辺の調査と、発見しだい殲滅をお願いします。
 それと、防寒具は程々でいいでしょう。まだ雪解けのはじまりですが、日中はだいぶ気温も緩んでいますから‥‥」
 かすかに痛ましげな目をして、受付嬢は締めくくった。

「トーコちゃん、ねぇ、アンタが悪いわけじゃあないんだよ」
 女は、疲れた顔でトーコの顔を覗き込んだ。子供にしては大人びた顔つきのトーコは、微笑もうとして失敗する。唇だけは歪に笑みをかたどるのに、頬の筋肉が強張っていた。
「‥‥」
 女は小さなため息をつく。目を覚まさない息子も気にかかるが、いかにもあやうげな息子の友人も気にかかる。もとより責任感の強いトーコだ。なにひとつトーコに非はないが、だからといって納得するほど割り切りのいい子供でもない。
「コウ‥‥、目、覚めないん、です、か」
 聞き取りにくい、今にも泣きだしそうな震えた声。すこしだけ笑みを浮かべて、女は頷く。
「まあ‥‥、あんまりコウのことを気にするんじゃないよ」
 自分でも驚くほど、すらすらと言葉が出た。
「あれは丈夫な子だからなね、ちょっとやそっと、平気に決まってるよ。ただねぇ、寝汚いもんだから。悪いけどもうちょっと、待ってやってくれるかい」
「‥‥っ」
 気遣いを悟ったのか、深々と頭が下げられた。それからくるりと身を翻し、走っていってしまう。
 ゆっくりと目を閉じて、長く長く、息を吐いた。肺の底から、長く。
「‥‥ちょっと、寝坊してる‥‥だけだよ。トーコちゃん」


■参加者一覧
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
霧咲 水奏(ia9145
28歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
丈 平次郎(ib5866
48歳・男・サ
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫


■リプレイ本文

 それは、始まる前から気の重い依頼だった。
 さくり、と雪を踏みしめる。表面だけかすかに溶け、そのあとにまた凍ったのだろう。そう柔らかくない独特の感触が足の裏に伝わる。
(子供が3人も犠牲になったって、聞いた‥‥)
 雪によく似た色の髪をなびかせ、雪刃(ib5814)はまっすぐに現場へ向かう。丘はどこか。問えば返事は至極簡単に返ってくる。
「あっちに小高いのが見えるだろう、あそこだよ」
 示されるまま歩みを進める。町とはいえ田舎の町だから、迷うことなくたどり着いた。広がる薄い雪の積もるところ。小高い丘にまばらに生える、葉のない木々。
 たくさんの小さな足跡。それに紛れる、いくつかの大きな足跡。
 地面を注視しながら慎重に進む。まばらに生える木々の間を行くと、そこに。
 あきらかに不自然に枝を曲げ、根元の遺体に突き立てる異形。
(もうこれ以上は)
 斬竜刀「天墜」を置いた。持っているだけで回避の鈍るそれは、雪刃の手を離れて雪へと沈み込む。
(させるわけにはいかない)
 踏み込む。隼人で一気に間合いを詰めた。雪刃に気づいた枝が、子供を乱暴に放って枝を伸ばしてくる。剣気でそれを威圧して、その木の懐に入り込んだ。
 ひとのかたちをした、ひとだったものが転がっていた。ひとつを慎重に、丁寧に抱き上げる。それだけで崩れそうになる身体だから、細心の注意を払った。
 その間にも、アヤカシの攻撃の手は緩まない。背中を斬られ肩を貫かれる。ほとんどはたいしたダメージではなかったが、時々鋭い攻撃が入った。隼人で防御力が落ちているのも手伝っている。
 したたかに身を打ち据える枝を無視して、ゆっくりと冷たいものを抱え上げた。

「‥‥もう大丈夫です」
 少彦名命を重ね掛けして、礼野 真夢紀(ia1144)は一息ついた。ほっとコウの母親も緊張をとく。
「ありがとうよ、真夢紀ちゃん。桔梗くんも」
「まだ、目は覚まさないけど‥‥」
 コウの手を握り、呼び続けた桔梗(ia0439)はゆっくりと子供の手を布団の中へと入れてやる。
「なぁに、いきなり死にかけたんだ、身体がびっくりして休みたがってるんだろ」
 どこまでも剛胆な女は、それでも確かな安堵を目に映していた。
「コウくん‥‥」
 ほ、と目を潤ませるトーコに、真夢紀は甘いものを勧めた。
「甘い物、すぐ頭の栄養になるから食べて」
 それから、情報の提示を求める。かすかに眉尻を下げ、トーコは遠慮した。
「喉を通らないの‥‥、でも、喋れるから」
 トーコは途切れ途切れに、知る限りの話をする。きりのいいところで、ルンルン・パムポップン(ib0234)は明るく声をかけた。
「みんなが治療してくれてるから、コウくん大丈夫ですよ」
 励ますようにトーコの肩を叩く。
「‥‥アヤカシの事も私達に任せて、もう絶対こんな事が起きないようにしてくるから! 正義のニンジャの約束です」
 にこっときれいに笑み、ルンルンは続けた。それに、と言って。
「そんな顔してたら、コウくん折角元気になっても、気にしちゃうんだから」
 この場ではすこし明るすぎる口調ではあったが、内容はずれていない。桔梗も、ひとつの願いを伝える。
「トーコも、苦しい。でも‥‥」
 彼女の痛みを認めた上で、なおかつ。
「戦ってるコウを、応援、して欲しい」
 目覚めたときに、どうかそばに。
 幾ばくかの沈黙のあとに、小さな頭が頷いた。
「大丈夫だよ! あたい達がアヤカシをみんなやっつけてくるから!」
 ちびっこの家を回って、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は笑顔で元気づけた。中にはいまだ泣き止まない子もいたが、大半は心配そうにルゥミを見つめる。
「ほんとうに?」
「大丈夫大丈夫!」
「けがしない?」
「あたいは銃だし、そんな心配ないよ」
 コウまで負傷したのが子供らのトラウマらしく、何度も何度も大丈夫だと言って聞かせて、ルゥミは請け負う。
 一転して集合場所に向かう顔に笑みはなく、ただ真剣に唇を引き結び、遠雷を抱えた。

 情報を集めて丘へ向かうと、その身を赤く染めたひとがいた。
「雪刃っ!」
 血まみれになって遺体を抱える雪刃の姿に、仲間たちが駆け寄った。彼女のすぐ後ろにうごめく枝のおかげで、考えずとも敵の攻撃範囲が割れたのは――、幸いなのか。すぐに桔梗が閃癒を使った。
「‥‥無茶して」
「すまん。だが、見ていられなくてな」
 雪原が赤く赤く染まっていく。白い雪はまだ暖かい雪刃の血で溶けながら。
「あと一歩で、その子と同じになっていた。‥‥気をつけてくれ」
 神風恩寵をかけながら、山奈 康平(ib6047)も注意する。限界近くまで生命の削られた雪刃は、冗談抜きに危険な状態だった。敵が動けなかったから助かった、とも言える。その敵はうごうごとこちらへ枝を伸ばしていた。それを視界の端にして、桔梗は閃癒を切り上げる。
「全部は治せない‥‥、練力、温存したいから」
「問題ない。ありがとう」
 雪刃は慎重に、慎重に腕の子供をおろす。人間としての原型はとどめていたが、人相はもうわからない。身体のところどころを失っていた。ただ、髪型で女の子だとわかるだけだ。
「酷い‥‥」
 目を上げれば、向こうの木々の根元に二つの遺体。
「大切に思う家族や友達、心痛めてるトーコちゃんの為にも、絶対、絶対許さないんだからっ!」
 杖を構え、刀を抜き放つ。理を使って敵と自分の射程範囲に踏み込んだ。
「‥‥早く、弔ってやらねばな」
 言葉少なに丈 平次郎(ib5866)が、ただひとこと。静かに目を伏せ、抑揚の少ない言葉をこぼす。枝が遺体に向かっていないのを確認し、グレートソードのグリップを握りしめて突っ込む。
 とたんに襲いかかる枝を振り払い、一気に間合いを詰めて幹へたどり着く。その勢いを殺さないまま、最後の一歩を大きく踏み込み武器を突き出した。
 肉厚の刃は、アヤカシの幹へと食い込む。引き抜き返す刀でもう一太刀。そんな平次郎を疎むように襲いかかる枝を、霧咲 水奏(ia9145)が先即封でそらす。さらに平次郎は小具足で残りの枝を防ぎ、胴に巻き付こうとしたのを腕で受け、その枝を切り払った。
 腕に残る木の枝を、力任せに振り払う。遺体の位置を確認して次撃をたたき込んだ。これが遺体を根元に抱く、木だ。
 淡々と、けれど明確な意思のもとに剣を振るう。切り払った枝など、アヤカシの一部がその遺体に飛び散らないよう注意した。完全に倒してしまえば消えるだろうが、本体と切り離されただけのパーツは少しの間、形をとどめているようだ。
(切り倒したアヤカシで骸が潰されては意味がない‥‥敵に当たるのならまだ良いが)
 剣に巻き付いてきた枝を、力任せに切り捨てる。ほとんど引きちぎるようにして自由を取り戻した刀身で、もう一度幹を斬りつけた。
「アヤカシとして生まれ出でた事、憐れなれどその所業は断じて許す訳には参りませぬ」
 次々と矢をつがえ、水奏は目まぐるしく射かけていた。前衛のフォローアップに遺体周辺のアヤカシ殲滅。特に後者は集中的に。
(彼奴らの下に晒しておく事など、出来るはずもありませぬ‥‥っ)
 攻撃範囲の内外を踏み分けて枝の気を引きながら、まずは遺体を根元に置く木を狙う。狩射で打ち据えたところを、平次郎が直閃で突き立てて。
 一瞬耐えたかに思えた木は、瘴気に戻って消えていった。
「ジュゲームジュゲーム、パムポップン‥‥」
 迫る枝。身をひねってかわし、手にした杖を振る。
「ルンルン忍法フラワーフレイム!」
 不知火を幹にたたき込んだ。間髪入れずに炎の消えたところに飛び込んで、もう片手の刀を突き立てる。ひねるように刀身を引き抜くと、傷口から瘴気が吹き出した。
 けれどしぶとく枝をうごめかす、木。その枝がルンルンの肩口をとらえる。飛び散る鮮血が頬にかかった。もう一本を大きく飛び退ってかわす。直後に桔梗の白霊弾が幹に被弾し、ルンルンを狙った別の枝がルゥミの強弾撃で迎撃される。
 ――あと一撃、入れれば終わる!
「あの子達の悪夢、これで終わりにするんだからっ!」
 取った間合いをもう一度、詰めた。深々と刀を突き立てて。
 引き抜いたあとに、アヤカシはあとかたもなく消える。同時に。
 すぐ隣の木が、雪刃と平次郎、二人の地断撃を食って消え去った。弾丸を再装填しながら、ルゥミは状況を把握する。視界内の敵はすべて行動中、不意打ちの危険性もない。迫る枝を切り払う平次郎へ、援護射撃を送った。

「寒空の下じゃ可哀相、だから‥‥」
 残った遺体を清めるところで、桔梗は天幕を取り出した。手分けしてそれを組み立て、遺体を運び込む。桔梗の心遣いで、女の子たちから運ばれていった。その間にトモに閃癒をかけてみたが、効果は見られない。
(‥‥無理、か)
 癒えるのなら癒やして返してあげたかった。死んだ事実が覆らなくても、それでも。
「遺体だけでも親御さんの所に返してあげたいけど、このままでは‥‥」
 天幕の中で真夢紀は準備を整える。着替えに手ぬぐいに水に包帯に、と、しっかり用意されていた。
「足りないでしょうな。これも」
 水奏が追加で包帯を差し出し、手当に回った。傷を隠す、というより、崩れかけている身体を補強する意味合いが強かった。特に皮膚の露出する部分は丁重に巻き、顔もしっかりと覆う。ルゥミも持参した膏薬を皮膚にあてた。独特の匂いが、血臭を覆う。化粧はできる状態では‥‥なかったが。
「荼毘に付したほうがいいような気もするけど」
 包帯だらけになってしまい、ルゥミは提案した。そのほうが遺族のためでは、と。
「まゆもそう思うんですけど‥‥、ご家族はもう、見ちゃったようですから」
 それは康平が直接遺族と話し、持ってきた情報だった。たしかに事件直後にコウを助けに行った大人がいるのだから、遺族が現場を見なかった可能性は低い。アヤカシが移動しないならなおのこと。遠目に見るのと間近で見るのは違うが、一度目のショックで二度目のショックが軽減されるのを願うほかない。
 次にトモを運び入れ、女性陣の残した道具で遺体を手当てする。
 なるべく綺麗な姿で親元に返そうと、平次郎は特に丁寧に包帯を巻いた。
(もう痛くないように、寒くないように。
 心の傷が、もう、広がらないように)
 そぅっと、桔梗も包帯をあてる。白い包帯が、じわり、と赤くにじんでいった。

 遺体を引き受けに来たのは、たった二人だった。
「‥‥マコ」
 父だという男が、ひとりの女の子を引き取る。彼は唇を噛みしめ、黙って深く頭を垂れた。大事に大事にマコを抱えて帰って行く。トモとナオを引き受けに来たのは、少女だった。姉だという娘は、申し訳なさそうに家まで二人を運んでくれるよう願う。全員で行くわけにもゆかないので、康平と、体格から平次郎が請け負った。
 少女の心情を慮って道中康平が話を引き出そうとしても、彼女はひどく切なそうに微笑むばかり。家について二人の遺体を寝かせ、丘へと戻るその背中に、かすれた声がかかった。
「‥‥ありが、とう」
 一瞬足をとめ、泣き出しそうな声音に平次郎は黙ってまた足を踏み出す。はっとして振り向いた康平の見たのは、下げられた黒い頭だった。
 そのまま丘へ戻り、紙に書かれた簡易地図を頼りに丘を攻略していく。最初のアヤカシ以外でなお二十強のものがいたが、消耗しつつも問題なく撃破していけた。索敵も問題なく、マッピングを平行して行ったために効率がよかったのだ。
「終わりですな」
 念のため弓の弦を弾いてから、水奏は結果を下した。白い丘をくまなく踏破したあとのことだった。

 コウの家へ戻ると、少年は目覚めたあとだった。水奏は慰めのかわりに、ひとつの言葉をかけた。
 霧咲の武人としてかける言葉は、決して甘くはない。けれど水奏はあえてその言葉を選んだ。厳しさを含んで、なによりもその子供たちが生き延びられるように、と。
「お二人は、アヤカシの恐ろしさをその身を以って知るお方に御座いまする。
 故に、どうかこの地に住まう方々を──
 アヤカシに立ち向かうのではなく、生き延びる事でお救い下さい」
 見捨てろと言ったも同じだった。暗にトーコの罪責を柔らかく否定した。遠回しにコウの行動をたしなめた。
「‥‥若き身に酷な事を申し上げまするが、どうかお願い致しまする」
 深く深く頭を下げた。きつく拳を握りしめるトーコとは対照的に、コウは覇気もなく、ただぼんやりと。
「トモ‥‥生きてたんだ」
「‥‥っ」
 ぽつり、つぶやいたコウの言葉に、トーコの感情が決壊した。
「う‥‥、あ‥‥、あああああああっ!」
 慟哭だった。髪をかきむしって喉から意味のない声をただ迸らせて、せめぎ合う感情を言葉もなく吐露する。
 そんな幼馴染を静かに見つめて、コウは繰り返した。トモは生きていたんだ、と。
 康平の脳裏を過去が過ぎった。身近なひとを失った記憶。何もできなかった事実。
(必死で助けを求めればよかったんだが‥‥)
 どんな理由があるにせよ、それをしなかったゆえに残った後悔。腹がねじれる程の。
 時間が癒やすだろうか。それとも他の何かが癒やすのだろうか。その思いからの解放、そんな目処は立たずに今ここにいた。
(俺はまだ、辛い)
 静かにトーコの声を聞き続ける。無理に止めない方がいい、と思った。自分も、耐えきれずに泣くのだ。慰めようもなく、そして事後にしか駆けつけられなかった。しかたのないことだった、たしかに、どうやっても防げなかった事態だ。けれど康平はもどかしく悔しい思いを強くする。
 厳しすぎただろうか、と二人を見下ろす水奏と、不意に目が合った。かえってトーコにはよかっただろう、と目で返す。
 泣いて泣いて泣きわめいて絶望して、ありったけの悲しみをぶちまけて。そこから這い上がれるかはともかく、少なくとも、今のコウよりはよほどいい。
(同じ思いをせずにすむよう、日々精進するしか無いんだろうな。
 生きている者を、一人でも多く支え手助けができるように)

(お姉様、ちぃ姉様)
 帰路の途中、真夢紀は二人の姉へと報告した。町を背中に、胸の裡で。
(本日は急の依頼に行って参りました。
 ‥‥既に犠牲者が出ている依頼って、解決してもやっぱり気が重いものです)
 空は青い。風は厳しさを緩めて大地を吹き抜ける。六花が舞うかと思われたが、表面の凍った雪は大地を離れはしなかった
「天国のじいちゃん」
 ルゥミは、祖父に教えられた天国へと言葉を向けた。射撃の腕も生きるすべも、なにもかもをルゥミに遺した祖父へと。
「ナオとトモとマコって子がそっちに行ったよ」
 コウやトーコの年を考えれば、ルゥミの見た目よりひとつ、ふたつ年上だろう。
「昔話、してあげてね。
 じいちゃんの昔話、すごく面白いから」
 声がすこしだけ、鼻にかかっていた。紡いだ音がすこしずつ、震えを強くしていった。
「きっと喜ぶと‥‥思うん‥‥だ‥‥っ」