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■オープニング本文 それは唐突だった。 瘴気が出たと思ったら、いくつかの塊になり、そして極彩色の『それ』が現れた。 青や桃色、赤色橙色、白に黄色にまだら模様――、ころんとした、いかにも愛らしい象牙色のいしづきの上に、なめらかに広がる半球のかさ。そう、それはまごうことなきキノコであった。 キノコだが、本物のキノコではない。もちろん食べられるわけもないし、その形成された過程でわかるように、そもそもまっとうな毒キノコですらない。色鮮やかなかさの下、なめらかないしづきにはポツンポツンと黒々とした小石のような目が並び、その更に下にはにっこりと弧を描く口。全長はせいぜい大人の腰ほど。そして『それ』は、ぎゅっと身体――いしづき――を反らせてぴょこぴょこ跳ねた。 「わぁ、かわいい」 隣で男が真っ青になっているにもかかわらず、真っ赤な着物の子供はぴょこぴょこ寄ってくる、『それら』に手を伸ばそうとする。 「だ、駄目ですお嬢様!」 「あれが欲しい!」 むちゃくちゃなことを言い始めた子供を、男は引きずるように引き剥がし、小脇に抱えて逃走した。 誰もいなくなった原っぱで、『それ』はぴょこぴょこ跳ねていた。 「欲しい欲しい欲しい欲しい! 欲しいのー!!」 家に帰っても、子供の欲求はおさまらなかった。 「あたしが欲しいの、あたしが言ってるんだから! だから取ってきて!!」 困る使用人。困る父。困る母。金を積んで買えるものでもない。とりあえず困る。ひたすら困る。そして困る。――結局、彼らは困ることしかできなかった。おそらく敗因は、今までなんでもかんでも子供の望むままにさせすぎたせいだろう。人はこれをしつけの不行き届きと呼ぶ。 「恐れ気ながら申し上げます、旦那様」 男は意を決して雇い主を物陰に連れ込んだ。 「このままではお嬢様の将来どころか、ちょっと先の命まで危ぶまれます」 「う、うむ、しかしだ、な、ここまで欲しがっているのに」 「お嬢様をアヤカシの餌にする気はないでしょう。――開拓者の方に頼みましょう。雑事も引き受けてくださるとのこと、お嬢様を任せてみては」 「し、しかしだな、お前がなんとか」 使用人の男は、苛立たしげにため息をつく。 「ご命令でも従えません、そんな給料の受け取れなさそうな命令。もれなくアヤカシの食卓へ直行なんてごめんです」 きわめて現実的な使用人の提案にて、ことは開拓者の手に委ねられた。 正論など通用しない子供をどうにか説得して、ついでにアヤカシも倒してくれと。 |
■参加者一覧
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
音影蜜葉(ib0950)
19歳・女・騎
ルーディ・ガーランド(ib0966)
20歳・男・魔
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
蜜原 虎姫(ib2758)
17歳・女・騎
灰夢(ib3351)
17歳・女・弓
東雲 雷蔵(ib3471)
22歳・男・シ
虎一(ib3562)
23歳・男・サ |
■リプレイ本文 依頼を受けた開拓者一行は、町へ着くなり当の依頼人へと事情説明から始めた。都合上、保護者の許可が必要なためだった。 「これからお子様にアヤカシがいかに危険な存在であるかご覧頂く形で説得を試みます。 もちろんお子様の安全は最優先事項として守ります」 朽葉・生(ib2229)の有無を言わせぬ迫力に、両親は戸惑いながらも頷いた。 「安全であれば‥‥、もちろん、皆様にお任せします」 任せます、と言いつつもその顔は不安でいっぱいだったが、押しが弱いのだろう。話は簡単についた。 その後ろでは音影蜜葉(ib0950)が、使用人の男へと今回の案を伝え、子供の同行許可を取っていた。親はすぐそこにいるのだが、おそらく使用人が一番話が通じそうだと判じたのだろう。あながち間違いでもない。使用人はしっかりと頷き、同意した。 「お嬢様を、よろしくお願いいたします」 そうして使用人は、子供を開拓者たちに受け渡す。 「‥‥ねぇ、嘘だよね、キノコ取りに行くんでしょ? 倒すなんてしないよね?」 子供のその言葉を、やんわりと包んだのは蜜葉だった。 「飼いたいのでしたら、ご自分で世話ができるか見て決めないといけませんね?」 「じゃあ、取りに行くのね!」 子供は自分のいいように解釈する。蜜葉は否定的立場にはならないよう、気を使いながら危険なものだと伝えた。言葉で理解させるのは難しいだろうが、事前に知識を与えておけばあとあとスムーズに行くだろう。 「‥‥飼うの、難しいの? でも、あたしちゃんとお水あげるよ」 「アヤカシは、とても、怖い‥‥モノ、だよ」 アヤカシに対してとんちんかんな安請け合いをする子供へ、蜜原 虎姫(ib2758)が言葉をつむぐ。 (ワガママ言える、両親がいるのが、虎姫には、羨ましい‥‥な) 虎姫は、その子のために言葉を続けた。 「あなたは、大切な人が、目の前で、息絶えるところ、見た事無い‥‥よね。 大切なご両親が、いて、仕えてくれる方が、いる。 それは、幸せな事で‥‥怖い、こと」 不思議そうな顔をする子供に、続けてルーディ・ガーランド(ib0966)も言葉を重ねた。 「嫌かも知れないが、この後絶対役に立つ。一つ、勉強しておこうか」 そして、もう一度彼らはアヤカシの危険を説いた。誰も危険具合をはっきりとまとめてこなかったので若干内容は薄かったが、一般的な話としては伝えられた。 「今から退治しにいくのは、そういう相手だ。これからの為に、参考になるかもな」 ルーディの穏やかな言葉にも、子供は不満げだ。 「だって、あんなにかわいいんだよ! アヤカシって怖いものでしょ? あれはかわいいもん!」 「百聞は一見にしかず。こうやって口で話すよりも、ずっとよく分かると思う」 「アヤカシも動物も人間も、生きてるんだ。自分の信念に従っていきるものだよ。あきらめた方が良いよ」 東雲 雷蔵(ib3471)も言葉を加える。シンネン? と、まだ子供には難しいようだが、どうも簡単にはいかないらしいと、うっすら察しはじめていた。 (でも、この人たちだって、あれを見ればかわいいのわかってくれるもん!) が、やっぱりまだまだわかっていないようである。 そんな様子を一歩離れて見ていた灰夢(ib3351)。青い瞳が静かに状況を把握する。 (‥‥まぁ、依頼自体は何とかなる、か) 距離を置いて、あまり関わるつもりはなさそうだ。 一通り子供への説明が済むと、一行は連れ立って出かける。気に入られたのか、蜜葉の隣には子供が始終まとわりついていた。 そこはのどかな原っぱだった。 雷蔵はその広々としたところの空気を、胸いっぱいに吸い込む。 (ふう‥‥気持ち良い。平野は良いな。広くて) ここを自由に駆け回りたい、と彼は思った。狼の獣人である彼は、母もまた狼の獣人だったようだ。ごめん父さん、と苦笑交じりに心のうちで詫びてみる。どうも父の特徴は、あまり継いでいないらしい。確かに揺れる耳と尻尾は、ふさふさと銀に輝く狼のそれだ。 開拓者になってからの初仕事。心地よいそよ風の中で気合を入れる。 「山を駆け回ってたんだ、火の一吹きでもやってやるよ」 雷蔵の視線の先には、ぴょこぴょこ跳ねるキノコが五つ、じわじわとこちらに接近していた。 「見た目は可愛いもんだが、アヤカシはアヤカシか。 さっさと倒しちまいたいもんだが‥‥」 「ほらね、かわいいでしょ!」 そうもいかないかな、これは。と、ルーディは胸のうちで続けた。 「さあて、半か丁か、出目はどうかね?」 アヤカシたちの前に、ころん、と賽が投げられる。運試しと振られた賽は、丈の低い草の間で微妙に斜めに傾きつつも、五の面を空に向けた。 「ほいじゃあ一丁バァーンと‥‥行ってみようか!」 振った本人、虎一(ib3562)は賽を回収し、ついでとばかりにその足で、草を踏みしめアヤカシと対峙する。彼と共に、雷蔵、虎姫、そしてすこし距離を取り、灰夢が並び立った。 ここに至るまで一貫して口をつぐんで手出ししなかった灰夢だが、仕事は仕事、と他の面子と行動をあわせる。握る弓はすらりと長く、ぴんと弦が張られていた。 彼らの後方に、水津(ia2177)、蜜葉、生が子供の護衛として控える。その護衛と前線で戦う戦闘役との中間にルーディが立ち、守りを固めた。 「相手の能力は未知数だ。 毒の類を持っているかも知れん、見た目に騙されるなよ」 子供の前へと作られた、生のストーンウォール。それが戦いの口火を切り捨てた。 まず最初に、アヤカシの攻撃を受けること。それが彼らの作戦だった。 被害を受ければ討伐の大儀名分が立つ。アヤカシと開拓者、どちらが人間にとって有害か、はっきりわかって実にシンプル。効果的なやりかただろう。ぱかり、と白と桃色のまだらキノコが口を開いた。ギザギザした鋭い歯がびっしり生えている。 灰夢はかわしきれずに傷を負ったが、幸い浅い。青白い肌に、一筋の紅が流れ伝う。赤いのを避けた直後、続いてかかってきた黄色いキノコをかわしきれず、雷蔵もかじられた。畳み掛けるように一気に他の二体も飛び掛り、虎一と虎姫は避けずにそれを受け止める。虎姫はガードも併用してだ。こちらは無傷で受けきった。 一方ストーンウォールの陰から身を乗り出し、今にもアヤカシに飛びつきそうだった子供は、生に制された格好のまま、かちん、と固まっていた。 しかし、彼女の思考が追いつかなくても始まった戦いが止まるわけもない。雷蔵の手裏剣が白と桃のまだらを攻撃したが、ダメージを与え損ねてしまう。 (あ、手裏剣だから‥‥軽すぎたのか) 手裏剣だとダメージを与えにくい。非常に軽い武器であるため、武器固有値、つまり最低限攻撃さえ当たれば通るダメージがゼロだからだ。貫通すればしっかりとダメージを与えられるが、かすっただけでは無理だったようだ。キノコ相手なら、貫通させるのはそこまで難しい話ではない。しっかりかかれば大丈夫だろう。 逆に、虎一はわざと片方の刀だけで橙キノコを切りつける。あっさり倒さない配慮なのだろう。灰夢も弓に新たな矢を番える。張り詰めた弓。飛び掛ったキノコを紙一重で避け、矢を放つ。タン、と小気味良い音が響いた。しっかりと当たるものの――、倒すにはまだ至らない。ルーディがサンダーを放ち、援護射撃に加わった。 ぴょこぴょこ跳ねて動くキノコなものだから捕捉し辛く、それはしかたがなかったかもしれない。黄色いキノコに、隊列の薄いところを抜けられてしまった。すぐさま咆哮を使おうとした虎一より一瞬早く、ファイヤーボールが迎撃する。 「僕が最終防衛線だ。ここから後ろへは行かせん」 「鋼の乙女が使う鉄壁の加護‥‥破らせはしません‥‥」 更に水津が神楽舞「衛」を子供へかけ、生はフローズでその動きを鈍らせた。 「大丈夫そうですよ」 「みてぇだな」 雷蔵の言葉に頷き、虎一も目の前の敵へと意識を戻した。 がぶりと、噛み付かれた。 「‥‥っ!」 痛みに怯んだように。今間違いなく、確かに痛いのだとわかるように。そう訴える素振りを、虎姫はした。普段は痛くても辛くても、そんなものは見せない。けれど。 (人の痛みの解かる子に、あの子がなってくれたら、虎姫は、嬉しい) 願いを込めて、青草に血を滴らせる。それを見ていた子供の肩が、震えた。ここで言葉を濁しても伝わりきらないだろうと、蜜葉が口を開く。 「よくお考え下さい。 命を捨ててでもあの子が欲しいのですか?」 虎姫に続き、虎一の腕からも血が迸る。雷蔵が放つ火遁が地面をも黒く染めてキノコを焼き、引き絞られた灰夢の弓から矢が放たれた。それよりも近くで、ルーディが黄色のキノコを焼ききった。跡形もなく消える、キノコ。蜜葉も構えていた盾をおろした。 呆然とする子供へ、蜜葉はあくまでも本人に考えさせた。命の危険なのだとわかってくれることを願って。 「なんで‥‥? かわいいのに‥‥なのに‥‥」 その子がすべてを見届けられるように、護衛に立つ三人は慎重に状況を見極める。理解を促すため、ぎりぎりまで閃癒の使用を控えてまで。 いつのまにか青色のキノコは倒されていなくなっていた。虎一の業物が白桃まだらを切り裂き、葬る。きりりと引き絞られた矢が、飛びかかろうと今まさに立ち構えていた赤色へ向けられる。キノコがぐいと身体を反らせて跳ねた、その刹那。 (‥‥今) 青い瞳の見つめる先に、狙いたがわず矢が吸い込まれる。 持ち堪えたのは――一瞬だった。アヤカシが消え、残った矢だけが地面に落ちる。 「焼キノコかぁ。秋にはまだ早いな」 苦笑して放った火遁が、残った橙も焼き消した。 あとかたもなく、キノコはひとつもいなくなった。傷ついた身体もそのままに、前衛で戦った仲間が戻る。あんな色のキノコのくせに毒はなかったのか、それらしい症状はひとりもいない。道中では解毒剤を売る店は見当たらなかったため、幸いだっただろう。 「貴方の欲しがったものが貴方の思うほど可愛くもなくいかに危険なものか、ご理解頂けたでしょうか?」 生が戻り来る仲間を迎えながら、子供に告げた。 「それでもなお、あのアヤカシが欲しいと仰るなら貴方は全身をかじられて死ぬ事になります。手足も食べられてもの凄く痛いですよ」 じわ、と子供の目に涙が浮かぶ。開拓者たちは本当にかじられていた。目の前で。そして、虎一は子供にその傷を見せた。あるいは生々しい傷口かもしれないが、幸いと言おうか、血が多くて傷までは見えない。 「‥‥お嬢ちゃんよォ。こんだけ血塗れになるって事は、あいつらどんなに外見良くても、人を殺せるんだぜ。死んじまいたくはないだろう?」 こくん、と頷く頭。ぼろりと涙が落ちた。怖がってもいるが、むしろそれは悔いている顔だった。生と虎一の言葉は厳しかったが、はっきりと示された危険はとてもわかりやすかった。そしてその子に必要なのは、明確な限度と、それを超えた場合に伴う結果の明示だったのだろう。 「アヤカシは人間を食いに襲ってくる。 だから、飼う事は危なすぎて出来ないって訳だ」 ルーディが、噛み砕いて告げる。うん、と、小さな返事が返った。 あえて血まみれになり、仲間が傷つくのをじっと見守った。その甲斐あって、わかってくれたようだ。 きっと、子供はまた我侭を繰り返すだろう。今回のことを別の日常に応用するだけの力は、まだその子にはないだろう。 けれど間違いなく、その子は大切なことを学んだ。一生ものの経験になるだろう。 「‥‥あの、ね」 まだ血の流れる彼らと、守ってくれた四人へ。 「ごめん、なさい。ありがとう‥‥」 「虎姫、皆も。手当てをしよう」 てきぱきと手当ての用意をするルーディの申し出を、しかし虎姫は断った。まだ閃癒を使わない水津と目が合う。――同じことを考えていた。 「もう、少し‥‥。この子だけじゃ、だめ、と思うから‥‥」 本当は、虎姫は子供の両親も連れてきたかった。行動に移さなかったから、実現しなかったけれど。 最後の目的を抱えて子供の家に戻ると、うろうろと落ち着きなく歩き回る夫婦がいた。 「ああ、よくご無事‥‥で‥‥!?」 開拓者たちの姿に、子供の父は絶句した。隣で母も言葉をなくし、後ろの使用人だけが静かに一礼する。 「貴方がたの、甘やかしのなれの果てが、これ、です」 虎姫は自分たちの姿を見せる。噛み傷だけあって、なかなかに深く出血も多い。 「このままで、いいと、思っているのなら、虎姫は、何も言わないです。 本当に、大事なのは、刹那的な我儘聞く事、ではないです。 未来を、よりよくすること、って‥‥虎姫は、思うです」 両親は言葉に詰まった。自覚くらいはあったらしい。 「子供がこの様な事を言い出したら真っ先に叱らなければいけないはずの親がこの体たらくでは子供が不幸です‥‥」 水津が虎姫の言葉に続け、説教を始めた。アヤカシの被害は目に見えて多いのにと。言いたいことが多かったのか、若干まとまりに欠けてはいたが、責任の所在は明白になった。 これで不興を買っても、水津は自分ひとりなら報酬がなくてもいいと考えていた。子供の未来のほうが大事だと判断したためである。縮こまる二人の後ろで、使用人は不気味なほどの笑顔で見守っていた。よくぞ言ってくれたと、無言で歓迎している。 その説教がひと段落し、目に見えて気落ちした両親へ、蜜葉がやわらかく言葉をかけた。 「子は我侭を言うものですし、少しづつ直していって差し上げてください」 「‥‥そうします。ご迷惑をおかけしました」 気まずげな両親が、揃って開拓者たちに頭を下げる。蜜葉は使用人へ向き直り、笑顔を向けた。 「頑張って」 「‥‥はい。お世話になりました」 眩しそうに目を細め、使用人も笑顔を返す。 ひとまずこれでいいだろう。そしてようやっと皆に閃癒をかけた水津だが、灰夢だけは先に帰ってしまったのか、いつのまにかいなくなっていた。 「ねぇお父さん、あたし、やっぱりわんちゃんが欲しい! このおにいちゃんはだめだと思うから‥‥わんちゃんにする!」 「え、俺?」 「うん、お尻尾ふかふかで素敵ね! きっと狼さんも虎さんもだめって言われるから、わんちゃんにするの!」 雷蔵の尻尾からの連想らしい。発言はだいぶ常識の範囲内になってきた。引きつる父親が使用人を見る。無言の笑顔が返るだけ。周囲の開拓者を見回す。それぞれの表情で、頑張れ、と言っていた。 「いや、その‥‥犬は‥‥」 しどろもどろ、おっかなびっくりの「駄目」までは、そんなに遠くないだろう。 |