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■オープニング本文 「すごかったねぇ、お祭り!」 「うん! すごかった。おいしかった!」 はじめて都会へ行き、見知らぬものを食べ、帰ってきた村娘二人。 興奮冷めやらぬ様子のまま、村へ戻る。 「ただいまー!」 親友、佐羽と別れて、流和は家の敷居を跨いだ。 「お。お帰り、流和」 にっこりと兄が出迎える。格好からしてこれから農作業に出かけるところだろう。 「ただいま! あのね!」 「流和」 あったことを聞かせようとしたところ、兄は笑顔でさえぎった。 「‥‥?」 「あのな、流和」 ぽん、と肩に手を置かれる。‥‥なんだかイヤな予感がしてきた。 「ずいぶん‥‥遅かったな?」 「え、‥‥あの、ね?」 たしかに、すこしばかり――。そう、すこしばかり長く居座った。 あんまりにも街は魅力的すぎて。つい。 「秋がいつまでも続くわけじゃないって‥‥わかってるよな?」 「う、あの」 「お前らが祭りに行くから、人手足りなかったし」 「えと、お、おにいちゃ‥‥」 「米の脱穀もまだ終わってないんだよ。‥‥なぁ、流和?」 ひえ、と流和は情けなく声を上げた。 「大もふ様の動向を見届けたら――さっさと帰ってこいって言っただろうが!」 「ご‥‥ごめんなさーいっ!」 特大のげんこつが、兄からのプレゼントだった。 「ううう‥‥」 まだちょっとだけヒリヒリする頭をさすり、流和は薪を割りまくっていた。握りすぎて手が痛い。でも、薪がないままの冬なんてごめんだ。もれなく生死の境へ案内される。 あとどれくらい? ……山があった。薪の。 志体ゆえに腕力があり、他より作業能率のいい流和。村で求められるのは農業の力だ。そのほうが、村に還元できる。きっと。 「‥‥志体、かぁ」 まだちっぽけな掌だけれど。都会には、歳の変わらぬ開拓者たちが、いた。 「る、流和ちゃーん‥‥。終わったぁ?」 数日後の夕方。煮つけをおすそ分けに来た佐羽が、半分涙目で問いかけた。流和は鉈を掴み続けてだるい掌をグーパーしつつ、苦く笑う。 「まっさかー。でも、佐羽ちゃんちも?」 「田んぼにアヤカシ出たことあったでしょ? あれでごたごたしたりしてたから、どのおうちもいつもより遅いんだって。うちはあたしがいなかったから、もっと遅れてるし。どうしよう。冬ごもりの準備もまだなのに」 「雪降ったらまずいよねー? 困ったなぁ」 「がんばるしかないよねぇ」 苦笑しつつ、佐羽はじゃあねと片手を上げる。 「送ってくよ」 「でも‥‥」 「佐羽ちゃんドンくさいから、転んだら大変でしょ」 「あーっ、ひどーい! もう、転ぶのは流和ちゃんのほうが多いのに!」 「あたしは危ないことするからだもーん。安全なことしてても佐羽ちゃん転ぶじゃない」 「うっ‥‥! そ、それはたまたまだよー」 きゃいきゃいと言い合いながら暮れかけた道を急ぐ。もう外に出ている人はいないだろう。風も冷たかった。 「寒いねー」 「ほんと雪、降んなきゃいいけどなぁ‥‥」 困ったなぁ、と呟く流和。そして、凍りついた。 夕闇の中でも白く輝くものを見つけた。佐羽も一拍遅れてそれに気づく。 「流和ちゃん、あれ‥‥?」 「‥‥! こっち来る! 隠れてて!」 そばにあった小屋に、流和は佐羽を押し込めた。 「る、流和ちゃん!?」 「開拓者呼んで! 川端の林におびき出す! 早く来てって‥‥お願いして!」 「流和ちゃんは!?」 「囮! 志体なら‥‥おいしそうに見えるはず!」 その言葉を最後に、流和の足音が戸の向こうから遠ざかる。すこしだけ。ほんのすこしだけ、佐羽は戸を開いた。日が落ちて、けれど光の残る薄明るい空の色。流和の背中は見えなかったけれど、かわりに。 ひらり、と白い衣をひるがえし、佐羽たちと似たような年頃の女の子たちが、なにかを追いかけて走っていく。身長は佐羽の半分くらいだろうか。その、最後尾のひとりが。 ふと振り向いた。愛らしい少女の顔をして、にっこりと佐羽に微笑みかける。まるで、次はあなたよ、とでも言いたげに。 ぞくり、と背筋が凍った。少女は気にも留めず、また前を向いて走り去る。 彼女たちの向かったのは――。 「川端‥‥」 カタリ、と戸を開けて、佐羽は走った。 今しがた出てきた流和の家に、風信術を求めて。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
針野(ib3728)
21歳・女・弓
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 よく冷える夜だった。 「面倒な時期に面倒な事になったわね〜」 五感を研ぎ澄ませ、なにも反応がないのを確認し。葛切 カズラ(ia0725)は呟いた。 いつ雪の降ってもおかしくない季節。農村にとっては一分一秒でも惜しいはずだ。冬の間は農閑期とはいえ、その直前までは農繁期なのである。 「いないな。行こう」 心眼であたりを確認し、風雅 哲心(ia0135)は駆け出す。月が冷え冷えと照らす黒い木立の中、カズラはその背中を追いかけた。 「はっ、はぁっ‥‥」 凍てつく冷気が飛び来るのを、手近な蔦を掴んで身体を投げ出し、ターザンの要領でかわす。地の利があるからどうにかなっているが――そろそろ体力も限界近い。 視界に――赤色が、ちらついた気がした。 「――!!」 遠くに声が聞こえる。もしかして。 一縷の望みをかけて、流和はそちらへ駆け出した。 「流和ちゃん、どこですかーっ!」 橘 天花(ia1196)は松明をかざし、声の限りに叫んでいた。暗い中でも白いアヤカシは目立つだろうに、いっこうにその気配がない。もう一度息を大きく吸い込んだときだった。 「いたさ! あっち‥‥鏡弦ギリギリの範囲!」 針野(ib3728)の言葉に華御院 鬨(ia0351)が駆け出す。天花が素早く舞い、鬨に精霊の加護を願った。直後に高く笛の音を響かせ、鬨の背中を追いかける。掲げる二つの松明。ぐんぐん離れていく鬨の背中。そして。 乾いた音が響く。風に乗って流れる火薬のにおい。鬨の発砲が、白い影を一瞬ばかり怯ませた。 「流和ちゃん! 早く此方に!」 手前の影に呼びかける。が。 ずてんっ! 思いっきりこけた。銃声に驚いたのか足元が疎かだったか知らないが、平時なら笑えても――今は。 松明を天花に頼み、きり、と針野が弓を引き絞る。流和に飛び掛ろうとした、それの鼻先をかすめ射った。 装填の間はない。ひゅん、と喧嘩煙管を手に、鬨が――。 ざんっ! 飛び込むよりも一瞬早く。一振りの刀が、一番手前のを切り裂く。 大きく開いた間を確認し、刀の持ち主、長谷部 円秀(ib4529)が流和を引っ張り起こした。ふらついた流和を半分抱えるようにして、天花のほうに戻り来る。殺気。 咄嗟に流和を庇った背中に、ひどく冷え冷えとした冷気が突き刺さった。当たった攻撃に気をよくしたのか。円秀を追おうとした白いのを、鬨と焔 龍牙(ia0904)が阻んだ。 「どの様な姿であっても、アヤカシは殲滅する」 幼い少女の姿をしたもの。ためらいもなく発動させた炎魂縛武が、龍牙の握る刀身を彩る。闇に映える赤色が、先ほど傷ついた手前のを切り裂いた。白いものは姿を崩し、大気にとけて消えていく。畳み掛けるように、追いついたリィムナ・ピサレット(ib5201)がフローズを放った。 「流和ちゃん、お怪我は」 ようやっと後衛に来た流和を、天花が迎えた。針野は既に援護射撃で意識が前衛に向かっているが、顔見知りの姿に気が抜けたのか、流和はぺたりと座り込む。 「だ、大丈夫。あ、あの、ありが‥‥」 円秀を見上げ、礼を言いかけて。 「終わった後は説教ですね」 サラリと言い放たれたひとことに、カチン、と流和は固まった。 円秀が前衛に戻ると同時。ぱりっ、と乾いた音が響き――。 ばりっ! 雷撃が白いののひとつを襲い、消し去った。纏う雷の消えた刀を降ろし、哲心は一歩横にずれる。その背後から。 呪殺符を掲げ、白い腕が伸びた。障気をあつめ、形を生む。球体のものから蠢く触手が、集い捩れ、鋭利な形へと変わり。 「射線が通れば避けられはせんよ、式というヤツはね!」 気迫のこもった声と共に、カズラの式が。 最後に残った白いものを、刺し貫いた。 静寂。 月明かりと、赤々と照り映える松明のはぜる音。 長く長く。流和は息を吐いた。 「た、助かった‥‥」 ああやばかった、と馬鹿正直にこぼす。無事で何より、とその馬鹿正直っぷりに苦笑しつつ、哲心は周囲の確認に出た。 「流和ちゃん」 針野が苦笑しつつ声をかけた。苦手なんだけど、と頭を掻きつつ、「針野さん!」ぱっと表情を明るくした流和に、口を開く。 「自分とは一生付き合うんだし、もっと自分のこと大事にしてもバチは当たらんのよ?」 「――」 見る間に表情が抜け落ち、しょぼん、とうなだれる流和。 「まー、わしもよく無茶しては、じいちゃんにしこたま怒られたんだけど」 根が明るくて打たれ強い流和をへこませるのは、実はちょっと難しい。きわめてやわらかな叱責だからこそ、――そして、屈託のない針野に困ったような顔をさせてしまったからこそ、流和は一気に落ち込んだ。 あからさまなへこみように、「‥‥でも言っておくべきですよね」、追い討ちをかけないか多少心配だが、叱るときには叱っておくべきだろう。円秀がそこへかがみ込む。 「いいですか? 志体があっても鍛えてないんですから無理はしてはいけませんよ。迷惑もかけたんですから」 「めいわく‥‥」 きっぱりした表現にずどーんと落ち込む。 「ですが、村を守ろうとして心意気は評価します」 え? と思わず顔を上げる。 「よく頑張りましたね」 ――このひとがほめた!! 流和は目を見開いた。命の恩人にえらい感想を持ったものだが、第一印象が強烈すぎたらしい。カチンと固まった流和に、はい、と瓶が差し出された。ふわりと薄く、甘い香りが漂う。 「あ‥‥」 「村の為の囮、ご立派でした流和ちゃん」 天花の優しさが、じんと胸に震える。もらった甘酒に口をつけ、梅干を含んで身震いした。すっぱかった。 「もう何もないな。安全だ」 見回りから戻ってきた哲心の言葉で、戻ろう、とそれぞれ動き出す。流和も、んせ、と立ち上がった。 ふと。 ざわざわと皆が戻る中、視線を感じた。立ち止まる。 あかい松明がゆらゆらと離れていく中、白い月明かりに照り映える銀髪。 「――」 「人を守るんは強おなってからしやはるどす」 語気は強くなかった。落ち着いた、言葉だった。 「志体持ちであろがなかろうがそれは誰にでもいえる事あるどす」 鬨の言葉は、けれども強く刻み込まれた。 みんなが起き出すよりも前――。 せっせと村長宅で台所に立つ影ひとつ。 「むにゃ‥‥はれ?」 眠い目をこすりつつ、隣家で買った豆腐を抱え、佐羽が入ってくる。完全に勝手知ったる他人の家だ。あれ? 佐羽は眠い目をもう一回こすった。もちろん、影こと円秀は消えない。 「おはようございます。仕込みをしていました」 「す、すみません! お客様にそんな」 慌てる佐羽をやんわりと、一緒に作りましょう、と言ってなだめる。 「佐羽さん、鶏肉はありますか?」 「あ‥‥ごめんなさい。用意してなくて」 養鶏している家もあるが、準備する暇がなかったようだ。 「そうですか、ないなら仕方ありませんね‥‥」 「お魚はありますよ。塩漬けになっちゃいますけど」 朝食の準備と平行し、昼食の仕込が整えられた。 「ううっ、松明ずっと持ってたからかな‥‥」 布団の中で、ひとりぐずるリィムナ。粗相の原因は火遊び? ‥‥なのだろうか。そこへ。 「お・は・よーっ!!」 すぱーんっ、と戸を開け放つ流和。並んだ布団はもう誰も‥‥いや。いた。 布団の中からはみ出る紫の頭、発見。 「朝ーっ!」 「わわわっ!」 べりっ、と遠慮なく布団を引っぺがす流和。 「‥‥あ」 そこで流和が気づいた。敷布団に広がる――シミに。 「ご、ごめんね!」 正直に話そう、と決めていたのだが、流和の行動力が一枚上手だったようだ。 「あっはっは! しょーがないなぁ。着替えはある‥‥わけないよねぇ。急に呼び出したんだし。あたしの貸したげる。ちょっと大きいだろうけど」 弟妹のいない流和とて、村のちびっ子の面倒見るのは当たり前だ。けらけらと笑い飛ばした。 その光景を――。流和は、ぽかん、と見上げるだけだった。 「薪はどこだ? 俺達が手伝うよ!」 そう言う龍牙たちを案内したまではいい。いいのだ。が――。 「結構残ってるな。まぁ、これだけ人がいれば終わらない事もないな」 薪の山をあっさりとそう判じ、さっさと用意してハイペースで割っていく哲心。 同じく、鉈どころか斧でばっすばっすと割りまくる龍牙。 華奢に見える鬨も、たんっ、と小気味よい音を響かせて薪を割る。流和を日ごろから見ている村人は、彼が薪割りをするのは驚かなかったようだが――。 「おやまぁ、流和ちゃんより早いねぇ」 作業能率のほうに驚いたようである。 見た目が流和と大差ないリィムナも、脇で一生懸命鉈を振るった。ペース自体は三人には届かないが、気迫はまったく負けていない。 「ね、ねぇ、リィちゃん? 手、痛くない?」 「全然大丈夫! あれ? リィって、あたし?」 「あはー。だめ?」 噛むんだ、と流和は白状した。 「でも、本当に平気なの? 剣とか使わないんでしょ? やっぱりもうすこしゆっくり‥‥」 「大丈夫だよ、志体を持って生まれたんだし。それに皆の喜ぶ顔が大好きだから☆」 そ、そう? とうっかり流されかけ、流和ははたと気づいた。 リィムナの手に滲む、赤色に。 「やっぱだめーっ! 天花さーん! 天花さんどこー!?」 リィムナから鉈をぶん取り、その手を掴んで天花を探した。 「はい、これでいいですよ。でも無理しすぎないでくださいね?」 『ありがとうございまーす!』 納屋で作業していた保存食班。天花は包丁を置いてリィムナの手を治してあげた。子供二人の返事が唱和する。 「じゃあ、あたし人の少ないほう手伝うよ。無茶しないでね、手袋してよ!」 「大丈夫! 頑張るからー!」 渡された手袋を持って駆けていくリィムナ。流和は苦笑して見送った。 「では続けましょう!」 包丁を握りなおす天花。素早く、けれど丁寧に大根が切られていく。 「慣れてるんですね、天花さん」 佐羽が自分のを切りつつ首をかしげる。はい、とにっこり天花が笑顔をこぼした。 「お祖母様は漬物作りがお上手で、わたくしも郷でよく手伝っておりましたから」 「そうなんだ〜」 トントンと、包丁の音が響く。その三つ目の出所はカズラだった。 (田舎暮らしだと結構切実な問題だし) 経験でもあるのか、それとも身近にそんな人物がいたのか。トントンと単調な作業を繰り返す。その拍子に青い髪が揺れ、肌をすべった。 手元の大根を切り終えて、奥の山になったところに手が伸びる。白くまぶしい腕だ。腕一本が伸びただけで、佐羽は思わず赤面した。なんでかカズラという女性は、まんべんなく色めいた人だった。ちなみに、村の女は色っぽくなる前に逞しくなる傾向が強い。 (カズラさんに包丁と大根持たせてていいのかなぁ) いまさら不安になる佐羽である。そこへ第一弾を切り終えた天花が、漬物樽と漬物石を抱えてくる。流和で慣れているとはいえ、シュールに見える、と佐羽は思った。 「混ぜるのは塩だけですか?」 天花はとん、と漬物樽を置き、塩も準備する。 「あ、はい」 「お祖母様は美味しくなるようにって、鷹の爪と昆布と陳皮も一緒に混ぜてましたけれど」 沈黙。そして。 がしっ、と佐羽は天花の手を握った。 「え?」 「それいいっ! 天花さんありがとーっ! 鷹の爪と昆布はあるはず! 蜜柑の皮は‥‥うーん、干してないからまた今度かなぁ。材料揃ったら絶対挑戦しますね!」 食への情熱が燃え上がる。しばらくは消えそうもなかったが、わりと動じない天花は、至って普通に微笑んだ。 「美味しくできるといいですね」 「はいっ!」 平和ねー。カズラがのどかに呟いた。 昼時。佐羽は納屋の裏を通って台所の勝手口に向かう折、薪割り班の横を通った。 (うーわー。もうあんなに減ってる) 割られた薪を流和の兄やら村人やらが手分けして担いで薪小屋にしまいに行く。だから割られた結果はわからないが、山ほど積まれていた、薪の山が大幅に減っていた。 佐羽に気づいた龍牙が、手を休めて微笑んだ。 「他に手伝うことはないか?」 このままならじゅうぶん終わるだろう、と、判じたのだろう。ありがたい申し出に、佐羽は、 「やっぱり早いですね。なら‥‥、ええと、どうしよう。村長さん、あとお仕事、あります?」 「そうさの、なら雪囲いと‥‥、おお、脱穀も終わっとらんのぉ。仕事はいーくらでもあるぞ」 薪を担いでいた村長が、それを息子に押し付けて龍牙を連れて行く。親切に対して遠慮がさっぱりないが、それくらい切実な問題だった。 「すみません、なんか」 「遠慮しなくていいよ。出来る限りは手伝うからな」 背中に謝る佐羽に、龍牙はにこやかに振り返った。 「おいしいお昼作ろう。そうしよう」 申し訳なさを原動力に置き換える。 「お昼? 手伝うよ」 ぱたぱたと衣類についた木屑をはたき、哲心が作業を抜けた。 「わぁ、ほんとですか? えーと、円秀さんとおにぎりとかにしようかって言ってたんです」 「汁物は? 野菜を入れて、あったまるようなのがいいだろう。この時期だし」 「あっ、じゃあ白菜とにんじん、畑から持ってきますね」 「手伝うよ」 畑から、ってあたりが農家だった。 「針野さん」 「流和ちゃん? どうしたさー」 ひょっこりと顔を覗かせた流和を、鼻歌歌いつつ芋を切っては干していた針野が出迎えた。えへへ、と小さく笑う流和。 「一緒にやっていい?」 ちょびっとだけおそるおそると尋ねる流和を迎え入れる。 「志体だったんねー、流和ちゃん」 知らなかったさー、と言う針野。流和は、あれ? と一瞬考え。 「‥‥そっか。言ってなかったっけ」 「ちょっとびっくりしたさー。ただの女の子だと思ってたんよ」 「でも、ほんと志体ってだけなんだもん。ここってずーっと平和だったから。アヤカシ見たの、針野さんが来たときがはじめてだったし。 ‥‥ごめんなさい。ありがとう、針野さん」 めずらしく愁傷な流和に苦笑する。ゆうべ返せなかった返事だろう。 とんとん、と芋を切る。慣れた針野の音にあわせるように、とんとんと、やはり慣れた流和の包丁の音。もう何べんも繰り返した作業。 馴染んだ音が柔らかく響く。 「ごはんだよー!」 佐羽の声がした。 「行こうか、流和ちゃん」 「うん!」 連れ立って家に向かう。 「そーいや、食料庫は大丈夫さー?」 「なにがー?」 「穴とか、ねずみ返しとか」 「‥‥あ」 「ご飯食べたら、一緒行こうかー」 「ありがとー!」 ちなみに、リィムナが終わった薪割りのかわりに、脱穀に数日滞在してくれた。 「いいのー?」 「うん。手伝ってく!」 無茶の方向性が似てて怖い二人だ、と、リィムナの赤く剥けた手に佐羽が零したとか。 |