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■オープニング本文 「……足りないわね」 上から回された職員たちを見て、若名はつぶやいた。年は五十代半ばだろうか。温和そうな顔が、ほとほと困り果てた、と内実をあらわしていた。 「どうしましょう、若名さん。このままでは手が回りませんよ」 「しかたがありません。開拓者ギルドの協力を仰ぎましょう。幸い予算はおりています。人をくれないならよそから集めるしかありません。 あすこはいろいろな人が集まるから、子守のできる方もおいででしょうし」 「……あ」 ぽん、とひとりの青年が手を叩いた。 「どうしたの?」 「どうせ開拓者呼ぶなら、朋友連れてきてもらいましょうよ。朋友」 「え……」 「だって若名さん、ほら、珍しいものあれば、子供も喜ぶだろうし。あ、ちゃんと言うこと聞いてくれる朋友じゃないと困りますけど。あと、でかすぎるとかそういうのもアレですが」 「そう……ねぇ、確かにそうだわ。必須ではないけど、連れてきていただける方にはお願いしましょうか」 そうして、話は開拓者ギルドに持ち込まれた。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
白藤(ib2527)
22歳・女・弓
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
針野(ib3728)
21歳・女・弓
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰 |
■リプレイ本文 高い空。白い雲。にぎわう通り、行きかう人々。 並ぶ露天からかかる声を聞き流し、ぶかぶかのコートを翻す。迷いない足取り、鳴る靴音。細い足の横に、並ぶ柴犬。雑踏の中だというのに怖がるそぶりも見せず、器用に人ごみをすり抜けつつ、決して隣の人物から離れない。 レビィ・JS(ib2821)と、相棒のヒダマリである。 「あ、わんわんー」 「かわいいわねぇ」 どこかの親子に見送られ、角を曲がり、そして。 「‥‥あれ?」 思わず足をとめる。 目の前の建物を見た。両隣と、その向こうも見渡す。振り返って反対側の建物も見た。 ない。 コレは、そう、もしかして、もしか、しなくとも。 「迷った」 やれやれ、とでも言いたげに、ヒダマリが頭を振った。実に慣れきった反応であるからして、わりとよくあるのだろう、日常的に各種ハプニングが。 「え、でも、じゃあ‥‥どこで曲がるんだろう‥‥?」 きょろきょろとあたりを見回した。‥‥わかりにくい。どこをどう進んでいいのやら。なにか、こう、看板だとか張り紙とかで――。 「あ、そっか」 それがあると、きっといい。 「遅くなりましたー」 迷ったついでに迷子の確保もして帰ってきたレビィ。ヒダマリも子供に構ったのだが、なかなか泣き止まない。えぐえぐとぐずるその子を引き受けたのは、シャンテ・ラインハルト(ib0069)。なだめるために、と口笛を吹いた。 心持ち和んだ空気。ぐじぐじと泣き止まない子供に、根気よく吹いて聞かせる。だんだんとしゃくりあげる声が弱まり、すん、とひとつ鼻をすすった。それを見て、シャンテは口笛のメロディーを緩める。興味を持ってくれたら、と思ったのだが、最初に託された子供はだんだんまぶたを下げ、眠ってしまった。その子を若名が抱いていく。次に預けられた子はすこし年かさの少年で、ごしごしと乱暴に目元を拭うと問いかけてきた。 「それ、どうやんの?」 答えのかわりにゆっくりと口笛を鳴らす。薄く開いた唇から、こぼれるメロディ。少年は真似をするが、空気の漏れる音しか鳴らずに眉をしかめる。 「わかんない」 それなら、とシャンテは横笛を渡してみた。吹き口に口をつけ、 びい! 室内の視線が集まった。 「‥‥み、見んな!」 大人はほほえましく目を背け、興味を惹かれた子供の一人がシャンテのところにきた。 「ななもふくー」 少年は、押し付けるようにななに笛を持たせた。 「天儀の曲は‥‥詳しく、ないんです。教えていただけませんか?」 シャンテの言葉に、ぷす、と頬を膨らませる。 「あそびうたしかしらねーけど、いーの?」 柔らかに頷くシャンテに、すこしばかり機嫌を直して息を吸い込み。 ぷぴ。 ななのおかしな笛の音に、少年はコケた。 「若名さん」 レビィに呼ばれ、若名は足を止めた。自作だろう、「まいごあずかりどころ」の旗を持って、今から外回りに行くろころらしい。若菜は外回り用のたすきを渡した。 「ふふ、遅かったわね。迷ってしまったかしら」 「い、いやその‥‥一度迷子の気分を味わったら仕事にも役に立つかな、なんて‥‥」 レビィの苦し紛れな言い訳に、若名は笑う。気を取り直して、ひとつの提案をした。 「預かり所の場所を示した、看板やら張り紙やら各所に設置するといいんじゃないかって」 「まあ‥‥言われてみればそうだわ。今夜にでも作ったほうがよさそうね」 ありがとう、と微笑む若名に見送られ、レビィはヒダマリと共に外回りに出かけた。 「大丈夫、大丈夫。お父さんやお母さんはきみの事、好きだって言ってくれるでしょう?」 ぐずる子供を抱いてあやすのは、白藤(ib2527)だ。 「だったら、必ず迎えに来てくれるから。きっと大丈夫」 「ひっく‥‥ぅ、あ、う」 「ん? どうしたの?」 「お、おかあちゃん‥‥まよってないかなぁ、ないてないかなぁ」 つたない心配事に、おもわず笑みがこぼれた。大丈夫、と繰り返す。 「お母さんのことも、ちゃんと探してるよ。 ほら、何時までも泣いちゃだーめ。ここに美味しいお菓子もあるよ?」 一口大の小さな饅頭を受け取って、子供は泣きながらかぶりつく。 が。 「あ、まんじゅう!」 「ずるい。ぼくも!」 見咎めた子供が、わらわらわらっ、と一気に押しかける。 「待って待って、あげるから。ほら、押さない! 喧嘩するならあげないよ」 なだめるのに持ってきたんだけど、と思いつつも人数を数えた。まだ朝だ、いるのは七人。次に渡すときには気をつけたほうがいいだろう。 「わぁ、おいしい!」 「ねえちゃんがつくったの?」 「いや、これは弟作」 だいぶ控えめに言うと、白藤はあんまり料理が得意ではなかった。 子供たちが落ち着くと、韓紅を呼ぶ。同時に、もう一匹、所在なさげに鬼火玉がふよふよしているのを見つけた。来る前に見たときに比べ、若干ボロッとした印象がある。たぶん、子供にいいように遊ばれたのだろう。 「そっか、寿々丸は外だね。おいで、閻羅丸」 友人こと寿々丸(ib3788)が置いていったのであろうが、明確な命令がなされていないのだろう。ふんふんと炎を揺らし、喜んで白藤のところへ来た。手を伸ばすとじゃれついてくる。ぱふ、と埋もれたくなる韓紅とは違った手触りだが、揺れる炎で機嫌がわかりやすい。簡単に扱い方を教えてやると、子供たちはそろって手を伸ばす。 「わぁ、あつくない」 「フカフカー!」 「このこ、ひがしっぽみたいにゆれるー!」 もとより人懐っこい鬼火玉に、子供たちはご満悦だった。 だんだん増える子供たち。教わった歌のメロディーを拾って笛を吹いていると、こて、とシャンテの膝に重みがかかった。聞きながらななが寝入ったようだ。 「セレナーデ、桔梗様を呼んできていただけますか?」 すいと立ち、部屋の一角で座布団を敷き詰めた桔梗(ia0439)のもとに行くセレナーデ。 「どうしたの?」 桔梗がたずねると、誘導するようにセレナーデはシャンテのもとに戻る。遠目にその膝に眠る子を見つけて、桔梗はそのあとをついていった。 「ききょー、どこいくもふ」 幾千代が桔梗の後を追いかけ、もふもふと畳を歩く。シャンテの膝からななを抱き上げ、戻る桔梗。当然そのあとをくっついていく幾千代。手入れの行き届いたさらさらの毛。その毛に包まれた足がもふもふと畳を歩き、子供の目の前を通り過ぎ――。 ウッカリ魅了されて、ふらふらとそのあとを幾人かの子供が追いかけたのは、当然といえば当然のことだった。 引き取った子を座布団に寝かせ、薄い布団をかけてやる。そこへ。 「ききょー、こっちはどうするもふ」 「え? ‥‥あ」 いくぶん居心地悪げな幾千代の声に振り向くと、やたらむやみにキラキラと、幾千代を見つめる子供三人。 視線を和らげ、桔梗は子供たちを手招いた。 「だいじょぶ。怖くないから、おいで」 てこてこ、と子供たちがやってくる。 「にいちゃん、なあ、それって『もふらさま』だろ! まつりでいっぱいみたぞ!」 「さ、さわれるの? いいの?」 「優しく撫でてあげて。抱っこしてもいいよ」 はい、と場所を譲ってやると、いっせいに幾千代に子供がたかった。 「‥‥な、なにこれ」 「ふ、ふかふか」 「さらっさら‥‥」 丁寧に手入れされた柔らかな毛並みは、子供たちの手の中をさらさらとすべる。ぎゅむ、と抱きつくともふ、と埋もれることができた。 「もって帰りたい‥‥!」 「き、ききょー!」 ぎょっとした幾千代を、緩やかに撫でる。 「だいじょうぶ」 一瞬の間。それから。 「ききょーはかいぬしだから、ぼくをもっとせきにんもってかわないといけないもふよ」 とりあえずにしろ偉ぶるあたり、やっぱりもふらさまだった。 だんだんと子供の多くなっていく預り所。人が増えると争いも増える。それは子供の世界でも同じのようだで。 「それ、ぼくのわんわんだぞ!」 「さっきからずっとだろ! つぎはぼくがあそぶんだ!」 セレナーデを取り合って、子供が喧嘩をはじめた。 「つ、つぎはあたしって、じゅんばんだったの! わりこみメ!」 泣きそうな顔で女の子が抗議する。そのときだった。 にゅ、と白い腕が伸びて、子供たちのほっぺたをつまんだ。 「こら。どうして喧嘩するの?」 白藤だ。 「ま、まんひゅうのねへひゃん」 「で、何したの?」 「あ、あのな、」 子供が言いかけたときだった。 ごすっ、と、やたら痛そうな音がした。 時間はすこしばかり戻る。 なにやら怪しい構えを取りつつ入ってきたのは、喪越(ia1670)だった。筋肉質の身体。だいたいの人間は見上げるだろう、高い背丈。開拓者としてはよさげな風体も、迷子の施設ではガチで浮いていた。 「ほう、子守の仕事とな? これは俺に対する挑戦だな」 「‥‥いえ、べつに挑戦状を出した覚えは」 子供が飲み水を零した床を拭きつつ、若名が突っ込んだ。意外と律儀なおばさんである。 しかし喪越より浮くのが。 「うふふふ。お子さん達がワタクシの美しさに見惚れてしまって気後れしなければ良いのですけれどもね☆」 若名が立てば同じくらいの背丈だろう、土偶ゴーレムだった。 「それはない」 土偶ゴーレム、ジュリエットに、キッパリ告げる。さらに、追い討ち――というよりむしろ墓穴――の言葉を続けた。 「怖がって泣き出しそうな気はするけ」 ごすっ。 ――ここで、ちょうど喧嘩中の子供たちが振り向いた。 「まあ、主に向かって失礼な!」 「いえあなたゴーレムでは‥‥あの、もしもし?」 「ワタクシの繊細な乙女心が傷ついてしまいましたわ。ヨヨヨ」 若名の突っ込みも聞こえぬ顔で、――たぶん本気で聞こえてない――、ジュリエットは、ごすげしどごすっ! と、えらい音を立てて喪越を足蹴にする。 「やめれ。死ぬ、死ぬからマヂで!」 どっちが主人かさっぱり不明な力関係。それを、子供たちと白藤、若名とセレナーデが見守る。 「‥‥わたし、確か依頼書に‥‥そう、きちんと開拓者の言うことを聞く朋友、と書いたような‥‥やだわ、年かしら」 「それはその‥‥すみません、若名さん」 「ああ、いえ、子供たちになにもなければそれでかまわないけど‥‥大丈夫なのかしら‥‥?」 ぎゃーだのごふげへっ、だの、ばきぼきっ! だの。ぽかん、と子供たちはそれを見た。 「‥‥なぁ、まんじゅーのねーちゃん」 「うん‥‥何?」 「かいたくしゃって、あれ、ふつうなの?」 「それはないよ」 きっぱり白藤は否定した。 「‥‥ぜー、ぜー‥‥」 ようやっとジュリエットの気が済んだのか、ぼろぼろの姿で喪越が這いずってきた。ばち、と目の合う子供たち。ひ、と涙をにじませて、女の子が白藤にしがみついた。 「――ガキンチョ共よ、生きてるだけで丸儲けって事がよ〜く分かっただろう? だったら泣いてないでポジティブシンキング!」 沈黙。 喧嘩をしていた男の子がふたり、顔を見合わせる。そして――力強く、頷きあった。 「てきだ!」 「みかちゃんなかせた!」 「たおせー!」 「いくぞー!」 「おー!」 止める間もなく。 子供たちは突撃した。 「格闘技はやめて! 顔もやめて! 女優の命なの! いでいだだっ! 髪もだめー!!」 二人が突進していくと、他の男の子や、おてんばな女の子もかかっていく。 あちこちで発生していた喧嘩が、喪越というひとりの敵(?)の出現により団結し――。 「そこだ! いけ! おさえろー!」 「きよとたけは右にまわれ! あしをもってひっくりかえすぞー!」 指揮を執る子が出たり、参謀が出たり。必死になるあまり、不安もなにもかも吹っ飛んで夢中になっている。 「‥‥よかった、のかしら。かえって」 「かも、しれませんね」 ぼうぜんと呟く若名に、白藤も苦笑した。が。 「ヤンチャな男の子はモコスに任せておいて、ワタクシは女の子達と恋バナかしら。キャ☆ ワタクシったらダ・イ・タ・ン♪」 じり、と女の子たちににじり寄るジュリエット。ひ、と後退る子供たち。 「な、なにこれ」 「し、しってる。どぐうこーれむってやつだよ」 「やだこわいよー!」 ひとりが耐え切れずに泣き出した。すると。 『びえ〜っ!』 感染した。 さすがに温厚な若名も、一連のどたばたに、ぷつ、と。 「喪越さんっ! あなたの朋友、どうにかさないっ!」 怒鳴った。 子守班がにぎやかにしているころ、外回りの面々も忙しくしていた。 玄間 北斗(ib0342)は、そのいでたちから、迷子でない子供や、はては大人にまで大人気だった。「迷子相談」とかかげた旗を持ち、預り所から借りたたすきもかけてはいるものの、どうもその、着ぐるみ姿が興味をそそるようで。 「よぉ、にーちゃん、どんな興行だい?」 「たぬきさん、どこで芸をするの?」 などと、ばっちり大道芸人に間違われている。そのたびに、 「いやぁ、芸ではないのだ。迷子さんや迷子を捜してる親御さんを見つけたら声を掛けて欲しいのだぁ〜」 と、旗を見せて迷子預り所の人間であることを主張することになった。狙ってのことだが、効果絶大である。絶大すぎて、時々人垣に囲まれたりもした。何が始まるんだろう、わくわく、と顔に書いてある子供たちに説明するたびがっかりされるが、まさかひと芸披露していくわけにもゆかない。 「なぁにーちゃん、そんならさ、あっちの隅に、ちっこいの隠れたたぞ」 「みたよ、ぼくも。泣きつかれてねてた」 「そこに案内してもらいたいのだ」 「いいぜ、こっち」 兄弟だろうか。ちゃっかりもこもこした着ぐるみの手を繋いで、二人は北斗を案内した。路地裏、家と家との隙間を覗く。涙のあとのある、小さな子がいた。 「ありがとうなのだ」 「いいってことよ。俺ら地元だからさ。協力するぜ!」 なぜか懐かれた。そして、地理にくわしい協力者をゲットしてしまった。 おそるべし、たぬきさん。ぺろんと垂れるしゃもじのような尻尾が決め手だろうか。いやそれとも、詰め物をされた腹だろうか。ひょこんと丸い耳かもしれない。子供にとっては協力も余興と変わりないのだろうが。 「がんばるよ、ぼく!」 「助かるのだ〜!」 たぬき組、チーム結成。 さっそく子供を起こしにかかる。 「おかあさん‥‥?」 「ごめんなのだ。おいらはおかあさんじゃないのだ」 きょとん、と子供が北斗を見上げる。 「‥‥うん、ぼくのおかあさん、たぬきさんじゃない」 妙なところで冷静である。兄弟がうしろでずっこけた。 「おかあさんは‥‥?」 「すぐにお母さん達に会えるのだ。少し遊んで待っていようなのだ」 「いないの‥‥?」 「だ、だいじょうぶだぞ。このにーちゃん、たぬきだけど」 「そ、そうだよ。たぬきだからだいじょうぶだよ」 さらにぽふぽふ北斗に撫でられ、やがてコクンと頷く子供。たぬき組は預り所に一度戻った。 露天の立ち並ぶ大通りで、寿々丸は地味に行き詰っていた。屋台で広報にいそしんでいた、の、だが。 「なんだぼうず、迷子か、これ食うかい?」 悪びれなく、屋台のおっちゃんはりんご飴をひとつ差し出した。不良品だろう、形がひしゃげている。 「じゅ、寿々は迷子ではございませぬ」 「ほれほれ、遠慮すんな。父ちゃんとはぐれて寂しいだろ」 むりやり飴を握らされた。 「いや、あの、協力を」 「たしかあっちの通りに迷子預り所あるぞ、行ってきたらどうだ」 「知っておられまするか! 寿々はそこの、」 「なんだ、知ってんのか。恥ずかしがらずに、係のヤツに言うんだぞ。なぁに、ちゃんとした役人だから心配すんな。たぶん優しいだろうし。ほれ行った行った! あ、次は買いに来いよー!」 ぺい、と追い返される。どの店も盛況で、なかなか客足が途絶えてくれない。話をちゃんと聞いてくれる店もあるが、少数派である。 年頃の問題だろう、きっと。迷子の単語を出すと、寿々丸が迷子扱いされかねない。ともあれ。 「何にせよ、早く見付けてあげなければ!」 人魂を空に飛ばす。さっそく、迷子らしき子供が半べそかきつつうろうろしているのを見つけた。そばで大人が声をかけているが、はて‥‥? 「どうされましたか、そこのかた」 「君は?」 困りきった顔の女性と、小さな男の子だった。 「迷子預り所の者でございまする」 「助かったわ! 迷子なの。この子と、‥‥私の息子」 息子を探すか、迷子の親を探すかで困っていたらしい。めずらしい組み合わせである。 「預り所へは?」 「行ったわ。いなかったの。とおる、って子。見つけたら頼めるかしら、時々確認に行くから」 「もちろん、否やなどございませぬ。見つけ次第預り所へ連れて参りまする」 「ありがとう。この子もお願い。 じゃあね、ぼうや。このお兄ちゃんについていくのよ」 ひらり、と女性は身を翻す。息子を探しに行ったのだろう。 「では、行きまするか!」 「‥‥うん」 ぎゅ、と手にしがみつかれた。 「おてて‥‥きつねさんじゃない」 「うむ、尻尾と耳はございまするぞ」 はたり、と揺れた尻尾を、思わず掴もうとする子供。一瞬の差で尻尾が逃げていく。けれど、ぷくぷくと柔らかな手の甲を、毛先がするんと撫でた。 「‥‥!」 それからしばらく、尻尾に猫のごとくじゃれまくる子供の姿があったとか、なかったとか。 「おっと、どうしたさー?」 往来の端っこで、立ちすくんだ子供。声をかけてしゃがみ、目線を同じにするのは針野(ib3728)だった。 えきゅえきゅと泣きながらの説明はひどく聞き取りづらいが、例によって例のごとく迷子である。兄弟と鬼ごっこしていたらはぐれた、と。いたはずの両親もいないと。‥‥当然であるが、子供などそんなものだ。 「あいさー、了解。姉ちゃんが、お母さん達のこと探してあげるんよ」 「ふえ、うえ、あう」 不明瞭に呻く子供に、針野は手を広げさせた。小麦色の指が、ふくよかな白い手にきらきらとふた粒の金平糖を落とす。 「うあ」 「食べていいさー。甘くておいしいんよ」 「う、あ、あ‥‥ありが、と‥‥」 そうして手を引いて預り所に連れて行く。 「ただいまさー。迷子ひとり‥‥」 「針野ーっ!!」 えらい勢いで、小さな黒い塊が飛んできた。 「うぉ!? 矢薙丸、どうしたさー?」 見慣れた朋友の姿である。赤毛のおかっぱ頭は乱れ、黒い狩衣も心なしかボロッとよれている。 「どうしたじゃねぇよおー! あいつら鬼だっ!」 小さな肩の向こうから、鬼と称されたちびっこたちが追いかけてくる。 「まてまて、やなぎまる!」 「しょうぶはついてないぞ!」 えらい懐かれていた。懐かれすぎていた。どっから持ってきたのか、箸だの木の棒などを振り回す子供たち。あははー、と針野は笑った。 「よかったさー、大人気」 「よくねぇよぉ! ここやだ、ここ怖ぇ!」 はじめは普通に、物珍しい人妖ということで子供たちは大人しかった。矢薙丸の変身に気を引かれて純粋に楽しんでいた。が。 気さくな矢薙丸の性格に、だんだん悪乗りしはじめ‥‥こうなった、と。 「んじゃ、この子頼むさー。大人しいし」 「針野ぉぉぉぉ」 「大丈夫さー。あ、シャンテちゃん、矢薙丸ごと頼んでもいいさー?」 「ええ。どうぞ。‥‥セレナーデは、すこし‥‥大人しすぎたわね」 なにか仕込んでおけばよかったかもしれない、とこぼすシャンテ。当のセレナーデは、ひっそりシャンテのそばに控えるのみだ。毛並みが乱れているのが、遊ばれた名残だろうか。 「おれらのけっとうはどうなるんだよー」 「喪越さんに挑んできたらどう? またやってるよ」 白藤のひとことで、ひとときの平穏が矢薙丸におとずれた。 日もとっぷりと暮れ、残っていた子供もひとり、またひとりと迎えが来る。 「もう、父さんの手を離さないようにな」 「うん、ばいばい! いくちよもまたね!」 ふわ、と目元を和ませた桔梗に見送られ、最後の一人も帰っていった。親を連れてきたレビィも、それを見送る。 (‥‥親子、か) 自分が、親と慕った人。 (‥‥師匠‥‥) |