|
■オープニング本文 雛祭りが近付くにつれ、町には桃の花を手に雛祭りの歌を歌う子供達の姿が多く見かけるようになった。 その様子をあたたかな眼差しで見つめるのは、開拓者ギルドに勤める若い女性・雛奈(ひいな)。 まだ肌寒い日が続くものの、風には春の香りがまじり、桃の花もわずかに咲き始めていた。春の予感を感じ、気分を良くしながら職場へと出勤した雛奈を待ち受けていたのは、幼馴染の青年・篝(かがり)だった。 「めっずらしいわね〜。篝が開拓者ギルドに来るなんて。しかもわざわざわたしを待っていたなんて、どんな用なの?」 「ああ‥‥。でも俺は代理というか何と言うか‥‥」 歯切れ悪く言いづらそうな表情を浮かべる篝だったが、意を決したように依頼を言い出す。 「雛奈、頼む! 雛人形をしてくれる開拓者を集めてくれ!」 必死な様子で頭を下げた篝に、雛奈は無表情のまま冷静に一言。 「アンタ、開拓者をなめてんの?」 「ちっ違うっ! コレは人形師である叔父からの依頼なんだ!」 その言葉で、雛奈は表情と言葉を和らげる。 「とりあえず、説明をして」 「あっああ‥‥」 もうすぐ雛祭り。人形師達はここぞとばかりに自分の腕前を披露する為、そして人形を売る為に祭りを開催することにした。 とある建物の中で各々自分達が作った雛人形を飾り、客を入れて見せる。運が良ければ買っていく客もいるし、見ていくだけの客だって外に話を広めてくれる。 当日は白酒やちらし寿司、ハマグリの潮汁、菱餅やひなあられを振舞う予定なのだが、それだけでは何か物足りない。 ならば、と篝の叔父がこう言い出した。 人形の格好をそのままにしてくれる人物を集めないか、と。 生きた雛人形になってもらい、客をもてなしてもらうのはどうか、と。 「『生きた雛人形』って‥‥怖い話の一つみたいに聞こえるわね」 「俺もそう思う‥‥。だが良い考えだと支持する人が多くてな。人形師達はそれぞれ自分達で接客をする人達を集めることになったんだ。それで開拓者ギルドで働いている幼馴染を持つ俺が、叔父の依頼の代理人としてここへ来たんだ」 「事情は分かったけど‥‥。どういうふうに役を割り当てるのよ? 一番人気って言ったらやっぱりお雛様とお内裏様じゃない? 三人官女や五人囃子、右大臣に左大臣をやりたがらないことはないでしょうけど‥‥。それにやる役だって、結構場合によっては変わるんじゃないの?」 雛奈は難しい顔をして、腕を組む。 雛人形は時には、三歌人や稚児が加わることだってある。そうなると十人以上の人数が必要になるわけだが‥‥。 「果たしてそこまで人数が集まるかどうか‥‥」 「そうだなぁ。それにそういう格好でおもてなしもしてほしいし、何かしてほしい」 「くぉら。どさくさまぎれに注文を多くするな」 雛奈にギロっと睨まれ、篝は慌てて視線をそらす。 「だってせっかく開拓者だぜ? 一般人を使うのとはまた違うんだからさ」 「そっそれは開拓者自身に任せないさいよ! 問題は役割っ! 上手く全部の役が埋まるとは限らないのよ?」 「おっと、そうだったな。んじゃ、こういう案はどうだ?」 やりたい役は、誰が何をやっても構わない。だからお雛様が二人でも三人でもいても良い。そして同性ものにはこだわらず、望めば男性がお雛様、女性がお内裏様をしても良いという案。 「‥‥確かにそれならやりたい人が集まるかもしれないけど、着物や小道具なんかは大丈夫なの?」 「それは人形の着物や小道具を作ってくれる人達が用意してくれるから大丈夫だ。あちらも商品の良い宣伝になるって張り切っているからな」 「じゃあ役は各々自由にして良いということで。開拓者達には他に何を望むってーの?」 「そんな凝ったものは望まない。ただ舞を披露したり歌を歌ったり、あるいは楽器などで演奏とかしてくれるとありがたい。または飲食を客達に振舞うとか‥‥」 「まあそこらへんなら大丈夫かな? とりあえず、それで募集をかけてみるわね」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
巌 技藝(ib8056)
18歳・女・泰 |
■リプレイ本文 「おっ‥‥おおおーっ! 美しい‥‥!」 篝は飲食を振る舞う会場の一角で、生きた雛人形になった二人を見て、喜び驚く。 まず柊沢霞澄(ia0067)が三人官女の一人となり、長柄銚子でハマグリの潮汁、加乃銚子では白酒を配る役目になった。 そして同じく三人官女になったフェルル=グライフ(ia4572)は、一口サイズに切り、楊枝を刺した菱餅を乗せた三宝と、ひなあられを乗せた三宝を交互に持ちながら、配る役目だ。 「流石に雛人形を置いてある所で食べられては汚される危険がありますから、こちらの一角が食事処となりました。お客様達は空の食器を持って欲しい飲食の所に並ばせますので、希望を言われた物を配ってください」 「‥‥何で雛奈が説明しているんだ? お前、今日仕事じゃなかったか?」 ふと我に返った篝が尋ねると、私服姿の雛奈はにっこり微笑んだ。 「興味があったからお休みズラして来ちゃった。まあコレも仕事のウチよ」 そして上機嫌で話を進める。 「食べ物・飲み物は随時補給していきますので、どんどん配ちゃってください。それと霞澄さんとフェルルさんは後に舞っていただけるそうなので、その時には交代要員を連れてきます」 「はっはい‥‥」 「頑張ります!」 「それじゃあ篝、次は楽器の演奏者達の所に行くわよ」 「え〜! もうちょっとこの美しい異国の三人官女を見ていたい」 熱のこもった眼差しを向けられ、霞澄とフェルルは苦笑してしまう。 「気持ちは分からなくはないけど、あっちも大事だから、ねっ!」 ガンッ!と篝の頭に拳を落とし、雛奈は二人に笑顔で手を振る。 「それでは頑張ってくださいね〜!」 ズルズルと篝の体を引きずりながら、食事処とは反対の壁際へと移動する。 そこにはお内裏様になった琥龍蒼羅(ib0214)が、平家琵琶の調律をしていた。 その隣では、五人囃子の笛役となったティア・ユニティース(ib0353)が、横笛の手入れをしている最中だった。 「きゃあ〜! 蒼羅さん、お内裏様の格好が良く似合っています!」 「ありがとう。でも普段着るような服ではないから、ちょっと動きづらいな。まあ演奏はできるから、注意しとけば大丈夫だろう」 「ティアさんは大丈夫ですか? 五人囃子の衣装はとてもお似合いですけど、動きづらくありませんか?」 「私の方は大丈夫。お内裏様ほど着込まないですし」 ティアは雛奈を安心させるように、にこっと微笑む。異国の血を引くティアに和服を着たまま楽器を演奏させるはちょっと心配があったが、大丈夫そうだ。 「お二人はずっと楽器の演奏をしていただく予定ですけど、お疲れになったら遠慮せずに抜け出してくださいね? 他にも演奏者達はいることですし」 壁際には演奏者達が横に並び、雛祭りの曲や春の曲を客達に聞かせることになっている。曲目は先に決まっているし、同じ楽器を持つ者もいるので、少しの間なら抜けても大丈夫だろう。 「気遣い、ありがとう」 「疲れましたらちゃんと休憩を取りますので、安心してください」 「はい。無茶は禁物、ですからね?」 念を押して、雛奈はその場から去った。しかし雛奈が引きずっている物を見て、二人は複雑な表情を浮かべる。 「‥‥彼、気絶しているんだろうか?」 「白目を剥いていますし、多分‥‥」 「はうわ‥‥」 「わっ! 大丈夫ですか?」 雛奈は寄りかかってきたフレス(ib6696)を支え、その表情を見た。 「おっお雛様の衣装ってキツイんだよ‥‥」 体の小さいフレスがお雛様役をすると言うことで、十二単ではあるものの薄くて軽い素材で衣装は作られ、冠も軽い素材で作られた。しかし着物の締め付けに目を回している。 「フレスさんは異国の人で、あまり着物とか着たことなさそうですもんね。少しゆるめますか?」 「だっ大丈夫だよ。こうしないと後で着崩れて大変なことになるんだよって、言われたんだよ」 確かにフレスは後で舞う予定があるので、しっかり締め付けておかねばせっかくの十二単も着崩れてしまう。 「でもこのままじゃ、ご馳走、食べられそうにないんだよ」 そこでフレスはチラッと雛奈を見上げる。その意味を察し、雛奈は笑みを浮かべた。 「ちゃんとお仕事が終わりましたら、美味しい雛祭り料理をご馳走します。もちろん余り物なんかじゃなく、ちゃんと出来立てを食べさせますから」 「ほっ本当?」 「もちろん。だからお客様にはちゃんと笑顔を見せてくださいね。お雛様が目を回していたら、変に思われちゃいますから」 「大丈夫だよ! 私にはスキル・【笑顔】があるんだよ!」 フレスははしゃいで喜んで見せるものの、雛奈は複雑な表情になる。 「スキルを使用するんですか‥‥」 「まっ、元気なお雛様で良いじゃないか」 雛奈に声をかけてきたのは、右大臣になった巌技藝(ib8056)。弓矢を背負い、男装した姿は人目を引いていた。 「技藝さん、男装良くお似合いですね〜。凛々しいです」 うっとりとした視線を向けられ、技藝はニコッと微笑む。 「ちょっとキッツイけど長身を活かした衣装にしてもらったからね。あと舞の時間まではお雛様にはあたいがついているから、心配せずに会場を回ってきても良いんだからね? せっかくの雛祭り、女の子が楽しまなきゃ意味ないし」 「技藝さん‥‥!」 「それとさっきから気になっているんだけど‥‥」 技藝は気絶したままの篝に視線を向ける。 「彼、どうしたんだい?」 「霞澄さんとフェルルさんの美しい三人官女の前から動こうとしなかったので、強制的に」 雛奈が意味ありげにニッコリ笑う。 「アハハ‥‥」 なので技藝はそれ以上、聞くのは止めた。 所変わって食事処では、ある意味、雛人形よりも人目を引く二人がいる。女の子達は目をキラキラと輝かせながら、異国の三人官女を見つめていた。 霞澄は女の子達に微笑みかけ、優しく声をかける。 「お子様は白酒はいけませんけど、甘酒をご用意しています‥‥。良かったら、どうぞ‥‥」 女の子達は空の湯呑を持って、霞澄の前に並び、甘酒を配って貰う。そして温かく甘い甘酒を喜んで飲んでいた。 「菱餅とひなあられもいかがですかー? こちらも甘くて美味しいですよー」 甘い物大好きの女の子達がフェルルのお菓子に一斉に群がったせいで、足りなくなってしまった。なので少しの間、二人には休憩時間が与えられる。 壁際で甘酒を飲みながら会場の様子を見ていた二人だが、霞澄はふと隣にいるフェルルが楽しそうにひな祭りの歌を口ずさんでいることに気付く。 「フェルルさん、楽しそうですね‥‥」 「はい! お人形さんの格好をするのははじめてなので、とっても楽しいです♪ あっ、それと私、後から依頼者さんの作った雛人形の所に行こうと思っているんです。そこで女の子達に、雛人形の説明をしてあげられたら良いな〜って思っているんです!」 「フェルルさんは接客業に慣れていらっしゃるんですね‥‥」 「私は普段、茶屋で接客していますから」 「積極的で、羨ましいです‥‥」 霞澄はふと、開会の挨拶をした時のフェルルを思い出す。会場の扉の前で、大勢の客達を前に、フェルルは堂々とした挨拶をして見せた。 「皆様、ようこそお越しくださいました! 本日は楽しんでいただけるよう、趣向をこらしております。お時間の許す限り、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」 良く通る声で語り、一礼をして見せたのだ。 「フェルルさんの三人官女姿‥‥とても素敵です‥‥」 ふと呟いた言葉に、フェルルどころか霞澄自身も驚く。 「ふふっ。ありがとうございます」 けれどフェルルが嬉しそうに笑うので、霞澄もほっとしたように笑みを浮かべた。 「あの、一つ‥‥お願いがあるのですが、良いですか?」 霞澄は意を決し、フェルルを正面から見つめる。 「後から行う舞なのですが、あの、一緒に‥‥踊っていただけませんか?」 「霞澄さん‥‥。もちろん良いですよ! 楽しく踊りましょうね!」 「‥‥はいっ!」 そして霞澄とフェルルの舞が始まった。二人の巫女が踊る姿に、観客達が熱い視線を向けている。 「ふふっ‥‥」 演奏者席で、ティアはふと笛から口を離し、笑みをこぼす。 隣に座る蒼羅は手では演奏を続けながらも、視線はティアに向けた。 「どうした? ティア」 「ひな祭りのことは父から話を聞いていたのですが、こんなに煌びやかで素敵なお祭りなのですね。今回は五人囃子の姿にもなれましたから、嬉しくて、つい」 ティアは笑みを浮かべながら、肩をすくめて見せる。嬉しくてたまらないといった様子を見て、蒼羅は少し気まずそうな表情を浮かべ、視線を舞っている二人に向けた。 「今回のこの祭りは特別なものだ。一般的なものと考えない方が良い」 「分かっていますよ。お仕事を依頼された時点で、特別なものということは」 ティアがふと目を閉じた時、曲がジルベリア帝国の物になった。演奏者達がひな祭り開催前に集まり、演奏する曲を決める会議を行なった時に、ティアが持っていたフルート・フェアリーダンスを使って演奏した曲だった。 この曲は春をイメージした可愛らしく、優しい曲。聞いた演奏者達は満場一致でこの曲を祭りで演奏することに決めた。 「‥‥こんなふうに他国の曲を取り入れたり、異国の者である私達も参加できるのが、とても嬉しく思うのです」 「‥‥昔はともかく、今では珍しくもないことだ。そろそろ演奏に入ったらどうだ?」 「おっと、いけませんね。自分で推薦した曲なのに、演奏しないわけにはいきませんもの。それに女の子達の健やかな成長を祈るお祭りですものね。みなさんが楽しんでいただけるよう、少しでもお役に立たなければ」 そしてティアはスキル・【心の旋律】を使用しながら、再び演奏をはじめる。 そんなティアの姿を見て、蒼羅は改めて気合を入れ直し、演奏するのであった。 同刻、フレスは技藝に付き添われ、女の子達の相手をしていた。スキル・【笑顔】を使っているフレスを見守っていた技藝だが、ふと踊り場に視線を向ける。 「‥‥おや? あそこで舞を披露しているのは、ウチの三人官女じゃないか?」 背の高い技藝は集まっている人々の後ろから、二人の姿を見つけた。 「ええっ!? みっ見えないんだよ‥‥」 背の低いフレスは何とか見ようと顔を動かしてみるも、残念ながらよく見れない。項垂れるフレスを、技藝は抱き上げた。 「うひゃっ!」 「ほら、こうすればよく見えるだろう? お雛様」 「‥‥うん!」 技藝の肩に腰を下ろし、フレスはしばしの間、二人の舞を見ていた。やがて二人の出番は終わり、曲調が明るく軽快な物になる。 「うっうう〜っ! 私も踊りたくなってきたんだよ」 「それじゃああたいと一緒に踊ろうか? ああでもあんまり飛んだり跳ねたりはダメだよ?」 「分かっているんだよ! ちゃんと動きには注意しながら踊るんだよ」 「よし、それじゃあ行こうかね」 技藝はフレスを抱えたまま、前に進み出た。そして踊り場でフレスを下ろし、お互い向き合って一礼する。そして二人は懐から扇を取り出し、踊りだした。 「あっ、今度はフレスさんと技藝さんが踊り始めました‥‥」 「本当ですね。お二人とも、楽しそうです」 踊り終えた霞澄とフェルルが、フレスと技藝が踊り始めたことに気付き、そちらに視線を向ける。 続いて演奏をしている蒼羅とティアも、二人に気付く。 「おや、随分と身長差のある二人が踊っているな」 「可愛らしい踊りですね。息もぴったり合っています」 二人は曲調に合わせて軽やかに踊る。 会場にいる観客達は二人の踊りに見入っていた。そして意識を取り戻した篝と雛奈も、その様子を観客達の中から見ていた。 「霞澄さんとフェルルさんの踊りはキレイだったけど、フレスさんと技藝さんの踊りは見ていて元気になるな」 「うんうん。蒼羅さんとティアさんの演奏も凄いわよね〜。ほとんど休憩せずに、いろんな曲を演奏しているんだもの。顔色一つ変えずに演奏するなんて、尊敬するわ」 感心しながら言った雛奈の言葉に、篝は深く頷く。しかしふと、技藝の腰にさしている太刀に視線を向ける。 「どうせなら技藝さんの剣舞も見たかったなぁ」 「わたしも見たかったけど、ここは狭すぎるわ。広い場所ならともかく、子供が多く訪れる狭い会場では、流石に太刀を振り回すのは危険だからね」 普通に踊る分には場所は取られているものの、食事処や展示されている雛人形、それに多くの客達が会場に集まっている中、剣舞をするにはあまりに狭すぎた。 篝はふと、祭りが行われる前に話し合ったことを思い出す。 「フレスさんのお客さん達を着替えさせたりする案もな〜。悪くはなかったんだけど‥‥」 「多くの衣装や小道具が用意できなかったからね。今回は特注品として無料提供だったけど、本来の目的は雛人形の展示だし。それはまた今度ってことで、ね」 今、雛人形の姿をしている人達の着ている物や身に付けている物は、前もってサイズを測って作られた特注品。来客達に貸し出そうとするならば、それなりの数を用意せねばならなかったが、流石にそこまでは費用も時間もなかったのだ。 「実際に祭りをはじめると、いろんなところで穴が見えてくるな。やりたいことができないとは歯がゆい」 「それでも技藝さんは今回の結果が良かったら、来年も同じ祭りをしたら良いって言ってくれたし。今年できなかったことは、来年すれば良いじゃない」 「来年、か‥‥。先は長いなぁ」 「じゃあ次は五月人形の格好をしてもらう?」 「鎧だらけの祭りは怖すぎる‥‥」 やがて二人の舞は終わり、フレスは霞澄とフェルルと共に、雛人形が展示されている場所に移動する。そして客達の前で、雛人形やひな祭りの説明をした。 蒼羅とティアはさまざまな曲を演奏し、やがて祭りの終わりを知らせる曲を奏で始める。 最後は技藝が背負っていた弓を上に向けて鳴らし、厳かに、そして慈愛のこもった声で語る。 「幼子の明日を祈りし親の愛、天地を越えて時越えて、永遠に繋がるぬくもりよ」 ――こうしてひな祭りは終わった。 「いや〜、盛況だったな! 雛人形も売れたし、仕事を依頼された人形師もいた。お客も喜んでくれたし、来年もやろうかという話が出ている」 「良かったわね、篝。来年はもっと広い場所を借りて、多くの開拓者を雇って大勢の雛人形をしてもらいたいわね。まっ、その前に」 雛奈はぐったりしている開拓者達に、視線を向ける。みな、着慣れぬ衣装を長時間着て動いていたせいで、すでに体力は底をついてしまったのだ。 「早く着替えさせてあげましょう。今度はこちらがひな祭りのご馳走を振る舞う番だし」 「‥‥だな」 ――そして開拓者達のひな祭りは、衣装を脱いだ後から始まったのであった。 【終わり】 |