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■オープニング本文 開拓者ギルドで受付として働く四十代の男・芳野(よしの)は、深夜業務を終えて家に帰る途中だった。昨夜、いつもの深夜組の一人が体調を崩してしまった為、芳野が穴埋めに当たったのだ。 欠伸を噛み殺しながら昼間の町中を歩いていると、一人の少年が建物の影から顔を出したり引っ込めたりを繰り返しているのを偶然見かけてしまった。 「‥‥何だ、ありゃ」 芳野の歩く道の斜め前の建物の影に、少年はいる。後ろ姿しか見えないがかなり身なりが良いので、良いところのお坊っちゃんだろうことは分かった。 そして少年の視線の先を見ると、一人の若い女の子がいた。歳は二十歳ぐらいだが、しかし女の子は袴を着て、腰には刀を差し、長い黒髪を頭の上で結んでいた。女の子が身に纏う空気は、普通の町娘のそれではない。芳野が良く知る、開拓者独特のものだった。 「ん‥‥? 何か見覚えが‥‥」 芳野が眼を細め、女の子を良く見ようとした瞬間、女の子がこちらを向く。 「おや、芳野さんではありませんか」 リンとした話し方で、芳野は女の子が誰だか思い出した。 「香弥(かや)どの」 名前を呼ばれ、香弥はにこっと微笑む。 彼女は女志士であるのと同時に開拓者でもあり、芳野の勤め先であるギルドへはよく顔を出していた。時々は芳野が香弥の仕事を担当することもあり、知り合いという仲だった。 「昼間に見かけるとは珍しい。食事にでも参ったのですか?」 「いんや。深夜業務を終えたところ。昨夜、一人欠勤が出てな」 「それは大変でしたね。では今はお帰りの途中でしたか」 「まあ‥‥な。ところで香弥どの、あそこに隠れている少年を知っているか?」 「少年?」 芳野が指さした方向を見て、香弥は眼を見開く。 「辰斗(たつと)? そんな所で何をしている?」 「あっ‥‥」 香弥に名前を呼ばれ、辰斗はびくっと身を揺らす。そして観念したように建物の影から出て、二人の前に歩いて来た。 「芳野さん、ご紹介します。私の一つ年下の従弟で、辰斗と言います」 「はっはじめまして‥‥」 消え入りそうなか細い声で挨拶をし、辰斗は頭を礼儀正しく下げる。 「私と辰斗の母親が姉妹でしてね。妹の方である叔母は商家に嫁ぎまして、彼は一人息子なんです」 「そうか。はじめまして、辰斗どの。俺は開拓者ギルドで受付をしている芳野という者だ」 「はっはい‥‥」 おどおどする辰斗の様子を見て、香弥はため息を吐く。 「はっきりしない従弟で申し訳ない。私と彼の家は隣同士なのですが、私の実家は剣道の道場、彼の実家は裕福な商家なので、育ちの良さが彼を控え目にさせてしまったようです」 「ははっ。代わりに香弥どのがしっかりしてしまったのか」 「お恥ずかしい話しですがね。母親同士がよく愚痴っております。『二人の性別が逆であったら良かったのに‥‥』とね」 香弥は苦笑しながら肩を竦める。しかし何かを思い出したように、表情を変えた。 「おっといけない。私はこれから実家で門下生に剣を教えなければならなかった。辰斗、私は先に帰る」 「あっ、うん‥‥」 「では芳野どの、またギルドでお会いしよう」 「ああ」 そして香弥は去った。 芳野は辰斗に視線を向け、声をかける。 「辰斗どのは香弥どのに、ほの字かい?」 「えっ‥‥ええっ!? どっどうしてそれを!」 言われた途端、辰斗は耳まで赤く染まった。 激しく動揺する姿を見て、芳野は苦笑する。 「見りゃ分かるよ。建物の影から香弥どのを見てたのを、見てたし」 「ううっ‥‥。‥‥ちょっと、ご相談にのっていただけますか?」 「じゃあ飯屋に行こうか。食事がまだなんだ」 「それならウチで経営している食事処がありますので、そちらに行きましょう」 辰斗の案内で来た所は、お座敷がある料亭だった。 「ここのお代は気にしないでください」 と言われたので、芳野は大量の料理を頼んだ。滅多に食べれない豪華な料理を食しながら、芳野は改めて辰斗に問う。 「んで、話しってのは香弥どののことかい?」 「はい‥‥。仰る通り、僕は彼女のことが好きです。母親同士は僕と彼女が将来結婚することを望んでいますが‥‥」 「彼女は開拓者であり、女志士。プライド高い女性は、家庭に入りにくいと言うもんなぁ」 芳野が苦笑しながら先を言うと、辰斗は黙って頷いて見せる。 「まあ仕事のことは何とかなりますが、問題はその‥‥僕が彼女になかなか告白できないことでして‥‥」 「彼女は母親達の思惑には気付いていないのか?」 「薄々とは感じ取っているらしいのですが、やはり今は仕事に集中したいとの意志を見せています」 そこで辰斗は暗い表情で、深く息を吐いた。 「僕はその‥‥親同士が決めたから、と言う理由で彼女と結婚するのはちょっと違うんじゃないかって思うんです。お互いの気持ちを伝え合っていないのに、話が進むのはやっぱりおかしいじゃないですか?」 「んじゃ、とっとと告白しちまいな。男気強い彼女だが、憧れる男は少なくないだろう?」 芳野の言葉に、辰斗は眼を潤ませ、泣き崩れてしまう。 「あっさり言わないでくださいよ〜! 僕にそんな勇気、あると思いますか?」 無いな、と内心で即答する。流石に悪くて口には出せない。代わりに告白できる案を考えてみた。 「‥‥あ〜、じゃ〜、開拓者達に告白できるような場面を作るよう、依頼をしてみるか?」 辰斗は顔を上げ、眼を丸くした。 「開拓者の方達って、そんなことまでしてくれるんですかっ!」 「まあな。でも彼女相手だと、そういう場面を作るのは難しいな」 香弥は幼い頃から剣道を習い、真面目一筋に生きてきた。その為、普通の女の子の感覚からは、少しズレている。 景色の美しい場所で告白や、彼女の好きな花を大量にプレゼントして告白というもの、あるいは暴漢に変装した開拓者達を二人に襲わせ、辰斗が彼女を庇う―というのも、成功するのか非常に怪しい。‥‥そもそも三つめの暴漢の場合、彼女が自ら倒しそうだ。 相手は女志士であり、開拓者。一筋縄ではいかないだろう。 でもだからこそ同業者である開拓者ならば、彼女に告白できる場面を考えることができるのではないか、と芳野は思う。 「だがあくまでも俺達は場面を作るまでが仕事だ。告白はお前さんがちゃんとするんだぞ? そして断られても、報酬はちゃんと払ってくれよ」 「わっ分かっています! でも告白する場面までは、お願いします!」 「あいよ。んじゃまっ、開拓者を集めるか」 |
■参加者一覧
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎
射手座(ib6937)
24歳・男・弓
魚座(ib7012)
22歳・男・魔
アリス ド リヨン(ib7423)
16歳・男・シ |
■リプレイ本文 山羊座(ib6903)とアリス ド リヨン(ib7423)は、香弥の住まう屋敷に訪れた。 「ごめん」 「こんちわっす」 「はーい」 玄関で声をかけると、中から香弥が出てきた。香弥は二人を見て、破顔する。 「山羊座さんとアリスさんですね? 芳野さんから話は伺っています。我が道場に興味を持っていただけたということで、山羊座さんは数日、アリスさんは今日一日、お手伝いをしてくれるそうですね」 「ああ。剣を使う者として、こちらの剣術に興味がある。すまぬが数日、厄介になる」 「俺もお世話になるっす!」 二人が頭を下げる姿を見て、香弥は優しく微笑み、礼をする。 「こちらこそ。お二人の力になれるよう、頑張りたいと思います」 一方、香弥の家の隣にある辰斗の家には、射手座(ib6937)と魚座(ib7012)がいた。二人を前に、辰斗は緊張の面持ちでいる。 「山羊座さんとアリスさん、大丈夫でしょうか?」 「あっちはあっちで上手くやるさ。ところで聞きたいことがあるんだけどいいか?」 「はっはい‥‥。何でしょうか? 射手座さん」 射手座はずいっと身を乗り出し、口を開く。 「彼女のこと、いつも物陰から見ているだけなのか? 自分から積極的に話かけたりしない? 理由があるなら聞いてもいいか?」 「えっ!? あの、その、えっと‥‥」 「あ〜、射手座ちん。辰斗ちんが困っているから。そんなに問い詰めちゃ、かわいそーだよ」 魚座が失笑しながら止めると、射手座はハッと我に返り、辰斗から離れる。 「おっと、悪い。でも隠れながら見ているだけとか、オレには理解不能だからさ。つい」 辰斗の胸に、射手座の言葉の矢がグサッと刺さった。 「まっ、それは置いといて。辰斗のことを教えてくれよ。告白できるような場面を作るのに、辰斗のことも知っておきたいからさ」 「はっはい‥‥」 痛む胸を押さえながら辰斗が顔を上げると、魚座が何かを思いついたようにニヤニヤしながら辰斗に近付く。 「魚座さん? 何ですか?」 「辰斗ちん、女の子の扱い方、知っている?」 「いっいえ‥‥そんなには‥‥」 「なら私がいろいろと教えてあげようか?」 「へっ? あの、その、ええっと‥‥」 魚座の意味深な笑みを間近で見て、辰斗はしどろもどろになってしまう。 「魚座、それは後だ。先に出掛ける所とか、決めることが先だ」 「そうだね〜、射手座ちん。香弥ちんのおウチで二人が頑張っていることだし、こっちはこっちで頑張らないとね〜」 所変わって香弥の道場では、山羊座が門下生達と一緒に真面目に稽古や雑用をこなしていた。 アリスも同じように稽古や雑用をこなしながらも、香弥の情報をさまざまな関係者から集めている。 依頼を引き受けた四人は、『香弥が開拓者の仕事と道場の稽古で忙しく、恋愛に関して考える時間もないのでは?』という考えを出した。なので辰斗と二人でゆっくり過ごしてもらう為に、山羊座とアリスが道場の手伝いを申し出ることにしたのだ。 「お二人とも、頑張っておられますね。どうですか? ウチの道場は」 休憩中、道着姿の香弥が汗を拭きながら、山羊座とアリスに声をかける。 「勉強になっている。異国の剣術に触れる機会などあまりないものだし、感謝している」 「でも香弥様も大変っすね。開拓者の仕事に道場の稽古で、忙しくって目が回るんじゃないっすか?」 「ふふっ、そうですね。でも私には今の生活が合っているんです。もし開拓者にならなければ、花嫁修業をしているところでしたし」 香弥の核心をついた言葉に、二人は一瞬硬直する。が、すぐに元の調子を取り戻す。 「香弥殿は許嫁がおられるのか?」 山羊座の問いかけに、香弥は少し困った表情を浮かべ、首を傾げた。 「そう、ですね。母親同士が勝手に決めた許嫁です。ですが彼のことは生まれた時からの付き合いですから、正直、姉と弟のような関係だと思っていますが‥‥」 「じゃあ、結婚はまだ考えられないっすか?」 アリスの質問には、苦笑して見せる。 「う〜ん‥‥そうですね。今は開拓者の仕事が面白いところですし、彼も彼で家の仕事をまだ手伝っている状態です。お互い半人前のままでは、結婚しても上手くいかないような気がするのです」 香弥の答えに、二人は僅かに戸惑いの表情を浮かべ、視線を合わせた。 「でもお互いが一人前になれば、結婚するのも良いと思っています。彼のことは憎からず思っていますし」 恥ずかしげに語る香弥の顔は、少し赤くなっていた。 光明を見出し、アリスは身を乗り出す。 「あの、香弥様! 実はご相談したことがあるっす!」 「えっ? わっ私で良ければお答えしますけど‥‥」 きょとんとする香弥に、アリスは『相談』を語りだす。 「俺、実は思い人がいるっす‥‥。その人は香弥様みたいに真面目な人なので、どのように思いを打ち明けたら良いのか、分からないっす。香弥様はどういう場面で告白をされたら嬉しいっすか?」 「私だったら‥‥別にどこでも構いませんけど」 香弥の真面目な返答に、二人はがくっと体勢を崩す。 「ええっと‥‥料理の美味しい店に行くとか、どこかに遊びに行って雰囲気を盛り上げた方が良いと思うっすけど‥‥」 「あっああ、そうですね。普通の女性であれば、喜ぶと思いますよ。‥‥でも私は普通に正面から言われた方が、嬉しいですけどね。遠回しに伝えられるとか、気づきにくいものはちょっと‥‥」 「そっそれじゃあこういうのはどうっすか?」 アリスは前もって魚座と共に調べた、恋人達が良く行く場所の候補をあげてみる。しかしどこも香弥の反応はよくない。 がっくり項垂れるアリスの肩に手を置き、山羊座は香弥にズバッと聞いてみる。 「では香弥殿が気に入っている場所はどこだ?」 「私ならば‥‥そうですね。ここから少し離れた所にある山が気に入っています。修行の場としてよく行きますし、慣れている所ですから」 「山、か‥‥」 「はい。昔は良く従弟と行ったものです。ウチの道場の稽古場として安全でしたし、自然が溢れる良い所なんです。幼い頃は従弟を連れて行ったんですけどね。彼はあまり体を動かすのは得意ではないので、最近はさっぱりです」 そこでようやく二人の目に光が宿る。香弥が気に入っている場所ならば、そこへ行けば彼女の態度もいつも以上に良くなるかもしれない。 「久しぶりに行ってみたい気もしますが‥‥お互い忙しい身。なかなか時間が合わなくて、ちょっと寂しいです」 少し寂しそうに笑いながら語る香弥だったが、ふと話がずれてしまったことに気づき、慌てて話題を変える。 「すみません。私の話ではなくて、アリスさんの思い人のご相談でしたね」 「あっああ、そうっすね。でも大体分かったっす。香弥様、ありがとうございましたっす」 「えっ? そっそうですか? まあお役に立てたのなら、何よりです」 翌朝、山羊座は引き続き香弥の元で手伝いを続け、情報を集めたアリスは辰斗の屋敷へ向かった。が、案内された部屋には三人の姿はなく、庭から声が聞こえてくるのでそちらの方を見ると‥‥。 「そうそう。大分、上手くなってきたね」 「そっそうですか?」 「‥‥一体何をしてるっすか?」 アリスの目に映ったのは、恋人のように庭を一緒に歩く魚座と辰斗の姿だった。妙に絵になる光景に、絶句してしまう。 「辰斗ちんと香弥ちんが一緒に出掛ける時の練習。私が代わりに彼女役をしているんだよ」 「はあ‥‥。でも香弥様の性格上、普通の女の子のように扱ったら怒るんじゃないっすか? 自尊心、高いっすよ」 「あ〜‥‥そうだね〜。辰斗ちんが急に女の子扱いをしたら、逆に香弥ちんに不審に思われちゃうか」 こうして開放された辰斗は、フラフラと縁側に座り込む。 先に縁側に座って辰斗と魚座の様子を見ていた射手座は、アリスに視線を向ける。 「んで、ちゃんと情報は集めてきたか?」 「もちろんっす。まず香弥様はよく行く山が好きみたいっすね。辰斗様とも久しぶりに行ってみたいって言ってたっす」 「山‥‥? ああ、あそこの山かな?」 辰斗が顔を向けた先には、大きな山がある。今は朝日に照らされ、青々しい姿を見せている。 「俺や山羊座様が道場を手伝って時間が空いたので、香弥様は今日の昼前にあの山に行って修行をしてくるって言ってたっす」 「そうか。香弥が辰斗と行きたがっていたなら、問題ないな。辰斗、早速だが出掛けた香弥に合流するような形で一緒に行けば良い」 「えっ!? きっ今日ですか?」 射手座の言葉に、辰斗はぎょっと目を丸くする。 「当たり前だろう? こんなチャンス、今日しかないぞ?」 「うっ‥‥!」 頭を抱えて悩む辰斗の姿を見て、アリスは懐からお守りを取り出す。 「辰斗様、これは『恋愛成就のお守り』っす。これできっと上手くいくっすよ!」 明るく笑いながら、辰斗の手にお守りを握らせる。 「えっ、でも‥‥」 「これで少しはお気持ちが軽くなれば良いっす」 「あっありがとうございます。嬉しいです‥‥。勇気が少し‥‥出てきました」 お守りを大事そうに抱える辰斗を見て、三人は優しく微笑む。 「辰斗ちん、香弥ちんの方が強くたって良いと私は思うよ。辰斗ちんが香弥ちんを大事に思う気持ちが強い方が大事だと思うから」 「魚座の言う通りだ。それに好きな子と一緒に出掛けられるんだ。良いところを見せようとかじゃなく、辰斗が香弥と一緒にいて楽しいと感じている気持ちを伝えれば良いのさ。いきなり告白しよう!とか気負わずに、彼女を思う気持ちが溢れてきたら伝えれば良いんだ」 「射手座さん‥‥。そうですね。まずは僕が彼女と一緒にいてどう思っているか、言わなきゃ告白につなげられませんね。上手く伝えられるか分かりませんけど、ちゃんと言いたいと思います」 決心を固めた辰斗を見て、射手座は満足そうに頷いた。 「その意気その意気。告白できるまで何度でも一緒に過ごせば良いし、オレ達も協力するぞ。とにかく楽しむことを忘れずにな」 そう言って射手座は笑顔で辰斗の背中を叩く。 「うんうん。成功するまで、何度だって助言してあげるからさ」 続いて魚座が辰斗の肩に手を置きながら言った言葉で、辰斗の表情が強張る。そしてジト目で二人を睨みつけた。 「お二人とも‥‥。『何度』とは何ですか? 僕が何度も失敗するって言いたいんですか?」 「えっ、いや、そう言うわけじゃなくてな」 「そうそう。協力は惜しまないって言いたくて‥‥」 「もう大丈夫です! 僕、頑張りますから!」 その日の夕方、香弥が道場から出てくる姿を見つけ、辰斗は玄関から出て来た。 「かっ香弥!」 「ん? 辰斗、珍しいな。外出か?」 「香弥は‥‥どこに出掛けるの?」 「私は修行だ。あの山で、な」 そう言って香弥は目の前にそびえ立つ山を指さす。 「あの、その‥‥いっ一緒に行っても良い、かな?」 辰斗の突然の申し出に、香弥は驚いて目を丸くする。 「一緒に、か?」 「うっうん。久しぶりに‥‥行ってみたいんだ。その、香弥と二人で」 「‥‥ふむ。まあ危ないのが出ても守ってやれるし、良いよ。久しぶりに行こうか」 「うん!」 二人のやり取りを物陰から見ていたアリス・魚座・射手座は苦笑した。 「‥‥何かやり取りが性別逆っすね」 「ああいう恋人も良いと思うよ?」 「それよりお前達、本当につけて行く気か?」 射手座が二人に聞くと、アリスは意外そうな表情で振り返る。 「射手座様は行かないっすか?」 「オレは野暮天にはなりたくないからな。お前達もほどほどにしとけよ?」 そう言って射手座は屋敷に戻ってしまった。 「山羊座様は手伝いを続けていますし‥‥やっぱりここは俺達の出番っすね!」 張り切り出したアリスは、スキルの抜足・超越聴覚・忍眼を使い出す。 その様子を見て、魚座はふむ‥‥と考える。 「私はそういうスキル持っていないし、できるだけ気配と足音を消すことに注意して追跡しますか」 「それじゃ行くっす」 「ええ」 二人の前を歩く香弥と辰斗は、傍目には楽しそうな恋人に見える。だが香弥が話す内容はまるで実の姉のような注意ばかりなので、会話内容まで聞くと姉と弟になるだろう。 辰斗の歩く速度に合わせ、香弥はゆっくり歩く。そして道を歩く人に辰斗がぶつかりそうになれば庇ってあげ、辰斗が遅れそうになれば手をつないで歩いた。 「‥‥私が辰斗ちんに教えたこと、やっているんだね。香弥ちんが」 「もし香弥様が男装を、辰斗様が女装なさったら、本当に良い恋人になりそうっすね。理想の恋人達って感じで」 「え〜、でもそういうのってもう古いんじゃない? 今の時代、女の子の方がよーっぽどたくましくって強いと私は思うけどねぇ」 一定の距離を取り、ボソボソと二人は話しながら香弥達の後を追う。 特に問題もなく、香弥達は山の入口まで来た。楽しそうに話をしながら、山の中へと足を踏み入れる。 「ん‥‥?」 そこでアリスが何かを察し、歩みを止めた。 「どうかした?」 「‥‥妙な音が聞こえるっす」 何かがバキバキと音を立てる音が、スキルを使用しているアリスの耳に入る。その音は香弥達の近くでするも、二人は気付いていない様子。アリスが上に視線を向けた時、高くそびえる木から数本の枝が突如、香弥と辰斗に向かって落下してきた。 「魚座様っ!」 「はいよっ!」 二人は走り出し、辰斗と香弥が枝に当たる前に二人を抱えてその場から離れた。 ドシャーっ! パラバラ‥‥ 「えっ‥‥?」 「なっ何事っ!?」 辰斗と香弥は急な出来事に目を白黒させる。 「ふう‥‥。危なかったっすね」 「どうやら枝を支える部分が腐ってて、急に落下したみたいね」 アリスは辰斗を、魚座は香弥の身を放し、ため息を吐いた。 辰斗と香弥がいた場所には、大小さまざまな枝が落ちていた。あれで体を打ったり、肌が傷つけば、ただでは済まなかっただろう。 「そんな‥‥私が気付かなかったなんて‥‥」 香弥は呆然とその光景を見つめた。 「まっ、香弥様にとってここは慣れた場所。多少気を抜いていたって、しょうがなかったっすよ」 「そうそう。そのぐらい、辰斗ちんとの会話に夢中になっていたってことで、ね?」 香弥は二人の説得を受け、悔いるのをやめた。しかし次の瞬間には疑問を、口にも表情にも出す。 「あの‥‥アリスさんと辰斗のお知り合いの方ですか?」 魚座を見上げ、聞いた言葉に、三人はギクッと体を揺らす。 「あっ、ちょっと通りかかっただけっす!」 「それじゃあお邪魔しました〜」 これ以上追跡はできないと判断した二人は、慌ててその場から立ち去った。 ――その後、辰斗が香弥とどう過ごしたのかは分からない。 けれど依頼後、香弥と辰斗が二人仲良く歩く姿を多く見るようになり、香弥が正式に婚約したという話が流れたのであった。 |