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■オープニング本文 「はあ…。困ったなぁ」 北面の仁生都市にある和菓子茶屋の看板娘・桃霞(ももか)は、店内でお盆を胸に抱えながらため息を吐いた。 「桃ちゃん、どうしたの? 暗い顔しちゃって」 桃霞に声をかけたのは、近くにある開拓者ギルドに勤める受付職員の鈴奈(すずな)。 「あっ、鈴ちゃん。ちょっと困ったような、嬉しいようなことがあってね」 二人は歳が近い為に仲が良かった。 鈴奈が開拓者ギルドに勤め始めた頃から、この和菓子茶屋に毎日のように通っていたので、自然と話すようになったのだ。 「ふぅん…。あっ、あんみつと緑茶お願い」 「はぁい。ちょっと待っててね」 一旦、店の奥へ行った桃霞は、お盆にあんみつと緑茶を載せて戻って来る。 「お待たせ。はい、召し上がれ」 「うわぁ! 美味しそう! いっただきまーす!」 鈴奈は満面の笑顔で美味しそうにあんみつを食べ始めるも、近くにいる桃霞は相変わらず困り顔だ。 「桃ちゃん、悩みって何?」 なので思いきって、尋ねてみることにする。 「…実は市場でチョコレートの材料が大量に入ってきてね。何でも異国ではもうすぐ、ばれんたいんとか言う、チョコレートを送る日があるんだって。その影響でウチの国にもいっぱい送られてきたんだって。それでウチの父さん、あんまり安いもんだからそりゃあもう大量に買い込んできたのよ」 「チョコレートって美味しいわよね! でも何でそれで困るの?」 きょとんと首を傾げる鈴奈を、桃霞は呆れた表情で見つめる。 「鈴ちゃん…。ウチが和菓子屋だということ、忘れてない?」 「あっ…!」 「チョコレートを作ったお菓子の作り方なんて、ウチじゃ誰も知らないのよ。まあ普通に固めたチョコレートぐらいなら良いけど、それが飛ぶように売れるとは思わないし。それであの量がさばけるとは思えないのよね…」 「もっ桃ちゃん…」 桃霞の顔色が青ざめるのを見て、流石の鈴奈も事の重要さを感じ取った。 「そもそもチョコレートなんて珍しい食べ物、ここらの人達は存在を知ってても、どう料理して良いかなんて知る人はいないでしょう? なのにあの量はないわ」 「いっそのこと、チョコレートを和菓子に使ってみたら?」 鈴奈の提案に、桃霞はため息を吐きながら首を横に振る。 「…今まで扱ったことのない材料なだけに、どう料理したら良いか分からないのが悩みなのよ」 そして鈴奈の顔を見て、ふと妙案を思い付く。 「ねぇ、鈴ちゃん。開拓者ギルドっていろんな人達が集まるのよね?」 「うっうん…。いろんな国から、いろんな人が集まるからね」 「じゃあ! チョコレートをどう料理して良いか、分かる人も中にはいるんじゃない?」 「えっ…ええ〜? まっまあ確かにいるかもしれないけど…」 「じゃあじゃあっ! そういう人達、集めてよ!」 「えっー!」 桃霞は表情を輝かせながら、手を叩いた。 「うん、良い考えだわ。チョコレートを使った料理法を知ることができるし、あの量をさばくことができそうだわ。鈴ちゃん、お願いね!」 ぎゅっと両手を握り締められ、鈴奈は引きつった笑みを浮かべるしかない。 「わっ分かったわ…。とりあえず、募集をかけてみる」 |
■参加者一覧
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
サガラ・ディヤーナ(ib6644)
14歳・女・ジ |
■リプレイ本文 和菓子茶屋の調理場では、桃霞と開拓者四人が集まっている。 今日は店の定休日。実際にお菓子作り、試食する為に、みな集まったのだ。 「みなさん、集まってくださってありがとうございます。チョコを使ったいろんなお菓子を一緒に作りましょうね!」 桃霞が笑顔で話かけるも、四方山連徳(ia1719)の表情が暗い。何でもチョコレートと和菓子が食べ放題だと勘違いして依頼を引き受けたのだと、鈴奈から聞いていた桃霞は苦笑しながら連徳に声をかけた。 「連徳さん、報酬が少ない分、後で和菓子とチョコレートをご馳走しますから、元気出してください」 「本当でござるか!」 ぱあっと明るくなった連徳とは反対に、フェンリエッタ(ib0018)とシーラ・シャトールノー(ib5285)は困り顔になる。 「良いんですか? それは依頼内容には入っていませんでしたけど‥‥」 「まあ和菓子をいただけるのは、素直に嬉しいんだけどね」 「お気にならさらずに。和菓子もチョコレートも今は大量にありますので」 「うわぁい! ボク、嬉しいです〜!」 連徳と共に喜んでいるのは、サガラ・ディヤーナ(ib6644)。無邪気に喜ぶ姿を見て、フェンリエッタとシーラは流石に申し出を断るわけにはいかなくなった。 <シーラの調理法> 「調理をはじめる前に、あたしからお願いがあるんだけど良いかしら?」 「はい、何でしょう?」 「チョコ菓子のメニューが決まってからで良いんだけど、そちらの黄味しぐれと羊羹の作り方を教えてもらえないかしら? あたし自身、和菓子が好きなのもあるけど、ぜひ故郷でも作ってみたいのよね」 「ええ、構いませんよ。あまり凝った調理法ではないですけど、ウチので良ければ」 「ありがとう。じゃあ早速、あたしの考えた調理法を教えるわ。ああ、でも実際作りながらの方が分かりやすいわよね? 調理器具、貸してもらっていいかしら?」 「どうぞ、ご自由に使ってください」 シーラは上機嫌で袖をまくり、調理を始める。 「よし! じゃあチョコレートが大量にあるから、チョコレートムースを作るわね」 溶かした寒天とチョコレートを混ぜ合わせたものと、ハチミツを加えた卵白を泡立ててメレンゲにしたもの、同じく泡立てた生クリームの三つを、さっくり混ぜて冷やす。 「ここで重要なのは、メレンゲも生クリームもしっかりと泡立てることよ。あと寒天の代わりに葛粉でも美味しくなると思うわ。葛粉だと口当たりなめらかになるから」 「ふむふむ。なるほど」 桃霞は真剣な表情で、シーラの調理法を紙に書き込んでいた。 「天儀の人達はチョコレートを食べ慣れていないと言うし、チョコレート独特の味や香りを食べやすくする為に、こうやってムースにすると良いわ。そしてこのまま出してももちろん美味しいんだけど、せっかくだから和菓子と合せてみましょう。頼んでおいた物はできているかしら?」 「はい、蒸羊羹ですね」 桃霞は蒸した半透明の羊羹を、シーラの前に置いた。 氷で急速に冷やしたムースを蒸羊羹の上に載せて、棹状にする。 「うん、これで上に餡で作った雪の結晶や花を模したものを載せると良いと思うんだけど‥‥」 「あっ、それなんですけど。シーラさん、餡で形を作るのはちょっと難しいので、砂糖細工を代わりに使ってみたらどうでしょう?」 桃霞の申し出に、シーラは顎に手をやり考える。 「そうね、餡は柔らかいから形を作るのはちょっと難しいかもしれないわね。うん、じゃあ砂糖細工を載せてみることにしましょう」 「はい!」 そしてできたお菓子を一口サイズに切り分け、五人で食べてみる。 「うわぁ! 美味しいです〜。ムースの柔らかさと、蒸羊羹のちょっと固めなところが良いですね。それに砂糖細工の甘さが上品に感じます! 見た目も綺麗ですしね」 「そうね。問題はムースと蒸羊羹の甘さの比率ね。どちらも甘いとちょっとくどい味になってしまうから、どちらかを甘く、どちらかを甘さ控え目にすると良いと思うわ」 「そうですね。そうしましょう」 三人の評判も良く、シーラのお菓子は採用となった。 <フェンリエッタの調理法> 「次は私ですね。私の調理法が参考になれば幸いです」 フェンリエッタはまず、チョコレートを刻んで湯煎で溶かす。 溶かしたチョコレートを饅頭の皮と、中に入れる白餡に練り込んだ。そして出来たチョコレート饅頭を食べて、みんなが笑顔になる。 「チョコレートと白餡って合うんですね。新発見です!」 「桃霞さんに喜んでもらえて良かったです。ただここで使うチョコレートの甘味ですが、控え目にしたほうが良いと思います。白餡自体が甘い物ですから」 「あっ、そうですね」 饅頭に舌鼓を打っていた桃霞はハッと我に返り、慌てて紙に作り方を書いていく。 その様子を微笑ましく見つめ、桃霞が調理法を書き終わった後に二品めを作り出した。 まずはチョコ白玉。白玉を作る途中の過程で、溶かしたチョコレートを混ぜて作る。 「洋風のあんみつみたいなものを作ります。器にチョコ白玉、普通の白玉、抹茶の白玉、それに日本酒と抹茶のゼリーを入れて、生クリームと、これまた溶かしたチョコレートをかけて頂きます」 「あっ、コレ良いですね。白玉の食感と生クリームの柔らかさが合います。それに白玉は砂糖を入れないで作るので、生クリームとチョコレートの甘さが引き立ちますし、ゼリーも寒天の代わりになって良いです。あとチョコレートに合いそうな果物を入れると良いかもですね」 「そうですね。栄養的にも果物は良いと思います。あと今から作るのはちょっと変り種になるんですけど良いですか?」 「はい、もちろん! ちょっと変わった料理もあると、目立って良いです!」 「ふふっ。桃霞さんは料理熱心ですね。では、次々と作っていきます」 フェンリエッタが次に作ったのは、甘納豆をチョコに絡ませて、抹茶の粉をかけたお菓子。 その次は細い棒状に切ったゴボウに小麦粉をまぶして油で揚げ、それを溶かしたチョコレートを付けて食べるお菓子。 「お菓子ばかりで喉が渇きませんか? よろしければ、こういう飲み物を作ってみたので飲んでみてください」 フェンリエッタが作った飲み物は、鍋に牛乳と刻んだチョコレートを入れて混ぜて溶かし、生姜で作ったシロップを入れたものだ。 「わぁ、温まる飲み物ですね。ちょっぴりある生姜の苦さがまたたまんないです!」 桃霞はフェンリエッタが作ったチョコレート料理を、美味しくいただいた。 <サガラの調理法> 「サガラさんはあまりこちらの料理には詳しくないとのことなので、わたしが作ってみたのですが‥‥」 桃霞は湯飲みの中を見て、顔色を悪くする。 サガラが発案した飲み物は、濃いほうじ茶に溶かしたチョコレートを入れるというもの。 「けっこう美味しいですよ♪」 と、サガラのみが笑顔で飲む。 が、他の四名の顔色が明らかに悪い。それこそ湯飲みの中の飲み物の色のごとく、褐色(黒みがかかった茶色)になっていく。 「‥‥何と言いますか、チョコレートの甘い匂いと味が、ほうじ茶の渋い香りと苦さと戦っている感じがしますね。どちらも一歩も譲らず、口の中でせめぎ合っています」 桃霞の冷静な意見に、サガラを抜かした三人は深く頷いて見せる。 「う〜ん‥‥ダメかな?」 サガラは可愛らしく首を傾げるも、桃霞は真面目な表情であっさり頷いた。 「コレは却下で」 「あぅっ。なっならお菓子の方はどうでしょうか?」 大福の中身をあんこの代わりに、生クリームとチョコレートを混ぜて作った生チョコを入れてみるというもの。そして最後にココアをかけて、生チョコ大福の完成。 そしてもう一つ。ねりきりを作っている途中でチョコレートを加えて、混ぜる。そして形を作るというものだ。 「この二品でしたら、喜んでメニューに加えさせていただきます。生チョコ大福は柔らかくて甘くて幸せの味がしますね。ねりきりはしっとりした食感が良いです。でもねりきりは白餡と砂糖が入っていますから、甘さの調整をした方が良いみたいですね」 「調整、頑張ってくださいです!」 力強く声をかけられ、桃霞は笑みを浮かべる。 「了解です」 <連徳の調理法> 連徳は作るよりも食べる専門と言うことで、桃霞が料理をすることになった。 しかし連徳の調理法を聞いて、桃霞の眼がつり上がる。 「連徳さん‥‥。依頼を何だと思っているんです?」 「えっ! 拙者は至って真面目に考えてみたんでござる。とりあえず案ずるより産むが易しと言いますし、実際に作って食べてみるでござる」 「言われた通りの調理法では、試食せずとも味が想像できます。なのでわたしが考えたアレンジで作ってみますね」 「ううっ‥‥」 「さて、調理調理」 そして桃霞は調理をはじめた。 連徳の言い出した調理法の一つめは、せんべいや団子に溶かしたチョコレートをかけるもの。 「まあお団子の方は、モチモチした食感とチョコレートの甘さと香りが良いです。問題はおせんべいの方ですが‥‥」 いつもの塩せんべいにチョコレートをかけたものでは、しょっぱさと甘さが強く出過ぎな上、せんべいの硬さがちょっと合わない。 「おせんべいをもう少し柔らかい物にして、チョコレートは甘さ控え目のホワイトチョコレートにしてみたら合うかもしれませんね。かけたチョコレートが固まったのを出せば、歯応えが良さそうです」 「それ良いでござるな! せんべいの塩っけとチョコレートの甘さが美味しそうでござる。どうせなら溶かしたチョコレートを筆に付け、絵や模様を描くのはどうでござるか? 拙者、大アヤカシの炎羅くんを描きたいでござる!」 「大アヤカシ模様のお菓子はお子様に怖がられるので、却下で。でも絵や模様を描くのは採用します」 満面の張り付いた笑顔で淡々と述べる桃霞を見て、連徳はがっくり項垂れる。 「‥‥桃霞さんはしっかりしているでござるな。では饅頭に描くのは‥‥」 「料理とは言えないので、それも却下で。次の調理に移ります」 次の案は団子の中にチョコレートを入れて、焼くというもの。 「団子の中にチョコレートを入れるのも良いですね。でも焼くとチョコは溶けてしまい、この時期の寒さで再び固まってしまいます。団子の中身が硬すぎるのもなんですし、サガラさんの生チョコを入れると良いかもです」 「さっ流石は桃霞さん、良い調理方を思いつかれるでござるな。それであの、次の調理方なんですが‥‥」 「大却下です。あんなのは料理でも何でもありません」 「おうっ!?」 大却下された案は、固めたチョコレートに装飾をほどこすのみ―だった。装飾にかかる費用を考えただけで、桃霞は却下することを即決した。父がチョコレートの材料を大量に購入してしまったので、余計な出費は抑えたい桃霞であった。 「ただ次の案、チョコ細工については検討しています」 「展示品するのはダメでござるか?」 「保存が効かないので、難しいです。外は寒くとも、店内は温かいのでチョコレートが溶けてしまいます」 桃霞自身、難しい表情で語る。 最後の案はチョコレートで何か形になるものを作ること。しかしあまり手の込んだ物は作れない。チョコレートを扱うのに長けている者がいないことが、致命的だった。 <桃霞の調理法> 「むむっ‥‥。いっそのこと一日三十食限定で、チョコレート細工のお菓子を出すというのは良いかもしれませんね。凝った物はできませんけど」 そうと決めた桃霞は一枚の皿を取り出し、再び調理をはじめる。 カステラにチョコレートをかけて固めたもの。求肥にチョコレートを混ぜて、中身は生チョコを白餡で包んだ大福。そしてシーラにマカロンの作り方を教えてもらい、チョコマカロンを作った。大きめのイチゴを花の形に切ったものを一つ置き、上からチョコレートをかけたもの。そしてチョコレートとホワイトチョコレートで一輪ずつ花を作る。最後にそれらの上から砂糖を振りかける。 「連徳さんの仰る箱庭風はちょっと難しいので、こういうのはどうでしょう?」 「おおっ! 美味しそうでござるな」 「それに綺麗です〜」 連徳とサガラは皿に盛り付けられたお菓子を見て、眼をキラキラと輝かせる。 「あら、ステキね」 「ええ。いろんな種類のを食べられるなんて、贅沢です」 シーラとフェンリエッタの反応も良く、桃霞はほっと胸をなで下ろす。 「まあちょっとお値段が張っちゃいますし、あまり数が作れない品なので限定になっちゃいますけどね。それに『細工』と呼ぶほどあまり凝った物は作れませんでしたし‥‥」 「でもこのお花、上手よ」 シーラは感心しながら、二輪の花を見る。薔薇の花に見える花は、白と黒の色が対照的で美しい。 「材料は違いますけど、砂糖細工を作ったことがありますので。その要領で作ってみたんですけど、やっぱり難しいですね」 「でも桃霞さんの努力は素晴らしいものだと、私は思います」 「ありがとうございます、フェンリエッタさん」 ほのぼのしている間に、連徳とサガラのお腹が盛大に鳴った。 「ううっ‥‥。お腹が減ったでござる」 「良い匂いがしていますもんね。そろそろガマンの限界です〜」 空腹で眼を回している二人を見ながら、三人は笑った。 <新メニュー> ―アレから数日後。 和菓子茶屋には多くの客が訪れていた。チョコレートという珍しい食品を使った新作のメニューの評判が良く、店の外にまで客が並ぶほどだった。 人で溢れる店内の一角に、連徳・フェンリエッタ・シーラの三人の姿がある。三人はテーブルいっぱいに、自分達が作ったチョコレート菓子や和菓子を並べて食べていた。 「しかしサガラさんは真面目でござるな」 「そうですね。急に忙しくなったお店を手伝うことを自ら申し出るなんて、立派な方です」 「報酬はあたしと同じくお菓子の調理法を教えてもらうことらしいわ。あと日持ちする和菓子をもらうんですって」 故郷のみんなにお土産として渡したいとのことで、桃霞は笑顔で頷いて了承したのだ。 「はあ〜。しかしこんなに和菓子とチョコレートを食べられるなんて幸せでござるな〜」 「ホントです。それにこういう機会は滅多にありませんものね」 「‥‥でも気を付けないと、お腹周りがえらいことになるわよ?」 シーラの冷静な一言に、二人は笑顔のまま固まる。 店内には大勢の人の明るい笑顔と声、そして甘い匂いで溢れかえっていた。 <終わり> |