【未来】現代の開拓者と相棒
マスター名:hosimure
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/17 19:53



■オープニング本文

※注意
 このシナリオは一般的な【未来】シナリオと違ってIFシナリオです。
 シナリオは未来の世界設定と極端に矛盾しないよう設定されていますが、実際の出来事、歴史としては扱われません。


○私立ギルド学院
 現代の開拓者とは、普通の人間では解決できない事件を扱うことができる存在である。
 また相棒は人間の姿になることができて、いざという時は人ならざるモノの姿になって戦う。
 そんな人材を育てる為に存在しているのが、私立ギルド学院である。

 私立ギルド学院には、三つのコースが存在していた。
 一つめは開拓者コース。将来、開拓者として働きたいと思う人はこのコースに入り、そして自ら開拓者のクラスを選んで学ぶ。
 二つめは受付コース。開拓者ギルドの職員として働きたいと思う人は、こちらのコースに入る。
 三つめは相棒コース。将来、開拓者のパートナーとして働くことを目指している人は、このコースを選ぶ。
 学生達は将来『開拓者ギルド』という会社に所属して、様々な依頼を受けることになる。しかし一人前になる為には、私立ギルド学院に通わなければならない。学院を卒業して、はじめて社員として認定を受けることができるのだ。
 そしてどのコースでも、学生達は二十歳で卒業となる。


 三月某日、今日は私立ギルド学院で卒業式が行われた。
 桜が舞い散る校庭で、卒業生達は在校生や先生方と喜びを分かち合っている。
「野衣センパーイ、京歌センパーイ!」
「お二人共、ご卒業おめでとうございます」
 この春、受付コースを卒業した野衣と京歌は、後輩の雛奈と鈴奈から祝いの花束を貰う。
「ありがとう、雛奈ちゃん、鈴奈ちゃん」
「鈴奈ちゃんは来年卒業で、雛奈ちゃんは再来年ね。職場で待っているわ」
 新人は最初、神楽の都にある開拓者ギルドに勤める為、四人が同じ所に集まれる日はそう遠くはない。
「えへへ。その時はご指導・ご鞭撻、よろしくお願いしますね」
「雛奈ちゃんはしっかりしているから、出世するわよ」
 野衣は笑顔で、雛奈の頭を優しく撫でる。
「京歌先輩、職場にはお兄さんの京司先輩がいるんですよね? 少しは気が楽じゃないですか?」
「ん〜、どうだろうね? 兄さんは大喜びだったけど」
 鈴奈の問いかけに、京歌は困り顔で肩を竦めた。
「野衣先輩、京歌先輩、ご卒業おめでとうございます」
 そこへリンとした美しい少女の声が聞こえてきたが、何故か四人は顔をしかめる。
 現れたのは開拓者コースの制服に身を包む、女子生徒だ。金色の蝶蝶の髪飾りと、深い紫色の瞳、黒く長い髪が目立つ。
「あや……。貴女も卒業式に参加していたの?」
 野衣が声をかけると、『あや』はにっこり微笑む。
「一応、在校生ですので。それにしても私の顔を見るたびにそんなイヤ〜そうな表情を浮かべるの、止めてくれませんか?」
 と言われても、四人自身も不思議なのだが、あやの顔を見ると何とも言えない気分にさせられるのだ。
「ヤレヤレ、嫌われたものですね。……おっと、いけない。美島先生に提出しなければならない物があるんでした。では私はこれで」


 そしてあやは校舎に入り、受付コースの職員室を訪れた。
「失礼します。美島先生、いらっしゃいますか?」
「ああ、美島先生な。もうすぐ戻ると思うから、ちょっと廊下で待ってるか」
 そう言ってあやの背中を押したのは、職員の芳野だ。
 廊下に出ると、開拓者ギルドで受付職員として働いている京司と利高がこちらに向かって歩いて来る。
「妹の卒業式って、結構感動するな。利高は幼馴染が卒業した姿を見て、どう思った?」
「やっぱり感動するよ。後輩もいたし……って、うわっ!? あやっ!」
 だが二人はあやの姿を見ると、驚いて立ち止まった。
「京司先輩と利高先輩まで……。私はお二人の在学中に、何かしましたか?」
「いや、何かされたわけではないが……」
「何だかとっても複雑な気持ちにさせられるんだよ!」
 二人はあやから距離を取り、決して近付こうとはしない。
「あと三年で私も卒業して、開拓者ギルドに勤めるんですよ? 顔を合わせることだってあるでしょうし、今からそんな態度を取られると困るんですけど」
「「俺(オレ)らはもっと困る」」
 二人の声が綺麗にそろったところで、美島がようやく戻って来た。
「おや、みなさんおそろいで。どうしました?」
「美島先生、提出物をお届けに参りました。しかしみなさまがイヤ〜な顔をしますので、早々に帰ることにします」
 あやは美島に茶封筒を渡すと、ペコッと頭を下げて背を向ける。
 その背中を見送りながら、芳野と美島は困り笑みを浮かべた。
「……本人かどうかは分からんが」
「あいも変わらず厄介なお方ですね」


 あやが学院を出ると、筋肉質な体付きと端正な顔立ちをしている青年と、妖艶な若い美女が待ち構えていた。
 しかし二人を見ると、あやは呆れたように深いため息を吐く。
「おぬし達、いつまで送り迎えをするつもりじゃ? 一応我は十七歳なのじゃぞ?」
 二人の前で、あやの口調は変わった。
 だが二人は心配そうに、歩くあやの後ろに続く。
「しかしあやし……いや、あやのことが心配でな」
「学校に通いたいのならば、何もここでなくてもよろしいのではないですか?」
「よいではないか。我はしっかりと入学テストを受けて、合格したのじゃぞ? 成績も優秀なのじゃが……、何人かは気付いておるようじゃな」
 あやの頭の中に、先程会った人々の顔が浮かぶ。
「ふふっ。このまま学院を卒業して、開拓者として働くのも楽しそうじゃのぉ」
「何をバカなことをっ!」
「おかしなことを思いつくのは、お止めください!」
 二人が血相を変えても、あやは楽しそうに笑うだけ。
「現代ではアヤカシによる事件は少ない。開拓者とは、『何でも屋』のようなものじゃ。退屈せずに、済みそうじゃのぉ。楽しみじゃ♪」
 本気で楽しそうに、あやは鼻歌を歌いながらスキップをする。


 ――さて、現代では『あなた』と相棒は、何をしているでしょうか?


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟


■リプレイ本文

○開拓者ギルド社員の兄と妹
 リューリャ・ドラッケン(ia8037)の朝は早い。共に暮らしている妹や恋人に起こされるからである。そして仕事が忙しい日々を送っている為、家にいる時はできるだけ一緒に食事をするルールがあった。
 今日は開拓者ギルドの仕事が朝から入っているので、妹の鶴祇と共に食後はそのまま私立ギルド学院へ向かう。
 行くように指定された校庭には十人ほどの学生が集まっており、どこかソワソワしている。
 そして学生達と話をしていた教師兼受付職員の芳野と京司は、二人の姿を見ると手を振って挨拶をしてきた。
「おはよう、リューリャ殿に鶴祇殿。今日はよろしく頼む」
「ああ、芳野さん。頑張らせてもらう」
「早速で悪いんだけど、説明をはじめてもいいかな?」
「お願いするよ、京司さん」
「今日は春休みに行われる実地研修なんだ。集まっているのは主に開拓者コースの学生達、つまりリューリャさんの後輩だ。今日の仕事は『桜祭り会場の警備員』。毎年のように困った人達が出てくるから、その対処方法を学んでもらう」
「確かにその手の依頼がくると、春だなぁと思うな」
 桜祭り会場の警備員は何度もやったことがあるが、それでも引率側としては今回がはじめてだ。
「それでもう桜祭りがはじまる時間になるから、移動しよう。リューリャさん達は学生達に何かあった時、間に入ってもらいたいんだ。桜祭り開催実行委員の人達と見回りをするけれど、万が一ってことがあるから」
「了解した、京司さん。では鶴祇、頑張ろうか」


 開拓者ギルドの社員腕章をつけたリューリャと鶴祇は、芳野と京司、学生達と桜祭り会場を目指して歩いた。
 到着した会場はすでに大勢の人達が集まっており、実行委員の人達を含めて数人の班になって、分かれて見回りをする。
 鶴祇とは別の班になったリューリャは、芳野と共に学生達の後ろを歩きつつ桜を眺めた。
「何事も起こらなければ一番いいが……。残念ながら、そうもいかないのがこの依頼なんだよな」
「まあな。……ところでリューリャ殿、相変わらず夢を見るのか?」
「『夢』? ……ああ、『何だか昔の時代に生きていたような夢を見る』と、芳野さんには言っていたな」
 歴史の教科書で見るような江戸時代に自分や鶴祇、そして恋人と共に暮らしていた夢を、リューリャは学生の頃からたびたび見ている。
 鶴祇にもそのことを話したことがあったが、彼女は遠い目をしながら、自分も似たような夢を見るのだと言っていた。そしてもしかしたら前世であったことなのかもしれないと、淡々と語る。けれど『そんな過去のことより、今これからの方が大事』とも言っており、大して気にしていないようだから、リューリャも気にしていないのだ。
「その夢を見ることで、悩まされることはないか?」
「大丈夫だ。それよりいろんな仕事をしていることが、最近の悩みかな。まあ戦いという物騒な依頼より、交渉や仲裁といった依頼が多いことは平和の証なんだろうけど」
「まあな。しかしリューリャ殿の場合、自ら首を突っ込んでいるのではないか?」
「う〜ん。まあ困った人がいれば、助けてやりたいと思うのは当然のことだろう。……けれど何でも屋のように、よく呼ばれるのは嬉しい悲鳴をあげるよ。休みはほぼゼロだし、睡眠不足が最大の悩みだな」
「ははっ、忙しいのはいいこった。何せリューリャ殿には養う者がいるのだからな」
 かつて教師と教え子という関係だったが、話がしやすい芳野とリューリャは何かと会うことが多く、今では敬語を使わずに私生活のことまで話すようになっている。
「確かに一緒に暮らしている人達にプレゼントを買ってやったり、普通に暮らす分には稼いでいるが……。正直、たまには平穏な休みがほしいのが本音だな」
 リューリャが苦く笑いながら言った時だった。同じ班の学生達が騒ぎを見つけて、芳野とリューリャに報告してきたのだ。
 騒ぎが起きている所を見ると、酔っ払い達がケンカをしている。しかもリューリャとかわらぬ年頃の若い女性同士で、間に学生が割って入っていた。だが女性の一人が片手を振り上げて、学生を叩こうとする。
「おっと、いけない」
 リューリャはスキルのフォルセティ・オフコルトを使い、学生の代わりに女性のビンタを頬に受けた。
「イタタ……。ヤレヤレ、人が多い場でケンカをするのは見苦しいぞ」
 端正な顔立ちのリューリャが二人の女性の間に入ったことにより、ケンカは一瞬にして終わる。


 兄のリューリャの腫れた頬を見て、合流した鶴祇は慌ててハンカチを水に濡らす為に走り出す。
 リューリャは芳野と事務所に入り、椅子に座ってため息を吐く。
「はあ……。毎年のこととはいえ、勘弁してほしいな」
「しかし鶴祇殿のリューリャ殿への愛情が見られるから、良いことでもあるんじゃないか?」
「鶴祇、か……」
 からかい気味に言った芳野に対し、リューリャはふと真剣な面持ちになる。
「……鶴祇は少し警戒心の強い娘だが、歌は上手いし、自分の美貌のこともよく理解しているから、仕事では活躍してくれる。しかしたまに思わずにはいられない。開拓者の相棒なんてやらせず、他の道を歩ませるべきだったのではないか?――と。確かに鶴祇には開拓者の相棒としての才能はあるが、この道にしか進めないというわけじゃないからな」
「何を弱気なことを言っているんだ。夢にまで今の自分達の関係が現れているのならば、今の関係はきっと絶対的な運命だったんだろう。本人が何か言い出すまで、お前さんは黙ってこき使われているといいんだよ」
「……それもそうだな。まっ、それなりに鶴祇や仲間達と共に、仕事を頑張りますかね」
 リューリャは諦めたように肩を竦めながらも、落ち着いた心になった。


○不真面目な学生と真面目な学生
 春休みだというのに補習をする為に呼び出された御陰桜(ib0271)は終わった後、楽しげに廊下でスキップをしている。
「春休みでも相棒コースの学生達は何人か学院に来ているようだし、もふもふなコを探しに行きましょうっと♪」
「あれ? 桜ちゃん、何で学院に来ているの?」
「さては補習ですね? 桜センパイ」
 向かいから歩いて来た鈴奈と雛奈から呼び止められて、桜はスキップを止めた。
「そう言うお二人は受付職員コースの学生なのに、何で開拓者コースの校舎にいるの?」
「春休みに行われる受付職員の実地研修のことに関して、開拓者コースの先生に用事があったのよ」
「少しでも経験を積んでおこうと思ったんですよ」
「真面目ねぇ。あたしなんか登校中にもっふもふの動物を見るとつい愛でちゃって、そのせいで遅刻常習犯よ。そしてご想像通り、補習に呼び出されたワケ」
 二人の顔が『しょうもない……』と語っていたが、ふと鈴奈は少し心配げに桜の顔を真っ直ぐに見つめる。
「でも桜ちゃん、後一年で卒業なのに、自分の相棒をまだ決めていないんだってね」
「えっ!? 普通ならもう決めちゃっている時期じゃないですか! 開拓者と相棒はパートナーを決めないと、卒業できないんですよ?」
 私立ギルド学院には特殊な卒業条件があり、その一つが『開拓者と相棒はパートナーを決めないといけない』だ。
 桜のように後一年で卒業となる生徒は、すでに相棒が決まっている者が多い。まだな学生は慌ててパートナーを決めようとしているのだが、桜は全く慌てていない。
「分かってはいるんだけどねぇ。ステキなもふもふなコが、相棒コースにたくさんいるから迷っちゃって……って、アラ? 校庭を走っている闘鬼犬のコが、開拓者コースの男子生徒に追いかけられているわ」
 何気なしに視線を移動した時に窓越しにその光景を見た桜は、真剣な表情になる。
「これは放っておけないわね。悪いけどお二人さん、またね」
 桜は二人に軽く手を振ると、急いで校庭へ向かう。そして後ろからある程度男子生徒に近付くと、サクラ形手裏剣を取り出してスキルの影縫を使用しながら、男子生徒の走る先を遮るように地面に手裏剣を刺す。
「そこのおにーさん、女の子を追い掛け回すのは趣味が悪いわよ」
 突然足元に手裏剣が刺さったことにより、男子生徒は慌てて止まって後ろに身を引く。しかし男子生徒は負けじと手裏剣を取り出して、桜に向けて放つ。
 だが慌てることなく桜は魔刀・E・桜ver.を握り締めると、スキルの須臾にて手裏剣を全て落とす。
「同じシノビクラスということに免じてここまでにしといてあげるから、さっさと消えなさい」
 桜に妖艶な笑みを向けられながらも、ゾッとするような冷たい言葉を浴びせられて、男子生徒は悔しそうに校門へ走って行った。
「あの、助けてくださってありがとうございます。闘鬼犬クラスの桃と言います」
 闘鬼犬の姿から人間の少女の姿になった女子生徒は、ほっとしながら桜に頭を下げる。
「あの人、来年卒業なのにまだパートナーが決まっていないようで、以前から何度も誘われていたんです。何度お断りしてもしつこくつきまとってきて……正直、困っていたところでした」
 どこかで聞いたことがある事情に、桜は自分の笑みが引きつるのを感じた。
「まっまあアナタ可愛いし、闘鬼犬になれるぐらい優秀だから、開拓者の男は放っておかないわよ。でも断り続けていたなら、まだパートナーは決まっていないの?」
「ええ、まあ……」
 そこで桜の眼がキラッ☆と輝く。
「ねぇ、桃ちゃん。あたしはアナタのことを助けたんだし、お礼をしてもらってもいいかしら?」
「あっ、はい。できることなら何でも……」
「それじゃあお花見に行かない? 良い場所、見つけたのよね」


 そして桜は桃を連れて、とある小さな山へ来た。
「自己紹介がまだだったわね。開拓者コースのシノビクラスに通っている御陰桜よ。よろしくね♪ この山には、あたし達の名前と同じ木の花が咲いているのよ。何か良いと思わない?」
 桜は満面の笑みで話しかけるも、桃は微妙な顔をしながら後ろに一歩下がる。
「あなたがあの御陰桜先輩でしたか……。もふもふした動物の愛で方が派手だと、お噂はかねがね……」
「先輩って言うことは、桃ちゃんは年下? ちなみにあたしは十九歳だけど」
「十六歳になります。あの、ちなみに先輩もまだパートナーが決まっていないこともお聞きしています」
「全部本当のことだけど、あまりいい噂じゃないわね」
「あははっ……。でもここ、綺麗な場所ですね。桜と桃の花を同時に見られるなんて、結構珍しいですし」
「でしょう? あなたの名前を聞いた時から、連れて来たかったのよ」
 桃が喜ぶ姿を見て、嬉しそうな桜の表情は裏がなさそうに見えた。
 桃は桜とこうして話をする前に、彼女のいろんな噂を聞いていた。いろいろと派手で目立つ人なので、良くも悪くも、嘘か真か分からない噂が飛び交っている。だがこうして一緒にいると、少し押しが強く積極的ではあるが、困った人を放っておかない優しい人なのだと思う。
 桃は少しの間考えた後、意を決したように顔を上げる。
「あのっ! 桜先輩はもふもふした生き物が、お好きなんですよね。お礼といってはなんですが、どうぞ!」
 言いながらも桃は突然、闘鬼犬の姿になった。
「うっ!? ……実は校庭にいた時から我慢していたけれど、あなたの方からしてくれたのならば……据え膳、食わぬは開拓者の恥よね!」
『いえ、そこは「男の恥」……って、きゃあああっ!』
 ――そして桃はすぐに、自分の行動の軽率さを実感するのであった。


○ジュニアアイドル二人組・リィム&リンス
 リィムナ・ピサレット(ib5201)とリンスガルト・ギーベリ(ib5184)の楽屋に、私服姿の野衣と京歌が訪れる。
「卒業旅行先でまさか、あなた達のコンサートが行われているとは思わなかったわ」
「開拓者見習いとアイドルの二足の草鞋は大変そうね」
「まあね。春休みはコンサートで予定がいっぱいだよ」
「リィムナも妾もまだ初等部三年だというのに、少し働き過ぎではあるかのぉ」
 疲れ気味だと言う二人は、付き人の相棒達をそれぞれ連れて来ている。
 リィムナは桃色の髪に猫耳をつけてメイド服を着た十五歳のヴェローチェを、リンスガルトは同じ歳で白いワンピースを着たカチューシャに、それぞれ肩を揉んでもらっていた。
 京歌は震える指先をヴェローチェに向けながら、リィムナに尋ねる。
「……ちなみにヴェローチェのあの格好は、あなた達の付き人をしているからなの?」
「ううん。ヴェロの個人的な趣味だよ!」
「えへへ♪ 猫耳メイドは強くて可愛くて最高にゃん♪ リィムにゃんの付き人をするのに、相応しい格好にゃん!」
 リィムナとヴェローチェの満面に輝く笑顔の返答に、京歌は思わず眼をそらす。
 京歌の隣に立つ野衣が、慌てて話題を変える為にリンスガルトとカチューシャに話しかけた。
「あっあなた達の相棒は楽器演奏担当なのよね! 相棒と一緒なら、どこへ行っても心強くて良いわね!」
「はい♪ 私はアルガーン・スターリを使って、演奏をします。お姉ちゃまの可愛らしいお姿をずっと見られて、幸せです!」
 カチューシャの幸せいっぱいの言葉と笑みに、リンスガルトは照れを隠すように顔をそらした。
「ふんっ! 妾の相棒ならば、どこへでもついてくるのは当たり前なのじゃ。ステージの上でも、しっかりと妾の側におるのじゃぞ!」
「はい、喜んで!」
 
 
「みんなーっ! 今日はあたし達、リィム&リンスのコンサートに来てくれてありがとー♪」
「妾達の歌を、しっかり聞いていくと良い!」
 可愛らしいフリルたっぷりの衣装に身を包んだ二人は、ローラースケートで会場のステージを走る。
 二階の特別席に招待された野衣と京歌は、一階にいる観客達を見て少し顔色を悪くした。
「観客が二十代から三十代の男性ばかりっ……! ジュニアアイドルと言ったら、普通は同年代の女の子の人気が高いはずなのに……」
「いや、それはジュニアモデルの方じゃない? アイドルって基本的には異性に人気があって、成り立つものだと思うけど。……それにまあ彼らが熱中する理由は、コンサートを見ていれば分かるわよ」
 野衣と京歌はしばらくの間、コンサートを見ることに集中する。
 リィムナとリンスガルトが歌う曲は、女の子っぽく可愛らしい恋愛ソングや、元気が出る応援ソングなど。仲睦まじくダンスを踊りながら、歌っている。歌もダンスも素晴らしいが、相棒達の楽器演奏も凄い。
 そして最後のアンコールの曲の終わりに二人は真正面から向かい合い、両手の指を絡ませながら握りしめて、お互いの頬にキスをした。
「大好きだよ、リンスちゃん♪」
「わっ妾もリィムナのこと、大好きじゃ……!」
 その瞬間、一斉に観客達から歓声が沸き上がり、会場の空気が激しく揺れる。
 そしてリィムナはリンスガルトをお姫様抱っこしながら、ステージの端から端まで走った後、最後に観客席に向かって手を振った。
「みんな、最後まで聞いてくれて、ありがとー!」
「また会いに来てくれなのじゃー!」
 こうしてコンサートは終了したが、野衣と京歌はなかなか動けずにいる。
「……なるほど。ファン層の理由が、よく理解できたわ」
「ジュニアアイドルとして人気なのは良いけれど、将来は開拓者とアイドル、どっちの道を選ぶのかしらね?」


「ふぅ……。リンスちゃんちって本当にお金持ちだよねぇ。至る所に別荘があるなんて、スゴイよ」
「ふふん♪ リィムナならいつでも使って良いからの。たまにはピサレット家で利用すると良い」
 二人はコンサート終了後、ギーベリ家の別荘のお風呂に入っていた。
 シェフに夕食を作らせて食べた後、それぞれの相棒達は仕事の打ち合わせがあるからと二人で部屋にこもってしまったので、お風呂に入ることにしたのだ。
「えへへっ♪ リンスちゃんと一緒にお風呂に入るのは楽しくて良いんだけど……、相変わらずシャンプーハットがないと髪が洗えないんだね」
「しょっしょうがないであろう? 妾の髪は長いのだから、洗うのも一苦労なのじゃ!」
 リィムナがいない時にはカチューシャに髪を洗ってもらっているので、シャンプーハットは使用しない。だが一人で洗うとなると、どうしても必要となるのだ。
 髪の毛を同時に洗い始めた二人だったが、リンスガルトよりも短いヘアスタイルのリィムナは先に洗い終えて、今はバスタブに入っている。
 ようやく洗い終えたリンスガルトも、リィムナと向かい合うようにバスタブに入った。
「はあ……、ようやく終わったのじゃ。長い髪は妾の自慢じゃが、手入れは大変じゃのぉ」
 ため息をついたリンスガルトは、ふと目の前にいるリィムナが少し考え込んでいることに気付く。
「どうしたのじゃ、リィムナ。何か思うところがあるのかの?」
「……うん。この春はアイドル活動が忙しくて、開拓者の実地研修に何一つ参加できなかったよね。それがちょっと気になってて……。相棒達もあたし達の側にいてくれるから、相棒コースのことも気になっちゃって」
 リィムナが真剣に悩んでいることを知り、リンスガルトも腕を組んで真面目に考える。
「う〜む。流石に一回も参加していないというのは、確かに気がかりじゃのぉ。まあ『実地研修の参加は自由』と先生方は言っておったが、それでも春休みに学院に通っておる生徒は多いと聞く。……次の長期休暇は夏休みになるが、少しアイドルの仕事を抑えて実地研修に参加してみるかの」
「ファンの人達には悪いけど、あたし達がそうしなきゃ相棒達も動かないだろうしね。……ゴメンね、リンスちゃん」
「何を謝ることがある。クラスは別でも、通う学院は同じじゃ。実地研修はクラス合同で行うこともあると聞くし、それに参加すれば良いだけのことじゃ」
 リンスガルトは何の問題も無いというように、余裕で頷いて見せた。二人が遠く、離れ離れになる日々が続くのではないならば、簡単なことだと言うように。
「さて、そろそろ体があったまってきたことだし、体を洗うとするかのぉ。リィムナと妾は体型が同じであるし、今度は同じタイミングで洗い終えるぞ!」
「ふふっ、そうだね」
 二人はのぼせる前にバスタブから出て、ボディーソープをつけたスポンジで体を洗い始める。
「このボディーソープ、良い香りだねぇ」
「そうであろう? 桜の香りがする物を、わざわざ取り寄せたのじゃ」
 泡もうっすら桜色で、身も心もリラックスできた。
 しかし気を緩めているリンスガルトを見て、リィムナは獲物を見つけた猟師の目つきになる。
「リンスちゃん、体、洗ってあげる♪」
「ひゃうっ!? くっくすぐったいのじゃ! ……くぅ、やられっぱなしは性に合わん! それっ、お返しじゃ!」
「キャハハハッ! くすぐったいよ〜!」
 ――と浴室ではしゃぎすぎた為に、脱衣所では疲れてグッタリしてしまい、様子を見に来たヴェローチェとカチューシャに着替えを手伝ってもらう。
「せっかく気を利かして二人っきりにしてあげたのに、ムードの欠片も無いにゃ!」
「小学生にムードを求めても、ねぇ。まっ、今のお二人にはこういうのが合っているんじゃない?」
 ヴェローチェはリィムナを、カチューシャはリンスガルトをベッドに寝かせながら、大きなため息を吐いた。
 しかしベッドに寝かせられた瞬間、眼を閉じたままだというのにリィムナとリンスガルトはお互い寄り添って眠る。
 その様子を間近で見ていた相棒二人は、(とりあえずこのままでいっか)と同時に心の中で思い、電気を消してそっと部屋を出た。


 翌朝、洗濯室から布団を持ったヴェローチェは、裏庭の物干し台に干す。
「今日は良い天気になりそうで良かったにゃん。これなら寝る前には乾いているにゃん」
 続いて洗濯室から出て来たカチューシャは、昨夜リィムナとリンスガルトが着ていたパジャマを布団の隣に干しながら、遠い目をして呟いた。
「……リィムナ殿は相変わらず、おねしょの癖がなおっていないのね」
「ううっ……! ごめんなさい」
「ヤレヤレ。リィムナと一緒に眠れるのは嬉しいのじゃが、隣でおねしょをされるとこちらまで被害を受けるから困ったのぉ」
 リィムナとリンスガルトは私服に着替えており、その理由はリィムナのおねしょ癖にある。
「これじゃから、ホテルや旅館になかなか泊まれぬのじゃ。妾の家ならば何とか黙っておられるが、いつ外に情報がもれるのではないかと心配でならぬ。と言うことで、ヴェローチェ。妾と二人で、リィムナに仕置きをしようぞ!」
「了解にゃっ!」
 リンスガルトの一言で、ヴェローチェは獲物を狙う獣の顔付きになった。
 そして身の危険を察したリィムナは、慌てて逃げ出す。
「うわぁあんっ! ごめんなさーい!」
「許さぬ、待て! リィムナ!」
「リィムにゃん、待つにゃん! お尻ペンペンするにゃ!」
「……はあ」
 恋人と相棒に追いかけられているリィムナを見て、カチューシャはいつもの光景だと思いつつため息を吐いた。


○時を越えた愛
 笹倉靖(ib6125)と相棒で轟龍に変身することができる赤紅は、私立ギルド学院に通う女子生徒である。
 前世と違うところは、靖は男性から女性へと性別が変わり、容姿も女性らしくなった。
 赤紅は人の姿になれる相棒として生まれ変わったものの、主への愛は前世のままである。
「靖、見つけましたわ!」
「げっ! ……何でここが分かったんだ? 赤紅」
 よく晴れた春休みのある日、靖はこっそり赤紅に黙って桜祭り会場に一人で訪れた……はずだったが、待ち合わせの場所にいたところ、来たのは目的の人物ではなく赤紅であった。
「ふふんっ♪ こっそり靖が家を出る姿を見つけましてね。それからずっと後をつけていたんですの」
 私立ギルド学院の校則で、『開拓者と相棒がパートナーになった場合、同じ家に住まないといけない』というものがある。
 そのせいで、靖はなかなか赤紅の束縛から抜け出せないのだ。
「……前世から思っていたけど、その愛、結構重い」
「んまーっ! 昔も今も、靖に相応しい相棒はわたくしの他にいないというのにっ!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、赤紅は靖にくっつく。
「ところで靖、まさかと思いますが、これから会う相手はあのヘラヘラ野郎ではありませんわよね?」
 急に赤紅の眼付きが鋭くなり、声のトーンも低くなる。
 靖はさっと顔をそらして、頭をフル回転させながら言い訳を考えた。
「えぇっとだな……」
「あの男だけはいけませんわ! 時を越えて再び靖と再会できたのに、前世の記憶を全てなくしているんですよ!」
「……赤紅、声が大きい。あんまり人前で『前世』という言葉は出すなよ」
 先程から赤紅が騒ぐせいで、周囲の視線が集まりつつある。
「おやぁ、赤紅。キミも一緒に来たのかい?」
 そこへ靖の待ち人であり、赤紅の恋敵でもあるケイウス=アルカーム(ib7387)がやって来た。
 靖は申し訳なさそうに項垂れる。
「すまない。後をつけられた」
「おやおや」
 ケイウスが困り顔で笑った時、人ごみの中からよく知った声が聞こえてきた。
「ケイ! 財布を忘れているぞ!」
 ケイウスの相棒で、嵐龍のヴァーユだ。この四人の中では一番の歳上でしっかりしており、ケイウスの相棒なので一緒に暮らしていた。
 ヴァーユはケイウスに財布を手渡すと、靖の他に赤紅がいることに目を丸くする。
「お前、今も昔も変わらず、靖のストーカーをしているのか」
「あなたは今も昔も変わらず、余計な一言が多いわね。いろんな意味で天然な主を持つと、そうなるのかしら?」
 ヴァーユと赤紅の間に、軽く火花が散った。
 その間にケイウスが割って入り、優しい微笑みを浮かべて見せる。
「まあまあ。せっかく四人そろったんだし、みんなでお花見をしようよ。ねっ?」
「わたくしは靖と二人っきりがいいですわ。……と言いますか、アナタのことが大嫌いなんですの! お花見を理由に靖をデートに誘うなんて、見え見えでイヤラシイですわ!」
「ええっ?! そんなぁ……」
 情けない顔をするケイウスに、赤紅は更に攻撃的に口撃をした。
 そんな赤紅からそっと離れた靖は、すでに離れて避難しているヴァーユの所へ行く。
「おい、ヴァーユ。先輩なんだから、何とかしろよ」
「オレに言うか? 赤紅はお前の相棒だろう。……まっ、もう少ししたら止めてやる」
「いや、今すぐ止めろ」
「ギルド学院の生徒が、公共の場で騒いだらダメですよ」
 聞き覚えがある二人の男性の声に驚いて、靖とヴァーユは慌てて振り返る。
 いつの間にか背後に、私立ギルド学院の受付職員コースの教師であり、開拓者ギルド会社の受付職員として働いている利高と美島が立っていた。
「あれ? 二人はどうしてここに?」
「毎年、開拓者ギルドではここの警備を担当しているんだ。お前達だって前に春休みに実地研修として、やっただろう?」
 靖と利高の会話を聞いて、ヴァーユは思い出したように手をポンっと叩く。
「ああ、そうだった。開拓者や相棒としては、初心者レベルの依頼だったな」
「今日の私と利高くんは、開拓者達の働きぶりを見るのが仕事なんです。しかしギルド学院の生徒が、問題の対象になってはいけませんよ?」
 利高が怒った顔よりも、美島の満面の笑みの方が数倍恐ろしい。
 靖とヴァーユは背筋をピンっと伸ばすとクルッと振り返り、慌ててパートナーの元へ駆け寄り、利高と美島が来ていることを言う。
 騒いでいたケイウスと赤紅は、怒りのオーラを身にまとっている二人の教師の姿を見ると、すぐに冷静を取り戻す。
 そして四人は利高と美島に詫びて、騒がないことを約束した。


「お花見といえば、やっぱり団子だよね。俺、買ってくるからこの休憩場で待ってて」
 ケイウスは屋台で花見団子が売られているのを見て、買いに走る。
「それではわたくしは、お茶を買ってまいりますわね」
 続いて負けじと、赤紅も買い物に行ってしまう。
 二人が買い物に行ってしまうと、靖は居心地の悪さを感じてヴァーユを見上げた。
「俺らも何か買った方がいいよな? 流石に二人だけに買い物をさせるのは、悪い気がしてくる」
「じゃあ近くの屋台で、何か買おう」
 靖とヴァーユは近くの屋台で、次々と食べ物を買っていく。休憩場のテーブルいっぱいに食べ物が並んだところで、買い物は終了となった。
 しかし靖は憂いの表情を浮かべながら、イスに座る。
「……なぁ、ヴァーユ。ケイが前世の記憶を取り戻すことは、今後あると思うか?」
「さあな。だが記憶がなくてもケイはオレを相棒に選んでくれたし、お前のことも気に入っている。魂がオレ達のことを覚えているなら、記憶なんざなくても良いと思えるんだ」
 穏やかな顔で語るヴァーユだが、それでも少しは寂しく思う時があるだろう。
 何故だか分からないが、ケイウスだけ前世の記憶が失われたままだった。
 そのことを靖とヴァーユは少し苦しく思いながらも受け止めているが、赤紅は憤怒している。
「しかし赤紅は気に食わないようだな。自分は人間になることができるようになっても、よりにもよって靖と同じ性別で生まれてしまった。女同士の恋愛なんて、結構ハードル高いもんな」
「それは俺に言われても……」
「まあな。一方でケイは記憶を取り戻していないながらも、お前に一目惚れをした。同じ歳で同じ開拓者コース、クラスは違えど行動を共にすることは、相棒コースの赤紅よりは多いだろう。恋愛も結婚も、異性の方が簡単で楽だもんなぁ」
「……あいつらの頭の中は、年がら年中春だな。何が悲しくてこんな三角関係を……」
「おや? 『三角関係』と言うことは、ケイのこと、まんざらでもないのか?」
「んなっ!?」
 不意打ちのようなヴァーユの問いかけに、思わず靖は赤面して言葉につまる。
「お待たせ〜。いろんな種類のお団子がいっぱい売ってたから、たくさん買っちゃったよ」
「わたくしもお待たせしました! お茶のペットボトルを売っている所が、なかなか見つからなくて……」
 そこへケイウスと赤紅が戻って来たので、二人は会話を中断した。


 その後はそれぞれ買ってきた物を食べて飲んで、ゆっくりした時間を過ごす。
 腹ごなしに屋台を見ながらブラブラと歩いていると、ふとヴァーユが一軒の出店を指さした。
「おっ、赤紅。桜グッズが賞品の射的があるぞ。靖、欲しい物があるんじゃないか?」
 ヴァーユに意味ありげな視線を向けられて、靖は戸惑いながらも頷く。
「あっああ、結構可愛い物があるな」
「そうなんですの? 桜グッズが欲しいなんて、靖も可愛いところがありますのね。良いですわ! わたくしが靖の為に、賞品を獲得してきます!」
「んじゃ、オレと赤紅は射的をするから。お前らは、近くにあるあの丘にでも行ってろ」
「ヴァーユ、ほどほどにね?」
「赤紅、頑張れよ」
 こうしてヴァーユの粋な計らいのおかげで、ケイウスと靖はようやく二人っきりになれた。
 花見会場になっている公園には奥の方に桜の木がある丘があり、屋台がない為に人気が少ない。
「自然の中で見る桜も、綺麗なものだね」
「ああ、そうだな」
 ケイウスは桜を見上げる靖を見て、一瞬、その姿が『誰か』の姿とかぶった。
「えっ……?」
 しかしそれはほんの瞬きの間のことで、すぐに『今』の靖の姿となる。
「ねぇ、靖。あのさ、俺と学院で出会う前……そう、ずっと昔に会ったことない?」
 急に不安な様子で尋ねてきたケイウスに、靖は少し寂しそうに微笑む。
「……何だよ、突然。アレか? よく恋愛物である『ボクとあなたは昔から、結ばれる縁だったのです』ってヤツか? 今時流行んねーよ、そんな口説き文句」
「口説き文句って、そういうつもりじゃあ……いや、靖が良ければ、そう思ってくれても良い」
 不意に真剣な表情になったケイウスは、逃さないように真っ直ぐに靖の目を見つめながら、両手を強く握り締める。
「ケイ……」
「靖……」
 見つめ合う二人の顔が徐々に近付き、あと数センチで唇が重なる……というところで。
「ぎやあああっ! 何していますの、このヘタレスケベっ!」
 赤紅の悲鳴が響いて、二人は慌てて離れた。
「ちょっと目をはなした隙に、油断大敵な男ですわねっ!」
 賞品を両手いっぱいに抱えながら、赤紅はケイウスに詰め寄る。
「まあまあ。春だし、ケイだって男なんだし、な?」
 二人の間にヴァーユが入り、また騒がしくなった。
 靖は熱くなる頬を両手で包みながらも、先程のケイウスの問いかけを思い出す。
「……確かに前世は大事だ。それでも俺は、今のお前達とこうして過ごす日々が最高に幸せなんだよ」
 はにかんだ笑みを浮かべながら、靖は大切な仲間達の所へ行った。