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■オープニング本文 その日の陰殻王国の天気は晴れだった。 しかし前日まで大雪が降っており、国は白一色に染まってしまっている。 「はあ……、今日が晴れて良かった。じゃなきゃ山小屋に薪を取りに来れなかったもんな」 「ああ。でも流石に雪山は歩きにくい」 雪が積もった山を、二人の男性が歩いていた。二人は山小屋から持ってきた薪を背負っており、今は麓にある村に帰る途中だ。 ところがふと、二人は何かの気配を感じて振り返る。 「こんな所に、雪ダルマがいっぱいあるな……」 「おい、何かおかしくないか? こんな山奥にまで来て、雪ダルマを作るヤツなんていないだろう?」 二人はたくさんある雪ダルマを見て、顔をしかめた。 一メートルほどの大きさの雪ダルマは、木の棒で両目や口、両手がある。どこにでもあるような雪ダルマなのだが、異様な空気を持っているように見えるのだ。 するといきなり雪ダルマは動き出した! 一体の雪ダルマが両手を地面の雪の中に突っ込むと、巨大な雪玉を作ったのだ。そしてそれを、一人の男性に向かって投げる。 「ごふっ?!」 巨大な雪玉は男性の胴体にぶつかると、その部分をすっぽり包んでしまう。すると男性の顔色が、見る見るうちに悪くなっていく。 「……何か気が……遠く、なる……」 「おいっ、しっかりしろ!」 無事だった男性が駆け寄ろうとしたが、胴体が雪玉になった男性はそのまま倒れた途端、ゴロゴロゴロっと雪の地面を転がりだした! 「うわあああっ! 助けてくれぇ〜!」 「まっ待て!」 山の緩やかな斜面にいたせいで、転がり方が異様に早い。 だが視界が白いモヤがかかったように見えづらいと思った瞬間、転がっていた男性の姿が急に消えた。 「おっおい! どこへ行った!」 モヤをかき分けながら進むと、急に片足が宙を踏んだものだから、慌てて後ろに下がる。 「あっ危なかった……。ここ、急に崖になっていたのか。ん? あそこで浮いているのは……」 視線を崖の下に向けると、湯気が立つあたたかな湯の中でぷか〜っと浮いている男性の姿があった。 「ぷはっ!? ああ、死ぬかと思った! でも崖の下が温泉になっていたおかげで、胴体にくっついていた雪が溶けて、正気に戻れた」 崖から温泉まで三メートルしかなく、落ちたおかげで男性は雪から解放されたらしい。 「助かった! おいっ、お前もここまで下りてこい! 逃げるぞ! アレは多分、アヤカシだっ!」 「そっそうだな」 恐る恐る温泉に飛び込んだ後、二人はそのまま村へ向かって走った。 ――アヤカシは追い掛けてこなかった。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
八甲田・獅緒(ib9764)
10歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●雪原の戦い 六人の開拓者と相棒達は、報告があった雪山を訪れた。 上級の人妖・初雪を連れた葛切カズラ(ia0725)は白い息を吐きながら、温泉の湯気を見てうっとりする。 「山奥にある温泉と雪ダルマって、なかなか風情があって良いわよね。アヤカシが出なきゃ、もっと最高なんだけど」 カズラの口調は明るいものの、紫の両目は雪ダルマのアヤカシを睨み付けていた。 「とっととアヤカシを倒して、ハッちゃん達と温泉を楽しみたいわね。うふふ♪」 『……そのエッチィことを考える頭、雪で冷やしたら?』 そう言いながら、初雪は風斬爪をつけた手を振るい、アヤカシの頭を狙って攻撃する。 「私の温泉への情熱は、雪なんかじゃ消せないわよ!」 すぐさまカズラも斬撃符を放ち、残ったアヤカシの胴体を切り裂く。 するとアヤカシ雪ダルマは黒い瘴気を放ちながら、ドロドロに溶けた。 「うん、やっぱり瞬殺が一番ね」 『カズラ! 気を抜かないで!』 一息ついたカズラに向かって雪玉が複数飛んできたのを、初雪が風斬爪を使って全て落とす。 「アラ、いやだ。私としたことが、温泉に心を奪われ過ぎたわね」 新たに現れたアヤカシと向かい合いながら、カズラは血茨の鞭を手に持ち、振るった。 その直後に初雪も風斬爪を振るい、二人の攻撃はアヤカシの頭と胴体に当たって倒すことに成功する。 二人は複数のアヤカシが現れても、ほぼ同時に攻撃をして倒していく。繰り返していくうちに、カズラの顔に笑みが浮かぶ。 『何笑っているの? カズラ』 「だってぇ、ハッちゃんとは何も言わなくても、同じ敵に同じタイミングで攻撃しちゃうんだもん。心が通じ合っていることが、しみじみ分かったわ」 あまりにカズラが嬉しそうに言うものだから、初雪の顔が真っ赤に染まる。 『んなっ!? ぼっ僕は別に、温泉が楽しみなわけじゃないからね! ちゃんとアヤカシを倒したくて……』 「はいはい。お話は温泉の中で、ゆっくりしましょうね」 『だから違うってー!』 「カズラ殿と初雪殿、仲が良くて良いですね。愛とは本当に素晴らしいものです」 二人の様子を見ながらも、エルディン・バウアー(ib0066)は錫杖・ゴールデングローリーを両手に持ち、アイアンウォールを自分の目の前に二枚作り出す。 「アヤカシの雪玉はコレで防げますね。それに鉄でできている壁なので、火の熱は通りやすいはずです」 そう言って、持ってきた松明をアイアンウォールにかけて暖める。 不意にエルディンの耳に、バサバサと翼のはためく音が聞こえてきた。 「ケルブ、アヤカシを誘導してくれましたか」 空を飛ぶ真っ白な上級の迅鷹のケルブの後ろには、二体のアヤカシ雪ダルマが飛び跳ねながらついてくる。 「……ああやって移動するんですか。雪ダルマらしいですね」 エルディンが手を振ると、ケルブはアイアンウォールの後ろに降りた。 そのすぐ後に、アイアンウォールにパンパンッと雪玉がぶつかる音が続く。 「おやおや。壁を作ったかいがありましたね」 エルディンはアイアンウォールの横から、視線だけをアヤカシに向ける。 そしてアヤカシがギリギリまで壁に近付いたところで、ファイヤーボールを二発、放った。 アヤカシの体からじゅわっ……と蒸発する音と共に、瘴気が出てきて空中で霧散する。 「やはり水には火が有効ですね。もう一体は近付き過ぎましたか……。ケルブ、お願いします」 ケルブは神父と目も合わせず、黙って飛び上がった。そしてアヤカシに向かって、スキルのクロウを使って頭を攻撃する。 「頼れる相棒です。私も頑張りましょう」 エルディンは錫杖を握り締め、ファイヤーボールを残った胴体に向けて放った。 「命中して、良かったです。私とケルブの前に敵は無し、ですね」 嬉しそうに声をかけてくるエルディンを見て、ケルブは照れ隠しか、ぷいと横を向いて短く鳴いた。 「あぁんっ! 桃の体、あったかいわぁ。うふっ、連れてきて良かった」 御陰桜(ib0271)は闘鬼犬の桃に抱き着き、喜んでいる。 『桜様っ! 敵陣の中で、私で暖を取らないでください! 私は修練の成果をお見せする為に、この戦いに参加したのですから!』 普段は人間の言葉を話さないようにしている桃だが、桜が自分に抱き着いたまま動こうとしないのを見兼ねて喋ってしまう。 「んもぅ、桃ったら相変わらず真面目ねぇ。戦いはちゃぁんと真剣にヤルわよ。だって終わった後は、温泉に入れるんですもの! ヤルしかないじゃない?」 『……桜様は雪と敵の中にいても、頭の中は御髪と同じで桃色なのが凄いですね。ある意味、感心します』 「いやぁん、そんなに褒めないでよぉ」 嬉しそうに体をクネクネする桜だが、ふと真面目な顔付きになる。 「まっ、楽しみは後にとっておきましょう。桃はアッチをお願いね」 『了解しました』 二人の前にはアヤカシ雪ダルマが現れており、両手を雪の中に入れて巨大な雪玉を作ると、二人に向けて投げてきた。 桃は避けるのと同時に影分身でもう一体の自分を作り、二体同時にアヤカシに向かって走る。 アヤカシは桃に注意を向けるが、その隙に桜はサクラ形手裏剣を指の間にはさみ、散打にてアヤカシの頭と胴体を同時に攻撃した。 桃は瘴気をまき散らしながら消滅するアヤカシを通り過ぎ、奥の方にいたアヤカシの頭と胴体に二体同時に噛み付く。 その間にも桜は手で印を結び、不知火にて一体のアヤカシを溶かした。 また桃は新たなアヤカシが投げてくる雪玉を避けながら走り、間近で咆哮烈を聞かせて倒す。 「ふう……。これだけ動くと、体が火照っちゃうわぁ」 『開拓者と相棒の連携が必要とされる戦いです。気を抜いてはいけませんよ、桜様』 「分かっているわよ。でも戦いじゃなくて、もっと気持ちのイイことをして体を熱くしたいわねぇ」 戦いで興奮した桜がつい言ってしまった本音を聞いて、桃の眼が鋭くなる。 『……何なら私が影分身を作り、全力で桜様を追いかけましょうか? 走ればもっと熱くなりますよ?』 「そっそれは遠慮しとくわ」 増殖した桃に吠えられながら追いかけられる自分を想像して、桜は全身が冷えた。 「さて、と。雪花、戦いの準備は整いましたか?」 『ええ、雪音。いつでも戦えます』 海神雪音(ib1498)と羽妖精の雪花は、真剣な表情でアヤカシを見る。 二人の後ろからは温泉の湯気がのぼっており、アヤカシは距離をとっているのか動かずにいた。 「アヤカシが温泉に近付かないのは、こちらにとって有利です。ここで私達はアヤカシを倒しましょう」 『ええ。では参ります!』 雪花は獣盾を構え、自身にスキルのガードを使いながら、アヤカシに向かって飛んでいく。 すると雪花に気付いたアヤカシが雪の中に両手を入れ、片手ずつ拳ぐらいの大きさの雪玉を作りだして次々と投げてきた。 雪玉を獣盾で防ぎながらも、雪花は進み続ける。 その間に雪音は猟弓・紅蓮を両手で持ちながら静かにスキルの会を発動させて、自身の攻撃力を上げながら矢を放った。矢はアヤカシの頭を貫き、続いて雪花は相棒剣・ゴールデンフェザーを握り締め、チャージにて溜め込んだ力を使ってアヤカシの胴体を切る。 『これで一体め……』 「雪花っ、避けなさい!」 『えっ? ぶはあっ!?』 アヤカシを倒したことで気を緩めていた雪花に向かって、人間の頭ほどの大きさの雪玉が飛んできて、ぶつかってしまう。胴体を雪玉に包まれた雪花は青白い顔で眼を回しながら、後ろに飛んで行く。 『あうぅ〜。力が抜けますぅ〜』 しかし温泉の湯気に触れた途端、ピタッと動きが止まる。そしてそのまま、ドッボーンと温泉に落ちた。 『あっあっつーいです!』 すぐに真っ赤に茹で上がった雪花が飛び上がったのを見て、雪音はほっと胸を撫で下ろす。だが大きな雪玉が自分にも向かってきているのを察すると、先即封を使って射ち落とした。 「雪花、いけますか?」 『だっ大丈夫です! 今度は油断しません!』 「なら胴体を頼みます!」 雪音は強射・繊月にて矢を放ち、アヤカシの頭を破壊する。 雪花は剣を持ち直すと白刃を発動して、残ったアヤカシの胴体を切った。 「今日のお天気、晴れて良かったです。かっとび丸に乗って、戦えますから」 滑空艇のかっとび丸に乗ったファムニス・ピサレット(ib5896)は、空を飛んでいる。 「かっとび丸は滑空艇なので、生き物の生命力を狙うアヤカシに目をつけられることはないと思っていましたが……」 しかし地上にいるアヤカシ達は、ファムニスに視線を向けていた。 「ファムニスに目をつけてくるとは、狙いが外れましたね。緊急回避です」 自分に向かって飛んでくる雪玉を、かっとび丸の緊急回避を使いながら避けていく。 更にファムニスは鉄傘を広げ、雪玉を防いだ。 「逃げ回るばかりも何ですから、反撃しましょうか」 鉄傘を首と肩の間で固定しながら、手では荒縄の端を結んで大きな輪を作る。 「頭と胴体が、スッポーンと抜けないことを願いましょう」 祈りを込めながら、かっとび丸で最適置を発動させてアヤカシに近付き、一体に向かって荒縄を投げた。 荒縄の輪にかかったアヤカシを引き上げ、加速を使用しながら温泉まで飛ぶ。そして荒縄をパッと手放すと、アヤカシはドッボーンと温泉に落ちて溶けて消える。 「ふう……。このアヤカシ、結構重い……」 と言いかけたところで、突然ファムニスの背後から巨大な雪玉が飛んできて命中した。 「きゃあああっ!」 完全に油断していたファムニスは、雪まみれになりながら温泉に落ちる。 「あうう……。すぐ下が温泉で助かりました。後でゆっくりとこの温泉に入る為にも、今は戦いに集中しなければいけませんね。せっかく温泉に入る準備をしてきたんですから、ここを平和にしなきゃいけません!」 本気になったファムニスはすぐに温泉から出て、再びかっとび丸に乗った。 「獅士と温泉に入る為に、がっ頑張りますぅ!」 『温泉は男女別々になると思うぞ、と。まっ、土偶ゴーレムの俺は温泉にあまり興味はないが、と。獅緒、戦いは適当に頑張るんだぞ、と』 土偶ゴーレムの獅士と、八甲田・獅緒(ib9764)はアヤカシを見ながら、険しい表情を浮かべる。 『雪玉が飛んできたら、俺が盾になろう、と。獅緒は俺の後ろに隠れながら、アヤカシを攻撃しろ、と』 「はっはい! では接近戦ができるように、雨絲煙柳を発動しましょう」 獅緒は手で印を結び、スキルを使う。そして炎の精霊の力を持つ仏刀・烏枢沙摩を両手で握り締めて、アヤカシに斬りかかった。 「雪ダルマでも、アヤカシには負けないのですよ!」 アヤカシの頭を横に真っ二つにするも、少しの間を置いて頭は再生してしまう。 「はわわっ! やっぱり頭と胴体を、同時に攻撃しないとダメですね」 『ヤレヤレ、と』 獅士は両手に持った相棒双刀を振るい、アヤカシの頭と胴体を縦に斬り裂いた。 『俺が先にアヤカシの頭を斬るから、獅緒は胴体を斬るんだぞ、と』 「りょっ了解です!」 飛んでくる雪玉に当たらないように獅士を盾にしながら獅緒は前に進み、アヤカシを二人で倒していく。 獅緒は息を切らしながらも、順調にアヤカシを消滅させていることに喜びを感じ、つい浮かれてしまう。 「私達、結構良い感じじゃないですかぁ?」 『獅緒っ! 集中していないと……』 獅士が注意している途中に、うっかり足を滑らせた獅緒はそのままゴロゴロッと転がり出した。 「わきゅうう〜! しっ獅士、助けてくださぁい!」 『いや、無理、と』 獅士は土偶ゴーレムなので、動きが鈍い。それに獅緒は素早く転がっていくので、追いかけても助けるのは無理だと分かった。 しかし獅緒の転がり先が崖になっており、ドッボーンと温泉に落ちることも分かっていた獅士は、ゆっくりと歩いて崖に近付く。そしてぷか〜っと浮いた獅緒を見て、大きなため息を吐いた。 最初に異変に気付いたのは、桜の相棒の桃だ。 『……何か妙ですね。アヤカシの数は減っているはずなのに、瘴気が逆に濃くなっている感じがします』 「えっ、ウソぉ。もうすぐ温泉に入れると思っていたのにぃ」 『それとも桜様の邪念と瘴気を間違えたのでしょうか?』 「間違えるほど邪悪なの?」 桜と軽口をたたきながらも、桃は鼻をヒクつかせながら周囲の匂いを嗅ぐ。 『やはり周囲の匂いが変化しています。しかも本当に、邪悪な方に』 「あら、ヤダ」 桜も真剣な顔付きになり、辺りを見回す。 するとある一ヶ所に、雪と共に瘴気が集まっていくのを発見した。白と黒の渦を巻き上げながら、新たな形を成していく。 「……アレって、もしかしなくても」 『アヤカシ雪ダルマの集合体……ですね』 呆然とする二人の目の前で、五メートルもある巨大なアヤカシ雪ダルマが誕生した。 「コレはまあ……とんでもない大きさねぇ。桃、黒わんこになって、増殖できる?」 『<黒わんこ>じゃなくて、黒影闘です。そして<増殖>ではなくて、影分身ですよ。黒影闘は主である桜様との絆を力に変えるのですから、戦う前に呆れさせないでください』 「ゴメンなさい」 桜は素直に謝ったので桃は許すことにして、黒影闘を発動させて黒いオーラを身にまとう。 『影分身で6体にはなれませんが、6体分の働きはできます』 桃はさらに練力を使い、影分身を作っては攻撃を繰り返す。分身は常に2体だが、その働きは6体以上。彼女は主人の前で奮起する。 「黒桃、頑張ったわね。小アヤカシ雪ダルマのように頭と胴体を同時に破壊するのは難しいから、少しずつでもあの体を削っていきましょう」 『<黒桃>と呼ばれたことが少し気になりますが……。とりあえず、その作戦には賛成します!』 「じゃあイクわよ!」 魔刀・エペタムを持った桜と、黒桃は巨大アヤカシ雪ダルマに向かって走り出した。 かっとび丸に乗りながら空を飛んでいたファムニスは、突然現れた巨大なアヤカシに眼を丸くする。 「こんなに大きいと、荒縄で引っ張って温泉まで連れて行くのはまず無理ですね。それならば……」 ファムニスは温泉に着陸し、桶で温泉の湯を汲む。これを使い、雪玉にやられた味方を上空から救出しようというのだ。 「戦況次第では、雪ダルマにかけてもいいですし」 そんな作業を行う彼女の眼下では、雪音はアイアンウォールの後ろで作った火のついた矢を、アヤカシに向けて放つ。じゅわわわっ……と溶ける音と姿を確認すると、手応えがあることが分かった。 「この矢はあのアヤカシに効くみたいですね。そうと分かれば、こっちのものです!」 雪音はここに来る前に包帯を切り分け、何本かの矢の先に巻きつけた。そして先程、アイアンウォールの後ろで包帯を巻いた矢の先にヴォトカを浸し、壁を暖めていた松明の火をつけたのだ。 「小さいアヤカシ雪ダルマには、使う必要もなかったんですけどね」 その矢をスキルの会にて攻撃力を上げて、アヤカシの頭を狙って放つ。続いて強射・繊月も使い、火矢を胴体目掛けて放った。 アヤカシにいくつもの大きな穴を開けたものの、それでもまだ倒れる気配はない。 「くっ……! 矢が続く限りは、攻撃の手を緩めない方が良さそうです」 雪音は次々と、火のついた矢を放っていく。 ケルブと共に駆け付けたエルディンは巨大になったアヤカシを見て、険しい表情を浮かべる。 「みなさんの攻撃のおかげで、アヤカシの体は大分削られましたね。後は一気に押し潰すことにしましょう」 意を決したエルディンは、仲間達に向かって声をかけた。 「みなさん。これからスキルのメテオストライクを使いますので、温泉がある崖に逃げてください。あちらにアイアンウォールを二枚、作ってありますので、その後ろに隠れてください」 初雪と一緒にやって来たカズラは、エルディンの言葉を聞いて顔色を変える。 「ちょっちょっと待ってよ! それって大爆発を起こす火炎弾でしょう? 私達まで巻き込まれるわ!」 「ですが一気に決着をつけなければ、あのアヤカシはまた雪と瘴気を集めて元に戻るでしょう。少々手荒いやり方ですが、アヤカシを確実に倒すことを優先させていただきます」 それを聞いたカズラは「温泉は守ってよ」と微笑み、その場を神父に任せる。エルディンは静かに頷くと、錫杖を掲げながら詠唱をはじめた。 他の開拓者と相棒達も、アヤカシから離れていく。 「神よ、精霊よ、心無き冷たきアヤカシに、熱き鉄槌を!」 ――こうしてメテオストライクはアヤカシに命中した。大量の熱と炎、そして溶けた雪と水がその場で大きく飛び散る。 エルディンはケルブと友なる翼を使っていち早くその場から逃げだし、ファムニスはかっとび丸に飛び乗って逃げた。カズラと初音、桜と桃、雪音と雪花は急いでアイアンウォールの後ろに回る。 「うきゃああっ! 何で私だけぇ〜!」 『安心しろ、と。俺も流されている、と』 そして獅緒と獅士はものの見事に雪崩に巻き込まれ、流されていった。 ●お楽しみの温泉は相棒と共に 「ふう〜……、戦いの後の温泉は身にしみるわねぇ。ハッちゃん」 『カズラっ、裸で温泉に入りながら僕に抱き着かないでよぉ! 熱くてのぼせるっー!』 温泉の中で、裸のカズラと初雪はべったりくっついている。 「桃も一緒に温泉に入れて良かったわ。今日はご苦労さま」 『桜様もお疲れ様です。あっ、お腹をモフモフされると……』 桜は桃と共に温泉に入れて、満足そうだ。 『雪音、温泉に足を入れるだけでいいのですか?』 「私はこういう所で裸になるのは恥ずかしいので、今回は遠慮しときます。雪花はゆっくり入ってください」 雪花は気持ち良さそうに温泉に入っているものの、雪音は足湯だけで満足そうだった。 「くふふっ……! 裸の女性を見れて、ファムニス、最高に幸せです!」 ファムニスは眼を輝かせながら、女性達を怪しい眼付きで見ている。 アイアンウォールと崖のおかげで雪崩は温泉を飛び越して流れて行ったので、無事に入ることができた。 温泉は今、エルディンが女性達から頼まれて作ったアイアンウォールを仕切りにして、中心から二つに分けられている。 男女別々に温泉に入っており、男性用にはエルディンの他に獅士も一緒に入っていた。 「温泉って気持ち良いものですね。ケルブも一緒にどうですか?」 迅鷹であるケルブは温泉に入らずにいて、エルディンに声をかけられても頭を横に振って雪の向こうに隠れてしまう。 『照れているんじゃないか、と。ケルブは女だろう、と』 「まあそうですね。ところで獅緒さんは大丈夫でしたか?」 雪崩がおさまった後、全員で捜索して獅士と獅緒を雪の中から助け出した。 アヤカシが完全に消滅したことを確かめた後、ファムニスが全員に閃癒をかけて傷を癒してもらったのだが……。 『アイツの不運は今にはじまったことじゃない、と。……ちなみに素で男湯と女湯を間違えそうだ、と』 「おやおや」 エルディンは弱々しく笑いながら、肩を竦める。 すると湯気の向こうから、裸の獅緒がこっちに向かって歩いて来ることに気付いた獅士はすぐに声をかけた。 『獅緒っ、こっちは男湯だ!と。 間違えるなっ!と』 「ふえっ!? すっすみませ〜ん!」 女湯からドボーンッという水音と共に、女性達のはしゃいだ声が聞こえてきたので、獅士はようやく安堵のため息を吐いた。 【終わり】 |