【流星】触手地獄!
マスター名:hosimure
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/01 10:24



■オープニング本文

●おぞましいアヤカシ
「きっ…キモォーイっ!」
「……何じゃ、ありゃ」
 場所は北面国の海岸。そこに訪れているのは、北面国の開拓者ギルドで受付職員をしている鈴奈と芳野。
 そして二人に同行している依頼調役達も同じ所に視線を向けて、気味悪そうに顔をしかめていた。
 全員の視線は海に向かっている。海の中には今、数体のアヤカシがいるのだ。
 だが彼らは全員、アヤカシ関係には慣れている。滅多なことでは表情を崩さない彼らだが、海の中にいるアヤカシに対しては嫌悪感が隠せない。
「あんなアヤカシ、この世にあっていいの? すぐに退治すべきでしょう!」
「おっ落ち着け、鈴奈嬢ちゃん」
 取り乱す鈴奈をなだめる芳野だが、彼も動揺している。
 海にいるアヤカシは上半身はそれぞれ見た目の良い人間だが、その下半身はタコやイカのモノであった。それらがこちらを見ながらニヤニヤして、海を自由に泳いでいる。


 ――数日前、北面国の開拓者ギルドに、この海の近辺に住む人々から緊急の知らせが届いたのだ。
 奇妙なアヤカシが海に現れた――と、依頼書には書かれてあった。
 しかしアヤカシの姿絵を見て、鈴奈と芳野は実際にその目で見るまでは半信半疑だった。
 そして二人は調役達と共にこの海に来て、アヤカシをその目で見て、顔を引きつらせたのだ。


 芳野は鈴奈と共に一度海岸から離れ、近くの茶屋に入る。
 芳野は眉間にシワを寄せながら、再び海に視線を向けた。
「あのアヤカシの攻撃の仕方だが、送られてきた依頼書によるとあのタコとイカの足に捕まると吸盤が肌に吸い付いて、生命力を奪うそうだ。吸い取られ過ぎると、ミイラのようになるらしい。……まあギリギリ生きてはいるようだが」
「あっあんなアヤカシ、はじめて見た…。アレなら昨年の大蛸入道とミニタコの方がまだマシよ…(シナリオ名・【赤き悪魔達を退治せよ!】参照)」
「まあな。しかしどうやって倒すべきか……」
 芳野は険しい表情で、腕を組んで唸る。
 アヤカシは海の中から出ないタイプだ。空中戦で戦うのも良いが、触れられれば生命力が奪われる。うっかり海に落ちたりしたら、惨事になることは目に見えていた。
「ここはやっぱり、遠距離による攻撃かしら? 空飛ぶ相棒と一緒に参加してもらって、空中で注意を引きつけて、海岸にいる開拓者が攻撃するの。あるいは海岸近くまで誘導してもらって、浅瀬で戦うとか」
「しかしあの足が問題だな。触手と言った方がいいのかもしれん。自在に伸び縮みができるそうだし、複数あるのが厄介だ。まあ切られても、再生しないみたいなのはありがたいが」
「……あんなのに捕まったら、恥以前の問題になると思うけど」
 鈴奈は青白い顔で、海から視線をそらす。
「だが放置するわけにはいかないだろう。開拓者には相棒と一緒に参加してもらい、一気に勝負をつけてもらうしかない」
 長い戦いは開拓者には不利になる。ただでさえ戦いの場所は砂浜と海、しかも真夏の太陽が強く輝いていた。いつもとは違った環境は体力的にも精神的にも影響が出やすい。
 短時間で勝利しなければ、アヤカシに捕まる可能性は高くなる。
 開拓者達がアヤカシと戦っている姿を想像していた鈴奈はふと、とあることに気付く。
「…んん? でも考えてみると、水に濡れる場所での戦いになるのよね? 開拓者には濡れてもいいような格好をしてもらわなきゃいけないのかな?」
「ああ、そう言えばそうだな。いつもの服装だと、濡れると体が重くなる。体力が奪われるし、動きも鈍くなるからな」
「じゃあ水着?」
「でもいいかもしれん。特に肌を傷付けるアヤカシじゃなさそうだしな」
 しかし改めて手紙を読むと、アヤカシは捕まえた獲物を弱らせる為に微弱の電気を放つらしい。
「…この電気って痺れるぐらいかしら?」
「電気クラゲの要素も入っていたのか」
 だが服を着ていても電気は通ってしまうようなので、水着を着ていても同じだろう――と二人は結論をつけた。


■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
シルフィール(ib1886
20歳・女・サ
日依朶 美織(ib8043
13歳・男・シ
伊波 楓真(ic0010
21歳・男・砂
水芭(ic1046
14歳・女・志


■リプレイ本文

●地上戦組
 神町・桜(ia0020)は胸にサラシを巻き、下半身は褌姿で砂浜に仁王立ちしていた。凛々しいその姿は、しかし真夏の太陽の下で大量の汗を流している。
「やれやれ…。せっかく今年最後の海を楽しもうと思っていたら、また厄介な依頼がきたものじゃ。あんなアヤカシが海にいたら、泳げないではないか。しかも戦えば余計に暑くなるし、困ったものだ。なあ、桜花?」
 桜は相棒の仙猫・桜花に話かけた。
『妾は海では戦えニャーからね。邪魔にならんよう、日陰で涼んでも……』
 と、そこまで言ったところで、隣にいる桜から氷よりも冷たい視線を向けられていることに気付く。
『よっよくニャーね。頑張って戦うニャっ!』
「うむ。それでこそわしの相棒だ!」


 同じ砂浜にいる葛切カズラ(ia0725)は黒と白がグラデーションしている露出の激しいモノキニ水着を着ており、相棒の羽妖精・ユーノも白いワンピース水着を着ている。
 カズラもそうだがユーノも豊満な体付きをしており、もしここに一般の男達がいれば視線を釘付けにするぐらいの魅力があった。
 しかしカズラは海で泳いでいるアヤカシ達を見て、少し悲しそうな表情で深いため息を吐く。
「とりあえず、アヤカシがこっちに来るまで遊んでいましょうか。ユーちゃん」
『いけませんよ〜、カズラ様。いくら大好きな触手が遠くにあって手が届かないとはいえ、お仕事は集中していないと良い瞬間を逃しちゃいますよ〜』
「はあ…。それもそうねぇ。空中戦組に期待しましょうね」
『カズラ様は別のことに期待しているんじゃないですか〜?』
「うふふ。どうかしら?」


「触手を操るアヤカシ、ですか……。何だかイヤーな予感がするのは気のせいでしょうか?」
 カズラ達から少し離れた場所にいる日依朶美織(ib8043)は、白いビキニに腰にはパレオを巻いた姿で表情を曇らせていた。その視線は海にいるアヤカシ達の触手に向いている。
 そんな彼の様子に、相棒のもふら・玄兎は不思議そうに首を傾げた。
『どうしたモフか? 鈴奈にどこか冷たい眼をされながら女用の水着を借りられたモフし、地上戦組は美織が全く興味のない女ばかりモフよ? 集中して戦えるモフ』
 玄兎の言葉で、美織の表情が引きつる。
 確かに美織の性別は男であり、女性に興味がないのは本当のことだ。しかしますます美織の表情は暗くなってしまった。
「……言われたことは全て当たっていますが、非常に微妙な気持ちになるのはどうしてでしょう?」
 美織の返答を聞いて、玄兎の頭の中に巨大な疑問符が浮かんだ。


●空中戦組
 髪と同じ赤い色のビキニ水着を着ているシルフィール(ib1886)は、砂浜から険しい顔付きで海にいるアヤカシを睨んでいる。
「これはまた、分かりやすい異形のアヤカシね。あんなヤツらとの戦いに巻き込んですまないわね、エルランス」
 相棒の鷲獅鳥・エルランスは構わないと言うように、首を横に振った。
 そんなエルランスの首を優しく撫でながら、ふとあることにシルフィールは気付く。
「でもまあ今回のアヤカシは女型だけではなく、男型もいるのね。気持ち悪い存在だけど、それらを倒すと考えると楽しくなるわ」
 ククッと暗い笑いをもらすシルフィールを見て、エルランスは震え上がる。
 黙っていれば元人妻ということもあり、外見年齢に合うぐらいの色気がある美女なのだが、いかんせん男嫌いであった。そのこともあり、男にとっては近寄りがたい美女という、ちょっと残念な存在になっている。
 エルランスはシルフィールの男嫌いを改めて知り、深く息を吐いた。


「さてさて、今回はまた美味しい依頼……いえいえ、難しい依頼ですね」
 うっかり本音を言いそうになった伊波楓真(ic0010)は、慌てて表情を引き締めて言い直す。
 しかし相棒の炎龍・カルバトスが楓真を見る眼はどこか冷たい。
「青の海パンでの戦いははじめてですが、とにかくあの触手には捕まりたくないですね。男として大切な何かを失いそうです。……ですがまあ可憐な女性達や可愛らしい少年が触手に捕まる姿は、ちょっと見てみたい」

 バクッ!

 最後まで言う前に、カルバトスは楓真の頭をカッブリ噛む。主人のスケベ心に過剰な反応をする、難しい年頃の乙女の炎龍であった。


「おや、楓真さんが頭は炎龍で体が人間の龍頭人身になっているわ。ある意味、海にいるアヤカシに近い存在ね」
 楓真とカルバトスの様子を冷静に見た後、水芭(ic1046)は海に視線を向ける。
「タコもイカも嫌いじゃないけど、アレは食べられそうにないわね。でもまあ青いモノキニ水着を貸してもらったことだし、頑張って退治しようかな」
 可愛らしい顔立ちをしているものの、露出の激しい水着を着ても恥ずかしがることない水芭は、相棒の滑空艇・湖翼の整備を始めた。
「アヤカシ一体だけなら私一人でも倒せるけど、流石に複数来たらマズイわね。まあそういう時は素直に地上戦組に任せましょう」
 今回の作戦では空中戦組がアヤカシを浅瀬まで引き寄せて地上戦組に戦いを任せるか、あるいは自身が海の上で戦うことになっている。
 水芭は作戦を頭の中で考えながらも、手を止めずに動かし続けた。


●触手VS開拓者 開戦!
 湖翼に乗り込んだ水芭は、海の中を泳ぐ上半身が男性で下半身がイカのアヤカシと、上半身が女性で下半身がタコのアヤカシ二体に近付く。
「まずは触手がどこまで伸びるか、調べてみるかな」
 捕まらないように少しずつスピードを上げながら近付くと突然、女型のタコアヤカシの二本の触手が海の中から飛び出てきて、水芭を捕まえようとした。
「おっと、緊急回避!」
 慌てて攻撃を回避すると、空高く上がる。
「水芭っ! こっちに連れて来るといい!」
 砂浜から桜が両手を振りながら、大声を上げた。
「私一人では二体を同時に戦うのは無理だね。桜さんに助けてもらおう」
 額に流れる冷たい汗を手で拭い、水芭は進路を変える。二体のアヤカシの視線を自分の方に集中させながら、砂浜に向かって飛ぶ。
「そんなに私の生命力が欲しいなら、こっちにおいで!」
 こっちに来る水芭と二体のアヤカシを見て、桜は気合を入れる。
「よしっ! 桜花、戦いがはじまるぞい!」
『ううっ…、頑張るニャ』
 水芭は砂浜ギリギリまで来ると突然進路を変え、再び海に向かう。すると女型のタコアヤカシが水芭の動きにつられて、再び海の中に戻って行く。
「あなたは私が相手になるわ。桜さん、そっちのアヤカシはお願いね」
「了解じゃ!」
 桜の方には、男型のイカアヤカシが残る。
 水芭は湖翼に加速を使い、できるだけ早く桜達から女型のタコアヤカシを引き離そうとした。
 そして充分な距離を取った後、水芭は片手で湖翼を操縦しながら打刀・氷嵐を鞘から抜いて刃を出す。
 少しスピードを落としながら、アヤカシの近くを飛ぶ。するとアヤカシの触手が伸びてくるが、上手くかわしつつ刀で切っていく。
「でも流石に根元は切れないな」
 触手の先っぽを切り落とすか、切り刻むぐらいしかできないものの、それでもアヤカシの動きは鈍くなり、表情には焦りの色が浮かんでいる。
 水芭は桜がいる場所から離れた砂浜に到着するとすぐさま湖翼から降りて、浅瀬で止まっているアヤカシに向かって走った。
「スキルの巻き打ちを使って、一気に勝負を決める!」
 スッと眼を細めた水芭は刀を両手で握り直し、触手を傷付けられたせいで体勢を崩して上手く動けずにいるアヤカシの胸に、刃を打ち込んだ。
 アヤカシは驚愕の表情を浮かべながら声なき悲鳴をあげつつ、瘴気となって消滅していく。
「ふう…。とりあえず一体は倒したわね。桜さんの方は大丈夫かな?」
 水芭が視線を向けた先には、桜が巴型薙刀・藤家秋雅を両手に持って構え、魔祓剣にて男型のイカアヤカシの触手を切っている姿がある。
「ったく…。触手が意外に厄介じゃのぉ。しかし切ってしまえば動きは鈍くなるようじゃし、止めをしかと刺せるよう全ての触手を切り落としてくれるわ!」
 だが意気込んだ桜はつい、アヤカシに近付いてしまう。
『ご主人っ! あんまり近づくと危ニャ…』
「うひゃあっ、しまった!」
 桜花が止めている間に、桜は伸びてきた触手に捕まってしまう。傷が浅かった触手の動きは早く、避ける間もなかった。触手は桜の首からお腹、そして足に絡まりつく。
「きっ気色が悪い感触じゃー! ええいっ、離せぇ!」
 ジタバタと暴れるも、アヤカシはイヤな笑みを浮かべつつ、微弱な電気を触手から流し始める。
「くぅっ…! こっこの程度の電気など……」
 言葉では強がるものの、体からは徐々に力が抜けつつあった。
『言わんこっちゃニャいっ! このイカ男! ご主人を離すのニャ!』
 桜花の瞳が淡く輝くと、睨みつけたアヤカシの周辺に鋭い風が巻き起こる。スキル・鎌鼬によって触手は全て切り落とされ、桜も解放された。
「桜花、助かったのじゃ! 貴様はとっとと消え失せるのじゃっ!」
 桜は薙刀を持ち直すと、アヤカシの胸の中心に刺す。
 瘴気を出しながら消滅していくアヤカシから離れ、桜は砂浜に戻って来る。
「やれやれ…。勝機を逃したくなくて、焦りすぎたのぉ」
『そう……ですニャ』
 しかし桜を見る桜花の眼は、どこか虚ろだ。
「桜花、どうしてわしを真っ直ぐに見ぬ? ……って、何でこんなにサラシと褌がボロボロなのじゃっ!」
『気付いてしまったニャ……』
 桜花が鎌鼬を発動させた時、うっかり桜までも巻き込んでしまった。そのせいで、着ている物がボロボロの布切れ状態になったのだ。
「桜花っー!」
『アヤカシに捕まる方が悪いのニャーっ!』


 桜達から少し離れた砂浜で、一部始終を見ていたカズラは満足そうに微笑みを浮かべている。
「随分と良い光景が見られたわね」
『カズラ様〜。せっかく楓真様が男型のタコアヤカシを一体、引き連れて来たんですから、集中しましょうよ〜』
 カズラとユーノの前には、浅瀬まで来たアヤカシがいた。
「そうね。それじゃあユーちゃん、恥ずかしがり屋の可愛い彼を、もっと近くまで連れてきてくれる?」
『了解です。では誘惑の唇を使いましょうか。制限時間は一分ですよ?』
「はいはい」
 ユーノはアヤカシの近くまで飛ぶと魅力的な投げキッスを放ち、アヤカシを誘惑する。するとユーノに魅了されたアヤカシは、フラフラと砂浜に近付いて来た。
「さて、本当はじっくり遊んであげたいけれど、制限時間があるからね。まずはどの程度で仕留められるのか、調べさせてね」
 カズラはにっこり微笑むと、スキルの斬撃符を発動させる。カマイタチのような式が手裏剣のようにアヤカシに向かって飛んで、その体を切り裂く。しかしあくまでも切り裂くのみで、触手を切り落とすことはできない。
「じゃあ次は呪縛符でその動きを封じるわね。動かれちゃあ狙いが外れちゃうし」
 小さな式がアヤカシの周囲に出現し、体にくっついて動きを束縛する。ちょうど一分が経過した為、アヤカシは慌てて逃げようとするも、カズラの術からは逃れられない。
 カズラは胸元から三枚の黒死符を取り出して、黄泉より這い出る者を発動させた。するとアヤカシは血反吐を吐いて、のたうち苦しむ。
「このスキルは怨霊系の高位式神を召喚して、死に至る呪いを送り込ませるというものなの。式には姿と声が無いから、余計に怖いわよね」
 クスクスと笑うカズラの眼には、愉悦の色が浮かんでいる。
 しばらくするとアヤカシは動かなくなり、そして静かに消滅し始めた。
『相変わらずサドっぽい倒し方ですねー』
「あら、私は触手になら攻めてもいいし、攻められても良いと思っているわよ?」
『……カズラ様のそういうところ、私、大好きです』
 一方海では、楓真がカルバトスの背に乗りつつ白鞘・終華を鞘から抜いて、ファクタ・カトラスを発動している。
 素早く女型のイカアヤカシに近付くと、すれ違いざまに触手を切り落とす。
「カルバトス、今のは良いタイミングだった。流石は僕の相棒だ! この調子でヤツの触手を切り落としていこう!」
 カルバトスは同意するように声高く鳴いた。
 しかし触手を失ったアヤカシの顔色は変わり、攻撃的になって楓真をさらおうとする。
「美しい女性に狙われるのはイヤではないのですが、下半身がイカというのが大問題ですね」
 楓真のこの場の雰囲気に合わない発言を聞いて、カルバトスの体が一瞬硬直した。すると楓真は体勢を崩し、触手に捕まってしまう。
「うわっ!」
 見る見るうちにアヤカシの触手は楓真の体に巻き付き、微弱な電気を流される。ビリビリっと痺れる体に、楓真は驚いて眼を見開く。
「痛く……はないですが、やっぱり電気と触手の組み合わせはイヤですーっ! 精神的にも肉体的にも気持ち悪いーっ!」
 冷たくヌルヌルした触手が体に触れる感触に、痺れよりも悪寒が全身を走り抜ける。生まれてはじめての体験に、楓真は反撃することができずに取り乱すばかり。
 カルバトスは大きく鳴くと突然アヤカシに近付き、楓真を拘束している触手に獰猛な牙を強く突きたて噛み砕いた。
 解放された楓真を背で受け止め、すぐさま二本の足の爪に力を込めて素早くアヤカシの胸に突き刺す。
「おおっ…! スキルの龍の牙とクロウの連続技とは見事だ!」
 喜ぶ楓真を背負い、消滅していくアヤカシを見ながら、カルバトスは声なく深いため息を吐いた。


「美織、本当に一人で大丈夫?」
「だっ大丈夫です、シルフィールさん! 一応相棒の玄兎がいますから!」
『一応とはどういうモフかーっ!』
 エルランスの背に乗りながら、美織と玄兎がいる砂浜近くまで女型のタコアヤカシを誘導してきたシルフィールは心配そうに美織を見るも、その視線を海に移す。海には男型のイカアヤカシが一体、こちらに静かに近付いている。
「とりあえず私はあの男型を倒すから、ピンチになったら遠慮なく声をあげるのよ」
「はいっ! ご武運を祈っております!」
 シルフィールは顔をしかめながらも砂浜から遠ざかり、海にいるアヤカシに向かう。
 そして両手で両長巻・笹野葉を持ち構え、エルランスに声をかけた。
「エルランス、アイツの注意をこっちに引き付ける為に真空刃を使ってちょうだい」
 短くも大きく鳴くと、エルランスはアヤカシに向かって爪を鋭くふるって真空の刃を放ち、アヤカシの体を切り裂く。数本の触手と体が傷付いただけだが、それでもこちらに集中させることに成功した。
「このまま真っ直ぐにアヤカシに向かって。襲ってくる触手は回転切りで切り落とすから。早めに決着をつけましょう」
 シルフィールに言われた通りに、エルランスはアヤカシに向かってスピードを上げる。
 海から飛び出た触手がシルフィールを捕まえようとするも、彼女は両長巻を大きく振り回して触手を薙ぎ払う。
「ふんっ! しょぼい攻撃ね。とっとと消滅しなさいよっ!」
 間近に迫ると、シルフィールはアヤカシの胸の中心に両長巻を突き刺した。
 傷口から瘴気が勢いよく飛び出てきた為に、エルランスは急いでアヤカシから離れる。
「やっぱり倒すなら男型ね。スッキリするわ。……っとと、美織は大丈夫かしら? 陸から離れすぎたわね」
 美織からアヤカシを引き離す為に陸から離れたのだが、助けに戻るのに時間がかかってしまいそうだ。
 シルフィールは顔をしかめながら、エルランスに砂浜に戻るよう命令する。
 当の美織はスキル・水蜘蛛を使って海の上を走り、奔刃術を発動させながら両手に持った苦無・烏で触手を切り落としていく。
 砂浜に残った玄兎も相棒弓・白樺を使って矢を放つも、触手は刺さっても動き回る。
「やはり触手は切り落とさないと、動きを鈍らせることはできないようですね。しかしなかなか胸元に近付け……きゃあっ!?」
『美織っ!?』
 戦いに夢中になっていた美織は水蜘蛛の効果時間のことを忘れてしまい、効果が切れて海に落ちそうになった。
 しかし皮肉にもアヤカシの触手に捕まり、体を持ち上げられる。
「くぅっ…! 油断しました」
 悔しがる美織を自分の顔の近くまで引き寄せた女型のタコアヤカシは、妖艶な微笑みを浮かべながら触手を美織の体に巻きつけつつ抱き締めた。
 体を完全に束縛されてしまい、逃げられなくなった美織の体に微弱な電気が走る。
「うひゃあんっ! 触手のヌルヌルと吸盤の吸い付きと電気のビリビリがぁっ!」
『おおっ! 美味しいことになっているモフっ!』
 美織が苦痛の表情を浮かべているというのに、玄兎はじぃーっと見つめるだけ。
「あら、羨ましいことになっているわね」
『ものの見事に触手に捕まっていますね〜』
 玄兎の側に、戦い終えたカズラとユーノが来た。しかし美織を助けるわけでもなく、ただじーっと見るだけ。
「おや、水着のトップスが触手のせいで外れてしまい、上半身裸になっていますね」
 続いて楓真もやって来たが、どうしようかと戸惑いの笑みを浮かべている。
「まあ美織さんは男の子だし、水着が外れても耐えられるでしょう〜」
「カズラさんもなかなか言いますね」
 カズラと楓真が砂浜で、美織が襲われているのを傍観しているのを見つけたシルフィールと桜は怒りの表情で怒鳴った。
「こらぁーっ! 仲間が襲われているんだから、とっとと助けなさいっ!」
「何を見物しておるのじゃっ! 美織が生きるミイラになってもよいのかっ!」
 叱られた二人は驚いてその場で飛び上がったが、すぐに真面目な顔付きになる。
 カズラは海のギリギリ近くまで走ると呪縛符を使い、アヤカシの体を束縛した。
「カルバトスっ! 美織さんを頼みます!」
 砂浜にいたカルバトスは承知したと言うように声高く鳴くと、すぐさま美織に向かって飛ぶ。
 その間に再び湖翼に乗っていた水芭が、美織を束縛する触手を切っていた。
「美織さん、大丈夫?」
「あっありがとうございます…。何とか大丈夫、です…」
 触手から解放された美織はすぐにカルバトスに助けられ、その背に乗せてもらう。
「しかし助けられてばかりというのも情けない話です。せめて止めは私がします」
 美織は苦無を持ち直すと、アヤカシの胸の中心に向かって苦無を真っ直ぐに放つ。
 苦無はアヤカシの胸を貫き、そこから大量の瘴気が発生する。
 ――そして海にアヤカシの姿はなくなった。


●終わりよければ全てよし?
「美織さん、ホラ。水着、回収してきたよ」
 湖翼から降りた水芭は、美織に水着のトップスを渡す。
「ううっ…。水芭さん、ありがとうございます……」
 砂浜に戻ってきた美織はタオルを体に巻いており、ぐったりしている。
 そんな美織を見て、水芭は心配そうな表情を浮かべた。
「生命力、大量に吸い取られたの?」
「いえ、生命力はそんなに…。ただ上半身を人目に晒してしまったことに、ショックを受けているだけです。……そして私が被害に遭っているのに、何もしてくれなかった相棒に絶望しているのです」
「そう…ね。でもあっちでシルフィールさんに怒られているから、許してあげたら?」
 美織はゆっくりと顔を上げて、水芭が指さす所を見る。
 そこでは玄兎とカズラ、楓真が砂浜に正座をしながら、頭から湯気を出しているシルフィールに怒られていた。
 少し離れた場所ではユーノとカルバトスが互いの顔を見て、深く息を吐いている。何も言わなくても、自分の主に呆れているのが伝わってきた。
 そしてエルランスは日陰で眠り始め、桜と桜花は瘴気が漂う海を見て、残念そうに肩を落とす。
「六体のアヤカシから出た瘴気まみれの海で遊ぶのは無理そうじゃな。もう来年に期待するしかあるまい」
『……と言うか、ご主人。そのボロボロの布切れ姿で遊ぶと、将来お嫁に行けなくなるニャーよ』
「誰のせいじゃと思っておる!」
 
 ――こうして夏が終わる海に、開拓者と相棒達の悲喜交々が起こったのだった。


【終わり】