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■オープニング本文 神楽の都の開拓者ギルドで、受付として働いている京司は上を向いていた。 「兄さん、何見ているの?」 そんな兄の姿を見て、同じく受付をしている妹の京歌は首を傾げる。 「…いや、相変わらずひねりのないシナリオタイトルだなって思って」 ゴンッ! 「ぐわっ!?」 「あっ、天(マスター)からの罰が下った」 突然現れ出た金だらいで頭を強打した京司はそのまま、バッタリ床に倒れてしまった。 「ううっ…! 俺はただ、みんなが思っていることを代弁しただけなのに……」 「それ以上言うと、死亡シナリオ書かれるわよ? さて、兄がこうなってしまったので、改めてあたしの方から説明するわね」 今回の依頼はちょっと変わった怨念のあやかしを退治すること。 結婚式シーズンが終わるとすぐに夏と考える人は多いでしょうけど、実際はそんなに甘くはないの。 結婚式で結ばれた人達がいるのならば、その影には恋愛の競争に負けた敗北者もいる。 恋愛成就を祈る神社があるのならば、縁を切ることを祈る神社もこの世界には存在するわ。 どちらも願い事を絵馬に書くのだけど、縁切り神社の絵馬に怨念が凝り固まり過ぎて一匹のあやかしを誕生させてしまった。 絵馬は普段ある程度集まればお焚き上げするのだけれど、六月は毎日大量の絵馬が飾られた為に、神社の人達の仕事がだんだん間に合わなくなっていったのよ。 とりあえず絵馬は回収して、神社の蔵の中に入れていた。お焚き上げは一日にそう何度もできないし、そんなに大量には燃やせないから、どんどんたまっていったらしいわ。 そしたたまった絵馬はある日突然、動き出した。 一つにまとまり、よりにもよって巨大な狛犬の形になって暴れだしたの。 神社の管理者は慌てて結界を張って、あやかしを神社の中に封じた。 神社は現在、誰も入れないようにしてあるわ。 開拓者達にはこのあやかしを退治してほしいわけなんだけど……ね。 実は倒し方が非常に変わっているの。 普通のアヤカシであれば、それこそスキルや武器を使って倒せるわ。 ところがこのあやかし、元は怨念だった為に、そんな攻撃ではすぐに回復してしまうの。 それに場所が神社なだけに、派手なスキルを使えば周囲には甚大な被害が出てしまう。何せ神社の周囲には、普通の民家やお店がたくさんあるからね。 スキルはダメ、武器も無理。なら何であやかしを退治する?と思うでしょう。 それが実は『愛の言葉』なのよ。 愛する人への気持ちや、自分が夢中になっていることなどを言って聞かせると、あやかしはダメージを受けるの。 …まあ元々縁切り神社から生まれたあやかしだからね。 愛の言葉なんて聞かせられると、スキルや武器で攻撃されるよりも効くみたい。 つまり今回、あやかしを退治する武器となるのは『言霊』となるわ。 思いを言葉に載せて言うことによって、あやかしにダメージを与えることができる。 なので今回の依頼ではスキルや武器を使わず、愛の言霊によってあやかしを退治してね。 ……えっ? 秘めていたことを打ち明けてしまうかもしれない? それはまあ……しょうがないと言うことでっ! 大事なのはあやかしを退治すること! このままじゃ結界を破って、外に出てしまうでしょう。 そうしたら普通の人々が襲われてしまう。……主にイチャイチャカップルや新婚夫婦達が。 神社は広いし、しばらくは周囲に人を寄せ付けないようにするから、思いっきり愛を叫んでね! |
■参加者一覧 / リィムナ・ピサレット(ib5201) / アムルタート(ib6632) / エルレーン(ib7455) / 日依朶 美織(ib8043) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 八塚 小萩(ib9778) / アリエル・プレスコット(ib9825) |
■リプレイ本文 ●熱い愛の言葉 開拓者達を神社の中に入れた後、神社の管理者は改めて結界を張り直した。 「この結界はあやかしを退治した後に解くから。近所に住む人々は避難させたし、後はよろしくね」 結界の外にいる京歌は心配そうな表情で、開拓者達に向かって手を振る。 開拓者達は安心させるように頷くと、神社の中へ歩いて行く。 あやかしは簡単に見つかった。 神社の敷地の奥にある蔵の近くで、うろついていたのだ。 縦二メートル、横三メートルもある木目柄の狛犬は、欠伸をしながら太陽の光を浴びて昼寝をしようとしている。 開拓者達は互いの顔を見て頷き合い、あやかしを囲むようにこっそり移動した。決して逃がさぬよう、ここで仕留めるつもりだ。 まずはリィムナ・ピサレット(ib5201)、八塚小萩(ib9778)、アリエル・プレスコット(ib9825)の三人が、あやかしの前に現れ出る。 「いよーしっ! みんなへの愛を語っちゃおう!」 リィムナが元気良く叫ぶと、あやかしは三人の存在に気付く。 殺気をまといながらゆっくりと起き上がり、リィムナ達に向かって動き出した。 「……うん、この程度の動きなら、さっきみんなにかけた黒猫白猫で充分に避けられるね」 スっと眼を細めながら、リィムナは高く振り上げられたあやかしの拳を余裕で避ける。 神社に入る前に、リィムナは黒猫白猫で開拓者全員の命中率と回避能力を上昇させていた。 あやかしの動きはそれほど早くなく、避けながら愛の言葉を言えそうだ。 リィムナは更に月歩を発動させながら、満面の笑顔を浮かべて愛の言葉を叫び始める。 「あたしはみんなが好きだよ! 家族も友達も朋友も、ご近所さんも開拓者の仲間もギルドの人達も、一度しか会っていない人も、まだ会っていない人だって、みんな愛しているよ! だって同じ世界に生まれたんだもん! 時には争うことだって、ぶつかり合うことだってあるけれど、あたしはみんなに仲良しになって、笑顔になってほしいんだ。だからみんな、愛し合おう! そして愛の溢れる世界を作ろうよ! あやかしなんかに負けてられないよ! だから大きな声で愛を叫ぶんだ! みんな大好き! 愛しているよ!」 パキンッ! リィムナの愛の叫びを聞いて、あやかしの尻尾が壊れた。割れて地面に落ちたのは、壊れた絵馬だ。どうやら愛の叫びを聞くと、体が徐々に壊れていくらしい。 「ふむ、なるほど。あやかしを破壊する流れが見えたな。ならば我は友であるアリエルへの愛を語ろう!」 リィムナと入れ替わりに、小萩が前に出る。 そして深呼吸をした後、語り始めた。 「アリエルよ……。はじめて会った時に、汝は異国の服に身を包んでおったのぉ。煌びやかな銀の髪、美しい白い肌、金色の左目に赤い右目は宝石のようで、汝の瞳を見て我は精霊かと思うたぞ。何やら運命めいた邂逅であったの」 「まあ実際、アリエルちゃんは精霊と言うか、エルフ(妖精)なんだけどね」 小萩はうっとりしながら語っているが、リィムナは近くにいるアリエルを横目で見ながら冷静に呟く。 「汝は我に『世話になりっぱなし』だと言うが、とんでもない! 優しい汝が共にいてくれることが、我にとっては大きな喜びなのじゃ。その……毎日添い寝をしてくれて、ありがとうなのじゃ。アリエルを抱いていると、良い香りがして落ち着いて眠れるのじゃ。あとオシメを替えてもらって、凄く嬉しいぞ。汝のオシメ替えはとても上手なのじゃ」 小萩はポッと赤くなるも、リィムナはサッと青くなる。 「小萩ちゃん、ストーップ! 同じおねしょ癖を持っているのはある意味、嬉しいけれど、言っちゃいけない部分まで話しているよ!」 「はっ!? いかんいかん。これはアリエルとの秘密であった」 小萩は軽く頭を振ると咳を一つし、改めてあやかしに向かって叫ぶ。 「アリエル、これからも我とずっと一緒にいてほしい! 友として、あっ愛しているのじゃ!」 ピキンッ! 次に壊れたのは後ろの右足だ。あやかしは体勢を崩すも、何とか立ち上がろうとする。 しかしそんなあやかしなど眼中に無いように、アリエルは熱く小萩を見つめていた。 「小萩ちゃんっ……! 今の愛の言葉、とても嬉しかった。私も小萩ちゃんへの愛を語るね」 「んなっ!? なっ汝は我のことなど話さなくていいのじゃ!」 「ううん、言うよ。だって私の中には、小萩ちゃんへの愛が溢れているのだから」 アリエルはにっこり微笑むと、あやかしの前に立つ。 「小萩ちゃん。はじめて会ったあの時、私はアル=カマルから天儀にやって来たばかりで、右も左も分からなくて心細かった……。泣きそうになっていた私に、小萩ちゃんは話しかけてくれたね。凄く嬉しかったよ、ありがとう。その後、小萩ちゃんは私の手を引いて、天儀を案内してくれたね。あの時の手のぬくもり、今でもはっきりと覚えてる」 アリエルは小萩と繋いだ方の手を大切に、もう片方の手で握り締める。 「お友達になってくれて、ありがとう。小萩ちゃんは否定するけど、やっぱり『お世話になりっぱなし』だよ。ずっと小萩ちゃんに助けられて、守られている感じがするの」 アリエルは小萩に向かって、微笑みかけた。 「だからせめて、これからも小萩ちゃんのおむつは私が取り替えるから! おねしょ癖が治らなくても、大丈夫だからね!」 「アリエルっ……! 汝という者は、何と立派なおなごなのじゃ!」 「アリエルちゃんっ! 小萩ちゃんっ! 二人っきりの世界から、現実世界に戻ってきて!」 リィムナの必死の叫びで、二人はハッと我に返る。 「だっだから、小萩ちゃんは私にとって、小さな王子様なの。これからもずっと、お友達でいてね! 小萩ちゃん、大好きだよ!」 バキィッ! 「今度は後ろの左足が壊れたね。もうまともに動けそうにないけれど、後は後続部隊に任せよう。……って二人とも! イチャイチャしてないで、早くここから去るよ!」 小萩に抱き着き、頬に口付けをしているアリエルを見て、リィムナは声を荒げた。 「わっ分かったのじゃ……」 「うふふ。照れてる小萩ちゃん、凄く可愛い……。けど今はこの場から早く出ないと、ね」 リィムナ、小萩、アリエルの三人はすぐにあやかしから離れ、建物の影に隠れる。 次にあやかしの前に出てきた開拓者は、エルレーン(ib7455)、ラグナ・グラウシード(ib8459)、日依朶美織(ib8043)の三人。 しかしエルレーンとラグナの間には、青白い火花が飛び散っている。 「ねぇ、おバカのラグナ。モテない騎士のクセに、なぁんでこの依頼を引き受けたの? 愛の言葉を語る相手なんて、いないじゃん」 「人のことが言えるか! おまえだって恋人はいないだろう!」 バチバチっと火花が放たれる中、ズイっと前に出たのは美織だ。 「お二人はお話中のようですし、まずは私から愛を叫びます! 相手はもちろん、愛おしい私の先生です! もっとも今は愛おしい夫になりましたが」 頬を赤く染めながら、美織はあやかしに向かって行く。 あやかしは片手を上げて美織を殴り飛ばそうとするが、夢見心地の顔をしている美織はヒョイヒョイッと避けながらも語り出す。 「私の存在は頭のてっぺんから足のつま先まで、全て先生の物です! 先生が望むのならば、私はどんなことだって喜んでやれます! 目でおせんべいを噛めと言われれば、やります!」 「そっそれは痛そう……」 「裸で神楽の都を走れと言われても、何の躊躇もしません!」 「いや、やったら捕まるから。そこは躊躇した方がいいぞ?」 エルレーンとラグナのツッコミも耳に入っていないように、美織はどんどん熱くなる。 「奴隷にだって、ペットにだって、家具にだって、喜んでなりましょう! むしろそういう命令は大歓迎です! もっと強引に、無茶な命令もいっぱいしてください!」 普段は大人しい美織の豹変ぶりに、二人は言葉と顔色を失う。 しかし美織の眼は今まで見たことがないぐらいにキラキラと輝いており、止めるのも気が引ける。 「何万回、何億回、言っても足りません! 先生が大好きです! 心の底から愛しています!」 バキンッ! 美織の魂からの叫びを聞いた途端、あやかしの右の前足が壊れた。 あやかしはバランスを崩してフラフラするも、まだ戦えると言わんばかりに殺気を向けてくる。 その様子を見て、美織は悔しそうに顔をしかめた。 「くぅっ……! まだ先生への愛の語りが足りなかったようですね」 「いやいや、もう充分だよ」 「汝は少し、休憩しような」 「あっちで水でも飲もうね」 物陰からリィムナ、小萩、アリエルが出てきて、まだ語り足りなさそうな美織の体をガッシリ掴んで連れて行く。 「ごっほん! それじゃあ私の番だね。えーっと、うーんっと……。じゃあ『まだ見ぬ恋人』へ!」 エルレーンは少し照れながらも、大きく口を開く。 「わっ私をどっかで見守ってくれているステキな男の人に、早く会いたいの! がんばっている私をぎゅうっとしてくれて、『かわいいね、エルレーン』とか言ってくれて。カッコ良くって、強くて、優しくて、後ちょっぴりお金持ちの男の人ぉー! 早く私を迎えに来てー!」 ボキッ! エルレーンの渾身の叫びを聞いた途端、あやかしの左の前足が飛び散る。 残りは頭と胴体のみ。 それでもなお攻撃しようと暴れるあやかしを見て、ラグナはスっと眼を細めて前に出た。 「エルレーン、叫び疲れただろう? 後は私に任せて、おまえは美織達と合流するといい」 「そっそう? ならお願いね」 エルレーンは腹の底から叫んだせいで、顔が真っ赤になり、肩を揺らしながら息をしている。 フラフラしながら美織達の所へ向かう背中を見た後、ラグナはあやかしに近寄った。 「イチャイチャカップルや新婚夫婦達を襲うあやかし、とはな……。私からしてみれば、正義の使者のような存在なのだが……」 「真剣な表情で、バカ言ってそう」 ラグナから離れ、美織達と合流したエルレーンは水を飲みながら様子を見ている。 「ぶっちゃけ仲間達が愛の言葉を叫ぶたびに、攻撃的な気分にさせられたっ……! しかし今回の依頼はおまえを倒すこと! と言うことで、うさみたん! 私は『まだ見ぬ恋人へ』の愛を叫ぶぞ! しっかり聞いてくれ!」 背負っているうさぎのぬいぐるみに力強く声をかけると、ラグナは大きく息を吸い込んだ。 「ああっ! 愛しの君よ! 君は何故まだ私の前に、現れてくれないのだ! どうか一刻も早く、その姿を見せておくれ! 美しく、気高く、愛らしく! そして胸が大きく、賢く、料理が上手で、胸が大きい私の天使……」 「やかましいっ!」 パッカーン! 「おぶっ!?」 ボキンッ! エルレーンが投げた柄杓がラグナの後頭部に当たったのと、あやかしの胴体が壊れたのはほぼ同時だった。 「胸ばっか強調して、私への嫌みかっ!」 「エッエルレーンさん、落ち着いてください」 「ヤツはただ、思ったことを言ったまでじゃ! 深い考えなどあるわけなかろう?」 取り乱すエルレーンを、美織と小萩が後ろから羽交い絞めにして止める。 だがあやかしの叫び声で、エルレーンは冷静さを取り戻した。 すでに顔だけになっているのに、まだ動いているのだ。 「まったく……。感心するような、呆れるような執念深さだね」 「人の負の感情は、時にはアヤカシの上をいってしまう……。悲しいことです」 リィムナとアリエルは顔をしかめつつ、あやかしを見つめる。 「でも後一息だね! ラグナ! 止め、いくよ!」 「おっおう……」 エルレーンに声をかけられ、震えながら起き上がったラグナ。 隠れていた五人は再びあやかしの前に出て来て、全員で一斉に叫んだ。 「愛してるーっ!」 あやかしの目がカッと見開いたかと思うと、次の瞬間には眩しい光を放つ。眼を閉じ、光がおさまった頃に再びあやかしを見ると、そこには大量の壊れた絵馬が地面に落ちているだけだった。 ●あやかしは絵馬に戻り…… あやかしを退治した後、結界は解かれた。 神社の管理者達は壊れた絵馬を回収し、すぐに焚き上げを始める。 「人間の負の感情は、おっかないものだな。まさか、あやかしまで誕生させるとは」 京司は燃えていく絵馬を見つめながら、しみじみ呟いた。 「下手をすればアヤカシよりも倒しにくい存在を、自ら生み出す人間は恐ろしいとも言えるけれど、でもそれが人間らしいとも言えるわよ」 対して京歌は冷静なものだ。 ギルドで様々な人間を見てきたせいか、アヤカシよりも恐ろしい存在を彼女は知っていた。 だけど何とかしてくれるのもまた、人間であり開拓者達でもある。 上手くバランスが取れているこの世界を、愛おしくも思っていた。 遠い眼をしていた京歌だが、唸り声を聞いて振り返る。 「……にしても、あやかしを退治した開拓者の心の方が心配ね」 「ああ、そうだな」 京司は京歌の視線の先を見て、同意するように頷く。 神社の隅の方で、開拓者達は真っ赤な顔を両手で覆い隠しながら、唸っていたのだ。 その理由は共通で、戦いの時は夢中で気付かなかったものの、かなり恥ずかしい愛の言葉を叫んでしまったことに、冷静になった今、改めて気付いてしまった。 あやかしを倒す為とはいえ、普段であれば滅多に口に出さない言葉を言ってしまったことで、余計に恥ずかしさに襲われているのだ。 「まっ、いつかは本命に語りかける練習だとでも思ってもらいましょう。さて、兄さん。絵馬の回収を手伝いましょうよ」 「あっああ、そうだな」 京司は絵馬を回収する前に、開拓者達に向かって手を合わせ、頭を下げる。 ――そして依頼終了後。 しばらくの間、愛を叫んだ開拓者達の顔は赤かったとさ。 【終わり】 |