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■オープニング本文 ●一年ぶりの雛祭り 「…何か昨年よりも会場、広くない?」 「そりゃあ頑張って良い会場を借りたからな! それに今回は野外舞台もあるぞ! 庭園も立派なものだしな」 神楽の都の開拓者ギルドで受付職員をしている雛奈は、隣にいる幼馴染の青年・篝が張り切っているのを見て遠い眼をする。 思い起こすこと一年前の雛祭り、篝の依頼で開拓者達には生きた雛人形になってもらい、雛祭り会場で客達を持て成してもらった(シナリオ【雛人形になってください】を参照)。 雛人形を展示し、売り出そうとした人形師達の依頼であったが、思った以上に好評だった為に『今年も』ということになったらしい。 雛奈は篝に案内されて、今年の会場に訪れていた。すでに雛人形、舞台、飲食の屋台の準備が始まっている。 「……でも会場が広くなっただけで、内容は昨年と全く同じじゃあ盛り上がりに欠けるんじゃない?」 「そこは一年かけて、ちゃんと考えた!」 開拓者には昨年と同じく、雛人形の格好をしてもらう。 楽器を演奏し、歌を歌い、舞を踊るのも変わらない。 「じゃあどこを変えたのよ?」 「今回は飲食を客に振る舞うのはやめてもらって、違うことをやってもらうことにした。雛人形には弓と刀を持つ武官がいるだろう? 実際に剣舞や弓の技を披露してもらうってのはどうだ?」 「弓の技…と言うと、的当てとか騎射?」 騎射とは馬に乗りながら、弓で矢を射ることだ。相当な弓の使い手で、馬に慣れていなければ難しい。 「ああ。開拓者には弓術士がいるだろう? それにサムライ、志士、騎士は刀や剣を使う。何もアヤカシや無法者に対してばかり、使う技ばかり持っているわけじゃないだろう?」 「開拓者はそこまで物騒な存在じゃないわ!」 拳を握り締め、ガツンっ!と篝の頭を殴った後、雛奈は深いため息を吐いた。 しかし篝の言う通り、得た技をアヤカシや無法者にばかり使っていては、心が荒む。たまにはこういったイベントで、その技を披露すれば息抜きになるかもしれない。 それに開拓者の技であれば、安心して一般人の前で披露できる。 「剣舞は会場内でもやれるけど、流石に的当ては屋外ね。まあここの庭はかなり広いし、馬がいても大丈夫でしょう。それに運良く桃の花が満開だしね」 雛奈はそう言いながら、外へ続く扉を開いた。 薄いピンク色の桃の花が庭に所狭しと植えられており、今は満開になっている。 「ここで的当てを披露すれば良い光景になるでしょうし、設備だけは整えておきましょうか」 「おっおう…」 殴られた頭を押さえ、フラフラしながら篝は雛奈の隣に立つ。 「じゃあ今年は広い会場を借りれたことだし、多くの開拓者を集めましょう」 |
■参加者一覧 / 柊沢 霞澄(ia0067) / 瀬崎 静乃(ia4468) / フェルル=グライフ(ia4572) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / シルフィリア・オーク(ib0350) / キオルティス(ib0457) / 門・銀姫(ib0465) / リア・コーンウォール(ib2667) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 紫吹(ib5493) / Kyrie(ib5916) / アン・ヌール(ib6883) / 月・芙舞(ib6885) / 日依朶 美織(ib8043) / 巌 技藝(ib8056) / 草薙 早矢(ic0072) / 御鏡 咲夜(ic0540) / ミラ・ブルー(ic0542) |
■リプレイ本文 ●雛祭りの準備開始 まだ準備中の会場に集まった開拓者達を前に、雛奈は説明を始めた。 「集まってくださった開拓者の皆様とこれから、打ち合わせをしたいと思います。役名を呼びましたら、する人は名乗り出てください。そして何をするかや、希望することがあれば言ってくださいね」 「まずは五人囃子をする方々〜」 雛奈が声を上げると、四人が前に出る。 「…瀬崎静乃(ia4468)だよ。よろしくお願いします。持ってきた哀桜笛で、演奏をするよ」 「俺はキオルティス(ib0457)。オレも持ってきたハープで演奏するゼ。吟遊詩人としての腕を披露する良い機会だ」 「ボクは門・銀姫(ib0465)だよ〜♪ よろしくね〜♪ ボクも持参してきた平家琵琶を演奏するよ〜♪ 歌の伴奏も任せてくれたまえ〜♪」 「アハハ! 今からでも歌っちゃうぐらい、楽しみだよね。あたしはリィムナ・ピサレット(ib5201)。歌い手になるんだけど、女雛の衣装を着たいんだよ。あと準備してほしい物があるよ」 「それでは後で巻物に書いて、渡してください。当日まで準備しておきますから。それではあちらにある仮設の更衣室で、衣装の試着をしてください。左にあるのが男性用で、右にあるのが女性用です」 会場の奥に、仮設の更衣室が作られていた。四人は頷いて、雛奈の手が示す更衣室に向かって行く。 「次に随臣役で、剣舞をする方は名乗り出てください」 「はいよ。あたいはシルフィリア・オーク(ib0350)。観客を魅了する剣舞をするよ」 「あっ、シルフィリアとあたいは一緒に剣舞をするんだ。あたいは巌技藝(ib8056)。道具は用意してもらいたいね」 「私はリア・コーンウォール(ib2667)だ。実は持ってきた片鎌槍・鈴家焔校で舞いたいんだが、どうだろう?」 リアが持ってきた槍を持ち上げて見せると、雛奈の表情が僅かに曇った。 「う〜ん…。まあ広い場所で、ゆっくりした動作であれば危険はなさそうですし、許可は取っておきます」 「ありがとう」 リアはほっと胸を撫で下ろす。 「剣舞の方は以上、三名ですね。では次に弓矢の方〜」 「リンカ・ティニーブルー(ib0345)、騎射を希望する。弓はあるが、馬は準備してもらいたい。そしてスキルも使用したい」 「私もやるぞ! ああ、私の名は篠崎早矢(ic0072)。弓は持ってきているし、馬の方も霊騎の夜空がいるから大丈夫だ。それとスキルを使用するからな」 「ミラ・ブルー(ic0542)です〜。お馬さんがない方の、弓矢の的当てをしまぁす。ちなみにロングボウ・流星墜を持ってきていましてぇ、スキルを使用したいですぅ」 「了解しました。弓矢の方も三名ですね。では更衣室に向かってください」 「それでは女雛をする人達、前に出てください」 「はっはい…。柊沢霞澄(ia0067)、女雛希望です…」 「あたしも。名は紫吹(ib5493)、よろしくねぇ。芸事は得意だし、せっかくだからね」 「アン・ヌール(ib6883)だ。俺様も女雛を希望するのだ!」 「日依朶美織(ib8043)と申します。よっよろしくお願いします」 四人の女雛役達を見ていた雛奈の視線が、美織でピタッと止まる。 「美織さんは…性別な男でしたっけ?」 「はっはい、そうです。…あの、女装用のもありますか?」 「ありますが、流石に更衣室は男性用ですからね。では、女雛役の人達も更衣室に行ってください」 四人がそれぞれ更衣室に入った後、一人の男性が前に出た。 「どうやら男雛役は私一人のようですね。Kyrie(ib5916)と申します。美織君と舞を踊るつもりです」 「分かりました。ですが他の女雛役の人が希望されたら、少しの間でも一緒に踊ってあげてくださいね」 「それは分かっています。女性のお祭りですしね」 柔らかく微笑みながら、Kyrieは一人で更衣室に向かう。 「じゃあ最後は三人官女ですね」 最後に残った三人に声をかけると、頷かれた。 「私はフェルル=グライフ(ia4572)です。昨年も参加させていただきましたし、今年もよろしくお願いします」 「あたいは月・芙舞(ib6885)。できれば背中の白い翼が出るような衣装にしてもらうと良いんだけど…」 「私は御鏡咲夜(ic0540)と申します。舞を踊りたいんですけど、経験が少なくてちょっと不安です。できれば教えてもらえると嬉しいんですが…」 「芙舞さんの件は衣装の担当者と相談すれば大丈夫ですよ。咲夜さんの件は、舞の経験者のフェルルさんが適任だと思います。ああ、それに芙舞さんはクラスが巫女ですし、お二人から習われると良いですよ」 雛奈に視線を向けられると、二人はニッコリ微笑んで見せる。 「では三名の方も更衣室に向かってください。着替え終わったら、早速予行演習を始めたいと思います」 ●そして雛祭り当日 五人囃子の演奏と歌 会場には多種多様の雛人形が飾られ、主に女性達が会場に多く入ってくる。 祭りが始まる直前にキオルティスはスキルの口笛を吹き、五人囃子達の空気を心持ち穏やかにさせた。 最初の曲は春をイメージしたもの。冷たい雪が溶け、水になり、川に流れていく。そして小鳥が歌うように鳴き、春の花が見事に咲き誇る光景が眼に浮かぶような曲を、五人囃子達は演奏した。 しかし曲は穏やかなものだが、キオルティスの衣装は派手だ。衣装の形は五人囃子そのものだが生地の柄や色が豪華で、いろんな意味で目立つ。なので女性達が視線を向けていることに気付くと、片目でウインクをして見せたりする。 真面目にハープを演奏するもののあまりにウインクする回数が多いので、隣に座る静乃は哀桜笛を吹きながら肘でキオルティスの横腹をどついた。 小さく唸るキオルティスを無視し、黙々と演奏を続ける。しかし静乃は小さな女の子がこちらを見ていることに気付くと、軽く手を振ったりした。 「何か理不尽だゼ…」 その様子を、キオルティスはどこか恨めしげに見つめる。 やがて曲が終わると、次は楽器ごとの演奏となった。まずは小鼓、大鼓、太鼓の演奏が始まるので担当者以外は少しの間、休みとなる。 その間に平家琵琶を調整する銀姫は、ご機嫌に小さな声で語った。 「いつもみたいに場末で一人、弾き語りをするのも良いけれど〜♪ こういう季節物の企画に参加して、盛り上げるのも吟遊詩人としての務めだよね〜♪ 大きなイベントに協力することによって、よりいっそうの経験を積んで、次に活かすことができたら良いよね〜♪」 「…僕は陰陽師だけど、そう思います」 「まっ、こういった場で演奏するのも楽しいしね。何より女の子がいっぱいのイベントなんて、最高だねぇ」 懲りずに再び女の子に手を振るキオルティス。 銀姫と静乃は呆れたため息を吐くのであった。 「楽しい歌を、歌うニャよ♪」 一方、歌い手のリィムナは自分の順番をワクワクしながら待っている。女雛の衣装を動きやすいように少々手を加え、聖鈴の首飾りを首輪にし、衣装係と共に作った猫耳のカチューシャと猫の尻尾を身に付けていた。 各楽器の演奏が終わると、最後は歌い手による歌になる。リィムナは他の女の子の歌い手達と共に、会場内を歌いながら歩き出した。 にゃんにゃん♪ あたしは猫のお雛様〜♪ 幸せ招く、招き猫〜♪ あたしが歌えば、幸せいっぱい♪ 花も思わず綻んで、満開の笑顔を見せちゃうにゃん♪ 春のお花がいっぱい、たっくさん♪ 桃の節句、雛祭りを楽しむにゃん♪ 会場の所々にはリィムナに頼まれて、花の咲いていない春の植物が置かれている。聖鈴の首飾りを通じ、華彩歌を発動させたリィムナが植物の近くを通るたびに花が咲いていく。六分間、聖鈴を鳴らし続けることによって、一時間は花が咲き続けられる。会場内に、甘い花の匂いが満ちていく。 リィムナ達の姿を、三人の演奏者達は微笑みながら見つめるのであった。 ●随臣の剣舞 雛祭りの主催者達から槍を使う許可を得たリアは、桃の花びらが舞い散る中、外の舞台で舞を披露している。 「はぁっ! せいっ! やあっ!」 自分の身長を抜かすほどの大きな槍を、まるで体の一部のように豪快に振るう姿は見ていて気持ちが良い。随臣の衣装も良く似合っており、リアの舞台の周辺には多くの観客が集まっていた。 リアは使い慣れた武器を手にしているおかげで、落ち着いた態度で動き続ける。 そんなリアの舞台を見て、シルフィリアと技藝は気合が入った。 「あたい達も立派な剣舞を見せようか」 「そうだね。それじゃあそろそろ移動しようか」 随臣の衣装に身を包み、用意してもらった刀を腰にさしている。 シルフィリアは好奇心に眼を輝かせながら、自分の衣装や刀を見た。 「それにしてもこういう趣向の企画も楽しいもんだね」 「そうだろう? あたいは昨年もこの企画に参加したんだけど、会場が狭かったから剣舞はできなかったんだよ。でも今年は良い会場と相方が見つかったから、張り切って剣舞をするよ」 「嬉しいことを言ってくれるねぇ、技藝。あたいとしても技藝との剣舞は願ったり叶ったりさ。頑張ろうね」 二人は微笑み合いながら、自分達の舞台に上がる。舞台には既に、剣舞に合わせて楽器を演奏する者達がいた。 舞台の真ん中に来ると二人は向かい合い、互いに礼をする。その間にシルフィリアは士道を発動し、自分を見る者の心象を良くした。 そして刀を抜き、相手を真っ直ぐに見つめながら構える。すると楽器の演奏が始まり、空気がピリッとするような緊張感が流れる中、先に動いたのは技藝だ。乱剣舞にて攻撃するも、シルフィリアは身軽な動きで避けたり、または刀で受け止めたりする。 次にシルフィリアの攻撃。ブラインドアタックを発動させ、素早く刀を振るう。 「おっと。やるねぇ、シルフィリア」 間一髪で避けた技藝だが、髪の毛が数本斬られて落ちた。 「多少なりと本気でないと、見物人を楽しませることはできないからね」 二人は笑みを崩さぬまま、攻防を続ける。 気合の入った二人の剣舞を、見物人達は息を潜めて見つめ続けた。 「なら、コイツはどうだい?」 技藝は衣装の下にファイティングレガースを装着している足で、疾風脚を発動させる。 シルフィリアは一瞬、真顔になり、足と腰に力を入れて全力で避けた。しかし袖の部分が切り裂かれる。 「おやおや。後で衣装係の人に怒られるね」 「その時はあたいも一緒に怒られるよ」 かける言葉とは裏腹に、技藝はシルフィリアの刀による攻撃を背拳で避ける。 華麗な舞に見える剣舞だが、シルフィリアは不意にその眼に真剣さをにじませた。 「いつまでもこうして技藝と舞っていたいが、勝負をつけさせてもらうよ」 そして回避が困難な流し斬りにて、技藝を斬りつける。――が、倒す為の攻撃ではなかったので、技藝が着ている束帯の袍がスパッと切れただけだった。 「…あーあ。名残は惜しいが、時間だね」 技藝は切り裂かれた胸元を見ながら刀を下ろし、鞘におさめる。 シルフィリアも同じく刀を鞘に入れて、再び向かい合い、礼をした。 見物人達から盛大な拍手と歓声が上がるのを見て、笑顔で手を振って応える。 ●随臣の的当てと騎射 飛ぶ矢が危険ということで、庭の奥の方で的当てと騎射が行われることになっていた。 的当てをやるミラは、随臣の格好をして喜んでいる。 「こういう和服も良いものですね〜」 一人ではしゃいでいたが、自分の順番が回ってきたことを他の参加者から教えられ、ロングボウを持って慌てて立ち上がった。 「はわわっ! つい束帯に夢中になっていました〜」 そして立ち位置に向かおうとするも、慣れない和服を着ているせいでボテっと転んでしまう。慌てて周囲の人に助けられながら起き上がり、再び向かうも、たどり着くまでに三度ほど倒れた。 他の参加者や見物人達がハラハラとしながら見守る中、多少ホコリっぽくなったミラは的を真剣な眼付きで見つめる。 ロングボウを構え、即射を使いながら的に向かって矢を放つ。素早く何本もの矢が中心に刺さり、あまりに一瞬のことに見ていた者達は呆気に取られる。 全ての矢を射った後、ロングボウを下ろしてミラはため息を吐く。 「ふぅ…。あのぉ〜、この程度しかできないんです〜」 照れながら頭を下げるミラを、周囲の人々はポカーンとしながら見た。 「さて、馬も準備してもらったし、いつも使っている武器の弓・弦月もこの手にある。後は失敗せずにやるだけだが…」 馬に乗っているリンカは、霊騎の夜空に乗って、強弓・十人張を手にしている早矢をチラッと見る。 「ふっふふふっ…! ついにこの日が来たぁ! 人生の全てを弓と馬に捧げていたが、弓馬の道は何も戦うだけではない。神事を彩ることも見せつけてやらねば! なあ、夜空!」 夜空は早矢に応えるように、甲高く鳴いた。 「…こういう神事にあまり参加したことがないのだろうか? それとも戦い過ぎて、妙な反動が出ているとか?」 リンカは妙にテンションの高い早矢と夜空を見て、冷静に眼を細める。しかし進行係に声をかけられ、我に返った。 「おっと、出番か。それじゃああたいは先に行くからな」 早矢に声をかけるも、届かず。ため息を吐いて馬を操り、弓を持ち構えた。 騎射のコースは、庭園をぐるっと一周することになっている。馬が走る道は整えられており、所々に的が立ててあった。馬を走らせながら、弓術師達は矢を的に当てなければいけない。 リンカは安定して矢を放てるように安息流騎射術を発動させながら、馬を走らせる。そして鷲の目にて視力を上げた眼で的を見つけると、即射にて素早く矢を番えて放った。矢は遠く離れた場所からも、見事に的の中心に命中する。 「よし」 見物人達から、わあっと歓声と拍手がわき上がった。 桃の花が咲き乱れる中、リンカは次々に矢を放って行く。 そして庭園を一周した後は、早矢と交代する。 「さあ、行くぞ! 夜空! 全速力で走れば良い。騎射は私の一番の特技だからな!」 颯爽と走り出した夜空に乗りながら、早矢は鏡弦を発動させる。本来なら弓の弦を鳴らし、アヤカシの存在を察知するスキルだ。しかし今回は雛祭りに行う騎射ということもあり、スキルの効果が無いことは承知であえて使う。 「見せる為に使うスキルがあっても良いな」 弦を派手にかき鳴らしながら、早矢は呟いた。 そして的を見つけると五文銭で命中率を上げ、矢を放つ。ヒュンッと空気を裂く音がしたかと思った時には、矢が的の中心に刺さっていた。 「うん。やっぱり夜空と一緒で、矢を放てば百発百中だな。今日は天気も調子も良いことだし、どんどん的に当てていくぞ!」 先程とは違った爽やかな笑顔で、早矢は矢を放っていく。 ●女雛、男雛、三人官女の舞 会場の中にある舞台では、女雛達による舞が始まろうとしていた。 舞台の隅で出番を待つ霞澄は、ソワソワしながら着ている女雛の衣装に触れる。 「昨年は三人官女をしましたが、今年は女雛役です…。緊張しますね…」 「おっ俺様、大丈夫か? 変なところ、ないか?」 「大丈夫よぉ、アン君。ちゃんと可愛いから、安心して」 紫吹はアンの肩を軽く叩き、落ち着かせるように笑みを浮かべて見せた。 そして準備が終わり、女雛達は次々に舞台に行く。五人囃子達の演奏と歌が始まり、一気に会場が盛り上がる。 「さぁて、各々自由に踊りましょうね」 紫吹の言葉に、二人は弱々しく微笑みながらも頷いた。 「みなさんのように上手く舞えないかもしれませんが、精一杯踊ります…」 霞澄は十二単に檜扇を手に持ち、舞台に立つと舞い始める。儚げな美しさを持つ霞澄の舞は、幻想的な空間を作り出す。 「まずはスキルの笑顔を使って、最高の笑顔を作ろう。そしてシナグ・カルペーを発動させれば他の女雛とぶつかることもなく、踊れるな」 小さく呟きながらアンはスキルを使い始めた。そして満面の笑顔で、軽やかな舞を踊る。小柄ながらも一生懸命に踊る姿は幼い少女達の視線を集め、気付いたアンは手を振った。 「うんうん。可愛い女雛が舞うのを間近で見るのも良いものだねぇ。まっ、あたし自身も舞っているんだけど」 踊り慣れている様子の紫吹は、霞澄とアンの舞う姿を見て微笑んだ。しかしふと、遠い眼をする。 「…でもこうしていると、太夫時代を思い出すね。良い思い出ばかりじゃないけど、今となっては大切な思い出と言える。時間の流れってのは不思議なものね」 過去を思い出し、少しシンミリしたものの、すぐにキリッと表情を引き締めた。 「霞澄君のように儚くも美しい舞や、アン君のように元気で可愛らしい舞も良いけれど、あたしの舞は一味違うわよぉ」 ニッと笑うと、改めて檜扇を持ち直して踊りだす。紫吹は男雛に恋焦がれる女雛を演じ始める。男雛を愛し、愛され、激しい感情を表現する舞は、他の女雛達の舞とは雰囲気が違っていた。 「過去の経験を活かさなきゃね。男雛に愛されることによって、色気たっぷりになる女雛も良いものでしょ?」 観客達の視線を集め始めた紫吹を、霞澄とアンも見ている。 「紫吹さん、素敵です…」 「ううっ…。俺様には無い女の色気を使うとは…」 しかし二人も負けじと、踊り続けるのであった。 外の舞台では、女雛と男雛の二人一組の舞が始まろうとしている。 「きっKyrie先生との舞、ぜっ絶対に成功させます!」 「そうですね。頑張りましょう」 女雛の衣装を着た美織の肩を、男雛の姿になったKyrieが優しく触れた。それだけで、美織の顔は真っ赤に染まってしまう。 「はっはい!」 「そんな緊張せずに。ほら、桃の花が満開ですよ。舞台を囲むように植えられているのは風流ですね。こういった場所で踊れるんです。楽しみましょう」 「そっそうですね」 別の意味で美織は緊張しているのだが、Kyrieは気付かずに桃の木を見上げて微笑んでいる。 やがて進行係に声をかけられ、二人は他の参加者達と共に舞台に上がった。 「まっまずは巫女の舞、ですね」 「ええ。女の子達の成長を願って、踊りましょう」 美織は神楽鈴を手に持ち、Kyrieは笏を持って舞い始める。二人とも巫女であるので、舞も慣れたものだった。 真剣な表情で、楽器の演奏に合わせて踊る。しかし曲調が爽やかで穏やかなものから、しっとりとした艶やかなものになると、女雛と男雛達は間近で踊りだした。 「さっ、美織君。今度は私達の独自の踊りを見せましょう」 「はい!」 Kyrieは美織を抱き寄せ、動きの早い舞を踊り始める。また美織をお姫様抱っこをして、クルクルと回って見せたりした。 「あうぅ…、Kyrie先生の顔がとても近くに…。ずっとこうしていたい気もしますが、何だか熱くなってきました」 傍から見るとKyrieに振り回されているように見える美織の顔は、どんどん赤くなっていく。 しかし踊りに夢中のKyrieは、全く気付かなかった。 そして演奏が終わると同時に、舞も終わる。舞台から降りる時、Kyrieは軽く息を吐いた。 「ふぅ…。流石にちょっと汗をかきましたね。…おや? 美織君、顔が赤いですけど、少し振り回し過ぎましたか?」 「いっいえ、大丈夫です! 熱もありません! ただちょっと…慣れない場だったので、緊張しちゃっただけです」 慌てて美織は手を振って否定する。 「そうですか。お水をもらって、少し休憩しましょう」 「ですね」 美織の気持ちに気付かないKyrie。そんな彼の横顔を、美織は複雑な笑みで見つめたのだった。 会場内の舞台では女雛だけ、男雛だけの舞が終わり、三人官女達の舞が始まっている。 長柄、島台、提子を持たない代わりに檜扇を手に持ち、楽器の演奏に合わせて踊っていた。 「昨年も盛り上がりましたが、今年も観客の人達を楽しませましょう」 フェルルは観客達に優しく微笑みながら、優雅な舞を踊る。 そんな彼女の姿を見ながら、咲夜も舞っていた。 「フェルルさん達に舞を教えてもらえて、良かったです。おかげで何とか踊れるようになりました」 口ではそう言うものの、咲夜の舞は玄人並みである。落ち着いた態度で踊る姿は、安心して見ていられた。 会場で打ち合わせをした日から、咲夜はずっとフェルルと芙舞に舞を習っていたが、二人が感心するほど飲み込みが早く、あっと言う間上達したらしい。 咲夜はフェルルや芙舞達と踊ることを望んでいたが、既に一人でも充分に舞えるようになった為に、個人で踊ることになった。 最初は不安を感じていた咲夜だが、演奏に合わせて踊っているうちに楽しくなってくる。 「良い先生達に出会えて、良かったです」 咲夜は静かに微笑みながら、立派な舞を披露するのであった。 そして芙舞は背中の白い翼を広げて踊る為に、他の三人官女達から少し距離をとって舞っている。 「良い衣装を作ってもらったことだし、巫女として立派に舞わなければ」 まるで天女のような美しさを持つ芙舞は、自らの踊りに自然の動きを重ね合わせていた。芙舞は日々精霊達の為に舞っていたが、今だけは女の子達が健やかに育つよう祈りながら踊っている。 「(いろいろと凶事が続く今だからこそ、全てのものに感謝の思いを込めて舞いましょう)」 心の中では切実な願いを持ちながらも、顔では優しく微笑みを浮かべていた。 ●最後の盛り上がり? 五人囃子の静乃、キオルティス、銀姫、リィムナは会場で演奏と歌を続けている。 随臣役のリア、シルフィリア、技藝、ミラは自分達の出番を終えたので会場の中に入り、舞を見学したり、観客達を相手に話をしたりしていた。リンカと早矢は馬を庭園の奥に置いて会場内に入り、白酒を飲みながら談笑している。 三人官女のフェルル、芙舞、咲夜は踊り終えると舞台から降りて、子供達に菱餅や雛あられ、甘酒を振る舞っていた。 舞台では今、女雛と男雛の舞が披露されている。 唯一男雛役をしているKyrieは美織の他に、女雛役の霞澄やアンとも舞った。二人とも男性と踊ることがあまりなかった為、緊張させないようにKyrieは優しく静かに共に踊った。 そして最後に紫吹と舞っているのだが、二人の間に妖艶な空気が流れているのを見て、美織は頬を膨らませている。 「ふふっ。Kyrie君の可愛がっている美織君、嫉妬しているみたいねぇ」 「そうですか? 美織君とは最初に踊ったんですけどね」 Kyrieは紫吹の言葉の意味がよく分からないといった様子で、首を傾げた。 「おや、まあ。あの子、苦労しているようだねぇ」 コロコロと笑う紫吹からは、軽く酒の匂いがしてくる。 「…もしかして、お酒飲んでいます?」 「ちょいとね。喉が渇いたもんで」 それでもちゃんと踊れているのだから、Kyrieは肩を竦めるしかない。 そして演奏と歌は最高の盛り上がりを響かせ、終了した。同時に、舞も終わる。 大歓声と拍手が起こる中、観客達に頭を下げていた紫吹は、同じく頭を下げているKyrieを見て何かを思いついたような顔をした。顔を上げたKyrieの前に突然移動し、観客に背を向けて背伸びをする。 「きゃああっ! Kyrie先生ー!」 美織達の眼には、まるで二人が口付けをしたように見えた。 しかし実際は、唇が触れる寸前で紫吹は止まっていた。 「…うふふっ。最後に大盛り上りをさせることができて、良かったわ」 「……コレ、盛り上がっているんですか?」 Kyrieは呆れた表情で、耳を塞いで騒ぎを防ぐ。 美織は唸りながら倒れてしまい、仲間達は慌てて駆け寄った。 【終わり】 |