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■オープニング本文 ●甘い罠 東房王国と陰殻王国の境目には、一つの神社があった。山の中にある神社は、しかし参拝客が毎日のように訪れる。その理由は、神社が恋愛を司る神を祭っているからだ。恋愛に関する願いを持つ者は、道が険しくても頑張ってここまで来ていた。 「…しかしそれもこの前までの話し、ですね」 「ええ…」 東房王国の開拓者ギルドで受付職員をしている美島と、陰殻王国の開拓者ギルドで受付職員をしている利高は険しい表情で、神社のあった場所を見ている。 数日前、神社の上に運送用の小型飛行船が落ちてきた。ゆっくりと落ちてきた為に、神社にいた人々は慌てて避難したので何とか無事であった。飛行船に乗っていた者達もすぐに助けられ、重傷を負いながらも死者は幸いにも出ていない。――が、神社と飛行船は大破し、原型すら分からない姿となった。近くに川があったおかげで火はすぐに消せたものの、全てが黒焦げ状態だ。 今は開拓者ギルドがここを調査している。依頼調役達が美島と利高に、次々と報告していく。二人は眉間に皺を寄せながら、いったん現場から離れた。 「ほとんど燃えてしまって、積荷や神社の物の残骸は見つけにくいものですね」 美島は巻物に書かれた飛行船の積荷一覧表を見ながら、困り顔でため息を吐く。 「まあチョコレートの材料は燃えやすいみたいですからね。…問題のモノはどうなのかは分かりませんが」 利高は声を潜め、神社の奥へと視線を向ける。そっちには魔の森に侵略されつつある冥越国が見えた。 実はこの神社は少し前から瘴気が冥越国より流れてきており、調査の対象となっていた。 そこへ飛行船が落下したことから、もしかしたら瘴気による何らかの影響があるのではないかと考えられる。 その後、東房王国に事件が起こり始めた。 深夜、男が一人出歩いていると、目の前に美女が現れる。美女は自分の好みに合った姿をしており、ついフラフラと近付いてしまうと、女の方から抱き着いてきた。そして口付けをかわした途端、口の中にチョコレートが流し込まれる。慌てて離れようとしても、女は凄まじい力を発揮し、離してくれない。そして翌朝、体の外も中もチョコレートだらけになって失神している男が発見される――という事件だった。 その後、同じ事件が続くものの、しかし現れる女性の姿はコロコロ変わる。男の好みの女性の姿をしていることだけが、共通点だ。 何かしらの特殊な力が動いているのではないかと思った開拓者ギルドは、事件をさかのぼってみることにする。そしてたどり着いたのが、この神社の事件だった。 飛行船に積まれていたのはチョコレートの材料。バレンタインの為に、天儀に輸入されるはずだったのだ。 そしてこの神社は恋愛絡み。御神体である女性の形に彫られた木の像には、宝珠がいくつか埋め込まれていた。 「……あまり考えたくはないことですが、飛行船自体に何かあったのではなく、瘴気を取り込んでしまった宝珠の力によって引き寄せられたと考えた方がいいですね」 「美島さんの言う通りでしょう。操縦士が言うには神社の敷地に入った途端、いきなり引き寄せられるようにして落ちたらしいですから」 「そして瘴気に侵略されながらもかろうじて結界となっていた社も壊れてしまい、瘴気は御神体を乗っ取ってしまったようですね」 「ところがチョコレートまで取り込んでしまい、御神体は長年恋愛に関する願いを聞いてきたことで、妙なアヤカシが誕生してしまった――ということですか」 二人は顔を見合わせると、がっくりと項垂れる。 今のところ、せいぜいチョコレートの食べ過ぎで鼻血を出した者や、一晩中外で気絶していたので風邪をひいた者が数人いるぐらいだ。しかしだからと言って、このまま何もしないわけにもいかない。 美島は改めて巻物を広げ、積荷を確認する。 「飛行船に積まれていた分のチョコレートの量がなくなれば、木の像の姿に戻りそうですね。そうなれば瘴気を取り込んだ宝珠が見えるでしょうし、宝珠を破壊すればアヤカシも消滅するでしょう」 「でも瘴気を取り込んでしまった宝珠入りの木像ですからね。男をチョコレートまみれにする以外に、次にどんな暴れ方をするか分かりません。早速開拓者を集めて、討伐に向かわせましょう」 「利高くんの言う通りですね。体の中も外もチョコレートまみれになりそうですが、頑張ってもらいましょうか」 |
■参加者一覧
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
伊波 楓真(ic0010)
21歳・男・砂
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
紫ノ眼 恋(ic0281)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●甘い戦い? 深夜、Kyrie(ib5916)は提灯を持ちながら、いつもより青白い顔でフラフラと夜道を歩いている。 「ううっ…。朝から何も食べていないと、流石にキツイですね…。しかしこれもチョコを美味しくいただく為ならばっ…ん? …甘い匂いがしますね。一体どこから……」 匂いを辿ると、闇に浮かぶ満開の桃の木の下に一人の女性が立っていることに気付いた。黒いドレスを着ており、長い黒髪が顔を隠している。 「お嬢さん、こんな深夜にお一人では危ないですよ?」 Kyrieが近付くと、女性は顔を上げた。その顔はKyrieにそっくりで、まるで双子のようだ。 「おおっ…! 話には聞いていましたが、まさに私の理想そのものですね。…ああ、やはり私は美しい。女性になっても、この美しさは変わらないのですね」 うっとりと呟きながら、Kyrieは女性を優しく抱き締める。そして近付いてきた唇を、あえて受け入れた。薄く開いた唇から、トロトロと甘いチョコが流れ込んでくる。 「(冷たくも喉越しの良い飲めるチョコというのも、イケますね。もうどんどん流し込んでください!)」 Kyrieは自らチョコを味わおうと、女性の体を強く抱き締めた。――だがあまりに長い間、口付けをかわしていたせいで、Kyrieは鼻血を出してしまう。 それでもなお女性から離れないKyrieを見て、篠崎早矢(ic0072)はとうとうブッツン切れた。 「いい加減にしろっ!」 物陰から出て来た瞬間、強弓・十人張を使い、女性に向かって矢を放つ。 Kyrieは素早く女性から離れたが、矢はしかし、体を液体のチョコと化したアヤカシには刺さらず、滑って地面に落ちる。 「おやおや、せっかくの美貌が崩れてしまいましたか。でもその姿もある意味、魅力的ですよ」 Kyrieは鼻紙を鼻に入れて、血を止めようとした。 今の二人の眼には、一・五メートルほどの大きさの木像がチョコまみれになっている姿が見えている。 正体をあらわにしたアヤカシは、両手を上げた。すると手のひらから、丸い球が次々と作り出されては宙に浮かぶ。それらを一斉に、早矢に向けて放った。 「女に対しては随分な態度だな!」 早矢はスっと眼を細めると、飛んできたチョコの球を次々と矢で打ち落とす。 その光景を見て、アヤカシは後ろに身を引く。逃げようとしていることを察した早矢は、慌てて駆け寄ろうとした。 「待て…って、うわぁ!」 足元がズルっと滑り、咄嗟にしゃがんで体勢を直す。 「地面にチョコを流したのか…。暗いから気づかなかったな」 顔を上げれば、すでにアヤカシの姿は消えていた。 「Kyrie! お前は何をしていた…って、本当に何をしている?」 「スキルの一つ、閃癒で鼻血が治療できるか試していました」 鼻紙を入れているせいで鼻声ながらも真面目にスキルを使っているKyrieを見て、早矢は深いため息を吐く。 「まったく…。男にとって理想の女性の姿に見えるアヤカシなんて、とんでもないな! これでは女が警戒されるばかりだ。ただでさえモテない私が、ますますモテなくなるではないか! おのれ、アヤカシめっ!」 「…そのセリフ、男性バージョンで言っている人がいたような…」 燃え上がる早矢を見て、Kyrieはふと、ある友人のことを思い出す。 「ふぁっくしゅっ、はっくしょい! …ふっ、アヤカシめ。私に恐れをなして、悪口でも言っているのだろう」 「木像って、しゃべれるんだっけ?」 ラグナ・グラウシード(ib8459)と紫ノ眼恋(ic0281)の二人は、共に歩きながら騒いでいる。 「悪しき瘴気に乗っ取られた木像か…。我が大剣に斬れぬモノなど無し! この私が必ず退治してくれよう!」 「あたしはとにかくチョコが食べたい。じゅるり…」 恋は長い黒髪を結って、男装をしていた。上手くすればアヤカシの気を引けるのではないかと思い、変装してきたのだ。 「恋は戦闘よりも食い気か。…ん? はうわっ! 長い金髪に、ボン・キュッ・ボンの妖艶な美女がこちらに向かって来る! なっ何と美しい…!」 「はあ?」 ラグナの眼には、とても体付きの良い異国の美女が、こちらに歩いて来る姿が見えている。 しかし恋の眼には、チョコまみれの木像が近付いて来るのが映っていた。 「もしかしてアレが…って、ラグナ殿。ホイホイ近付くと危ないんじゃ…」 恋が止めるのも聞かず、ラグナはフラフラと近付いて行く。すると女性はラグナに自ら抱きつき、口付けをしてくる。 「んむぅ!」 甘いチョコが口の中に流し込まれるも、甘い物好きのラグナはうっとりしながら喉を鳴らして飲み込んだ。 「(美味しいよぉ、うさみたん!)」 「おい、そこのうさぎのぬいぐるみを背負っている男、避けろよ」 冷静に忠告した恋はロングソード・グロリアを鞘から抜き、アヤカシに斬りかかった。 「のわぁっ!」 顔をチョコと鼻血まみれにしながら、ラグナは危機一髪、何とか避ける。 「話には聞いていたが、随分と美味そうな姿だなぁ、おい!」 アヤカシは間近に迫ってきた恋を見ると、両手にチョコで一メートルほどの棒を作って握り締め、恋に向かって振り下ろした。 「ギャハハハッ! チョコの武器とはおもしれぇ! 良いぜ、存分に食ってやらあ! ちょうど甘い物が食べたかったしなぁ」 恋はグロリアを振るい、棒を中心から斬る。飛び上がった二本の棒を片手で器用にキャッチして、齧りつく。 「おおっ…! 先程とは打って変わって何と頼もしい…ん?」 ラグナは感心していたが、チョコを頬張る恋の表情が緩むのを見て、首を傾げる。 「チョコ、甘くて美味しい…」 「のわっ! チョコの甘さにヤられてしまったか!」 アヤカシはその隙に足元からチョコを流し、恋とラグナの足を滑らせた。 「うわっ…!」 「しまった!」 そしてアヤカシは素早くその場から逃走した。 「話を聞くと、そんなに危険なアヤカシじゃなさそうなんだけどね。まっ、どう変化するか分からないし、倒しておくにこしたことはないわね。命に関わるような攻撃をしないのならば、倒すのもそう難しくはないでしょう」 物陰に隠れながら、設楽万里(ia5443)はため息を吐く。その手には弩・火牛があり、いつでも矢を射る準備は済ませていた。 万里の視線の先には、伊波楓真(ic0010)が一人で歩いている姿がある。 「『男を囮にして上手くアヤカシを引き寄せることができたら、女が後ろから攻撃する』ってみんなと決めたけれど、大丈夫かな?」 万里は心配そうに呟くも、楓真は極辛純米酒の瓶を手に持って、ご機嫌で鼻歌まで歌っていた。 「チョコが食べ放題の依頼なんて、素敵ですね。もちろんアヤカシを退治するのが目的ですが、その手段の一つとしてとにかく食べなければ。じゅるり…っとと」 真剣を装うとするが、どうしても顔がニヤけてしまう。 そんな楓真に向かって、小柄で活発そうな女の子が近付いて来る。女の子から漂うチョコの匂いを嗅ぐと、楓真は険しい表情で立ち止まった。 「…話には聞いていましたが、コレはまた…」 緊張する楓真の肩に手を置き、女の子は背伸びをして唇を重ねる。 「(液体のチョコというのも案外良いものですね。チョコを飲めるなんて、まるで…)」 「いつまで口吸いをしているのよ!」 炎に似た気をまとった矢が万里の手から放たれ、女の子の背中に命中した。しかしじゅわっ…と音と煙を立てて、突き刺さった矢はチョコまみれになって地面に落ちる。 「くぅっ…! やっぱりチョコを消費させないと、こちらの攻撃は一切通用しないみたいね」 万里は悔しそうに呟くと物陰から出てきて、楓真はアヤカシから距離を取った。 「おっと、いけない。僕としたことが、ついついチョコの美味しさに気を取られてしまいました。甘い物を摂取すると、喉が渇きますね」 そう言って楓真は、持ってきた酒をゴクゴクと音を立てながら飲む。 「ぷはーっ! このお酒、チョコによく合いますねぇ。甘い物好きにとっては嬉しい依頼ですが、こういうアヤカシがいるのは面白いと言いますか、珍しいモノです」 「…真面目なフリをしようとしているけど、鼻血が出ているわよ」 万里の指摘で顔に付いているのがチョコだけではないことに気付いた楓真は、鼻紙を懐から取り出して鼻に詰め込む。 険しい表情を浮かべる万里に向かって、アヤカシはチョコの球を作り出して投げてきた。万里は避けたり、弓で球を叩き落とす――が、砕いた球の破片を一つ手に取って、口の中に入れると破顔する。 「やっぱりチョコは美味しい♪」 「女まで食ってたら、倒せないだろう!」 万里の顔のすぐ横を早矢が放った矢が通り、チョコの球を打ち落とす。 「アレ? みんな、どうしてここに?」 「万里殿が放った矢の光を頼りに、ここに来た」 恋も駆けつけたが、続いて来たKyrieとラグナが楓真と同じ顔になっているのを見て呆れてしまう。 「男性達は顔中チョコと鼻血まみれな上、鼻に鼻紙を詰めているのね。…ちょっと奇妙な光景だわ」 「まんまと罠にハマりおってからに! 情けない! …まあチョコは甘くて美味いけどな」 不機嫌な顔をしながら、矢で砕いたチョコの欠片をかじる早矢。 「みんな、チョコには眼がないから。でも、アヤカシは退治しないとね」 恋は再びグロリアを鞘から引き抜き、アヤカシに厳しい視線を向ける。 「男共っ、チョコにばかり気を取られていないで、ちゃんと戦え!」 早矢に叱責され、三人は引きつった顔で何度も縦に頭を振った。 万里は持っている武器を持ち上げ、仲間達に説明する。 「私が持っているスキル、烈射・天狼星なら木像に付いているチョコを全部吹っ飛ばせると思うわ。でもその間、私の防御力は低下してしまうから…」 「分かった。ヤツの注意はあたしが引きつけよう。男性陣は貧血で、素早く動けないだろうしな」 恋は軽く深呼吸をした後、走り出す。アヤカシに近付く振りをしながらも、万里から視線をそらすように動く。しかしそれでも男達を気にしているアヤカシを見て軽く舌打ちをし、立ち止まって咆哮を上げた。 ビリビリっと空気まで震えるほどの大きな雄叫びが終わった後、アヤカシは体ごと恋の方を向く。 「そうこなくっちゃな!」 グロリアを構え、恋は一気に間合いを詰めようとした。――しかし再び足元がチョコで滑り、ビッターンと正面から倒れてしまう。 「恋っ! 大丈夫か?」 離れた所にいる早矢が、アヤカシが繰り出す攻撃を矢で防いでくれる。 「ううっ、情けない…。またこんな罠に引っかかってしまうとは……。コレでは男性陣のことを笑えないな」 起き上がった恋は、男達よりチョコまみれになっていた。 「こういう時は、強靭な覚悟を得られるスキル・背水心を使うんだ」 静かにスキルを発動した後、恋の眼差しは真剣なものになった。 「…よし。あたしは男でも女でもねぇ、狼だ。狼の血を引く者として恥じぬ戦いをせねば」 決意も新たにする恋を見ているアヤカシの背後を狙って、万里は狙いを定める。 「みんなっ! 飛び散るチョコには気をつけてね!」 そして烈射・天狼星を放つ。あえて矢の先をアヤカシではなく脇にそらせ、攻撃によって生み出された衝撃波を浴びせることによって、木像に付いたチョコを吹っ飛ばした。するとチョコの下から、額・首・腹の部分に一つずつ宝珠が現れた。しかし瘴気を取り込んだせいか、どす黒く染まっている。 「好機ですね!」 楓真は衝撃波を受けてよろけているアヤカシの背後に回り、羽交い絞めにした。 「よしっ! 楓真、そのまま押さえていろ!」 ラグナはオウガバトルを発動させ、自身の攻撃、防御、抵抗力を上昇させる。そしてカーディナルソードを持ち構え、パビェーダブリンガーを発動させた。 「このスキルならば、瘴気を取り込んだ宝珠といえど斬れるはず!」 アヤカシに向かって走り、武器を振り下ろそうとした――が。 「『きゃーっ! やめて! 私に乱暴する気でしょう!』」 「ぬうっ!?」 突如、楓真がアヤカシを使って腹話術をしたものだから、思わずラグナは固まってしまう。 「今の裏声、女性っぽかったですか?」 楓真は楽しげにアヤカシ越しにひょっこり顔を出すも、耳の側を早矢が射った矢が通った。 「戦いの最中に遊ぶな」 声は静かだが殺気が可視できるほどに怒っている早矢を見て、楓真は素早く顔を隠す。 「まったく…」 そしてラグナは複雑な表情をしながら、ようやく額にある宝珠を斬り裂き、その場から離れた。 続いてKyrieが月歩で回避能力を上げながらナイフを手にし、首にある宝珠を刺す。 「まあ戦いは基本的に、真剣にやらなければいけませんね」 苦笑して楓真に囁いた後、ナイフを抜いて身軽な動きで離れる。 「戦闘に不真面目なヤツは、アヤカシごと斬るっ!」 「わわっ! 恋さん、ご勘弁を!」 殺気を出しながら駆け寄ってくる恋を見て、慌てて楓真は羽交い絞めを解いて後ろに下がった。 それを見て、恋は雲耀を発動する。アヤカシに全身でぶつかるように一足飛びをし、腹にある宝珠に向かって打ちかけた。 三つの宝珠を破壊した途端、木像の動きがピタッと止まる。しかし次の瞬間、宝珠が埋め込まれていた場所から多量のチョコの液体が吹き出し、六人を巻き込んで周囲に飛び散ったのだった。 ●甘い結末? 「ふふふっ…。チョコが大量ですね」 Kyrieは怪しく微笑みながら、体に巻いたもふらの袋帯の裏側にある袋にチョコを入れていく。袋には氷霊結をかけており、入れたチョコは瞬時に固まる。 「そうそう、皆さん。ケガした人は、後で閃癒で癒しますからね」 Kyrieに声をかけられても、五人は生返事をするだけ。何故なら全員が、チョコに夢中になっているからだ。 「精神的に苦い戦いだったな…。しかし良い戦利品を得られた」 早矢は苦しそうに顔を歪めながらも、チョコの固まりを頬張る。外が寒いせいで、チョコが固まるのも早い。 なのでついつい食べ過ぎたラグナは、木の下で鼻を押さえながら仰向けに倒れていた。 「ううっ…。戦いに勝つ為とはいえ、食べ過ぎたな。…でもコレで、『今年のバレンタインにはチョコを食べた』という事実ができた!」 「あたしはもういいや。お腹いっぱい。チョコ、凄く美味しかった」 甘い匂いがする吐息を出した恋の腹は、大きく膨らんでいる。 近くでは楓真が肌に付いたチョコを舐めて、酒を飲み、上機嫌になっていた。 「いやはや、美島さんの言う通り、体の中も外もチョコまみれになってしまいました。でもこういうのも、面白くて良いものです」 しかしその一方で、万里は暗雲を背負いながらチョコをヤケ食いしている。 「今年のバレンタインも、なーんにもなかったなぁ…。まあいいや! せめて鼻血が出るまでチョコを食べよう! 食べた後の体のことなんて知ったことかー!」 叫ぶ万里の側には、ただの木像に戻った御神体が転がっていた。 ――しかしこの六人に、御神体の恩恵はなさそうだ。 【終わり】 |