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■オープニング本文 北面国の万商店の前で、開拓者ギルドで受付職員をしている芳野はこちらに向かって来る香弥ともう一人の中年男性の姿を見て、笑みを浮かべて手を振る。 「香弥どの、そして虎次郎(こじろう)どの、呼び出して済まないな」 「芳野さん、構いませんよ。いつも従弟の辰斗ともどもお世話になっていますから」 「俺もだ。多少の面倒事ぐらい、引き受けるさ」 香弥は女志士であり、虎次郎もまた志士であった。二人は開拓者で、芳野にはいつも仕事関係で世話になっている。 「まあまずは中に入ってくれ。問題の刀はすでに準備してある」 芳野は苦笑しながらも、万商店の中に入るように勧めた。 この万商店は志士が多い国柄の為、志士が使うような武器が数多く置かれてある。店の奥の一角で、六十を過ぎた男性店主が険しい表情で待っていた。 「どうもすみませんね、開拓者の皆様方。実はこの刀の『曰く』を暴いてほしいんですよ」 そう言いつつ一本の刀を取り出す。赤い鞘から出された刀身は八十センチほどの長さで、白銀色の美しい刀だった。 「この刀、『曰く』があるみたいでさぁ。しかしどんな曰くかは分からない。だが噂によると、『くりすます』になるとその曰くが発動するそうで」 「店主はこの刀を同業者から譲り受けたそうだ」 芳野は真剣な表情で語り始める。 この刀は曰く付きとして、様々な所を流れてきたらしい。しかしどんな『曰く』なのかはクリスマス当日にならなければ分からないということで、今まで売れずにいたらしい。 「物としちゃあ悪くありません。ほれ、柄の部分に宝珠が埋め込まれてまさぁ。売ろうとすれば良い値段で売れる。しかし『曰く』がもし物騒なモンだったら、シャレにもならんのですよ」 店主の言う通り、柄の部分には十センチ程の宝珠が五個ほど埋め込まれている。刀身といい、鞘といい、確かに高値が付きそうな刀だ。 「今日は『くりすます』とやらです。もし何か起こるとすれば、今日でしょう」 「そんで何が起きても対処できるように、今日は二人に来てもらったんだ」 「そうでしたか。…でも特におかしな気配は感じませんけど」 「そうだな。別に怪しい気配は無いと思うが…」 香弥と虎次郎は刀をしげしげと見つめる。そんな二人を見て、ふと芳野はとあることを思い出す。 「そういやぁ香弥どのにとっては、婚約して最初の『くりすます』だよな。辰斗どのは…その、どうなんだ?」 「ああ、気にしないでください。毎年、年末年始は互いに忙しいですから。辰斗もジルベリア帝国の貴族の方のパーティーに呼ばれていまして、最近は顔すら見ていません」 香弥の婚約者の辰斗は大商人の跡継ぎの為に、いろいろと忙しいらしい。 「じゃあ虎次郎どのは?」 「おいおい、志士たる俺が『くりすます』を楽しむと思うか? この時期は稼ぎ時だし、年末年始に志士の仲間同士で集まって飲み会をするから良いんだ」 「俺もそんなもんだ。互いに独り身だとそれが寂しくもあり、楽でもあるよな」 「ははっ、違いない。しかしこういった記念日を町人達が楽しく過ごせるようにすることこそが、開拓者の役目でもあるだろう。そう思えば、仕事をしているのも悪くはない」 虎次郎は軽快に笑うと、再び刀に視線を向ける。 虎次郎は元々香弥の実家である剣道の道場の門下生であり、芳野がまだ開拓者であった頃に何度か仕事を共にしていた。仕事を真面目に取り組む姿勢が好感的で、多くの人の尊敬を集めている。 「ふむ…。今のところは何の異常もないな。店主、少々触らせてもらっても良いか?」 「へぇ、どうぞ」 ――しかし店主から刀を受け取った途端、虎次郎の様子が一変した。 柄の宝珠が淡く光りだし、同時に虎次郎の目の光がぼやけてくる。 「虎次郎さん? どうしました?」 一早く香弥が虎次郎の異変に気付き、声をかけた。 だが虎次郎の目がぐるんっと回り、白目になったのを見て、香弥は芳野を庇いつつ後ろに下がる。 「店主も下がってください! 虎次郎さん、しっかりしてください!」 そう言いつつ、香弥も腰の刀の柄に手をかけた。 「虎次郎どの! しっかりしろっ!」 「うっうううっ…!」 しかし虎次郎は歯を食いしばり、獣のような低い唸り声をあげる。そしてガバッと口を開き、大声を上げた。 「くっ…『くりすます』なんて大ッ嫌いだぁーっ!」 「「…はっ?」」 香弥と芳野はキョトンとする。 「『くりすます』だからと言って、イチャイチャすることなんぞ許さーん!」 そう叫ぶと同時に、虎次郎は刀を持ったまま店の外に出てしまう。 「まっ待ってください!」 「おいおい、どうしちまったんだ?」 慌てて香弥と芳野が店を飛び出すと、視界に映ったのは虎次郎が若い青年志士に斬りかかるところだった。 「やっやめっ…!」 香弥の制止の声も届かず、虎次郎は青年を斬ってしまう。……が、血は一滴も吹き出てこなかった。それどころか斬られたはずなのに服も破れていない。しかし青年の目が白目を剥き、叫び出す。 「『くりすます』なんて大ッ嫌いだっー! どいつもこいつもイチャイチャしやがってー!」 「…芳野さん、『曰く』ってもしかして…」 「ああ、『呪い』だったんだな。そしてあの刀は妖刀だったのか」 しかもどうやら『クリスマスにイチャつく恋人達が許せない』という怨念が染み込んだ妖刀だったらしく、叫びを聞いていると脱力してくる。 「って、見ている場合じゃありません! このままでは暴動に発展しますよ!」 「おっと、そうだった。しかし相手は志士として強敵だ。…ちっ、しょうがねぇ。開拓者を集めるか」 |
■参加者一覧
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
島津 止吉(ic0239)
15歳・男・サ |
■リプレイ本文 閉められた万商店のガラス戸越しに、外の様子を見ている六人の開拓者達は難しい顔をしていた。 「何だか面倒な事になっとるのぅ。まっ、コレを鎮圧するのも善行じゃ」 鴉乃宮千里(ib9782)は白目を剥きながら『クリスマスなんて大ッ嫌いだぁー!』と叫び歩く男達の姿を見て、深いため息を吐く。 妖刀に斬られた者は服も肌も一切傷ついていないが、白目を剥いてはクリスマスへの不満を口々に叫んでいる。そして武器を手に持ち、男ばかりを狙って斬りつけ、仲間を増やしていく。 しかも北面国は志士の国ゆえに、刀を持つ者が多い。腕は立つようだがスキルを使用しないところを見ると、操られている状態では使えないというのが唯一の救いだ。 千里の隣で同じく男達を見ている島津止吉(ic0239)も、同意見だというように強く頷いた。 「んだばぁ、さぱっとやっちまうか。とにかく操っている元凶を壊しちまえばええと思う」 「そうだな。問題の妖刀さえ破壊すれば、呪いは解けるだろう。しかしクリスマスを妬むというのは、理解できん考えだな。まあだからこそ、俺は斬られてもああなることはないだろう」 琥龍蒼羅(ib0214)は群れで歩く男達を、複雑な表情で見つめている。 男達は口々に、クリスマスにイチャつく恋人達を妬み・憎く思っていることを叫んでいた。傍から見ると、かなりイタイ群れだ。 「『恋人達を妬む男達が襲われ、暴走する者となる』。…既視感を感じるのは何故でしょう?」 腕を組みながら考え込む中書令(ib9408)の呟きを聞いて、リィムナ・ピサレット(ib5201)はとある人物を指差す。 「それはああいう人が、近くにいるからじゃない?」 中書令はリィムナが指差す方を見ると、ラグナ・グラウシード(ib8459)が歪んだ笑みを浮かべながら体を震わせていた。 「くりすますを妬む…だと? フンッ、何を言っているんだか…。今日は私の誕生日だ! そんな日が、恋人達のイチャイチャデーになるなんて許さんぞっ! リア充など私の眼の前から消えてしまえーっ!」 妖刀に斬られた男達と同じ事を言っているラグナを見て、真顔になった中書令は理解できたというように手をぽんっと叩く。 「なるほど。彼の言葉を近くで聞いていたから、既視感を感じたんですね」 「そうそう。まったく…、ラグナさんの行動を見ていると、すでに妖刀に斬られているんじゃないかって思っちゃうよ」 リィムナが呆れた視線をラグナに向けていると、店の奥から芳野が声をかけてきた。 「この店にある縄を全部集めたぞ!」 その一言で、六人は店の奥へ向かう。 香弥と店主も両腕に数多くの縄をかかえ、机の上に置いた。 「お前さん達が、妖刀に斬られた者を眠らせて無力化するという作戦を立てたのを聞いて、縄があった方が良いと思って店中の縄を集めた」 「彼らはあくまでも操られているだけなので、あまり傷付けることはしないであげてくださいね」 香弥が心配そうに言うのを見て、千里は安心させるように笑みを浮かべて見せる。 「大丈夫じゃ。まあ斬られた者の心の甘さは説法もんじゃが、付け入っておるのは呪いだと分かっておる」 「はい…。私は人々を避難させますので、虎次郎さんのことをよろしくお願いします」 香弥は頭を下げると、裏口からこっそり出て行った。 男達は今や、クリスマスで盛り上がっている恋人達や店を襲うようにまでなってきている。 六人は気を引き締め、ガラス戸越しに群れを睨みつけた。 ●妖刀対開拓者達 今や万商店のある大通りは、妖刀に斬られた男達が群れをなして歩いている。この中から妖刀を持つ虎次郎を見つけるのは困難な為、まずは暴動を鎮める為にも斬られた者達を減らすことにした。 万商店の正面入口から、眠りのスキルを持つ中書令とリィムナが縄を抱えながら飛び出す。 「先手必勝です」 「数が多いから、片っ端から白目剥いている人を眠らせるしかないね!」 中書令は琵琶・青山で夜の子守唄を奏で、一瞬にして大勢の人々を眠らせた。 リィムナは中書令のスキルに巻き込まれない範囲まで走ると、襲いかかってきた男にアムルリープをかけて眠らせ、縄で縛っていく。 そんな中、他の四人もそれぞれ武器を手に持ち、店から出てきた。 千里は白目を剥く男に向かって一喝して接近を防いだ後、錫杖に烈風撃にて精霊力をまとわせ、近くにいた男一人に攻撃して弾き飛ばす。そして縄を使って気絶している者を縛り上げる。 「せっかくのクリスマスゆえに、流血沙汰は避けてやるわい。香弥にも約束したしのぅ」 ぐるぐる巻きにして道の端に蹴り転がしたところで、数人の悲鳴が聞こえてきた。 「逃げ遅れた者がおったか!」 錫杖に荒童子を使って精霊の幻影を具現化させ、逃げる男性を斬り付けようとした男を攻撃する。 そして千里は逃げ惑う人々と、操られている者達の間に入った。白目を剥く男達が持っている武器を錫杖で弾き、急所を突いて気絶させる。 「しかしただイチャつく恋人達を襲うだけではなく、クリスマスを妬む男ばかりを狙って斬って、仲間を増やすという方法……感心はできぬが、賢いやり口じゃのうぉ」 「それは感心しているのではないか?」 そう言いつつ駆けつけた蒼羅は斬竜刀・天墜に雪折を使い、正面から攻撃しようとした男を斬った。続いて背後から襲ってきた男には秋水を使い、恐るべき早さで斬り捨てる。…とはいえ、峰打ちなので男達はそのまま気絶して倒れただけであった。 「まあ効果的なやり方ではありますね」 続いて中書令が安らぎの子守唄を奏で、五人の男性を正気に戻す。 「しかしこのまま操られている者を捕まえるばかりでは、キリがありません。私はこれから超越聴覚を使って、妖刀の位置を調べます。その間、お願いしても良いですか?」 「了解じゃ!」 「安心して、スキルに集中すると良い」 中書令を守るように、千里と蒼羅が彼を囲んだ。 「虎次郎さんの声を聞いたことがないのが残念ですが、妖刀に付いてあった宝珠は発動すると奇妙な音が鳴ったと、香弥と芳野が言っていましたね」 まるで虫の羽音のようなかすかな音が、宝珠から発せられたらしい。中書令は聴覚を極限まで研ぎ澄ませ、音を探る。 「……虫が少ない冬で良かったです。すぐに見つけましたよ。あちらです!」 「よしっ! 行くぞ!」 中書令が指さした方向へラグナが走り出したのを見て、慌ててリィムナと千里が声をかけた。 「ちょっ…ラグナさん、待って!」 「汝は妖刀に近づくなっ! 操られている者達を捕獲することに専念するのじゃ!」 「そんなこと言っている場合かっ!」 ラグナは止まらず走るも、目の前には操られた男達が迫って来る。 「くっ…! 手間をかけさせるなよ!」 カーディナルソードの柄や拳を急所に叩きこんで気絶させ、縄で縛った。 「うさみたんが優しく見守っている中、血なまぐさいことはしないから安心すると良い」 ラグナが背負っているうさぎのぬいぐるみに暖かな眼差しを向けるのを見て、仲間達は冷たい眼差しをラグナに向ける。 しかしそこへ刀を持った男が近付き、ラグナの頭を後ろからブッスリ刺してしまう。 「「「「「あっ…」」」」」 五人の眼の前でラグナは白目を剥き、空を見上げながら叫ぶ。 「わっ…私の誕生日に、イチャイチャする恋人達なんて滅んでっ…」 「喝っ!」 最後まで言う前に、走って来た千里が飛び上がって錫杖をラグナの頭に振り下ろし、強制的に気絶させた。 「むっむごい…」 その様子を見て、止吉は顔色を失くす。 しかし千里は冷静に、地面に倒れたラグナの背中を踏みつける。 「だから言ったじゃろう。彼女いない歴が年齢と同じ者よ。…ああ、今日で更新されたんだったな。妖刀に狙われるのはお主のような男なんじゃし、共犯にされとうなかったら後ろにいると良い。ここはお坊さんの言うこと、聞きなされ」 「誕生日にそう言われては、ラグナの傷口は開くだけですよ」 呆れながらも中書令は気絶しているラグナに安らぎの子守唄を聞かせ、近くにいた男達共々正気に戻す。 「ううっ…! 何故か頭と背中が激しく痛むんだが…」 「あっ後であたしが癒してあげるよ、ラグナさん。とりあえず一人で先に行かずに、あたし達と一緒に行動した方が良いよ」 流石に同情したリィムナがアムルリープで襲いかかってくる男を眠らせつつ、ラグナの近くに駆けつけた。 「むぅ…、そうだな。この大人数、一人では捌ききれないしな」 ラグナの言葉でほっとした五人は、共に妖刀の元へ向かう。 そして群れの先頭の方で、妖刀を持つ虎次郎を見つけた。宝珠が埋め込まれた刀が目印となり、そこから奇妙な音を発していることから、六人は認識する。 「まずは眠ってもらえるかどうか、試してみましょう」 中書令は仲間達から距離を取ると、夜の子守唄を奏でた。 しかし虎次郎は何かを察したのか、すぐにその場から離れ、スキルが届かない範囲まで逃げてしまう。 「おんしのその刀さえ破壊すれば、男達は元に戻るみたいだな。悪いけんど叩き折るどっ!」 止吉は業物を握り締め、虎次郎に向かって行く。家に伝わる示現流の技の一つ、蜻蛉の構えを使って妖刀を狙うも、左右から刀を持った二人の男が襲いかかってきた。 「くっ…! 邪魔すんな!」 止吉は峰打ちや、急所に拳を叩き込んで男達を気絶させる。 同じく虎次郎に近付こうとした蒼羅も、男達の妨害に合っていた。峰打ちの秋水で叩き伏せるも、目の前には白目を剥いた多くの男達が立ち塞がる。 「武器のみを破壊するのは俺が得意とすることだが…こう数が多いと、妖刀までたどり着くのが困難だな。かと言って、捕獲に時間をかけては敵の数と被害が増える。厳しい状態だな」 蒼羅は顔をしかめつつ、再び雪折で男を倒す。 「ここはやはり、強行するしかないだろう!」 「だからラグナさんは妖刀に近寄っちゃダメーっ!」 リィムナが必死に止めるのも聞かず、ラグナは走りながらオウガバトルを発動させ、自身の攻撃、防御、抵抗を上昇させつつ妖刀に向かって行く。 しかしラグナの前に業物を持った男が二人、襲いかかってきたのを咄嗟にガードを使って防ぐ。 「ふんっ…! 貴様らごときの攻撃で、私の防御を打ち破れると思っているのかっ!」 だが背後ががら空きだった為に、あっと言う間に数人の刀でズバズバ斬られた。 「ぐああぁっ…!」 「ああっ、またぁ?! だから一人で先に行かないでって言ったのにぃ!」 リィムナは仕方なくアイヴィーバインドを使い、ラグナの身柄を拘束する。地面から生えた魔法の蔦や草で体を絡め取られたラグナは、白目を剥きながら暴れていた。 「もう眠ってて」 そしてアムルリープをラグナにかけると、大イビキをかきながら眠りにおちる。 呆れ顔をしていたリィムナだが表情を引き締め、虎次郎に向き直った。 「虎次郎さんの体も拘束させてもらうよ!」 離れた所からアイヴィーバインドを使った為、虎次郎は大した抵抗もできずに捕らわれてしまう。 「隙は逃さんっ!」 千里は錫杖で虎次郎の妖刀を握る手を叩き、地面に落とさせた。 そこへ中書令に安らぎの子守唄で正気に戻してもらったラグナが走って来る。 「忌まわしい妖刀めっ! 貴様なぞ言葉通り砕け散るがいい!」 剣にパビェーダブリンガーをかけ、妖刀を真っ二つに叩き折った。 すると操られていた男達の動きがピタッと止まり、その場でバタバタと倒れていく。 「殺気が消えたど…。終わったのか?」 「ああ。妖刀の効力が切れたようだ」 止吉の問いかけに答えつつ、蒼羅は銀杏を使用しながら刀を鞘におさめ、安堵のため息を吐いた。 「ヤレヤレ、はた迷惑な妖刀だったな」 ラグナが妖刀の柄を拾おうとした瞬間、慌てて千里が止める。 「触るなっ、ラグナ! 刃は破壊したが、宝珠の呪いの方はっ…」 千里が言い終える前にラグナは柄に触れてしまい、またもや白目を剥いた。 「それ、もう飽きました」 冷静な中書令がやって来たので、急いで千里はその場から離れる。そして中書令は眠りを誘う夜の子守唄を奏でるのであった。 ●事件、無事に解決? その後、妖刀事件の関係者達はギルドに移動した。 敵よりも仲間から受けた攻撃で傷付いたラグナを、リィムナは可哀想な人を見る眼をしながらレ・リカルで治療する。 妖刀に斬られた者達は虎次郎と共に、ギルドの奥の部屋で治療と検査を受けていた。 止吉も軽く怪我をしたので手当をしてもらった後、安心した顔付きで伸びをする。 「ふぅ…。妖刀事件も終わったことだし、枕を高くして眠れるど」 「それだったら止吉、家に帰る前に食事にでも一緒に行かないか? キミの使う刀の技に興味がある」 「おっ、ええど。わしもおぬしの技に興味があるからの」 止吉と蒼羅は刀を使う者同士、気が合っているようだ。 しかし一方で、中書令はギルド職員達と共に調べた被害状況を手帳に書き込み、険しい表情でため息を吐いた。 「随分な被害が出ているようですね。彼らを同情する気持ちを差し引いても、黙っていられないんですけど」 「我もだ。しかし被害額は香弥と万商店の店主が払うと言うし、被害者達にも謝りに行くと言っておるのじゃ。今回は事件ではなく、事故として大目に見よう。妖刀に斬られた者達は善行を積み、男を磨く事を願うしかあるまい」 千里は疲れた顔で、深く息を吐く。 今回は不幸な事故とも言える事件だった為に香弥から懇願され、開拓者達は黙っていることにした。 事件は『妖刀の呪いが急に発動した為、影響を受けた者が暴走してしまった』として、片付けられることになったのだ。 そして妖刀の原因となった宝珠は千里の手から、ギルドの女性受付職員である鈴奈に手渡され、後に呪いを解く事になった。呪いを解いた宝珠ならば売れるだろうとのことで、そのお金は今回の被害に当てられることになる。 「でもさぁ、別に恋人じゃなくても、友達同士でクリスマスを過ごすのも楽しいんじゃないかな?」 「それはリィムナがまだ、少女だから言えることですよ」 「ラグナを見てみるといいぞ」 中書令と千里の視線の先をリィムナが見ると、ラグナが妖刀に斬られた男達に連絡先を聞いていた。 「ふふふっ…、私と同じ志を持つ者がこんなにいるとは…! 次のばれんたいんイベントには、私も自ら進んで参加するぞ! わ〜はっはっは!」 楽しそうに高笑いをするラグナを見ながら、中書令は荒縄を手にした。 「ではバレンタインが終わるまで、ラグナには眠っていてもらいましょうか」 「そだね。あたしのアムルリープと、中書令さんの夜の子守唄があれば大丈夫だよ」 中書令とリィムナが冷たい笑みを浮かべつつ近付いて行くのに気付かず、ラグナは笑い続けている。 そんな様子を見ながら、千里は黙って両手を合わせた。 【終わり】 |