正月には何をする?
マスター名:hosimure
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/11 21:32



■オープニング本文

●東房国の宿場街にて

「はぁ…。やれやれ、参ったなぁ」
「おかえりなさい、あなた」
「父さん、お帰り」
 宿屋を経営している旦那は家に帰るなり、心底参ったという顔で妻と今年15になる息子を見る。
「なぁ、お前達、正月と言えば何を思い浮かべる?」
 妻と息子は互いの顔を見合わせ、首を傾げた。
「やっぱりおせちやお雑煮のことかしら?」
「俺はたこあげ、かるた、羽根付きにすごろくぐらいかな? ああ、あとお年玉も」
 キラっと眼を光らせた息子を見て、旦那は余計なことを言ってしまったと一瞬後悔する。しかしすぐにため息をつく。
「あなた、どうかしたんです?」
「まさか正月に泊まる客の予約が全部なくなったのか? それでゆっくり家で過ごそうと…」
「ちっがーうっ! …いや、客の問題ではあるんだがな」
 旦那は深く息を吐くと、座布団の上に座り、妻の入れたあたたかな茶を飲んだ。
「今までウチの宿屋では、元旦にはお客様にお雑煮をふるまっていただろう? しかしそれだけでは寂しいような気がしてな」
 今まで宿では客に元旦だけ、四角に切った餅と野菜入りのしょうゆ味の雑煮を出していた。
 しかし時折、客の中では違った味の雑煮を言われたりもした。けれどこの土地の宿屋に泊まっているのだから――と少し寂しそうな顔で食べてはくれていたのだが。
「何だか申し訳なくてなぁ。毎年同じ雑煮だけ、というのも正月なのに味気ないだろう? だが他の地域ではどんな雑煮を出しているのか、どんなおせち料理なのか、どんな遊びをしているのか、サッパリ分からなくてな」
「だから悩んでいらしたのですか」
「まあ確かに正月の過ごし方はいろいろあるよな。俺も時々宿に泊まる子供に正月の過ごし方を聞くと、地方によっていろいろだし」
 息子が聞いただけでも、雑煮の種類は多い。味噌・しょうゆ・すまし汁など、他にも味があり、餅の形も丸や四角など。おせちに出される料理もさまざまだ。
「あ〜でも遊び道具も用意しといた方が良いよ。わりと大人の人でもやりたいって言う人、いるからさ」
「まあ遊び道具ぐらいは何とかなる。しかし料理の内容が、なぁ…」
 そう言って旦那は頭を抱え込む。
「ならさ、開拓者ギルドへ行けば? そこなら各地域の人がいっぱいいるだろうし、とりあえずある程度の人数の協力を仰げば、何とかなるんじゃないか?」
 息子の意見に、旦那と妻は顔を見合わせる。
「そう…だな」
「ええ。開拓者ギルドにはさまざまな人がいるでしょうし、お正月についていろいろ意見を聞けると思いますよ」
「それでさ、ここからは俺の提案なんだけど」
 どうせなら、宴会場でおせち料理やお雑煮を食べさせた方が良いのではないか、とのことだった。そして同じく宴会場でかるたやすごろくなどをし、宿裏の土手でたこあげや羽根付きをする。
「せっかくの正月なんだし、みんな一緒の方がいいだろう? それにお雑煮とかおせちとか自分で食べたいものを選んでもらった方が、混乱せずに済むし」
「ああ、それは良い。雑煮はいろんな種類を作って、鍋ごと宴会場に持って行けば、お客様に好きなのを選んでもらえるしな」
「それにおせち料理も一品ずつお皿にもって、好きなのを選んで取っていただければ、満足なさるでしょうしね」
 両親の表情が明るくなるのを見て、息子もほっとしたように息を吐く。
「それじゃあ早速開拓者ギルドへ行ってくる! 息子よ、感謝するぞ!」
「あっ、父さん。待って!」
「ん? 何だ?」
 息子は旦那にニッコリ微笑みかける。
「上手くいったらお年玉の方……分かっているよね?」
 ひくっと旦那の顔が動く。しかしすぐに引きつった笑いを浮かべた。
「お前も跡取りとしての自覚が出てきたみたいだしな。上手くいけば、上乗せしてやる!」
「やった! それじゃ頑張って開拓者の人達を集めて来て」
「おうよっ! そんじゃ、行ってくる」


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
和奏(ia8807
17歳・男・志
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志


■リプレイ本文

●元旦・朝 宴会場
「あけましておめでとうございます。今年も我が宿をよろしくお願いします」
 宿屋の旦那は宴会場に集まった客達に、深々と頭を下げる。年末・年始にかけて宿屋を利用する者は多く、宴会場には所狭しと客達が集まっていた。
「今年の元旦は趣向を凝らしてみました。さまざまなお雑煮やおせち料理、またお正月ならではの遊びを楽しんでください」
 客達は笑顔で拍手をし、催しに喜んで参加した。



●さまざまなお雑煮
 そして挨拶が終わった後、中年の夫婦と十歳になる男の子が、柊沢霞澄(ia0067)がいる場所に来た。霞澄の前には鍋があり、そこから良い匂いが漂っているのだ。
「美味そうな匂いだなぁ」
「お嬢さん、コレはお雑煮の汁かしら?」
「何入っているの? 僕、食べたーい!」
「はっはい‥‥。それでは作り方を説明しながら、ご用意しますね‥‥。地方の料理になりますが、山や海の幸を使った具沢山のお雑煮です‥‥」
 霞澄はおずおずと説明を始める。
 魚のはぜを焼き干ししたもので出汁を取り、後にはぜを取り除く。ずいきと凍み豆腐を短冊に切り、大根、人参、ゴボウのひき菜を入れて、火を通す。
「ひき菜って何のこと?」
「あっ‥‥千切りした後にさっと茹でて、凍らせたもののことを言います‥‥」
 女性客の質問にもちゃんと笑顔で答え、続ける。
 材料に火が通ったら、なるととはらこを入れて、火を止める。そしてお椀に焼いた切り餅と、焼き干しを盛り、具をたっぷり乗せる。最後にセリを添えて、熱い汁を注いでできあがり。
 霞澄からお椀を受け取り、三人はお雑煮を一口食べた。
「おっ、根菜の食感が良いな」
「出汁をはぜで取るなんて珍しいけど、美味しいわ」
「この凍み豆腐、美味しー!」
 家族が笑顔で食べるのを見て、霞澄も優しく微笑む。
 そんな霞澄の近くで、風雅哲心(ia0135)も自分が作った雑煮の説明をしている。
 哲心の作った雑煮は、出汁をしっかり取ったしょうゆ味で、風味が良い物だ。具材は三つ葉やほうれん草などの野菜が多めで、大人向けのお雑煮だった。
「ちなみにお客さんは入れる餅は、白餅と草餅、どっちが良い?」
 そう言いながら腕をまくり、お椀に汁を注いでいく。哲心の前には一人旅をしている男性客が三人ほど集まっていた。
「ほぉ…。餅の種類まで選べるのか?」
「ああ。しかもさっき搗いたばかりだから、美味いぞ」
 哲心は自慢げに胸を張る。
 実は哲心の提案で急遽、搗きたての餅を作ることになった。今でも宴会場の隅で、宿屋の使用人達が、杵と臼を使って餅を搗いている。
「おっ、搗きたての餅が食えるたぁ嬉しいねぇ」
「ああ。餅なんて正月にしか食べれんしな」
 嬉しそうに三人が喜ぶ姿を見て、哲心は満足そうに頷いた。
「やはり餅は雑煮に入れるにしても、普通に食うにしても、搗きたてが一番美味いからな」
 哲心からお椀を受け取ると、三人は酒も貰う為に移動して行った。
 手を振り見送った後、哲心は隣にいる和奏(ia8807)に声をかける。
「おい、和奏。もうちょっと積極的に客達に話かけたらどうだ? せっかくの正月なんだし」
「でもお雑煮を食べてほしいので、話すのは後でも良いかと…」
 小声で話をする二人の前で、和奏のお雑煮も減っていく。給仕をしているのは宿の女使用人だった。和奏がぼんやりしている様子を見て、手伝いを申し出てくれたのだ。
「ちなみに和奏の雑煮の中身は?」
「自分のお雑煮は白味噌仕立てです。雑煮大根と金時人参、それに頭芋が入ります。あと丸餅を入れて、いただきます」
「へぇ、美味そうだな。…でもお前、殆ど料理人に作らせただろう?」
 調理場で開拓者達が料理を作っていた頃、和奏は料理人に雑煮を作らせ、自分は手伝う程度だった。
「…あ〜、自分は味音痴なところがありますので、手を出さない方が安全かと思いまして」
「おいおい……」
「二人とも、その辺で無駄話は止めておけ」
 声をかけたのは、和奏の隣で雑煮を振る舞う明王院浄炎(ib0347)。浄炎の鍋の中身を、和奏と哲心はひょいっと覗く。
「浄炎さんのお雑煮、良い匂いがしますね」
「浄炎はどういう雑煮を作ったんだ?」
「俺のは普通だな。昆布と鰹節で出汁を取り、焼いた平角型の餅に菜物と大根が入った質素なものだ」
 だが出汁の良い匂いに惹かれ、集まって来る者は多い。
「あの‥‥みなさん、そろそろ他のお料理の方に‥‥」
 霞澄に声をかけられ、三人はその場を使用人達に任せて、違う料理に移る。お雑煮の他にも料理を手がけているので、そちらの様子も見に行かなければならないのだ。



●お正月ならではの食べ物
「泰国の餃子に、大根餅はどうだ? 他にもジルベリア帝国のパンを使ったサンドイッチや、アル=カマルの肉料理のシシカバブなんかもあるよ!」
 羽喰琥珀(ib3263)は大きな机に料理皿を並べ、客達の視線を集めていた。みな、普段は見ることもできない珍しい料理ばかりで、興味津々といった表情で料理を見ている。
「琥珀は異国の料理か。…だが大根餅って、餅料理じゃないだろう?」
「正確には片栗粉と大根を使った料理です。ちなみに全て、お正月ならではの料理ではありません」
「いっ良いじゃんかよ! 雑煮やおせちじゃねーけど、色々な料理があれば選ぶ楽しみがあるだろう?」
 哲心と和奏の冷静なツッコミに、琥珀は耳と尻尾を立てながら反論する。
「まあそうだな」
そんな琥珀の頭を撫でながら、浄炎は苦笑した。すると少し落ち着いた琥珀は、別の机を指さす。
「でも餅料理なら、俺もいろんな種類のを用意したんだ」
 琥珀が指さした机の上には、きなこ、醤油、砂糖を入れた皿があり、客達は各々木のさじを使って餅にかけていく。また鍋に入れた汁粉もあり、甘い匂いが漂っていた。
 それを見て、浄炎は琥珀以外の三人の顔を見回す。
「ところで他の者達は雑煮以外、何を作ったのだ?」
「私はお餅を使った料理は二種類、用意しました‥‥」
 霞澄はあめ餅と海老餅を作った。
 あめ餅は麦芽と餅米で麦芽糖を作り、あたためた麦芽糖に搗きたての餅を入れてお椀に盛り、きなこをかけるというもの。あめ餅はとても甘いので、多くの女性客や子供が食べている。
 そして海老餅は川えびを茹でて、しょうゆと酒で味付けをしてから、餅にからめる。海老餅は食感が良いとのことで、若い男性に大人気だった。
「お料理の方は‥‥なめた鰈の煮付けや、鯉の煮こごりなどを‥‥。それとホヤも‥‥」
「やっぱり海の幸が良いよな。俺もおせちに海老や数の子、昆布巻きを選んだ。あと子供向けにちまきや栗きんとん、伊達巻きだな」
 うんうんと頷きながら哲心は、自分が出した希望を言う。
 確かにちまきや栗きんとん、伊達巻きは子供達に大人気で、皿に追加分を乗せてもすぐになくなってしまうほどだった。
「おせち料理って品目が決まっている分、どうしても定番な料理しか出てこないからな。煮物とかあると、良いと思うぜ」
「自分はおせちに紅白なますに松風焼きがあると嬉しいです」
 哲心に続いて和奏も話にまざる。話を聞きながら、浄炎は深く頷いて見せた。
「うむ。いろいろな料理があれば、楽しみながら食事ができるな」
 その他にも庭に出した七輪で客達が自由に餅を焼いたり、搗きたての餅を希望通りの形にしたりと、さまざまなことが行われている。
 客達はただ食べるだけではなく、料理を作ることに参加するという面白さを体験していた。



●お正月の催し物
 料理を出している場所から少し離れた所では、お正月の室内遊びが繰り広げられている。
 宿屋が用意したたこあげ、かるた、羽根付き、すごろくの他に、開拓者達の希望でコマ、手まり、福笑いなどが用意された。
 すると子供のみならず、童心に返った大人達も喜んで遊び始める。ちなみに凧には浄炎の希望で、昇り龍を描いた物を用意した。
 その様子を見ていた浄炎はそろそろ頃合だと思い、立ち上がる。
「哲心、和奏、準備に入るぞ」
「はいよ」
「分かりました」
 三人が宴会場から出ていく姿を見送った後、琥珀は残念そうに呟いた。
「あ〜あ。俺もアレ、やりたかったなぁ」
「琥珀さんは‥‥もう少し大きくなったら、できますよ‥‥」
「霞澄はやらないのか?」
「‥‥謹んで遠慮させていただきます」
 それからしばらくして、宴会場に突然太鼓と笛の音が聞こえてきた。
 何事かと客達は音が聞こえるふすまに視線を向けると、突如開き、三つの獅子舞が中に入ってきた。いきなり現れた獅子舞に幼い子供達は怖がって泣き出すも、大人達は喜びの声を上げる。
「良いな〜。俺もやりたかった」
 琥珀は今でも残念そうに言う。しかし琥珀に合う獅子舞が無かった為、しょうがなかった。
 太鼓や笛の音に合わせて、獅子舞に扮した浄炎・哲心・和奏が動く。三人とも開拓者なだけはあって動きが良く、まるで本物の獅子舞のように立派なものだった。



●お正月の準備
 獅子舞をやり終えた三人は、客達から盛大な拍手を受けた。
 その光景を宴会場の隅で笑顔で見ていた宿屋の旦那は、息子に声をかけられる。
「大分盛り上がっているね」
「ああ。開拓者の方にはいろいろと手伝ってもらって、本当に感謝している」
 宴会が始まる前から、開拓者達はいろいろと準備を手伝ってくれた。
 和奏は鏡餅を供え、宿屋の入口にしめ縄を飾った。また菊・葉牡丹・千両・万両などの花を飾り付けた。
浄炎の提案で切った竹を花瓶にし、中に冬の花である山茶花や寒椿などを入れて、宿の通路や部屋に飾った。それに良い初夢が見られるようにと、七福神が宝船に乗った姿を描いた絵を用意し、客達に渡してくれた。
そして琥珀は松・椿・南天・枝垂れ柳などの植物を、紅白の水引を使って飾りを作り、宴会場に飾っていった。
 いつもは質素な飾りしかしなかったが、開拓者達の協力のおかげで華やかな宴会の場が出来上がった。
 客達の反応も良く、気持ち良く新年を迎えられたと笑顔で礼を言われた。
 思い出すとゆるみそうになる顔を引き締め、旦那は背筋を伸ばす。
「とは言え、正月は始まったばかりだからな。まだまだやることは多いぞ」
「そうだね。普通の家は元旦は休むものだけど、ウチは宿屋だし働くことは多い」
「おっ、宿屋の息子らしい言葉だな」
「実際そうだから。まっ、でもこの分だと、今年のお年玉は期待できそうだ」
 息子がニヤッと笑う姿を見て、旦那は苦笑する。
「分かっている。だから今日いっぱいは頑張れよ?」
「はいはい」
 そこへ旦那の姿を発見した妻が声をかける。
「あなたー、ちょっと」
「ん? どうした?」
 旦那が妻の方を向くと、次いで息子は使用人に声をかけられた。
「坊っちゃん、少し良いですか?」
「なに?」
 そして旦那と息子は、それぞれ宿屋の経営者として働き出す。



●楽しいお正月
 霞澄は女の子達に誘われ、庭で手まりをつきながら童歌を歌って遊んでいる。
 琥珀は男の子達と一緒に、庭でコマ遊びをしていた。
 浄炎は宿裏の土手で、子供達にたこあげのやり方を教えていた。
 和奏はかるたで遊んでいる客達の姿を、見物人と共にのんびり見ている。
 哲心は男性客達に誘われ、酒を楽しく飲み始めた。
 賑やかで楽しい元旦の宴会は、夜遅くまで続いたと言う―。



<おしまい>