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■オープニング本文 東房王国の山の中、若い母親と幼い男の子が手拭いを頭にかぶりながら手をつなぎ、家まで小走りで向かっている。 「突然雨が降ってくるなんてついてないねぇ。坊や、家までもうすぐだから頑張って」 「うん」 母親が背負うカゴの中には柿や栗が入っており、二人は山の中に秋の味覚を取りに来ていた。だが突然黒い雲が空を覆い、あっという間に土砂降りになったのだ。しかし視界を塞ぐような強い雨になり、仕方なく母親は木の下に移動する。 「家に帰れば傘があるんだけど…しょうがない。坊や、ここでちょっと待っててくれるかい? 一っ走りして傘を持ってくるから」 「分かった」 母親はカゴを下ろすと雨の中、家に向かって走り出す。 「雨、止まないかなぁ…」 一人残された男の子は心細くなり、空を見上げた。 相変わらず黒い雲がおびただしい程の雨を降らせている。――ところが突如、雨は止んだ。 「…あれ?」 雲は相変わらず空に存在している。しかし雨が一滴も降らないことに疑問を感じた男の子は木の下から出て、空を見上げた。すると雲が突如渦を巻き、その中心から大きく赤い眼がギョロッと現れる。 「あっ…!」 男の子は眼を開き、顔をそむけようとしたものの、金縛りにあった体は指一本動かない。眼を見開いたまま硬直する男の子は微動だにしないまま、雲の中の眼と視線を合わせ続ける。 やがて傘をさしながら、母親が走って戻って来た。 「坊や、お待たせ。…坊や?」 しかし男の子が空を見上げたまま動かないことに気付き、そして雨も降っていないことに気付く。 「おや? 雨は…」 そして母親が空に視線を向けた時、赤い眼が消え失せるところで、すぐに雲からは再び雨が降りだした。 バシャンっ 「えっ? あっ、坊や!」 雨が降り出すと同時に、男の子の体が地面に倒れる。慌てて母親は傘を放り出し、息子に駆け寄った。 「どうしたの? しっかりしてっ!」 慌てて抱き起こしたその体は冷たく、血の気の引いた顔をしていた。 「アヤカシの闇目玉が出ましたか…」 東房王国の開拓者ギルドで受付を担当している美島は、緊急の依頼として通達された依頼書を見て、険しい表情を浮かべる。 ここ最近、東房王国では突発的な集中豪雨が各地で多発していた。しかしその中で闇目玉の存在が発見され、倒れる人々の姿も確認されている。死者こそいないものの体の低温状態が続いており、襲われた時のショックから未だ悪夢にうなされている者もいると言う。 「また厄介な相手が出てきましたね」 闇目玉は物理的攻撃力こそ無いものの、特殊能力や慎重深さでなかなか倒しづらいアヤカシだった。 「かと言って討伐しないわけにもいきません。至急開拓者を集めなければっ…!」 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●闇目玉と戦う為に リィムナ・ピサレット(ib5201)、ファムニス・ピサレット(ib5896)、Kyrie(ib5916)、ラグナ・グラウシード(ib8459)の四名は東房王国の開拓者ギルドで、美島から印が書かれてある地図を見せられた。 「闇目玉はとても慎重なアヤカシでして、現れるのは人の少ない田舎町や村です。なので逆に現れる場所が特定しやすいとも言えます。出現予測地はこの地図に書いてありますので、次に出現する条件について説明をはじめます」 ギルドが出現予測地としたのは山深い場所にある小さな村だった。近頃、その地域の天気が悪く、また闇目玉の目撃情報も周辺から多く集まっているのだ。出現するのは夕方ということも判明しており、開拓者達はその時間を狙って出発した。 滑空艇のマッキSIで目的地まで飛んで来たリィムナは山の影にある平原を見つけ、そこに着陸する。そして草や木の葉を集め、マッキSIにかけてその姿を隠す。 「ふぅ…、こんなものかな」 元から多くの雑草が生えている場所なので、上空にいる闇目玉からは隠された滑空艇が見えることはないだろう。 しかしリィムナの表情は、今の天気のように暗く曇っていく。 「…ファムニス、大丈夫かな?」 心配そうに、双子の妹が到着しているだろう場所に視線を向けた。 リィムナと同じく滑空艇の薔薇の葬列を上空からの死角に隠し、その上に草と木の葉をかけているKyrieもまたファムニスのことを思い、顔をしかめている。 「必ず討伐する方法として、囮作戦をしなければならないのは分かっていたことですが……いざとなると心配は隠せませんね」 ため息を吐きながらも、薔薇の葬列を隠す作業を続けた。 木々の間に身を潜めている駿龍のレギの首を撫でながら、ラグナも苦しそうに表情を歪めている。 「チッ、面倒な敵だな。レギ、巨体なお前が身を隠すには狭い場所かもしれないが、敵が現れるまではここで待っててくれ」 いつになく真面目なラグナに応えるように、レギは真剣な目付きで頷いて見せた。 「まだ夕方だというのに……何て暗さなんでしょう」 ファムニスは空を見上げ、不安げに呟く。 ここまで来るのに乗ってきた滑空艇のかっとび丸はすでに隠しており、ファムニスは囮役をする為に上空から見つけやすい場所に一人、出て来た。 「怖い相手ですがこれ以上、被害者を出すわけにはいきませんっ…! ファムニス、頑張ります…!」 ぐっと両手を握り締めると、【加護結界】にて一時間、防御力と抵抗力を上げて山の中を歩き出す。 そんなファムニスの姿を、双子の姉のリィムナは望遠鏡を通して見ている。 「スキルをかけたみたいだけど、やっぱり心配だよぉ」 少し離れた場所からKyrieとラグナの二人も気配を消し、身を小さくしてファムニスの姿を視線で追う。 すでに太陽の姿も光も分厚い雲に隠されてしまい、辺りは薄暗くなりはじめている。湿気を含んだ空気が流れ、四人の肌を撫でた。 ファムニスは銀の手鏡を取り出し、自分の姿を見るフリをしながら空の様子を窺う。やがて雨が降り出したので、走って木の下に向かった。 雷は鳴らず、ただ強くなっていくばかりの雨を、身を隠している三人は黙って耐えて受ける。一瞬でもファムニスから目を離さないように、じっと堪えた。 黒い雲が激しい雨を降らせ、その冷たさと凄まじい雨音にファムニスが辛そうに顔をしかめた時だ。 ――雨が、急に、止んだ―― ●現れた闇目玉 不思議に思ったファムニスが顔を上げると、宙に闇目玉が存在を現そうとしているのを眼にする。強い恐怖を感じながらもファムニスは必死に力を振り絞り、頭を振った。 雨で視界を塞がれながらも、ファムニスの行動を見て三人はハッとする。 「合図だっ! 闇目玉は必ずぶっ倒すよ!」 「現れましたか」 「逃がさない!」 リィムナ、Kyrie、ラグナの三人は物音を消しながらも、急いでパートナーの元へ行く。 その間に闇目玉は完全にその姿を現した。 「ああぁっ…!」 闇目玉と視線を合わせたファムニスは大きく眼を見開き、恐怖に顔を歪めるも、幻覚を見せられて指一本動かせない。 リィムナはマッキSIに乗り込むと【急起動】にて一気に戦闘状態にさせて、続いて【弐式加速】で一気に加速させる。 「このぉーっ! ファムニスから目を離せぇ!」 闇目玉がファムニスから恐怖を吸い取っているのを見ると、リィムナは怒りもあらわに【アークブラスト】で電撃を放つ。 しかし闇目玉は瞬時に攻撃されることを感じ取り、その姿を消そうとしたが時遅く、僅かに受けてしまった。そのせいか完全に消えることはなく、姿を薄くさせながらもまだこの場に残っている。また、ファムニスから視線を外させることに成功した。 Kyrieは薔薇の葬列に乗り込み、【急起動】で一気に戦闘状態にさせる。そして【加速】を使ってファムニスの元へ向かった。地面に倒れているファムニスを発見すると、薔薇の葬列を近くに着地させ、慌てて駆け寄る。 「ファムニスさん、しっかりしてください!」 上半身を抱き起こすと、ファムニスの顔色が真っ青になり、体が冷たくなっていることに気付いた。軽く頬を叩いてみてもまだ恐慌状態から抜け出せないらしく、かたく眼を閉じたまま唸っている。 Kyrieはファムニスを抱え上げて、木の下に横たえると【解術の法】を使って闇目玉の特殊能力を解いた。 「うぅっ……」 軽く呻きながらも目を覚ましたファムニスを見て、Kyrieはほっとする。 「【加護結界】を発動させていても、至近距離でのアヤカシの攻撃はお辛かったでしょう。もう大丈夫ですからね」 次にKyrieはファムニスに【神楽舞「護」】で心を落ち着かせ、抵抗力を上げさせた。 「あっ…ありがとう、ございます…。もう大丈夫です…」 先程まで青白かった顔色も元の色に戻り、表情も穏やかな微笑を浮かべるようになった。 「早く戦いに行かないと……あっ、先程のお礼に【加護結界】をかけておきますね」 ファムニスは起き上がり、【加護結界】を今度はKyrieにかける。 「ありがとうございます、ファムニスさん。しかしすぐに戦いに向かった方が良いですね」 「はい…」 二人の視線の先には、闇目玉と戦っているリィムナとラグナの姿があった。 「敵の攻撃にひるむわけにはいかぬぞ! レギ、邪悪を蹴り殺せっ!」 ラグナはレギに【チャージ】で攻撃力を上げさせて【龍蹴り】で闇目玉の核を狙うも、当たる寸前で闇目玉は霧になった為に、ラグナとレギはそのまま黒い霧の中を素通りしてしまう。 「チッ! まだこんな事ができる力があったのか!」 しかし霧を通り抜ける寸前、レギは眼を閉じていたものの、ラグナは再び形を成した闇目玉と視線を合わせてしまい、思わず体勢を崩してしまった。 「ラグナっ! しっかりして!」 「はっ…!?」 リィムナの声でラグナはすぐに我に返り、慌ててレギにしがみつく。しかしその顔色は悪く、激しく肩で息をしている。 「急がなくてはっ…!」 その様子を見ていたファムニスは急いでかっとび丸に乗り、【急起動】でラグナの元へ向かった。 「ラグナさん、しっかりしてください!」 そしてラグナとレギにギリギリまで近付き、【解術の法】をラグナにかける。 「すっすまない……」 ファムニスがラグナを回復させている頃、地上にいるKyrieはまだ闇目玉がはっきりとは形を成していないのを見て、宙にいるリィムナをこちらに呼んだ。 「闇目玉は度重なる攻撃で実体化しにくくなっているようです。逃げる力もないようですし、今のうちに知覚力を上げておきましょう」 「うん、お願いね」 マッキSIに乗ったままのリィムナに、Kyrieは【神楽舞「心」】にて知覚力を高める。 「異常状態になりましても、【解術の法】を私とファムニスさんは使えます。なので心置きなく、向かって行ってください」 「ありがと!」 リィムナはKyrieに向かってニコっと微笑むと、すぐに表情を引き締め、闇目玉に向かって再び飛んでいく。闇目玉を直視しないようにしながらもマッキSIに【弐式加速】で加速させ、【急反転】であえて目の前に姿を見せた。そして邪視による知覚攻撃に耐えながらも【ホーリーアロー】を放つ。攻撃は核には当たらなかったものの、限りなく近い所へと突き刺さり、そこからヒビが入る。 だが正面からまともに邪視を見てしまったリィムナは、青白い顔で体勢を崩す。 「くぅっ…! スキルをかけていても…やっぱり正面から視線を合わせると、キッツイね……」 悔しそうに呟きながら、震える体でマッキSIを操縦してゆるやかに後退していく。何とか無事に平原に着陸すると、駆け付けたKyrieに【解術の法】を使ってもらった。 そしてリィムナと入れ替わるように、険しい表情を浮かべたファムニスが前に出て【白霊弾】を放つ。攻撃はヒビが入って弱くなっている闇目玉に命中し、更にヒビを増やす。それと同時に、核を囲むようにあった黒い霧もどんどん薄れていく。 しかし最後の力を振り絞るように、闇目玉は最大に目を見開いた。 「あっ…!」 闇目玉の正面にいるファムニスは再び恐怖を感じ取り、思わず身を硬くする。 「下がっていろ! ファムニス!」 【オウガバトル】で自身の攻撃、防御、抵抗を上昇させたラグナが、ファムニスと闇目玉の間に入った。邪視を恐れず、闇目玉を正面から睨み付けながらもカーディナルソードを抜き、【オーラショット】を発動させる。 「我が大剣と技にて、貴様を還るべき場所まで吹き飛ばしてやるっ!」 こうして気合を入れた攻撃は、闇目玉を真っ二つに斬った。 しかし闇目玉が二つに分かれた途端、瘴気と共に大量の水飛沫も飛び出し、四人の視界を塞いだ。 ●戦闘後 「ラグナ、大丈夫?」 「何とか、な…。…ああ、ファムニスも無事だったか?」 「はい…。ラグナさんに言われて後退していたので…無事でした」 闇目玉の近くにいたラグナはレギと共に軽く吹き飛ばされ、しばし気を失っていた。レギが軽く恐慌状態になりつつも気絶したラグナを安全な所まで運び、駆け付けたKyrieがラグナの体を地面に下ろして【解術の法】をかけ、ファムニスもレギに【解術の法】をかけて、リィムナが【レ・リカル】で回復させていたのだ。 「アレ? Kyrieはどこ行ったんだ?」 ラグナはふと、Kyrieの姿がないことに気付く。 「Kyrieは他に闇目玉がいないか、調べに行っているよ」 疲労した表情を浮かべながらも、リィムナが答える。 空に視線を向けると、夕暮れの空に薔薇の葬列の飛ぶ姿があった。 「とりあえず、雨は止んだな…」 ラグナの呟きに、二人は力強く頷く。 黒く分厚かった雲は、白く薄くなり、夕日の光が地上に降り注いでいる。 全身はずぶ濡れで戦闘後の疲れはあったものの、その光景を見た四人の胸の中にはあたたかさが広がっていた。 ●そして後日 四人は近くの村に滞在していた。アヤカシが他にいないか調査結果が出るまでとどまるということだったが、思いのほか戦闘後の疲れも残っていた為に、身を休ませていた。 村にはギルド職員達も訪れており、周辺を調査したものの、アヤカシは他に存在しないことが判明して、四人はほっと胸を撫で下ろす。 「私も調べましたが、アヤカシの気配もありませんでした。もう大丈夫だと考えて良いでしょう」 Kyrieはあの戦いの後もギルド職員達と共に調査をしていたので、自信ありげに頷いて見せる。 「でっでもまだ、襲われた後も後遺症に悩まされている人達がいるんですよね……」 ファムニスが暗い面持ちで言った言葉に、こちらに来ていた美島は真面目な表情で頷く。 「ファムニスさんの言う通り、今度は被害に遭われた方々の治療が大変になります。しかし皆様には闇目玉の討伐だけをお願いしていましたし、後はゆっくり…」 「休むわけにはいかないよ!」 突如叫んだのはリィムナだ。ぐっと拳を握り締め、立ち上がる。 「アヤカシによって困っている人がいるなら行かなくちゃ! あたしはファムニスやKyrieみたいに【解術の法】は使えないけど、それでも元気づけることぐらいならできるよ!」 「しかし……」 「まっ、いつまでも休んでいても体が鈍るだけだしな。人助けで体を動かすのならば良い運動になるだろう」 続いてラグナも賛同してしまい、ファムニスとKyrieは互いの顔を見合わせると深く頷いた。 「ここはやはり、【解術の法】の使い手がいた方が良い…ですよね」 「人々の嘆きの声を喜びの声にするのもまた、開拓者の使命だと私は思います。被害に遭われた人々のことは、ギルドの方で把握しているのでしょう? 早速その人達の所に向かいましょうか」 四人全員が腰を上げてしまったので、美島は観念したようにため息をつく。 「…分かりました。こうなれば私も最後までお付き合いします。では、参りましょうか」 こうして四人は闇目玉に襲われた人々の所へ行き、笑顔を取り戻していった。 そして空には気持ちが良い秋晴れの日が続いた。 【終わり】 |