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■オープニング本文 「あ〜、忙しい忙しい」 神楽の都の開拓者ギルド内をパタパタと動き回る雛奈は、ふと視界に見知った人物が映り、足を止める。 「今のは‥‥って、げっ!?」 思わず声を上げると、その人物は雛奈を見て、満面の笑顔を浮かべて手を振ってきた。 「あっ、雛奈! ちょうど良いところに! それじゃあ彼女に担当してもらうので」 雛奈が見たのは幼馴染の春香だったが、今まで春香と話をしていた人物は依頼番組頭で雛奈達の上司だ。上司は雛奈に笑顔で軽く頭を下げてきたので、慌てて雛奈は腰を曲げて頭を下げる。 上司が去ると、雛奈は慌てて春香の元に駆け付けた。 「ちょっちょっとちょっと! ウチの上司と何を話していたのよ!」 「うん、だから依頼のこと。やっぱりアンタに担当してもらうことにしたわ」 得意げに微笑む春香を見て、雛奈は非常にイヤ〜な予感がしたのであった。 「はあっ!? 開拓者ギルド主催の夏祭りぃ?」 「そっ♪ 楽しそうでしょう?」 「春香っ! アンタ、桜祭りの件で味をしめたわね?」 「何を人聞きの悪いことを。‥‥まあ助かったのは事実だけどさ」 春香は祭りを取り仕切る役目を、代々引き継いでいる家に生まれた。なのでこの地域で祭りを行おうとしたら、春香の家を通さなければいけない。桜祭りもそうだが、夏祭りも彼女の家が管理をする。 「言っておくけど、コレは開拓者ギルドの為でもあるのよ?」 「どこがよ?」 渋い表情を浮かべる雛奈に、春香は語る。 開拓者ギルド主催の夏祭りでは、ギルドで働いている者や開拓者達が働く側となって、一般人をもてなす。屋台を出したり、または花火を打ち上げたり、相棒と一緒に働いたり、踊って見せたり、見物人に害がない程度のスキルを使ってみせたりとする祭りらしい。 「‥‥それのどこが開拓者ギルドの為なのよ? ただ単に関係者達をコキ使っているだけじゃない」 「違うわよ! これはいわゆるアピール! 開拓者は一般の人達と仲良くなりたいんですよ〜という意思表示」 「それは言い直すと、お客様を呼び込む手法の一つと言えるわね」 一般人に対して好意的な態度を見せ、開拓者ギルドを利用する人々を増やそうとする――ある意味、春香らしいやり方だと、雛奈は強ばった表情を浮かべたまま思った。 「あら、いいじゃない? 仕事を依頼してくれる人がいて成り立つ職業でしょうが! もうちょっと親しみやすい存在として、受け入れてもらうチャンスよ? 別に偏見とかはないけどさあ、それでも開拓者に対してちょっと構える人っているじゃない?」 「ぐっ‥‥」 確かに偏見はないものの、普通の人間ではないということで、一歩引かれる時もあるらしい。特にアヤカシを退治するところを見ると、感謝もされるが、同時に恐れられることもあるようだ。 「だからこの機会を利用して、そういう恐れを持つ人を少なくしたいのよ。もっと身近にいるお助けマンみたいな感じに思われた方が良いじゃない」 「まず『お助けマン』と思っているのは、間違いなくアンタね」 言葉では冷静に切り捨てるものの、言っていることは間違いではない。確かにお祭りという気分が盛り上がるイベントに開拓者達が参加し、一般人達を楽しませることができればイメージアップにもなる。おかしな眼で見られることも少なくなるだろう。 「‥‥あくまでも開拓者達の為、か」 雛奈は諦めたように、深くため息を吐いた。 「会場なら任せて! ちゃんと整備された広場を用意するから。大きな相棒が一緒でも大丈夫よ!」 「えっ? 相棒ってそっちの相棒?」 雛奈は仕事上の相棒――つまり人間のことを言っているものだと思っていたが、どうやら春香が言っているのは開拓者のパートナーのことらしい。 「そうよ。だって開拓者の中には大きな相棒を持っている人だっているじゃない」 春香の言葉で、雛奈は思い浮かべて見る。 夏祭りで開拓者の相棒達がウヨウヨしながら一般人をもてなす光景を――。 一瞬気が遠くなり、体が傾きかけるも何とか止まる。 「妖怪の祭りの光景が浮かんだわ‥‥」 「んもう、しっかりしてよ! あたしはお祭りの準備をしておくから、雛奈は開拓者を集めて」 「待ってよ! こういうのは上の許可がないと‥‥」 「それならもうもらったわよ」 ケロッと返された言葉で、雛奈は思い出した。先程、春香と上司が楽しそうに話をしていたことを。 「‥‥まさかっ!」 「うん、さっき話をつけたの。開拓者ギルドを動かすことだし、最初に上の人の意見を聞いておこうと思って」 「それで許可が下りたの?」 「ええ。『開拓者ギルドの為にも、そして一般人の為にもなるから』って」 「んがっ!」 開拓者のみならず、ギルド職員まで巻き込むことになってしまった。同僚が雛奈を見る眼はきっと変わるだろう。しかし上司の決定は絶対。しかもこの依頼は危険性がない上に、開拓者や一般人の為にもなるというのは正しい。 「‥‥分かったわよ。相棒込みで、夏祭りをしてくれる開拓者を集めるわ」 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●開拓者主催の夏祭り開催! 「と言うことで、始まりました夏祭り! 派手な打ち上げ花火が開始の合図となって、会場には浴衣姿の老若男女が続々と入っております」 「…春香、誰に向かって説明しているの?」 会場を訪れた春香と雛奈の二人も、可愛らしい浴衣姿になっている。 「じゃ、早速みなさんのお店に行ってみましょう!」 雛奈の言葉を爽やかに無視した春香は彼女の腕を掴み、ズルズルと引きずりながら会場入りした。 ●喪越(ia1670)と綾音の出店 「夏ももう終わりだし、最後の一稼ぎと洒落込みてぇところだな」 出店の準備をしている喪越の言葉に、相棒でからくりの綾音はスっと眼を細める。 『相変わらず路銀が危ないですしね。あれだけ各地のお祭りで出店を開いて、稼いだお金はどこへ…』 「ふっ…。男にはイロイロあるのさ」 口元に笑みを浮かべながら遠い眼をする喪越に、綾音は冷たい視線を向けた。 「ごっほん! …と言うワケで、今回はコレで稼ぎます」 綾音の眼の前に、大きな茶袋を持ってきて中身を開けて見せる。 『この白いのは…糖分の粉ですか?』 「イエスっ! 中に入ってんのは砂糖だ。飴細工を作って売るぞ!」 張り切って作り始めた喪越だが、鍋で砂糖と水を練る段階で顔からは笑みが消えた。 『主、作業開始早々、灼熱の温度なのですが…。汗が噴き出していますよ?』 「この作業が本当に難点でな。しかし舌にも見た目にも嬉しい飴細工は特に、女子供にゃウケるだろう。動物や花の形なんか喜ばれそうだな」 汗を拭いながらも木ヘラで一生懸命に飴を練る姿を見て、綾音は目頭を押さえる。 『主、何とお優しい…!』 「うむ。財布の紐を解くには、まず女子供から攻めるべし! 女子供は甘くて綺麗で可愛い物には目がないからな!」 『…そんな事だろうとは思っておりました』 瞬時に真顔に戻った綾音に向かい、喪越は手を振った。 「ホレホレ、綾音は客引きしてこい。俺はこの状態で下手にしゃべると喉が焼かれるんでね」 確かにしゃべる時は鍋から一歩後ろに距離を取っている。下手に集中力を切らすと、無事では済まないだろう。 それに怪しい姿をしている喪越よりも、メイド服を着ている自分が声をかけた方が客も寄り付くだろうと、綾音は心の中で思った。出店の中から外に出て、無表情のまま冷静に声を出す。 『いらっしゃいませー』 「のぅっ!? そんな無表情&棒読みじゃ客が逃げちまうぜ! 声は明るく、表情はわざとらしいぐらいのにっこり笑顔で。ワンス モア アゲイン! ホレ、もう一度、再び!」 必死な喪越を見て、綾音は深いため息を吐いた後、笑顔を浮かべた。 『お帰りなさいませ! ご主人様!』 「いや、それだと違う商売になるから!」 『…面倒ですね』 張り切って明るい声を出したのに否定された綾音は、不機嫌そうに低く小さく呟く。 「ああ、それから飲み物の準備と販売も頼むぜ。冷たい物メインでな。何なら冷やし飴でも良いな。熱した水飴を水で薄めて絞った生姜汁を入れれば出来るし。あっ、グラスは本部に行って借りてきてくれ。洗って使い回しな」 『…注文の多い主ですね。分かりました、私も誇り高きメイドです。命じられた仕事は完璧にこなしてみせましょう。――見返り次第で』 綾音の眼がキラーン☆と光るのを見た喪越は、すぐさま視線をそらす。 「……仕事が終わったら、好きなだけ祭り見物してくれ」 しばらくして春香と雛奈が、喪越と綾音の出店に訪れた。店の前に客達が列をなす中、二人の番になると喪越と綾音は笑みを浮かべる。 「おおっ! 来てくれたのか」 『ウチのお店では飴細工と冷やし飴を売っております。飴細工の形の方はご注文があれば受け付けますよ』 にっこり営業スマイルで接客する綾音を、喪越は満足そうに見つめた。 「じゃああたしは鳥が良いな。それと冷やし飴も一つお願いします。雛奈は?」 「わたしはバラの花をお願いしても良いですか? 冷やし飴と一緒にお願いします」 「あいよ!」 『かしこまりました』 そして喪越は鳥とバラの花の飴細工をあっという間に作り、二人に手渡す。 「わあ! この鳥、凄く綺麗でステキ!」 「バラの花も本物みたい。喪越さんって手先器用ですね」 「まあいろいろやっているからな」 得意げに胸を張る喪越。 『まあどんな人間でも、取り柄が一つぐらいはあるものですからね』 しかし綾音の笑顔の毒舌に、胸を射抜かれてしまう。 綾音から冷やし飴入りのグラスを受け取った二人は代金を支払い、出店から少し離れる。 「この飴細工、美味しー♪ 食べると口の中で溶けちゃう!」 「冷やし飴も美味しいわ。生姜が入っているから甘すぎず、さっぱりしているからいくらでも飲めちゃう」 美味しそうに飴を味わう春香と雛奈を見て、喪越と綾音はあたたかな笑みを浮かべた。 ●フェルル=グライフ(ia4572)とウールヴの出店 「フェルルさん、久し振りね!」 「お久し振りです、フェルルさん。桜祭りの件ではお世話になりました」 フェルルの出店に春香と雛奈が向かうと、フェルルも笑顔で手を振る。 「春香さんに雛奈さん! 春ぶりですね、お久し振りです。今回は夏祭りということで、任せておいてください!」 浴衣の上に白いエプロンを着たフェルルは、自信ありげに自分の胸を叩く。しかしふと何かを思い出したように振り返る。 「あっ、お二人にご紹介しますね。私のパートナーでからくりのウールヴくんです。まだまだ人との接し方が不慣れですので、社会勉強も兼ねて連れて来ました。お祭りは楽しいものということを知ってほしいですし」 フェルルの背後から、こっそりと浴衣姿のウールヴが姿を現す。 『えっと、ボクはウールヴ。よろしく、お願い、します』 緊張した面持ちで頭を下げるウールヴを見て、春香と雛奈は笑みを浮かべる。 「可愛いコね。よろしく」 「これからよろしくお願いしますね」 ウールヴはコクッと頷くと、再びフェルルの後ろに隠れてしまう。 「あっ、ところでフェルルさんは何屋さんをしているの?」 「氷菓屋ですよ、春香さん。多種の蜜をそろえたかき氷はもちろんですが、他にもスムージーという異国の氷菓子もありますよ」 「異国の氷菓子ですか。春香、どうする?」 「せっかくだからそのスムージーとやらを頂くわ。雛奈も食べましょうよ」 「そうね。じゃあわたしも同じので」 「はい!」 フェルルは店の奥に行くと、氷の塊を持って戻って来た。氷の中に様々な果物があることに、二人は驚いて眼を丸くする。 「フェルルさん。その氷、どうやって作ったの?」 「【氷霊結】で作ったんです。他にもかき氷用の氷も同じように作ってあります」 「なるほど。氷を作るスキルをフェルルさんは持っていらっしゃったんですね」 春香の問いに答えたフェルルの言葉に、雛奈は納得したように頷く。 「さて、この氷をウルくん、頼みましたよ」 『うん!』 フェルルは果物が入った大きな氷の塊を、ウールヴに向かって放り投げた。二人がぎょっとする前で、ウールヴは【破穿撃】を使って氷を細かく砕く。すかさず落ちる氷をガラスの器で受け止めたフェルルは、山となった氷の上に牛乳や甘い蜜をかける。最後にスプーンを器にそえて、呆然とする二人に差し出す。 「はい、出来上がりです♪ 召し上がってください!」 「…フェルルさん。可愛らしいお姿に反して豪快な調理法を…」 「まっまあ開拓者らしくていいんじゃない?」 開拓者ギルドで受付をしているのである程度、開拓者達のやることに慣れている雛奈は、未だ呆然としている春香と共にスムージーを一口食べる。 「んっ! 美味しい!」 「ホント! こういうの食べたことなかったけど、かき氷とはまた違った美味しさがあるわね」 途端にスムージーに夢中になる二人を見て、フェルルは嬉しそうに、ウールヴはちょっと照れくさそうに微笑む。 ●kyrie(ib5916)と†Za≠ZiE†(ザジ)の出店 「…ん? 何かあそこら辺、女の子達が集まってキャーキャー言ってない?」 「どれどれ。…ああ、Kyrieさんの出店だわ。出店の中で洗い物をしている土偶ゴーレムは相棒のザジさんだし」 二人は早速行ってみることにする。 「Kyrieさん、ザジさん、こんばんは。お二人はどんな物を出しているんですか?」 雛奈が気軽に声をかけるとKyrieはニコッと笑い、ザジは洗い物の手を止めないまま顔だけこちらを向き、軽く頭を下げる。 「いらっしゃい、雛奈さんに春香さん。私とザジはかき氷を作っています。お一つ、どうですか?」 「「いただきますっ!」」 元気良く二人が手を上げたので、Kyrieは二人分作り始めた。手回し式かき氷削り器に氷とガラスの器をセットしたあと氷を削り、その上にキャンディを溶かして作ったシロップ、砂糖と牛乳で作った練乳と餡子を乗せて、最後にスプーンをそえて二人に差し出した。 「甘くて冷たくて美味しいですよ」 「わーい♪ やっぱり甘い物は別腹よね!」 「…後でダイエットね」 春香は満面の笑顔で、雛奈はうっすら涙を浮かべた笑みで一口食べる。 「あっまーい! 特に練乳が美味しい!」 「そう言えばKyrieさんって甘党でしたね。ちなみにこの氷はスキルで作ったんですか?」 「ええ、【氷霊結】で作った氷です。出来立ての氷の方が美味しいですからね」 「それには同感です。ところで春香に聞いたんですけど、この後、劇もやるんですよね?」 当の春香はかき氷に夢中で、二人の会話すら耳に入っていない様子。 「はい。ザジと共に舞台で無言劇を行います。良かったら見に来てくださいね。ちゃんとメイクを直して舞台に上がりますから」 Kyrieはゴシックメイクと服装をしており、整った容姿からも女性客の視線を集めている。 「じゃあ時間になりましたら、舞台に向かいます」 「お待ちしています。皆さんに楽しんでいただけるよう頑張ります」 ●Kyrieとザジの無言劇 無言劇の為に作られた舞台はそんなに大きくはなく、全ての準備はKyrieとザジだけで行なった。かき氷を売りつつ宣伝していたおかげで、観客達は舞台の周辺に多く集まっている。 舞台には幕が張られており、幕の前に操り糸を付けた道下服姿のザジがいた。Kyrieは幕の後ろに置いた台の上に立ち、操り糸の先にある操り棒を持って、観客達に向かって一礼する。 そして操り棒を動かしながら、ザジに愉快なダンスやアコーディオンの演奏をさせた。クラッシュ・シンバルを持たせ、鳴らそうとした時、Kyrieは大きなクシャミをしてしまい、シンバルは大きく空振りする。再びシンバルを鳴らそうとするも再びクシャミを…という行為を何度か繰り返した後、一際大きな身振りでシンバルを打とうとしたものの、またもやKyrieの大きなクシャミで失敗してしまう。ザジはシンバルで自分の頭をはさんで打ち付け、ゆっくりと床に倒れる。慌ててKyrieが裏から出て来てザジを助け起こすと、怒ったザジはKyrieの頭をはさむようにシンバルを叩きつけ、Kyrieは眼を回しながらゆっくり床に倒れた。 しかし二人は突如立ち上がると観客達に向かって頭を下げ、そのまま仲良くフォークダンスを踊りながら舞台の裏に引っ込んだ。その後、観客達から盛大な拍手がわき起こる。 「Kyrieさん、真面目な顔でひょうきんなお芝居をする人なのね」 「わたしも今日はじめて見たけど、面白かったわね!」 はしゃぐ春香と雛奈の姿を舞台裏から見たKyrieは、満足そうにザジとハイタッチした。 ●ルオウ(ia2445)と雪&アーニャ・ベルマン(ia5465)とテディの催し物と出店 ルオウは相棒の猫又の雪と共に、アーニャの出店を目指して歩いている。 「おおっ、祭りだ祭りだ! 血が騒ぐよなぁ〜。大食い大会とかやらねーのかな?」 『大食い大会はボンがしたいだけでしょう? あとお酒はいけませんからね。夏祭りではしゃぐのも良いですが、仕事を忘れませんように』 足元で雪がキリッと表情を引き締めて釘をさすと、ルオウは拗ねたように口を尖らす。 「俺、もう子供じゃねぇよ。良いじゃん」 『中身は充分にまだ子供です』 「なぬっ!?」 一方その頃、アーニャはからくりのテディが作った焼きそばを客達に売っていた。客足が途切れた時、アーニャは苦笑しながらテディに話しかける。 「ねぇ、まるごともふらを着てほしいと言ったのは私で、本当に着てくれたのは嬉しいんだけど……その格好のまま鉄板で焼きそば作って暑くないの?」 普段から熊の着ぐるみを着ているテディだが、今はまるごともふらにエプロンをした可愛らしい姿で、手際よく料理をしていた。 『暑くないよ。それに中身を見せるなんて、恥ずかしくてできないよ』 「中身って…人間と変わらないし」 『中身は骨組みなの!』 テディの中身が十六歳ぐらいの美少年であることを知っているアーニャは、そう言われると何も言えなくなる。 「おっ、あったあった! アーニャ、待たせたな!」 ルオウの声を聞いて、アーニャは振り返って笑みを浮かべた。 「来てくれたんですね。呼び込みをしていただけるとありがたいです」 「おう、任せとけ! …ん? そのもふらの着ぐるみは…」 「ああ、中身はからくりのテディと言います。テディ、挨拶を」 焼きそばを作る手を止め、テディはルオウに向かって軽く頭を下げる。 『はじめまして。僕はからくりのテディ』 「俺はサムライのルオウ! よろしくな!」 『ボン…ああルオウのことですが、彼のお目付け役の猫又、ズィルバーヴィントと申します。よろしくお願いしますね』 テディは声がした地面に視線を向け、雪に手を振った。 「コイツの名前は長いし発音しにくいから、雪って呼んでくれ」 『…本当にボンは自由放任ですね』 しかし否定しないところを見ると、まんざらでもないらしい。 「んじゃ、早速呼び込みをはじめるとするか! よぉーしっ! ヤッパ天儀っコは祭りだよな! じゃんじゃん売るぞー!」 『ヤレヤレ…。騒ぎすぎて倒れないでくださいよ』 そう言いつつも、雪は出店のカウンターの部分に飛び乗った。そして二本の尻尾をユラユラと動かしながら愛嬌を振りまき、【猫かぶり】を使って客を油断させる。 「美味い焼きそば、食わねぇかー?」 『夏祭りと言えば焼きそばです。食べなきゃ損しますよ〜』 こうしてドッと訪れた客達に、アーニャとテディはギョッとするのであった。 作り置きが切れたことから一旦店を閉めたアーニャはふと、ルオウに提案してみる。 「ルオウさん、テディが焼きそばを作り置きしている間に、店の前で催し物をしませんか?」 「おっ、良いな。何やる?」 アーニャはにっこり笑い、大きな弓矢を取り出した。 「私がこの華妖弓で矢を乱射します。その矢をお持ちになっている刀で叩き落とすというのはどうでしょう? あっ、もちろん矢尻には怪我をさせないように布を巻きます。見事全部叩き落とせたら、大盛り焼きそばを無料で差し上げます。ルオウさんならこれくらい、やってくれますよね?」 「ふっ…、バカにすんなよアーニャ。そんくらい全部素手で掴み取ってやる!」 『ボンッ!』 雪の制止の声も聞かず、二人は手を組んだ。 「ルオウさんならそう言っていただけると思っていました!」 「よぉーしっ! 大盛り焼きそばの約束、忘れんなよ?」 そしてルオウはくるっと振り返り、客達に向かって叫ぶ。 「さて、お立会い! これからこのねーちゃんが俺に向かって矢を放ってくる。その矢を俺は全て手で掴み取る! 上手くいったらご喝采! ついでに焼きそばも買ってくれるとありがてぇ」 ルオウの呼びかけに祭りに来ていた人々は足を止め、クスクスと笑う。観客達が集まる中、アーニャは矢尻に布を巻き付けていった。全ての矢尻に布を巻き付け終えると、アーニャとルオウは距離をとって向かい合う。 「よしっ、アーニャ。来い!」 「参ります、ルオウさん」 そしてアーニャはルオウに複数の矢を向ける。 『ん? もしや…』 その様子を黙って見ていた雪だが、ふと不安を感じて身を起こす。 しかしアーニャはそのまま、【乱射】にて矢を放つ。 『やっぱりスキルの【乱射】ですかっ!』 てっきり弓術による乱射だと思っていた雪は、驚いて飛び上がった。 しかしルオウは不敵な笑みを浮かべ、両手の拳を打ち合わせる。そして【背水心】で覚悟を決め、【十字組受】にて向かってきた複数の矢を全て掴み取った。 「うしっ!」 「お見事!」 笑顔でため息を吐いたルオウとアーニャに向かって、観客達は惜しみない拍手を送る。 『…ふう。何とか間に合いましたか』 アーニャをはさんでルオウと向かい合っている雪は、安堵のため息を吐く。咄嗟に【閃光】で、矢を掴む瞬間をルオウに伝えていたのだ。グッタリする雪の眼の前に、テディは鰹節たっぷりの焼きそばの皿を置いた。 『お疲れ様』 瞬間くわっと眼を見開き、焼きそばを食べ始める雪を見て、テディは心の中でルオウと雪は似た者同士だと思った。 「う〜ん。良いものが見れたわね」 「ふふっ、そうね。あっ、テディさん。焼きそば二つ頂けますか?」 『うん…』 深く感心している春香と、意味ありげに笑う雛奈が店の前に来る。雛奈は開拓者と接することが多いせいか、どうやら雪がしたことに気付いたらしい。雪は焼きそばに夢中だが、テディはこっそり雛奈の分の焼きそばの量を増やして渡した。 ●夏祭りは相棒と共に 売り物を全て売った後、フェルルは大きな舞台で精霊への奉納の舞を踊った。そして最後の盆踊りでは、ウールヴと共に踊る。 「ウルくん、今日はどうでしたか?」 フェルルは踊りながら、隣でぎこちなく踊るウールヴに声をかけた。 『今日はいろんな人と接することができて…少しだけ、楽しい気持ちを理解しました。…またこういうお祭りがあったら、来てみたいと思います』 無表情ながらも必死に言葉を伝えるウールヴを見て、優しく微笑んだ。 盆踊りに参加する人々を少し離れた場所から見ている春香と雛奈は顔を見合わせると、ふっと破顔する。 「相棒と共に夏祭りをするなんて体験、なかなかなかったでしょうから、良い企画だったと思わない?」 「終わり良ければ、ってことね。まっ、それは否定しないわ。開拓者達も相棒と一緒で楽しそうだしね」 肩を竦める雛奈の視線の先には、はしゃぎながら踊る喪越とメイド服で踊る綾音、ゴシック姿で真面目に踊るKyrieにザジの姿がある。 そして出店を片付け終えたアーニャとテディの二人も、こちらに向かっていた。しかしテディは着ぐるみを脱いだ姿になり、同じく盆踊りに向かおうとしている人々の視線を集めている。 『みんな、どうして僕を見るんだろうね? やっぱり中身のままで歩くのは恥ずかしい…』 「いいの! 夜に着ぐるみ姿じゃ、怪しく見えるんだから。…それに、ね。私には年下趣味はないけれど、テディは自分の姿を客観視した方が良いと思うよ。せっかく綺麗な顔をしているのに勿体無い」 『…からくりの僕に、人間の美的センスを求められても困るんだけど…』 心底困った表情を浮かべるテディを見て、思わずアーニャまで困った笑みを浮かべた。 そしてルオウは盆踊りの演奏が行われているやぐらの屋根の上に雪と共に立ち、向かいにあるもう一つのやぐらに視線を向ける。 「よしっ! 準備は出来ているな。雪、頼むぞ!」 『はいはい』 もう一つのやぐらの上には木が積まれてあり、雪は木に向かって【発火】をかけた。すると瞬時にボッ!と積まれた木が燃え上がり、大きな炎が現れる。それとほぼ同時に色とりどりの花火も打ち上がり、客達は炎と花火に歓声を上げた。 「やっぱり夏祭りの最後と言ったら打ち上げ花火ね! さっ、雛奈! あたし達も踊るわよ!」 「まったく…。派手過ぎるわね、開拓者ギルド主催の夏祭りは」 そう言いながらも、雛奈の顔は笑っていた。 【終わり】 |