|
■オープニング本文 真夏日。北面国の開拓者ギルドで受付職員として働いている鈴奈は汗をダラダラ流し、体はフラフラしながら近くの和菓子茶屋を訪れた。 「もっ桃ちゃぁ〜ん。何か冷たいお菓子ちょーだい」 看板娘の桃霞は手拭いで汗をふきながら、申し訳なさそうな顔で近付いて来る。 「ごめーん、鈴ちゃん。冷たい和菓子もかき氷も全部売れちゃったの。後は生ぬるい果物類しかなくて‥‥」 「うっ‥‥。まあ栄養がとれるから、それでも良いわ」 「分かった。じゃあ座って待ってて」 鈴奈はイスに座るも、ぐったりとテーブルに頭を載せた。 「ううっ‥‥。今日は異様に忙しくて、すっかりオヤツ時間逃しちゃった」 開拓者ギルドでは宝珠を使って室内に風をふかせているので涼しかったが、一歩外に出た途端、太陽の熱さと眩しさにヤられてしまった鈴奈。和菓子茶屋の中は太陽の光は当たらないものの、熱風が開いた窓から入ってきており、あまり居心地は良くない。 「お待たせ〜。井戸水で冷やしていたんだけど、すっかりぬるくなっちゃったスイカでーす」 そこへ桃霞が切ったスイカを持って来た。 「あっ、スイカだぁ‥‥」 鈴奈は力なく起き上がり、スイカを一口食べる。スイカは甘かったが、桃霞の言う通りあまり冷たくはなかった。出されたお冷の方が冷たく、しかし全て平らげると糖分のおかげで頭が働くようになった。 「ふう‥‥。最近の暑さは異常ね。大して雨も降らないし」 「そうだねぇ。汲み上げた井戸水もすぐにぬるくなっちゃうし。‥‥あっ、そうだ。今のうちに鈴ちゃんに話しておこうかな」 「ん? どうしたの?」 桃霞は鈴奈の向かいの席に座り、話し出す。 「実は長屋が集まっている地域でね、開拓者ギルドに依頼しようかという話が出ているらしいの。その内容がね、『一日だけでも良いから涼しく過ごしたい』んだって」 暑い日々が続く為に、夏バテする人が増えてきた。なので一日だけでも良いから、何とか涼しく過ごしたいとのことだった。 「あまりお金は出せないけれど、助けてほしいんだって」 「あ〜、そういうところは深刻よね。特に長屋に住んでいる人達の収入ってそれほど多くないみたいだし」 しかし桃霞も鈴奈もそこそこ良い家の娘なので、正直ちゃんとした想像はできない。 「まあそういうことでね。近々依頼人達がギルドへ行くみたいだから、その時は鈴ちゃん、よろしく」 「仕事を担当するのは良いけど、何で桃ちゃんが長屋に住んでいる人達の話を知っているの?」 「ああ、それはね。長屋に住んでいる奥さん方が、ここに来た時に話しているのを聞いちゃったの。最近『開拓者ギルド』って聞くと、何となく反応するようになっちゃって」 「そっそう‥‥」 「だから鈴ちゃん、依頼を引き受ける準備しといてね」 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
志姫(ib1520)
15歳・女・弓
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「ふわぁ…まだ朝なのに暑いですね〜」 長屋へと向かうまでの道の途中で、礼野真夢紀(ia1144)は夏の日差しに眼を丸くする。 「熱気で景色が歪んで見えるぐらいの暑さですしね」 ユラユラと揺れる光景を見ながら、モハメド・アルハムデイ(ib1210)は苦笑を浮かべた。 彼の隣では、志姫(ib1520)が眼を回しながらフラフラしている。 「わっ私の出身地は山奥の寒い所なんです…。なのでこの暑さはかなり辛いですぅ〜」 「ボクの出身地はアル=カマルですから暑さには慣れていますけど、確かにこの暑さはキツイですね」 浴衣の静竹を着たシータル・ラートリー(ib4533)は、ヒマールのターイルを頭に巻き直しながらため息をつく。 「天儀の夏は暑いですからね…。でも長屋の人々の為に頑張りましょう」 火照る顔に真剣な表情を浮かべるファムニス・ピサレット(ib5896)。その小さな背には大きな荷物を背負っている。 「う〜ん…。私は夏が好きだが、確かにこのうだるような暑さはマズイな。倒れる人が出る前に何とかせねば」 珍しく神妙な顔付きで、ラグナ・グラウシード(ib8459)は呟く。 やがて六人は目的地へ着くと、そこには依頼人代表の長屋の奥さん達が待ちわびていた。六人が声をかけると、奥さん達は喜んで長屋に向かって声をかける。 「みんなっ! 開拓者の方達がいらっしゃってくださったわよ!」 「今日一日、涼しく過ごせるわよ!」 「良かったわね〜! 良い日になるわぁ」 大声を聞いて、長屋からは汗まみれの人々が出て来る。現れた人々はぐったりとしている上に、フラフラもしている。ゾンビの群れのようにワラワラと出て来たので、思わず開拓者達は短い悲鳴を上げるのであった。 「では涼しくなる方法をお教えしますね」 真夢紀は水を入れた手桶と柄杓を手に持ち、集まった人々の前で説明を始める。 「まずは打ち水です。やるのは朝や夕方あたりが良いですね。夕方にする場合は熱くなった家の外壁にかけても良いと思います。家の中も涼しくなるでしょうし。でも外壁にかける水は綺麗な方が良いですよ。庭に撒くのならば、何かに使用した後の水でも良いでしょうけど」 真夢紀は苦笑しながら思い浮かべる。妙な匂い付きの水を外壁にかけては、家の中にまで妙な匂いがしてしまうだろう。 「また玄関前や窓にかけるよしずや簾に水をかけると、涼しい風が入ってきます」 人々と一緒に、真夢紀は長屋の周囲に打ち水をして回った。それが終わると、一軒の家の中に入る。 「次にお布団の上に、御座を敷きます。枕は普通の物ではなく、竹で編んだものにしてください。草や竹は体温を下げる効果があるんですよ」 真夢紀が試しに敷いた御座と竹枕に寝っ転がった人々は、その冷たさに驚きの表情を浮かべた。 「そして夏の楽しみも感じてみましょう!」 真夢紀は持って来た荷物の中から、和紙に包まれた風鈴を人々の前に出す。 「風鈴の音は風情を感じますからね。でも人によっては風鈴の音を苦手に思う人もいるでしょうから、そういう方の家の近くでは置かないようにするか、あまり風が入ってこない所に吊るすのが良いと思います」 様々な柄の風鈴を見て喜んだ子供達がそれぞれ手に持ち、家に持ち帰って行く。 「さて、今度はお庭の方です。朝顔、ヘチマ、ゴーヤ、風船蔓などを植えます。外壁や窓近くに糸を張って、それらに植物を絡ませると緑の葉が太陽の光を遮って涼しくなります。それにヘチマやゴーヤは食べられますから一石二鳥ですよ」 奥さん達が喜びの声を上げる。あまり収入の多くない人々にとって、食料はありがたいもの。真夢紀は奥さん達に、ヘチマとゴーヤの調理法を教え始めた。 長屋から少し離れた広場では、モハメドが長屋に住む青年達が引いてきた荷車から大きな壺を下ろしている。全ての壺を下ろし終えたところで、モハメドは青年達に説明を始めた。 「この壺はズィール・アルマーと呼ばれる素焼きの壺でして、いわゆる水瓶です」 七十センチもの大きさのある水瓶の底には、五徳という金属で作った三本の脚があるので、かなりの高さがある。 「水瓶をこれから井戸の側に置いていきます。この水瓶に入れた水は、暑い夏でも冷たく保たれるそうです。詳しいことは分かりませんが……何でも素焼きの壺からは水が滲み出し、水が蒸発すると気化熱が奪われる為に、水瓶が冷たいままなんだそうです」 しかし説明されても、あまり学のない青年達は不思議な顔をして首を傾げる。 「あっあはは…。とりあえず、井戸の近くに置いていきましょうか」 モハメドと青年達は水瓶を置いていきながら井戸で水を汲み、入れていく。その途中で、女の子達と打ち水をしている志姫と出会った。 「モハメド様、随分と大きな壺ですね〜」 「ええ。ですが特殊な技術なく、普通に作れる壺ですから。長屋の青年達と共に窯元に行って作ってきたんです」 数日前、モハメドは青年達と共に開拓者ギルドが紹介してくれた窯元に行った。そこで青年達に壺の作り方を教えながら、いくつか作ったのだ。そして今日、完成した壺を青年達が窯元から荷車に積んで運んできた。 「天儀の夏はハーリン(暑い)ですし、こうした物は望まれると思いまして。コレならば私達が帰った後でもタマーム(大丈夫)ですからね。ちなみにアーニー(私)の氏族では水を侵したり、独占してはならないという古くからの教えがあるんです。氏族の集落にはこの水瓶が至る所に点在していまして、誰でも使って良いとされているんです」 懐かしそうに眼を細めながら、モハメドは水瓶を撫でる。 「ああ、だから水瓶を作ったんですね」 「はい。この水瓶が多くの人々の助けになることを祈っています」 志姫はまだ作業が残っているモハメドを見送った後、空になった桶と柄杓を持ち主に返す。そして川辺で取ってきた女竹を切って、乾燥させている場に向かう。 「暑さのおかげで良い感じに乾いていますね。これなら良い物が出来そうです」 乾燥した竹に、志姫は楽しそうに持って来た道具で竹風鈴と竹すだれを作っていく。作業の途中で、興味を持って集まってきた少年達に作り方を教えつつ完成させていった。出来上がった竹風鈴と竹すだれを持って、少年達と共に長屋を回り、配っていく。 竹風鈴は揺れるとカラカラカランと涼しげな音を鳴らす。竹すだれは窓にかけていき、風がふくと家の中に爽やかな竹の香りが漂ってきた。 志姫は吊るした竹風鈴を指でつつき、音を聞いてみる。 「ふふっ。竹風鈴の音って何だか優しい音色ですね」 眼を細めながら微笑む志姫。金属やガラスの風鈴とはまた違った風情に、夏の良さが現れた。 「みなさん、はじめまして。シータルと申します。今日はよろしくお願いいたします」 シータルはとある長屋の部屋で、集まった子供達に向かって笑顔で軽く頭を下げる。すると子供達は元気よく挨拶してくれた。 「昔読んだ本に書いてあったのですが、涼しさを感じさせる色がありまして、今日はその色を使ってみなさんを涼しくさせたいと思います」 そう言って寒色系の色紙を取り出す。色紙を子供達に配り、魚などを折る。水色・青・藍色などの大小様々な折り魚がどんどん出来ていく。 「折った魚は志姫さんが作ってくださった竹すだれや、簾の隙間に入れていきましょう。でもあんまりいっぱい入れてはいけませんよ? 竹すだれと簾があるおウチはたくさんありますからね」 子供達が返事をして満足げに微笑むシータルだったが、ふとある事を思い出す。 「あっ! それと外にある簾には水をかけるみたいですから、近くにいる大人の人に頼んで、水がかからない上の方に入れてもらいましょう。あと余った色紙をそのまま差し込むのも結構ステキですよ」 先程、真夢紀が打ち水について話していた内容を思い出し、シータルは慌てて注意を足した。 外の井戸近くではラグナが男達を集め、説明を始めている。 「残念だが私は氷を作るスキルは持っていない。なのでコレを使って涼んでもらいたい」 そう言って見せたのは竹筒だ。貼ってある紙には『薄荷油』とある。 「薄荷油を井戸で汲んだ水に溶かす。この水に手拭いをつけて絞り、体を拭いたり、水を体にかけたりすると涼しくなるぞ。頭からかぶれば一発で眼も覚める!」 男達は上半身裸になって、ラグナに言われた通りに薄荷油を溶かした水に手拭いを入れて絞り、体に当てるとヒンヤリとした冷たさに喜びと驚きの声を上げる。 その様子をしばらく満足そうに見ていたラグナだが、不意に顔をしかめて声高く言う。 「だがこの薄荷油、原液そのままで使おうとはするなよ! 肌がヒリヒリする上に、匂いがしばらく取れなくなるからな」 水で薄めてこそ良い効果が出るのだと、ラグナは念を押した。 「後はそうだなぁ…。陽が高いうちはあまり外には出ず、建物や部屋の中にいた方が良いな。それにどうせ部屋の中にいるなら褌一丁で過ごしてはどうだ? その方が楽だろう?」 だがそれは一緒に暮らしている女性達が嫌がると、男達は言う。 しかしラグナはケロッとして続きを語る。 「そうか? 私は夏の間は大概下着のみだぞ。あまりに暑すぎる時は下着も……」 がつんっ! 最後まで言う前にラグナは水瓶で殴られ、吹っ飛んだ。 「ああ、ラグナさん、失礼しました。この水瓶、あまりに大きいので前がよく見えなかったです」 モハメドは爽やかな笑みを浮かべながら、井戸の近くに水瓶を置く。 頭に大きなタンコブができ、地に伏したラグナを見て、男性達は合掌した。 夕方になり、開拓者達は長屋の人々と共に川原へと移動する。 そこでファムニスは運んできた井戸の水を使って、【氷霊結】で氷を作る。そして持ってきた手回し式かき氷削り器を使って、かき氷を作っていく。開拓者ギルドから借りてきたガラスの器に盛り、これまた借りてきたスプーンをそえる。 かき氷にかけるシロップはファムニスの手作り。長屋に来る前に作ってきたものだ。キャンディボックスのキャンディを色別に分けて、鍋に入れる。そして水を足しながら煮詰めて溶かし、シロップを作った。出来たシロップは瓶に入れて冷やし、ここまで持ってきたのだ。 七種類のシロップを少しずつ混ざるようにかけていき、ファムニスは浴衣姿の可愛い女の子達にかき氷を渡していく。 「七色の…虹色かき氷です。とっても冷たくて甘いですけど…食べ過ぎには注意してください。お腹、壊しちゃいますから…。あと食べ終わりましたら…器とスプーンは返却してください…」 そしてファムニスはとある場所を指さす。 「あちらに…水と氷を入れた桶があります。足を冷やしながら食べると…良いですよ。火がつけた蚊取り線香を入れた…蚊取り豚を置いてありますから、蚊に刺される心配もありません…」 説明を聞いて、女の子達は喜んでそちらへ向かう。 ファムニスとそう離れていない場所では、真夢紀が同じく【氷霊結】を使って氷を作り、手回し式かき氷削り器でかき氷を作っている。氷の上に樹糖をかけて、人々に渡していく。 「他にも冷やした甘酒や冷やし飴、スイカにキュウリもありますよ。タライに氷と水を入れてキンキンに冷やしてあります。お腹が減った人は冷やしのおソバやそうめん、うどんもありますよ。氷入りの麦茶と一緒にぜひどうぞ!」 「トマトのゼリーもどうですか?」 志姫は昼間のうちに作って冷やしたトマトのゼリーを器に入れ、人々に声をかけている。 「トマトなどの夏野菜は夏バテに良いと言われています。お一つどうですか?」 長屋の人々は珍しい食べ物に興味を持ち、志姫の元へ集まって行く。 「そうそう。スイカも夏野菜だからな。体の熱を取ってくれると聞いたことがあるぞ」 モハメドとシータルが切ったスイカを手に持ちながら、ラグナは説明する。 このスイカは昼間、農家の人が荷車で売りに来たのをラグナが見つけ、大量に買い込んだものだ。スイカは網に入れて、川で冷やしていた。 説明し終えた後、ガツガツと食べ始めるラグナ。しかし種も取らずに食べるものだから、モハメドが苦笑しながら声をかける。 「ラグナさん、種は消化に悪いと言いますよ?」 「面倒だからいい。しかしここが砂浜であれば、スイカ割りでもしたところだな」 「でもここは川原ですし、もう夕方なので足元が危険ですよ。諦めてくださいね」 シータルが呆れたように注意をした。 やがて振る舞う食べ物や飲み物が底をつく頃、太陽は完全に沈んだ。 長屋の人々はファムニスが持ってきた線香花火セットや、持ち寄った手持ち花火をして楽しむ。 するとどこからともなく、ヒグラシの鳴く声が聞こえてきた。 線香花火をしていたファムニスと真夢紀は、ふと顔を上げる。 「まだまだ暑いですけど…ヒグラシの鳴き声を聞くと、少し秋を感じます…」 「そうですね。実りの秋…待ち遠しいです!」 食いしん坊の真夢紀が興奮する姿を見て、志姫は眼を丸くし、ラグナは眼を輝かせた。 「でっでも秋になれば涼しくなりますね…」 「秋にはたくさん美味い物が食べられる! イヤッホー!」 はしゃぐ真夢紀とラグナを、モハメドはあたたかな眼で見つめる。 「秋になれば日中の断食も終わりますしね。氏族の教えとはいえ、真夏に水が飲めないのはちょっと辛いですけど、秋に収穫される野菜や果物は美味しいですから。それを励みに、残りの期間を過ごしましょう」 それぞれの表情を浮かべる仲間達と、笑顔の人々を見て、シータルは満足げに微笑んだ。 「今日は本当に楽しかったですわ。機会がありましたら、またお願いしますわね」 【終わり】 |