|
■オープニング本文 東房王国にある山寺で、僧侶見習いとして住み込みで働いている少年の天城と空理は、汗を流しながら和室の掃除をしていた。 「ふう‥‥。ここは山の上にあるだけに風が涼しいな」 縁台で箒を持ちながら風を心地よさそうに受ける天城を見て、ハタキを持つ空理の眼がつり上がる。 「天城、ちゃんと掃除しろよ。これから夏になると、外からお客さんを呼んでここを宿坊として貸し出すんだから」 「はいはい」 二人がいる寺は広く古く、そして人里からは離れている為に、あまり頻繁に人が訪れる条件がそろっていない。それでも春までは猫が集まる寺として賑わっていたものの、さすがに暑い季節になると猫の姿もあまり見かけなくなる。 なので寺はとある企画を立てた。一泊二日で、一般の人に寺に泊まってもらおうと。食事は精進料理だが夜と朝に出る。温泉があり、寝室も和室で布団を敷いて眠れる。ここは滝も森もあるので涼しく、毎年かなりの人が訪れた。 「まあ値段はそこそこだし、いろんな人が来るのは楽しそうだけどさ。‥‥夜に僧侶達が広間にお客さん達を集めて、怪談話をするってのはどうよ?」 「正確には百物語だが百人も語らないから、『小規模な百物語』が正しいな。だがしょうがないだろう? 一般のお客さんって何故だが寺には怪談話がつきものってイメージが強いんだから」 天城の問いかけに、空理もヤレヤレといった感じで肩を竦める。 最初は百物語はしなかったものの、泊まっているお客さんの強い要望で恒例となったのだ。場所が場所なだけに、毎年大盛り上がりすると言う。 「昔っから怪談話には寺が登場することが多いからな。でもよ、毎年来てくれる人がいるんだろう? 同じ話ばっかするんじゃ、流石に飽きられるんじゃないか?」 天城の言葉で、ふと空理が掃除する手を止める。そして眼を細め、声も小さく低くして次の言葉を言った。 「‥‥それ、なんだがな。何でも今年は開拓者ギルドに百物語に参加してくれる人を求めに行くらしいぞ?」 「へえ。でも開拓者達の怖い話っつったら、アヤカシ関連になるんじゃねーの?」 「確かにな」 一般の人があまり遭遇しないアヤカシとの戦闘を語るだけでも、充分に怖そうだ。 「まあそこは開拓者の人にも空気を読んでもらってだな。とりあえず寺で語るのに相応しい怖い話をしてもらうさ。まあ怪談と言っても、ぞっとした体験談とか、寒くなる話なら何でも良いだろう」 アッサリした空理の意見に、思わず天城は遠い目をする。 「‥‥いいのか? そんな大雑把で」 「いいんだ。だからとっとと掃除を済ませて、ギルドに行くぞ」 「って、行くのは私達かっ!」 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
チプ(ib3136)
11歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 蒸し暑い夏の夜、寺には多くの人々の姿があった。 外の廊下に面した広間の戸の近くでは天城達、僧侶見習いが参加者に火の付いたロウソクを手渡している。 「どうぞ、広間はこちらです」 「小規模な百物語に参加する方はこちらへどうぞ」 「‥‥空理、『小規模な』はいらないから。いくら百話も語らないからと言って、それじゃあしょぼく聞こえる」 「だって本当のことじゃないか」 宿泊客は多く、また参加する人も多かった。だがロウソクを受け取った人々が広間に入った途端、大きな悲鳴を上げる。 「なっ何だ‥‥っって、ぎゃっ!」 「一体どうし‥‥うわっ!」 広間の中にはすでに、怪談話を語る者達が待機していた。しかしその中でからす(ia6525)が暗い広間の中でロウソクの灯りにぼんやり照らされながら、にっこり微笑んでいる。 「まだ始まるまでは時間がある。まずは茶でもいかがかな?」 確かにそこには茶席があり、茶の良い香りがしているものの、薄暗い場のせいで不気味な光景に見えてしまう。 天城と空理も見た途端、短い悲鳴を上げたが、知っている顔だったのですぐに我に返った。 「からすさん! 茶席はせめて廊下で振る舞ってください!」 「暗くした広間の中でやると、物凄く恐ろしいです」 「そうか?」 からすは不思議そうに首を傾げるも、広間に入ってきてからすを見た人々が驚いて腰を抜かす姿を見ては、理解するしかない。 「お手伝いしますから、廊下の方でやりましょう?」 「廊下は月明かりで明るいですから、参加者達は怖がらずに接してくれますよ」 「しょうがないな」 からすは残念そうに呟くと、二人の手を借りて茶席を廊下に移した。すると参加者達は喜んでからすから茶を貰っていく。 やがて参加者全員が広間へと集まり、戸は閉められた。 「さて、これは噂として聞いたんだがね」 竜哉(ia8037)が静かに語り出す。 「その時もこんなふうに、怪談をやる為に集まったらしいんだ。ただ話し続けるのも芸がないと言うことで、『彼』は新たなルールを付け加えた。それは『怪談が終わった後で、眼を閉じて幽霊がいそうな所を各自で指差す』というもの。それは良いと参加者達は乗り気で始めたんだ」 そこまで言って一度、深く息を吐く。妙な間が、また恐怖心をあおる。 「最初はね、指差す方向はバラバラだった。でも二回、三回と話が続き、終わるごとに指を差していくと、だんだんと差す方向が揃ってきたんだ。誰もが眼を閉じているのに、そこに何かがあるような‥‥そんな気配がして、そこを指差す。繰り返していくうちに、指し示す方向がズレなくなってきた。みな、おかしいとは思っていても続けざるを得なかった。何故なら自分で言い出すのは、臆病者と思われるからさ」 そこで竜哉はからすから貰った茶でのどを潤し、続きを語った。 「そしてとうとう全員が全く同じ場所を指差した。さて、参加者達はどこを指差しただろう? 指差しを提案した『彼』? それとも部屋の暗がりだろうか? ‥‥いいや、その時はみな、『下』を指差したんだ。畳に覆われた、『そこ』を」 そして竜哉が『下』を指差すと、参加者達は恐怖に顔を歪めながらもつられて『下』を見る。しかしそこには何もなく、ただ畳があるだけ。 「――さて、貴方達は怖いものを感じたとして、『そこ』を素直に指差せるかな? だんだんと揃っていく指差す方向、何か得体の知れない真っ暗な闇の中で、ロウソクの頼りない灯りの中で、何かがいるかもしれない場所を、自分が誰かに伝えることができるだろうか?」 竜哉は指差すのを止め、両手を握り締めて自分の両膝の上に置く。 「もしかしたら誰もが感付いても、その場所を指差すのは躊躇われるような『何か』が『そこ』にはいたのかもしれない。‥‥そう、本当は天井から見られているような妙な気配を感じていても、な」 天井にチラッと視線を向けた後、竜哉は自分のロウソクの火をふっ‥‥と吹き消した。 「じゃああたしは仕事中の体験談を話すね!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は元気良く手を上げる。しかし語りの前に咳払いをし、声と表情を真剣なものへと変えた。 「とある女性を護衛しながら、目的地まで連れて行く依頼を受けたの。その女性はあたし達と会った時から酷くおびえた様子で、理由を聞いてもただ首を横に振るだけ。いよいよ目的地に向かって旅がはじまったの。最初は何事も無かったんだけどね」 リィムナは当時を思い出したのか、遠い目をしてため息を吐く。 「夜になると、その女性が突然物凄い悲鳴を上げて言ったの。『黒い人がいる! 黒い男の人が目の前を通った!』ってね」 女性の悲鳴にも似た声を真似しながら、リィムナは語る。 「アヤカシの可能性もあるし、仲間達が探索スキルの【心眼】、【瘴索結界】、【鏡弦】を使って探ってみたんだけど、何の反応も無し。『気のせいじゃないかな?』とみんなで宥めてみたんだけど、それでも女性はおびえて震えていたの」 参ったと言うように、首を横に振った。当時は何を言っても落ち着いてくれない女性に、手を焼いたのだろう。 「それからというもの、女性は夜になるたびに『小さな人影が貴方の後ろを通った!』とか、『森の中で白い女の人が笑っている!』と、眼を見開きながら金切り声を上げていた。そしてそのうち、仲間達までもが『自分も確かに何かが見えた』とか『自分も人影が見えた。その姿は昔亡くなった人によく似ていた』なんて言い出したの」 リィムナ自身は何も見なかったものの、仲間達は次々と何かを目撃してはおびえていったのだと言う。 「それでとうとうその日がきたの。女性があたしを見るなり『ぎゃああっ!』と絶叫して、震えながらこっちを指差してきた。そしていつものような金切り声で、『貴方の後ろに‥‥ピンクの小鬼がいるっ!』って」 再び女性の声真似をしたリィムナだったが、次の瞬間には呆れた表情を浮かべ、肩を竦める。 「『いるワケないだろっー!』って、あたしは全力でツッコんだ。だって小鬼ってアヤカシだし、いたら仲間の誰かは気付いただろうし。念の為に振り返ったけれど、やっぱり何にもいなかったの」 そこで深く重いため息を吐く。 「後で分かったことだけど、その女性は病気を患ってて薬を常用していたの。でも見知らぬあたし達と旅をしていたから緊張していたんだね。薬を飲む分量をずっと間違えて飲んでいたみたい」 決められた分量を飲んでいれば大丈夫なのだが、飲み過ぎると幻覚作用がある薬だったらしい。 「結局、仲間達は女性の出す雰囲気にのまれて、ありもしないモノをいると錯覚してしまったんだね」 最後に呆れたように軽く息を吐いた後、リィムナはロウソクの火をふき消した。 「ううっ‥‥。お寺で冷たい物を食べられるって聞いて来たですけど‥‥怖い話をするのですね? 怖い話は苦手ですけど、可愛い怪談を話したいと思うです」 チプ(ib3136)はうさぎ耳を垂れ下げ、丸い尻尾をプルプル震わせ、大きな瞳を涙で潤ませながら、語り始める。 「えっと‥‥チプが温泉街に行った時のことです。近くに『おいて池』という池があって、蛍がいて綺麗だと聞いたので、湯上りにうさぎ柄の浴衣姿で行って来たです。その頃のチプは胸もこんなペッタンコじゃなくって、こうど〜ん!っとおっきかったんですよ?」 今は見る影もない胸を張りながら、自慢げにチプは語る。そんなチプから男性達はサッと視線をそらし、女性達は哀れみの視線を向けた。 「でもその池に到着した途端、『おいていけ〜』って声がしたですよ! 思わずチプは『ひぃいいっ〜!』って悲鳴を上げて、逃げ出したです。でも『おいてけ〜おいてけ〜』って不気味な声は追っかけてくるんです〜」 不安そうな顔をし、チプは全身をブルブルと震わせる。 「もちろん、声の主は見えないですよ。それで後から聞いた話ですけど、何も置いていかなかったらブクブクと体に贅肉がついて、丸々太り続けてそのままおっきくなって破裂しちゃうらしいんですぅ〜。でもチプは助かったですけど」 助かった理由が分からず、誰もが首を傾げた。 「だって走って逃げる時、ど〜んっ!とおっきな胸が邪魔で何度もコケそうになったから、『こんな胸、いらないです! おいていきますです〜!』って言ったら、不気味な声も気配も消えたです。その日から、チプの胸はこんなですっ!」 チプは涙目になりながら半ばヤケになって再び胸を張るも、彼女を見る人々の眼はあたたかなものになっていた。 「ゴッホン。まず最初に言っておくが、霊はどこにでもあるモノ。そう恐るモノでもない」 先にそう語り、からすは周囲をぐるっと見回す。 「ある山寺に大勢の人々が集まった。今のように百物語をする為に、な。まあその時は村中の人々が蒸し暑い夜を少しでも涼しく過ごす為に多く集まったので本当に百物語、語られたのかもしれないがな」 そう言って意地悪くクスクスと笑う。 「しかしその夜は生憎の曇り空で、月明かりなどなかった。ロウソクのか細い灯りの中では、誰も知らぬモノがまぎれていてもおかしくはない。そのモノは極上の恐怖を喰らうのが好きで、百物語は格好の舞台でもあり餌場でもあった。なので百物語が次々と語られるのを見ては、胸を高鳴らせていた。『百話目が語られた時、ロウソクの火は全て消え、この寺は闇に包まれるだろう。その時が彼らの最期だ!』と心の中で思いながらな」 からすはそこで、不意に真面目な表情を浮かべる。 「だがそんな中で、気付いてしまった。百物語の語り手達は、ずっとこちらを見ていることを。いくら語り手が変わっても、みながこちらを‥‥いや自分を見ながら語る。そして最後の語り手が話し終えた後、自分を指差すと、その場にいた全員が一斉にこちらを向いた」 からすはロウソクを手に持って立ち上がり、歩いて戸を引いた。月明かりを浴びながら振り返り、薄く笑う。 「闇の中で見開かれた多くの眼を見て、そのモノは一目散に寺を出て、逃げ出したとさ」 そしてロウソクの火をふき消した。 怪談話が終わると参加者達は青白い顔色で、震える体を自ら抱きながら部屋へ戻って行く。 天城や空理達、僧侶は後片付けを始めた。 そして竜哉、リィムナ、チプ、からすの四人は僧侶達に頼まれ、寺の外を見回っていた。 「ふう‥‥。夜になるとここは本当に涼しいな」 「うん。これなら寝苦しくなく眠れるね!」 「あうぅ。何でチプのお話を聞いて、あんな微妙な空気が流れたですか?」 チプの問いかけをあえて聞かなかったことにして、からすは抱いている黒猫の頭を撫でる。この黒猫は外に面した廊下にいつの間にかいて、語り終えたからすが見つけて抱き上げた。 からすは懐から懐中時計のド・マリニーを取り出し、月明かりの下で時刻を確認すると、もうすぐ丑三つ時になるところだ。 「ふむ‥‥」 しかしド・マリニーは時間を確認する以外にも、精霊の力と瘴気の流れを計測する力もあり、確認したからすの表情が険しいものへとなる。黒猫を地面に丁寧に下ろすと、黒猫は森に向かって走って行った。 「さて」 そして次に弓の蒼月を両手に持ち、【鏡弦】を使い始める。 「むっ‥‥。アヤカシの気配がするのか?」 からすの行動と竜哉の言葉で、リィムナとチプはぎょっとして慌てて周囲を見回す。 「えっ! どこ?」 「どこにアヤカシはいるのですか?」 「う‥‥ん。みなは青行燈というアヤカシがいるのを知っているか?」 からすは弓を掻き鳴らしながら、説明をする。 「『百物語の百話目に現れる鬼のアヤカシ』、または『百物語が終わった後の怪現象のこと』を言うんだがね。『鬼を談ずれば、怪にいたるといへり』と言うように、怪談の後には何かしら恐ろしいことが起きると言う意味だ。まあアヤカシと言うよりは妖怪だな。‥‥さて、我ら開拓者はアヤカシは滅せても、妖怪はどうであったか?」 そう言ってニヤリと笑ったからすを見て、リィムナとチプはびくっと体を揺らす。 すると突然、後ろからガサガサっと草が揺れる音がした。三人は同時にゆっくりと後ろを振り返ると‥‥闇の中で光る多くの眼が、こちらを見ていた。 「‥‥っ!」 「きゃああっ!」 「でっ出たですぅ〜!」 驚いたチプとリィムナは一斉に別々の方向に逃げ出した。残った竜哉は激しく高鳴る胸を押さえる。 「あっアレは‥‥」 「‥‥何だか私の語った話の内容と似ているな」 からすは肩を竦め、音がした草むらを眼を凝らして見ると、そこには数多くの猫が来ていた。ニャーニャーと鳴きながら二人の前に姿を現した猫達を見て、竜哉はほっと安堵のため息を吐く。 「猫だったか‥‥。ああ、ここは猫寺と呼ばれていたな」 「猫は夜行性だし、涼しい夜になったから出て来たんだろう」 からすが苦笑しながら弓を片付けていると、天城がこちらに向かって来た。 「あれ? 他の開拓者の方は?」 天城の問いに、竜哉とからすは気まずそうに視線をそらす。 「うん、まあ‥‥ちょっとな」 「すぐに戻って来るだろうから、心配することはない」 「そうですか? ‥‥ああ、一応お知らせしときます。青行燈が天井から出しつつあった大きな手はこちらで処分しておきました。まあそれを危惧して、毎回百話までは語らないみたいですけど」 「それは良かった。語り始めてからというもの、天井におかしな気配があったからな」 竜哉が語り終えた時に天井を見たのは、本当に妙な気配を感じたからだった。 「語りが中途半端であれば、ヤツも中途半端な姿しか現せないからな。さぞかし歯がゆいだろうよ」 からすが意地の悪い笑みを浮かべるのを見て、竜哉はふと思い当たる。 「ではやはり、先程の【鏡弦】は青行燈の気配を探る為に?」 「ああ。ド・マリニーに僅かな反応があったのでな。だがすでに始末済みだったのならば、もう大丈夫だろう」 「ええ。なのでもう開拓者のみなさまはお休みになった方が良いですよ。もう夜も遅いですしね」 そして天城の案内で、竜哉とからすは住居に向かう。だがその途中でからすは僧侶が布をかぶせた大きな何かを運んでいるのを見て、ニヤッと笑う。 「――ご満足いただけたかな?」 そしてチプとリィムナが寺に戻って来たのは、陽がのぼり始める頃だった。 【終わり】 |