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■オープニング本文 神楽の都で開拓者ギルドの受付を担当している京歌は、望遠鏡で目標を見る兄の京司に不安そうな表情で問い掛ける。 「兄さん、どう?」 「‥‥ああ、確かに準備している。すぐにでも動かせそうだな」 京司は顔をしかめ、望遠鏡を下ろす。 二人は今、山の中にある小さな村の丘に来ていた。しかし二人ともいつものギルド職員の制服は着ておらず、私服姿だ。 「投石器とは随分おっかない物を使おうとしているのね。隣村の村長は」 「だな。最初聞いた時はまさかと思ったが‥‥」 二人の視線の先には、丘の下にある隣村に置かれた投石器がある。隣村の人々はいつでも使えるように手入れと、石の準備をしていた。 事の起こりは三日前、二人の勤め先である開拓者ギルドにとある依頼人が訪れたことから始まった。 その依頼人は二人がいる村の村長だった。すでに六十を越えた男性は、困った顔で相談してきた。 村長のおさめる村は山の中にあり、農業を中心に生活をしている。だが数日前に地震が起こり、山の一部が崩れた。 村人がそこへ行ってみたところ‥‥。 「何とこの山が金山であることが発覚。本来ならこの村の村長が天儀朝廷に金山の報告をし、上に管理を任せることになるはずなんだが‥‥」 「眼をつけた隣村の村長が、何とこの村を侵略しようとしているのよね。この村を乗っ取って、金山の所有権を奪おうとしている。‥‥まったく。お金が関わると人間ろくなことをしないわね」 山を下りた所にある隣村には小さくも港がある。そこから投石器を運ばせてきたのだろう。 「しかしアレだけ巨大な投石器、安くはないだろう?」 「まっ、隣村は港を使って稼いでいるみたいだし、金山を奪えば安い買い物だと思ったんでしょう」 二人は肩を竦め、深く重いため息を同時に吐いた。普段は受付しか担当しない二人だが、金山は朝廷も関わることなので、実際に様子を見に来たのだ。だが二人以外にも他のギルド職員も状況を調べまわっている。 「この村は山々に囲まれていて、普段は下の隣村から生活に必要な物を買ったり、交通手段として使っているらしい」 「山道もあるけれど、険しい上に何が出てくるか分からない。その上、他の村や町はとても遠いらしいからね」 それまで隣村はこの村から取れる農産物を食したり、また他の土地へ運んでいたりした。だが今では誰もお互いの村を行き来しない。 「しかし調査によれば、隣村の村長や数人の村人達が侵略しようとしているらしいが、大半の町人達は反対らしい。交流が今まで深かった上、家族の誰かはどちらかの村出身であることが多いみたいだし」 「‥‥で、しょうね。でも隣村の村長はお金も権力もそこそこ持っているし、容赦ない強欲な人だから逆らえない。そこで開拓者ギルドを頼って来たのね」 村長はたった一人で険しい山道を越え、遠い開拓者ギルドに訪れた。帰る時は京司や京歌達、ギルド職員が共について来たから良かったものの、下手すれば危険な眼に合っていただろう。しかし危険を承知で、村を救う為に来たのだ。そのことを思い、二人はますます顔をしかめる。 「兄さん、朝廷は何て?」 「今のところ、ギルド長と話し合いが進んでいるらしい。だがすぐには動けないから、村を守る開拓者を雇うことになった」 「ったく‥‥。上の人って決まりが多くて、決定しないと動かないんだから」 「そう言うな。上には上の苦労があるんだ。‥‥特に金なんか絡んでいるとな」 京司が珍しく暗い口調で語るのを聞いて、京歌は深呼吸をして自分を落ち着かせる。 「まっ、隣村の村長は明日にでも投石器を使って攻撃してきそうな感じだしね。とりあえず急いで神楽の都に戻って、開拓者達を集めましょう」 「ああ‥‥」 二人は後ろ髪引かれる思いで、その場から立ち去った。 |
■参加者一覧
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 隣村にある投石器は、その大きさゆえに平原に置かれてある。そこで数人の村人達が投石器の調整をしていた。 その様子を見物人の中から、四人の開拓者達が見つめている。そして各々情報を集める為に、動き出した。 ●潜入調査 村にある和菓子茶屋で、平野譲治(ia5226)は食べかけのみたらし団子を片手に、中年の店主を軽く睨み付ける。 「隣村に行けないなりっ!? 何でなりかっ!」 店主は苦笑しながらも、村同士が緊迫している事情を譲治に語った。 人が多く集まる和菓子茶屋で、譲治は情報収集をしている。投石器のことは村人達の間でも話題になっており、ある程度の情報は集まった。村人達は不安そうな表情を浮かべ、村長への扱いに困っているようだ。 「む〜ん‥‥。ならっ、こうするなり!」 譲治は懐から何も書かれていない巻物と、筆ペンを取り出した。 村の広場では、ティア・ユスティース(ib0353)が吟遊詩人として歌を歌っている。 美しい姿と歌声に惹かれて、多くの人々がティアの周囲に集まっていた。歌を終えると人々はティアの側に寄って来て、いろいろと話かける。その中で先程、投石器を調整していた人物を見つけ、ティアはにっこり微笑んで声をかけた。 「先程、投石器を見物しに行きましたのよ。大アヤカシ達との合戦ですら、なかなかお目にかかれない立派な投石器ですね」 声をかけられた人物は照れた様子で、投石器のことを語り出す。 十野間修(ib3415)は投石器の前で、作業員に話しかけた。 「いやぁ、合戦の場で小型の投石器を整備したことはありましたが、これほどの物は見るのもはじめてですよ」 【士道】を使用して信頼を得た修は、自らを大工関係者と名乗り、投石器を組み立てた作業員達から情報を聞き出す。 投石器の近くでは、村長や数人の村人達が金山を見てニヤニヤしながら何やら話をしていた。その様子を見て一瞬表情を険しくした修だったが、すぐに作り笑みを浮かべて、説明の続きを聞くことに集中する。 人が多く行き交う港では、リィムナ・ピサレット(ib5201)がメイドに変装して、村人に声をかけた。 「あの、すみません。ここら辺で金髪でツンツンした感じの女の子、見ませんでしたか? あたしが働いているお屋敷のお嬢様なんですけど家を出てしまって、今探しているんです」 村人達が知らないと言葉を返すと、リィムナは残念そうに肩を落とす。しかしすぐに港からでも見える投石器を指さし、不思議そうに首を傾げて見せた。 「ところであのでっかいのは何ですか?」 ●投石器、破壊作戦開始 夕暮れ時、投石器を置いてある平原から続々と村人達が出てくる。完全に暗くなる前に、周囲に置いてある松明に火をともし、見回る為だ。 ティアは【超越聴覚】を使用し、移動する村人達の足音を聞き、状況を把握する。そして三人に無言で指示を出し、自分は一人、その場に残る。ティアがいる場所は平原から村へ続く道の途中にある草原。夕日を背に浴びながら、ティアはこちらに訪れた村人達に微笑みかけた。 「はじめまして。私は流れの吟遊詩人です。よろしければ一曲、聞いていきませんか?」 村人達が興味を持ったように近付いて来るので、ティアは歌を歌いだす。するとどんどん人が集まって来て、見回りに出てきた村人のほとんどがその場に集まった。ティアは次に、【夜の子守唄】を奏で、集まってきた村人達を眠りへと誘う。 その場に起きているのがティアだけになった時、演奏を止めて深く息を吐く。 「ふう‥‥。とりあえず村の人々は巻き込まずに済みそうです。どうか全てが終わるまで、眠っててくださいね」 見回りに行った村人達が一向に帰って来ないことに、村長と雇われた浪人達は不安を感じていた。村長が浪人達に、村人達を探して来るよう命じる。 二人の浪人が薄暗い道を歩いていると、横の草むらが不意に揺れた。 「誰だっ!」 警戒しながら視線を向けると、修が身を縮ませ、走って行くのを見つける。二人は互いの顔を見て頷き合い、修の後を追い始めた。 「待てっ!」 やがて追い詰めた修に向かって、浪人達は刀を抜いて切りつける。 「おっと」 【横踏】にて攻撃を避けた修は、刀「餓鬼早早」を抜き、次に【瞬風波】を二人に向けて放った。 「うわっ!」 「ぐおっ!」 風の刃をその身に受けた二人は、その勢いのまま木に背をぶつけ、気絶する。 「やれやれ‥‥。人間、欲を出しすぎるとロクな目に合わないものですよ」 気絶した二人を見て、修は苦笑した。 一方、譲治は焙烙玉に火を付け、村人達を探す浪人達に向かって投げる。 ぼかんっ! 浪人達の近くで爆発し、それが原因で彼らは譲治の姿を見つけた。 「貴様っ!」 「何者だ!」 すぐに刀を抜き、譲治に向かって来るも、【結界呪符「黒」】で作られた黒い壁に激突し、その場に崩れ落ちる。 「ぐふっ‥‥」 「むっ無念‥‥」 しかし爆発音を聞きつけ、他の浪人達までがこちらに走って来た。 「おい、今の音はなんだっ!」 「何が起こった?」 「誰かいるのか?」 「わっ! ピンチなりっ!」 譲治は回れ右をして、駆け出す。しかし三人の浪人達に追いかけられ、少し涙目になってきた。 「うわわっ!」 しかし走った先にティアがいることに気付く。ティアは笑みを浮かべたまま、真っ直ぐに自分の後ろを指さした。 「このまま走って行ってください」 「わっ分かったなり!」 言われるままにティアの横を走り抜ける。 そして譲治が五メートル以上離れた時、ティアは【重力の爆音】を鳴らした。範囲内にいた三人の浪人は重低音を叩きつけられ、動きが止まる。 「かっ‥‥!」 「くっ‥‥」 二人はそのまま意識を失い倒れるも、残った一人が体勢を立て直す。そこへ振り返った譲治が【雷閃】を放った。 バチバチっ! 「ぐあぁっ!」 攻撃を受けた浪人の体から火花が走り、軽く焦げた浪人はバタっと倒れる。 「譲治さん、お見事です」 ティアがパチパチと拍手すると、譲治は照れたように頭をかく。 「えへへ。ティア、ありがとうなのだ。おかげでスキルを使う時間ができたなり」 「いえいえ。さて、リィムナさんの方は大丈夫でしょうか?」 リィムナは平原の入口で、身を潜ませていた。 今、投石器の近くには村長と用心棒の二人しかいない。出て行った者達が全く戻って来ないことに、村長は焦りを感じている。そしてとうとう最後に残った一人まで、探しに向かわせた。 こちらへ向かって来る用心棒を見つめながら、リィムナは【アムルリープ】の呪文を唱え始める。そして用心棒がリィムナに気づかず通り過ぎると、そのまま前のめりに倒れてしまう。 「‥‥ぐぅ」 眠りに落ちた用心棒を、あらかじめ作っておいた荒縄の輪の中に体をくぐらせ、一気に引っ張って体を締め付ける。用心棒の体を草むらに隠した後、リィムナは投石器を睨み付けた。 「さて、と。頑張らなくちゃ」 昼間、作業員から話を聞いた修から、リィムナは投石器の弱点について聞かされていた。 「あの投石器、一度解体して運ばれてきた物です。なので縄で固定されている部分や、楔を使っている部分が重要であり、また弱点にもなります。楔は投石器の足の部分が一番重要ですので、そこら辺を狙って攻撃してください」 と、修が投石器を見て書き写した図面を二人で見ながら、作戦を練ったのだ。 リィムナは脚絆「瞬風」を装備した足で走って平原に入り、投石器の弱点部分になる縄で固定された部分を蹴り、崩壊させる。 「うわぁっ! 何だっ、お前はっ!」 投石器の近くにいる村長にチラッと視線を向けた後、冷静な一言をかけた。 「そこにいると危ないよ、おじーちゃん」 「えっ? おわあ!」 次にアゾットを使い、縄を次々と切ってバラけさせる。どんどん解体される投石器を見て、村長の顔色が青くなっていく。 「やっやめっ‥‥!」 「うん、もう上の部分はこのぐらいでいいかな?」 地面に着地したリィムナは、【ララド=メ・デリタ】の詠唱をはじめる。 何事かと見ている村長の前で、灰色の大きな光球が突如目の前に現れた。 「アラよっと!」 そしてリィムナはその光球を、バラバラになった投石器の足元を目がけて投げる。 カッ! ぶつかった光球の大きさの分だけ灰になった投石器、残った部分はバラバラと音を立てながら地面に落下していく。 「おじーちゃん、危ないって」 リィムナは落下してくる木から村長を守るように、腕を引っ張ってその場から離れる。 やがて音も埃もおさまってきた中、村長はがっくりとその場に膝をつく。そして震える指と声をリィムナに向けた。 「おっお前、何てことをっ‥‥!」 「金山目当てで攻撃しようとしたあなたには、言われたくない言葉でしょうね」 そこへギルド職員の制服を着た京司が訪れ、二人に声をかける。京司の隣には同じく ギルド職員の制服を着ている京歌がいて、その後ろには松明を手に持ったギルド職員や朝廷の使者達が大勢いた。彼等は縄に縛られた浪人達や、未だ眠っている用心棒の身柄を押さえている。 「お前達っ‥‥」 呆然とする村長の前に譲治が進み出て、巻物を解いて見せる。そこにはこの村の住民達の名前が書かれており、巻物の題には『隣村を攻撃するのに反対な人々』と書かれてあった。 「『村の長』と言っても、しょせんは人間なり! 村を豊かにするならまだしも、自分の為に地位を使ってはならないのだっ! 事実、こんなに村人達は隣村の人達と争うのを嫌がっているぜよっ!」 巻物は解けば解くほど、名前が出てくる。それを見て、村長はシワだらけの顔を醜く歪ませた。 「くっ‥‥!」 そこへティナが前へ進み出て、村長に哀れみを含んだ声で語りかける。 「欲に眼がくらみ、古くからの縁さえ断ち切ってしまおうだなんて‥‥何とも浅ましく、悲しい心根でしょう。同じ村人達の思いすら無視してともなれば、なおのことです」 「この投石器とあなたは今、同じ状態です。何かを、そして誰かを傷付けようとすれば、自分自身も傷付けられるものなんですよ」 続いて修が言葉をかけたところで、京歌が村長の目の前に進み出た。 「あなたが隣村を攻撃して、金山の権利を横取りしようとしたこと、すでに調査済みで証拠もそろえました。朝廷の方と、お話していただけますね?」 冷たい視線と声を向けられ、村長はとうとう顔を下に向ける。それは依頼が達成された合図でもあった。 ●破壊後 投石器を破壊する時に傷付いた体を【レ・リカル】でリィムナが回復させている中、修は少し残念そうな表情で破壊された投石器を見つめていた。 「この投石器、使い方はアレですけど、構造についてはもう少し調べたかったですね」 「でもこの投石器を破壊したからこそ、村長の野望も阻止できたんだよ」 「そうなりよ。安全じゃないのはダメなりよっ!」 リィムナと譲治にぷんすか怒られ、修はタジタジになる。 「まあまあ、お二人とも。投石器も使い方が違えば、人の為になる道具です。大事なのは使う人の心ですからね。修さんもそれを分かっていらっしゃるんでしょう?」 「もっもちろんです」 ティアの助け舟に、すかさず修は乗った。 そこへ京司と京歌の二人が、四人の元へ駆けつける。 「みなさん、お疲れ様です。目的は果たしましたし、今日はこのまま宿屋に行ってお休みください」 「事の報告は、後からしますね」 二人の言葉で、四人は今更ながらに緊張が解け、疲れがドッと出てきた。なので言われるまま、平原から出て宿屋へと向かう。 ●その後 隣村の村長は村人達の嘆願もあり、その地位から下りることになった。 村長が存在しない村となってしまったわけだが、それは金山を所有する村長が互いの村の合併を申し出た。これを受け入れた両方の村は、改めて町として朝廷に登録した。 港を通じて金山を管理する人々が多く訪れた為に、町は豊かに、そして明るく発展していった。 【終わり】 |