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■オープニング本文 「創作夏限定メニュー?」 北面国の開拓者ギルドで受付を担当する芳野は、最近顔なじみになった辰斗の依頼を聞いて首を傾げる。 「はい。実は今度、僕の親戚が大衆食堂を港の近くで開くことになったんです。港には他国の人達が大勢いらっしゃいます。なので天儀の料理だけでは、お客様を満足させるには少々力不足かもしれないと思ったみたいなのです」 商家を営む家の一人息子である辰斗の親戚は、何かと商売人が多い。今回は創作料理の依頼を持ち込んできた。何でもその親戚の人は現在、開店準備におわれているらしく、辰斗は代理人として来たのだ。 「そうだなぁ‥‥。確かに他国の人間が大勢来る所に、天儀の料理専門店があってもちょっと物足りないかもな」 「ええ。天儀の料理のお店は街に出ればどこでも見かけますしね。それで親戚の人達は珍しい夏限定創作料理を出したいと考えたようです。しかし今まで天儀の料理しか知らなかったので、どういう料理が良いのか分かりません。そこでいろいろな土地をご存知の開拓者の方に、料理のメニューを考えていただきたいとのことなんです」 辰斗の言葉を聞いて、芳野は腕を組み、開拓者達のことを思い浮かべる。 「まあ確かに開拓者は出身がいろいろなヤツが多いし、仕事柄、他国へ行くことも多いからな。いろんな料理を食べたり飲んだりしているだろう」 芳野の意見に辰斗は深く頷いて見せた。 「僕もそう思います。開拓者の方々はさまざまな考えをお持ちですし、きっと素晴らしいメニューを考えてくださると思います。ですから芳野さん、お願いできませんか?」 「よし、分かった。今年も暑い夏になりそうだし、良い夏メニューを考えてくれるヤツを集めてみる」 「よろしくお願いします」 |
■参加者一覧
建御雷(ib2695)
17歳・男・弓
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
汐劉(ib6135)
28歳・女・弓
奈々生(ib9660)
13歳・女・サ |
■リプレイ本文 開店前の大衆食堂の中には、大勢の人が集まっていた。今日は店で出すメニューのお披露目をすることになっており、すでにテーブルには作られた料理が並んである。 辰斗と共に訪れた芳野は、周囲をキョロキョロと見回す。 「ここにいるヤツら、みんな関係者か?」 「ええ。食堂は大きく、広いですからね。雇う人間も多いです。お客様から料理の説明を求められても、誰もが答えられるように今日は集まっていただきました」 料理人はもちろんのこと、給仕をする者まで集まり、そして店に関わる人まで集まったものだから、店の中は多くの人であふれ返っていた。新メニューも開拓者以外の人間からも募集した為、他の料理人や料理の数も多い。 「今から料理を作った人による、調理法の説明会をするわけですが‥‥何で芳野さんがいらっしゃるんですか?」 辰斗は不思議そうに首を傾げる。芳野が何故遠いこの大衆食堂まで足を運んで来たのか、いまいち理解できないようだ。 「まあ正直なことを言えば、夏限定メニューに興味があるからだ。美味い飯が食いたい」 清々しいほどに自分の気持ちを打ち明けた芳野に、辰斗は何も言えなくなってしまう。 しかし時間になり、説明会が始まった。 ●ファムニス・ピサレット(ib5896)の夏限定メニュー 店が貸した白いエプロンをつけたファムニスを見つけ、芳野と辰斗は彼女の元へ行く。「よう、ファムニス。おっ、異国の料理を作ったのか?」 芳野はファムニスが作った料理を見て、興味を示した。 「はっはい、芳野さん。よければ食べてみてください。ご説明していきますので‥‥」 「コレは鶏肉料理ですか?」 「ええ、辰斗さん。調理法はですね‥‥」 よく蒸した鶏肉を冷やして、手で裂いたり包丁で切ったりして、細切りにする。そして千切りにしたきゅうりの上に乗せる。タレはおろし生姜、砂糖、白練りゴマ、酢、しょう油、ラー油にごま油を混ぜた物をかけて出来上がり。 「タレに唐辛子を入れて、辛くしても美味しいです‥‥」 そう言って、二人に唐辛子入りのタレをかけた料理を勧める。唐辛子入りの方を食べると、芳野の眼が輝く。 「ああ、俺は唐辛子入りの方が好きだな。辛いと刺激があって良いし、食が進む」 「そうですね。でもこのお料理、輪切りにしたトマトも入れると良いかもしれませんね」 「あっ、彩りが綺麗そうです。ちなみにこのお料理は、棒々鶏と言います‥‥」 ファムニスから料理名を聞いて、芳野は眼を丸くする。 「ばんばんじー? 面白い名前だな」 「異国のお料理ですからね。でも簡単に作れますし、人気が出そうです」 辰斗の言葉に、ファムニスは嬉しそうに微笑んだ。 「あっありがとうございます‥‥。次はお菓子をどうぞ」 ファムニスの二品めは、ロクムという名のお菓子。作り方は砂糖を水に溶かして火をかけ、でんぷんを溶き入れる。飴のようにドロッとしてきたらナッツを混ぜて、でんぷんをまぶした型に入れて冷まして固める。冷えたら一口サイズに切って、でんぷんと砂糖をまぶして出来上がり。 「おっ、モチモチした食感が良いな」 「それにナッツの歯ごたえが良いですし、冷たいと美味しいです。こういう甘いお菓子、女性が好きそうですね」 「はっはい‥‥。冷やすと一段と美味しいです。それに甘い食べ物は疲れた時に食べるとエネルギーになって良いと言いますし、暑さで疲れた時は一番良い食べ物だと思います‥‥」 真剣な表情で料理の説明をしているファムニスに、辰斗は感心したように声をかける。 「ファムニスさんは異国のお料理に詳しいんですね」 「ええ‥‥。うちは四人姉妹で、全員が開拓者なのです。依頼を済ませた後、帰って来た姉妹達が各地で見聞きしたり、食べた料理のことを話してくれるので‥‥」 「なるほど。やっぱり開拓者の方はいろんな経験を積んでいらっしゃるんですね。だからこそこんな美味しい料理も作れるんでしょう」 「あっありがとう‥‥ございます」 辰斗のあたたかい言葉に、ファムニスは照れながらも頭を下げる。そして頭を上げた時、ファムニスは誇らしげに微笑んでいた。 ●汐劉(ib6135)の夏限定メニュー 二人は次に、汐劉のテーブルに来た。離れた場所から見ても、汐劉はテキパキと手際良く動いている。 「よう、汐劉。できたか?」 「芳野さん。ええ、大体は作り終えました」 汐劉は芳野の後ろにいる辰斗を見かけると、深々と頭を下げた。 「依頼人の辰斗さんですね? はじめまして。私は汐劉と申します。よろしくお願いします」 「こっこちらこそ、よろしくお願いします」 つられて辰斗も頭を下げる。 「料理は一通り作り終えましたので、実際出来上がったものを召し上がった上でメニューに加えるかどうか、ご判断いただければと思います」 「はっはい‥‥」 すっかり汐劉のペースに飲まれてしまった辰斗。空気を変えるべく、芳野は二人の会話に割って入る。 「まっ、堅苦しい挨拶はそこらへんで。汐劉は和食か?」 「はい、栄養がつくものを作りました。まずはこちらの汁物をお召し上がりください」 汐劉は冷や汁を二人に勧めた。 冷や汁の作り方はまず塩焼きにしてほぐした甘鯛と、炒ったゴマと味噌をすり鉢に入れて、すりこぎですり下ろす。よく混ぜたらすり鉢の内側に薄く伸ばして、直火で軽く焦げ目が付くまで焼く。ダシは干し椎茸に昆布、かつお節を水に入れたもの。ダシに焼いた味噌を溶きながら混ぜて、仕上げにほぐした豆腐や輪切りのきゅうりなどを入れて、よく冷やせば完成。 「紫蘇や茗荷を入れるとより夏っぽいですよ。お好みでどうぞ」 「お〜、まさに夏に食べるもんだな」 「良い健康食ですね。これだけでも良いですが、麦飯やうどんを入れても良いかもしれません」 辰斗の提案に、汐劉はフムと考えてみる。 「そうですね。冷えた麦飯やうどんを入れると、お腹いっぱいになりますね。それに美味しそうです」 「まっ、そこは個人の好みに合わせたらどうだ? コレだけでも腹いっぱいになるヤツもいるだろうしな」 芳野の言葉も一理あると、辰斗は頷く。 「ですね。とりあえず単品で出してみましょう」 「ありがとうございます。では次は精のつく料理をどうぞ」 汐劉が次に勧めたのは、どじょうの味噌かやき。まずどじょうを綺麗な水に入れて、泥を吐かせる。ゴボウはささがきにして、器に入れた水にさらしてアクを抜き、鍋に入れて煮る。鍋には多めの味噌とどじょうを入れて、といた卵を入れて火を止め、すぐに蓋をする。数分間、蒸してから完成。 「どじょうとは豪華だな。辰斗はともかく、庶民にとってはご馳走だからな」 「‥‥妙なところでつっかからないでください。ですがこのお料理はとても美味しいです」 「辰斗さんにそう言っていただけると、嬉しいです。さて次で最後の料理になります」 三品めは鯖のナスかやき。まずナスの皮をむいて薄切りにして、水に浸してアク抜きしたら、水気を切る。塩でしめた干し鯖を水に浸してもどし、もどし汁ごと鍋に入れる。しょうゆを少し入れて味を整えたら火にかけ、ナスを入れて煮たら完成だ。 「おおっ、鯖もナスも俺の好物だ。美味い美味い」 ガツガツっと勢いよく食べる芳野を、辰斗は呆れ顔で、汐劉は微笑ましげに見つめた。芳野の食べっぷりに見入ってしまっていた辰斗だが、ハッと我に返り、自分の分を食べてみる。 「さっぱりして美味しいですね。食欲がわく料理です」 「ええ。暑い夏を乗り切る為にも、人々にはちゃんとした食事を食べてほしいです」 ●奈々生(ib9660)の夏限定メニュー 「奈々生、作り終わったか?」 「芳野、それに辰斗も! 今作り終わったところです。食べてってください!」 元気いっぱいの奈々生に勧められ、二人は箸を取る。 「奈々生は何を作ったんだ?」 「まずはうなぎ入りの冷やし中華です!」 「うなぎは精がつきますね」 うなぎ入りの冷やし中華の具は、二つの温泉卵にだし入りの卵焼きを千切りにしたもの、野菜は大きめに切ったトマトにブロッコリー、それにアボカド。アボカドは少量のわさび醤油に先に和えて、うなぎは細く切ってタレに付ける。 「彩り鮮やかでキレイでしょう? こってりしてそうですが、トマトの酸味と麺の冷たさがさわやかさを醸し出します」 「冷やし中華は夏の定番メニューだが、随分と豪勢に見える冷やし中華だな」 「見た目から食欲が出て良いですね。それに味も若い人向きですし、女性が喜びそうです」 中華のタレとうなぎが良く合い、食べれば食べるほど食欲が増してくる。 美味しそうに食べる二人を見て、奈々生も嬉しそうに微笑む。 「ふふっ。それとデザートも作ってみたんですよ。こちらも若い人向きかもしれません」 「むっ」 『若い人』とは言えない四十三歳の芳野は、口をとがらせた。 その子供っぽい反応をクスクスと笑いながら、奈々生はデザートの作り方を説明しだす。 炭酸水にレモン汁と砂糖と青の着色料を入れて、寒天を入れて固める。出来た寒天は角切りにして、レモン味のかき氷の下に敷き詰める。そのかき氷の上には角切りにしたメロンを置いて、最後に砂糖をかける。 「そして金色の鶴の飴細工を載せれば完成です! こういうメニューでいかがでしょうか?」 かき氷用のガラスの器に作られたかき氷を見て、芳野はどこか遠い目をした。 「‥‥下から青い色と黄色、緑色に白に金か。何かめでたい食いもんに見えるな」 「見た目からでも涼しいじゃないですか。こう言ってはなんですけど、奈々生さんの提案してくださった料理は若い女性に人気が出ますよ。港にはいろいろな人が訪れますし、こういったメニューは目立って良いと思います。かき氷も美味しいですしね」 辰斗の意見を聞いて、芳野は今まで食べた料理を思い出してみる。 「そうだな。ファムニスのは異国料理として目立つだろうし、汐劉のは和風で安定感がある料理だ。さまざまな種類の料理があるのは良いことだ」 「ですね。‥‥ところでちょっと不思議に思っていたんですけど、冷たいお料理が完全に冷えているのは何故でしょうか?」 「ああ、それはファムニスが【氷霊結】で水を氷にしたからだろう。食材を冷やしていたから、冷え冷えの料理ができるわけだ」 「なるほど。スキルって本当に便利な能力なんですね」 妙なところで納得する辰斗だが、元開拓者である芳野もそう思うので、黙ってかき氷を食べた。 ●大衆食堂開店日 その日はたまたま、芳野は休日だった。なので開店したばかりの大衆食堂を訪れた。しかしそこで見知った顔を見かけ、思わず店に入る足が止まる。 「おや、芳野さん。来てくださったんですね」 店内には大衆食堂の給仕用の制服と、前掛けを着た辰斗がいたのだ。 「お前さん、どうしたんだ?」 「今日は忙しくなりそうなので、呼び出されてお手伝いをしているんです。芳野さんはお食事ですよね? こちらへどうぞ」 人があふれかえる中、芳野は辰斗に案内されて席に座る。 「今、お水を持ってきますね」 そう言って辰斗は店の奥へ行く。 しかし見知った顔は辰斗だけではない。何故かファムニス、汐劉、奈々生の三人まで大衆食堂の給仕用の制服と前掛けを着て、働いているのだ。 「お待たせしました。これから休憩時間になりますので、僕も同席して良いですか?」 「そりゃ良いが‥‥何でアイツら、働いているんだ?」 芳野は首を傾げながら、三人を指をさす。 水を入れたコップをテーブルに置き、芳野の向かいの席に座った辰斗は説明する。 「今日だけというお約束で、お手伝いに来てもらったんです。みなさん、ご自分のメニューのことが気がかりだったみたいですし‥‥」 「なるほどな」 言われて芳野は周囲を見回してみる。どのテーブルにも三人が提案した料理のどれかはあり、みな、笑顔で食べていた。 「どうだ? 三人のメニューの評判は?」 「上々です。三人のメニュー目当てに来るお客さんもいるんですよ」 まだ初日だというのに、口コミで評判が伝わっているらしい。元は港を利用する人々の為に作った食堂だったが、逆に店を目当てに港に人が集まりそうだと辰斗は笑いながら言う。 「まっ、こうやって人を集めるのも悪くはない」 「そうですね。それで芳野さん、何を食べますか?」 「ん〜、そうだな。三人のメニューをもう一度食べたいとは思うが、流石に一人前ずつだとかなりの量になる。辰斗どの、二人で分けながら食べないか?」 「良いですね。では頼みましょうか」 そして二人は近くにいた店員を呼ぶのであった。 【終わり】 |