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■オープニング本文 「えっ? 花嫁を連れて、逃げる?」 「そう! 鈴ちゃん、お願い! このコを守ってあげて!」 北面国の開拓者ギルドで受付として働いている鈴奈は、よく行く和菓子茶屋の看板娘の桃霞と、その隣にいる儚げな雰囲気の美少女を見比べながら、ポカーンとした。 「花嫁って‥‥この女の子、よね?」 「うん。名前は水月(みつき)ちゃん、歳は十六。こっちに来てまだ一年目なんだけど、ウチの店によく来てくれてね。仲良くなったんだけど‥‥」 桃霞は水月の身の上を語り出す。 元々水月は遭都で生まれ育った娘だった。実家は大きな料亭で、上に兄と下に弟がいる。一年前、母方の親戚に頼まれて、ここへ移り住んだ。 「その親戚はこの辺りでも大きな旅館を経営しててね。そこには一人息子しかいないの。で、水月ちゃんがつい最近聞かされた話しなんだけど」 そこで桃霞は暗い表情で、声を潜めた。 「実はそこの一人息子と水月ちゃん、親同士が勝手に許嫁にしちゃってたらしいの。それでそろそろ祝言をあげないかって言われちゃったみたいで‥‥」 水月は俯き、膝に置いた両の手を固く握り締める。 その姿を見て、思わず鈴奈は呟く。 「あちゃ‥‥騙されちゃったのね」 「水月ちゃんには旅館の手伝いをしてほしいってことだけ言ってたの。でも一年経って、もう結婚してもおかしくない年齢だからって。ひどいよね! 水月ちゃんの意志を無視してさ!」 「そっそうね」 桃霞の怒りに、鈴奈は押され気味。しかし水月に視線を向け、問い掛ける。 「あの、水月さんはその一人息子さんと結婚するの、イヤなのかな?」 そこで水月は僅かに顔を上げるが、顔色は白い。 「‥‥彼が悪い人ではないことは分かっています。ですが十二も年上で、わたしにとっては兄のような存在なんです。夫となるとちょっと‥‥」 「他に好きな人がいるとか?」 「いえ、そんな方はいませんが‥‥。とにかく、結婚はしたくないのです」 静かながらも強い意志を感じさせる返答に、鈴奈は腕を組んで唸ってしまう。 「むーん‥‥。でもだからと言って逃げ出したら、ご実家にも迷惑がかかるのでは?」 「わたしを売った人達なんか知りませんっ!」 叫ぶような声を上げた水月。鈴奈は意味を求めて、桃霞を見る。 「‥‥どうやら結納金として、水月ちゃんの実家に大金が贈られたみたいなの。でも料亭の経営が危ないとかじゃないんだって」 「あの人達はただ、お金が欲しかっただけです! それに実家には兄や弟がいて、わたしなんかいなくても平気だと思っていますし」 「うっう〜ん。でも逃げたとして、他に行く所はあるんですか?」 「あります! 東房王国には父方の親戚がいまして、手紙で連絡したところ、わたしを哀れんで迎え入れてくれると言ってくれました。でも問題がありまして‥‥」 そこで水月はチラッと外に視線を向ける。 鈴奈もつられて見ると、ギルドの外に怪しげな男二人組がこちらを覗いていた。 「もしかして‥‥」 「はい‥‥。祝言は今月行われますが、それまで逃げ出さぬよう見張られているのです。これではとてもじゃありませんが、国境までわたし一人では行けません」 「だから鈴ちゃん、お願い。開拓者の人達を集めて。国境付近までで良いの。そこで水月ちゃんの親戚の人が国境を越える手続きを済ませて待っているから、送り届ければすぐに水月ちゃんは国を出れる。そうしたら流石にすぐには追って来れないと思うし」 確かに桃霞の言う通り、国を越えるにはいろいろと手続きが必要になるので、足止めにはなるだろう。 「でも水月さんの実家がその気になれば、追って来るんじゃないの?」 「わたしを迎え入れてくれるのは父の母――つまりわたしにとっては祖母の家です。父は祖母に頭が上がらない人なので、追ってきても説教をしてやると祖母が言っていました。それに元々祖母は開拓者だったので、無理強いする者が現れても追い払えると」 「‥‥無敵で素敵なお祖母様なのね。で、監視がゆるむのは結婚式当日、だからその日に連れ出してほしいってことなのね」 「はい‥‥。結婚式は大規模で行われるみたいなので、参加者や使用人にまぎれれば分かりません。ですので当日にお願いしたいのです」 水月の切ない願いを聞いて、鈴奈は改めて頭を抱える。 「‥‥相手は向こうのおウチが雇ったそれなりの腕前を持つ者ばかり、か。確かに開拓者でもなければ、相手にならないでしょうね」 そして深いため息をついて、依頼書に筆を走らせた。 「では結婚式当日、水月さんを連れ出し、国境付近まで安全に届けてくれる開拓者を集めるわね」 鈴奈の言葉を聞いて、二人は笑顔を浮かばせた。 「ありがとう、鈴ちゃん!」 「よろしくお願いします」 |
■参加者一覧
天原 大地(ia5586)
22歳・男・サ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎
フルール・S・フィーユ(ib9586)
25歳・女・吟 |
■リプレイ本文 結婚式会場の控え室ではすでに白無垢姿の水月と、水月の友人として招待された六人の開拓者達がいた。しかし部屋には数人の見張り役の者達もいる。 そこで天原大地(ia5586)がわざと大きな咳を一つした。 「さて、そろそろ式が始まる時間だ。最後は女の子同士で話したいことあるだろう?」 意味ありげに水月に視線を向けると、水月は深く頷いて返す。 「はっはい」 「それじゃあ女の子達だけにしといてやろうか」 村雨紫狼(ia9073)が明るい表情を浮かべながらも、有無を言わせぬ空気で見張り役達に声をかける。 「しっしかし‥‥」 「なぁに、女の子同士の会話を聞くなんざ野暮ってもんだぜ?」 「独身最後のガールズトーク、邪魔しちゃいけねーよ」 そう言いながら大地と紫狼は見張り役達を襖に追い詰め、控え室から出て行った。 そしてブリジット・オーティス(ib9549)は持ち込んだカバンの中からフード付きの洋服を取り出し、水月の前に差し出す。 「さっ、水月さん。急いで着替えてください」 「はい」 水月は四人の手を借りながら白無垢を脱ぎ、今度はブリジットが白無垢を着る。 「正式な着付けはできませんし、どこまで誤魔化せるか分かりませんけど‥‥。とりあえずブリジットさんに水月さんの替え玉になってもらいましょう」 フルール・S・フィーユ(ib9586)はブリジットの頭に角隠しをかぶせ、顔を見えにくくしながら呟く。 「足止め役の中ではブリジットさんが水月さんの体型に近いですしね。多少はコレで時間が稼げるでしょう」 着慣れぬ洋服を着るのに悪戦苦闘している水月の着替えを手伝いながら、クレア・エルスハイマー(ib6652)も小さな声で言う。 「ご迷惑をおかけします‥‥」 「ううん、大丈夫! 絶対に国境まで送り届けるからね!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が励ますように言うのだが、その声が結構大きかった為、慌てて三人の開拓者達に口を塞がれた。 襖を小さく三回連続で叩かれ、大地からの合図だと気付く。クレアとリィムナは水月の姿を急いで確認する。 「それじゃあ水月さん、フードをかぶって顔を伏せてください」 「あたしが水月さんの手を引っ張るから、なるべく顔は上げないでね」 「分かりました。ブリジットさん、フルールさん、後はよろしくお願いします」 残る二人は微笑みを浮かべ、力強く頷いた。 三人が襖を開くと、そこには大地の姿しかない。 「紫狼は今、見張り役達を連れて離れている。今のうちに脱出するぞ」 大地を先頭に三人は裏口を目指す。裏口を出た所では、鈴奈と桃霞がいた。周囲に人がいないことを確認すると三人の開拓者は礼装を脱ぎ、いつもの姿になる。そして鈴奈と桃霞から預けていた武器を受け取った。 「馬の方はこちらで二頭、用意しました。礼服はこちらでお預かりします」 「水月ちゃん、国境に行くまでが勝負だから頑張ってね」 桃霞が少し寂しそうに、水月に話しかける。 「ありがとう、桃霞ちゃん。無事に向こうについたら、手紙を書くから」 「うん‥‥!」 大地と水月、クレアとリィムナの組み合わせで、それぞれ馬に乗った。 「お気を付けて」 「ちゃんと水月ちゃんを守ってね!」 小声で叫ぶ鈴奈と桃霞に軽く手を振りながら、四人は結婚式会場を後にする。都の中を颯爽と駆ける二頭の馬。大地の腰にしがみつきながらもフードを押さえていた水月だが、突如ふいた強風に驚き、フードを押さえる手を離してしまう。 「あっ‥‥!」 思わず顔を上げた時、結婚式会場を目指して歩いていた旅館の使用人の一人に顔を見られてしまった。 「みっ水月お嬢様っ!?」 使用人が驚いて出した大声で、三人は水月が脱出したことがバレてしまったことを悟る。 そして複数の足音が控え室に向かっていた。 「水月さんっ!」 扉を慌ただしく開けたのは初老の女性、そして背後には数人の男達がいる。控え室にいた二人はビックリしたが、フルールはぎこちなく微笑み、ブリジットは顔を伏せた。 「あなた‥‥水月さんじゃありませんね!」 女性の叫びを聞いて、ブリジットは顔をしかめながら角隠しを取り、白無垢も脱いだ。 「水月さんは逃げました」 「なっ何ですって!」 「ですのでまずは結婚式を中止させてしまったことをお詫びします」 「すみません」 ブリジットとフルールは頭を深々と下げる。 「水月さんはどこへ行ったのですか?」 「それは流石に教えられません」 きっぱりと答えたブリジットを見て、このまま問いただしてもムダだと悟った女性は男達を見た。 「逃亡してまだ間もないはずです! 急いで見つけ出し、連れ戻しなさい!」 男達は礼をし、すぐに部屋を出て行く。 「まったく‥‥。‥‥貴女方は開拓者ですね?」 女性が鋭い視線と共に投げかけた問いに、二人は無言になる。その様子を見て、女性は深いため息をつき、呆れた表情を浮かべた。 「‥‥血は争えぬと言いますが、ここまでとは‥‥」 「「はい?」」 「何でもありません。とっとと出て行ってください」 女性はそう言い捨てると、控え室を出て行った。すると入れ違うように、紋付羽織と袴を着た温厚そうな青年が控え室に顔を出す。 「母さんが険しい顔をして出て来たけど‥‥水月ちゃんは逃げてしまったのかい?」 ひょうひょうとした態度の青年だが、その衣装を見て二人は気まずそうな顔をした。先に口を開いたのはブリジット。 「あなたは‥‥水月さんの結婚相手ですか?」 「うん、名前は雨橋(うきょう)というんだ。キミ達は‥‥開拓者かな?」 「どっどうしてあの女性といい貴方といい、分かるんですか?」 フルールがギョッとすると、雨橋はアハハと軽く笑う。 「そりゃあ水月ちゃんのお祖母様がそうだったし、それにきっと、彼女は困ったら開拓者を頼ると分かっていたからね」 花嫁に逃げられたと言うのに、花婿の態度は呆れるぐらい明るい。 不気味に思いながらも、二人は雨橋の説得を始める。 「あっあの、花嫁となる彼女を一年もの間、両家が共に欺いてきたことは道義的に良くないと思います」 「そっそうですよ。今は神経質になっているようですし、少し時間をおかれてみてはどうでしょうか? 彼女も別に貴方のことは嫌っているわけではないようですし‥‥」 「おや、そうだったのか。まあ僕の方も彼女がお嫁さんになってくれるのなら、それはそれで素直に嬉しかったから両家の思惑には乗ったんだけどね。‥‥まっ、無理にこうして結婚しようとしても、成功率は半分ぐらいかな〜とは両家共、分かってはいたんだけどね」 雨橋が肩を竦めながら語る言葉に疑問を感じ、二人は首を傾げる。そんな二人を見て、雨橋は苦笑しながら『思惑』を語り始めた。 一方その頃、結婚式会場の外で待機していた紫狼と合流した鈴奈と桃霞は、にわかに周囲が騒ぎ始めていることに気付いた。 「中にいるお二人が心配ですね」 「‥‥あたしはこの人が心配だわ」 鈴奈の視線は会場に向かっているものの、桃霞の視線は紫狼の着ている衣装に向いていた。紫狼は【まるごともーもー】に着替えており、後は頭をかぶるだけ。 「ふっ‥‥。俺のことは心配するなよ、桃霞ちゃん。後はこの真のイケメンに任せておけ!」 頭をかぶり、【木刀】を持って紫狼は会場の前に回り、出てくる追っ手達の前に出た。 「ふも〜〜〜っ!」 スキルの【咆哮】を使い、追っ手達の注意を自分に向けさせる。スキルにかかった追っ手達は、紫狼に向かって来た。 「ふもっ!(よしっ!) ふもっふも(かかって来い!)」 ――こうして周囲の人達は妙な牛のきぐるみと追っ手達が対戦するという、何とも奇妙な戦いを目にするのであった。 その頃、水月達は馬が通れぬ道に入る前に、馬の手綱を木に巻き付ける。 すると後ろより、同じく馬に乗って駆けてくる男達の姿を発見した。 「やっぱり逃走したのが知られてしまったようですね」 水月はフードをかぶりつつ、開拓者達を見る。するとクレアとリィムナがそれぞれ顔を見合わせ、深く頷き合う。 「ここは私とリィムナさんに任せて、天原さんと水月さんは先に行っててください」 「すぐに追い掛けるからね。もっとも先の方にも追っ手が回っているかもしれないから、その時は大地、ちゃんと水月さんを守ってね」 「わーってるよ。‥‥っとと、ちょいと長話が過ぎたな」 すでに馬を下りて、こちらに走ってくる男達が近くまで来ていた。 大地は前へ出てスキル【地断撃】を地面に向かって使い、大きな土埃を上げる。これには突進してきた男達も驚いて、足を止めた。 「水月、ちょっとの間、我慢な」 「きゃあっ!?」 大地は水月をお姫様抱っこする。 「あっ、天原さん。ちょっと待ってください」 クレアはスキル【アクセラレート】を大地にかけた。 「俊敏性を上昇させる効果があります。早くこの場から離れてください」 「すまねぇな」 大地はクレアに軽く頭を下げると、すぐさま駆け出す。 土埃が舞う中、クレアとリィムナは追っ手と向き合った。未だ追っ手達が混乱している中、二人は【アムルリープ】の呪文を唱え始める。すると土埃の向こう側で人影が揺らぐ。 「我は誘う、忘却の眠り。さあ、目的を忘れて眠りなさい」 「‥‥とはいえ、まだ起きている人も何人かいるね」 土埃がおさまってくると、眠った者と起きている者がはっきりと見えるようになる。 眼つきの悪い男達は二人から後ろに下がって距離を取り、何やらコソコソと話をした。すると突然走り出し、二人の横を通り抜けて行こうとする。 すぐに振り返ったクレアは険しい表情をしながら、再びスキルを使う。 「女の子の想いが分からない人達はぁ、壁にぶつかって反省しなさいっ!」 【ストーンウォール】によって現れ出た巨大な石の壁に何人かの追っ手達はぶつかり、その場に崩れ落ちる。 「ぶつかる時、すっごい音したなぁ。‥‥ととっ」 リィムナは視界の隅で動こうとしている残りの追っ手を見て、再び【アムルリープ】を密かに発動させ、眠らせた。 「ふう‥‥。とりあえずここは食い止めましたね」 「そうだね。後はこの荒縄で追っ手達を木に縛り付けておこうか」 リィムナは荒縄を取り出し、クレアと共に眼を回している追っ手達を木に縛り付け、急いで水月と大地の後を追った。 所変わって結婚式会場の控え室では、ブリジットとフルールが結婚の本当の意味を雨橋から聞き、怪訝な顔をする。 「水月さんを守る為って‥‥どういうことですか?」 「彼女、実家のご両親から心配されててね。嫁入りさせたら、流石に諦めて落ち着くんじゃないかって考えていたらしい」 「水月さん、ご両親に心配かけるようなことをしようとしていたのかしら?」 「う〜ん‥‥。危険と言えば危険だけど、やっている人は少なくないみたいだからね」 雨橋ののらりくらりとかわす答えに、二人はまるでタヌキを相手にしている気分になった。 そして水月はと言うと、ある程度距離を取った所で大地に下ろされる。しばらくするとクレアとリィムナが駆けてきて、無事に合流を果たす。そして国境まで来た時、六十過ぎの老婆と二人の二十歳ぐらいの女の子達が水月に向かって手を振ってきた。 「あっ! 祖母と父方の従姉妹達です!」 水月が駆け寄ると祖母は嬉しそうに抱き止め、そして改めて開拓者達に頭を下げる。 「このたびはウチの孫娘がお世話になりました」 すると大地は照れ臭そうに頭をかく。 「いやいや、困った人がいれば助けるのが開拓者ってもんだから。‥‥ところで水月、別れる前にちょいと言っておきてぇんだが」 「はい、何でしょう?」 「説教ってわけじゃねぇんだ。ただ、血を分けた親子がこれで離縁なんてぇのも俺としちゃ面白くねぇ。落ち着いたらオヤジさんらともちゃんと話し合ってみな。いろいろと誤解があるのかもしれねぇしな?」 「誤解?」 大地の言葉に反応したのは、何故かクレアだった。暗雲を背負いながら、大地に詰め寄る。 「望まぬ結婚を強いられているのに、何を言っているんですかっ!」 「まっまあまあ、落ち着きなよ」 二人の間にリィムナが入る。 その様子を見て、祖母は水月を意外そうに見た。 「水月、お前‥‥本当のことを話していなかったのかい?」 「だって‥‥まだ夢見ているだけで、何もしていないし‥‥」 水月は俯き、手をモジモジといじる。 「「「本当のこと?」」」 しかし開拓者達が同時に問いかけてきたので、渋々重い口を開けた。 「実はわたし‥‥」 「彼女、開拓者になりたいんだよ。お祖母様譲りで志体持ちだし、やる気はある。しかし彼女のお母上は危険がある仕事を娘にやらせたくない。お父上は残念ながら志体持ちでは無く、そして婿入りした身分だから奥様の言うことには従っちゃうみたいなんだ。でもいくら言っても水月ちゃんは諦めず、仕方なしに親戚の僕の家に寄越して来た。結婚させれば諦めるんじゃないかってね」 「でっでは何故それを依頼を頼む時に言わなかったのですか?」 「まあブリジットさんの戸惑いも分かるけどね。彼女は自分に厳しい。開拓者を目指しているのに、何もしていない自分が『開拓者になりたい』などと言うのはおこがましいと思ったんだろうねぇ」 雨橋の説明を聞いて、フルールはハッと気付く。 「それでは水月さんが開拓者である祖母を頼ったのは‥‥」 「このまま祖母の元で修業を積む為です。今回の一件でも開拓者という存在が素晴らしいことが分かりました。わたしも一日も早く、みなさまのような立派な開拓者になりたいと思います!」 晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、水月は祖母達と共に国境を越えた。 そして結婚式会場の一室ではフルールが雨橋に頼まれ、スキル【偶像の歌】を親戚達に聞かせている。雨橋が「心を落ち着かせる為に」と親戚達を集めて聞かせた歌の内容は、実は結婚を破談に向かわせるもの。役目を終えたフルールは隣の部屋に移動し、雨橋に微笑んだ。 「さて、協力はこんなところでよろしいかしら?」 「充分だよ。みなさんも今回はお世話になりました」 控え室には今、六人の開拓者と鈴奈に桃霞がいた。リィムナに【レ・リカル】で傷を癒してもらっている紫狼は深くため息をつく。 「水月ちゃんを逃がしてもいいと思っていたんなら、追っ手を引き上げてほしかったなぁ」 「残念だけど彼らはウチの母が雇っていて、僕の言うことは聞かないんだよ」 相変わらず胡散臭い笑みで話をする雨橋を、この場にいる誰もが複雑な表情で見つめる。 「まっ、でも彼女はちゃんと逃げられたみたいだし、フルールさんのおかげで結婚を破談させることもできた。僕は待つのが得意だから、彼女が一人前になるのを待っているよ」 雨橋の言葉を聞いて、紫狼はハッとしたように眼を見張った。 「お前、まさか‥‥」 「さーてね。それじゃあ開拓者のみなさん、縁があったらまた、ね?」 【終わり】 |