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■オープニング本文 場所は東房王国にある山寺。時は丑三つ時。 寺の敷地内には、二つの眼の光を放つ獣達が続々と集まって来た。それらは静かに、寺の住人達に誰一人として気付かれることなく、訪れる。今や庭は獣達の静かな息づかいに満ち溢れていた。 そしてその獣達は息遣いも荒く、一気に鳴き出した! 『ニャーニャー』 『うにゃあ〜』 『ふぎゃあぁ』 「だぁああ! うるっさーい!」 寺に住んでいる僧侶見習いの少年・天城(あまぎ)はたまらず、布団を蹴って起き上がる。そして耳を塞ぎながら、険しい顔をした。 「‥‥天城、お前いい加減、猫の鳴き声に慣れろよ」 天城の隣に寝ているのは、同じく僧侶見習いの少年・空理(くうり)だ。しかし空理は猫の鳴き声ではなく、天城の声で起こされたという顔をしている。 「お前は何ともないのか? この猫達の声!」 「俺はお前より先にここに来たし、慣れているよ。毎年、ここは猫達にとっては出会いの場となるんだから、しょうがない」 空理の言う通り、この山寺は別名『猫寺』と言われるほど、猫が多く集まる場所だった。そして春になった今、発情期となった猫達の集会の場ともなっていた。昼間は人気があるせいであまり集まらない猫達も、夜になると活発に活動的になる。 「猫は基本的には夜行性だしなぁ。まっ、少しの辛抱だと思えよ」 「‥‥ちなみに期間は?」 「一週間から三週間ぐらいだ」 「ぶっ!?」 その間、ずっと不眠症になるのかと思うと、何だか山を下りたくなってきた天城。 「なあ、猫達を何とかしようという意見は出なかったのか?」 「んー‥‥。昔は出たらしいが、どうやっても猫の方が数が多いだろう? どうにもできなかったみたいでな。それに僧侶の世界では生き物に対して、殺生なんかはダメだし。ここも猫寺として有名で、潰れないこともあるから、ムゲにもできず、放置のままって感じだな」 確かに普段からも猫の姿は良く見かける。その姿を一目見ようと、この寺を訪れる客は多い。それで助かっている部分があるというのは天城も認めるが‥‥。 「ううっ‥‥! せめて発情期が終わるまで、夜ぐらいはこの寺から離れてくれないかなぁ?」 泣きが入っている天城を見て、空理は流石に少し真面目に考えてみた。 「‥‥もしかしたら、だが。開拓者ギルドに頼んでみるのが良いかもしれない。いろいろな依頼をこなしてきた彼らなら、何か解決法を見いだせるかも」 「そうだな。よしっ! ならば師匠と明日の朝、話し合ってみよう!」 |
■参加者一覧
ゼロ(ia0381)
20歳・男・志
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
宵星(ib6077)
14歳・女・巫
澤口 凪(ib8083)
13歳・女・砲
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 まだ太陽が沈む前、開拓者達は寺を目指し、石段をのぼっていた。 「猫の引っ越しかあ‥‥。あいつら気まぐれだし、あんまりどうこうしたくはないんだがな」 雲母(ia6295)は気乗りしないというように、軽く息を吐く。 「私はせめて、新しい場所がにゃんこさん達にとって居心地の良い場所になるよう、頑張りたいです」 狼宵星(ib6077)のはりきる姿を見て、雲母は微笑を浮かべる。 「まあそうだな」 「うむ。その為にも準備は入念にしとくのじゃ」 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は深く頷きながら、持ってきた大きな荷物を抱えなおす。 「随分と大荷物だねぇ。一体何を持ってきたんだ?」 「ふふっ、秘密じゃ。後でとても役に立つ物じゃ」 澤口凪(ib8083)の問いかけに、リンスガルトは意味ありげに微笑む。 「それにしても猫達が集う寺とは‥‥! 良いぞ! 思う存分、もふもふするぞーっ!」 ラグナ・グラウシード(ib8459)は喜び浮かれながら石段をのぼる。 そして五人は石段をのぼり終え、寺に到着した。本堂の至る所に猫がいて、人に慣れているのか、開拓者達を見ても驚きもしない。 「猫‥‥いっぱい。かなりの数がいるな」 雲母は近くに寄って来た一匹の子猫を見つけるとしゃがみこみ、人差し指を振る。 「ちっちっ、こっち来ーい。ほーれほれ」 人差し指をねこじゃらしのように振って見せると、子猫はじゃれてきた。その様子を見て、雲母の表情が和らぐ。 「にゃんこさんがいっぱい‥‥! 可愛いですね」 宵星はねこじゃらしを手に持ち、猫達と戯れる。しかし宵星の尻尾がパタパタと動くのを見て、猫達がちょいちょいと前足で触ってくる。 「わっ私の尻尾はねこじゃらしじゃないですよ〜!」 喜び慌てる宵星から少し離れた所では、ラグナが猫を二匹抱きかかえ、満面の笑みを浮かべていた。 「猫、もふもふだー!」 猫を愛でる三人を、リンスガルトは呆れた表情で、凪は苦笑しながら見つめている。 「まったく‥‥。夜になる前に準備を済ませなければならぬと言うのに」 「まあまあ。夜に住居近くに寄っつかねぇようにってぇ話しだけど、まずは引っ越しさせる場所なんだけどねぇ。私はこの本堂で良いと思うんだけど、どう思う?」 「ん〜。それも良いとは思うんじゃがな。ただ本堂だと排泄物の処理が後々、面倒にならんか? 汚されることを考えると、別の場所に引っ越しさせた方が良いと思うんじゃが」 「あーそうだねぇ。ただでさえ昼間にもこの本堂に集まるんだし、掃除の手間が増えると大変そうだしねぇ。それじゃあここから少し離れた場所に、猫の集会場になりそうな場所がないか聞いてこようか?」 「そうじゃな。‥‥アイツらはほっといて、妾達だけで聞いてこよう」 リンスガルトと凪は未だ猫と戯れる三人をその場に残し、僧侶達に話を聞く為に本堂へ向かった。 僧侶達から話を聞いたところ、本堂のある敷地には横道があり、そこを通って行くと開けた場所があるらしい。そこは昔、僧侶達が修行場として使っていたものの、今は他の場所に修行場を移した為に、放置されているらしい。 「うむ、ここなら問題無いな。広さもあるし、住居からは距離もあるからな」 リンスガルトは満足そうに頷きながら、穀物と魚を柔らかく煮た猫用の餌を入れた器を置いていく。また持ってきたマタタビの粉を、風に乗せるように少しずつその場に流していった。 「調味料無しで煮ても、魚の良い匂いがしますね」 宵星が鼻をクンクンさせるのを見て、リンスガルトは慌てて両手を振る。 「食べても大丈夫じゃが、食ってはならんぞ!」 「そっそこまで食いしん坊じゃないです!」 しかし宵星の尻尾がどこか嬉しそうに振っているところを見ると、不安は拭いきれない。 宵星は少し拗ねたような顔をしながらも、猫の寝床になるように箱や籠の中に手拭いを敷いて、置いていく。その中にネズミのぬいぐるみも入れて。 「ああ、寝床は木の下とかに置いた方が良い。万が一、雨が降ったら濡れてしまうからな」 「あっ、そうですね」 雲母の助言を聞いて、宵星は改めて寝床を木の下に置く。 雲母は凪の手伝いをしており、爪とぎ板にマタタビの粉を振りかけている。それを凪が寝床とは別の木に立てかけていく。 「爪をとぐたびにマタタビの粉が出れば、夢中になってやってくれるよねぇ。にゃんこさん達には快くお引越ししてもらわんとねぇ」 「うむ! ここが居心地の良い場所だと分かってもらわなければな!」 ラグナはかつお節を入れた袋を持ち、リンスガルトが作った猫餌の上からかつお節をかけていく。 「あ〜。良い匂いですぅ」 「‥‥確かに、な」 宵星とラグナがジッと器を見つめるのを見て、リンスガルトは慌てて手を叩いてその場の空気を変える。 「さっさあ、もう陽は沈む! そろそろ作戦の第二段階に入ろうぞ!」 陽が沈み、暗闇が満ちる頃、開拓者達は住居の方に移動していた。 そこでラグナがまず、猫が苦手とする柑橘系の果物の皮をむき、住居の庭に撒いていく。 「ほらほら。こっちは人間様の住居だ。お前達は違う所へ移動しろ」 皮をむいた中身を食べながら、集まってきた猫を住居に近付けないようにする。猫達は柑橘系の匂いを嫌がり、住居から離れて行く。 「ラグナさん、中身も使うって言ったよねぇ?」 「あっ、すまん」 凪は果物の皮をむいた後、中身を絞り、汁を布にかける作業をしていた。その布を木の枝に巻き付け、地面に置いていく。コレも猫避けの一つだ。 「さて、と‥‥。いっちょ頑張ってみるか。スキルを使うから、みんなは離れてくれ」 雲母の一言で、四人は彼女から離れる。 雲母は深く深呼吸した後、【夜春】を発動させた。色仕掛けのスキルにかかった猫達は、熱い眼差しで雲母を見つめ始める。 「でも全ての猫にはかからないか‥‥。それじゃあお次」 雲母は【人魂】を使うことにした。懐から取り出した符で、ネズミ型の式を出現させる。 すると猫達は眼を輝かせ、ネズミを追い掛け始めた。 「――よし。では移動しようか」 雲母とネズミ型の式が新たに作った猫の集会場に向かって歩き始めると、多くの猫達もつられて歩き出す。 ラグナ・凪・宵星の三人はマタタビの枝を持ち、猫を誘導させながら移動する。 そして猫の集会場には、多くの猫が移動した。 「ふう‥‥。とりあえずこんなものか」 スキルを使い終えた雲母は、深く息を吐く。 我に返った猫達がメスとオスのパートナーになっていくのを見て、宵星はうっとりした表情を浮かべる。 「にゃんこさん達が寄り添う姿‥‥可愛いです‥‥!」 宵星の隣では、凪も同意するように深く頷く。 「うんうん。可愛い子猫が産まれると良いなぁ」 ラグナも嬉しそうに猫達を見つめていたが、だんだんとその表情に陰りが見え始める。 「ふっふふっ‥‥。猫ですら容易く恋の相手を見つけられるご時世か。ふふふっ‥‥」 怪しげに笑い出すラグナから、三人はズサッと離れる。 ついには涙まで浮かべるラグナはふと、一匹の猫を見つけた。その猫はパートナーを見つけようとはせず、自分の体の毛づくろいをしている。 「おおっ、同士よ! お前も一人なのか。分かるぞ、お前の気持ちがっ!」 そう言ってその猫を抱き上げたラグナに、雲母が声をかけた。 「いや、その猫、餌を食べた後だから、一匹で毛づくろいをしているだけだ」 猫の近くには空っぽになった器があり、それが証拠だった。 しかしラグナの耳には届いておらず、猫が嫌がるも無理やり頬ずりする。 「春が恋の季節なんて、嘘だよな。なあ、お前もそう思うだろうっ!」 猫と真正面から向かい合ったラグナ。しかし猫は『フシャーっ!』と怒りを表し、四本の足から爪を出し、バリバリっ!とラグナの顔を引っ掻いた。 「いったーっ!」 驚いて猫を手放すも、猫は空中で一回転し、地面に見事着地する。すると一匹の猫が駆け寄って来て、二匹は並んで向こうへ行ってしまった。 「‥‥どうやらあのにゃんこさん達、恋人同士みたいですね」 猫達が去って行った方向を見ながら、宵星が呟く。 「まったく‥‥。柑橘系の物を食べた口で、猫に話しかけるなんぞ無謀だねぇ」 凪が呆れたように肩を竦める。 「ううっ‥‥! 忘れていた‥‥」 ラグナは引っ掻かれた顔を手で押さえながら、泣き出す。その息は柑橘系の匂いが強かった。間近で嗅がされた猫はたまったものじゃなかっただろう。 微妙な空気が流れる中、ふと猫の悲鳴のような声が近付いてきた。四人は振り返って見ると、猫達がおびえた様子でこちらに駆けて来る。 「ん? そういやぁ一人、足りなくないか?」 そこでふと、凪がリンスガルトの姿がないことに気付く。他の三人も周囲を見回してみるが、どこにもいない。 「移動する前、住居の所では見かけたな」 「じゃあまだあっちにいるんでしょうか?」 雲母と宵星は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。 「とりあえず行ってみようか」 立ち上がったラグナと共に、三人は住居の方に戻ることにした。 そこで四人が目にしたのは、【まるごとねこまた】を着込み、その上から羽根を付けた独特の匂いがする布をかぶっている姿のリンスガルトだった。 その格好で住居の周囲を歩いているものだから、うっかり見てしまった僧侶達は慌てて住居の中へと引っ込む。 「‥‥僧侶達、お経をあげているんじゃないか?」 雲母の言う通り、住居の中からはお経をあげる声が聞こえてきた。 「にゃんこさん達、一斉に逃げていますね‥‥」 宵星は哀れんだ視線を、リンスガルトから逃げている猫達に向ける。 「夜に見ると、また迫力あるねぇ」 表情を僅かに引きつらせながら、凪が呟く。 「‥‥アレを見た人間は、この寺に猫の妖怪が住み着いていると勘違いしないだろうか?」 する、と三人は心の中で即答した。 そんな中、リンスガルト本人だけは、得意げな笑みを浮かべている。 「ふふっ。相棒の炎龍の匂いに、鷲獅鳥の羽、自分達よりも強い匂いがする相手の前では、ただ逃げるしかあるまい。威嚇などせず、猫達も傷付けずに移動させられる。良い案ではないか」 しかし猫どころか人間にまで強い恐怖を与えていることに、リンスガルトはこの後、仲間達から教えられるまで気付くことはなかった。 翌朝、開拓者達は天城や空理、そして僧侶達と共に新たな猫の集会場を訪れ、空になった器を回収していた。 餌の方は猫を目当てにやってくる人達がよく置いていってくれるので、夜になったらそれらを器に入れ、集会場へ持って行くことになったらしい。 「良いか? 発情期が過ぎたら、住居の周囲に置いてある猫の嫌う物は全て撤去するのだぞ? 一時のこととは言え、人間の都合で移動してもらったのじゃからな。後は猫達が快適に過ごせるようにするのじゃぞ?」 「分かっています。私とて、猫が憎いわけではありませんから」 天城は口ではそう言うものの、目の下には酷いくまが出来ている。 「まあ耐えれなくなったら、この綿を丸めて作った耳栓でもすると良い」 そう言って雲母は天城に手渡す。 「あっありがとうございます」 「しかし貴様は僧侶見習いだろう? うるさい中でも、心を落ち着かせるようになってみたらどうだ?」 「私はつい最近、こちらの寺に移ったばかりです。それに人のうるささならともかく、猫の発情期には慣れていないんですよ」 じろっと睨みつけられ、雲母は肩を竦めた。 「まあまあ。一応コレで大丈夫だとは思うけど、住居の方にまた集まるようだったら柑橘系の物を増やすと良い」 凪の言葉に、天城はつり上がった眼を下げる。 「そう、ですね」 「夜には当番の者が警備の為に巡回するんだろう? アレを身に付けて巡回すれば、猫も寄って来ないと思うが」 ラグナの言葉と視線の先には、昨夜リンスガルトが着用したきぐるみがある。明るい陽の下で見ても、ちょっと不気味だった。 「‥‥いえ、アレは激しく遠慮しときます」 「寺に妙な噂が立たれるのもアレなんで、巡回の時に住居の方に群がっているのを見かけましたら、柑橘系の物を撒くようにします」 天城と空理に遠まわしに嫌がられていることを察したリンスガルトは、ムッとしながら二人から視線をそらす。そこで宵星の姿がないことに気付いた。 「おや? 一人足りなくないか?」 「ああ、狼さんなら本堂の所にいるのを見かけました」 「本堂に猫が集まっているのをお教えしましたら、すぐに向かわれましたよ」 天城と空理の言葉通り、宵星は本堂にいた。そこで日向ぼっこをしている猫達を優しい眼差しで見つめながら、猫の絵を熱心に描いている。 「さて、と。仕事は終わった」 「終われば好きに過ごして良いんだよねぇ」 「太陽の下であたたかなもっふもふになった猫達‥‥。たったまらーん!」 雲母、凪、ラグナの三人はそれぞれ猫目がけて一斉に駆け出す。 「‥‥やれやれ、まあ気持ちは分からなくはないがのぉ」 ため息を吐くリンスガルトの足に、一匹の子猫が擦り寄って来た。 「まっ、猫は癒す存在であるし、何より可愛い。しばし戯れようぞ!」 子猫を抱き上げ、リンスガルトは仲間達の元へ向かって行く。 【終わり】 |