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■オープニング本文 ●一年前の決着? 「えっ? わたしを指名?」 北面国の開拓者ギルドで受付職員をしている鈴奈は同僚に呼び止められ、依頼人が自分を指名してきたことを伝えられる。 「…まあ今は手が空いているから良いけど」 ちょうど仕事が一段落したので、タイミングとしては良かった。 しかし指名されることに心当たりがないので、首を傾げる。 知り合いならばまずは仕事場以外で一度連絡を取り合い、後日ここで改めて依頼を受ける形にしていた。 受付職員の仕事は多忙であり、前もって時間を合わせなければ鈴奈が担当することが困難であるからだ。 頭の中に?マークを生み出しながらも個室へ向かうと、初老の女性と三十代ぐらいの青年の二人組が中にいた。 「受付職員をしています、鈴奈です。あの、ご指名と聞きましたが…」 挨拶をしながら、鈴奈は二人の目の前に座る。 正面で二人を見ると、ふとどこかで見たことのある顔だと思った。 「一年ぶりだね、鈴奈ちゃん」 青年が声をかけてきたが、鈴奈はイマイチ思い出せない。 悩みが顔に出たのか、青年がプッと吹き出す。 「…一年前はウチの息子の花嫁を逃がしていただき、ありがとうございました」 不意に女性が言った言葉で、鈴奈はようやく思い出した。 「あっ…ああっ! 水月さんを騙して結婚させようとした悪い親戚達っ!」 「んなっ!?」 「アハハっ! ようやく思い出してくれた?」 鈴奈は呆気に取られながらも、真っ赤な顔で憤慨している女性と、楽しそうに笑う青年を見つめる。 今から約一年ほど前のこと。 親や親戚に騙され、歳の離れた従兄こと目の前にいる青年――名を雨橋と結婚させられることになった水月という少女がいた。 水月は鈴奈と仲が良い桃霞を通じて、結婚式の日に、東房王国との国境にいる祖母の元まで連れて行ってほしいと依頼してきた。 鈴奈は依頼を引き受け、開拓者達の助けを借りて、水月を祖母の所まで送り届けたのだ。 しかし水月が結婚を嫌がっていた理由は雨橋のことが嫌なワケではなく、開拓者になりたいという夢を捨てきれなかった為だった。 開拓者である祖母の元で元気に修行をしていると、桃霞が送られてきた手紙を読んで時々は知らせてくれたのだが……。 (※シナリオ・【花嫁を連れて逃げ出せ!】参照) 「いっ一年経った今、何のご用でしょうか?」 「まあそう構えないで。実は一年前とは事情が変わってね。今度はちゃんと結婚することになったんだ」 「誰と誰がです?」 「僕と水月ちゃん」 「……はい?」 「まず水月ちゃんの状況を説明するね。彼女はこの一年、お祖母様の元で修行を積んで開拓者となった。クラスは志士。もう独り立ちしても良いだろうと、お祖母様から言われたみたいでね。今度、こっちに戻って来ることになったんだ」 「はあ……」 「そして結婚の話になるけどね、この一年、僕なりに彼女に接してきたんだ」 水月の祖母の住所は知っていたので、何度か手紙のやり取りをしていたらしい。数回は向こうに行ったりして、彼女と交流を続けてきた。 そして水月がこちらに来ることになったのは、彼女が開拓者として一人前になった時に雨橋が改めて結婚を申し込み、水月が受け入れてくれたからだ。 「一年前はウチの母さんが、勝手に結婚の話を進めてしまってね。僕もちょっと面白くないなと思っていて、だから開拓者達が破談にしてくれた時はほっとしたんだ」 彼は彼なりに、彼女との愛を育みたいと思っていたのだろう。 ようやく思い描いた通りに水月と結婚することになって、何の問題もないはずなのだが…。 「ではどうして今日はここに?」 「…うん。実は結婚自体はめでたいことなんだけどね」 急に気まずそうな顔で、雨橋は隣に座る母を見る。 「実は雨橋と水月さんの結婚をよく思わない者達が動き出しそうなのです」 雨橋の母が語るには、結婚を壊そうとしている連中がいるらしい。 まずは雨橋との縁談をまとめたかった、地位と権力を持つ家の者達。自分の娘を雨橋と結婚をさせたかったが、水月のせいで破談になってしまった。 「一年前、二人の結婚が破談になったことは一気に周囲に広まりました。その時、ここぞとばかりに雨橋に縁談を持ちかけてくる家が多かったのですが、全てお断りしていました。息子は水月さんに本気だったようですしね」 そして雨橋の実家である大きな旅館の商売敵。雨橋達が経営する旅館はいろんな意味で存在が大きい為に、結婚式をぶち壊したいと思っている者がいる。 「こちらは水月さんには関わりのない人達です。ただ私達の家の名に泥を塗りたいと思っているだけですから。結婚式が滅茶苦茶になれば良いと考えていることでしょう」 次は雨橋に思いを寄せていた女性。元は旅館に出入りしていた呉服屋の娘で、雨橋に好意を抱いていたらしい。 「そのお嬢さんと雨橋は幼馴染でしてね。水月さんが結婚を破談にし、逃亡した後、雨橋に思いを打ち明けたみたいなんですが…」 「丁重にお断りしたんだ。彼女のことは幼馴染としか見れなかったから」 雨橋は苦笑しながら、お茶をすする。 「まあその後も付き合いはあったんだけどね。でも改めて水月ちゃんとの縁談がまとまった時、怒り出しちゃって」 『一度は袖にされた娘と結婚するなんて!』、と取り乱してしまったらしい。 恐らくその幼馴染の女性としては今フられても、水月さえいなければいずれは雨橋の気持ちが自分に向いてくれるのではないか、と考えていたかもしれない。 しかし遠く離れた場所にいても雨橋が水月を思う気持ちは弱くならず、逆にとうとう実らせてしまったのだ。 心中は嵐よりも荒れていただろうと、鈴奈は思う。 「結婚式のことを言った途端、彼女は行方をくらましてしまったんだ。あちらの家の人は同心に頼んで探してもらっているけれど、未だ見つからず…」 「…彼女は去り際、息子にこう言ったそうです」 『絶対にあの子を許さないっ!』 「確かに一度は破談にしておいて勝手だと私も思いましたが…。一年前のことは、強引に話を進めたこちらが悪かったと今は思っています」 一年経って多少は丸くなった母を横目で見ながら、雨橋は深いため息をつく。 「結婚式までもう時間がない。水月ちゃんももうすぐこちらに戻って来る。しかし彼女は結婚式を壊そうとしている人達がいるなんて、全く気付いていないんだ」 「…なるほど、そういうことですか。つまり開拓者達には結婚式に参加しつつ、ぶち壊そうとする人達を捕まえてほしいんですね」 そこでようやく合点がいった。 全ては水月の為に――。開拓者になった彼女に気付かれないように、結婚式を無事に行いたいと思い、ここへ来たのだろう。 「分かりました。女の子にとって重要なイベントですしね。開拓者を集めましょう」 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
アリエル・プレスコット(ib9825)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 新郎の控え室には、雨橋とルオウ(ia2445)と菊池志郎(ia5584)の男性開拓者二人がいた。 「俺はサムライのルオウ! よろしくな、雨橋」 「俺は巫女の菊池志郎です。本日はご結婚、おめでとうございます」 「二人とも、ありがとう」 無事に親族のみの結婚式を終えた雨橋は、次の披露宴に出る為に着替えた。 「しっかしせっかくの披露宴を邪魔しようなんて、ヒドイことを考えるヤツがいるもんだな。でもちゃんと護ってやるからな!」 「俺は進行係を、ルオウさんは招待客として披露宴に参加します。この披露宴はお二人にとって、新たな人生をはじめるにあたっての決意表明とも言えるものです。台無しになんてさせません。成功させる為に、頑張りますよ!」 「おうよ! 何か大変そうだけど、アンタ達は互いに好き合って結婚するんだろう? 誰かに強制されたとかじゃなくて」 「まあね」 ルオウの真っ直ぐな視線を受けて、雨橋は思わず苦笑いを浮かべてしまう。 「それならちゃんと成功させなきゃな!」 「…まあルオウさんはそのままでいいです。では俺達はそろそろ行きますね」 志郎はルオウの腕を掴み、控え室を出て行く。 「水月さん、ご結婚おめでとうございます! そして披露宴に呼んでくれて、ありがとね」 花嫁である水月の控え室には、リィムナ・ピサレット(ib5201)が招待客の一人として訪れている。 「リィムナさんには昨年、大変お世話になりましたから」 「そういえば雨橋さんから聞いたんだけど、水月さん、開拓者になったんだね。これから依頼で一緒になることもあるかもしれないね。その時は先輩開拓者として、いろいろと教えてあげるからね!」 リィムナは自信に満ちた笑みを浮かべ、自分の胸を拳で叩いた。 「ふふっ、その時はよろしくお願いします」 「うん! …あっ、そろそろ披露宴がはじまるね。あたしは客席にいるから、頑張ってね!」 リィムナは水月に手を振り、扉に向かって歩き出す。 ふと、壁際に立っている介添え人と目が合う。 千早・如月を着用した介添え人の名前は、アリエル・プレスコット(ib9825)。水月と顔を合わせていないことから、花嫁の介添え人になった。 開拓者であり、今回の依頼の参加者だが、ここでの二人は見知らぬ他人のフリをしなければならない。 水月に見えないようにリィムナが小さく手を振ると、アリエルは眼を閉じ、黙って頭を下げて見送った。 ●波乱な披露宴のはじまり 披露宴は雨橋の実家の旅館の大広間で行われる。一通りの挨拶が終わった後、雨橋と水月の二人はそれぞれ招待客達に挨拶をすることになっていた。 水月の後ろにはアリエルが控えており、今のところは何の問題もない。 「と思っているうちに、問題は起こりやすいんですよねぇ」 給仕をしている志郎は超越聴覚を発動させながら、忙しなく動いている。 だがふと聞き捨てならない会話を耳にし、その表情が真剣なものへと変わった。 「ヤレヤレ…。出番ですね」 他の人々に気付かれないように気配を消し、大広間から素早く出る。 旅館は披露宴の為に貸切になっており、受付の場が玄関口に設けられていた。 志郎が到着した時、ちょうど受付をしている女中がご祝儀を大きな箱に入れ、持ち運ぼうと動き出していた。 「お疲れ様です。重そうですね。お手伝いしますよ」 志郎はニッコリ微笑むと、女中から箱を受け取る。 「えっ、ですが…」 「管理する部屋までお持ちしますよ。女性に荷物は持たせられません」 「…ではお願いします。こちらです」 女中は志郎が自分と同じこの旅館の衣装を着ていることから、安心して部屋へと案内してくれた。 ご祝儀は雨橋達が住む離れに集められており、旅館の者達が丁重に受け取る。 女中は志郎に礼を言って、持ち場へと戻った。 ――その後、玄関まで戻ると、志郎は突如振り返る。 今まで自分達を監視していた二人組の男達は、舌打ちをしながらどこかへと消えた。 「ご祝儀を運ぶ女性を襲おうなどと、不埒な考えをする人達ですね」 大広間にいた時、男達がそういう会話をしていたのを聞いた志郎は、彼らよりも先に女中に接したのだ。 流石に男性が一人でもついていれば、男達も警戒して襲ってこないだろうと考えた。 しかしほっとする暇もなく、また怪しげな会話を聞いてしまう。 「さて、一難去ってまた一難です」 今度は調理場へと急いで向かった。 そこでとある一人の女中が、銚子を盆に載せて運ぶ姿が眼に映る。しかし女中は周囲を見回した後、物陰に隠れた。 気配と足音を消しながら、志郎は女中に近付く。 すると女中は懐から白い包みを取り出し、広げて中身を銚子に入れようとしていた。 志郎は夜を発動させ、三秒間、時間が止まっている間に女中の手から包みを取り上げる。 「あっあら…?」 「せっかくの祝い酒の味を変えては勿体無いですよ」 声をかけられ、驚いた女中は振り返った。 「コレは没収です。念の為に、そのお酒も交換しましょうね。『埃が入ってしまった』と言って、謝りましょう。俺も一緒に行きますから、ね?」 有無を言わせぬ志郎の微笑みを見て、女中は青白い顔で頷く。 「…外での問題は、菊池さんが解決してくれて良かったよ」 志郎と同じく超越聴覚を使用しているリィムナは一連の出来事を聞いて、ほっと息を吐いた。 「とは言え、今度はこっちの番みたいだね」 大広間の中で料理を食べていたリィムナは、離れた場所にいるルオウに視線を向ける。 二人は出された料理を美味しそうに食べながらも、周囲への警戒を解いてはいない。 ルオウはリィムナの視線に気付くと、給仕係を探すフリをしながら周囲をキョロキョロ見回す。 すると一部の男達が急に騒ぎ出した。酒瓶を持って酒をあおっているが、その眼は嫌な光を宿している。明らかに混乱を招く目的で、騒ぎ始めているのだ。 ルオウは咆哮を発動させながら、男の一人に声をかける。 「いい飲みっぷりだなぁ、オッサン! 庭で俺と飲もうぜ!」 スキルにかかった男の一人がルオウに向かってくるも、力強くその腕を掴んで引っ張り、庭へと連れ出すことに成功する。 「いい加減、放しやがれ! クソガキっ!」 「まあまあ、そんな熱くなるなよ」 口ではそう言いながらも剣気を発動し、男を怯ませた。 その間に一緒に騒いでいた四人の男達が、後を追ってここまで来た。 五人集まると男達はルオウに怒鳴りながら、殴りかかろうとする。 「ったく…。人様の披露宴で暴れんじゃねーよ」 ルオウは隼人を発動させながら男達の攻撃を避け、足元を集中して攻撃をした。 元々酒を飲んでいた為に、男達は体勢をすぐに崩す。 「あっ、ここにいたんだね。披露宴のお邪魔虫さん達」 そこへリィムナがやって来た。 「とりあえずルオウさんは下がって」 「おうよ」 ルオウが自分から距離をとったのを見て、リィムナはフルート・ヒーリングミストを使い、夜の子守唄を演奏した。 男達は音楽を聞いているうちに眠気に誘われ、意識を失う。 「来るの遅かったな」 「アリエルさんから、荒縄を受け取っていたんだよ」 そう言って持ってきた荒縄を二つ、差し出して見せる。 「おっ、ちょうどいいな。こいつらをまとめて縛り上げて、蔵にでも閉じ込めておこうぜ」 「そうだね」 二人は満面の笑顔で、五人の男達を縛り始めた。 「アリエルさん、あの、少々お手洗いに行きたいのですが…」 「はい、ご一緒します」 水月が恥ずかしそうにアリエルに声をかけ、二人は廊下の奥にある手洗いに向かう。 しかし水月は色打ち掛けを着ている為に、一度脱がなければならない。 その為、手洗いの隣の部屋は空き部屋となっていて、そこで着替えることになっていた。 引き戸を開けようとした水月だが、その手をアリエルが止める。 「あっ、忘れていました。この部屋は急遽使えなくなりましたので、あちらの部屋を使ってください」 「えっ? そうでしたか。分かりました」 水月は言われた通り、手洗いを挟んだ部屋に入った。 そこで色打ち掛けを脱いで身軽な姿となり、お手洗いに入って、再び着付けをして大広間へと戻る。 同行していたアリエルはリィムナを見つけると、小声で何かを告げた。 リィムナはアリエルの方を見ないまま小さく頷き、水月と雨橋の元へ行く。 「ねぇねぇ、二人の馴れ初めを聞きたいな♪ どうやって雨橋さんが水月さんの気を向かせたのか、聞かせてよ」 リィムナの言葉に同意するように、周囲の人々もはやし立てる。 ――こうしてしばらく二人をこの場につなぎとめる理由を作った。 その間にアリエルはこっそり大広間から出る。 水月のことは大広間にいるリィムナと、戻って来たルオウに任せて、再び手洗いの隣の部屋に向かった。 その部屋は水月が入ろうとして、アリエルが止めた部屋だ。 今は部屋の前に、難しい表情を浮かべた志郎が立っている。 「志郎さんもお気づきでしたか」 「アリエルさん…。…ええ、この部屋には一人いますね」 二人は同時にため息をついた後、引き戸を開けた。 中には披露宴で使う道具などが置かれてあり、人の姿は見えない。 しかし戸を閉めた後、志郎は屏風の方に声をかける。 「そこに隠れていらっしゃるんでしょう? いくら待っても、水月さんはここには来ませんよ」 屏風の裏で、物音が聞こえた。そして間もなく、一人のやつれた女性が出てくる。 「どう…して? 何で……彼女なの…?」 元は美しかった着物や容姿は、今では見るも無残になっていた。 だが女性の片手に短刀が握られているのを見て、二人は顔を強ばらせる。 「…ご自分が雨橋さんの人生の伴侶に選ばれなかったこと、悲しくて悔しいんですね。しかしだからと言って、水月さんに危害をくわえても貴女は幸せにはなれません」 「アリエルさんの言う通りですよ。逆に雨橋さんに恨まれ、憎まれてしまいます。貴女はそんなこと、望んではいないでしょう?」 『雨橋』と聞いて、女性の眼に光が宿る。それが涙であることが分かるのに、時間はかからなかった。やつれた頬に、静かに流れたからだ。 「ずっと…ずっと好きだったのに…。わたしの方が、ずっと彼の側にいて、彼のことを知っていたのに…。……どうして選んでくれなかったのかしら?」 ブツブツと呟きながら女性は鞘から刀を抜き、両手で握り締める。 「何をっ…!」 志郎が眼を見開く中、女性は意を決して刀の先を自分に向けた。 「やめなさい!」 止めようと動き出したが、急に女性は意識を失い、その場に倒れる。 「…ふぅ。何とか間に合いましたね」 アリエルは安堵のため息を吐く。 女性が呟きだしてからすぐに、アムルリープを発動し始めていた。 そして刀が女性の体に触れる寸前に、スキルは完成したのだ。 志郎は慌てて女性に近付き、その手から短刀を取って鞘に入れる。 「…しかし随分とやつれていますね。少しでも回復した方が良いでしょう」 志郎は女性に神風恩寵を使い、回復させた。 「とりあえず雨橋さんのお母様に報告してきます。彼女の両親も披露宴に参加しているようですし、眠っている間に引き取ってもらいましょう」 女性がもしかしたらここに現われるかもしれないと考え、彼女の両親は来ていたのだ。 「そうですね。では私はここで彼女を見ています」 「はい。アリエルさん、よろしくお願いしますね」 ――そして志郎は大広間に戻り、雨橋の母親であり、この旅館の女将に小声で事情を説明する。 女将は一瞬表情を変えたものの、すぐに営業用の笑みを浮かべ、女性の両親である二人の初老の男女に話しかけた。 普通を装いながら女将と志郎、そして両親はアリエルと女性がいる部屋に向かう。 女性は志郎が抱え、両親と共に裏口から家に帰って行った。 その後を見送りながら、志郎はふと女将に話しかける。 「あの、女将さん。雨橋さんに彼女宛てに手紙を書いてもらうことはできますか?」 「志郎さん?」 一緒にいたアリエルが、不思議そうに志郎を見た。 「…もしかしたら余計なことになるかもしれませんが、水月さんと結婚することを告げた時、彼女は乱心してしまったんですよね? 今でなくても落ち着いた時に、雨橋さんの気持ちを伝えれば、彼女も納得してくれるんじゃないかと思いまして…」 「女将さん、ちなみにあの女性は今後どうなるんですか?」 アリエルの問いかけに、女将は大きく息を吐く。 「落ち着かせる為に、山奥にある親戚の家で休ませるそうです。監視もつくそうですし、とりあえず水月さんには何も出来ないと思いますが…。…そうですね。ウチの息子にも一因ありますし、披露宴が済んでこちらも落ち着いた頃に書かせましょう」 その後は問題もなく、披露宴は盛り上がっていった。 ルオウも念の為に酒は飲まなかったものの、豪華な料理には舌鼓を打っている。 だがふと、水月を見るアリエルの視線が気になり、近付いて声をかけた。 「アリエル、ぼ〜っと水月を見ているが、どうかしたか?」 「えっ? あっ…、少々水月さんの花嫁姿に見とれていました」 アリエルは親戚だけの結婚式にも介添え人として参加しており、水月の白無垢姿も見ている。 「そして私もいずれは花嫁さんになるのかな、と…」 「ああ、女は憧れるもんだからな」 ルオウは気持ちが分かると言うように、何度も頷いて見せた。 アリエルは自分が花嫁衣装を着て、年下だけど頼りになる女の子の友達が花婿衣装を着て、結婚式をしている姿を思い浮かべる。 「…はっ! いっいけません!」 しかしすぐに現実に戻り、赤く染まった顔で首を軽く振った。 「彼女のことは大好きですけど、まだ友達ですし……」 「何ブツブツ言ってんだ?」 「いっいえ! その、ルオウさんにはお嫁さんにしたい方はいらっしゃるのかな、と」 「俺か? …さぁて、どうだろうな?」 ルオウは意味ありげに笑う。 思いがけない反応に、アリエルはキョトンとする。 「まっ、志郎やリィムナも怪しいもんだけど。この時期はその手の話題が多くて困っちまうな」 軽く笑うとルオウは自分の席に戻った。 ――披露宴は無事に済んだ。 しかし酒を飲んでグダグダになった五人が、大広間にしつこく残っている。 女将に頼まれ、リィムナはフルート・ヒーリングミストで安らぎの子守唄を演奏して、正気に戻した。 志郎達に支えられながら大広間を出て行く酔っ払い達を見ながら、リィムナは呆れ顔になる。 「酔っ払いってのは、どこに行っても厄介なんだね」 【終わり】 |