【鈴蘭】みんなで結婚式♪
マスター名:hosimure
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/10 08:58



■オープニング本文

●残念な存在

――結婚…したかった…。
――結婚したかったよぉ!

 嘆き悲しむのは幽霊…ではなく、残留思念だ。
 残留思念とは、生きていようが死んでいようが『思い』を場や物に残す意志のことである。
 大人の頭ぐらいの白く丸い残留思念には悲しそうに開く黒い両目と口があり、空中をビュンビュンと飛び回ったり、地上からニョキッと生えていたりした。
「…随分と活きが良い残留思念じゃな」
「師匠、何かちょっと間違っている気がしますが…。とりあえず、どうします?」
 東房王国の山奥の山寺にいる六十過ぎの高僧と、弟子の若い少年の天城は今日、依頼を受けてとある場所に来ている。
 東房王国の海沿いにはかつて、訪れれば恋人ができるという噂の小さな神社があった。しかし天気の悪いある日、落雷が落ちて神社は燃えてなくなってしまう。
「神社…というよりも、小さな社があったそうじゃ。社の中には大人の頭ぐらいの大きさのハート型の石があった。その石に『恋人がほしい』と心の中で願いながら触れると、本当にできたそうじゃが…」
「まっ、ありがちな伝説っぽいですね。その石に本物の力があったかどうか、最早分かりませんけど」
 社に雷が直撃してしまった為に、石は砕け散ってしまったらしい。
 後日、ここを訪れた独り身の者達が、社の有様を見て絶叫を上げた。
 なので近所に住む人々が社と石がすでに無いことを説明した立て札をいくつか立てた結果、訪れる者は少なくなったらしい。
 しかし石が無くなったことを嘆いた人々の残留思念がここに集まり、こういった怪奇現象を起こしている。
「民家から離れている場所とはいえ、このままにはしておけぬと依頼があった時は『まさか』と思ったのじゃが…」
「結婚式の季節になりましたからね。よりいっそう、活性化したのでしょう」
 残留思念の嘆きは強く大きく、近所の人々は一日中騒ぎまくられて困り果てた末に、山寺にお祓いを頼みに来た。
「しかし困ったのぉ。通常の残留思念ならば、何とかなるが…」
「ある意味、目的を持って集まったモノですからね。その目的が達成しない限り、ここに居座り続けるでしょう」
 天城の言う通り、この場には『結婚したかったモノ』が集まったのだ。
「あっ、そうだ。師匠、近所の人から聞いたんですけど、ここは何も祈る場所だけではないらしいです。本当に恋人ができた場合、ここで結婚式を挙げると未来永劫、夫婦仲良く過ごせるという言い伝えもあって、ここで式を挙げた人も多かったみたいです」
「なぁるほど。じゃから彼らは『結婚したかった』と言っておるのじゃな」
 恋人がほしい――と言わないことに、少し疑問を感じていた。
 確かに恋人を得ることは大事だが、結婚はもっと重要なこと。残留思念を残した人々は、人生をよく分かっていたらしい。
「んん? となると、ここで結婚式を挙げれば、彼らは消え去るのか?」
「ああ、そうかもしれませんね。しかし私達はあくまで僧侶、神主のようなことはできません」
「弱ったのぉ…。別に本当でなくとも、形だけでも結婚式を挙げれば良いと思うのじゃが」
 相手は思考を持たないモノ、ただここで結婚式をやれば満足して消えてくれるだろう。
 しかし寺で働く者である二人にとって、結婚式ほど縁が遠いものはない。
「…よし。ならば開拓者を頼ってみるかの」
「ええっ!? 開拓者の結婚式を、ここで挙げてもらうんですか?」
 確かに肝が座った開拓者ならば、こんな状況の場でも平然としているだろう。
 ましてや相手は残留思念。騒ぐだけで、特に何もできない。害はないと言っていいだろう。
「何も本当の結婚式じゃなくてもよい。結婚式の衣装を着て、騒げばこやつらも満足するじゃろ。よし、そうと決まれば早速ギルドに行くぞい!」
「はあ…。何か波乱の予感がする」


■参加者一覧
/ 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 草薙 玲(ia9629) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 葛籠・遊生(ib5458) / Kyrie(ib5916) / 扶桑 鈴(ib5920) / 泡雪(ib6239) / 果林(ib6406) / エルレーン(ib7455) / 日依朶 美織(ib8043) / 華角 牡丹(ib8144) / 斎宮 桜(ib8406) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 鶫 梓(ic0379) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / アルフィリウム(ic0400) / ジャミール・ライル(ic0451) / 島野 夏帆(ic0468) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 千 庵(ic0714


■リプレイ本文

●本物の結婚式?の為に
 民家の台所を借りて、島野夏帆(ic0468)と斎宮桜(ib8406)は結婚式に出す料理の準備をしている。
「タダ飯を食べるつもりで参加したけれど、食べるだけってのもつまんないから兎肉のから揚げを作りましょーかね。桜ちゃん、手伝って」
「はーいっ! 夏帆おねえちゃんと一緒にキレイな格好をして、美味しいものをいーっぱい食べる為に頑張る! さくら、最近じゃあ包丁を使えるようになってきたし、いっぱい作って、みんなと食べたいな」
 まず依頼人達から譲って貰った兎肉を一口サイズに切り、しょう油、酒、生姜、ニンニク、ごま油を混ぜ合わせたタレに三十分ほど漬ける。そして片栗粉をまぶして、油で揚げていく。
「うん、良い色と匂い。桜ちゃん、味見してみましょうか」
 夏帆は出来立てを一つ包丁で切り分け、桜と共に口に入れてみる。
「アツツッ! …でもとっても美味しいよ、夏帆おねえちゃん!」
「そうね。なかなか美味しくできたわね。それじゃあもっとたくさん作るわよ!」
「うん!」
 こうして数多くの皿に、山盛りのから揚げを作っていった。
 次に桜発案の果物入り炭酸ジュースの準備に取り掛かる。
 炭酸水にさくらんぼや梅、夏みかんなど、この季節に収穫できる果物を入れるだが、果物の皮や種を取る作業をしておかねばならない。
 一通りの調理を終えた後、二人は軽く水浴びをして料理の匂いを流し、それぞれ着替えた。
「私はシンプルなデザインの白のウエディングドレスだけど、桜ちゃんはどんな格好なのかしら?」
「夏帆おねえちゃん、お待たせ!」
 桜は白く、フワフワした膝丈のドレスに身を包んだ。ドレスには至る所に桜の花飾りがついており、髪飾りは桜の花に白や赤の細いリボンが付いているものを着用している。
「桜ちゃん、可愛いドレスね。似合っているわよ」
「夏帆おねえちゃんはとってもキレイ!」
「ありがと。それじゃあ行きましょうか」
 夏帆が差し出した手を、桜は嬉しそうに握り締め、二人は会場に向かって歩き出した。


 別の民家の台所では、割烹着を着た礼野真夢紀(ia1144)が結婚式に出す酒と料理の準備に取りかかっている。
「甘酒と発泡酒、極辛純米酒三本、天儀酒に葡萄酒、ヴォトカ…っと。お酒はこのぐらいでいいでしょうか?」
 持ってきた酒を確認し終えた後、真夢紀は料理を作り始めた。
「結婚式に美味しいご飯は付き物、そしてめでたい席と言えば鯛飯と鯛そうめん。見た目も豪華ですし、縁起物ですから」
 近くの海でとれた鯛を、器用にさばいて二品を作り上げる。
「あとはやっぱり祝い事と言えば、お赤飯にちらし寿司ですね」
 炊きたてのご飯の熱気で流れる汗をぬぐいながら赤飯を作り、ちらし寿司も作った。
 ちらし寿司の材料は味付けしたしいたけにニンジン、ごぼう、錦糸卵とゆでエビ、ホタテに白身魚、カツオ。
「鯛料理とちらし寿司で魚介類をたくさん使いましたから、お刺身は止めておきましょうか。お吸い物はワカメとアワビをしんじょにしたものを作りましょう」
 その他にもダイコンとニンジンの紅白なます、エビの揚げ物、塩ゆでしたそら豆、ジャガイモを薄く切って油で揚げたものを次々と作っていく。
「魚と野菜ばかりでは何ですから、焼肉も作った方が良さそうですね。一緒にタマネギとキャベツも焼けば、美味しく食べられます」
 最後にデザートとしてイチゴの準備をし終えた後、真夢紀も水浴びをして料理の匂いを消す。
 そしていつも着ている巫女袴・八雲を着用し、会場へと向かう。
「…でもあたしに神主の代行が務まるのか、ちょっと心配ですね。しかし頼まれた以上、ちゃんと役目を果たしましょう」

 出来上がった料理と酒はそれぞれ、男性開拓者達がせっせと会場へ運んだ。


 まさに結婚式日和と言えるほど良い天気の中、結婚式の準備は着々と進んでいる。
 会場入りした柚乃(ia0638)は残留思念を見て、深いため息を吐いた。
「この残留思念さん達をちゃんと昇天させましょう」
 改めて決意を固くする柚乃はすでに、ウエディングドレス風の真っ白なドレスを着ている。膝丈のものでドレス全体にレースがあり、鈴蘭がイメージできるようなデザインだ。結い上げた髪には、純白の花飾りを付けている。
 柚乃の近くでは、リィムナ・ピサレット(ib5201)が持ってきたオルガネット・フェインゲーフルの調律をしていた。
「うんうん、楽しい結婚式にしようね♪」
 しかしリィムナはドレスではなく、ジルベリア帝国の神教会の聖職者の格好をしている。
 結婚式がはじまればオルガネットで心の旋律を唄い奏で、結婚式に合う曲を演奏する為だ。
 調律を済ませた後はまだ花が咲いていない植物を、柚乃と共に会場に次々と置いていく。
「柚乃さん、手伝ってくれてありがと。スキルの華彩歌で一気に花を咲かせるから、できるだけたくさん置きたいんだよね」
「いえいえ。柚乃が小動物を集める為に小鳥の囀りを歌う時に、演奏をしてもらいますから」
「ところで柚乃さんは良いお相手はいないの?」
 リィムナがニヤニヤしながら聞くと、柚乃は遠い目をする。
「結婚式には憧れているんだけど、なかなか相手には縁がなくて…。みんなが言うには『柚乃は恋愛に疎くて鈍くて関心が低い、の三拍子がそろっている』って。だからもう一生結婚なんかしなくてもいいかなって、最近は思えてきて…」
「そっそれはまだ早すぎる結論だと思うよ!」
「そうかしら?」
 うつろな顔をする柚乃に、リィムナは必死になって首を縦に振って見せた。
「うんうん! まだまだこれから! 出会いも人生も、はじまったばっかりでしょ?」
「…まあ確かにそうね。今後に期待するわ。ああ、そうそう。今日、来ている人達を精霊占術で占ってあげましょう。命中率は高いというわけではないけれど、盛り上がるでしょうしね。それと柚乃自身のことはホッピポットラで…!」
「あっはは…。まあ頑張って」


 そして扶桑鈴(ib5920)と葛籠・遊生(ib5458)も着替え終え、会場に到着する。
「結婚、式…、楽し…そ。せっかくだから…今日はドレス…じゃなく…て、白い…タキシード、着てみた…。どう、かな…? 変、じゃ…ない、かな?」
 白いタキシードを着た鈴は慣れない男装をしたせいか、少し頬を赤く染めながら自分自身をキョロキョロと見ていた。
「だーいじょうぶ! スッゴク素敵! 似合っているよ、鈴ちゃん」
 遊生も男装で羽織袴を着ており、長い髪は頭の上で結んでいる。
「結婚式かぁ…。憧れ、だよね。…えへへ。でも! 今日は残念だけど主役じゃないから、楽しむ方に集中しようね!」
「う…ん! 遊生さんと…一緒に、楽しむ…」
 獣人である二人のお尻では、嬉しそうに尻尾が揺れていた。
「梅のお酒…あると、いいな…。少し前に…飲んだ、んだけど…美味しかった…」
「私もワインが飲みたいな。私達が美味しそうに食べたり飲んだりすれば、きっとこの残留思念達も満足してくれるよ」
「そう…だね。いろんなお酒…、飲んで…みたいな…」
 楽しそうにはしゃぐ二人の周囲では、無数の残留思念達が暴れている。


「ハッ! 結婚式かよ。幸せそうで何よりだな!」
 と言いながら、紋付袴に着替えた千庵(ic0714)が会場入りした。口調はぶっきらぼうだが、表情は嬉しそうだ。
「あっ、お師匠様。もう来ていたんですね」
 淡いサーモンピンク色で、肩を出すプリンセスラインのドレスに着替えたアルフィリウム(ic0400)は、ピンク色のサンダルを履いた足をぎこちなく動かしながら庵に近付く。
「おお、アルも来た…かぁ!?」
「このドレス、綺麗ですけど動きにくいです。着慣れていないせいもありますが…。お師匠様、どうでしょう?」
 アルフィリウムはその場で一回転して見せるも、庵は何故か視線をそらした。
「…ああ、悪かねぇよ」
 そう呟くと背を向け、足早に歩き出す。
「まっ待ってください!」
 アルフィリウムはスカートを持ち上げ、ヨロヨロしながらその後を追う。


「廓では八月の朔日に白無垢を着るもんやけど、それとは違うものやさかい、緊張してしまうわぁ。…おや?」
 白無垢に身を包んだ華角牡丹(ib8144)は、会場の隅で暗雲を背負いながらうずくまっている庵を発見して足を止めた。
「そこにいるのはもしかして、庵はん? お腹でも痛いんどすか?」
 牡丹に声をかけられて、顔だけ振り返った庵は涙を滝のように流している。
「あっアルの花嫁姿を見ちまったら、涙が出てきてな…。でも寂しくなんかねーぞ! 俺様は元々一人だし、アルが嫁入りする日がきたとしても…ううっ!」
 そこへ紋付羽織袴を着た紫ノ宮蓮(ic0470)がやって来て、庵の肩をポンっと叩く。
「庵の気持ち、俺もよく分かる。俺も弟弟子が嫁に行ったら、きっと泣くから…。あっ、そうだ。アルちゃんを嫁に行かせるのが嫌なら、庵が嫁になったらどうだろう? ホラ、これをつけて…」
 蓮はどこからともなく、花嫁がかぶる花付きのベールを取り出す。
「蓮はんっ、会場の準備を手伝ってきておくれやす!」
「そう? じゃあ行ってくる」
 牡丹の言葉に素直に従い、蓮は会場の中に歩いて行った。
 固まっている庵に、牡丹は作り笑みを浮かべて見せる。
「庵はんにとって、アルはんは可愛い娘みたいなもんやしな。男泣きしてしまうんも、しょうがないことや」
 苦笑を浮かべながら懐から手拭いを取り出して、庵に渡した。
「まあ…な。面倒を見ているうちに、父親のような心境になっちまったのかもな。…さて、俺様は顔を洗ってから、会場に戻る」
「そうどすか。ではまた」
 庵の眼が赤かった為、牡丹は無理に引き止めずに歩き出す。

「お師匠様、どちらへ行ったのでしょう…」
 アルフィリウムは井戸で水をくんで、顔を洗っている庵を見つけた。
 庵の眼が真っ赤になっているのを見て、アルフィリウムは声を張り上げる。
「お師匠様、アルフィリウムは嫁ぎません! あなた様に助けられた命なのですから! ずっと…ずっと一緒にいます!」
 言い終えるなり庵に抱き着いてきたので、慌てて受け止めた。
「おっ俺も嫁なんてとらねぇよ。だから一緒にいろ! お前を他の男になんざやらねーからな!」
「はい! お師匠様!」


「ヤレヤレ。まさか俺がこんな衣装を着るハメになるとはねぇ…。まっ、自分の結婚式じゃないから、いっか。着飾った女の子達は可愛いし、素直に楽しむことにするかな」
 白色のシャルワニの上着、下半身にはシャルワール、首にはドゥパッタを巻いた格好をしているジャミール・ライル(ic0451)は、牡丹の姿を見つけると笑顔で近寄る。
「牡丹ちゃん、今日は一段と綺麗だねぇ。こんな綺麗なお嫁さんなら、結婚したいって思っちゃう」
「お褒めの言葉は素直に受け取っておきやす。せやけど相変わらず調子ええどすなぁ、ジャミールはん」
 二人は顔では笑みを浮かべながらも、眼では全く笑っていない。
 そこへ羽織袴を着た鶫梓(ic0379)にドレスを着せられた徒紫野獅琅(ic0392)が、エスコートされながら会場に来たのをジャミールが見つけ、今度は二人の所へ向かう。
「やあやあ、鶫ちゃん。男装が良く似合っているねぇ、素敵だよ。ぜひお相手役になりたいなぁ」
「…相変わらず軽い調子ね、ジャミールさん。あいにく私の相手役は獅琅君だから、空いていないわよ」
「それは残念。…しっかししろちゃん、ドレスを着せられちゃったか。せっかくのイケメンが…」
「――何かしら?」
 梓の氷よりも冷たい視線に射抜かれ、ジャミールの顔色が悪くなった。
「いえ、何でも。さぁて、会場の準備を手伝おっかな」
 身の危険を感じ取ったジャミールは、早々に場を後にする。
「まったく…。獅琅君のドレス姿、可愛いじゃない。ねえ?」
「…いや、俺に同意を求められても」
 梓は満足げに微笑んでいるものの、獅琅は少し疲れた表情をしている。
 それというのも衣装に着替える前に、梓が突然おかしなことを言い出したからだ。
「獅琅君ってドレス似合いそうね」
 と、一着の女装用のドレスを手に持ち、怪しげな眼付きで獅琅を見る。
 その迫力に負け、悪戦苦闘しながらドレスを着ている間、獅琅はふと考えた。
「結婚式、ねぇ。俺には縁のないことだな。人を大切に思う気持ちは少しは分かってきたし、大事な人には幸せになってほしいと思うけど…。俺は恩人と思っている人の為にこの命を捧げたいから、誰かと結婚したいなんて考えたこともねぇし。梓さんは可愛いとは思うけど…」
 ブツブツ言いながらも何とか着終えると、梓に大喜びされた。
 梓は上機嫌で笑みを浮かべっぱなし。しかしそこへ、蓮が割り込んでくる。
「獅琅君、ちょうど良かった。庵に付けられなかったこのベール、どうぞ」
 蓮は言い終えるのとほぼ同時に、獅琅の頭に先程のベールをかぶせた。
「うん、良く似合う。梓ちゃんが獅琅君を嫁にもらってくれないなら、俺がもらおうか」
「ええっ!?」
 流石にドン引きする獅琅の手を、素早く握り締める蓮。だがすぐさま梓の手刀によって、離される。
「蓮さん、ダメよ。獅琅君は私がもらうんだから」
「それは残念」
 薄く笑いながら、蓮は肩を竦めて行ってしまった。
 獅琅は少し考えた後、急に梓に抱き着く。
「どうかしたの?」
 急な抱擁だったが、梓はあまり慌てずに獅琅の背に腕を回して優しく叩く。
「…俺、母親や姉がいないから正直、梓さんをどう思っているのか分からない。親愛なのか、恋愛感情なのか…」
「あっ、もしかして私が普段、獅琅君のことを『好き』とか『愛している』って言っていることを気にしているの? 別に獅琅君を悩ませたくって言っているんじゃなくて、あなたのことを大切に大事に思っていることを知っていてほしいだけだから」
 苦笑を浮かべる梓を、獅琅は真っ直ぐに見つめた。そしていつもは頬に触れる唇を、梓の唇に軽く合わせる。
「……えっ?」
「う〜ん…。やっぱよく分かんねぇや。俺はまだまだ子供らしい」
 獅琅は軽く笑うと梓から離れ、会場の中に向かって走り出す。
 残された梓はただ呆然と、獅琅の後ろ姿を見つめていた。


 牡丹が一人でいるのを見つけると、蓮は慌てて駆け寄る。
「牡丹ちゃん、実は俺、以前会った時からずっと話がしたいと思ってて…」
「おやまあ、そうどしたか。嬉しおすなぁ」
「そっそれで俺なんか牡丹ちゃんの相手になるには役不足かもしれないけど、良かったら今日の相手役、俺にさせてくれないかな?」
 恥ずかしそうに伸ばされた蓮の手を見て、牡丹は優しく微笑む。
「そうどすな。今日は本物の結婚式を挙げるわけやあらへんし、蓮はんにお願いしよっかな」
 牡丹は自分の手を蓮の手に重ねるも、少し寂しそうな顔をする。
「……この先、本当に結婚ができるわけもあらへんし、これぐらいしてもバチは当たらへんでっしゃろ」
「えっ? 何か言った?」
「ふふっ。嬉しゅうおすと言ったでありんすよ」
「ああ、うん。俺も。牡丹ちゃん、白無垢がとっても似合って綺麗だし…」
「それじゃあ蓮はんのお話、たっぷり聞かせていただきましょ」
「うん。結婚式が始まるまで、たくさん話そう」


 束帯姿のKyrie(ib5916)と、十二単を着た日依朶美織(ib8043)の間には、少々温度差が出来ていた。
「美織君、ここにいる残留思念達を全て未練なく昇天させる為にも、擬似とは言え結婚式をやらなければなりません。同性同士なので不安もあるでしょうが、演技力で…」
「あっ、あの先生! わっ私は、あなたのことが好きです! はじめて会った時からずっと…! …でも私の気持ちが先生にとってお邪魔になるんでしたら、私はあなたの元から去ります…。嫌われたくはありませんから…」
 突然の告白に、Kyrieは驚いて眼を見張る。しかし静かに息を吐き、真っ直ぐに美織の眼を見つめた。
「美織君、すみません…」
「あっ…! …わっ私の方こそすみません。いきなり告白してしまって…。…言った通り、先生の前からは去りますので、安心してくださいね」
 泣きそうになるも最後だと思い、精一杯の笑みを浮かべて見せる美織。
 Kyrieに背を向けた途端、後ろから抱きしめられた。
「せっ先生?」
「…すみません。私はあなたの気持ちにずっと気付かずにいました。愚かで鈍い私を許してください」
「いっいいんです! 私が勝手に先生のことを…」
「あなたはいずれ、一人前となって私の元を巣立って行くのが定め…。師として冷静に見送ろうと考えていたからこそあなたの気持ちに気付かないフリをして、自分の気持ちにも蓋をしていたんです。…でも美織君の言葉で、ようやく気付くことができました。私はあなたのいない日々を過ごしたくはない、ずっと永遠に一緒にいてほしいです。美織君、あなたが好きです。世界で一番愛しています」
「せっ先生! 本当ですか? 先生がそう言ってくださるのなら、私はずっと先生と一緒にいます!」
 振り返った美織はKyrieに抱き着き、誓いのキスをかわす。


 一方では黒い嫉妬の炎を身にまとい、白いタキシードに身を包んだラグナ・グラウシード(ib8459)が会場にあふれる恋人達の熱気に当てられ、怒り心頭だ。
「ぐぬぬっ! 結婚だとぉ? このりあじゅうカップルどもめ! 滅べぇ!」
「言うと思ったアーンドやると思ったキィーック!」
「ぐはっ!?」
 恋人達を襲おうとしたラグナだが、白いウエディングドレスを着たエルレーン(ib7455)に飛び蹴りをくらわされ、地面に倒れる。
「このおバカさんめ。せっかくフワフワのドレスを着て気分が良かったのに、台無しだよ」
 むくれるエルレーンは、ラグナを発見するまでは上機嫌だった。
「うふふっ。ちょっと動きづらいけど、キレイなドレス。はう…。私もいつか、誰かと結婚式を…」
 と夢をふくらませていたところで、恋人達を見て暗い感情になっているラグナを見つけてしまったのだ。
 何とか未遂で済ませられたものの、あっと言う間に現実に戻された怒りがある。
 なのでラグナの背に馬乗りになり、背負っている白のウエディングドレスを着たうさぎのぬいぐるみをはがした。
「ああっ!? この貧乳女っ、私のうさみたんに何をする!」
「ふんっ。罰として今日一日、うさみたんは私が背負う。そしてラグナは私をエスコートしなさい! どーせ相手役がいなくて、寂しかったんでしょ?」
「どうせおまえだって相手がいないだろうに…。…でもまあうさみたんを人質にとられているからな。しょーがないから相手になってやる」
「言い方はアレだけど、まあいっか。ラグナだし」
 ため息を吐くとエルレーンはラグナの背から離れ、うさみたんを背負った。
 ラグナも起き上がり、埃を叩いて落として、エルレーンに向かって手を差し出す。
「ホラよ」
「ふふっ、良い気分なの」
 いつも見ている姿よりも、ずっと女の子らしいエルレーンに視線を奪われるラグナ。
 しかし幸か不幸か、エルレーンの視線の先は料理に向いていた。


「はあ…、やれやれ。どいつもこいつもイチャイチャしおってからに。この依頼、引き受けるんではなかったわい。タダ飯につられてきたが、どこを見てもバカップルばかり。すでに腹がいっぱいじゃ」
 羽織袴を着た八壁伏路(ic0499)は会場につくなり、げんなりしてしまう。
「まっ、式はともかく、食事は期待するかのぉ。とりあえず甘味は絶対、辛いものは無しじゃの」
「あの、家主殿。着替え終えました。そして自分は家主殿に『結婚式で着る白くて特別な衣装』をお頼み申しましたが、コレは何でありましょう?」
「うむ。白のバニーガール衣装じゃ」
 七塚はふり(ic0500)は真面目な顔で、真剣に答えた伏路の顔を真っ直ぐに見つめる。
「…あの、家主殿。バニーガールとは通常、黒ではありませぬか? そして結婚式にこのような衣装を選ぶというのも、いかがなものかと…」
「いっちょ前に文句を言うではないわ、ガキンチョが。居候のおぬしが『結婚式で着る白くて衣装が欲しい』と言うので、古着屋で購入したのだ。バニーガールを選んだ理由は安かったからだ! 金を出したのはわしだぞ? …しかしあまり似合っておらんのぉ。やはり細身の体ではなく、豊満な体の方が…」
「もういいです。分かりました。自分は他に結婚式に着る衣装を持っていませんし、今日はパーティーのようなものだと聞きました。ならば皆様には余興の一つだと思っていただけましょう。着ていると気分も明るくなってきますしね。…ちなみに家主殿、あまり変な眼で見ないでほしいでありますよ」
 伏路の視界から逃れるように、はふりは嫌そうな表情で後ろに下がった。
「なぬっ! 誰がおぬしのようなちんちくりんを見てっ…」


 はふりと伏路に微妙な距離が出来つつあった時、スーツ・黒王子を着た天河ふしぎ(ia1037)がドレスを着た果林(ib6406)をエスコートしながら会場に入って来た。
「ざっ残留思念には迷わず昇天してほしいな。それと…僕がプレゼントした果林のそのドレス、凄く良く似合っている。綺麗だ」
「あっありがとうございます…。緊張しちゃいますけど、今日は仕事で結婚式を挙げなければいけませんね。…ふしぎさんのスーツ姿もカッコ良いです」
「あっ、うん…。そっそうだ! 余興で僕達は楽器の演奏をするんだった。リィムナ君とも演奏するけど、僕ら二人だけの演奏もするからね。楽器の調整を今のうちにしておこうか」
「ですね」
 ぎこちない二人はいったん分かれて、ふしぎは持ってきたエレメンタル・ピアノを、果林も持ってきたバイオリン・サンクトペトロの調整を始める。
「…今日は正式な結婚式じゃないけれど、いつか果林と本当の結婚式を…」
 ピアノの調整をしつつふしぎは果林との幸せな未来に思い浮かべ、ついデレっとしてしまう。
 また果林もバイオリンに触れながら、チラチラふしぎの方を見ている。
「ここまで来る間に、ふしぎさんとの思い出がいろいろと浮かんできちゃいました。今日は仕事ですけど、こんなに幸せな気分になれるなんて…」
 軽く涙ぐんだ果林は、ギュッとバイオリンを愛おしそうに抱きしめた。
「果林、ちょっと音を合わせてみようか」
「あっ、はい」
 二人は真面目な顔付きになり、楽器を演奏し始める。
「…うん、良い感じだ。これも共同作業って言えるのかな?」
「そっそうですね。今日はいつもより調子が良いみたいです。…幸せだからでしょうか? ずっとこの時間が続けば良いのに…」
 果林の後半の言葉はふしぎには聞こえなかったものの、果林は思いを込めてバイオリンを演奏した。


 胸元を強調したセクシーな黒いウエディングドレスを着た水鏡絵梨乃(ia0191)は、自分の腕にしがみついている草薙玲(ia9629)を苦笑しながら見ている。
 だが絵梨乃の相手は、白く可愛いドレスを着ている玲ではない。
 花がついた白いウエディングドレスを着る泡雪(ib6239)だ。
 絵梨乃と泡雪はすでに一年前に結婚しており、互いの左手の薬指には誓いの指輪がある。
「…絵梨乃さん、泡雪さん、本日はおめでとうございます。本当は私と絵梨乃さんで参加したかったのですけど、泡雪さんならしょうがないです」
 言葉では祝っているように聞こえるが、顔が不服そうだ。
「あっありがとう。泡雪とはまだ式は挙げていなかったからね。こういう機会で行うのも、開拓者らしいって泡雪と話したんだ。神主役は巫女の真夢紀に頼んだし、皆の前で誓いのキスをするのが楽しみだ。ああ、式が終わってパーティーに移ったら、玲のお相手をするよ」
「ホントですか? …じゃあそれまで、絵梨乃さんは泡雪さんに預けておきます」
 渋々といった様子で玲は絵梨乃から離れて、一人で歩き出す。しかしふと顔だけ振り返る。
「…良いなぁ、二人とも綺麗だな。…私も絵梨乃さんの隣が良かったんだけど…、まあ今日は泡雪さんに譲ります。でも次は私がいただきますからね、その役目」
「うっ! 寒気がっ…!」
「絵梨乃様は女の子に良い顔しすぎです。妻となって一年経ちますが、未だにヤキモキしてしまいます」
 泡雪は苦笑しながらも、手に持ったブーケを見つめた。
「改めて人前で結婚式をするのはちょっと恥ずかしいですけど、楽しみです。パーティーでは絵梨乃様は玲様に奪われてしまいますから、私は結婚式であなた様を独占したいと思います」
「まいったな…。晴れの舞台の日に、あまりイジメないでくれよ。どうせならふしぎと果林をイジメてくれ」
「まあ悪い人ですね。…でも、それも良いです」
 クスクス笑いながら、二人は共に歩き出す。


 ――それぞれの思いが満ちる中、結婚式は始まり、パーティーも始まった。
 誰もが幸せそうに笑い声を上げ、笑顔になる。
 不幸そうだった残留思念の表情も徐々に笑顔となり、その姿を薄くしていく。
 やがて日が暮れる頃には、その場には開拓者達しか残っていなかった。


【終わり】