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■オープニング本文 「春だなぁ」 「春ねぇ。‥‥この強風を浴びると、強く思うわ」 「春一番と言え」 神楽の都の開拓者ギルドに兄妹そろって勤めている二人は、職場へと向かって歩いている。しかし強い春一番にふかれ、その体はフラフラしていた。 「しかし‥‥何だ。今年の春は短い丈の着物が流行りなんだな」 兄の京司(けいじ)は少し顔を赤く染めながら、周囲の女の子達の衣装を見る。 「そうね。しかも薄い生地で作られているみたいだから、こういう強風じゃあめくれやすいでしょう」 「けどお前は着ないんだな?」 「勤め先に着ていくわけないでしょうが」 兄の少々天然が入った言葉に、妹の京歌(きょうか)は呆れた眼差しを向ける。 「でも他国の影響もあって、丈の短い着物が大流行‥‥しているのはいいけど、実際今は気をつけなきゃいけない時期ね」 神楽の都でも丈の短い着物を着ている若い女の子は多く、今も裾を必死に押さえながら歩いている姿が多い。 ――が、そこへ突如一人の怪しい人物が現れたのを、京司と京歌の二人は強い風の中、見た。 その人物は全身黒の忍び装束を着ており、口元も隠してある。だがその体型と顔付きから、男ということだけは分かった。 シノビは強風の中、血走った眼を開き、突然大声で叫ぶ。 「風神!」 ブワッ! 叫ぶと同時に、シノビの足元から上へ強い風がふいた! 「なっ!? まさか今のシノビのスキルか?」 「まさかっ! こんな所でスキルを使って、一体何の意味が‥‥」 と、そこまで言いかけたところで、京歌は見てしまった。 「きゃああっ!」 「いっやーん!」 「めくれちゃう〜!」 甲高い声で叫びながら、女の子達は必死に着物の裾を押さえる。しかしあまりに強すぎる風に、裾はめくれてしまい、白い太ももやお尻、それにさまざまな下着まで丸見えになってしまう。 ほとんどの人は顔を伏せているが、京歌は自分の兄がそれでも見ているのに気付き、背後から膝に蹴りを入れた。 「うをっ!?」 倒れた京司の背中を踏み付け、起き上がれなくさせた後、シノビを見た。 「ふはははっ! 流石は神楽の都、良いおなごがたくさんおったわ! 眼福眼福! ふははは〜!」 血走った眼で狂喜の笑い声を発するシノビの周囲に突然木の葉が舞い、その姿を隠していく。木の葉がシノビの全身を覆い尽くすと、風は止み、シノビの姿も消えていた。 「今のは木葉隠‥‥。コレもシノビのスキルの一つだったわね」 「おっおい‥‥。そろそろこの足をどけてくれ」 「あっ、忘れてたわ」 京歌が足をどけると、京司はよろよろと起き上がる。 「まったく‥‥。ああいうのが現れるのも、春だからか?」 「そうね。春だからじゃない?」 風が止んだ後、女の子達は慌てて裾を直し、真っ赤な顔でその場から小走りして行く。 「‥‥とりあえず、職場へ向いましょうか」 「だな」 しかし職場にたどり着いた兄妹に、同僚の一人が声をかけてきた。何でも奥の個室に二人を待つ依頼人が来ているとのこと。思い当たることのない二人だったが、とりあえず向かうことにする。 個室に入ると、そこには見知った人物が、沈鬱な表情を浮かべながら待っていた。その人物は陰殻王国の開拓者ギルドに受付として勤めている男性・利高(りこう)。 「利高、珍しいな。どうした?」 「あら、利高さん。本当に珍しいわね」 「おう‥‥。二人とも、元気だったか?」 利高は幼い頃はこの神楽の都に住んでいて、最初はここのギルドに勤めていた。だが陰殻王国のギルドで人員が不足してしまい、利高が移ることになったのが数年前の話。 年に何度かはこちらに戻って来るものの、会うのは久し振りだった。利高の実家が、二人の家の近くにあり、そして京司と利高が同じ歳ということもあり、三人は幼馴染の仲だった。 「利高は‥‥やつれたな。一体何があった?」 「ああ、実は二人にギルド職員としての依頼があってな」 「あたし達に依頼?」 二人は首を傾げながらも、利高の向いに座る。 「‥‥本当は国としての恥になるから黙っておきたいことなんだが、そうもいかなくてな」 暗い空気の中、利高は陰殻王国の『恥』を語りだす。 「実はウチの国のシノビが得たスキルを使って、強い風を起こし、その‥‥」 そこまで聞いて二人の頭の中に、先程のシノビの姿が浮かんだ。 「もしかして‥‥丈の短い着物を着ている女の子達を狙って、裾をめくり上げる風を起こすシノビのことか?」 「知っているのか!?」 「知っているも何も‥‥ここまで来る途中に、会っちゃいましたよ」 京歌は渋い表情で言い捨てる。女性として、あまり思い出したくない光景だった。 しかし男である利高までも、ますます顔色を悪くし、とうとう顔を伏せてしまう。 「あああっ‥‥! 流石はシノビ、動きが早い‥‥」 「いや、感心している場合じゃないだろう」 「呆れているんだっ!」 京司の天然発言に、利高は涙目になりながら怒る。 「だとすると、突然現れたのはスキルの早駆ね。風神は叫んでいたし、木葉隠も見たから」 「京歌の言う通り、ヤツはそれらのスキルを会得している。だがある日、ヤツは間違った使い方を覚えてしまったんだ‥‥」 何でも彼は前まで、陰殻王国で開拓者として働いていたらしい。しかし強風がふくとある日、悪い山賊を捕まえる為に、人の多い所で風神を使った。もちろん山賊以外の人達には当たらないように調整したのだが‥‥。 「風の影響で、丈の短い着物を着た女の子の裾がめくれたところを見てしまい‥‥頭のネジが飛んだんだ」 「シノビの世界は厳しいって言うもんな。締め付けがキツイ分、勢い良くパッカーン!と飛んだだろう」 「そうね。スッポーン!と抜けたわね」 「パッカーン! スッポーン!はともかく! それがキッカケでヤツは人の多い所でそういうことを繰り返すようになった。それで流石にギルドが動かざるおえなくなり、追いかけたんだが‥‥あのシノビは上手くスキルを使う為、逃げ足が早い。それで国境を越えられてしまったんだ」 「「だっせぇ」」 「うるさいっ! 似たもの兄妹っ!」 いくら仕事中の開拓者とは言え、そうそう簡単に国境は越えられない。 「それで、だ。ヤツはこの神楽の都を次の活動の場に選んだ。だから土地勘のあるお前達が、ここの開拓者を雇ってヤツを捕まえてくれっ!」 「「げっ」」 「イヤな顔すんな! お前達だってヤツを野放しにはできないだろう?」 言われてみれば、と二人は顔をしかめる。確かに遅かれ早かれ、ヤツの捕縛依頼はされるだろう。 「このままでは陰殻王国の恥が広まってしまう! その前に、ヤツをどうか捕まえてくれ!」 土下座までされ、兄妹は渋々頷くしかなかった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
猫宮 京香(ib0927)
25歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
クリスティア・クロイツ(ib5414)
18歳・女・砲
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 神楽の都にある一つの町に最近、若い女の子向けの店ばかり集まる通りができた。その通りに並ぶ店は小物屋や甘味処、呉服屋など、どの店も道も女性達で賑わっている。 「調査した結果、女の子達の間ではここが評判良くってね。今日は前から調べていた通り風も強い日だし、恐らくヤツはここに現れるでしょう」 「そうか」 京歌と利高は険しい表情をしながら、障子戸を開け、外を見る。二人と京司は通りが見える仕出し屋の二階の個室を、理由を話して借りていた。 「現れるのかも問題だけど、逃げられると困るな」 「兄さんの言う通りね。問題は今回雇った開拓者達が、ちゃんと捕まえられるかどうかだから」 「‥‥そうだな」 三人は通りに視線を向ける。 まず水鏡絵梨乃(ia0191)が丈の短い着物を着て、小物屋の櫛を見るフリをしながら、周囲を窺っていた。 「水鏡さん‥‥と言ったか。あんなに短い裾で、大丈夫なのか?」 「心配無用よ、利高さん。あの裾の裏には薄い鉄板が縫い込まれているから、どんな強風がふいたってめくれないわよ」 「何とっ! 流石は開拓者だな‥‥」 「そういう感心の仕方もどうかと思うけど‥‥。あっ、あそこにもウチの開拓者がいるわよ」 京歌が指さした所には、猫宮京香(ib0927)がいる。京香は白いワンピースを着ながら通りを歩いており、恥ずかしそうに風で広がるスカートを押さえていた。 「おっ、白いワンピースも可愛いな」 京司の素直な言葉に、京歌の眼がつり上がる。 「そういう意見はいりません。‥‥あっ、彼女も囮の一人よ」 「いでででっ!」 京司の頬をつねりながら、京歌は顎でリィムナ・ピサレット(ib5201)をさす。リィムナはミニのメイド服を着ており、絵梨乃を見かけると喜んで抱き着いた。 しかしリィムナを見る利高と京司の表情は微妙だ。 「‥‥彼女の場合、言ってはなんだが、ヤツが特殊な趣味の持ち主であれば、喜んで引っかかるだろうが‥‥」 「まっまあ『若い女の子』って条件は当てはまっているし、様子を見よう! あっ、他の開拓者達はどうしているんだ?」 「兄さん、苦しいわね‥‥。他の開拓者達はヤツが現れたらすぐに攻撃に移れるように、控えているわ。囮役のコ達は流石に薄着だから武器は隠せないしね」 そして京歌はちょいちょいと指をさす。 クリスティア・クロイツ(ib5414)が店と店の間の細い道に【埋伏り】を使い、草をかぶって周囲を注意深く見ている。 ラグナ・グラウシード(ib8459)はうどん屋でうどんを食しながらも、外を警戒している。 そしてにとろ(ib7839)は‥‥甘味処の屋根の上で、寝ていた。 「‥‥京歌、彼女は大丈夫なんだろうか?」 「いっ今は平和だから良いのよ! ヤツが現れればきっと‥‥!」 「そっそうだな。まだ大丈夫だもんな!」 必死になる兄妹を見て、利高は少々不安に駆られる。 ――だがそんな時、通りの中心にヤツが現れた。前と同じように【早駆】を使用して、通りの中心に姿を見せる。 「【風神】!」 そして再びスキルを使用する。通りにいる女の子達の裾の短い着物がめくり上がる光景を再び眼にして、京歌は険しい表情を浮かべた。 「頼むわよ、開拓者達っ‥‥!」 近くにいたリィムナがまずシノビに背を向け、スカートの前を抑えつつ白いお尻を少し上げて見せる。 「いやぁん!」 声では恥じらいながらもシノビの反応を窺うと‥‥シノビはチラッとリィムナを見た後、すぐに視線をそらす。 「子供は範囲外」 「んなっ!?」 小さな声で、それでもハッキリ&キッパリ言われた言葉に、リィムナは精神的ダメージを受けた。 その様子を店の中から見ていた三人は、苦笑を浮かべるしかない。 「ヤツは犯罪者だが‥‥そこまででなくて、ちょっと安心した」 利高の呟きに、兄と妹は深く頷く。 「ああんっ! スカートがめくれてしまいますよぉ〜!」 甲高い可愛らしい声は京香から発せられたもの。京香は白いワンピースのスカートの前後を手で押さえながら、隠れているクリスティアの元へ駆けて行く。しかし足を動かすたびに、白い太ももと赤い紐ショーツがチラチラと見えてしまう。 シノビが思わず目で追うと、今度は反対方向から艶っぽい女性の声が聞こえる。 「ああ‥‥下着が見えてしまう!」 絵梨乃が丈の短い着物を必死で手で押さえるも、そこでふと、シノビの表情が変わる。 「おぬし‥‥」 シノビが右手を振ると、飛苦無がその手に握られており、絵梨乃に向けて投げつけられた。 「っ!?」 カキンッ! とっさに避けたものの、飛苦無は絵梨乃自身ではなく、着ている着物の裾を目がけて投げられたものだった。生地が破れ、金属同士がぶつかった音を聞いて、二人の顔色が変わる。 「――ただのおなごではないな? 裾がめくれぬ仕掛けをしているのが、何よりの証拠だろう?」 「おや、バレちゃったか」 しかし絵梨乃は平然とし、【泰練気法・壱】を発動させると、その体が赤く染まった。消耗するが命中率を上げるスキルを使い、【瞬脚】で一気にシノビとの距離を詰め、【空気撃】でシノビの体勢を崩すような足払いをする。 「おっと」 だが転倒するものの、すぐにシノビは立ち上がった。 「くっ! 入りが浅かったか」 「いや、スキルの使い方に技自体は素晴らしいものよ。――もっとも、連続して使えば時間がかかる。シノビにとって敵の気配を察するのは、得意なことの一つなのでな。また褌姿も良かったぞ」 「うっ! ‥‥見えたか」 転倒した時に、チラッと見えてしまったのだろう。絵梨乃は今更ながらも、裾を手で押さえる。 この時には【風神】の解け、周囲の人々もただごとではないことが起きていることを感じ、シノビと絵梨乃から離れて行く。 「破廉恥なシノビよ、こちらをご覧なさい!」 シノビが声のする方を見ると、【狸伏せ】を解いたクリスティアと、武器を彼女から受け取った京香の姿がある。 「――なるほど。ギルドめ、新たな追跡者を雇ったのか」 「当然ですわ! あなたには神罰をくだしてさしあげましょう!」 クリスティアは鳥銃『遠雷』を使い、【呼吸法】を使って命中率を上げ、【空撃砲】をシノビに向けて撃つ。 「弾丸をこめず、火薬と錬力のみで撃つスキルか。当たれば転倒、悪くはないが‥‥」 しかしシノビはごく僅かな動きで、攻撃を避けていく。 「場所が離れすぎている上に、こういう動きを目で追うのもシノビの特技の一つだ」 「くっ‥‥! 腐ってもシノビで元開拓者ですわね。下手な相手よりも厄介ですわ」 「う〜ん。あのシノビを捕らえる為なら、どんなことでもしますぅ?」 「もちろんですわ! 京香様!」 クリスティアの決意に満ちた顔を見て、京香はにんまり笑った。そして片手で武器を持ちながら、もう片方の手でクリスティアの着ているワンピースのスカートの裾を掴み、一気に持ち上げた。 「なっなっ何をなさいますのぉー!」 「おおっ! 顔に似合わず、派手な下着!」 バッチリ見たシノビは、驚きに身を固くする。 「あはは〜。なかなか色っぽい下着ですね〜。本当はもっと見ていたいんですけど‥‥」 それまで明るい表情を浮かべていた京香は突然真剣な目付きになり、素早い動きでシノビの足に向かってゲイルクロスボウで矢を撃ち込んだ。 「おっと、油断大敵」 しかしすぐに我に返ったシノビは高く飛び、矢は地面に突き刺さる。 「む〜ん‥‥。同業者が相手だと、やりにくいですね〜」 「あっ貴女という方は何を考えていますのっ!?」 顔を真っ赤にし、今にも泣き出しそうに眼を潤ませるクリスティアを見て、京香はにっこり微笑む。 「もちろん、あのシノビを捕まえることだけですよ〜」 「信じられませんわ!」 二人が言い争いを始めている中、シノビは地面に着地する。――が、突然地面から蔦と草がはえ、シノビの体を絡め取ってしまう。 「このスキルは【アイヴィーバインド】って言うんだよ。魔術師のスキルも知ってたかな?」 「ほう、良いスキルを使うじゃないか。お嬢ちゃん」 何とか精神を回復させたリィムナが眼に涙を浮かばせながらも、シノビの隙を狙って攻撃を仕掛けた。 「ふんっ! 余裕ぶっているのも今のうちだよ! 今からこの【ウィンドカッター】であんたの服を切り裂いてやる! あんたも恥ずかしい思いをすれば良いのよ!」 リィムナの周囲に風が集まるのを見て、シノビはスっと眼を細める。【ウィンドカッター】は風を真空の刃と化し、敵を切り裂くというもの。 「そのスキルは鎖帷子をも切り裂くのか?」 「やってみなくちゃ分からないじゃない!」 リィムナは刃をシノビに向けて放つ。 だがシノビは両手に飛苦無を持ち、蔦や草を切っていく。そしてリィムナが放ってきた刃は身をくねらし、拘束の蔦や草を切り裂かせ、そこから出てしまった。服はボロボロになり、体には切り傷もできているものの、シノビは真っ直ぐに地面に立つ。 「くっ! 次のスキルを‥‥!」 リィムナは【アムルリープ】の呪文を唱え、シノビを睡眠状態にしようと試みる。しかし眠気を感じたシノビはすぐに手に持っていた飛苦無で足を刺し、睡眠状態から抜け出す。 「う〜っ! 変態のクセにしぶといっ!」 「悪かったな。おぬしとは五年後に会いたかったぞ」 「うっさい!」 リィムナとシノビが会話に気が向いている中、そっとシノビの背後から近付くのはグレートソードを両手に持つラグナ。 「ふはははっ! 背後ががら空きだぞ、馬鹿めぇ!」 シノビの足を狙ってグレートソードを振り下ろすも、ひょいっとかわされてしまう。 「気配も消さずに、よく攻撃をしたものよ」 シノビが呆れた眼差しを向けると、ラグナは悔しそうにはせず、逆にニヤッと笑って見せる。 「――ああ、お前の近くに来ることが目的だったからな」 そして【スタッキング】を使用し、シノビの回避行動を制限しながら、至近距離で武器を振るう。 「どうだっ! これなら逃げられまい! 貴様はスキルの使い方を間違っている! 取得したスキルで女性達の太ももやお尻や下着を見るなんて‥‥なんて羨ましい、じゃなくて! 呪わしいんだっ!」 ラグナの心からの叫びを聞いていたリィムナは、呆れた表情で一言。 「‥‥普通、『嘆かわしい』って言うんじゃないの?」 「あっ、そうだった!」 冷静なツッコミを受け、我に返るラグナ。その様子を見て、京歌と京司はがっくり項垂れた。 「‥‥まあ、面白い開拓者で良いんじゃないか?」 「ふっ‥‥。そうね。ある意味、男らしいわ」 利高がせめてもの言葉をかけるが、京歌のラグナを見る眼は冷たくなった。 「ふんっ。おぬしも男であるならば、私の気持ちも分からなくはないだろうに‥‥。敵に回るとは、まこと残念なことよ」 シノビは心底残念そうに呟くと、両手に飛苦無を持ち、剣撃をさばき始める。 「なっ!?」 「避けれぬのならば、立ち向かうまでよ」 シノビは得意げに笑うとラグナの剣を大きく弾き、空いた腹に強烈な回し蹴りを入れた。 「ぐはっ!」 「ラグナっ!」 数メートルほど飛ばされたラグナの元に、リィムナが駆け寄る。 「やれやれ。流石は神楽の都よ。骨のある開拓者が多くいるようだな。――だがこの程度では私は捕まらんぞ?」 シノビは眼を細めて笑うと飛び上がり、屋根の上にあがった。そして次々と屋根を飛び越え、走り出した。 「アイツっ! このまま走って逃げる気だ!」 慌てた利高が店から飛び出し、シノビが去っていく後ろ姿を睨み付ける。 「はははっ! さて、次はどこへ行こうか?」 しかし素早く走るシノビが飛び移った屋根には、にとろがいた。今の今まで寝ていたにとろだが、シノビの気配に眼を覚ます。 「‥‥んにゃ? ああ、変態シノビにゃんすか?」 寝惚けた顔でにとろは起き上がり、シノビに声をかける。 にとろの頭からはえている耳とふさふさの尻尾を見て、そして言葉づかいを聞いて、シノビの体からどんどん熱が発せられ、顔が真っ赤に染まっていく。 「ねっ‥‥」 「ん? にゃんすか?」 「猫娘、萌えーーーっ!」 ――シノビの魂からの叫び声が、周囲に響き渡った。 しばし時が止まっていたが、ふとラグナが一早く我に返り、ギルドから受け取っていた荒縄を手にし、にとろに向かって投げる。 「にとろっ! コレで捕まえてくれ!」 「はいにゃんす」 荒縄を受け取ったにとろは未だ興奮冷めやらぬシノビに向かい、素早く近付く。そして固まっているシノビをそのまま荒縄で縛り上げ、屋根から飛び降りる。 「ぶぶっ!?」 縛られたままのシノビは、頭のてっぺんから着地した。 「やれやれ‥‥。一時はどうなるかと思っていたが、捕まえられて良かった」 「ホントにねぇ。捕まえたのは最終的にはにとろさんだけど、他の五人がダメージを与えていなかったら、分からなかったかも」 「そうだな。ヤツはいつも最後には【木葉隠】で逃げていたが、今日はそうじゃなかった。きっと度重なる攻撃で、体力も精神力もなかったんだろうな」 「そう思うわ。‥‥でもどうする? そろそろ助ける?」 冷静に戦闘を分析していた利高と京歌、そしてガタガタと震える京司の目の前では、荒縄に縛られたままのシノビと何故かラグナまで、女性達五人に蹴られていた。 「ちょっ、待った! 何故私まで!?」 「え〜、だって待機中、他の女の子達ばっかり見ていたじゃないか」 絵梨乃が女性代表で言った言葉に、ラグナの顔色が一瞬にして青くなる。 「みっ‥‥見てない! 私はそんなことしてないぞ!」 「ならどうして攻撃するのが遅かったんですか?」 「作戦じゃあ待機組のあなた達がまず、攻撃に出るんでしたよね〜」 「その間、一体何をしてたの!」 続くクリスティア、京香、リィムナの言葉に、今度は白くなるラグナ。 「まっ、荒縄をくれたし、私はそんなに怒っちゃいないにゃんす。でも女の敵は許せないにゃんす」 そうして再び蹴られる男性二人。しかしシノビは何故か嬉しそうに笑っている。 「ああっ! 何か新たな扉が開きそうだっ‥‥!」 「もっもうやめとけーっ!」 ラグナの叫び声が、神楽の都の空にむなしく響いた。 ――その後、あまりボロボロになると国へ連れて帰るのが大変だと利高から言われ、五人は半殺しでやめた。 が、明らかに戦闘中に負ったダメージよりも多く傷ついたシノビとラグナを見て、京司は同性として哀れに思い、京歌に見つからないように二人に向けて小さく手を合わせたのだった。 【終わり】 |